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2016年3月29日 (火)

雇用統計にみる完全雇用状態はなぜ賃金を押し上げないのか?

本日、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、また、経済産業省の商業販売統計がそれぞれ公表されています。失業率は先月から0.1%ポイント上昇して3.3%を記録し、有効求人倍率は前月から横ばいの1.28倍となっています。一方、商業販売統計では季節調整していない原系列の小売業販売額は前年同月と比べて+0.5%の増加を示しています。まず、日経新聞のサイトから雇用統計の記事を引用すると以下の通りです。

2月の失業率3.3%に上昇 求人倍率は横ばいの1.28倍
厚労省「雇用情勢、引き続き改善傾向」

総務省が29日発表した2月の完全失業率(季節調整値)は3.3%で、前月から0.1ポイント上昇した。良い条件の仕事を求めて自ら離職した人が増えたことが主因で、同省は「雇用情勢は引き続き改善傾向で推移している」と分析した。厚生労働省が同日発表した2月の有効求人倍率(同)は1.28倍で、24年1カ月ぶりの高水準を記録した前月から横ばいだった。
完全失業率は働ける人のうち職に就かずに仕事を探している完全失業者の割合を示す。2月の完全失業者数(季節調整値)は前月比4万人増の216万人。内訳をみると、より良い条件の仕事を探す理由などで自発的に離職した人が3万人増えて88万人となった。
こうした離職者が就職に結びつかなかったため、2月の失業率は前月より小幅悪化したが、3%台前半で推移する傾向が続く。就業率も15-64歳で73.5%(前年同月比0.8ポイント増)と48カ月連続で上昇した。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人1人あたり何件の求人があるかを示す。倍率が高いほど求職者は仕事を見つけやすく、企業にとっては採用が難しい。
雇用の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月より9.6%増の96万6486人だった。業種別にみると、訪日外国人客の増加などを背景に、宿泊・飲食サービス業(23.3%増)や卸売・小売業(11.6%増)などで求人数の伸びが目立った。

いずれも包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、雇用統計については、以下のグラフの通りです。上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は商業販売統計とも共通して景気後退期です。

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労働市場については、ほぼ完全雇用水準に近づいており、引き続き堅調な推移を見せていると考えてよさそうです。ただし、1月から2月にかけての季節調整値を見ると、労働力人口が▲53万人減少したうち、就業者数が▲58万人減少して、失業者数が+4万人増加ですから、また、就業者のうちの雇用者数も▲14万人減少しており、先月1月の大幅な改善からの反動とともに、引用した記事にあるように、4月の新卒の就職や定期異動を前に、よりよい条件の職を探して自発的に離職したケースもあったのかもしれません。私自身は、日銀のインフレ目標+2%を達成するためには、従来構造ながら、フィリップス曲線を基に考えると、失業率は3%をかなり割り込んで2%に近づかないと、達成は困難な可能性があると考えていましたが、少なくともユニバリエイトで見る限り、失業率が3%を割る動きは見出せません。あくまで従来構造を前提にするならば、という意味では、賃金がさらに上昇し、また、インフレ率が2%近い水準に達する失業率には到達しそうもない気がします。

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ということで、従来は日本の労働市場は量ではなく価格、すなわち賃金により調整される部分が大きい、例えば、雇用保蔵が働いて景気後退期にレイオフが発生するよりは、ボーナスで賃金が柔軟に対応する、といった調整が主流だったんですが、フォーマルな定量分析ではないものの、簡単に労働供給について上のグラフを書いて考えてみました。上のグラフは、総務省統計局が公表している性別年齢階級別の就業率から、特にここ数年で上昇の大きい男性の65歳以上と女性の35-44歳を取り出してプロットしています。色分けは凡例の通りです。季節調整していない原系列の統計ですのでジグザグが激しいんですが、一定の傾向は読み取れると思います。すなわち、失業率は、リーマン・ショック直後の2009年半ばの5%台半ばから一貫して低下を続けている一方で、上のグラフで見る通り、2011-12年から男性高齢層と女性中年層の就業率が目に見えて上昇しています。要するに、失業率の低下、というか、人手不足に従って、価格である賃金が上昇するのではなく、比較的就業率の低かった性別年齢別の層、団塊の世代の男性と団塊ジュニアの世代の女性、が労働市場に参入して供給を押し上げている姿が見て取れるわけです。供給が増加して供給曲線を右にシフトさせていることから、賃金引上げにつながっていないと見ることも出来ます。私が地方大学に出向していた際に、リーマン・ショック後のいわゆる「派遣切り」や「雇い止め」に直面して、2009年に「我が国における労働調整過程の変容」と題する紀要論文を取りまとめ、VARプロセスから得られるインパルス応答関数を基に、ボーナスなどの賃金や残業で対応して雇用者数の変動を抑える日本的な労働調整過程に大きな変容は見られない、と結論したんですが、その後、2011-12年ころから、いわゆる団塊の世代の男性と団塊ジュニアの世代の女性の動向をはじめとして、何らかの変化を見せ始めている可能性があります。もっとも、ここ2-3か月の足元では、これらの層でも就業率が低下を見せています。

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続いて、商業販売統計のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない小売販売額の前年同月比増減率を、下のパネルは季節調整指数をそのまま、それぞれプロットしています。なお、影を付けた部分は雇用統計と同じで景気後退期です。消費に関する月次の統計は2種類あって、総務省統計局の家計調査と経済産業省の商業販売統計なんですが、このブログでは後者の統計を信頼性の観点から取り上げています。でも、2月の統計については両者にやや整合性のない結果が示されました。すなわち、いずれも季節調整していない原系列の前年同月比で見て、家計調査は名目で+1.6%増を示した一方で、商業販売統計のうちの小売業販売は+0.5%増にとどまりました。先月2月は4年ぶりのうるう年で29日あり、それなりの伸びを示すと私は予想していましたが、1世帯当たりの消費支出を示す家計調査は伸びを示した一方で、店舗売り上げを集計した商業販売統計はほぼ横ばいに終わりました。上のグラフの通り、季節調整済みの系列でも商業販売統計は前月比でマイナスを続けています。品目や業種別でもやや違いが出ており、商業販売統計では自動車や機械器具などの耐久消費財でマイナスを示しています。1月の正月休みが短かった一方で、2月はうるう年と中華圏の春節が重なるなど、カレンダー要因かもしれませんが、私にはよく理解できません。消費について回復の兆しを見せたとのエピソードは接していないことから、引き続き、商業販売統計の方に信頼を置くべきなのかもしれませんが、ここまでうるう年の効果が小さいのも意外です。疑問を残しつつも、来月以降の統計を見たいと思います。

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