今週の読書は伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』と今野敏の隠蔽操作シリーズ『自覚』ほか
今週の読書は、経済書を含む専門書・教養書3冊と、いろいろと取り混ぜて、伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』と今野敏の隠蔽操作シリーズ『自覚』ほかの小説が3冊で、要するに以下の通りの6冊です。
まず、フランクリン・アレン/グレン・ヤーゴ『金融は人類に何をもたらしたか』(東洋経済) です。著者はペmシルバニア大学ウォートン校のファイナンス講座教授とミルケン研究所の研究者で、本書はミルケン研究所の研究成果として取りまとめられています。古代メソポタミアやエジプトからギリシアとアレクサンダー大王までさかのぼりつつ、近代的な金融の起源は大航海時代に求め、金融イノベーションに対して肯定的、というか、性善説的な評価を与えつつ、2007-08年に始まる金融危機の原因が金融イノベーションであることを否定しています。すなわち、金融イノベーションは不安定性の解決策であって、不安定性の原因ではないと著者たちの信念を明らかにしています。その上で、現実の金融の動向に関して、企業金融、住宅金融、環境金融、開発金融、医薬品金融の5分野を取り上げています。もちろん、開発金融ではグラミン銀行のようなマイクロ・クレジットやマイクロ・ファイナンスも取り上げられています。そして、最後に、真の金融イノベーションの教訓として、「複雑さはイノベーションではない」とか、「資本の民主化は経済成長を促進する」などの6点が上げられています。かなり、真っ当な金融イノベーションに関する見方が提供されています。逆に、意外感に満ちた面白みはありません。
次に、仲正昌樹『マックス・ウェーバーを読む』(講談社現代新書) です。著者は金沢大学教授としてアカデミズムの世界の方です。ウェーバーといえば『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』や官僚制に関する研究などが有名ですが、キリスト教的な利潤追求の否定に対してカルヴィニズムにおける職業観や勤労観を強調し、プロテスタンティズムの倫理感が資本主義的な利潤追求の精神にマッチすることを明らかにしたなど、ウェーバーの入門書となっています。いわゆる「理念型」に基づく分析や、官僚制についても価値判断を下すことなく、文書に基づく効率的な事務遂行などを強調したウェーバーの官僚制に関する考え方を明らかにし、決して役所的でムダの多いカギカッコ付きの「官僚制」観ではなく、効率的に事務を処理し、役所や公的部門だけでなく、利潤追求を行う企業組織などにも存在する官僚制に関して正しく伝えています。ただ、歴史観については私故人の感触ではマルクス的な唯物史観に近い印象も持っていたんですが、ウェーバー的な世界観は唯物論に基づいているわけではないと、キッパリと否定しています。世界的にはともかく、現時点ですら我が国の社会科学の方法論に対して強い影響を及ぼしているウェーバーのとてもよい入門書だろうと思います。そして、出来ることであれば、エコノミストを含めて社会科学に携わる人間としてウェーバーの『プロテスタンティズムの精神と資本主義の精神』くらいは読んでおきたいものだという気がします。私も京都大学のゼミで読んで以来、長らくウェーバーの著作を手にしていないことを恥じるばかりです。
次に、毎日新聞経済部『日本発! 世界のヒット商品』(毎日新聞社) です。表題につられて借りて、もっと歴史的に壮大なタイムスパンで取材しているのかと思いましたが、実は、ここ数年の範囲のヒット商品だと知って、少しがっかりしましたが、それはそれなりに面白かったです。生活家電、娯楽家電・精密機器、食品・飲料・調味料・酒類、生活雑貨・化粧品・衣料、玩具・乗り物・その他に分けて、欧米も対象としていますが、基本的にアジアをメインのターゲットとして日本発のヒット商品を取材した結果であり、2013年4月から2014年8月まで毎日新聞に連載された記事を取りまとめた単行本です。私は独身で中南米に3年、小さい子供連れでジャカルタに3年と海外生活を経験していますので、それなりに面白かったです。p.97 で取り上げられているカルピコですが、我が家の子供達は帰国後もしばらく「カルピス」とはいわずに、ジャカルタ仕様で「カルピコ」と呼んでいたのを思い出しました。また、p.154 でご飯にかける甘いソースを取材していますが、中南米で思い出すのは白いコメだけの日本的なご飯はやや「貧相」であると現地で見なされていたことです。ですから、チリ人のメイドさんはユカリを入れたりして、戦後「銀シャリ」と呼ばれた真っ白なご飯を避けようと苦心していたのを思い出します。なぜか、「貧相」に見えるようです。金やプラチナなどの貴金属だけの指輪よりもダイヤモンドなどの宝石がついていた方がいい、と私が雇っていたメイドに説明されて、何となく納得したのを記憶しています。
