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2016年10月31日 (月)

どうにも冴えない鉱工業生産指数と商業販売統計から何を読み取るべきか?

本日、経済産業省から9月の鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が公表されています。鉱工業生産は季節調整済みの系列で前月比横ばい、小売業販売額は季節調整していない原系列の統計で見た前年同月比で▲1.9%減と、引き続き冴えない結果に終わりました。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の遠下りです。

鉱工業生産、9月は横ばい 民間予測下回る
経済産業省が31日発表した9月の鉱工業生産指数(2010年=100、季節調整済み)速報値は前月比横ばいだった。QUICKが事前にまとめた民間予測の中央値(1.0%)を下回った。半導体製造装置やクレーンなどはん用機械や自動車など輸送機械の生産は増えたものの、8月に法人需要が集中したパソコンや電子部品が反動で減少した。経産省は生産の基調判断を2カ月連続で「緩やかな持ち直しの動き」に据え置いた。
10月の製造工業生産予測指数は前月比1.1%の上昇となった。工場設備の生産計画が堅調に推移しており、設備投資用のはん用機械や半導体など電子部品工業が伸びる見込み。7-9月期は前期比1.1%の上昇となり、2期連続の増加となった。
9月の生産指数は15業種のうち7業種が前月から上昇し、8業種が低下した。はん用・生産用・業務用機械工業が3.7%上昇。自動車など輸送機械工業も2.6%上昇した。一方でパソコンやカーナビなど情報通信機械工業が11.8%、電子部品・デバイス工業も2.7%低下した。
出荷指数は前月比1.1%上昇の95.7だった。在庫指数は0.4%低下の111.0、在庫率指数は1.5%上昇の115.3だった。
9月の小売業販売、前年比1.9%減 天候不順で衣料品低迷
経済産業省が31日発表した9月の商業動態統計(速報)によると、小売業販売額は前年同月比1.9%減の11兆230億円だった。7カ月連続で前年実績を下回った。台風の上陸など天候不順がが響き、衣料品などの販売が落ち込んだ。原油価格の低迷を背景に燃料小売業も振るわなかった。経産省は基調判断を「一部に弱さがみられるものの横ばい圏」で据え置いた。
大型小売店の販売額は百貨店とスーパーの合計で前年同月比2.7%減の1兆4705億円だった。百貨店は5.2%減少し、スーパーは1.5%減だった。衣料品の販売減少が目立った。
一方、コンビニエンスストアの販売額は9552億円と4.0%増加した。悪天候が続き、身近なコンビニ店舗で買い物を済ませる客が増えたようだ。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。それにしても、2つの統計を引用すると長くなります。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは以下の通りです。上のパネルは2010年=100となる鉱工業生産指数そのもの、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は、次の商業販売統計とも共通して、景気後退期です。

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引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは生産は前月比で+1.0%の増産を見込んでいたんですが、本日公表の統計では横ばいに終わりました。もっとも、出荷は前月比+1.1%の上昇ですし、高めに出るバイアスがあるとはいえ、製造工業生産予測調査では先行き10月+1.1%、11月+2.1%と2か月連続の増産を予想していますので、それほど悪い結果には見えません。加えて、今月はグラフは割愛しましたが、在庫調整が進んでいる印象を私は持っています。すなわち、電子部品・デバイス産業では生産も出荷も前月から落ちましたが、逆に在庫率は、6月の150.1や7月の159.2あたりをピークとして、8月126.8、さらに9月116.0と急速に低下を示しています。下のパネルの資本財や耐久消費財の出荷についても、そろそろ底入れして上向きに転じる可能性が示されているように見えなくもありません。ただし、もっとも大きなリスクのひとつは為替相場であろうと私は予想しています。円高修正がストップして、逆に円高に進むようなことがあれば、生産の増勢は大きく鈍化するような気もします。

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四半期データが利用可能になりましたので、上のように在庫循環図を書いてみました。2013年1-3月期から始まって、直近の2016年7-9月期までです。2002年12月の月例経済報告の参考資料である「鉱工業の在庫循環図と概念図」に従えば、45度線を下から上に切りましたので、機械的に見ると、景気は谷を過ぎて上昇局面に入ったことになります。引用した記事にもある通り、生産は4-6月期に続いて7-9月期も前期比+1.1%の上昇となり、2期連続で上向いています。11月14日に7-9月期のGDP統計1次QEの公表が予定されていますが、外需主導ながらプラス成長はほぼ確実で、前期比年率で+1%前後の成長率に達している可能性もあると私は受け止めています。

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小売業販売額は引き続き前年割れとなっています。7か月連続です。ただし、本日公表の9月統計の場合、天候不順による影響が大きい可能性があります。例えば、業種別に見て、織物・衣服・身の回り品小売業が▲8.0%の減少ともっとも減少幅が大きく、次いで、燃料小売業が▲6.1%を示しています。燃料については数量もさることながら、価格水準が国際商品市況に従って大きく低下していますので、衣類の減少が特に大きく感じられます。9月は全国的に気温が高かった一方で、西日本を中心に台風が例年より多く発生していたため客足が遠のいた可能性が示唆されています。もっとも、自動車小売業が+2.3%増のほか、電機を含む機械器具小売業もわずかながら+0.1%の増加を示しており、耐久消費財の消費増が始まったのかもしれません。そうでないのかもしれません。あまり自信はありません。

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2016年10月30日 (日)

10月にして早くも冬の到来か?

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昨日と違って、今日は寒かったです。上の画像は気象協会のサイトから今週のお天気を引用しています。
いよいよ冬の到来でしょうか?

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2016年10月29日 (土)

今週の読書は相変わらず経済書など計9冊!

今週も経済書や小説など9冊読みました。特に、小説は話題の書や好きな作家でしたので3冊に上りました。来週は土曜日に米国雇用統計が割って入りますので、読書感想文のブログのアップが日曜日となり読書日が1日多いため、ひょっとしたら10冊の大台に乗りそうな予感もあります。これから自転車で図書館に行って予約しておいた本を収集します。

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まず、ハリー G. フランクファート『不平等論』(筑摩書房) です。著者はプリンストン大学の目お伊代教授で、専門は道徳哲学です。私は本書を読むまでよく知りませんでした。英語の原題は On Inequality ですから、邦訳はそのまま訳されたカンジです。基になっているのは1987年と1997年に学術雑誌に掲載された2つの論文、"Equality as a Moral Idea" と "Equality and Respect" です。短い学術論文2編が基になっている2部構成ですので、本書も決して長くなく、訳者の解説がページ数的には3割超を占めます。本書の主張は、現代の米国の経済社会におけるもっとも基本的な課題のひとつは格差や不平等ではなく貧困や欠乏である、という点に尽きます。格差や不平等を問題にするのは、他人との比較という観点が入ることから、自己自身の問題を考える場合にむしろ有害ですらある、と結論し、加えて、平等主義への代替案として「充足ドクトリン」を提唱し、お金について道徳的に重要なのは不平等ではなく、各人が十分にお金を持つということである、と指摘しています。経済学的な視点にも目配りがなされていて、限界効用逓減法則はかなり強く疑問視され、やや牽強付会ながら反例もいくつかあげられています。また、行動経済学的な観点で、プラスの効用をゲットすることよりも、マイナスを避けようとするカーネマン・ツベルスキー的なプロスペクト理論への言及もあります。それはそれとして、議論の場ではこういった道徳哲学が成立する余地があるかもしれないんですが、翻訳者の解説にもある通り、実践の場ではなかなか国民一般の理解を得にくいのが難点かという気はします。哲学者の机上の空論といえばそれまでですが、こういった議論は成り立たないわけではありませんから、例えば、経済政策を考えたり、道徳を論じたりする際、頭の片隅に置いておく必要があるのかもしれません。もちろん、まったく無視して実践論を進める論者もいるかもしれません。

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次に、早川英男『金融政策の「誤解」』(慶應義塾大学出版会) です。著者は日銀の調査統計局長から理事も務めたエコノミストです。当然、リフレ派を目の敵にしていて、かなりエゲツナイ批判を繰り返している日銀旧習派といえます。ただ、いくつかのポイントで主張はもっともで、耳を傾けるべき点もあります。まず、岩田ほか[編]の『マイナス金利政策』の後追いですが、現在の黒田総裁の下での日銀の量的緩和政策、マイナス金利がつく前の量的緩和政策ですが、これは短期決戦であった、という主張です。基本は、日銀が国債を買い切ってしまうから、という極めて単純な理由なんですが、それはその通りです。そして、もうひとつの批判で私が許容すべきと考えるのは、2014年10月のハロウィン緩和に典型的に見られるように、市場との対話よりもサプライズを狙った緩和が見受けられることです。この点に関しては、最近の日銀も反省が見られる、というか、市場との対話を積極的に展開しているような気がします。でも、ほかの批判はとても恣意的な設定の下に、あり得ない敵に向かって弾を撃っているような気もします。第3章のリフレ派への批判については、特にそういう気がします。大昔の福井総裁が就任した際、「魔法の杖はない」と発言し、私はこりゃダメだと感じたことがありました。誰も魔法の杖を要求していないにもかかわらず、批判をすり替えて反論するのはどうかという気がします。特に、リフレ派が政策実行の際の気合いを強調しているという謎の見方が示されていますが、速水総裁時代に量的緩和は効果ないとたびたび総裁自身が発言して、政策効果を大きく減殺した点は忘却の彼方なのかもしれません。また、第4章のデフレ・マインドの形成についても、「失われた20年」における「学習された悲観主義」、特に、エレクトロニクス産業の苦境に関して、一部なりとも、日銀のデフレ志向の金融政策による円高がもたらした、との認識は全く欠如しているらしく、これくらいの鉄面皮でないと大きな組織では出世しないんだろうという気がします。他方で、旧日銀の作り出したデフレについては、▲0.3%くらいのデフレは何でもない、決して「失われた20年」の主因ではない、との見方がたびたび示され、コチラには反省の態度は見られません。いずれにせよ、黒田総裁就任から3年半を経て、「失われた20年」のころから攻守所を代えた批判が生じる素地が出来上がっていることも確かですし、市場との対話よりもサプライズを狙った政策運営がその批判の対象になっていることも事実です。黒い日銀と白い日銀のどちらのトラック・レコードがよかったのか、現在の内閣支持率に反映されている部分が少なくないような気がするのは私だけでしょうか。加えて、現在の黒田総裁の日銀やリフレ派に対する批判で、例えば、2014年10月のハロウィン緩和を戦時中のミッドウェイ海戦になぞらえるなど、旧日本軍を引き合いに出す方法は、ネット上の論争に関するゴドウィンの法則の日本版かもしれないと感じてしまいました。最後に、日経ビジネス誌の10月17日号p.103で、第一生命経済研の永濱氏による本書の書評が取り上げられており、「白川方明日銀総裁以前の日銀の伝統的な考え方が理解しやすくなる」と結論されています。今さらという気もしないでもありませんが、ご参考まで。

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次に、フィリップ・ボール『ヒトラーと物理学者たち』(岩波書店) です。著者は英国のサイエンスライターであり、ネイチャー誌のエディターも務めています。英語の原題は SERVING THE REICH: The Struggle for the Soul of Physics Under Hitler となっており、邦訳副題の「科学が国家に仕えるとき」を含めて、ほぼ邦訳タイトルと同じです。そして、タイトルから理解できるように、ヒトラー支配下のドイツ第3帝国における物理学者の活動を追っています。もちろん、ついでながら、第3帝国を追放したり、逃げ延びたりしたアインシュタインなどのユダヤ人をはじめとする物理学者の動向の把握も忘れられているわけではありません。でも、特に、スポットを当てられているのは、デバイ、ハイゼンベルク、プランクの3人のノーベル賞受賞者です。でも、タイトルに反して、というか、何というか、デバイはノーベル化学賞受賞者だったりします。それはさておき、物理学者と化学者両方の科学者たちがナチスにどう抵抗しようとし、あるいは、受け入れられようとし、そのリソースを利用しようとし、長いものにまかれる状態をどう正当化しようとしたのか、という古くて新しい科学倫理の問題を、いかにもジャーナリストらしく、あらゆる証拠を提示・吟味しながら執拗に論じています。特に、デバイについては、2006年に出身地オランダで『オランダのアインシュタイン』と題された本が出版されて評価が一変したという歴史的事実があります。というか、ノーベル賞受賞の輝かしい評価は根底から覆され、唾棄すべき「ナチスのスパイ」だったという評価が下されたりします。『アンネの日記』ではないですが、ユダヤ人をはじめとして世界中の多くの民族人種に寛容なオランダらしい対応かもしれませんが、逆から見て、米国に逃れたアインシュタインが徹底して反ナチスの態度を貫き通したわけですから、それを基準に考えると許容範囲が大きくシフトするような気もします。最初の疑問に戻って、化学者を含む「科学者」というタイトルではなく、英語の原題もあくまで「物理学者」となっていますので、焦点は化学兵器ではなく、当然、核兵器です。第10章から12章が該当します。本書の読ませどころでしょう。

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次に、マイケル・ブルックス[編]『「偶然」と「運」の科学』(SBクリエイティブ) です。編者は量子力学で博士号を取得するとともに、サイエンス・ライターとして活躍しているそうで、本書は英国の一般向け科学雑誌「ニュー・サイエンティスト」に掲載された偶然や不確実性やランダム性に関する23人の27編のコラムを編んでいます。英語の原題は Chance となっています。確率論と竿の基礎となる統計学に関して、それなりの基礎知識あればかなり楽しめる気もしますが、量子物理学や進化生物学などの専門用語も少なくなく、私には半分も理解できなかった気がします。物理学と統計力学に限って考えれば、ニュートン的な力学の決定論から、アインシュタイ的な力学の確率論まで、物理学は進化した一方で、そのアインシュタイン自身が「神はサイコロを振らない」といったとかで、初期の時点では物理学においてすら確率的な振る舞いは受け入れにくかったんだろうと思います。私の専門分野である経済学における確率や不確実性やランダムネスは本書には一向に現れませんが、経済学でもデータ生成過程は確率的であると考えられており、特に、私の知る限りでは時系列データの生成過程は確率的です。他方で、昨日取り上げた雇用統計や物価上昇率やGDP成長率などは決定論的に幅のない統計で示されており、扱いが難しいところです。なお、量子物理学で確率を論ずる際に必ず出てくる「シュレーディンガーの猫」のお話は本書には取り上げられていません。私が理解できる数少ない量子力学の確率に関する有名なトピックですので、少し残念な気がします。最後に、単なる宣伝なんですが、私もエコノミストの端くれとして地方大学に出向していた際にランダム・ウォークについて簡単な紀要論文を取りまとめています。ご参考まで。

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次に、綿矢りさ『手のひらの京』(新潮社) です。作者はご存じの通りの芥川賞作家です。京都出身かと記憶していますが、私のように宇治出身で洛外もいいところではなく、紫野高校ご卒業ですから京都大学の私の同級生にも同じ高校卒業生がいたりしました。ということで、出版社のキャッチ・コピーでは、奥沢家三姉妹の日常に彩られた、京都の春夏秋冬があざやかに息づく、綿矢版『細雪』、だそうで、私でなくともそそられる宣伝文句ではないでしょうか。小説の出だしが北大路橋ですから、出雲路橋のひとつ北にかかる橋だと思うんですが、その近くに居を構える奥沢家の三姉妹が主人公となり、それぞれの視点から物語が進みます。どうでもいいことながら、出雲路橋の近くには、その昔は、京都市交響楽団の練習場があったりしました。北大路橋近くには広大な府立植物園があり、映画「オリヲン座からの招待状」では宮沢りえが自転車に乗っていました。近くには地下鉄が通っており、駅もあるようです。北山通りから地下鉄は大きく西に曲がります。京都市地下鉄は、私が大学を卒業して京都を離れてから開業しましたので、実はよく知りません。本題に戻って、三姉妹は、おっとりした30過ぎの長女の綾香、恋愛に生きる次女の羽依、羽依とは1つ違いで大学院に進んで東京での就職を目指す三女の凛です。どうでもいいんですが、何となく赤川次郎の三姉妹探偵団の三姉妹の相似形のような気がしなくもありません。またまた、脱線から本題に戻って、20代半ばからアラサーまでの人生のステージから、恋愛や就職といった人生の転機を迎えつつある三姉妹の考えや行動を軸に、もうひとつの軸が京都の鮮やかな四季=春夏秋冬として彩られています。もちろん、京都だけでなく夏のシーズンではお近くの琵琶湖が舞台になったりもします。もちろん、祇園祭や五山の送り火といった夏の京都の風物詩、秋の紅葉に春のサクラ、冬の嵐山の星空などなど、尽せぬ興趣とともに小説を色彩豊かにしています。気の強い次女の羽依の存在がやや京都らしくないような気もしますが、みごとな二重人格を演じていますし、p.140から羽依が凛に男性観を語っているのは、作者自身の思いなのかもしれませんが、一読の価値あると受け止めています。本屋さんでこの部分だけ立ち読みするのも一案です。

