先週の読書は10年前の『ピーターの法則』ほか
基本的に、このブログの読書感想文は発売後1-2年くらいまでの新刊書に限定すると考えていたんですが、今日のエントリーでは例外を設けたく、能力と昇進に関するピーターの法則の本を取り上げたいと思います。ほかは小説で、以下の通りです。
まず、ローレンス・J・ピーター/レイモンド・ハル『ピーターの法則』(ダイヤモンド社) です。原書は1969年に出版され、少し遅れて日本語訳も出ています。その後、新訳で2003年に出版されており、私が読んだのは2003年の新訳版です。作者のひとりであるピーター教授は南カリフォルニア大学の社会学の教授であり、階層社会学者と称しています。1990年に亡くなっています。ピーターの法則とは、簡単にいえば、十分な時間と階層があれば、人は必ず無能になる、というものです。でも、「無能」という言葉は少し抵抗があるとすれば、以下に書き進むように「凡庸」といってもいいような気がします。会社組織になぞらえれば、ある人材はその組織内で昇進できる限界点に達する、人は昇進を続けてやがて無能または凡庸になる、あるいは、組織において人はおのおのその無能レベルまで昇進する、ということです。ですから、社会は無能ないし凡庸な人で埋め尽くされます。それをユーモアを交えて記述している本です。会社の昇進で具体的に言うと、有能な平社員は係長になり、無能な、というか、凡庸な係長はそこで昇進がストップする一方で、有能な係長は課長に昇進し、同じく課長として無能もしくは凡庸な課長はそこで昇進がストップする一方で、有能な課長は部長に昇進し、これまた、部長として無能もしくは凡庸な部長はそこで昇進がストップする一方で、有能な部長は取締役に昇進し、またまた、無能もしくは凡庸な取締役はそこで昇進がストップする一方で、有能な取締役は社長になり…、ということです。通常、フラットな組織もありますし、定年制があったりして、十分な時間も階層もない場合があり得るんですが、私のように無能レベルが低いとすぐに無能レベルに達して、早々と昇進がストップする場合もあります。役所では7-8月が人事異動の季節なんですが、この時期に何かの折にこの本を見かけて読んでみました。ユーモアにあふれてコミカルに書いてありますが、かなりの真実を含んでいそうな気がします。ただし、1970年ころの本ですから、今のように「創造的無能」を発揮しなくても、何の疑問も抵抗もなく昇進がストップする21世紀日本のシステムまでは予見できなかったのかもしれません。
次に、宮部みゆき『荒神』(朝日新聞出版) です。我が家で購読している朝日新聞に連載されていました。連載時はカラーの挿し絵もありましたが、出版された書籍には見当たりません。誠に残念。それはそれとして、この本は宮部みゆきの時代小説です。時は1700年ころの江戸時代で北関東ないし南東北の相接する小藩を舞台に展開します。この作者の作品は、時代小説はもちろん現代小説でも『クロスファイア』や『魔術はささやく』、あるいは、短編の「チヨコ」など、超常現象を取り扱った作品がいくつかあるんですが、これはとてつもないスケールで江戸時代の呪術というか、超常現象を真正面からテーマにしています。<ツチミカド>さまと呼ばれる怪物というか、化け物を退治する物語です。名前から察せられる通り、土から作られたゴーレムの和様使用のような怪物です。この作者らしく、あるいは、スティーヴン・キングの作品なんかもそうなんですが、ストーリーを淡々と進めるわけではなく、周辺事情や歴史的な経緯、かかわりのある人物像などを非常にていねいに描写して、壮麗な物語に仕上げています。でも、私はこの作者の最高傑作は現代を舞台に超常現象の出て来ない『模倣犯』だと考えています。念のため。
次に、小林泰三『アリス殺し』(東京創元社) です。主人公の大学院生をはじめとして、周囲の人が同じ夢を見て不思議の国に迷い込み、その不思議の国の事故死や殺人が実際に周囲で起こる、というストーリーです。不思議の国と地球がどうしてリンクするのかの謎はそれなりに解き明かされますが、もちろん、科学的でも論理的でもありませんから、それなりのファンタジーということになるんだろうと思います。でも、事故死に見えるものも含めた殺人事件の謎解きはミステリらしく論理的です。不思議の国と地球のリンク、また、実体とアバターの関係などでいろんなトラップが作者によって仕込まれています。しかも、最後の最後に名探偵がすべてを解き明かすわけではなく、読み進むうちにタマネギの皮をむくようにひとつひとつ読者に対して真実が明かされます。特定の名探偵はいません。それなりの読解力とともに、相反するように見えかねない論理性と遊び心のような非論理性の両方が要求されます。この作者の作品はほかを読んだことがないので何とも言えないものの、いわゆる本格ミステリのような正確性を要求される論理性が高いミステリではありませんが、とてもおもしろい試みを含む作品だと受け止めています。
