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2016年1月16日 (土)

今週の読書は金融危機の原因を家計の債務とする『ハウス・オブ・デット』ほか!

今週の読書は金融危機の原因を家計の債務とする『ハウス・オブ・デット』、また、とうとう完結した「居眠り磐音江戸草紙」シリーズの第50巻と51巻など、以下の通り、文庫本や新書も含めて計8冊です。

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まず、アティフ・ミアン/アミール・サフィ『ハウス・オブ・デット』(東洋経済) です。2人の著者は米国の大学の経済学の研究者であり、原書は同じタイトルで2014年に出版されています。本書では2008年の金融危機の要因について、ファンダメンタルズ説、アニマル・スピリット説、銀行融資説を排して、LL理論と本書で名づけている Levered Loss モデルにより、米国家計の債務の積み上がりが原因である、とする説明を試みています。家計債務原因説については、すでに2012年4月の国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」World Economic Outlook の分析編第3章で Chapter 3: Dealing with Household Debt と題した分析が加えられていますので、本書ではLL理論、というか、LLモデルに即した解明に焦点が当てられています。家計債務が経済の落ち込みを増幅させる負のメカニズムを持ち、さらに、この経済の落ち込みはは債権者よりも債務者に大きなダメージを及ぼし、格差を増大させる、などと主張されており、LLフレームワークについては第4章の p.67 の概念図が、また、LLフレームワークと雇用については第5章の p.85 の概念図が、それぞれ示されています。基本的には、債務返済が優先されるのに対して実物資産保有は劣後する、というわけですから、当然といえば当然のフレームワークだという気もしますが、データに基づく定量的な分析は第2章の注3に示された著者たちの学術論文に示されているようです。誠に残念ながら、私は不勉強にしてまだ目を通していませんので、以下にリンク先だけ示しておきます。本書の分析によれば、当然ながら、処方箋は家計に対する政策であり、家計の過剰債務が解消されない限り、総需要を喚起する金融政策や財政政策も有効ではないとの主張ですから、救済すべきは銀行ではなく家計だった、という結論が導かれます。また、今後については、責任共有型住宅ローンも提唱されています(第12章 p.237)。ただし、最後に最大限の注意を払うべきは、このLL理論はひょっとしたら米国、もしくは、他にはスペインなどの欧州の限られた経済にしか当てはまらない可能性がある点です。少なくとも、私の知る限り、日本で2007-08年からの金融危機時にLLフレームワークのようなメカニズムが作用したとは考えられませんし、このLLフレームワークを日本に適用するのはムリそうな気がします。科学としての経済学において、国ごとに適用すべきモデルが異なるのはいかがなものかという気もしますが、現時点では何ともいえません。
最後に、繰り返しになりますが、以下のリンクは著者達によるフォーマルな定量分析を含む学術論文です。本書のすべての読者に理解できる内容ではないと思いますので、ご参考まで。

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次に、フィリップ・コトラー/ミルトン・コトラー『コトラー世界都市間競争』(碩学舎) です。著者のコトラー兄弟はいずれもマーケティングが専門であり、兄のフィリップは大学の研究者でマーケティングの教科書も書いているほどの第一人者であり、弟のミルトンは中国在住のコンサルタントです。本書は2014年に刊行されており、タイトル通りの内容なんですが、やや私の目から見て焦点がボケているような印象です。というのは、イントロや現状把握に努めている第3章くらいまではいいとしても、多国籍企業が都市を選択するテーマの第4章と、逆に、都市が多国籍企業を誘致する第5章が本書の読ませどころなわけですが、読者をどちらに想定しているのかが判然としません。そのために、個別の事実の羅列にとどまって、法則性の究明の視点を欠いた議論に陥っている気がします。経済学を主たる分野とするエコノミストの場合、さまざまなケースに対応できるモデルを主たる分析対象とし、場合によっては、モデルを数式で表現したり、さらに、実証的な考察や研究に進んだりするわけですが、本書のような経営学を主たるテーマとする場合、モデルの考察ではなく、個別の事情のケース・スタディになることも少なくありません。当然ながら、企業を誘致する都市の条件は一様ではありませんし、都市を選択する企業の方もさまざまな評価関数とそのコンポーネントを有しています。あえて大胆に単純化すれば、企業立地が本書のテーマになるわけですが、一般化の困難なテーマといえそうです。もちろん、都市に対置されるのは農村であり、私の専門分野たる開発経済学などでは都市と農村の二重経済を分析するにあたって、都市では資本家部門が成立していて、限界生産性に応じた賃金が支払われるのに対して、農村では限界生産性がほぼゼロな一方で生存賃金が得られる、と考えており、農村から都市への労働シフトにより国全体の生産性が高まり、産業の高度化が進む、と考えられますが、都市についても途上国では首都だけかもしれませんが、先進国では多数存在し、その選択理論、あるいは、逆から見て誘致理論は極めて複雑です。本書については、やや壮大なテーマに挑戦して、焦点の定まらない結論に達した、あるいは、総花的で結論が明確でない考察に終わった、というような気がしてなりません。