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次に、ジェフリー・ディーヴァー『煽動者』(文藝春秋) です。著者は売れっ子のミステリ作家であり、私はニュー・ヨークを舞台にしたリンカーン・ライムを主人公とするシリーズとカリフォルニアで繰り広げられるキャサリン・ダンスを主人公にしたシリーズの両方を愛読していますが、この作品は後者のキャサリン・ダンスのシリーズ最新刊です。英語の原題は Solitude Creek であり、パニック事故・事件は最初に起こるナイトクラブの名称です。ということで、ストーリーは、2つの事件が同時並行で進行します。すなわち、ひとつはギャングの追跡・殲滅作戦であり、もうひとつはパニックを人為的に起して混乱の中で事故死を誘う凶悪犯の事件です。まず、キネクシスの活用によりすべての嘘を検知するキャサリン・ダンス捜査官が「無実」の太鼓判を押して釈放した男が、実は、ギャング組織の殺し屋だとする情報が入り、殺し屋を取り逃がしたとして、ダンスは麻薬組織合同捜査班から外され、民間のトラブルを担当する民事部に異動させられて、捜査官バッジを取り上げられ、銃器の携行も禁止されてしまいます。しかたなく、事件性があるかどうかも未確定な事故扱いで、ナイトクラブでライブ中に火事らしいニセ情報から観客がパニックになり、しかも、非常口に大型トレーラーが駐車されていて死者や重症者まで出た事件が、同じような状況で、作家のサイン会兼朗読会でもパニックによる死者が出て、さらに、アミューズメント・パークでも同様の事件が起こり、パニックを人為的に起して事故を起こし死者・重症者を出す手口と判明し、その犯人をダンス捜査官が追います。ダンス捜査官のプライベートでは、上の男の子が暴力的なゲームの影響もあって無茶な行為に走ったり、下の女の子が小学校の発表会で歌を歌うのを嫌がったりと、さまざまな障害も生じます。でも、最後は読者も「エッ」と驚く解決がすべての事件・事故や出来事に示され、作者のプロットに見事に騙されます。私はかなり注意して読み進んだんですが、2度読みする愛読家もいそうなきがします。ダンス捜査官の勤務するCBIの同僚のチームワークも抜群で、キャサリン・ダンスのシリーズ4作目にしてシリーズの最高傑作と私は考えています。この作者の作品のファンであれば、何としてでも読んでおくべき1冊でしょう。でも、ひょっとしたら、次で終わるんじゃあないのか、という気にすらさせられます。なお、最後にネタバレに近いんですが、パニックを起こした大参事を誘発する手口は、動画を配信して売りさばくのが目的と判明するんですが、同様の動画の収録目的なのが貴志祐介『クリムゾンの迷宮』です。我が国の作家がジェフリー・ディーヴァーの先読みをしたような気がして、私は誇らしい気分になっています。まったくどうでもいいことながら、貴志祐介は京都大学経済学部の出身ですから、私の後輩ということになります。

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次に、中山七里『ヒポクラテスの憂鬱』(祥伝社) です。著者は私も好きなミステリやエンタメ小説の作家で、実は、この作品はシリーズとなっていて、第2弾です。第1作目は『ヒポクラテスの誓い』とのタイトルで、この10月からWOWOWにおいて北川景子主演でドラマ化されています。最終話は10月31日(月)夜11時からだそうです。誠に残念ながら、私は原作の小説の方しか読んでいません。ということで、その昔に、海堂尊のチーム・バチスタのシリーズで、不審死した死体は解剖ではなくオートプシー・イメージング(Ai)=死亡時画像病理診断を行うべしという主張があったように記憶しているんですが、このシリーズは徹底して解剖を主張し、解剖により死因の究明と犯罪の立件に役立てようとの姿勢が鮮明です。例えば、前作の『ヒポクラテスの誓い』ではAiも話題になったんですが、クモ膜下出血などの場合には出血が引いてしまうとAiではダメと主任教授が主張したりします。ドラマでは北川景子演ずる主人公の新人女医が助教として勤務する医大に埼玉県警から次々と不審死、あるいは、不審死でなくても死体が持ち込まれて、口が悪くて横柄な態度のじいさんが主任教授で解剖をこなします。准教授はこの主任教授をしたって来日した紅毛碧眼の女医さんですが、さすがに、WOWOWのドラマでは人材を得られず日本人で代用しているようです。本書では、収集者ではなく「修正者」の方のコレクターが埼玉県警のホームページにある掲示板に次々と書き込みをした結果、不審死ではないと検視官が判断した遺体まで解剖することとなり、検視官の見立てと異なる犯罪性の高い事実が次々と明らかにされる、というストーリーです。もちろん、最後は「修正者」の方のコレクターの正体も極めて意外な形で明らかにされ、そのコレクター自身の犯罪も断罪されます。なかなか興味深く読めます。ミステリとしてもよくできています。『おやすみドビュッシー』以来、私はこの作者のファンなんですが、私と同じようにこの作者の作品のファンであれば読んでおくべきかという気がします。

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次に、日本推理作家協会[編]『ザ・ベストミステリーズ 2016』(講談社) です。2015年に発表されたすべての短編推理小説の中から、日本推理作家協会が選び抜いた至高の作品だけを収録しています。新鋭からベテランまでキャリアは関係なく、とにかく面白くて優れた短編ばかりを集めてあります。作家のアイディアと技とたくらみが詰まっている、との出版社と編者の宣伝文句なんですが、惜しむらくは本格や新本格が少ないです。殺人事件が少ないのは、私はいいと思うんですが、解決策、というか、方法論的にただひとつに論理的に決定されるというわけではありません。蓋然性が高い、たぶん、そうなんだろう、というレベルの解決策が多いような気がします。長くなりますが、収録短編は12作品であり、大石直紀「おばあちゃんといっしょ」、永嶋恵美「ババ抜き」、秋吉理香子「リケジョの婚活」、芦沢央「絵の中の男」、伊吹亜門「監獄舎の殺人」、大沢在昌「分かれ道」、小林由香「サイレン」、榊林銘「十五秒」、永瀬隼介「凄腕」、日野草「グラスタンク」、南大沢健「二番札」、若竹七海「静かな炎天」です。このうち、「監獄舎の殺人」は明らかに記憶に残っていて既読ですので、別のアンソロジーに収録されているんだろうと思います。それぞれに個性的で優れた作品ばかりですが、「グラスタンク」と「二番札」が私の印象に残りました。また、出版社ではミステリの入門書としても売り出すつもりのようです。そういった観点もいいかもしれません。

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最後に、松尾匡『自由のジレンマを解く』(PHP新書) です。著者は神戸大学の置塩先生のお弟子さんらしく、現在は立命館大学の研究者です。実は、それまでの不勉強を恥じていますが、今年2016年5月にこの著者の『この経済政策が民主主義を救う』を読んでとても感激して、おそらく、左派のエコノミストとしてはもっとも実学的に正しい主張をしているような気がして、最新刊の新書を読みました。ただ、本書の冒頭に同じPHP新書から出版されている『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』の続編である旨が明記されていましたので、誠に二度手間ながら同書を借りて先に読みました。ということで、前書ではリスクと決定と責任の3つが一致する必要を指摘し、ケインズ政策が行き詰った転換点を「転換X」と表現して、それでも、小さな政府が誤解だったとかの正論を基に、ベーシック・インカム論やインフレ・ターゲティングを論じています。本書では、固定的な人間関係を前提にした経済構造から、資本主義の爛熟によるグローバル化の進展などにより、流動的な人間関係に移行したのが「転換X」であると定義し直し、そのグローバル時代に関する論考を進めています。例えば、固定的な人間関係の時代には、雇用では日本的な雇用慣行として、終身雇用、年功賃金、企業内労働組合のシステムが有効だったわけですが、流動的な人間関係では非正規雇用がドッと増えたりするわけです。そして、流動的な人間関係の世界では、マルクス主義的な疎外により人間が普遍化されると結論します。私の考えに基づけば、労働力として資本に対して普遍化されるというべきです。そして、最後の方で、アマルティア・セン教授のニーティとニヤーヤが本書でも持ち出されるんですが、私は著者とは少し見方が異なります。すなわち、資本主義的な疎外の中では、おそらく、ニーティが正義になるんですが、セン教授の見方では資本主義を越えて、というか、克服して、というか、人によっては、社会主義革命で転覆させて、というかもしれませんが、それはともかく、資本主義の制約にとらわれないという意味で、ニヤーヤが重要になる世界を目指す、ということなんだろうと思います。タイトル通りの自由論なんですが、とても難しいです。リバタリアンの自己矛盾など、私は十分に理解したとは自信を持てません。覚悟して読み始める必要があるかもしれません。

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2016年10月28日 (金)

月末閣議日に公表された雇用統計と消費者物価(CPI)を考える!

本日、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、また、総務省統計局の消費者物価指数(CPI)が、それぞれ公表されています。いずれも9月の統計です。季節調整済みの系列で見て、失業率は3.0%と前月から▲0.1%ポイント低下し、有効求人倍率も前月からさらに0.01ポイント上昇して1.38を記録した一方で、生鮮食品を除くコアCPIの前年同月比上昇率は▲0.5%と7か月連続でマイナスに落ち込んでいます。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

雇用、景気刺激なき改善 人手不足が成長阻む
雇用指標が一段と改善した。厚生労働省が28日発表した9月の有効求人倍率(季節調整値)は前月に比べ0.01ポイント上昇し1.38倍となり、1991年8月以来25年1カ月ぶりの高水準となった。総務省発表の完全失業率(同)も3.0%と前月から0.1ポイント改善した。ただ雇用の改善は非正規が中心で、業種的な偏りもある。賃金の上昇は依然として緩やかで、消費改善への波及力は乏しく、物価の下落も続く。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人1人あたり何件の求人があるかを示す。9月は3カ月ぶりに上昇した。パートタイム労働者(4カ月以上継続)の求人倍率は1.47倍と正社員の0.89倍を大きく上回っている。
正社員に比べて賃金水準が低い女性や高齢者のパートで人手を確保しようという企業が多い。一方、正社員は1倍に届いておらず、求人の方が少ない状態が続く。
業種別にみると、建設業が3.45倍、飲食などサービスが2.97倍だった。IT(情報技術)など「専門的・技術的職業」は1.95倍で、市場拡大が期待される次世代産業を担う人材も不足している。労働市場が硬直的なうえ、雇用のミスマッチもあり「企業が必要とする人材が採りにくい状況が続き、成長の制約となっている」(SMBC日興証券の丸山義正氏)との指摘が出ている。
失業率は2カ月ぶりに低下し、7月に記録した95年5月以来の水準に並んだ。働き始める女性が増えたことが改善につながった。9月の就業者数は男性が前年同月に比べ11万人増えたのに対し、女性は48万人増えた。パートやアルバイトの時給が1000円を超えるなど雇用改善の明るい面も出ている。しかし6割を占める正社員の賃金上昇は緩やかなため、消費への波及力は弱いままだ。
総務省の9月の家計調査によると、2人以上の世帯の1世帯あたり消費支出は26万7119円で、物価変動の影響を除いた実質で前年同月比2.1%減だった。7カ月連続の減少となる。うるう年の影響を調整すると、1年1カ月連続の減少だ。
台風など悪天候や気温が高かった面に加え、根強い消費者の節約志向が影響した。品目別にみると、秋物衣料が不振だった被服および履物が13.6%減、外食は4.7%減だった。
消費の不振は物価が上がらない一因となっている。総務省の9月の全国消費者物価指数(CPI、2015年=100)は、値動きの激しい生鮮食品を除く総合指数が前年同月比0.5%下落し、99.6となった。前年同月を下回るのは7カ月連続だ。原油安で電気代が6.5%、ガソリンは9.2%それぞれ下がったほか、炊飯器など家庭用耐久財が6.8%下落した。
食料(酒類を除く)およびエネルギーを除く総合指数は3年ぶりの横ばいだった。SMBCフレンド証券の岩下真理氏は「年金生活者などが必需品以外買わない傾向にあり、外食や衣料品などが値下げに動かざるを得ない」と指摘する。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。それにしても、会員限定の記事だということもあってとても長くなりました。続いて、雇用統計については、上のグラフの通りです。上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期です。

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雇用統計のグラフの3指標はすべて前月から改善を示しています。なお、上のパネルから順に、景気との関係は一般に、失業率は遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人は先行指標と考えられています。ですから、引き続き、ほぼ完全雇用状態に近い人手不足が続いています。正社員の有効求人倍率も0.88倍を記録して高い水準にあります。毎月勤労統計の賃金統計なども見てみたい気がしますが、どうも、前々からこのブログで表明している通り、まったく理論的な根拠はないものの、人手不足や労働需給のひっ迫は賃金よりも正社員増の方に現れる可能性も否定できません。ただ、リクルートワークスによる「2016年9月度 アルバイト・パート募集時平均時給調査」によれば、首都圏のパート・アルバイトの平均時給は1,028円と前年同月より18円、+1.8%の増加を示しています。この増加率を大きいと見るか、小さいと見るかは諸説あるものと思いますが、首都圏・東海・関西の3大都市圏の平均を見ても自給で1,000円近くに達して、前年からの伸び率も+2%前後に達していますので、こういった賃金の伸びが物価にも波及する可能性が高いんではないかと私は期待しています。

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続いて、いつもの消費者物価上昇率のグラフは上の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く全国のコアCPI上昇率と食料とエネルギーを除く全国コアコアCPIのそれぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフは全国のコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。エベルギーと食料とサービスとコア財の4分割です。なお、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1位の指数を基に私の方で算出しています。丸めない指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。ということで、日銀の物価目標である+2%にはほど遠く、マイナス幅が拡大してしまっています。ただし、引き続き、国際商品市況における石油価格の下落に起因する部分はいかんともしがたく、上のグラフに見る通り、コアCPIの前年同月比▲0.5%を寄与度分解すると、エネルギーが▲0.66%、生鮮食品を除く食料が+0.18%、サービスが+0.16%、生鮮食品を除くコア財が▲0.18%となっています。エネルギーの寄与度のマイナス幅が一時の▲1.00%超から縮小しつつある一方で、エネルギー価格の下落がコア財の価格下落に波及してきた印象です。それでも2013年から始まった日銀の異次元緩和にもかかわらず、インフレ目標にはまったく達しそうにもありません。

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2016年10月27日 (木)

サッポロビールによる「ハロウィンに関するアンケート調査」結果やいかに?

今年のハロウィンは来週月曜日の10月31日なんですが、カレンダーが悪くて、実際には明日の金曜日からこの週末がイベントには適しているようです。ということで、とても旧聞に属する話題ですが、10月5日にサッポロビールから「ハロウィンに関するアンケート調査」の結果が明らかにされています。pdfのリポートもアップされています。まず、サッポロビールのサイトから調査結果トピックを6点引用すると以下の通りです。

【調査結果トピック】
  • ハロウィンに合わせて何らかの楽しみ方をする人は約半数。
  • 何らかの楽しみ方をする人の比率はエリア間で著しい差は無く、全国的に盛り上がる傾向に。
  • 近年コスプレパーティーが盛り上がる一方で、「家」派が約8割という結果に。
  • 全体的に夫や妻、子供など、家族と過ごす人が多く、回答数の2/3以上。
  • ハロウィンで飲みたいお酒はビール、ワインが2トップ。若年層ほど多様な酒類を楽しむ傾向に。
  • 人気の仮装トップ3は魔女、魔法使い、かぼちゃ。

ということで、ビール会社のアンケート結果なんですが、私はほとんどお酒は飲みませんので、飲み物に関する調査結果はまったく無視して、私の興味の範囲でいくつかグラフを引用しつつ、簡単にリポートを取り上げたいと思います。

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まず、「ハロウィンを何かしらの方法で楽しむ」との回答の割合をブロック別・県別に見たのが上のグラフです。とても失礼ながら意外にも、四国の割合がもっとも高くなっています。特に高知県が全国の47都道府県の中でももっともハロウィンを楽しむ比率が高くなっています。これだけで調査結果の信頼性が落ちるような気がしないでもないんですが、あくまで善意に解釈すれば、過疎化の進む高知県で地方公共団体が積極的にハロウィンのイベントに取り組んでいるのかもしれません。でも、何の前提もなく考えれば、基本的に都会ほどこういったイベントを楽しみそうな気もします。我が家も青山に在住していた折は青山通り商店街のイベントに下の倅がよく参加していました。大きなエコバッグを持って大量にお菓子を集めて回っていた記憶があります。

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そして、ハロウィンの仮想・コスプレの人気は上のグラフの通りです。魔法使いと魔女というのが定番な気がしますが、我が家の下の倅は山高帽とマントでドラキュラに扮装していたのを思い出します。小さいころはマントを引きずらんばかりでしたので、私が手でもって付いて行ったりしていましたが、引っ越す少し前にはそのマントも小さくなっていたような気がします。

Happy Halloween!

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2016年10月26日 (水)

企業向けサービス価格指数(SPPI)はヘッドライン上昇率がわずかに加速!

本日、日銀から9月の企業向けサービス物価指数(SPPI)が公表されています。前年同月比上昇率で見て、ヘッドラインSPPI上昇率は+0.3%、国際運輸を除くコアSPPIは+0.4%と、小幅ながら上昇率が加速しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

9月企業向けサービス価格、前年比0.3%上昇 8月から伸び率拡大
日銀が26日発表した9月の企業向けサービス価格指数(2010年=100)は103.0と、前年同月比0.3%上昇した。人手不足感の強い土木建築サービスや労働者派遣サービスの価格上昇が寄与し、8月(0.2%上昇)から伸び率は小幅に拡大した。前月比では伸び率は横ばいだった。
国際商品相場の底入れもサービス価格上昇に寄与した。外航貨物輸送や国際航空貨物輸送は前年比では依然として2割超の下落だが、燃料費の上昇や鉄鉱石需要の回復などを背景に8月からは下げ幅が縮小した。
一方で宿泊サービスは8月から伸び率が鈍化した。宿泊費が既に高い水準にあることや、大型連休の日並びが前年よりも悪かったことが影響しているという。
日銀は「人手不足を背景に国内需給の改善は続くとみられるが、企業収益や外国人観光客の動向など、なかなか見通せない要素も多い」(調査統計局)としている。
全147品目のうち前年比の上昇品目数は56、下落品目数は56で同数だった。8月は下落品目が3品目多かった。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、SPPI上昇率のグラフは以下の通りです。サービス物価(SPPI)と国際運輸を除くコアSPPIの上昇率とともに、企業物価(PPI)上昇率もプロットしてあります。SPPIとPPIの上昇率の目盛りが左右に分かれていますので注意が必要です。なお、影をつけた部分は景気後退期を示しています。

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引用した記事にもある通り、前年同月比で見てSPPIヘッドライン上昇率は+0.3%と、前月からわずかながら上昇率が加速しています。まあ、計測誤差の範囲内でしょうし、ホンの少しだけ水面上に出たわずかなプラスの上昇率ですが、ヘッドラインの前年同月比上昇率を見て、5-6月に+0.1%を記録した後、7月+0.3%、8月+0.2%の後、本日発表の9月統計では+0.3%にわずかに前月から上昇率が加速しました。基本的に、人手不足に起因する物価上昇と考えられ、土木建築サービスや労働者派遣サービスをはじめとする諸サービスのプラス寄与が+0.05%あり、また、テレビ広告をはじめとする広告も寄与度で+0.04%を記録しています。加えて、ソフトウェア開発などの情報通信も+0.02%の寄与を示しています。ただし、この先グングンと物価上昇が日銀のインフレ目標に向かって加速するという局面とはとても考えられず、引き続き、物価上昇率は膠着した状態が続く可能性が高いと私は受け止めています。もっとも大きな下方リスクはやっぱり為替レートであり、急激な円高が進めば輸入物価の下落とともに需給ギャップも拡大し、物価にも景気にも何もいいことがないような気がします。

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2016年10月25日 (火)

帝国データバンク「最低賃金改定に関する企業の意識調査」の結果やいかに?

