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2016年3月26日 (土)

今週の読書は『分断社会を終わらせる』のほか計8冊!

今週の読書は、勤労国家レジームを打破して受給対象の拡大を提唱する井手英策・古市将人・宮﨑雅人『分断社会を終わらせる』のほか、以下の通り計8冊です。

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まず、井手英策・古市将人・宮﨑雅人『分断社会を終わらせる』(筑摩選書) です。著者たちは大学の研究者であり、専門分野は大雑把に財政学や公共経済学と考えてよさそうです。例えば、井手教授の著書については、3年ほど前の2013年1月12日付けのエントリーで『財政赤字の淵源』を取り上げ、我が国の租税抵抗感について、徴収した税を社会保障で国民に還流させる北欧のような福祉国家ではなく、土建国家として公共事業で還流させたため、手厚く処遇される集団とそうでない集団が生じてしまい、不公平感が根強くて増税に抵抗感が大きい、との紹介をしています。また、古市講師は2015年3月8日付けのエントリーで紹介した『租税抵抗の財政学』の共著者だったりします。ということで、本書では我が国の財政についての分析を行い、井手教授の『財政赤字の淵源』で提唱した土建国家レジームを勤労国家レジームと呼び換え、特定の困っている人や社会階層に対する給付という発想を捨てて、副題にあるような「だれもが受給者」という財政戦略を明らかにしています。例えば、特定の貧困層などに対する生活保護などの限定給付ではなく、中間層も給付対象に取り込んで再配分の罠を乗り越え、教育などでは自己負担ではなく社会で教育を担ったり、あるいは、疾病などのリスクを分担したりすることにより自己責任の罠から脱出し、教育や医療・福祉といった国民生活に必要な公共サービスをライフスタイルに従ってバランスよく配分することにより必要ギャップの罠を解消する、と位置付けています。今まで財政とは誰かから徴収した税を、特定の困っている誰かに再分配することにより機能して来ましたが、それでは徴収される人と給付される人の間で分断が生じることから、租税徴収についても給付についても幅広い対象を設定することにより、例えば世代間の不公平などの見方を克服しようとする意見であろうと受け止めています。そして、大きな反論としては、租税徴収と給付を幅広く行えば、現状の日本の小さな政府ではなく大きな政府になり、効率性が阻害されたり成長が低下したりする意見がある可能性に配慮し、決して、大きな政府が効率や成長を阻害するわけではないし、現に小さな政府の我が国では成長が停滞している事実を指摘しています。私はこういった方向には大賛成ですし、本書もスラスラと読めますので、多くの方が手に取ることを願っています。これは、私の最大の評価のひとつです。

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次に、逢沢明『失敗史の比較分析に学ぶ 21世紀の経済学』(かんき出版) です。なかなか楽しいキワモノ書です。著者は表紙画像には「数理エコノミスト」となっていますが、私のような読者のレベルを考慮してか、数理経済学はほとんど展開されていません。『国債パニック』という著書があるようで、本書の中だけでも財政破綻について何度か言及されていますが、信用創造の阻害が経済停滞の元凶であるとしつつも、リフレ派経済学には無理解なのは、私にはまったく理解できません。とはいうものの、GDPから政府の公債発行を差し引いて考えるべきではないか、といった興味深くも正統派の経済学では考えられないようなアイデアも満載です。1929年の米国株式市場の暴落に端を発する世界恐慌はいうに及ばず、ナチスや戦前の旧日本軍までいろいろと持ち出してデフレ経済を考えるのは、正統派エコノミストと同じように歴史を省みていて、とてもいいことではないでしょうか。また、バブルについてもオランダのチューリップ・バブルから解き明かして、合理的なバブルを認識しているのは、私も同意するところです。でも、合理的なバブルとそうでないバブルのどちらもが弾けるのはどうしてかも考えて欲しかった気がしないでもありません。最後に、ピケティ教授の『21世紀の資本』から、何かと「21世紀の」をつけると売行きがよくなるというか、私のように借りてみたくなる度合いが強くなるのは確かなのかもしれませんが、フランス代表はピケティ教授の『21世紀の資本』、英国代表はこのブログでも取り上げたアトキンソン教授の『21世紀の不平等』にして、現時点までの日本代表が「失敗史の比較分析に学ぶ」という枕詞がついているもののこの『21世紀の経済学』というのは、少し考えさせられるものがあります。というか、大いに考えさせられます。それとも、私がほかの「21世紀の」日本代表を知らないだけなんでしょうか?

