先週の読書は、経済書と専門書のノンフィクション、新書など以下の6冊です。
まず、大内伸哉『労働時間制度改革』(中央経済社) です。この読書感想文のブログでは経済書に分類しておきますが、著者は神戸大学法学部の労働法学者であり、エコノミストではありません。サブタイトルが「ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か」となっています。私はこの副題に留意しながら読み進んだんですが、この副題の問いは答えられていないと感じざるを得ませんでした。著者の結論は最後の第8章に取りまとめられているんですが、p.203-04 で著者自らが問うている現行制度、特に裁量労働制や管理者監督者制でなぜダメなのかは私の頭の回転が悪いせいか、明らかではありませんせした。一応、私は役所の管理職で管理者監督者ですし、他方、研究者ですから裁量労働制の経験もあります。その上で、本書の著者も薄々感じている「人件費の削減」目的について、p.210 で何の論証もなく否定しています。ホワイトカラー・エグゼンプションも、移民を含む外国人労働者の受入れも、正社員の雇用保障の緩和も、すべて経営者側から提案されている労働に関する規制緩和などの改革案は、ひょっとしたら、人件費の削減を目的にしているのかもしれない、という目で見直すことが必要です。労働に関する「岩盤規制の見直し」などと称されながら、この視点に耐えられる労働制度改革はどれだけあるんでしょうか?
次に、ウィリアム・ノードハウス『気候カジノ』(日経BP社) です。著者は米国エール大学の教授であり、経済学者の立場から地球温暖化や気候変動を分析するDICE/RICEと名付けられたモデルを開発しています。後に出てくる岩波新書の『異常気象と地球温暖化』の著者は気候科学者であり、ペアで私は読みました。地球温暖化や気候変動については、科学的に、人間活動に由来する気温上昇は明らかに自然界で吸収できないレベルに達しており、気候科学から見て4℃を超える気温上昇はかなり破壊的な影響をもたらすことが明らかです。経済学的に見ても、決して一国で対応できるわけではなく、多数の国際間協力でより大きな効果を上げることができ、さらに、可及的速やかな対応策が低コストかつ効率的な効果をもたらすことが明らかです。とても重要な課題なんですが、本書の最後の第Ⅴ部の気候変動の政治学にもある通り、米国保守派でダーウィン進化論を否定するがごとく、気候変動の科学的な知見を認めない人が少なくないのは残念です。なお、著者がエール大学で開発しているDICE/RICEモデルとともに、マサチューセッツ工科大学(MIT)で運営されているEPPAモデルもこの分野では注目されています。以下はリンク先です。Excelで動かせるフルモデルもあったりします。
次に、小林信介『人びとはなぜ満州へ渡ったのか』(世界思想社) です。一応、経済書に分類しておきます。というのは、本書は著者が経済学の博士号を申請した論文を基に編集されているからです。通常、満州移住は貧しさ故に、というか、有り体に言えば、日本で食いっぱぐれて渡満したと俗説で信じられているところ、長野県の史料から検証しており、この俗説を否定するとともに、渡満を推奨する世話役的な、本書では「中心人物」とか「中堅人物」としている仲介者、現在の用語で言えばブローカーのような人物の活躍、さらに、本書で「バスの論理」と読んでいるイワユル」バンドワゴン効果、さらにさらにで、長野県の場合は、1933年2月の左翼教員弾圧による地ならし的な効果などの複合的な要因により渡満の多寡が決まっている、と結論しています。明確な表現はなかったかもしれませんが、貧困による食い扶持減らし的なプッシュ要因ではなく、仲介者から国策である満州移民を求められたというプル要因の方が強かった、という結論です。一応、それなりの統計的な検証もしているんですが、何分、長野県内の検証にとどまっており、ホントに日本全国でこの論理が成立するかどうかはとても怪しいと私は受け止めています。興味深い一考察ではありますが、日本からの満州移民について、現地人の目から日本の国策に従った「加害者」と見なすか、逆に、実にマルサス的な貧困ゆえの「被害者」と見なすか、本書はやや前者の傾向を示してしまいそうな気がしないでもありません。
次に、ジャック・エル=ハイ『ナチスと精神分析官』(角川書店) です。著者は医療、科学、歴史を得意分野とするジャーナリスト、ノンフィクション・ライターです。本書はタイトルが少し分かりにくいんですが、ナチスでナチス流の精神論を振りまいた精神分析官をメインに据えているんではなく、第2次大戦後にナチスの戦犯を裁くニュルンベルク裁判の被告と接した米国陸軍の精神科医であるダグラス・ケリー少佐を主人公にしています。ナチス側の主たる登場人物はゲーリングです。要するに、第2次世界大戦を引き起こし、同時に、ユダヤ人大虐殺を実行したナチ高官は、「ナチ気質」とでもいった異常な精神構造、あるいは、精神医学的な異常を有していたのか、それともそうでないのか、という疑問を解き明かそうとした精神科医の物語です。結論は後者であり、ナチ高官は精神医学的な異常を有していたわけではない、ということですから、場合によっては、考えたくもないことかもしれませんが、日本はもちろん米国や欧州でも、戦争を引き起こしたり特定の人種の抹殺を図ったりといった異常行動に走る可能性がある、ということです。私はこの結論は当然と受け止めました。「民族浄化」の名の下にコソボでセルビア人大虐殺が実行されたのは1990年代のつい最近のことです。民主主義と平和を守るためには、それと意識した努力が必要なのだということを戦後70年にして改めて実感しました。
次に、鬼頭昭雄『異常気象と地球温暖化』(岩波新書) です。著者は気象庁出身の科学者であり、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1作業部会の第2次評価報告書から第5次評価報告書までの執筆を担当した研究者です。ノードハウス教授が経済学の立場から地球温暖化や気候変動を解き明かしているのに対して、本書は気候科学の立場からの研究成果を取りまとめています。繰返しになりますが、科学的に、人間活動に由来する気温上昇は明らかに自然界で吸収できないレベルに達しており、気候科学から見て4℃を超える気温上昇はかなり破壊的な影響をもたらすことを本書では明らかに跡付けています。
最後に、高野潤『新大陸が生んだ食物』(中公新書) です。主として南米のペルーやボリビアをはじめとしたアンデスやアマゾン上流の食物を取材しています。「新大陸」とのタイトルながら地域的に限定されているのと同じように、「食物」のタイトルながら草食系しか取り上げられていません。肉食系の人には物足りないかもしれません。私は南米チリの大使館に経済アタッシェとして3年余勤務しましたが、知らないことばかりでした。なお、著者はカメラマンですので、フルカラーの写真を豊富に収録しており、写真を見るだけでも手に取る値打ちがありそうな気がします。
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