やや旧聞に属する話題ながら、ちょうど1週間前に10月17日に、帝国データバンクから「最低賃金改定に関する企業の意識調査」の結果が明らかにされています。pdfの全文リポートもアップされています。まず、帝国データバンクのサイトから調査結果を豪華に5点ほど引用すると以下の通りです。

調査結果
  1. 最低賃金の改定を受けて給与体系を「見直した(検討している)」企業は35.0%となり、特に非正社員を多く抱える『小売』や『運輸・倉庫』『製造』で4割を超えた。他方、「見直していない(検討していない)」企業は49.1%となった。地域別では、『北海道』(43.4%)が最も高く、『九州』(40.7%)、『中国』(40.2%)で4割を上回った
  2. 従業員を実際に採用するときの最も低い時給は、全体平均で約958円。最低賃金(823円)を135円上回る。『東京』において最低賃金と採用時最低時給の差額が最も大きかったが、差額が大きい地域は西日本が上位を占めた
  3. 今回の引き上げ額について、「妥当」と考える企業が40.5%で最多。「妥当」は「高い」(11.6%)、「低い」(18.1%)を大きく上回り、総じて企業側に受け入れられている様子がうかがえる
  4. 自社の業績に対する影響では、「影響はない」が57.9%で最多。「プラスの影響がある」は1.7%にとどまった一方、「マイナスの影響がある」は21.7%と2割を超えた
  5. 今後の消費回復への効果について、「ある」と考える企業は10.2%にとどまる一方、「ない」は53.7%と半数を超えており、消費回復に対しては懐疑的な見方をする企業が多数を占める

ということで、とても長いサマリーなんですが、それだけにすべてを網羅している雰囲気もありますので、以下、リポートからいくつかグラフを引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、上のグラフはリポートから 給与体系を「見直した」企業の割合 を引用しています。35.0%の企業が給与体系の見直しや見直しの検討を回答していますが、特に、労働集約的な産業で、また、非正規社員の雇用割合が高い産業で、最低賃金の引き上げが直接的に給与体系の見直しにつながっている可能性が示唆されています。すなわち、小売が48.9%、運輸・倉庫43.4%、製造41.0%が4割を超えた一方で、金融は1割台にとどまっていたりします。また、地域別では、北海道43.4%が最も高く、次いで九州40.7%、中国40.2%となり、3地域が4割を上回る結果を示しています。逆に、南関東が31.3%、北関東も33.3%と低い比率を示しています。

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次に、上のグラフはリポートから 引き上げ額と業績への影響 を引用しています。そもそも、まず、最低賃金引き上げ額について、妥当と回答した企業が40.5%に上り、低い18.1%、高い11.6%よりかなり大きな割合を占めていて、しかも、高いよりも低いの回答の方が多くなっています、次に、最低賃金引き上げの業績への影響については、影響はないと回答した企業が57.9%で最多となっているんですが、他方で、プラスの影響は1.7%にとどまっているのに対し、マイナスの影響は21.7%と2割を超えており、マイナスの影響の方がプラスの影響を大きく上回っています。そして、その引き上げ額の高低と業績へのマイナスの影響の相関をプロットしたのが上のグラフです。いくつか、典型的な業種が明示されていますが、引き上げ額を高いと感じている業種ほど業績へのマイナスの影響を感じていることが、当然といえば当然ながら、調査結果から明らかになっています。コストアップを価格に転嫁するのが難しい点はデフレ経済の特徴のひとつかもしれません。

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2016年10月24日 (月)

黒字に戻った貿易統計をどう見るか?

本日、財務省から9月の貿易統計が公表されています。ヘッドラインとなる輸出額は季節調整していない原系列の統計で前年同月比▲6.9%減の5兆9684億円、輸入額は▲16.3%減の5兆4700億円、差引き貿易収支は4983億円の黒字となりました。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

9月の貿易収支、4983億円の黒字 上半期黒字額は「震災前」に
財務省が24日発表した9月の貿易統計(速報、通関ベース)によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は4983億円の黒字だった。貿易黒字は2カ月ぶりで、QUICKがまとめた市場予想の3729億円を上回った。輸出も落ち込んだが、円高の影響でドル建てで取引される原油などの輸入額が大幅に減少した。4-9月の貿易黒字は2兆4579億円と、期間中に東日本大震災が発生した10年10月-11年3月期の2兆5億円を上回り、震災前の10年4-8月期以来の水準に回復した。
9月の輸入額は5兆4700億円と、前年同月比16.3%落ち込んだ。減少は21カ月連続。9月の為替レート(税関長公示レートの平均値)は1ドル=101円85銭と、円は対ドルで前年同月から15.8%上昇。円高により円換算した石油製品の価格に下押し圧力が掛かった。数量ベースでも低迷し、黒字額が膨らむ要因となった。
輸出額は6.9%減の5兆9684億円と、12カ月連続で前年実績を下回った。米国向けが8.7%減、中国を含むアジア向けは8.4%落ち込んだ。
4-9月期の輸入額は31兆5629億円と、前年同期比19.1%減った。減少率は09年4-9月期以来の大きさ。輸出額は9.9%減の34兆209億円で、減少率は同じく09年度上半期以来の大きさだった。

いつもの通り、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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まず、引用した記事にも示されている通り、統計に見られる貿易黒字額は震災前の水準に戻りましたが、上のグラフにも示されているように、輸出も輸入もともに右肩下がりで減少していった中で、特に、国際商品市況における石油価格の下落の影響が大きく、我が国からの輸出の減少よりも輸入の減り方の方が大きいため、結果として差引き貿易収支が黒字になったわけですから、GDP成長率には経常収支が利くとはいえ、決して、経済的に望ましい拡大均衡の姿で震災前水準の貿易黒字に戻ったわけではないと考えるべきです。我が国に貿易黒字をもたらしている石油価格安は決してサステイナブルではありませんし、現に価格下落は一巡したと見るエコノミストも少なくありませんから、現在の貿易黒字水準を維持することがどこまで可能かどうかは輸出にかかっているわけです。でも、どうでもいいことかもしれませんが、日経センターのESPフォーキャストでは今年の5月を最後に、貿易収支が数年内に黒字基調に転換するかどうか、の質問をヤメにしてしまいました。

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輸出をいくつかの角度から見たのが上のグラフです。上のパネルは季節調整していない原系列の輸出額の前年同期比伸び率を数量指数と価格指数で寄与度分解しており、まん中のパネルはその輸出数量指数の前年同期比とOECD先行指数の前年同月比を並べてプロットしていて、一番下のパネルはOECD先行指数のうちの中国の国別指数の前年同月比と我が国から中国への輸出の数量指数の前年同月比を並べています。ただし、まん中と一番下のパネルのOECD先行指数はともに1か月のリードを取っており、また、左右のスケールが異なる点は注意が必要です。海外需要は最悪期を脱しつつあるのが見て取れると思います。特に、中国については急速に回復する可能性を示しています。繰り返しになりますが、地域別・国別や財別の貿易動向を詳細に検討して、そろそろ我が国の輸出数量も増加する局面に達しつつあると私は考えています。

私は経常収支た貿易収支といった対外収支については、基本的に弾力性ペシミストです。すなわち、為替は大きな影響力ない、との見方なんですが、ただし、2点だけ指摘しておくと、第1に為替の貿易への効果は非対称である可能性があります。すなわち、円高のダメージは大きいが、円安の恩恵は小さい可能性があります。しかしながら、第2に為替は財貿易には弾力性小さい可能性がありますが、それ以外の経常収支項目、特に、投資収益収支と旅行収支を通じて我が国経済への影響力がある可能性も否定できません。現在の1ドル100円くらいの水準の円高は、中国をはじめとするアジア諸国の海外渡航の制度要因とも相まって、「爆買い」に対するマイナス要因になっているのかもしれません。

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2016年10月23日 (日)

纐纈歩美「アート」を聞く!

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纐纈歩美のニュー・アルバム「アート」を聞きました。今年5月のリリースです。恥ずかしながら、私はよく知らなかったんですが、NYシリーズの第3弾だそうです。アルバムのタイトル「アート」は同じアルトサックスのアート・ペッパーにちなんでのタイトルらしいです。でも、アートのファースト・ネームを持つジャズメンはいっぱいいそうな気がします。少なくとも私が聞いたことのあるアルバムだけでも、「モダン・アート」のタイトルのアルバムが2枚あって、アート・ペッパーとアート・ファーマーがそれぞれ出しています。ということで、曲の構成は以下の通りの8曲です。

  1. Cool Bunny
  2. Straight Life
  3. Imagination
  4. Diane's Dilemma
  5. Besame Mucho
  6. Holiday Flight
  7. Patricia
  8. When You're Smiling

纐纈歩美がアルト・サックスでジャズを演奏し始めた高校1年生のころに「アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション」を聴いて、アート・ペッパーの音色に魅了されたということで、上の2曲目と3曲目は「アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション」から、また、1曲目と4曲目と8曲目は「モダン・アート」に収録されています。そのほかの曲も、何らかの意味でアート・ペッパーゆかりの曲だそうです。ただ、ブルースの演奏についてはさすがに差があると感じざるを得ませんし、纐纈歩美としても、前の「バラーディスト」の方がサックスの鳴りもよかったし、演奏全体の完成度が高かったような気もします。もっとも、これも本家アート・ペッパーとの比較をしてしまうのが原因かもしれません。何よりも、バックのリズム・セクションに負けているではないか、という曲がいくつかあります。ベサメ・ムーチョはスペイン語の歌詞をまったく理解していないような気もします。ちょっと残念。とても残念。

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2016年10月22日 (土)

今週の読書は経済書を中心にまたまた大量9冊!

もう何も申し上げることはありません。今週も経済書を中心に9冊です。

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まず、アマルティア・セン『インドから考える』(NTT出版) です。著者はインド出身の経済学者であり、厚生経済学や開発経済学の功績によりノーベル経済学賞を受賞しています。本書は最近十数年のエッセイを取りまとめたもので、英語の原題は The Country of First Boys ということで、同じタイトルのエッセイは「1位の男の子たちの国」と訳出されています。反対側にいるのは Last Girls であり、格差や不平等を象徴しています。いろんなエッセイから編まれており、やや取りとめないんですが、p.109 からの自由論「自由について語る」に着目すると、当然といえば当然ながら、セン教授は自由なき経済発展を否定します。私がどうしてこの点に着目したかというと、1990年代前半に私が大使館の経済アタッシェの外交官として滞在したチリのピノチェット政権の時代が、まさに自由なき経済発展の象徴であると私が考えているからです。いわゆるシカゴ学派的な新自由主義経済の「実験」がチリで実践されたといわれており、お隣のアルゼンティンが低迷していたこともあって、それなりに経済発展は感じられて国民の支持も得られたようなんですが、セン教授的なケイパビリティの観点からはまったく評価できない経済成長であった、と私は受け止めています。本書でも指摘されている通り、「開発というのは単に、都合のいい命のない物体を増やすプロセスだと見ることは本当はできない」(p.115)という点に尽きます。有名なニーティとニヤーヤを展開した「本当に憂慮すべきものとは」も収録されています。セン教授は形式的なニーティよりも、生活に根ざすニヤーヤを重視するのはよく知られた通りです。私のような開発経済学を専門とするエコノミストはもちろん、多くの途上国経済の力になりたいと考えている日本人に手に取って読んで欲しいと願っています。また、セン教授の系列に連なるバスー教授の『見えざる手をこえて』も話題になっています。私も図書館に予約を申し込んであり、今から楽しみです。

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次に、ケヴィン・ケリー『<インターネット>の次に来るもの』(NHK出版) です。著者は雑誌の編集者などのジャーナリズムの世界の経験を基に、著述業などをしているようです。英語の原題は The Inevitable 避けられない流れ、とでも訳すんでしょうか、今年2016年の出版です。ということで、この先30年ですから、2045年ともいわれるシンギュラリティ=特異点の時期に向けての潮流を探っています。ロボット、人工知能(AI)、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、ロボット、ブロックチェーン、 IoT、などなど、この先のテクノロジーの進歩にはさまざまな用語が使われるんでしょうが、本書でもキーワードは何と12もあり、becoming, cognifying, flowing, screening, accessing, sharing, filtering, remixing, interacting, tracking, questioning, and beginning と邦訳書では整理されています。というのは、英語版の本書のサイトでは、確かに副題の通り、12 Technological Forces なんですが、interacting, cognifying, flowing, screening, accessing, sharing, filtering, remixing, tracking, and questioning の10に取りまとめられていたりします。特に、訳者あとがきにも解説はないので、私にはよく判りませんが、大きな違いはないということなんだろうと理解しています。この先2045年のシンギュラリティまで、モノからコトへの非物質化、リアルタイム化、クラウド化などの流れがあり、著者はこれらの傾向をデジタル社会主義(p.181)と呼んでいますが、1月23日付けの読書感想文で取り上げたジェレミー・リフキンの『限界費用ゼロ社会』にとても近い考え方なんではないかと私は理解しています。そして、そういった限界費用がゼロに近くてモノが潤沢に供給される社会にあって、もっとも希少なのは人間のアテンションかもしれないと本書では結論しています。そして、社会はプライベート=一般からパーソナル=透明に移行する可能性を示唆しています(p.347)。伊藤計劃の『ハーモニー』の世界に近いかもしれません。最後に蛇足ながら、こういった流れにもっとも鈍感でトンチンカンなことをやっているのが、我が役所や学校・病院などなんですが、一所懸命に個人情報保護に取り組んでいるのは、後の時代から見ればバカげたことだった、ということになるのかもしれません。

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次に、アリエル・ルービンシュタイン『ルービンシュタイン ゲーム理論の力』(東洋経済) です。著者はイスラエルの経済学者であり、容易に想像される通り、専門は経済理論のほかゲーム理論などです。英語の原題は Economic Fables、すなわち、経済学的な寓話、という意味でしょうか。経済学、特にゲーム論の学術書というよりは、著者の半生を振り返った自伝的な記述とともに、ゲーム理論、交渉、合理性、ナッシュ均衡、解概念、経済実験、学際研究、経済政策、富、協調の原理などの基礎概念が明らかにされるエッセイとして受け止めるべきではないかと私は考えています。印象に残ったのは2点あり、第1に、第1章では経済理論における合理性の前提を強く推奨しつつも、非合理性や限定合理性に基づく行動経済学についても幅広い理解を共有している点です。私も基本的には同様で、完全合理的なホモ・エコノミカスを前提にしたモデル構築と理論解明は、第1次アプローチとしてはとても有用だと考えています。その上で、限定合理性などの行動経済学の成果を取り入れつつ、現実に即したモデルの変更が考えられるべきであり、行動経済学的な非合理性を前提したモデルが第1次接近になるとは考えられません。第2に、現実に役立つかどうかは、経済学を評価する重要な基準ではないという点がとても強調されています。確かに、知的好奇心の対象として現実社会、というか、経済を見て、今年のノーベル賞を受賞した大隅先生のように基礎的研究の重要性を指摘するのは、理論研究の必要性を強調する上で大切な点だと思うんですが、経済学については、特に、私のように政府の経済政策セクションで官庁エコノミストをしている身としては、もう少し表現を何とかして欲しいという気もします。まあ、「ただちに政策運営につながることを重視するのは…」とかにならないものだろうか、という気がします。最後に、どうでもいいことながら、このエコノミストのひとつの特徴なんですが、無宗教に近い日本人としては、かなりユダヤ色が強く、拒否反応を示す人がいるかもしれません。もちろん、私が懸念するほどはいないかもしれません。

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次に、 スティーブ・ケース『サードウェーブ』(ハーパーコリンズ・ジャパン) です。著者は米国の起業家であり、AOLのCEOなどを務めた実業家です。英語の原題も日本語と同じであり、本書の中でもアルビン・トフラーの『第3の波』へのオマージュと明記していたりします。ということで、本書はハワイ生まれの著者の少年時代からの人生も振り返りつつ、インターネット黎明期からのビジネスを回顧して、パソコンがインターネットに接続する「第1の波」、スマートフォンの普及によるソーシャルメディアやアプリが台頭した現在の「第2の波」、すなわち、グーグルやファイスブックなどが全盛の現時点からさらに、単なるモノのインターネット(IoT)を超えて、あらゆるものがインターネットにつながる(Internet of Everything)「第3の波」の時代を迎えようとしている、との前提で、さまざまなビジネスや社会の変容を解き明かしています。すなわち、インターネット接続は電気の接続とおなじように日常生活に不可欠になり、いくつかの産業が根本から変貌するわけです。「第三の波」の時代には、米国のイノベーション中心地以外の地域が台頭する、という意味で、Rise-of-the-Rest が生じ、従来型のビジネスとフィランソロピー、さらに、投資収益とソーシャル・グッドをつなぐインパクト投資が重要な役割を果たし、最後に、市場の見えざる手ではなく、政府の見える手による産業育成や規制、あるいは、産業と政府のパートナーシップが重要となる、と主張しています。特に、米国のビジネスシーンでは既存の大企業などよりもいわゆるスタートアップ企業がイノベーションや雇用の創造などで重要な役割を果たす時代が到来しつつあることを指摘しています。長らく官庁エコノミストとして経済を見てきただけの私にはいわゆる起業家の心理や経済に果たす役割などは適正に判断できない可能性もありますが、それなりに心に響くものがありました。日本にそのまま応用できる部分は少なそうな気がしますが、「第2の波」で米国企業のみならず韓国企業などからも後塵を拝して来た日本企業にとって、「第3の波」の時代の到来は大きなチャンスなのでしょうか、それとも、差が大きくなる可能性の方が高いんでしょうか?