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次に、ピーター・ゼイハン『地政学で読む世界覇権2030』(東洋経済) です。著者は容易に想像できるように地政学の専門家で、民間情報機関ストラトフォーの出身らしいです。原書は2014年に刊行され、英語の原題は The Accidental Superpower です。ということで、本書は、貿易パターンの変化、人口の反転、シェール革命などのエネルギー・パターンの激変に起因して、近く先進国が大規模な危機に陥ると予告した上で、エジプトから人類文明の歴史を地政学で解き明かしつつ、実際の国々のこの先の見通しを明らかにしようと試みています。他の類書と異なる大きな点は、先行き見通しをあいまいにすることなく、極めて大胆に予言していることです。ハッキリいって、驚くほど率直というか、極めて嘘くさい気すらする読者もいそうな気がします。それにしても、エコノミストの観点からすれば、戦後のブレトン・ウッズ体制を米国市場への無制限のアクセスと米国海軍による海上輸送路の安全確保、それに対する見返りとして、参加国の市場開放と捉え、その意味で、まだブレトン・ウッズ体制は続いているとする見方には、やや驚きつつも、何となく受け入れられる気がしないでもありませんでした。大航海時代から20世紀初頭の帝国主義の時代まで、必要な原料と市場は武力で奪いに行くものであり、交易で入手するという選択肢は限られていたのかもしれませんが、戦後、それが主流になったのは事実です。ただ、エコノミストの多くは1970年代前半に固定為替相場制が崩壊した時点で、ブレトン・ウッズ体制は終焉したとするのが多数派のようです。しかし、デモグラフィックな少子高齢化と人口減少、それに、シェール革命に代表されるエネルギー・パターンの激変については、私も同意しますが、作者の言う意味での自由貿易体制としてのブレトン・ウッズ体制の終焉には、どうも疑問が残ります。ただ、米国が世界への影響力を低下させているという点について、多くの論者は米国自身にそのパワーがなくなった、との見方を取っているのに対して、本書の著者は、シェール革命によるエネルギー自給に伴って、米国が世界戦略に対して興味を失ったのが原因、との見方を示しています。そうかもしれないと思わせるものがあります。もっとも、8章までの論理構成に比して、9章からの現実の諸国の先行き見通しは、かなり大胆としても、やや的外れな部分も含むような気がします。例えば、10章で日本は攻撃的な方向を志向して、エネルギーを求めてサハリンを侵略するそうです。多くの日本人は疑問を持つことと思います。ですから、本書の結論である11章で欧州回帰が予言されても、やや眉に唾をつけてしまいかねません。しかも、14章で中国の派遣はハッキリとリジェクトされています。要するに、米国は世界展開や世界戦略に興味を失うんですが、回帰先の欧州と孤立する米国以外の国はすべてダメという結論です。でも、今週の読書ではもっとも面白かったです。

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次に、ルイス・ドフリース『食糧と人類』(日本経済新聞出版社) です。著者はコロンビア大学の研究者で、経済・進化・環境・生物学部、いわゆるE3Bの所属です。原書は2014年に出版され、表紙画像は見にくいんですが、英語の原題は The Big Rachet となっています。ということで、本書の出だしがふるっています。すなわち、人類が自然条件を克服して繁栄、というか、人口増を成し遂げた、と考えるのか、あるいは、人類が地球をやりたい放題に収奪し、かえって人類や地球の将来を危うくしているのか、という問いを立てています。もちろん、数百ページの本で議論が尽きて結論を得られるようなわけには行きません。そして、本書はその議論の一助となるべく、食料生産に関する歴史を延々とひもといています。その過程で注目すべきは、私は肥料とエネルギーだという気がしました。特に肥料については南米のグアノはいいとしても、日本でいうところの干鰯などの肥料についてスルーされているのは理解できませんでした。一足飛びに硫安系の化学肥料に飛んでいます。また、基本は農業とそれに付随する酪農・畜産でいいとは思うんですが、水産業で水揚げされる魚類にも触れて欲しかった気はします。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は触れざるをえないんでしょうが、まあ、これくらいの軽い扱いで終わるんだろうなという気はします。どうして邦訳のタイトルを「食糧」にして、「食料」にしなかったのかは理解できませんが、大きく括った文明史として農村などにおける食料生産と都市での消費を視野に入れつつ、ごく現代に近い時代のみ加工食品を視野に入れています。最後に、最初の本書の問い建てに戻ると、本書にやや近い読後感を持つジャレド・ダイヤモンド教授の本は後者の人類が地球を破壊しつつある、というトーンだと記憶していますが、私自身は圧倒的に前者の人類が自然条件を克服して繁栄を極めた、という史観に近い気がします。特に、20世紀の人口爆発と絶大なる生産性の向上の背景には緑の革命 Green Revolution による食料生産の大きな増加が欠かせないと理解しています。