次に、伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』(幻冬舎) です。この著者の得意とする連作短編集です。羅列してもしょうがないような気もしますが、短編のタイトルは「アイネクライネ」、「ライトヘビー」、「ドクメンタ」、「ルックスライク」、「メイクアップ」、「ナハトムジーク」となっています。本のタイトルの「アイネクライネナハトムジーク」はモーツァルトの作曲になる曲から取っています。ただし、従来の作品と違ってタイムスパンが長いです。19年の期間を現在と19年前と9年前で区切って、3時点の出来事から切り取った風景を作品に詰め込んでいます。伊坂作品ならではの伏線に満ちた、かつ、軽妙な語り口で物語が進みます。もちろん、日本人のヘビー級チャンピオン誕生といった意外性にも満ちています。バブル期の小説家の作品ように生活感はまったくありません。いくつかの例外を除いて、登場人物がどうやって生活の糧を稼いでいるのかは不明です。ミステリではないと私は考えているので、ネタバレを書いてもいいように思わないでもないんですが、わが国有数の売れっ子作家の新刊本ですから、あまり雑なこともしたくありません。でも、『オー! ファーザー』くらいまでの第1期作品に戻ったような軽快な作品で大いにオススメです。
次に、今野敏『自覚』(新潮社) です。警視庁大森署の竜崎署長を主人公とし、警視庁刑事部の伊丹部長をからませる「隠蔽捜査」シリーズの5.5版です。小数点がつくのは短編集だからです。3.5の『初陣』と同じコンセプトです。ということで、「漏洩」、「訓練」、「人事」、「自覚」、「実地」、「検挙」、「送検」の7篇の短編が収録されています。盟友伊丹は最後の短編「送検」以外はほとんど登場しません。その代わりといってはナンですが、女性のキャリア警察官畠山美奈子が登場する短編「訓練」が含まれています。随所にいつものメンバー、というか、第2方面本部の野間崎管理官、大森署の戸高刑事が登場し、安心感のある展開です。でも、冴子などの竜崎の家族の出番はありません。登場人物はともかくとして、いつも通りの合理性一本やりのブレない竜崎の魅力が満載で楽しめます。また、「検挙」では戸高が検挙数と検挙率のアップのためとんでもないことをやらかしますが、署長である竜崎からとても合理的な裁定を引き出します。ミステリとしての謎解きにも興味深い展開があり、人情ではなく合理性に基づいて部下を信頼するとはどういうことか示唆に富む短編もあり、私も役所の管理職として見習いたいものだという気がしないでもありません。
最後に、乾緑郎『鷹野鍼灸院の事件簿』(宝島社文庫) です。私は知らなかったんですが、この作者は「このミス大賞」受賞作家としての顔だけでなく、現役の鍼灸師さんらしいです。この著者の作品は『完全なる首長竜の日』と先日読書感想文をアップしたばかりの『機巧のイヴ』しか読んだことがなく、この作品『鷹野鍼灸院の事件簿』が3冊目です。いきなり文庫本で出版されています。ということで、かの探偵シャーロック・ホームズのモデルとなった作者コナン・ドイル卿のエディンバラ大学のジョセフ・ベル教授のごとく、ちょっとした特徴から患者の状況や経歴をいい当ててしまう芸当が医者や鍼灸師などには可能なのかもしれず、その特徴を生かしたミステリです。もっとも、殺人事件で人が死ぬようなことはありません。探偵役の鷹野鍼灸院長に雇われている女性の若い鍼灸師を主人公にして、日常生活のちょっとした不思議な出来事の謎を解いていきます。また、鍼灸業界(?)のいろんな旧弊なども暴き出していたりします。幻肢痛など、私のようなシロートにはちょっと考え付かないような解決があるため、一部の読者には「反則」っぽく映る可能性はありますが、東野圭吾のガリレオのシリーズのような物理ミステリは極端としても、専門知識をペダンティックに用いるケースも少なくない海堂尊や仙川環の医療ミステリなども流行っているんですから、鍼灸業界に根差したこういったミステリもいいんではないかと思います。私はわずか3冊しか読んでいませんが、この作者のミステリは外れがなくて当たりが多いような気がします。
この3連休はお天気がやや不安定なようなんですが、自転車でいくつか図書館を回って予約してあった本を引き取りに行きたいと考えています。
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