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次に、野口真人『あれか、これか』(ダイヤモンド社) です。私はよく知らないんですが、著者は企業価値評価のスペシャリストだそうです。それを目的とした企業の経営者であり、同時に、いくつかの大学や大学院で講義もしているようです。ということで、本書は選択のためのファイナンス理論の解説書であり、副題は『「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門』となっています。前半の4章で基礎的な概念を解説しています。マルクスまで持ち出して、交換価値と使用価値の違いを説き、キャッシュフローの考えを明らかにし、時間とリスクと金利の関係から現在価値を見て、不確実性やリスクについては標準偏差、というかその二乗項である分散でバラツキを説明しようとしています。その上で、後半の3章ではそれぞれノーベル賞を受賞したファイナンス理論を取り上げています。すなわち、企業価値は資産そのものの価値で決まり、負債=資金調達には関係しないとしたモディリアーニ・ミラーのMM理論、分散投資により投資のリスクを軽減させるとするマーコウィッツの現代ポートフォリオ理論、市場の変動との関係で決まるβでマーケット・ポートフォリオとの相関で個別銘柄の収益率を求めようとするCAPMモデル、そして、オプション価格を導出するブラック・ショールズ式、の4点について取り上げつつ、その中にも、オークションの勝者の呪いとか、行動経済学のプロスペクト理論などを織り交ぜていたりもします。特に、投資とギャンブルを同一視する見方については、現代ポートフォリオ理論との対比で、ギャンブルはやればやるほど分散効果が仇となり確実に損をする構造になっていると指摘しています。まったく、その通りです。いわゆる投資指南書のたぐいではなく、かなり平易にファイナンス理論について、数値に基づく実例も取り混ぜつつ解説し、なかなか興味深い構成となっています。ただ、この種の本に求められる実用性については、逆に、十分ではないと判断する読者もいるかもしれません。私はむしろこういった理論的に難しい話題を平易に解説している本はそれなりに評価すべきだと考えています。私のように東京の端っこに住んでいたりすると、通勤電車の行き帰りで読んでしまえるくらいのボリュームです。

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次に、高嶋哲夫『日本核武装』(幻冬舎) です。著者は天下国家の大きな問題、台風や津波などの天災、あるいは、富士山噴火、また、パンデミックなどのてーまで、私の解釈によればパニック小説の名手だと理解しています。この作品では我が国を取り巻く国際情勢の最近の大きな変化、例えば、中国との尖閣諸島の領有権紛争、北朝鮮の核開発、形骸化する日米安保のもとでの米国による抑止力の低下などなど、東アジアの国際情勢の変化を踏まえて、直接には尖閣諸島問題から日本が核武装に踏み切る、というストーリーです。ただし、ネタバレになりますが、実際に核兵器を保有して実戦配備するハズもなく、いろいろと諸事情あって、我が国が潜在的な核保有国であるという事実を秘密裏に米中両国首脳に理解させ抑止力として活用する、というオチになります。ですから、基本的なトーンとしては、ゴリゴリの右派路線で軍備拡大の末に核武装がある、というわけではなく、中国とベトナムの間で武力衝突を生じた南沙諸島の問題に鑑みて、尖閣諸島の問題で同様に我が国と中国が武力で衝突するのを避けるための抑止力、しかも、日米安保が形骸化してオバマ大統領が尖閣諸島も日米安保の範囲内と明言したにもかかわらず、中国の購買力に期待して米国第7艦隊が出動を控え、むしろ、日本よりも中国寄りの暗黙の姿勢を取り、しかもしかもで、中国の核ミサイルの照準が東京や大阪などの我が国の主要な都市に向けられる、という極めて切迫したシチュエーションで、東京サミットで中国首脳も招かれていることから、実際に組み立てた核兵器を米中首脳に見せて、日本の潜在的な核保有能力を明らかにするわけです。大きな疑問は、まったく専門外のエコノミストながら、私の知る限り、核兵器の製造はそれほど技術的なハードルが高くないんではないか、という点です。中学校か高校の科学の授業のレベルと聞いたこともあります。どこまでホントかウソか知りませんが、すでに我が国の潜在的な核兵器製造能力は先進各国や近隣諸国の間で認められているような気もします。よく判りません。いずれにせよ、防衛省の中もこの作品で描かれた通り、制服と背広だけでなく、それぞれの中でも一枚岩でも何でもなく、もちろん、与野党入り乱れて諸説飛び交う中で、何が国益なのかの見極めがとても難しそうな気がします。その部分は私の理解を超えているのかもしれません。

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次に、長江俊和『東京23区女』(幻冬舎) です。著者はよく知りませんが、『出版禁止』という作品があるらしいです。本書は東京23区のパワースポットなどを巡るオカルト小説です。板橋区の縁切り榎、渋谷区の渋谷川の暗渠、港区のお台場、江東区の埋め立て地「夢の島」、品川区の大森貝塚を取り上げ、連作短編として5話を収録しています。舞台回しはフリーライターの原田璃々子であり、なぜか、先輩で民俗学の講師だった島野仁と東京23区を巡り取材をおこないます。しかも、彼女は霊感が強く、そういった異界の存在が出る場合には、それを感じ取ることが出来る一方で、島野は合理主義者でありオカルトを信じません。私の記憶が正しければ、イヤミス作家の真梨幸子のブログ記事「東京二十三区女」を見て、絶賛されているのでついついその気になって図書館で予約したんだと覚えています。オカルトというか、ホラーというか、それぞれの区の過去の因縁が現代の事件にリンクする形式のホラーなんですが、どちらにせよ、ホラー、あるいは、モダンホラーとしてもインパクトは望むべくもありませんでした。主人公の原田璃々子は取材に当たって、それほどの下調べはしていないんですが、さすがに、同行している島野仁は専門分野ですので、オカルトは信じないといいつつ、かなり民俗学的な見地からもパワースポットや過去の出来事などには詳しく、不要な事柄まで詳細にしゃべりまくりますので、読者が準備万端で臨んでしまって、ホラーのサプライズにはどうかという気もします。もっとも、島野のおしゃべりに限らないものの、「なぜお台場におをつけるか?」とか、「渋谷の地名に橋が多いのはなぜか?」とか、「なぜこの場所は深川と呼ばれるのか」などなど、各区の過去の蘊蓄の鋭さには感心しないでもありませんでした。いろいろとしゃべらせるのは、良し悪しかもしれません。何となく、あくまで私の直感ですが、ドラマには適している、あるいは、少なくとも「実際にあった怖い話」系の単発ドラマや深夜枠系の短いドラマには適している気がします。でも、最終話の結末が結末ですので、本書で取り上げられていない残りの区のストーリーから成る続編は出版されそうもない気がします。そういった残りの区の関係者には残念ですが、まず、無理だろうという気がします。とても強くします。

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次に、吉田徹『「野党」論』(ちくま新書) です。著者は北海道大学在籍の政治学の研究者です。副題は「何のためにあるのか」となっており、特に、政治や政治家に対する信任の薄い我が国において、政府を構成しない野党のあり方や役割について考察を進めています。すなわち、私のようなシロートなどには、野党は無責任で声高に反対を唱えて対案も示せず党利党略ばかり、といたふうに感じる人も少なくないような気もします。でも、本書では、野党は民意の残余を政治的に表出するものであり、民主主義をよりよく運営する上で不可欠の存在である、と示されています。特に、かつての中選挙区制ではなく、現在の小選挙区制ではいわゆる死票が多くて、代議制民主主義で汲み取れない民意がかなり残されているわけですから、それらを何らかの意味で政治的な舞台に上げることも必要です。単純多数決ではなく、少数者の意見も政治の場に反映させるために野党の果たす役割はそれなりに重要かもしれません。株式会社などのシステムでは過半数を握ればOKなのかもしれませんが、政治の場ではできるだけ多くの国民の民意が反映されるシステムが求められるわけで、野党がそれをある意味で汲み取るシステムも悪くありません。特に、その昔の野党は、本書でも昔の社会党は衆議院の過半数に満たない候補者しか擁立せず、政権交代が視野に入っていなかった点を指摘していますが、現在では、当時の民主党がヘマをやったとしても、政権交代がありうるとの潜在的なプレッシャーは常に与党は感じているわけで、政権交代の潜在的可能性だけでも私は民主主義のあり方が改善されそうな気がします。タイトルの野党論にとどまらず、ちょっとした我が国の戦後政治史や欧米の政治システムの初歩的な理解にも役立つ良書だという気がします。

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最後に、玉木俊明『<情報>帝国の興亡』(講談社現代新書) です。著者は京都産業大学の経済史の研究者です。といっても、文学部の出身ですので経済よりも歴史の方に重点があるような気もします。副題は「ソフトパワーの500年史」ということで、情報に関して、ちょうどグーテンベルクの活版印刷のころに覇権を握ったオランダ、というか低地地方、そして、電信のころに帝国を築いた英国、そして、特に情報とは関係ないような気もしますが、電話からインターネットのころの米国、の3国を対象にその経済史を、ウォーラーステインの近代世界システムを参考にしつつ、情報の観点から概観しています。なお、論者によっては覇権国と帝国を区別する向きもあるようですが、本書では区別されていません。要するに、世界のトップ国、というカンジで見ています。一つだけ、とても興味深かった視点は宗教と経済発展の関係です。著者は初期資本主義では遠隔地、もっといえば、世界の辺境=フロンティアとの商業や交易の果たす役割が重要と考え、その意味で、大航海時代なんかではカトリックのスペインやポルトガルが世界に覇を唱えたわけでプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神がマッチングがよかったというわけではない、と、ウェーバー的な見方を否定します。必ずしも、私も賛同するわけではありませんが、まあ。ひとつの見方かという気もします。また、市場とは情報の塊であって、その意味で、情報の流通とは実は市場の形成なんだという見方を私はしているんですが、著者はどうも違うようです。従って、私の情報=市場の観点からは流通の背景にある製造業が重要なんですが、本書の著者にはそういった「流通するモノ」の観点はないように感じています。あと、米国が戦後に国際機関を用いた経済発展を遂げたかの如き歴史観が示されていますが、まったく逆ではないでしょうか。米国がとてつもない帝国を形成し世界の覇権国となったため、米国に国連や世銀やIMFなどの国際機関本部が置かれている、という因果関係だと私は理解しています。

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2016年10月21日 (金)

BMIと運動の関係に関するからだデータ調査結果やいかに?

とても旧聞に属する話題のような気がしますが、10月6日付けでドコモ・ヘルスケアからBMIと運動の関係に関するからだデータ調査がリリースされています。一般的には、あまりにも当然ながら、BMIが低くて肥満ではなく体が引き締まった人ほど、1日の平均歩数が多くてアクティブな時間が長い、などの結果が出ているようです。まず、調査結果サマリーとしてドコモ・ヘルスケアのサイトから2点引用すると以下の通りです。

調査結果サマリー
  • 体が引き締まった人ほど、1日の「平均歩数」が多く、「アクティブ時間」が長い!
  • 1日の平均歩数が9,000歩から12,000歩の人では、「アクティブ時間」が15分を超えるかどうかが、肥満度「標準」と「やや肥満」の分かれ道!15分を超えるかどうかが、肥満度「普通」と「やや肥満」の分かれ道!

ということで、やや疑問の残る分析結果だという気がしないでもありませんが、以下にドコモ・ヘルスケアのサイトにあるグラフなどを3点引用すると以下の通りです。

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上から順に、肥満度ごとの1日の平均歩数と平均アクティブ時間、平均9,000歩-12,000歩/日の人の1日あたりの「アクティブ時間」ごとの平均BMI、となっています。ということで、引用したグラフの上のパネルから、体が引き締まった人ほど、1日の「平均歩数」が多く、「アクティブ時間」が長い、という結論を引き出しているのかもしれませんが、2点疑問があります。第1に、一番左の棒グラフで示されたBMI18.5未満の痩せ・痩せ気味を除いているような印象で、BMI18.5以上の標準ないし肥満傾向の人だけを対象にしているように見えます。第2に、もっと根本的な問題で、因果関係を逆転させています。すなわち、体が引き締まった人ほど歩数が多くてアクティブ時間が長い、という方向の因果関係ではなく、明らかに、歩数が多くてアクティブ時間が長い人ほど体が引き締まっている、と考えるべきです。基本は相関関係なんでしょうが、因果関係を考える場合の方向は私の主張の方が一般には正しいんではないでしょうか。しかしながら、下のパネルでは相関関係から因果関係を正しく解釈しているようで、「アクティブ時間」が長い人ほどBMIの数値が低く、引き締まった体である傾向がある、と結論しています。結論の引き出し方に一貫性がないような気もしますが、それはいいとして、「アクティブ時間」が15分以上か未満かでBMI25以上の「やや肥満」と25未満の「標準」に別れる傾向があると主張しています。どこかに閾値はあるものですが、この場合は15分なのかもしれません。

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2016年10月20日 (木)

プロ野球ドラフト会議2016における阪神の指名選手やいかに?

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本日、東京都内でプロ野球のドラフト会議が開催されました。NPBのサイトから引用すると、我が阪神タイガースの指名選手は以下の通りです。来季の活躍を願っています。

順位氏名ポジション所属
1位大山 悠輔内野手白鴎大
2位小野 泰己投手富士大
3位才木 浩人投手須磨翔風高
4位濵地 真澄投手福岡大大濠高
5位糸原 健斗内野手JX-ENEOS
6位福永 春吾投手徳島インディゴソックス
7位長坂 拳弥捕手東北福祉大
8位藤谷 洸介投手パナソニック

来シーズンこそ優勝目指して、
がんばれタイガース!

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2016年10月19日 (水)

訪日外国人数はそろそろ伸びが鈍化するのか?

本日、政府観光局(JNTO)から訪日外客統計が公表されています。9月の訪日外国人数は前年同月比+19.0%増の1918千人と、引き続き堅調に増加しており、1-9月累計の訪日外国人客数は17978千人に達しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

9月の訪日外国人、19%増の191万8000人 9月として過去最高
日本政府観光局(JNTO)が19日発表した9月の訪日外国人客数(推計値)は、前年同月比19.0%増の191万8000人だった。9月としての過去最高を記録した。東アジアからの訪日客が引き続き伸びた。韓国や中国で休日が多かったほか、航空路線の新規就航・増便やクルーズ船の来航増加が追い風となった。1-9月累計の訪日外国人客数は1797万8000人に達した。
国・地域別では、中国が6.3%増の52万2300人と最も多かった。中国の訪日客は1月からの累計数が500万7200人となり、昨年の年間実績(499万人)を早くも上回った。国・地域別で500万人超えるのは初めて。次いで韓国が42.8%増の43万600人と大きく延ばした。台湾は14.7%増の34万7500人だった。

ということで、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、訪日外国人数のグラフは以下の通りです。季節調整していない原系列の統計をプロットしています。

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引用した記事にもある通り、9月として過去最高の訪日外国人数を記録しましたが、ここ何か月かの前年同月比伸び率を見ると、4月+18.0%増、5月+15.3%増、6月+23.9%増、7月+19.7%増、8月+12.8%増の後で、9月+19.0%増ですから、かつてのように、毎月+40-50%の増加を見せていたころからはやや伸び率が低下して来ているのも確かです。上のグラフを見ても、そろそろ、訪日外国人客数は頭打ちの気配を見せ始めていますし、8月の発表とやや古いものの、三菱UFJリサーチ&コンサルティングのリポート「2016/17年インバウンド見通し」に示されているように、中国経済の低迷や円高の進行などを背景に、訪日外国人の伸びもプラスを維持しつつも減速する方向にありそうな気がします。
なお、同時に公表された訪日外国人消費動向調査によれば、円高の影響もあり、訪日客による旅行消費総額は前年同期比▲2.9%減の9717億円にとどまりました。前年同期に比べて減少するのは2011年10-12月期以来だそうです。

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2016年10月18日 (火)

ニッセイ基礎研による「中期経済見通し (2016-2026年度)」やいかに?