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次に、マーク・マゼッティ『CIAの秘密戦争』(早川書房) です。著者はエコノミスト誌などの記者を経て、現在はニューヨーク・タイムス紙のジャーナリストです。本書は初めての著書といいます。原題は The Way of the Knife であり、2013年に出版されています。本書の冒頭に米国などでの書評が一気に並べられていますが、邦訳の冒頭がこういった形になるのはやや違和感があります。内容は当然ながら、タイトル通りに、インテリジェンス機関である米国のCIAが、いわゆる「テロとの戦い」において、情報の収集・分析だけでなく実力行使という軍隊の領域まで踏み込んだ活動を繰り広げている実態を明らかにしています。ただ、逆もまた然りであり、軍の方でもインテリジェンス活動に乗り出して来たりしている事実もあります。基本的に、インテリジェンス機関は文官から成っていて、情報を収集し、かつ、それを分析して政府のトップ、米国では大統領、日本では総理大臣に報告するのが役割であり、その情報を基に政府で然るべく判断を下して軍隊の行動に結びつける、というのが文民統制の基本であり、情報収集・分析と軍事行動が同じ機関によって担われると、情報が歪められるおそれが大きくなりかねません。もちろん、実態としてはインテリジェンス機関であっても軍人が情報収集や分析に当たっている場合もあるでしょう。例えば、フィクションですが、英国MI6に所属するジェームズ・ボンドはオックスフォード大学卒業後、海軍に入って中佐の階級で退役し、私が昨年暮れに見た007シリーズ最新映画「スペクター」では上司に命じられてメキシコまで暗殺に赴きます。007はともかく、本書に戻ると、インテリジェンス活動と軍事活動が、かなりクロスオーバーするようになった実態を明らかにするとともに、「テロとの戦い」において予算が潤沢になり、国家組織だけでなく、民間インテリジェンス会社や民間軍事組織、例えば、このブログで一昨年2014年10月18日に取り上げたジェレミー・スケイヒル『ブラックウォーター』で明らかにされている活動などにも焦点が当てられています。私のような専門外のエコノミストなんぞが読むと少し混乱してしまいかねない出来事も少なくありませんし、事実であろうとはいうもののドタバタと出来の悪いスパイ映画のような部分もあったりします。必ずしもリベラルな立場からのインテリジェンス機関や軍に対して批判的な内容ではないんですが、少なくとも本書に収録されているような事実に対するアクセスが図られるのは、もっとも重要なジャーナリズムの使命のひとつと考えるべきです。

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次に、姫野カオルコ『謎の毒親』(新潮社) です。私はこの作者の作品はかなり読んでいるつもりで、この作品は作者の自伝的な要素を含む小説ではないかと直感的に受け止めています。何かのサイトで、根拠不明ながら、エピソードはすべて著者の実体験に基づいていると見たような記憶があります。ということで、この作品は書店の壁新聞「城北新報」の「打ち明けてみませんか」と題するコーナーに、その昔に書店の顔なじみだった女性から相談のお便りを出す形で話が進んで行く相談小説のスタイルをとっています。投稿による相談に、壁新聞の編集をしている書店主などが回答するわけです。ただし、相談者は常に同じなんですが、回答者は書店主の妻とか、時々交代もします。投稿者の女性は、最初こそ小学校でのイジメっぽい事件を相談するものの、そのうちに、ずっと胸に溜め込んでいた幼いころに両親から受けた不可解な仕打ちを相談し始めます。例えば、ヘッセの小説の題名をいって父親に怒られたり、鼻の病気だと父や母から別々にミョーな不幸の予言をされたり、無一文でレストランに一人置いて行かれたり、などです。回答者サイドも混乱し理解に苦しむ親の言動や行動は、心が痛むエピソードの連続ですが、投稿者は回答を励みに心に長々と暗い影を落とし続けている「毒親」と向き合い、陰鬱な感情を昇華させます。最終章で両親に投げかける言葉が胸に響くかもしれません。でも、ヘンな親で子供がイヤな思いをするわけですから、相談の中には微笑ましいものも少なくないんですが、必ずしも読後感は決してよくない気がします。また、私自身が男で、子供も男の子しかいませんので、女の子の相談小説に対する理解が進まない部分もあります。加えて、タイトルが少し「引く」感じがするので、そこまで自信を持って強気で出版したとすれば、かなりのもんだという気がします。私はこの作者のファンですから、大いに応援していますが、直木賞受賞を経ていよいよ大作家への道が開けて来たんでしょうか?