次に、角田光代『紙の月』(角川春樹事務所) です。これも2年ほど前に出版された小説です。私はこの作者の作品は割合と好きでちょくちょく読んでいるんですが、この作品は映画化もされた『八日目の蝉』と同じで、女性の犯罪をテーマにしています。映画化されるのも『八日目の蝉』と同じで、11月に封切られ主演は宮沢りえさんだったりします。テーマは犯罪の中でもお金にまつわるもので、銀行員である主人公が顧客の金を使い込む、というだけではなく、お嬢様校である出身高校の同級生や一時恋人だった男性の妻など、ストレス解消や見栄のために買い物に走って、あるいは、ぜいたくな消費を行うことにより資金がショートして、消費者金融で借金を重ねたりして、犯罪まで至らないものの家庭が崩壊する、といったエピソードを盛り込んでいます。単純に、「ストレス解消や見栄」と書いてしまいましたが、もちろん、それだけでなく、私のような凡人が淡々と送る安定した日常生活とは、実は、かなり危ういものであって、犯罪に至らないまでも家庭の崩壊につながりかねないような状況に追い込まれることは決してまれでなく、むしろ、そういった犯罪や家庭崩壊に陥らずに人生を送ることがまれな僥倖であるような感覚を持つくらい、とても描写が濃密で感覚に訴えるものが強く、圧倒的な筆致で犯罪を犯した、あるいは家庭を崩壊させた女性の生きざまがあぶり出されています。この作者の短編集である『平凡』を取り上げた8月3日のエントリーでも書きましたが、この作者の作品はとても重いと感じてしまいます。最後の終わり方は秀逸です。
次に、木皿泉『昨夜のカレー、明日のパン』(河出書房新社) です。作者はご夫婦のシナリオ作家であり、その昔の漫画家の藤子不二雄さんのように2人でひとつのペンネームを共有しています。この作品はNHKプレミアムBSでドラマ化され、来月から放送される予定と聞いています。主人公テツコは夫を早くに亡くした若い未亡人で、亡父の父親、すなわち、舅のギフ=義父と2人で暮らしています。姑はすでに亡くなっています。実はこの本は数週間前に図書館借りて読み終えていて、すっかり忘れていたんですが、図書館から返却を督促されて思い出した次第です。ですから、ホントは先週の読書ではないんですが、それなりに話題になってドラマ化もされるということで取り上げました。ほのぼのとしたストーリーが進み、昨夜のカレーの匂いのする女の子と明日のパンをもった男の子の出会いがあり、表面的には何ら変化のない平凡に見える世の中でも、結構波乱に満ちている、それぞれの人生があるのだということがよく分かります。非常に個人的な感想ですが、ドラマの主演女優さんを知らずに、もしくは、意識せずに読むことをオススメします。
最後に、『ベスト本格ミステリ 2014』(講談社) と『ザ・ベストミステリーズ 2014』(講談社) です。名は体を表すで、その名の通り、ミステリ短編を集めたアンソロジーです。ここ3-4年くらい、この両アンソロジーは読んでいると記憶しているんですが、なぜか、同じ出版社から出ているにもかかわらず、昨年版は重複が多かったような気がします。中田永一「宗像くんと万年筆事件」、乾緑郎「機巧のイヴ」、岸田るり子「青い絹の人形」の3作品がかぶっていました。私のような不満を持っ読者が多かったのか、今年の2014年版では重複は見られません。ただし、どうしようもないことですが、短編集などで私がすでに読んだことのある作品が収録されていたりします。それでも、さすがに、本格ミステリ作家クラブと日本推理作家協会が選んだ短編ですから、とても出来のいい小説ばかりが収録されています。どちらの出版物も2段組みで、ミッシリと文字が並んでいて読み応えがあります。
今週はまだフルで営業日が5日あるんですが、来週とさ来週は祝日が週の初めの方に挟まります。8月終わりころから気温が下がって、もう9月上旬でめっきり秋っぽい気候になりました。読書の秋ももうすぐ本番だという気がします。
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