先週金曜日10月14日にニッセイ基礎研から「中期経済見通し (2016-2026年度)」が公表されています。もちろん、pdfのリポートもアップされています。2026年度までの実質GDP成長率は平均+0.9%と、過去10年平均の+0.3%よりも高まり、また、政府目標の名目GDP600兆円には2024年度に到達する、などと予想されています。まず、ニッセイ基礎研のサイトからリポートの要旨を4点引用すると以下の通りです。

要旨
  1. 世界経済は低成長が続いている。先進国の成長率は低水準ながら持ち直しているが、中国をはじめとした新興国の成長率が急低下している。今後10年間の平均成長率は先進国では過去10年平均を上回るが、新興国は少子高齢化に伴う潜在成長率の低下などから過去10年平均を下回ることが予想される。
  2. 日本経済は2014年度の消費税率引き上げの影響が一巡する中でも低成長が続いているが、2026年度までの実質GDP成長率は平均0.9%となり、過去10年平均の0.3%よりも高まると予想する。人口減少下で経済成長率を高めるためには、女性、高齢者の労働参加拡大を中心とした供給力の向上と高齢化に対応した潜在的な需要の掘り起こしを同時に進めることが重要である。
  3. 今後10年間の名目GDP成長率の伸びは平均1.5%となり、2026年度までに政府目標の名目GDP600兆円は達成されないが、本年12月に公表予定の基準改定後のGDP統計でみれば2024年度に名目600兆円が達成されると予想する。
  4. 消費者物価上昇率は10年間の平均で1.3%(消費税の影響を除く)と予想する。日本銀行が「物価安定の目標」としている2%を安定的に続けることは難しいが、1%台の伸びは確保し、デフレ脱却は実現する可能性が高い。

やや長い気もしますが、リポート本体がpdfファイルで27ページありますので、A4半分くらいに取りまとめてもこれくらいか、という気もします。以下、リポートから私の興味に従っていくつかグラフを引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。なお、リポートのタイトルから理解できる通り、地域的には決して日本経済だけの中期見通しではなく、米国や欧州などの先進国から始まって、中国やもちろんASEANなどのアジアを含み、当然ながら日本にスポットの当てられた対象範囲の広い見通しです。

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ということで、まず、世界経済全体を見通して、1人当たりGDPの推移のグラフをリポート p.3 から引用すると上の通りです。GDP総額では、日本経済はすでに中国に抜かれており、2016年度までのこのリポートの見通し期間中にはインドにも抜かれると見込まれていますが、1人当たりGDPではまだまだ中国ですら日本の1割にも満たない水準であろうと予測されています。

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次に、潜在成長率の寄与度分解のグラフをリポート p.13 から引用すると上の通りです。いわゆる成長会計に基づいて、生産要素である資本と労働の投入の増加、加えて技術進歩率で寄与度分解されています。労働投入はすでに1990年代から明確にマイナス寄与している一方で、先行きについては資本投入と技術進歩で+1%近くまで潜在成長率が高まると想定されています。

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次に、実質GDP成長率の推移のグラフをリポート p.14 から引用すると上の通りです。消費税率の10%への引き上げが2019年10月に予定されていますが、10月1日からという年度半ばの引き上げですので、2019年度全体としては駆け込み需要とその後の反動減が相殺し、さらに、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに伴う経済効果もあって、消費増税のマイナス効果はかなり限定的と見込んでいます。ただし、2021年度は直前の東京オリンピック・パラリンピックからの反動減でマイナス成長を予想しています。そして、ニッセイ基礎研では2024年度から消費税率が12%に引き上げられることを独自に想定していますので、2024年度はマイナス成長を記録すると見込まれています。しかし、最初のリポート要旨にあった通り、予測期間中の平均成長率は+0.9%と、2007-16年度の過去10年間の実績+0.3%を上回ると予想しています。

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次に、新旧基準の名目GDPの推移のグラフをリポート p.15 から引用すると上の通りです。現在の安倍政権では2020年ころまでに名目GDP600兆円を目標のひとつとして掲げているんですが、上のグラフの通り、2008SNAに準拠した基準では2024年度に名目GDP600兆円が達成される見込みです。もっとも、2024年度が「2020年ころ」といえるかどうかはビミョーなところかもしれません。

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最後に、シナリオ別基礎的財政収支(対名目GDP比)の比較のグラフをリポート p.21 から引用すると上の通りです。シナリオとしてはリポートで示されたメインシナリオに加えて代替シナリオとして、楽観シナリオと悲観シナリオが用意されており、それぞれの基礎的財政収支の名目GDP比の推移が示されています。なお、標準シナリオと楽観シナリオでは、繰り返しになりますが、ニッセイ基礎研の独自の想定として2024年度から消費税率が12%に引き上げられると仮定していますが、悲観シナリオではこの消費増税はナシで10%で据え置かれる前提です。ということで、メインシナリオでは、もちろん、悲観シナリオでも、予想期間中に基礎的財政収支は黒字化を達成できないんですが、楽観シナリオでは2024年度の消費増税の前提と相まって、2024年度から基礎的財政収支が黒字化する結果となっています。ただ、いくつかの財政赤字のサステイナビリティ検定があり、私も大学に出向していた折に紀要論文「財政の持続可能性に関する考察」として取りまとめていますが、中でももっとも緩やかと考えられるカリフォルニア大学サンタバーバラ校のボーン教授の提唱する検定では、直観的に、プライマリー・バランスが赤字であっても,その赤字幅が縮小していれば財政は持続可能と判断される、といわれており、メインシナリオでも財政は持続可能かもしれません。

最後に、ニッセイ基礎研のこのリポートは、地域的に日本に限定しないだけでなく、私が今夜のブログで取り上げた範囲以外にも、当然ながら、日本経済についてはより詳細な分野を網羅しており、例えば、物価や経常収支などの見通し、金融政策動向などについても着目しています。物価見通しは最初に引用した要旨のとおりですし、特に、要旨で触れられていない対外収支については、貿易収支が間もなく1-2年後には赤字に転じて、経常収支も予測期間終盤に小幅ながら赤字化すると予想しているようです。

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2016年10月17日 (月)

日銀「さくらリポート」に見る地方経済やいかに?

本日、日銀支店長会議で「さくらリポート」が明らかにされています。全国をいくつかのブロックに分割して地域ごとの景気を示しています。何といいましょうか、米国連邦準備制度理事会のベージュ・ブックのモロのまねっこなんですが、それなりに重宝していたりもします。まず、日経新聞のサイトから記事の最初の4パラだけ引用すると以下の通りです。

中国と九州・沖縄、景気判断引き上げ 東海は下方修正 日銀地域経済報告
日銀は17日発表の10月の地域経済報告(さくらリポート)で、全9地域のうち中国と九州・沖縄の2地域の景気判断を引き上げた。一方、東海地域は引き下げた。東海の下方修正は2013年1月以来。
中国と九州・沖縄は前回7月に引き下げたばかり。中国は三菱自動車の軽自動車の生産が再開し、7月時点で生産を下押ししていた要因が減った。九州・沖縄は熊本地震の影響が薄れた。
輸出産業の比重が高い東海は個人消費の一部に弱めの動きがあるとして景気判断を引き下げた。台風上陸などの天候不順も響き、百貨店の売り上げを下押しした。円高・ドル安の進行で所得の先行きに不透明感が強まった可能性もある。
項目別では、設備投資で北海道と九州・沖縄を除く7地域が「増加」との表現を使った。個人消費は東海など5地域が「一部に弱めの動きが見られる」などと報告。2地域が「回復」「持ち直し」とした。住宅投資は2地域が「増加」、6地域が「持ち直し」と報告した。調査統計局によると「住宅ローン金利が低下し、個人の住宅購入のほか相続税対策などの貸家が増えている」という。

いつもの通り、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。上の引用部分以下では、地域別の景気判断の推移を取りまとめているんですが、それをテーブルにしたのが下の通りです。中国と九州・沖縄が上方修正、東海が下方修正です。

 2016年7月判断前回との比較2016年10月判断
北海道緩やかに回復している緩やかに回復している
東北生産面に新興国経済の減速に伴う影響などがみられるものの、基調としては緩やかな回復を続けている生産面に新興国経済の減速に伴う影響などがみられるものの、基調としては緩やかな回復を続けている
北陸一部に鈍さがみられるものの、回復を続けている一部に鈍さがみられるものの、回復を続けている
関東甲信越輸出・生産面に新興国経済の減速に伴う影響などがみられるものの、緩やかな回復を続けている輸出・生産面に新興国経済の減速に伴う影響などがみられるものの、緩やかな回復を続けている
東海自動車関連での工場事故や熊本地震の影響から輸出・生産面で振れがみられるものの、基調としては緩やかに拡大している幾分ペースを鈍化させつつも緩やかに拡大している
近畿輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられるものの、緩やかに回復している緩やかに回復している
中国一部に弱めの動きがみられるものの、緩やかな回復基調を続けている緩やかに回復している
四国緩やかな回復を続けている緩やかな回復を続けている
九州・沖縄熊本地震の影響により急速に下押しされた後、観光面などで弱い動きが続いているものの、供給面の制約は和らいできており、緩やかに持ち直している熊本地震の影響が和らぐもとで、緩やかに回復している

ということで、GDPの需要項目別に考えると、個人消費は、5地域(東北、北陸、関東甲信越、東海、近畿)が「一部に弱めの動きがみられる」等としつつも、全体としては、2地域(北海道、九州・沖縄)が「回復」という表現を、2地域(北陸、四国)が「持ち直し」という表現を、5地域(東北、関東甲信越、東海、近畿、中国)が「底堅く推移している」という表現を、それぞれ用いていますし、設備投資は、7地域(東北、北陸、関東甲信越、東海、近畿、中国、四国)が「増加」という表現を用いているほか、北海道では「高水準で推移している」としていて、一方、九州・沖縄では、「高めの水準ながら減少している」としています。消費も設備投資も全国レベルではやや停滞気味ながら、地域別に見るとこうなるんだろうと思います。
また、個別トピックの分析は、今回のリポートではインバウンド観光関連需要の動向に焦点を当てています。中国での関税率引き上げを受けた転売目的の代理購入業者の減少や人民元安などから、いわゆる「爆買い」は終息に向かっている、と分析しつつ、他方で、近年実施された東南アジア諸国に対するビザ発給要件の緩和からインドネシアやタイからの旅行者が増加傾向にあり、客層が広がっている旨の報告がなされています。同時に、訪問先は都市部から地方へ、また、モノ消費の中心が高額品から比較的安価な日用品へ、あるいは、モノ消費から体験型や交流型観光のコト消費へ、といった流れもリポートされています。

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2016年10月16日 (日)

Kei Nishikori meets Nujabes を聞く!

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Nujabes こと、瀬葉淳の曲を精神集中のために試合前に聞く、とうそぶいたテニス・プレイヤーの錦織圭がコンピレーションしたアルバム Kei Nishikori meets Nujabes を聞きました。今年2016年2月26日にリリースされています。この2月26日というのは瀬葉淳の命日だそうです。2010年に36歳で交通事故により亡くなっています。まず、アルバムの曲の構成は以下の通りです。

  1. Another eflection
  2. Spiritual State
  3. Luv (sic) pt2
  4. The Final View
  5. A day by atmosphere supreme
  6. Luv (sic) pt4
  7. Beat laments the world
  8. City Lights
  9. Luv (Sic)
  10. Horizon
  11. Luv (sic.) pt3
  12. Feather
  13. Searching For You
  14. Spiral
  15. Counting Stars
  16. reflection eternal
  17. After Hanabi -listen to my beats-

錦織は特に6曲目の Luv (sic) Part4 をベストに上げているそうです。もちろん、リラックスするために聞くこともあるんでしょうが、私が特に注目したのは、集中力を高めるために試合前に聞く、という点です。私が従来から主張しているように、音楽を聴くのはリラックスのためもいいんでしょうが、緊張感を高めるという作用も無視できません。この緊張感を高める音楽の例としては従来は軍歌くらいしか思いつかなかったんですが、極めて現代的でとても好ましい例が出来たと、私は勝手に喜んでいます。音楽時代はヒップホップなので、好みによります。ほとんどジャズしか聞かない私にはこの音楽のよさが理解できないかもしれません。
下の動画の最後は2月24日リリースと出ますが、最初に書いた通り、アルバムのリリースは2月26日だということだそうです。

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2016年10月15日 (土)

今週の読書は大いに積み上がって9冊!

今週の読書はもう少しで10冊の大台に乗りかねない9冊でした。3連休で月曜日が休みだった上に、週半ばで年休消化のためにお休みして、かなり時間的な余裕があり、加えて、ブックレットや新書などの薄くてすぐに読み終わる本が3冊もあった点が大量読書につながった気がします。来週は図書館の予約次第ではありますが、もっとペースダウンしたいと強く希望しています。でも、来週も年休消化を試みようかと考えています。

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まず、ジョセフ E. スティグリッツ『ユーロから始まる世界経済の大崩壊』(徳間書店) です。著者はノーベル経済学賞も受賞した著名なエコノミストであるとともに、世銀のチーフエコノミストを務めたこともあり、研究者としてだけでなく実務家の面も有しています。本書の英語の原題はズバリ The EURO であり、今年2016年の出版です。欧州の経済的な停滞が続き、ギリシアのソブリン危機はまだ解決に至らず大幅な景気後退を招き、英国のEU離脱、いわゆるBREXITが国民投票によって決着した後、今年の年央からはドイツ銀行をはじめとする大陸欧州の銀行の健全性が疑問視され、もう欧州は何が起こるか判りません。加えて、来年2017年はフランス大統領選挙、ドイツ総選挙があり、欧州分裂とユーロ瓦解が一気に進む可能性も指摘されていたりします。スティグリッツ教授はユーロ・システムの致命的欠陥を指摘し、歪んだ通貨制度の末路と改革への道を示そうと試みています。細かくて私の理解がはかどらないいくつかのポイントを別にして、ユーロ圏最大の問題は独立した金融政策が運営できないと指摘しています。かつての金本位制と同じ問題です。独立した金融政策が可能であれば、金利と為替の2つの政策手段により、米国の連邦準備制度理事会(FED)と同じように、完全雇用と物価安定の2つの政策目標が達成されるとスティグリッツ教授は考えているようです。私は1985年のプラザ合意以降の円高局面にもかかわらず、まったく我が国の貿易黒字・経常黒字が減らず、米国の体外赤字も縮小しなかった経験から、かなりの弾力性ペシミストになったんですが、為替の力も現在の我が国を見ていると無視できないような気がします。いくつか、頭の回転の鈍い私には理解できなかったポイントもありますが、左派リベラルの経済的な思考を理解する上でも必読の書だという気がします。ここ数年の著書を読んでいると、スティグリッツ教授は、ちょうど50年前くらいのガルブレイス教授に近い存在になったような気がします。

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次に、トーマス H. ダベンポート/ジュリア・カービー『AI時代の勝者と敗者』(日経BP社) です。著者はコンサルタントから研究までこなす男性と編集者の女性の2人で、英語の原題は Only Humans Need Apply、すなわち、カプランの『人間さまお断り』 No Humans Need Apply の逆というわけです。カプランの著書の方は私は図書館予約がまだ巡って来ず、未読のままなんですが、人工知能AIに対して受容の高い姿勢、というか、AIの積極的なビジネス利用の方向を示しており、かなりあからさまにAIの軍事利用まで許容しているとして本書では批判しています。他方、本書では、AIについては拡張的な利用に努め、逆に、本書では「自動化」と称しているんですが、私の用語に従えば、人間労働の代替的な使用を目指す使い方を批判しています。そして、代替的なAI利用を廃して、拡張的な利用に基づく5種類の仕事を示しています。すなわち、自動システムの上を行くステップ・アップ、マシンにはできないステップ・アサイド、ビジネスと技術をつなぐステップ・イン、自動化されることのないステップ・ナロウリー、新システムを生み出すステップ・フォワード、です。このうち、ステップ・アップとステップ・インとステップ・フォワードが少し入り組んでいる印象なんですが、ステップ・インがAIシステムの設計や構築に携わる上級管理職、ステップ・インは企業や組織の自動システムへのニーズとシステムの出来ることを把握してそのギャップを埋めたり、新たなシステム開発をするエンジニア、ステップ・フォワードはコーディングを行うプログラマ、といったのが私の理解です。そして、ステップ・アサイドは自動化されにくい分野の仕事、例えば、非認知能力や非計算能力を必要とする職業です。このひとつにベビー・シッターがあると私は認識しているんですが、まさに、ドラえもんはベビ・シッターの役目をするロボットであり、とても先進的な科学技術の産物であるといえます。最後に、ステップ・ナロウリーとは自動化出来る仕事であるものの、需要が小さいことからコストが見合わなかったりする職業です。本書にはありませんが、私は直感的に、お寺や神社の建築に携わる宮大工さんを想像していしまいました。ということで、本書の内容の紹介だけでスペースを費やしてしまい、感想文がほとんどないんですが、2点だけ指摘しておくと、第1に、本書のp.24から解説されているデスキリングの問題です。本書では、仕事が簡易化すると労働者のスキルが低下する、の両方を指す言葉として「デスキリング」を紹介しています。私はこれは雇用に関してあり得るし、重要なポイントだと認識しています。すなわち、特に現状の日本の雇用について考えるに、非正規雇用として簡易というか、未熟練の雇用ばかりが増加すると、マクロで日本全体の雇用者がデスキリングされて、マクロで生産性が落ちるような懸念があります。第2に、ケインズの「孫たちの経済的可能性」(山形浩生訳はコチラ)に本書でも触れていますが、要するに、労働時間は週30時間にはなっていませんし、今後も労働時間が劇的に短縮される可能性は低そうです。これはまったく私には理解できません。ひょっとしたら、あくまで、ひょっとしたら、なんですが、マルキスト的あるいはシュンペタリアンな意味で資本主義の限界なのかもしれない、と考えないでもありません。根拠はありません。

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次に、ゲルノット・ワグナー/マーティン・ワイツマン『気候変動クライシス』(東洋経済) です。著者は2人とも米国ハーバード大学の研究者なんですが、専門分野が違っていて、ワグナー教授は環境工学、ワインツマン教授は経済学です。英語の原題は Climate Shock であり、昨年2015年に出版されています。地球温暖化をはじめとして気候変動のショックを解説し、その対策を考察しています。その昔にゴア元副大統領が『不都合な真実』 An Inconvenient Truth を出版しましたが、印象としてはかなり似通っています。ハーバード大学の研究者だからといって、それほど論理的というか、学術的な仕上がりになっているわけではありません。いろいろな論点があるんですが、気候変動問題への対処について著者の提案は炭素税に尽きます。1トン当たり40ドルという具体的な数字も出しています。そして、私が不思議に受け止めたのは、不勉強だから知らないだけかもしれませんが、ゲオエンジニアリングに対する警戒感をにじませています。ゲオエンジニアリングとは、成層圏に硫黄ベースの微粒子を注入して太陽光を跳ね返す、というのがもっとも大規模なもので、そうでなくても、屋根を白く塗るとか、であり、ピナツボ火山が噴火した際の火山灰により太陽光が遮蔽された経験に基づくようです。誠に不勉強ながら、私はこういった議論があることすら知りませんでした。エコノミスト的な議論としては、将来に渡る気候変動ダメージの分布がファットテールであれば、現在価値に引き直す割引率をどうとってもかなり大きなダメージと認識される、とかでしたが、何といっても私の印象に残ったのは、個々人が気候変動問題に関して何らかの正しい行動を取る必要性を強調していることです。第7章で取り上げていて、「重要なのは正しい行動をするということ」(p.202)と指摘しています。先週の読書感想文で橘木先生の格差論に私が意義を申し立てたのは、格差を是正するのは正義の観点から必要、ということでしたが、まったく同様に、地球温暖化や気候変動に対応するのは、それだけではないにしても、正義の問題なんだと私は認識しています。もちろん、正義の問題だけでなく、大いに効率の問題でもあることは認めますが、サンデル教授の本にあるように、1人を助けるか5人を助けるか、といった難しい議論ではなく、地球環境問題や気候変動問題を解決するのは人類としての正義であり、正しい行いで対応する必要があると私は考えています。