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次に、嶺里俊介『星宿る虫』(光文社) です。作者は50歳超ながらほぼ新人らしく、この作品は昨年2015年の第19回日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作です。物語は長野県から始まります。すなわち、長野県の新興宗教「楽園の扉」の施設が燃え、不審な遺体が多数発見され、また、同じころ、静岡県山中で見つかった老婆に見える遺体が発見され、いずれも光を放つ虫の大群に覆われ、内部から未知の虫に食われて内臓が食いつくされており、流れ出す血液は黄色に変色し、遺体周辺では讃美歌のような響きが聞こえる、という、とてつもなく非日常的で不気味なところからストーリーが始まり、警察は獣医であり法医昆虫学者の御堂玲子に米国から帰国して調査に当たるよう依頼し、また、妹を虫に食い殺された大学生の天崎悟も伯母の御堂玲子とともに、真相解明に当たる、という展開となります。もちろん、この2人が主人公です。途中から虫なのか、ウィルスなのか、私は読み飛ばしてしまったのかもしれませんが、老化が極端に早く進む病気だか現象だかが原因と突き止められ、最初に書いた静岡県山中で見つかった老婆に見える遺体は天崎悟の妹と判明したりします。ミステリですから、結末は書きませんが、おぞましい方法による虫被害の回避策は発見されたものの、私から見て、結局、謎は解明されなかったような気がします。ですから、単なるホラー小説と受け止める読者もいそうです。私の読書の範囲内で考えれば、虫関係ですから、このミス大賞の安生正『生存者ゼロ』とか、線虫まで入れればホラーの貴志祐介『天使の囀り』などに近いセンといえます。あるいは、わけの分からない不治の病気という点では久坂部羊の『第五番』に似ていて、病気が解決されないという点も同じです。特に、ホラー小説『天使の囀り』と同じで、このままストーリーを進め切れば人類が滅亡するんではないかという方向に進みそうな気もします。でもまあ、エボラ出血熱も封じ込められたんですから、この虫被害も平定されるのかもしれません。ただ、タイトルにはやや不満があり、主人公の大学生の属する研究室では「虫宿る」がとてもいい意味で使われているにもかかわらず、このタイトルに持って来たのは理解できません。賛美歌と天使の囀りの類似性も気にかかります。少し疑問を残しつつ、読後感も決してよくなかったといえます。

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最後に、楠木新『左遷論』(中公新書) です。著者は人事管理の部門が長く、関西系の大手生保を定年退職した人物だそうです。タイトルは鎖線ですが、基本的に人事一般を論じている新書です。最初に、能力などの人事評価については事故評価は3割増しといいますし、米国では自分の自動車運転は平均以上であると自己評価するのは8割に上るとすら言われています。ですから、私なんぞが典型なんですが、能力なく人事評価が低い場合には、極めて不満が噴出しやすく、高過ぎる自己評価と人事部門の評価の差に憤慨したりするわけです。ただ、本書でも左遷を期にいい方向に転換した例が豊富に収録されていますが、おそらく、本書の例は極めてまれな少数に過ぎず、実は、左遷により人生が沈んで行った人がほとんどなんではないかと私は想像しています。ただ、昔の日本の社会のように会社が人生のすべてというわけでもなくなり、水曜日に取り上げた新社会人の動向のようにプライベートな生活を重視する方向が大きくなり始めていますから、会社の中で左遷され人事で冷遇されても、会社以外のプライベートな生活で人生をエンジョイできれば、決して悪くはない、という考えも主流になりつつあるような気がします。私のように、人事評価の被害者だと自負している人間の読むべき本ではなく、人事評価で加害者になっている人の言い訳の本ではないかという気がしないでもありません。

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受信: 2016年3月29日 (火) 21時49分

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