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2016年1月10日 (日)

先週の読書は想定外を考察する『ケインズ対フランク・ナイト』をはじめ6冊ほど!

先週の読書は、想定外を考察する『ケインズ対フランク・ナイト』をはじめ、以下の6冊です。なお、昨年12月の下旬に直木賞の候補が発表され、私の好みからいえば、宮下奈都の『羊と鋼の森』か柚月裕子の『孤狼の血』ではなかろうかと勝手に考えているところ、さすがに、いくつかの図書館の予約を入れたものの、かなり先にならねば回って来ないようです。そういえば、西加奈子の『サラバ!』なんて、もう一昨年2014年の直木賞なのに、いまだに予約中で回って来ません。初動が遅れるとこんなもんです。

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まず、酒井泰弘『ケインズ対フランク・ナイト』(ミネルヴァ書房) です。著者は筑波大学や滋賀大学を舞台にリスク経済の研究者として我が国の第1人者であるエコノミストです。本書の目的は冒頭の序に明示してあり、「『想定外』を想定するとは一体どういうことなのかを深く掘り下げること」です。その題材としてタイトルであるケインズとナイトの研究業績が取り上げられています。特に、ナイト流に確率分布が先験的または経験的に把握できるリスクとそうでない不確実性をキチンと区別した議論がなされています。その上で、実際の題材として焦点が当てられているのは東日本大震災、特に福島第1原発や原子力発電のリスクと不確実性であり、「原発建設の是非は『不確実性下の意思決定』の格好の問題」(p.118)と指摘しています。その結論は p.275 以下にあり、現時点で利用可能な基準のひとつとして、最悪の事態を想定しつつ、その最悪の事態を底上げするという意味でのマキシミン基準を上げています。もちろん、経済学の視点も忘れられているわけではなく、ナイト的な不確実性へのチャレンジ、特に、ケインズ的なアニマル・スピリットに基づく血気盛んな企業家の不確実性へのチャレンジが利潤に結実するという点を強調しています。第6章のケインズ的な企業家のアニマル・スピリットに基づく設備投資に伴う利潤、すなわち、投資行動と限界効率と確信状態の不可分な関係は、現時点で政府が賃上げとともに設備投資を財界に呼びかけているだけに、官庁エコノミストの私としてもとても興味深いものがあります。また、第8章のいくつかの指摘は、違った面からではあれ、経済学を職業の基礎にしている私に心に響くものがあったのも確かです。ただし、これらの多くのポイントに比して微々たる批判点ではありますが、一応指摘しておくと、これも第6章の市場均衡の美学として一般均衡理論を不動点定理から明らかにしているくだりがあり、基本的に本書は経済書の中でも専門書と位置付けられるとはいえ、大学の経済学部の学部生くらいならともかく、学問を離れて期間を経た一般ビジネスマンが読むには少し難しい内容かもしれないと懸念しないでもありません。また、本書のスコープの外なのかもしれませんが、リスクと不確実性とアニマル・スピリットだけでなく、企業家の性格を語る際にはシュンペーター的なイノベーションについても簡単に触れて欲しかった気がします。それにしても、昨年取り上げた読書感想文の中で、11月21日付けでポール・オームロッド『経済は「予想外のつながり」で動く』が昨年のマイ・ベストに近いと書きましたが、本書はそれを軽く超えた気がします。ピケティ教授の『21世紀の資本』を一昨年2014年の出版とすれば、昨年2015年に出版されて私が読んだ経済書の中では文句なしのマイ・ベストといえます。

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次に、ウルリケ・ヘルマン『資本の世界史』(太田出版) です。著者は経済ジャーナリストであり、原書は Der Sieg der Kapitals 、すなわち、『資本の勝利』なるタイトルで2013年9月に刊行されています。でも、たしかに、邦訳タイトル通りに資本や資本主義の世界史を、後述のように、私が歴史の特異点とみなしている産業革命以降、しっかりと追っています。ただし、古代ローマや中国も視野に入れています。歴史家の手になる書籍、例えば、ホブズボームやブローデルの書作からの引用も多く、さらに、最近の経済書として特徴的なのはマルクスの引用が少なくないことです。資本制下では過剰生産恐慌が生じ得るようになった、との指摘は大学時代以来であり、とても久し振りな気がします。ですから、現在の経済安定化や拡大のために実質賃金の上昇の重要性が何度も強調されています。ドイツで賃金上昇が実現しないことがユーロ危機のひとつの要因として上げられています。そして、最後の結論は、経済を成長させるためには、国家が投資を活気づけ貯蓄を抑制すべしとして、p.274 から5点に取りまとめてあります。すなわち、国家自身が投資する、資産税を課税する、実質賃金を上げるために国家が後押しする、老後の備えを不要にする公的年金を整備する、バブル抑制のために金融取引税を実行する、の5点です。全体として、何度か触れられる「スーパーバブル」だけが意味不明なんですが、経済の歴史をコンパクトに分かりやすく取りまとめ、多くのエコノミストの支持を得そうな処方箋を提示するなど、さらに、邦訳も含めてとても分かりやすい文体や表現でまとめられており、経済や資本の歴史に関するなかなかの良書ではないか、という気がします。大いにします。