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次に、フレッド・ピアス『外来種は本当に悪者か?』(草思社) です。著者は環境、科学、開発などを専門とするジャーナリストです。本書の英語の原題は The New Wild であり、昨年2015年の出版です。本書の主張はとてもクリアで、在来種を残すために外来種を駆逐するのが正しい生態系保護かどうかを強く問うています。従来は、侵入してくる外来種を「敵」とみなし、外来種を根絶して自然をもとに戻すことを大目標としていた環境保全のあり方に警鐘を鳴らしているわけです。著者がジャーナリストなものですから、膨大な生態系保護や環境保全などに関する事実関係を本書に詰め込んでおり、私のような専門外のエコノミストにはすべてを理解する能力はないんですが、少なくとも、自然の生態系とか環境とかは、決して静学的な状態にあるわけではなく動学的、すなわち、ダイナミックに変化しており、加えて、氷河期などの気候変動も変化を生じさせるひとつの要因となっている上に、大昔よりも現代ではその変化のスピードがかなり速くなっているではなかろうか、ということは理解しているつもりです。ということで、本書は外来種を単純な「悪者」に見立てるのではなく、例えば、本書冒頭では、南大西洋のアセンション島グリーン山はかつてはだか山だったが、外来種が持ち込まれてうっそうと生い茂る雲霧林を形成しているという事実から始まって、また、本書では、外来種の侵入が原因で在来種が危機に陥った、あるいは、絶滅した、と主張されている多くの例で、実は、外来種の侵入以前から環境変化が生じており、外来種は「悪者」ではない、という可能性を示しているわけです。そして同様に、いくつかなされた外来種の侵入に対する経済損失の試算に対しても疑問を呈しています。具体的には、ガラパゴス諸島に例を取るまでもなく、孤島の生態系は外来種の絶好のカモだという思い込みには根強いものがあえいますが、島嶼グループを対象にした調査では在来種に重大な影響を及ぼしたものはほんのひと握りで、ほとんどの外来種は多様性を高め生態系を豊かにしていたという事実を、著者は、オーストラリア、ヴィクトリア湖、エリー湖などの実例を丹念に検証し、思い込みとは逆に、人間が破壊した環境に外来種が入り込み、むしろ自然の回復を手助けしている例も少なくないと結論しています。人間の現状維持バイアスに基づいて、時計の針を逆回しにするような自然保護観を転換させてくれることは間違いありません。新聞などでも私の見る限り好意的な書評が少なくないような気がします。以下の通りです。

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次に、スコット・リチャード・ショー『昆虫は最強の生物である』(河出書房新社) です。著者はハーバード大学に在籍していた時にウィルソン教授やグールド教授などの生物学の大先生から薫陶を受け、いまではワイオミング大学の研究者であるとともに、昆虫博物館のキュレータを務めています。要するに、世界を股にかけて昆虫を集めて回っているわけです。英語の原題は Planet of the Bugs であり、「昆虫」に限らず虫を対象としています。2014年の出版です。口絵のカラー写真も美しく、本文中にもモノクロながら、とてもワクワクするような写真を満載しています。p.176のヘラクレスオオカブトなんて、我が家の子供達がその昔にムシキングに夢中だったころに聞いた覚えがある、と思い出したりしてしまいました。ということで、本書では4-5億年の昆虫の進化の歴史を追っています。有名な三葉虫なんかも出てきます。冒頭は、いわゆるスノーボール・アースの後の「カンブリア爆発」と称される生物多様性が一気に「爆発」して、生物分類上の門が激増した時期から話が始まります。植物は別にしても、当然、水生の動物から始まり、著者独自の見解として、海岸線から陸上に進出したのは植物よりも動物の方が早かった、と主張します。このあたりはやや手前味噌な気がしないでもないんですが、我々が生物進化を考えると、これまた手前味噌で、ついつい脊椎動物ないし哺乳類中心の進化史観になってしまいますところ、著者のような昆虫好きの学者さんからすれば、本書の原題の通り、地球は虫の星であり、極めて多種多様な虫が繁栄を謳歌しているようにみえるんだろうという気がしますし、それはその通りなんだろうと思います。変態や擬態、寄生、社会性など、驚くべき形態や生態をもつ理由を示し、進化を押し進め、あらゆる生命を支える昆虫の驚異の世界を明らかにする、かつてない進化の物語といえます。最後に、後記の中で、英国の生物学者であるホールデンの言葉を引いて、生物という神の創造物の研究から、神は並外れた甲虫好きだったと指摘するなど、ユーモアのセンスにあふれ学術的にも一定の水準をクリアし、それでも一般読者に判りやすい良書といえます。

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次に、上杉聰『日本会議とは何か』(合同ブックレット) です。著者はどういう人かよく判らないんですが、少なくとも改憲に賛成したり、日本会議を支持するサイドではなさそうです。ということで、またまた日本会議の研究本です。いくつかの同種の本を共通して、日本会議の改憲志向に警戒感を露わにし、その宗教的な組織に対して嫌悪感を隠そうとはしていません。元号法制化の運動の成功が日本会議結成のきっかけという点も共通しています。ただ、私の目から鱗が落ちたのは、安倍内閣で推し進めた18歳選挙権なんですが、これは世界で徴兵制をしいている国の多くが18歳で兵役義務を課しているから、というのが理由だと本書では指摘しています。まったく私は知りませんでした。ただ、私も官庁街に勤務するキャリアの国家公務員ですから、国会議事堂や総理大臣官邸の近くを通ることもあり、日比谷公園から国会へのデモ行進の通り道にも我がオフィスは面しており、少なくとも私の観察する限りで、いわゆる左派はかなり年齢のいった団塊の世代などが中心であるのに対して、いわゆる右派の方が年齢的にはグッと若いのは実感しています。ただし、私は大久保通りに面した統計局に勤務した経験もありますが、幸か不幸か、いわゆるヘイト・スピーチのデモを目撃したことはありませんから、ヘイト・スピーチをするようなネトウヨ的な人々がどんな年齢層なのかは実感がありません。それから、例の教科書問題などでも、右派的な教科書を採用する自治体が大阪府に多いらしく、特に東大阪に最大の日本会議の支部があると本書で明らかにしています。私は中学高校と6年間の長きに渡って奈良に通った経験があり、菊水会の本部が奈良にあるのは知っていますし、改憲に賛成している維新の会が大阪で根強い支持を得ているという情報にも接しています。東大阪あたりにも友人が何人かいて、高校時代の同級生のうちフェイスブックでつながっているうちの1人は布施の近くの出身だったように記憶しているんですが、東大阪がそういう地域だったとは知りませんでした。18歳選挙権と東大阪情報以外は、特に目新しい点はなかったかもしれません。

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次に、今野敏『去就』(新潮社) です。今週の読書で唯一の小説、フィクションです。人気作家の隠蔽捜査シリーズ第6弾です。警視庁大森所長の竜崎と警視庁刑事部長の伊丹を主人公とするシリーズです。私はこのシリーズはすべて読んでいると思っていたんですが、改めて調べるとシリーズ5.5の短編集『自覚』は読んでいませんでした。2014年の出版で、今の時点では多くの図書館で借りられるようですので、そのうちに読んでおきたいと思います。ということで、昨今の犯罪で注目されるストーカー事件になぞらえた作品です。すなわち、竜崎が署長を務める大森署管内で女性の連れ去り事件が発生し、さらに、その関係者が死体で発見されるという殺人事件が勃発します。同時進行形で、竜崎の家庭でも娘と婚約者の間がギクシャクして、婚約者が娘に対してストーカーまがいの行動に出たりと、私的な騒動も発生してしまいます。殺人事件から立てこもり事件に進んだ件に関しては、ストーカーによる犯行が濃厚になる中、捜査の過程で竜崎は新任の上役である方面本部長と対立してしまいます。キャリアで刑事畑の竜崎に対して、新任の方面本部長はノンキャリで警備畑と、いかにもありそうな設定なんですが、指揮命令系統に関して問題が発生し、上の表紙画像にある通り、またまた、竜崎が監察にかけられ処分か懲罰人事か、というピンチも最後に発生したりして、予想不能の事態が公私に続発してしまいます。なかなかスピード感があって、いつもの通り、一気に読ませるんですが、竜崎については相変わらずの合理主義者で、虚礼やムダを廃した態度で自らの信念を貫いて、まあ、一面では警察官らしからぬ捜査に臨みます。大森署の戸高刑事も相変わらずの傍若無人振りを発揮しつつ、実力を発揮して大きな手柄を立てたりもします。逆に、この作品では警視庁刑事部長である伊丹の登場する場面があまりなく、刑事畑vs警備畑の対立の中で、当然ながら刑事部長として前者の立場を強調したりするだけで、熱心に現場に臨場する割りには、捜査の方には特に存在感を示せずに終わったんではないかという気もします。なお、ミステリですから詳しくは書きませんが、作品中で竜崎をはじめとする登場人物たちが指摘したりもするところ、この隠蔽操作シリーズ第2弾の『果断』と同じ立てこもりで、犯人側と被害者側がホントはどうなっているのかがキーポイントになります。少しジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライムのシリーズとは違いますが、それなりのどんでん返しのツイストの作品です。また、私の勝手な観点ですが、竜崎署長と第2方面本部の野間崎管理官との人間関係がシリーズ1作ごとに改善していく、というか、野間崎が竜崎の味方になって行くのが面白く読めます。

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次に、ヴァレリー・アファナシエフ『ピアニストは語る』(講談社現代新書) です。クラシック音楽界の鬼才ピアニストとして存在感を示しているヴァレリー・アファナシエフのインタビュー本です。対談者は音楽評論家・ライターの青澤隆明です。対談場所は、東京目白の松尾芭蕉ゆかりの日本庭園である蕉雨園で、昨年2015年にアファナシエフ来日の際に行われています。アファナシエフにはいくつか著書もあるんですが、これまでの人生と芸術を振り返った貴重な証言の書籍化なのかもしれません。ただ、ページ数の過半はソ連時代の修行期のお話を無理に聞き出したきらいがあり、冒頭にアファナシエフはソ連時代のことを話すのを嫌がっている印象なんですが、当時のソ連から西側に亡命したピアニストですから、どこまで真実なのか脚色されているのかは不明です。それよりも、p.228からわずか2ページで終っているピアノという楽器についてとか、あるいは、フルトヴェングラーやカラヤンなどの指揮者だけでなく、ほかの楽器の演奏者などについても語らせて欲しかった気がします。私もピアノをやっていたことがありますが、ピアノだけは楽器の中でも独特の立場に置かれている印象があり、例えば、ヴァイオリンなどは自分の愛器を持って運べて、コンサートなどではそれを演奏しますが、ピアノだけはそこにある楽器を演奏しなければなりません。それでも音色に演奏者の個性が出ます。クラシックではないんですが、例えば、ジャズのピアニストではチック・コリアが明らかに硬い音を出すのに対して、キース・ジャレットは柔らかい音色です。そして、チューニングは他人に任せます。『羊と鋼の森』の世界です。ですから、本書でも、曲に対するひらめきのようなものが生じる機会があって、それは練習中ではなくコンサートの演奏の場合が多い、とアファナシエフが語っているのは理解できる気がします。また、ほかの楽器では純粋にソロで演奏する機会は少ない、もちろん、少ないだけで、ヨーヨーマなどはコダーイの無伴奏曲をレコーディングしていたりしますが、ピアノは他の楽器に比べてソロの演奏がかなり多い気もします。お子さんのピアノ教室の発表会などもそうではないでしょうか。私自身もピアノに対するそれなりの思い入れはあるんですが、それを長々と書き止めるのもなんだという気がしますので、最後に、アファナシエフの演奏はベートーヴェンしか聞いたことがありません。どちらかといえば、アファナシエフよりもフリードリッヒ・グルダのベートーヴェン演奏の方が私には心地よく聞けた気がします。

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最後に、辻田真佐憲『大本営発表』(幻冬舎新書) です。著者はよく判りません。著述業ということらしいです。本書はタイトル通りに、現在ではデタラメと捏造情報の代名詞となった「大本営発表」について歴史的な情報を集めています。冒頭の数字を紹介すると、大本営発表では日本軍は連合軍の戦艦を43隻沈め、空母も84隻沈めたと公表したそうですが、実際には戦艦4隻と空母11隻に過ぎなかったそうです。逆に、日本軍のダメージは戦艦8隻が3隻に、空母19隻が4隻に、それぞれ圧縮されているそうです。ただ、本書でも指摘されている通り、その当時の日本のジャーナリズムも戦果を報じれば新聞の部数が伸びるなど、単なる時局便乗ビジネスに過ぎなかったという面があり、本書では指摘されていませんが、当時の日本人のレベルがそんなもんだったという点も見逃せません。もっとも、さすがに民度の低い国民でも戦争半ば辺りから事実に気づきはじめ、さらに、戦争終盤には本土の空襲が始まりましたから、外地の前線の情報までは入手できない国民にも、目の前の空襲の被害は明らかなわけで、でたらめ情報を流す大本営もごまかしようがなかったかもしれません。ほかにも、お決まりの陸軍と海軍の対立、さらに、高松宮が大本営発表について「でたらめ」と「ねつぞう」である、などと日記に書いているとか、興味深い事実も発掘されています。また、本書で実に的確に指摘しているように、大本営がデタラメな発表を繰り返していたのは、情報の軽視、インテリジェンスの軽視であり、それは一貫して日本軍の姿勢であり、敗戦につながるひとつの要因であった点もその通りかという気がします。でも、先の戦争で米国などの連合軍に勝っていたりしたら、ベトナムなんかとは違って、我が国の場合、もっと悲惨な国になっていた可能性もあるんではないかという気もします。強くします。

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2016年10月14日 (金)

国際商品市況の石油価格に連動して下落幅を縮小させる企業物価をどう見るか?

本日、日銀から9月の企業物価(PPI)が公表されています。ヘッドラインの国内物価上昇率は前年同月比で▲3.2%の下落を示しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

9月の企業物価指数、前年比3.2%下落
前月比は横ばい

日銀が14日に発表した9月の国内企業物価指数(2010年平均=100)は98.8で、前年同月比で3.2%下落した。前年比で下落するのは18カ月連続。下げ幅は4カ月連続で縮小し、15年7月以来の小ささとなった。原油などの国際商品市況の持ち直しや円高の一服を受け、下げ幅は縮小傾向にある。
前月比では横ばいだった。鶏卵などの農林水産物の価格が上昇した一方で、液化天然ガス(LNG)の下落を受けて電力価格が下落した。8月確報値は前月比で0.3%の下落だった。
円ベースの輸出物価は前月比で0.4%上昇、前年同月比で11.8%下落した。輸入物価は前月比で1.0%上昇し、前年比では17.7%下げた。円高や国際商品市況の悪化が円ベースでの価格を押し下げる状況が輸出入物価においても一服しつつある。
企業物価指数は企業同士で売買するモノの価格動向を示す。公表している814品目のうち前年同月比で下落したのは518品目、上昇は214品目だった。下落品目と上昇品目の差は304品目で、8月の確報値(316品目)から縮小した。日銀は「国際商品市況や為替の円高が価格に与える影響を引き続き注視していく」とした。

いつもながら、よく取りまとめられた記事だという気がします。次に、企業物価(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。上のパネから順に、は国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率、需要段階別の上昇率、最後に、輸入物価のうちの円建て原油価格指数を、それぞれプロットしています。上の2つのペネルで影をつけた部分は、景気後退期を示しています。

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企業物価(PPI)のヘッドライン国内物価の前年同月比上昇率を見ると、直近では今年2016年5月の▲4.4%下落を底として、先月8月統計では▲3.6%下落、そして9月統計では▲3.2%下落と、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスにピッタリとジャストミートし、下落幅はゆっくりと縮小に向かっているように見えます。大きな要因は国際商品市況における石油価格の下げ止まりなんですが、我が国については為替の円高方向への振れもあって、なかなか石油価格下落の影響が抜け切りません。上のグラフの中の一番下の円建ての石油輸入価格の推移については、今年2016年3月には▲48.1%に達していた前年同月比の下落率が、徐々に下げ幅を縮小して、8月▲36.6%に続いて9月▲21.5%まで下げ幅は半減しています。加えて、OPECで減産合意に達し、ドル建ての石油価格はハッキリと上昇に転じており、1バレル50ドルを越えつつあります。基本は、物価は日銀のインフレ目標に沿う形で上昇に転じる方向にあると私は考えていますが、日銀の金融政策がどうであれ、マネーサプライをターゲットにしようと、金利をターゲットにしようと、日本国内の物価の感応度は低く、もはや、石油価格頼みの物価となっているのかもしれません。ということで、いくつかちょうだいしているシンクタンクや金融機関からのニューズレターの中には、試算結果として、「原油相場1バレル45ドル、為替相場1ドル105円の水準で横ばいが続けば、コアCPIが下落から上昇へ転じるのは来年初頃」との結果を示したのもありました。気長に待つしかないような気がしないでもありません。

ただし、今月発表された統計について1点だけ気がかりなのは、農林水産物が先月統計から前月比でも前年同月比でも約+1%のかなりの上昇を示している点です。食料品価格の上昇につながりかねない動きなのではないか、という気もします。

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2016年10月13日 (木)

ノーベル文学賞はボブ・ディランが受賞!

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今年のノーベル文学賞はボブ・ディランに授賞されました。音楽の作詞家ということで、めずらしい受賞かもしれません。来年こそ村上春樹に期待します。でも、70歳を超えないとダメなのかもしれません。

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帝国データバンクによる「イギリスのEU離脱に関する企業への影響調査」の結果やいかに?

