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2015年2月10日 (火)

金融包括性 financial inclusion はアジア新興国・途上国の貧困と不平等にどのような影響を及ぼすか?

最近読んだ学術論文からの紹介です。今年1月にアジア開発銀行(ADB)から金融包括性 financial inclusion がアジア新興国・途上国の貧困や所得不平等にどのように関係しているかに関するワーキングペーパーが公表されています。このところ、エコノミストとしての私の専門分野のひとつである開発経済学が少しお留守になっていましたので勉強してみました。リファレンスは以下の通りです。

もちろん、pdfの全文ファイルもアップされています。「包括性」inclusion とか、「包括的」inclusive とかは、やや偏りのある私の見方では、アセモグル&ロビンソン『国家はなぜ衰退するのか』あたりからよく聞くようになった印象があります。今夜はグラフをいくつか引用しつつ、簡単にこの論文の概要について紹介します。

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まず、ペーパーでは金融包括性指数 Financial Inclusion Index を以下の5つの指標を基に世界176か国に適用して算出しています。その算出結果をペーパーの p.6 Table 1: Financial Inclusion Index から上位10国について引用すると上の表の通りです。トップがスペインで日本も6番目に入っています。当然ながら、先進国が上位を占めます。もっとも、アジア新興国・途上国の中ではこの次の12位に韓国がランクされています。

  • 大人10万人当りATM数
  • 大人10万人当たり商業銀行支店数
  • 大人1000人当り商業銀行からの借入者数
  • 大人1000人当り商業銀行預金者数
  • 国内信用のGDP比
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そして、アジア新興国・途上国だけを世界ランクから抜き出してグラフで示すと上の通りです。ペーパーの p.9 Figure 3: Financial Inclusion Indicator, Developing Asia を引用しています。アジア新興国・途上国の中であれば、韓国ではなくシンガポールや香港がトップではないかと予想していたんですが、そうでもないようです。意外と、中国(PRC)が上位にランクされていたりします。

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そして、金融包括性指数と各国の豊かさの代理変数である1人当りGDPをプロットした p.10 Figure 4: Per Capita Income and Financial Inclusion を引用すると上の通りです。傾向線が引かれていますが、金融包括性指数と1人当りGDPは正の相関を有しているようです。ただし、グラフをよく見れば理解できると思いますが、横軸に1人当りGDP、縦軸に金融包括性指数が取られています。高校のころの数学で、関数表現について y = f(x) というのを記憶している人も多いと思いますが、カーテシアン座標の2次元グラフでは、暗黙のうちに横軸のx軸から縦軸y軸への因果を想定しています。ここでは、豊かさが金融包括性を決める、という含意かと理解しておきます。

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次に、ペーパーのタイトルである貧困と不平等に入ります。上のグラフは p.12 Figure 8: Financial Inclusion and Poverty を引用しています。今度は、横軸に金融包括性指数、縦軸に貧困率が取られています。先ほどと逆で、金融包括性指数が貧困を決める、という因果が想定されていることがうかがえます。そして、このペーパーの筆者たちの意図通り、というか、何というか、かなり苦しいながら何とか金融包括性指数と貧困率の間に負の相関が浮かび上がっています。1人当り所得の豊かさと金融包括性が正の相関を有しているんですから、金融包括性が貧困と負の相関を有しているのは当然だとしか私には思えないんですが、それはともかく、ATMをたくさん設置して、銀行支店もいっぱい開設するなど、金融の包括性を高めると貧困削減につながる可能性を主張したいんだろうと受け止めています。

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最後に引用するグラフは金融包括性と不平等であり、p.13 Figure 9: Financial Inclusion and Income Inequality を引用しています。縦軸の所得の不平等はジニ係数を取っているんですが、誠に残念ながら、金融包括性指数と所得の不平等には相関が見られない、という結果になっています。金融は預金とか借入れとかはストックですから、フローの所得ではなく、ストックの資産の不平等のデータがあれば、ひょっとしたら、結果は違っていた可能性は否定できませんが、たぶん、データがそろわなかったんだろうと想像しています。この後、p.16 の Table 4 で回帰分析の結果が示されていますが、ダメ押しで、所得不平等に対して金融包括性指数はそれほど統計的な有意性が大きくなく、むしろインフレが不平等の原因である、という結果が示されていたりします。

日本では銀行口座を持っていて、その口座にお給料や年金を振り込んだり、あるいは逆に、公共料金やクレジットカードの利用代金を引き落としたりというのは当たり前になっているんですが、途上国では決してそうではありません。国にもよりますが、銀行口座を持っていて、金融取引を行っている人は富裕層に限られ、国民の決して大きな比率を占めているわけではない場合も少なくありません。今夜紹介したペーパーは、アジア新興国・途上国の金融の実情に迫りながら、最後の最後に所得不平等でコケた学術論文でした。

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