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次に、鈴木賢志『日本の若者はなぜ希望を持てないのか』(草思社) です。著者はシンクタンク出身でスウェーデン在住の長い研究者です。日本政府が2013年に実施した「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」結果を基に、タイトルの通り、希望に関する国際比較を行っています。本書のタイトルで「希望」については、幸福におけるエウダイモニア的な「総合的希望」と個人レベルの「個別的希望」に分類し、基本的に前者の「総合的希望」を分析対象としているようです。その上で、日本の若者の場合、13-17歳と18-23歳で希望の落差があると指摘し、また、第2章では経済状況と希望、第3章では家族/人間関係と希望、第4章では学歴と希望、第5章では仕事と希望、第7章では社会との関わりと希望、など、記述統計に基づく調査結果の一般的な国別傾向を示しています。これはこれでとても参考になりますが、惜しむらくは、フォーマルな定量分析は限られており、せいぜい大学の教養部レベルの平均値の同一性に関するt検定によるかなり初歩的な有意性検定くらいしか私の頭には残っていません。サンプル数の関係もあって、クロスで、あるいは、操作変数を用いた因果関係などの分析はなく、基本は相関関係にとどまっています。個別の設問結果の考察はかなり羅列的かつ平板で、理解も浅いというか、通り一遍のような気がしないでもないんですが、著者はあくまで国際比較研究がご専門であって、若年者の研究や心理学の研究に多くの経験はないようですので、ある程度は目をつぶるべきなのでしょう。むしろ、個別の調査結果の多くをグラフ化してビジュアルに把握できるように工夫されており、直感的に日本の若者と希望に関する関係性もそれなりに理解できるようになっていますし、なるほどと思わせる部分も少なくありませんから、こういった点は評価すべきと私は考えています。すなわち、本書で日本の若者の意識、特に希望に関する意識や若者の希望とその他の要因との関係などを詳細に把握できると期待すべきレベルの学術書や専門書ではないかもしれませんが、入門書的に大雑把な傾向を把握する、あるいは、私のような専門外の者が「四角い部屋を丸く掃く」的な把握を試みようとする向きには、お値段とともに適切な本だという気がします。

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次に、山崎啓明『盗まれた最高機密』(NHK出版) です。著者はNHKのジャーナリストであり、本書は同じタイトルで昨年2015年11月1日に放送された「NHKスペシャル」のための取材結果を放送以外の方法で取りまとめて公表しています。タイトルの最高機密とは第2次世界対戦時の原爆開発に関する機密であり、原子力という関連から原発についても少しだけ触れています。米国の原爆開発計画、よく知られている通り名で「マンハッタン計画」は総額20億ドル、当時の日本の国家予算の35倍という規模で、しかも、単に物理学者を集めての新型兵器作りだけでなく、ドイツの工業技術の高さや「ナチズムへの恐怖」に基づく敵国ドイツでの原爆開発状況をスパイしながらの展開であったことが明らかにされます。また、必ずしも私自身は首肯しかねるものの、核兵器の戦争抑止力を開発者のオッペンハイマーに語らせ、国家が戦争という手段に訴えるのは敗北のリスクはあるものの、国家滅亡はないという一種の楽観主義によるものであり、核兵器の存在により国家の滅亡が視野に入れば戦争の抑止力になる可能性も指摘しています(p.62)。しかし、情報戦は最後にはドイツは原爆開発の意図も能力もない、という結論が明らかにされ、ナチスを倒した戦後はむしろ東西冷戦下でのソ連を敵に回した核兵器開発競争に転化するのは歴史が示す通りです。そして、そのソ連に技術情報をもたらしたマンハッタン計画に関係した物理学者は、ソ連のスパイというよりも、米国を唯一の核保有国でなくさせ、核のバランス、勢力均衡による戦争の抑止を目的として核開発情報を流した可能性が示唆されます(p.190)。さらに、取材の結果として、最後に驚愕の事実というか、単なる可能性ながら、米国の原爆開発責任者のグローヴス将軍は、戦争の早期終了ではなく、巨額の資金を認めた議会対策として原爆の威力を示すために広島と長崎に投下した可能性すら示唆されています(p.209)。大規模な取材の結果ながら、どこまで信じていいのか、私には判断しかねる部分もありますが、興味ある核開発史の一部なのかもしれないと受け止めています。