とても旧聞に属する話題かもしれませんが、帝国データバンクから9月14日付けで「イギリスのEU離脱に関する企業への影響調査」の結果が明らかにされています。シルバー・ウィークに遅れて取った夏休みや何やですっかり見逃していました。まず、リポートから調査結果(要旨)を3点引用すると以下の通りです。

調査結果(要旨)
  1. 現在、企業の9.2%がイギリスまたは欧州連合(EU)加盟国に進出。販売拠点や現地法人の設立など直接的な進出は1.9%だった一方、業務提携や輸出入など間接的な進出は7.5%。規模別では、大企業ほど直接進出する傾向が高い。業界別では、『製造』『卸売』が上位を占めるが、直接進出では『金融』がトップ
  2. 進出先では、「ドイツ」が35.9%でトップ、次いで「イギリス」が31.5%、「フランス」(23.3%)、「イタリア」(21.4%)が続く。進出企業のうち、検討・予定している移転先では「アジア地域」が2.9%で最も高い。次いで「EU域内(具体的な移転先は未定)」が1.6%、「イタリア」が1.5%で続く。とりわけ、現在イギリスに直接進出している企業では、「EU域内(具体的な移転先は未定)」が7.7%で最も高く、「ドイツ」「フランス」「アジア地域」「北米・中南米地域」が同率の3.8%で続き、「EU域内」を検討・予定している企業は合計12.8%
  3. 企業の51.3%がイギリスのEU離脱で日本経済に「マイナスの影響がある」と認識。自社の企業活動に対しては、「影響はない」が62.6%と最多で、「マイナスの影響がある」は9.4%にとどまるが、イギリスに直接進出している企業では46.2%がマイナス影響を懸念

まあ、どうしても長くなりがちで、これでほぼすべてを言い尽くしているような気がしないでもないんですが、少しタイミングを失したこともあり、リポートからグラフを引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、リポートから イギリスまたはEU加盟国への進出状況 のグラフを引用すると上の通りです。直接進出の海外事業内容をみると、支社・支店などを含む販売拠点がもっとも多く、現地法人の設立、生産拠点、資本提携の順となっています。他方、間接進出では、商社や取引先などを経由した間接輸出入や直接輸出入が中心となっていますが、何といっても進出していないが87.9%を占めています。そして、上のグラフにある通り、規模別には大きな規模ほど英国やEUへの進出を果たしており、業種別には製造、卸売、小売の順ですが、直接進出に限れば金融がトップになります。何となく判る気もします。

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まず、リポートから イギリスのEU離脱が与える影響 のグラフを引用すると上の通りです。大雑把にいって、自社が英国に進出していなければ、これは先のパラで触れた通り90%近くに達しますが、自社にも自社の属する業界にも影響はあまりないものの、日本経済にはマイナスの影響がある、というマインドのようです。マイクロの最適化行動とマクロの合算値に不整合があるような気がしないでもありませんが、マインドとはそうしたものかもしれません。なお、少ないながらBREXITはむしろプラスの影響との回答もありますが、具体的には、「イギリスのEU離脱によるポンド安は当社にとっては追い風」といった為替を通じたプラスの評価のようです。まあ、それはそれで、そうかもしれません。

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2016年10月12日 (水)

3か月振りに前月比マイナスを記録した機械受注の先行きを考える!

本日、内閣府から8月の機械受注が公表されています。変動の激しい船舶と電力を除くコア機械受注の季節調整済みの系列で見て、前月から▲2.2%減の8725億円を記録しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

機械受注2.2%減 8月、3カ月ぶり落ち込む 基調判断据え置き
内閣府が12日発表した8月の機械受注統計によると、民間設備投資の先行指標とされる「船舶・電力を除く民需」の受注額(季節調整値)は前月比2.2%減の8725億円だった。QUICKが事前にまとめた民間予測(5.5%減)ほど落ち込まなかったが、3カ月ぶりに減少した。内閣府は機械受注の基調判断を「持ち直しの動きがみられる」に据え置いた。
製造業の受注額は4.0%減の3531億円と3カ月ぶりに減った。7月に大型案件があった鉄鋼業が62.3%落ち込んだ。前月に大きく伸びた化学工業は31.7%減、金属製品も52.3%減と反動が出た。
非製造業は5149億円と1.9%落ち込んだ。減少は3カ月ぶり。前月にネットワーク機器の更新・修繕需要が旺盛だった通信業が振るわず、農林漁業も低迷した。
前年同月比での「船舶、電力を除く民需」受注額(原数値)は11.6%増加した。
内閣府は民間企業の設備投資の先行きを示す「船舶・電力を除く民需」の7-9月期は前期比5.2%増を見込んでいるが、9月の実績が前月比横ばいにとどまっても7-9月期は8.5%増になる。「8月は減少したが、堅調に推移している」(景気統計部)という。

いつもながら、よく取りまとめられた記事だという気がします。次に、機械受注のグラフは以下の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影をつけた部分は景気後退期を示しています。

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船舶と電力を除くコア機械受注の季節調整済みの系列は前月比で▲2.2%減を示しましたが、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは▲5.5%減でしたから、3か月振りの減少とはいえ、反動減による落ち込みは小さく、上のグラフの上のパネルに見る通り、もともとが季節調整しようが、その季節調整済みの系列を移動平均しようが、かなり変動の大きい統計ですので、基調としては、統計作成官庁である内閣府の判断の通り、「持ち直しの動き」ということになるんだろうという気がします。ということは、ほぼ設備投資も先送りが終息して下げ止まって、この先、投資の拡大局面に向かう可能性が高まったと私は理解しています。コア機械受注の先行指標となっている外需についても、海外経済の動向などから、ほぼ底入れしていると考えるべきであり、投資の先行きは緩やかな増加基調と私は考えています。しかし、最大のリスクは為替です。現状では日銀の金融政策に支えられ、米国の金利引上げが先送りされているにもかかわらず、何とか円高が一服している印象ですが、海外ショックか国内ショックか、何が原因になるか私のは想像も出来ませんが、何らかの要因で為替が円高に振れると再び投資に対するマインドが、企業収益のチャンネルを通じて、マイナスの影響を受ける気がします。逆に、米国が順調に利上げに進めば円安に振れる可能性もあり、何らかの原因で円安が進めば投資の増加のピッチが速まる可能性もあります。その意味で、為替リスクは下方だけでなく上下どちらにも確認されます。

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2016年10月11日 (火)

季節要因で悪化に見える景気ウオッチャーと黒字を続ける経常収支!

本日、内閣府から9月の景気ウォッチャーが、また、財務省から8月の経常収支が、それぞれ公表されています。季節調整していない系列で見て、景気ウォッチャーの現状判断DIは前月から▲0.8ポイント悪化して44.8を、また、先行き判断DIは+1.1ポイント上昇して48.5をそれぞれ記録し、経常収支は2兆8億円の黒字を計上しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

9月の街角景気、現状判断指数は3カ月ぶり悪化
内閣府が11日発表した9月の景気ウオッチャー調査(街角景気)によると、街角の景気実感を示す現状判断指数は44.8で、前月比0.8ポイント低下(悪化)した。悪化は3カ月ぶり。
2-3カ月後を占う先行き判断指数は48.5で、1.1ポイント上昇した。改善は3カ月連続。家計動向と企業動向、および雇用関連が改善した。
内閣府は基調判断を「持ち直しの動きがみられる」で据え置いた。
8月の経常収支、2兆8億円の黒字 対外直接投資は10年半ぶり赤字
財務省が11日発表した8月の国際収支状況(速報)によると、海外との総合的な取引状況を示す経常収支は2兆8億円の黒字だった。前年同期に比べて3759億円黒字幅を拡大した。黒字は26カ月連続。原油安を背景に貿易収支が改善したことが寄与した。
貿易収支は2432億円の黒字で、前年同月(3292億円の赤字)から大幅に改善。原油や液化天然ガス(LNG)などの燃料価格が下落し、輸入額が5兆587億円と18.3%減少した。円高進行も外貨建ての輸入額の減少につながった。自動車や鉄鋼などを中心に輸出額も5兆3019億円と9.6%減少したが、輸入の落ち込みの方が大きかった。
サービス収支は525億円の赤字(前年同期は421億円の黒字)だった。通信関連の支払いで「その他サービス収支」が悪化。出国日本人数が増えたことで旅行収支も黒字幅が縮小した。
第1次所得収支は1兆9853億円の黒字と前年同月に比べて565億円黒字幅を縮小した。円高で証券投資などの収益が目減りした。
対外直接投資は1兆4072億円の赤字だった。赤字になるのは2006年2月(952億円の赤字)以来10年6カ月ぶり。企業による海外子会社における株式資産の売却などが影響した。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。でも、2つの統計を並べるとどうしても長くなってしまいがちです。続いて、景気ウォッチャーのグラフは下の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしています。いずれも季節調整済みの系列です。色分けは凡例の通りです。また、影をつけた部分はいずれも景気後退期です。

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少しややこしいんですが、季節調整していない原系列の統計で見ると、9月は現状判断DIが低下したものの、先行き判断DIは上昇しています。でも、季節調整値で見ると、上のグラフの通り、現状判断DIは前月比+0.3ポイント上昇の46.3、先行き判断DIも+0.7ポイント上昇の49.6と、いずれも上昇を示しています。軽く考えると、原系列の統計では季節要因により低下した、といえるかもしれません。ですから、統計作成官庁である内閣府でも基調判断は「持ち直しの動き」で据え置いています。季節調整しない原系列のデータについては、9月がかなり天候要因が芳しくなかった点も考慮する必要があるかもしれないため、いずれにせよ、見た目ほど景気ウォッチャーは悪化しておらず、先行き判断DIは原系列・季節調整済み系列とも上昇を示していることから、先行きのマインドも悪くないと考えてよさそうです。毎月勤労統計に見る実質賃金も上昇を示し、正規職員も増加を示し始めていますので、景気ウォッチャーでも雇用関連は堅調に推移しており、マインドも底堅いと評価すべきです。

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次に、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。色分けは凡例の通りです。上のグラフは季節調整済みの系列をプロットしている一方で、引用した記事は季節調整していない原系列の統計に基づいているため、少し印象が異なるかもしれませんが、経常収支についてもかなり震災前の水準に戻りつつある、と私は受け止めています。ただし、引用した記事にもある通り、経常黒字の背景は国際商品市況における石油価格低下であり、場合によっては、石油価格の動向という不透明な要因支えられていることは忘れるべきではありません。もちろん、為替要因についても円高の進行が企業収益だけでなく、対外バランスに及ぼす影響は無視できません。

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2016年10月10日 (月)

ノーベル経済学賞の受賞者が発表される!

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日本時間の本夕、ノーベル経済学賞が米国ハーバード大学のオリバー・ハート教授と同じく米国のマサチューセッツ工科大学のベント・ホルムストロム教授に授賞されるとの発表がありました。授賞理由は「契約理論への貢献」だそうです。まったく私の専門外で、よく判りませんが、速報性を重視して取り上げておきます。
Oliver Hart and Bengt Holmström "for their contributions to contract theory."

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気象協会の紅葉情報ほか、最近の雑感など!

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先週10月5日に日本気象協会から紅葉の見ごろ情報が発表されています。上の画像の通りです。10月中に北海道から始まるモミジ前線は11月に入って本州に南下し、東京周辺に達するのは11月末から12月に入ったころでしょうか。
ということで、この3連休の雑感です。まず、土曜日からデーゲームでセパ両リーグの日本シリーズ出場チームを決めるクライマックス・シリーズが始まりました。我が阪神タイガースが出ていませんので、基本的に、ほとんど興味はないんですが、それでもネットやテレビのスポーツ・ニュースなどでフォローはしています。パではソフトバンクが勝ち上がった一方で、セは今日決まります。でも、セはどちらが勝ち上がっても、結局は広島が日本シリーズに出るんではないかと私は予想しています。パは最後の最後までレギュラー・シーアウンの優勝を日本ハムとソフトバンクが競り合っていましたから、この両チームによるファイナル・ステージはどちらに転ぶかは判りません。
この3連休はお天気がスッキリせず、それでも、私は図書館を回る必要があって土日と自転車で出かけたんですが、収穫もありました。都道445号線沿いに、少し前までイズミヤだったところがイオン・スタイルに衣替えして、1階に広いフードコートが出来ていて、雨宿りのために入ってみました。私がよく参照しているブログでは、「こんな田舎に、やたらとハイセンスな…」といった旨の紹介があったんですが、なかなか快適でした。コーラフロートを頼んで、雨が止むまで2時間ほど読書して過ごしました。
ちょっと出かける予定があり、板橋の高島平通りを自転車で走りました。私のホームグランドの官庁街である霞が関から総理大臣官邸のある永田町あたりも同じで、イチョウの街路樹が植えてあるんですが、そろそろイチョウの木から銀杏が落ち始めています。その匂いに好き嫌いはあるとは思うんですが、季節を感じます。今年はなぜかクールビズが9月いっぱいだったんですが、10月に入って雨ばっかりで天候が冴えないせいもありますが、スンナリと長袖に移行したような気もします。

9月の誕生日で歳を取り、いよいよアラ還というよりも還暦そのものに近づきましたが、定年まで残り少ない公務員生活を充実させたいと考えています。今夕のノーベル経済学賞の発表が楽しみです。

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2016年10月 9日 (日)

先週の読書は経済書を中心に教養書や小説や新書も含めて計8冊!

先週は、経済書を始めとして、教養書や小説や新書も含めて、以下の通りの計8冊です。まだまだ多いように見えますが、米国雇用統計で1日読書感想文がずれて、しかも、新書が2冊含まれていますので、何となく少しペースダウンしたような気になっています。この3連休で図書館を回って、来週も大量に読みそうな予感がしています。

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まず、クライド・プレストウィッツ『近未来シミュレーション2050日本復活』(東洋経済) です。英語の原題は邦訳そのままで Japan Restored です。著者は米国のコンサルタントですが、長らく国務省や商務省などの米国政府で勤務しており、いわゆる日米貿易摩擦の際には対日本交渉担当官を務めたこともあります。その著者が、35年くらい先の日本について近未来シミュレーションを行い、日本復活の可能性を示唆しています。現時点から考えると来年の2017年に、パクス・アメリカーナの終焉やアベノミクスの失敗から、日本は大きな危機に陥り、特命日本再生委員会が組織され大改革が始まる、というストーリーです。現実とシミュレーション結果が書き分けられておらず、なかなか、戸惑う部分も少なくないんですが、その改革キーポイントは何点かあり章別に書き連ねると、まず、パクス・パシフィカとして米国のプレゼンスなき後に安全保障政策が転換されます。ここは私の専門外ですのでパスします。そして、第4章では女性の活躍をクローズアップし、第5章では英語習得による日本のバイリンガル化、第6章でイノベーションの活発化、特に破壊的イノベーションの隆盛、第7章で再生可能エネルギーを含め送配電部門の改革によるエネルギー面での独立、第8章でコーポレート・ガバナンスや労使関係などで日本株式会社のリニューアル、第9章でインサイダー重視の旧来の体制から農業や医療分野で自由な競争を展開する社会への脱皮、最後に中央集権的な官尊民卑の現地方自治制度の分権化などなど、縦横無尽に日本活性化のためのシーズが展開されています。とても興味深く、どこまで実現可能か疑問に思わないでもありませんが、こういった改革が出来なかったからこそ現在の日本になっている気もしますし、ひとつの参考意見としては目を見張るアイデアではなく、普通にどこかで誰かがいっているような改革案ばっかりを並べていますので、それが実行されるかされないかが問題なのだろうという気もします。

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次に、白井さゆり『超金融緩和からの脱却』(日本経済新聞出版社) です。著者は今春まで日銀審議委員を務めていたエコノミストです。でも、ホントは金融論のご専門ではなく、開発経済学を専門として国際通貨基金(IMF)に勤務していたりしたエコノミストで、私も政府開発援助(ODA)に関する会合でお見かけしたことがあったりしました。私は本書はタイトルが少しおかしいと考えているんですが、少なくともタイトルに合致した内容ではありませんから、それほど気にする必要はないのかもしれません。むしろ、売れそうなタイトルにしたというのがホントのところなのかもしれません。まず、タイトルについて、私は超金融緩和からの脱却、ということになれば、米国や欧州はともかく、我が国についてはデフレからの脱却と、少しタイムラグはある可能性は否定しないものの、ほぼほぼ同義だと感じています。ということで、本書はとてもバランスよく著者の勤務時の日銀金融政策について取りまとめています。ひょとしたら、日銀事務局からの説明メモをそのまま編集すれば、こんなカンジなのではないかと思ってみたりしないでもないんですが、ここまできちんと編集して取りまとめることが出来るのも立派な能力だろうという気がします。日銀公式見解通りとはいえ、そのまま標準的な経済学の理解に基づいていますので、人口動態の物価への影響を疑問視したり(p.48)、日銀が目標としているのは生鮮食品を除くコアCPIではなく、ヘッドラインCPIであると確認したり(p.54)、我が国のMRFや米国のMMFなどについても低金利化での元本割れのリスクを指摘したり(p.154)、とても目配りが行き届いています。特に、最近話題のヘリコプターマネーについては、フリードマン教授の議論を引いて、p.254からていねいに、1回限り、中銀バランスシートの拡大は永続的、中銀による無利子に永久債の買いオペ、の3点を指摘し、需要創造の可能性を示唆しています。ただ、それだけに、惜しむらくは著者自身の主張がまったくではないにしても、あまり見られません。繰り返しになりますが、事務局から日銀審議委員への説明メモをていねいに編集すれば本書が出来上がる、ということなのかもしれません。