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次に、アンソニー・ギデンズ『揺れる大欧州』(岩波書店) です。著者は英国の経済学者であり、超有名な『第三の道』の著者であり、当時の労働党ニュー・レイバーのブレア政権のブレーンでもあったエコノミストです。原題は表紙に見られる通り、Turbulent and Mighty Continent ですから、ほぼ邦訳通りなんですが、欧州とは大陸欧州であって英国は含まれていない点は留意すべきでしょう。まず、EU=欧州の権力構造について、キッシンジャーの問いかけである「欧州の代表は誰か」に対して、欧州議会や大統領などの公式の権力であるEU1とドイツのメルケル首相や少し前までの「メルコジ」などの実質的な欧州の意思決定の中枢を指すEU2を分けて考えることから始め、さらに、金融危機からはIMFが新たなプレイヤーとして欧州問題に加わると指摘します。世界の覇権は前世紀前半の2度の世界大戦により欧州から米国に移行した後は、世界レベルでの欧州の重要性は格段に低下したわけですし、最近の欧州問題とは、エコノミストの見方によれば、英国は参加していないものの、域内統一通貨であるユーロの問題にほかなりません。ギリシアやPIGSの財政赤字に端を発するユーロの問題をどう解決するか、あるいは、さらにその先で英国がbrexitするのか、そもそも英国からスコットランドが分離するのか、すでに覇権を米国に譲り渡し、いくら国家連合として大きな経済研や政治的なパワーを集合させても、欧州が19世紀のような政治・外交的な影響力や経済的な繁栄をを取り戻し、あるいは、何らかの意味で復活することはかなり困難と多くの政治学者やエコノミストが考えていることは、ほとんど明らかですから、私は米国と欧州との共存、あるいは、さらに、影響力ある国家として中国も加えるべきかもしれませんが、こういった世界レベルでの連携がいかに可能かに焦点を当てるべきと考えています。この私の見方にかなりよくマッチした経済書といえそうな気がします。

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次に、村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』(文藝春秋) です。作者はいうまでもなく、我が国でもっともノーベル文学賞に近いとされている小説家ですが、この作品は小説ではなく紀行文というか、旅行記ということで、このブログではノンフィクションの扱いとしました。タイトルは「ラオス」がパートアップされているんですが、ほとんどは欧米の旅行記であって、特にボストンは2度も出て来ます。欧米以外はラオスと熊本だけで、この小説家の欧米への目線を強く感じてしまいます。ボストンや米国のポートランドのほか、ギリシャの島、フィンランド、トスカナなどを取り上げています。土地の風景の印象、食事、さらに、場合によってはスポーツ観戦や音楽など、この小説家の文体が余すところなく楽しめます。おそらく、文章の中身自身はそれほど参考になるわけでもなく、もちろん、旅行ガイドブック的な活用は作者も考えていないでしょうから、その土地の紹介、旅行記というよりも、作者の視点や文体などを楽しむ本を考えるべきです。また、1650円+税という価格にしてはカラー写真がとても数多く収録されています。もちろん、光沢写真の豪華印刷ではなく、インクジェットのプリンタで打ち出したくらいのクオリティなんですが、とても雰囲気が伝わり文体ともマッチしています。私は p.75 のLP購入の写真、作者がキャノンボール・アダレイの「サムシンエルス」のLPのジャケットを持った写真が、昨年2015年12月20日の音楽鑑賞の日記で取り上げたばかりだったせいか、とても印象的でした。例外は数多くあるものの、ジャズの名演奏を収録したアルバムのジャケットはカッコいい、というのがピッタリと当てはまるような気がします。