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次に、デイビッド・パールマター/クリスティン・ロバーグ『「いつものパン」があなたを殺す』(三笠書房) です。タイトル通りの健康本なわけで、著者は米国の開業医とジャーナリストだそうです。ただ、翻訳は順天堂大学医学部の教授で、抗加齢(アンチアイジング)の専門家ということです。この本の主張を一言でいえば、脳のため健康のためにグルテンを含まず脂肪を多く含む食事を推奨する、ということです。それに尽きます。それ以外は特に内容はないものと考えてよさそうですが、昨年の1-2月くらいからかなり流行った本ですので、ついつい期待して読んでしまいました。もちろん、最後の方で食事以外にも運動や睡眠についても取り上げていますが、運動はともかく、睡眠、特に不眠についてはグルテンの食事と関係いているという主張ですから、要するに、ポイントはグルテンに尽きるんでしょう。私はこの本のように、経済のシステムや人間の健康といった複雑極まりない対象に対して、問題の解決や状況の改善のために、本書のようなシンプルな対応策を主張するというのは、オッカムの剃刀の観点からしても、決して嫌いではないんですが、本書の場合は随所に「パレオ・ファンタジー」のようなものを感じてしまいました。「パレオ・ファンタジー」への反論書としては、昨年2015年4月18日の読書感想文のブログで取り上げたマーリーン・ズック『私たちは今でも進化しているのか?』がありますが、石器時代のような生活への回帰を主張する説は、歴史観もそれなりに重視する私には時計を逆回転させるような無理を感じます。経済学的な観点から歴史を逆回転させようとする主張は、その昔であれば「くたばれGNP」であり、最近では「里山資本主義」だったりします。いずれにせよ、タイム・マシンで時間を逆行するがごとき主張には、私は理屈ではなく本能的にうさん臭さを感じ取ってしまいます。パングロシアンに現時点までの歴史の終着点としての現在をすべて美化するつもりはありませんが、歴史の流れをを逆回転させても、単なるノスタルジーの表明に過ぎず、何の解決にもならないことは理解するべきです。

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次に、春名幹男『仮面の日米同盟』(文春新書) です。著者は共同通信のジャーナリストであり、タイトルの日米同盟とはいうまでもなく安保条約を指しており、後悔された外交文書などをひも解きつつ、安全保障面から日米関係を考察しています。特に、昨年は我が国で安全保障議論が活発化し、集団的自衛権の行使により日米同盟が強化され、我が国への外国からの武力行使の抑止力となって安全保障が強化される、というストーリーがまことしやかに語られましたが、その真実性を追求しています。その結果、安保条約に基づいて我が国に駐留している米軍は、韓国、台湾、東南アジアの戦略的防衛のために駐留しているのであり、我が国の防衛の第1次的な責任は自衛隊にある、という事実を明らかにしています。そして、その事実を公開された米国機密文書から発見した点について、インタビュー先の我が国政府高官がみんな認識していて驚かない点について、著者が驚いていたりします。その後は延々と沖縄返還や日本国土の中でも緊張感が高まっている尖閣諸島などについて論じています。何か、今さらという気もしますが、私も安全保障政策はまったく専門外のエコノミストながら、在日駐留米軍と自衛隊については、公開された米国機密文書の通りに理解しており、特に驚きも何もありません。その点について、著者は国会などにおける総理大臣などの政府答弁との齟齬を強調しているんですが、論点がずれているような気がしてなりません。すなわち、よくない表現かもしれませんが、日本は特に軍事や安全保障では「米国のポチ」といわれており、その状態についてどう考えるかを考察して欲しかった気がします。戦後、日本が独立する際に、いわゆる吉田ドクトリンにより、日本は安全保障面では米国の軍事力等に依存し、その分、リソースを経済発展に振り向ける、という方向で国力の向上を図って来ました。ですから、日米安保条約はまったくの片務的な条約であることは確かです。この事実に対して、何らかの観点から、安全保障政策に置いて日米対等の関係を追求するかどうかは国民の選択ですが、戦争や武力衝突を避けられるだけの抑止力の観点からは、さらに加えて、国民生活を豊かにできるとの観点も含めて、日本が「米国のポチ」になるという選択もあり得ると私は考えています。ジャーナリストとして、細かな和文英文の翻訳の違いも重要でしょうが、国民の選択に資するような論点の提示もお願いしたいと思います。

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最後に、佐伯泰英『竹屋ノ渡』と『旅立ノ朝』(双葉文庫) です。遥か彼方の大昔に始まり、NHKの木曜時代劇から土曜時代劇で取り上げられたことから人気となり、時代小説好きの私もついつい引き込まれてしまいましたが、ようやく完結しました。最終の50巻『竹屋ノ渡』では、すでに田沼時代は終了しており、それだけでなく、松平定信が老中首座として主導した寛政の改革も不首尾が明らかになりつつあったころ、11代将軍徳川家斉から江戸城に呼び出された坂崎磐音・空也の父子が神保小路に尚武館道場の再開を命じられます。最終51巻『旅立ノ朝』では、さらにその2年後、寛政の改革が水泡に帰し、松平定信が老中首座を解かれた後に、磐音が郷里であり、実父の坂崎正睦が国家老を務めている関前藩に里帰りし、藩内の内紛を処理します。田沼意次との徹底した確執はサラリと時の流れとともに後ろに追いやり、坂崎磐音と空也の父子による尚武館道場の再興、そして関前藩の立て直しが描き出されます。とても爽やかな物語の幕引きです。我ながら、長々とよくお付き合いしたものだと思います。このシリーズに匹敵するのは、『ガラスの仮面』くらいかもしれません。なお、この「居眠り磐音の江戸双紙」シリーズを取り上げたNHKの木曜時代劇では、最近では畠中恵原作の『まんまこと』シリーズ、宮部みゆき原作の『ぼんくら』シリーズが昨年末で終わり、一昨日からは元禄末期の大坂を舞台にした「ちかえもん」が始まっています。

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