今週の読書はグレン・ハバード/ティム・ケイン『なぜ大国は衰退するのか』ほか
今週の読書は経済史を扱ったグレン・ハバード/ティム・ケイン『なぜ大国は衰退するのか』ほか、以下の通りです。
まず、グレン・ハバード/ティム・ケイン『なぜ大国は衰退するのか』(日本経済新聞出版社) です。本書のタイトルから、その昔に流行ったポール・ケネディの『大国の興亡』を思い出す人も少なくないと思いますが、本書でもローマ帝国から始まって、 中国、オスマントルコ、スペイン、大英帝国、EU、そして日本、もちろん、最後に米国まで幅広く取り上げられている点は同じですが、私が重要と考えるに3点ほど方法論的な違いがあります。第1に、「経済力」を国内総生産(GDP) × 生産性 × (GDP成長率の平方根)と定義し、この指標に基づく定量的な議論を展開しています。第2に、マンサー・オルソンの「公共選択モデル」が幅広く活用されている点です。レント・シーキングによる国家の弱体化、経済的なインセンティブを歪める政府の規制、などなど、エコノミストにはおなじみの議論が盛り込まれています。しかし、第3に、私がもっとも特異な点として指摘したいのは、現代の国家を見る際に、戦後の1970年代までの黄金期の経済成長に基づいて、社会保障をはじめとするエンタイトルメントが充実されたことが国家財政を圧迫し、国家の衰退につながったとする財政原理主義です。もちろん、ラインハート=ロゴフ『国家は破たんする』のように、累積債務がGDP比で一定の閾値を越えると成長が鈍化する、といった議論も散見しますが、こういった財政至上主義は私にはとても異様に感じます。ということで、私のようなエコノミストから見れば、財政均衡主義的な右派のステレオタイプの論調でしかないんですが、一定の賛同者を得ているようにも見えます。エンタイトルメントなる視点を重視するがゆえに、戦後史に入って急に論調が変化する点を読み逃すべきではありません。
次に、宮部みゆき『悲嘆の門』(毎日新聞社) です。この作者の前作が『荒神』であり、昨年2014年9月7日付けのこのブログのエントリーで取り上げていますが、朝日新聞に連載されていた作品です。そして、この作品『悲嘆の門』はサンデー毎日に連載されていたもので、毎日新聞に連載されていた『英雄の書』の続編に位置づけられるファンタジーです。時代小説で怪奇的というかホラーがかった作品、あるいは、パイロキネシスなる超常現象が出てくる『クロスファイアー』などの現代小説の作品を別にして、この作者の本格的なファンタジーは、私が読んだ範囲で大きく3分類され、ひとつは『ブレイブ・ストーリー』です。ふたつめがゲームの原作的な『ボツコニアン』のシリーズです。そして、この『英雄の書』と『悲嘆の門』の連作があります。もちろん、タイムトラベルの『蒲生邸事件』もあれば、ファンタジーというよりもSFと見なすべき『ドリームバスター』のシリーズなど、極めて多作な作者のことですから、いろんな作品で現代の物理法則を無視した小説を書いているのも事実です。この『悲嘆の門』ではシリーズ前作『英雄の書』の主人公ユーリが小学5年生から高校1年生に成長して登場しますが、主人公は大学生の三島孝太郎であり、主たる活動は大学の学生生活ではなくアルバイトのサイバー・パトロールが舞台となります。『英雄の書』と同じでスッキリしたラストではありませんし、主人公の孝太郎やバイト仲間の森永はユーリの兄と同じで「憑りつかれます」し、途中段階でもこの作者らしく人間の裏側に淀む汚い面をさらけ出すようなストーリーで読者に迫ります。『英雄の書』よりかなりいい終わり方だと私は思いますが、さわやかなハッピーエンドではないことを覚悟して読み進む懐の深さが求められる作品です。
最後に、乾くるみ『セブン』(角川春樹事務所) です。私はこの作者の作品は『イニシエーション・ラブ』しか読んだことがないんですが、この『セブン』はタイトル通りに数字の「7」にまつわる短編集として、7つの短編作品から編まれています。女子高生の間のゲームを中心に据えた最初の作品「ラッキーセブン」から、戦場でのサバイバルをかけたゲームを扱った最後の作品「ユニーク・ゲーム」まで、その昔の京大ミス研などの新本格派が重視した論理的に唯一の解決策にたどり着く、というタイプのミステリではなく、確率的にどのような回答が導かれるか、という点も重要な要素となります。さらに、最後の「ユニーク・ゲーム」では単純な確率論ではなく、捕虜となった王室の王子が生き残る確率にウェイトを持たせるという必要性を導入し、ある意味で、とてもトリッキーな結果をもたらしています。そのあたりは理学部数学科出身の作者らしい作品ともいえます。でも、エコノミスト的な事後確率を導入したベイジアン的な確率論は出て来ません。当然でしょう。軽く読み飛ばすエンタメな文学作品ではなく、ゲームのルールをしっかりと頭に叩き込むべく、しっかりと読みこなす読解力が要求される作品です。なお、どうでもいいことながら、この作者の代表作『イニシエーション・ラブ』は松田翔太と前田敦子/木村文乃の主演で映画化され、5月23日に封切り予定だと聞き及んでいます。映画「イニシエーション・ラブ」のサイトはコチラ、何らご参考まで。 ですが、2人の「たっくん」は映画でどう演じ分けるんでしょうか。
年度末で仕事が忙しくなっており、なかなか読書が進みませんが、さて、来週の読書やいかに?
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