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次に、筒井康隆『モナドの領域』(新潮社) です。著者はいうまでもなく我が国文筆界の大家です。書店の宣伝文句に、『新潮』連載時だと思うんですが、「巨匠の最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」とあったので、これは読まねばならないと強く感じてしまいました。ということで、この作品では、河川敷で腕が発見され、公園で足が発見され、明らかにバラバラ殺人事件の謎解きなんですが、とんでもない結末を迎えます。後半の裁判の章の法廷からGODと呼ばれ始め、最後の章の神の数学で結末を迎えますが、要するに、GODでも神でも造物主でも、何でもいいんですが、我々人間の考える全知全能の神の歴史観を余すところなく披露している小説です。タイトルの「モナド」とはプログラムの意味であり、私のこのブログでは何度か「アカシック・レコード」と呼んでいます。すなわち、太古の昔から悠久の未来までの歴史をすべて網羅した歴史書、というか、本書の用語でいえばプログラムであり、私の用語でいえば、歴史の進む方向に関する微分方程式体系ということになります。そして、歴史が微分法的式体系である以上、初期値が決まればその後のコースというか、ルートは決まってしまうわけですが、時折、特異点 singularity があって、シフトというか、ジャンプというか、不連続で微分不可能ないくつかの時点が200-300年ごとくらいにあり得る、と私は考えています。直感的に特異点だと私が見なしているのは、最近では、18世紀から19世紀にかけての産業革命と20世紀前半の2度にわたる世界大戦です。局地的な特異点としては、日本の場合は13世紀後半の元寇ではなかったかと考えています。この時点で何らかの要因で別の結末があれば、局地的ながら日本の歴史は変わっていた可能性があります。また、神が真理の体系であるということは、かなり仏教の世界観に近いということも出来るかもしれません。本題に戻って本書の読書感想文の続きですが、確かに巨匠の最後の傑作といえます。私はこの作者の本はそれほど読んでいないんですが、おそらく、『旅のラゴス』をもっとも高く評価しています。本書は『旅のラゴス』にはやや達しない印象があるものの、かなりの出来の作品です。ただ、1点だけ気にかかるのは、「時をかける少女」と同じでタイムパラドックスの処理が、本書ではタイムパラドックスではないんですが、記憶の改変・消去という意味でタイムパラドックスの処理に近い印象ですので同列に置くと、ややぎこちない気がします。もっとも、バラバラ殺人事件は疑問の余地なく解決されます。

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最後に、五十嵐貴久『炎の塔』(祥伝社) です。著者は推理小説などを中心にした売れっ子作家なんですが、私はこの作者の作品は初めて読みました。タイトルから理解される通りの内容で、作者によるあとがきでも映画「タワーリング・インフェルノ」を意識して、というか、バックグラウンドとして書かれた作品であることは明らかです。あべのハルカスをしのぐ地上100階地上450メートルの超高層ビルが、何と間抜けなことに、オープン初日に大火災に見舞われ、銀座にある巨大消防署が周辺署の応援や本庁のサポートも受けつつ、消火や救助に当たる、というストーリです。特に、女性消防士にスポットを当てています。当然のように、超高層の巨大ビルを建設したデベロッパーはヒール役の悪者であり、政治献金で東京都知事から開発許可を得て、社内的にも独裁者のような強引な手法でビル建設に邁進しているという設定で、げなげな女性消防士は何度も生命の危機に遭遇しながらも立派に消火・救助活動に当たり、被害者も最小限に抑えることが出来る、というハッピーエンドで終わります。ということで、あらすじはタイトルから常識的な小説読者が容易に想像できてしまいますし、火事や消火の技術的な内容についてはどこまで正確性を担保できているのかは読者には判断できませんし、あとは小説家の腕の見せ所はストーリーのスピード感とサスペンスの非現実性と少しの薬味、この場合は映画「タイタニック」と同じようにラブ・ストーリーが盛り込まれています。小説の出来としては標準的であり、特にベストセラーになりそうな気もしません。特に残念なのはエピローグです。火事が終息して救助された人々のその後について、もっとしっかりとキャラを設定してその後のあり得るべきストーリーを展開できればベターだったような気がします。最後の最後に、どうでもいいことながら、我が家はこういった火事の恐怖があるので集合住宅に暮らしていた際は低層階に住むように心がけていました。ジャカルタでは16階だか17階建てだかのアパートの3階でしたし、松戸や南青山の官舎では2階でした。高層の眺望のよさなどよりも火災被害のリスクの低さを選択した結果です。

長らく楽しんで読み継いで来た佐伯泰英作の居眠り磐音の江戸草紙シリーズがとうとう51巻で完結しました。早速に買い求め、今週にでも読みたいと考えています。

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