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次に、ポール・オイヤー『オンラインデートで学ぶ経済学』(NTT出版) です。英語の原題は邦訳に近くて、Everything I ever Needed to Know about Economics I Learned from Online Dating となっています。著者はスタンフォード大学の研究者ですが、エコノミストというよりも、ビジネス・スクールの教授ですので、経営学系の研究が中心ではないかと私は想像しています。その著者がオンラインデートのサイトに登録して実際にデートしたり、いろいろと経済学的な考察をめぐらしています。すなわち、雇用研究でノーベル経済学賞受賞者も出たサーチ理論から、オンラインデート市場におけるサーチ・コストの問題を論じ、オンラインデートに限らず、ついつい身長は高めに体重は低めに申告するバイアスを含めて、軽く自己を偽るチープトークを取り上げ、フェイスブックなどのSNSに典型的に見られるようなネットワーク外部性がオンラインデートにも観察される点を解説し、チープトークではなく行動や属性で自己を表現するシグナリングの例を示し、特定の人物的な属性において、いわゆるステレオ・タイプとして統計的差別が生じる場合を考察し、厚い市場の利点と薄い市場の長所短所について論じ、情報の非対称性によるレモンの市場の出現や逆選択による市場の不成立を考え、同僚や交際範囲に同じタイプの人物が多い正の同類交配を提示し、教育の結果とルックスのよさは報われるという能力や属性の観点を説いています。オンラインデートといえば、米国では男女のマッチングのひとつのあり方として一定の地歩を占めているように聞き及んでいますが、我が国ではまだまだ「出会い系」や「援助交際」との連想に基づいて、一定の胡散臭い目で見られているサービスですから、こういった経済学的な分析がどこまで可能なのか、あるいは、受け入れられるのか、については疑問が残りますが、本書の冒頭のサーチ理論から始まって労働経済学的なマイクロ経済学の理論がある程度は当てはまりそうな気もします。でも、行動経済学的な非合理性も多く観察されそうな気もします。強くします。

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次に、ニコラス・ウェイド『人類のやっかいな遺産』(晶文社) です。著者は科学ライター・科学ジャーナリストであり、「ネイチャー」や「サイエインス」の科学記者や編集者の経験もあるようです。英語の原題は邦訳にほぼ近くて A Troublesome Inheritance であり、2014年に一度出版された後、専門外の私でも知っているほどのものすごい批判が集中し、昨年2015年に改定版が出版されています。訳者解説に改定版での変更についてやや詳しく取り上げてあるものの、どこがどう変更されたのかは私は知りませんが、批判が生じるのは、本書が過去5万年くらいの人類の進化の歴史をかえりみて、人種や民族に関して進化上のもしくは遺伝子上の違いがあるのではないかと指摘していて、人種差別、場合によっては、ナチスばりの特定人種・民族の優位性の主張とその裏側での別の人種や民族の排斥につながりかねない主張ではないか、と受け止められたからです。この邦訳を読んでもその恐れを払拭することが出来ない気がします。ひとつのキーワードは、攻撃性に関するMAO-A酵素の制御に関する遺伝システムであり、この遺伝システムの上に構築される社会制度を考え、後は、ノーベル経済学賞を受賞したノース教授などの制度学派の経済史の理論が展開されています。そして、MAO-A遺伝子は人種や民族によって大きく異なっていると本書では主張しています。また、従来から、私は経済史の理解について、西洋ないし西欧が経済的に台頭して現在の地位を占めたのは産業革命に起因し、どうして産業革命が18世紀のイングランドで生じたかは不明である、と指摘して来ましたが、本書では、人口増加の圧力によるとの説を取っていて、私には到底納得のできる議論ではありません。私は本書でいうところの「学界左派」に当たるのかもしれませんが、「やっかい」Troublesome なのは遺伝子ではなく、その遺伝子の違いを受け入れるに際しての人類の未熟さではないか、という気がしています。ナチスのユダヤ人ホロコーストを引くまでもなく、ホンの数十年前まで我が国や西欧先進国で優生学なる「科学的根拠」に基づく「断種」のような行為が容認されており、さらに100年さかのぼれば、米国では黒人を奴隷として使役するのが当然と考えられていたわけです。私は進化論や遺伝子における人種や民族の違いを研究することは学問の自由の観点から、当然に許容されるべきであり、研究そのものを禁止するのは、逆に、批判的に考えているんですが、その研究成果の取り扱い、というか、実務的な活用については慎重であるべき、と考えています。しかし、現在時点での人類の寛容さは、例えば、今年の米国大統領選挙の論戦を見ていたりすると、まだそのレベルに達していないんではないか、とも危惧しています。

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次に、小野俊太郎『ウルトラQの精神史』(彩流社) です。著者は1959年生まれのアラ還で、私とほぼほぼ同世代の文芸評論家だそうで、同じ出版社の同じフィギュール彩のシリーズで一昨年2014年に『ゴジラの精神史』を出版し、別の講談社現代新書で『モスラの精神史』という著書もあるようですが、なぜか、「ガメラの精神史」はないようです。いずれにせよ、私は読んでいませんし、それなりに限られた範囲の「オタク文化」ではないかという気がします。私は『ゴジラの精神史』だけは少し興味がないでもなく、三島由紀夫がどうしてゴジラに感激したかは知りたい気もしますが、今後の課題としておきます。ということで、本書では1966年に放送されたテレビ番組である「ウルトラQ」全28話について、戦後社会を破壊する力、日本にやってくる怪獣たち、見慣れぬ怪物へと変貌する、の3部9章に分類し直して論じています。なお、全タイトルはpp.18-19のリストに網羅されています。いうまでもなく、本書にもある通り、「ウルトラQ」は「オバQ」とともに午後7時台のゴールデンアワーにTBSが放送し、子供達を主たる視聴者層としていました。私はさすがにもうほとんど記憶にないんですが、いくつかの印象的な放送は断片的に覚えています。それほど熱心に見ていたわけではないように思います。戦後直後から高度成長期まっただ中の日本を時代背景とし、直前の1964年には東京オリンピックを成功させ、その準備として新幹線や首都高などが整備され、名実ともに日本が先進国の仲間入りを果たしたころです。放送では現実からかけ離れた超近代的な装いの鉄道や道路や建築物が流される一方で、まだ都市と地方の格差は大きく、農閑期には東北から東京に出稼ぎがあったりした時代背景も取り込まれており、そこに、UFOや宇宙人といったSF的な要素、ほかにはホラーの要素や伝統的な怪物や伝承の要素などを織り込んだ番組作りに加えて、円谷プロの特撮が生かされた動画、さらに、ゴジラ・モスラなどが映画であったのに対して、テレビで毎週放映されるという高頻度なインパクト、などなど、目新しい要素が満載だったテレビ番組であり、いうまでもなく、その後はウルトラマンのシリーズに引き継がれることとなるテイクオフのころの番組でもありました。単に懐かしがるノスタルジーだけでなく、そうかといって、当時の時代背景や技術的限界だけを考えるのではなく、本書を読めば現代に通ずる何かを見出すことが出来るかもしれません。画像がまったく掲載されていないのは、著作権の関係か、あるいは、鑑賞に耐える画像がないのか、仕方ない気もしますが、東京MXで昨年2015年1-3月に放送された「ネオ・ウルトラQ」にまったく言及がないのはやや不思議な気がします。単に、著者が知らないだけ?

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次に、石川智健『エウレカの確率 経済学捜査員VS.談合捜査』(講談社) です。今週の読書の中で、これだけが小説です。著者は若手の作家であり、医療系企業勤務の傍ら執筆活動を続けている、と紹介されています。このシリーズは3冊目であり、すべて『エウレカの確率』をタイトルにし、サブタイトルを付して、1話目が『経済学捜査官 伏見真守』、2話目が『経済学捜査員とナッシュ均衡の殺人』、この3話目が『経済学捜査員VS.談合捜査』となっています。私はすべて読んでいたりします。経済学捜査官を称する伏見真守をシャーロック・ホームズたる探偵役の主人公にして、面白いことに、語り手のワトソン博士役は毎回異なっています。第1話はいっしょに捜査に加わった神奈川県警の女性捜査官、第2話は事件の場である製薬会社のコンプライアンス課長、そして、この第3話では中国から短期で派遣された女性捜査官、ということになっています。そして、毎回登場するのは科学警察研究所勤務の関西弁丸出しのプロファイラー、主人公と同じ警視庁捜査2課の捜査官となります。主人公自身が、殺人事件の70%はプロファイリングで解決の糸口を見つけることが出来るが、残りの30%は合理的な殺人事件であり、経済学の視点で解決できる可能性がある、と何度も繰り返して発言している通りです。ということで、本書ではサブタイトル通りに、建設業界での談合事件を主たるモチーフにしつつ、実は、建設業界のもうひとつの汚点を捜査してあばく、ということになります。上の画像で見る通り、表紙は数式でいっぱいなんですが、私の直感では、小説版ではなくテレビのドラマ化された東野圭吾の「ガリレオ」シリーズで、湯川准教授を演じる福山雅治が事件解決の直前に数式を展開しまくるのが基になっているような気がします。なお、前作の第2話では製薬会社が舞台でしたので、その表紙では亀の子のベンゼン環がいっぱいあったように記憶しています。

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次に、橘木俊詔・参鍋篤司『世襲格差社会』(中公新書) です。経済的格差や成長不要の論陣を張る橘木先生と、あとがきによれば、そのお弟子さんによる共著のようです。内容はタイトル通りと考えてよさそうです。冒頭はアラン・クルーガーなどの提唱によるグレート・ギャッツビー曲線から始まります。親子の所得の相関と親世代の不平等度合いをプロットしたもので、右上がりの正の相関が示されていますので、結果の不平等が機会の不平等につながりやすいことが示されています。個人の努力よりもどの親の下に生まれたかで経済的な豊かさが決まりかねないわけです。個人の努力でコントロールできない要因により、経済的な豊かさや人生そのものが決まるとすれば、どこまで社会的に許容されるかは興味あるところです。ただ、「世襲」の意味にもよります。すなわち、本書にも国会議員のいわゆる「二世議員」が取り上げられていますし、3代に渡る外交官のコラムも見かけますが、選挙や採用試験という明確なハードルが設定されており、そのハードルが決して容易なものでないならば、親の職業を子が選択することをもって「世襲」と呼ぶべきかどうかは疑問が残ります。もちろん、私もそれなりの進学校に通っていましたので、医者の息子が医者になる例をいっぱい見て来ており、医師国家試験にパスする必要があるとはいえ、高額の私大医学部に通えるような家庭に私は育ちませんでしたから、たくさん医師という職業の「世襲」を見て来ました。それでも、むしろ、「世襲」かどうかを問うことなく世代を超えて不平等や格差が受け継がれる弊害を考えた方がスンナリと受け入れられるような気がします。また、どうでもいいことながら、本書冒頭p.12では「格差が拡大すると、国の経済成長率は低下していく」との格差観を著者は示しており、橘木先生はゼロ成長論者ではなかったのかと疑問を感じました。あくまで効率の面から格差を論じる限界を見た気がします。私は格差や不平等は、社会的に受け入れられるかどうかの一定の閾値を超えると正義の問題になるんだと認識しています。ご参考まで。

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最後に、高木久史『通貨の日本史』(中公新書) です。著者は人文科学系の歴史学の研究者であり、社会科学系ないし経済学系のエコノミストではありません。ですから、市場における資源配分なんぞは関係なく、我が国の歴史上に通貨というものが現れて、交易に使用され始めたところから記述が始まります。すなわち、都の建設のため国産の銭が作られた古代、中国からの輸入銭に頼った中世、石見銀山の「シルバーラッシュ」が世界経済をも動かした戦国時代、財政難に苦しめられた江戸の改革者たち、植民地経営と深く関連した帝国日本の通貨政策、そして、戦後の通貨政策、でも、ブレトン・ウッズ体制という言葉は出てきません。また、現在の法律に基づく通貨=紙幣と補助通貨=コインの区別も関係ありません。いくつか興味深い写真もあります。銭高=デフレと、物価高=インフレに関して、フリードマン的な「いつでもどこでも貨幣的現象」というエコノミスト的な視点はありませんが、庶民の感覚も含めて、生産・流通と通貨の残高の関係が判る人には判るように、ほのかに浮かび上がるようになっているのかもしれません。中世以前にさかのぼると、エコノミストの私には理解がはかどりませんが、江戸時代の「上方の銀遣い、江戸の金遣い」は本書にも出てくるところ、世界的な銀本位制と金本位制、中国の銀本位制などなど、我が国の金銀と通貨の関係と世界とのつながりがあったのかなかったのか、そのあたりを知りたいと思いますが、どうも著者のスコープの外のようで残念です。特に、江戸開幕前後の京都の後藤家による金貨の大判の製造については、おそらく、貨幣というよりは戦国大名などが家臣への褒美的な用途だったんだろうと思いますが、世界的な金が貨幣になる動向と何か関係があるのか、それとも欧州と日本はそれぞれ独立に金を貨幣にしたのか、私はとても興味があります。

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2016年10月 8日 (土)

相変わらず非農業部門雇用者が+200千人増に達しない米国雇用統計をどう見るか?

日本時間の昨夜、米国労働省から9月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の増加幅は+156千人と前月の+167千人から伸びを減速させ、失業率は前月からわずかに上昇して5.0%を記録しています。いずれも季節調整済みの系列です。まず、New York Times のサイトから最初の4パラだけ記事を引用すると以下の通りです。

U.S. Economy, Showing Resilience, Added 156,000 Jobs Last Month
Amid a presidential campaign marked by fears about the country's economic future, the American jobs machine keeps chugging.
Employers added 156,000 positions in September, the Labor Department said on Friday, enough to accommodate new entrants to the labor force and entice back workers who dropped out after the Great Recession. The unemployment rate, which had been stuck at 4.9 percent since spring, ticked up slightly to 5 percent, but that was mostly because more people were drawn into the labor force by evidence that hiring is still going strong.
For all the anxiety at home and turmoil abroad, like the vote in Britain to withdraw from the European Union, the current expansion shows little prospect of ending abruptly.
Average hourly earnings rose by 0.2 percentage point last month, bringing the wage gain over the last 12 months to 2.6 percent, well above the pace of inflation. The typical workweek also grew slightly in September, after a pullback in August.

この後、さらにエコノミストなどへのインタビューや米国大統領選へのインプリケーションの分析が続きます。包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門、下のパネルは失業率です。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。全体の雇用者増減とそのうちの民間部門は、2010年のセンサスの際にかなり乖離したものの、その後は大きな差は生じていません。

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ということで、8月雇用統計に続いて力及ばずという結果ではなかろうかと受け止めています。基本的に堅調であるといえるんだろうと私は考えているものの、非農業部門雇用者数の伸びが前月から鈍化し、市場の自薦コンセンサスの180千人に届かず、雇用者の増加幅は2か月連続で金融政策運営の目安とされる200千人を下回っており、しかも、直近3か月の月平均増加幅は+192千人と、これまた200千人を下回っています。しかもしかもで、失業率は統計の誤差範囲とはいえ、0.1%ポイントながら上昇を記録したりしています。まあ、金利引上げには慎重姿勢を取らざるをえないところかと思います。なお、米国連邦準備制度理事(FED)の公開市場委員会(FOMC)は原則として6週間に1度開催され、Meeting calendars, statements, and minutes のサイトによれば、年内は11月1-2日と12月13-14日の開催となっています。10-11月の両月の米国雇用統計を見つつ、そして、米国大統領選も横目でにらみつつ、12月中旬のFOMCまで待つんだろうという気がします。

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また、日本やユーロ圏欧州の経験も踏まえて、もっとも避けるべきデフレとの関係で、私が注目している時間当たり賃金の前年同月比上昇率は上のグラフの通りです。ならして見て、ほぼ底ばい状態が続いている印象です。サブプライム・バブル崩壊前の+3%超の水準には復帰しそうもないんですが、まずまず、コンスタントに+2%のラインを上回って安定して推移していると受け止めており、少なくとも、底割れしてかつての日本や欧州ユーロ圏諸国のようにゼロやマイナスをつけてデフレに陥る可能性はほぼなさそうに見えます。

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2016年10月 7日 (金)

「足踏み」続く景気動向指数と雇用の質の改善が見られる毎月勤労統計!

本日、内閣府から景気動向指数が、また、厚生労働省から毎月勤労統計が、それぞれ公表されています。いずれも8月の統計です。景気動向指数のうちのCI一致指数は前月から▲0.1ポイント下降して112.0を示した一方で、CI先行指数は+1.2ポイント上昇して101.2を記録しました。また、毎月勤労統計の現金給与指数のうちの所定内給与は季節調整していない原系列の前年同月比で+0.5%の伸びとなっています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

8月の景気一致指数、0.1ポイント低下 耐久消費財出荷が悪化
内閣府が7日発表した8月の景気動向指数(CI、2010年=100)速報値は、景気の現状を示す一致指数が前月比0.1ポイント低下の112.0だった。低下は3カ月ぶり。北米向けの自動車輸出が鈍化し、耐久消費財出荷指数が減少。商業販売額(小売業)の悪化も響いた。商業販売額(卸売業)や中小企業出荷指数(製造業)は改善したものの補えなかった。
内閣府は一致指数の動きから機械的に求める景気の基調判断を「足踏みを示している」に据え置いた。前月から比較可能な8指標のうち4つがマイナスに影響した。
ただ、数カ月先の景気を示す先行指数は1.2ポイント上昇の101.2になった。上昇は2カ月ぶり。鉱工業生産財在庫率指数や中小企業売り上げ見通し、消費者態度指数が先行指数の上昇につながった。新設住宅着工床面積や新規求人数(除学卒)は悪化した。
実質賃金8月0.5%増 ボーナス効果縮小で伸び鈍化
厚生労働省が7日発表した8月の毎月勤労統計調査(速報値、従業員5人以上)によると、物価変動の影響を除いた実質賃金は前年同月比0.5%増加した。前年同月を上回るのは7カ月連続。ボーナスの効果が出た7月(1.8%増)に比べると伸びは鈍った。ただ賃上げの効果は出ているとみられ、基本給は増えている。
名目にあたる従業員1人当たりの現金給与総額は27万1676円と、前年同月比0.1%減少した。減少は3カ月ぶり。名目の給与総額のうち、基本給にあたる所定内給与は0.5%増の24万223円だった。ボーナスや通勤費にあたる「特別に支払われた給与」は7.7%減の1万2699円だった。
6-8月に支給されるボーナスが前年より前倒しで支給されたとみられ、8月分の特別に支払われた給与が大幅に減少した。名目賃金は減少したが、賃上げの効果で基本給は伸びている。フルタイムで働く一般労働者の基本給は前年同月比0.7%増加した。
実質賃金の増加は給与の伸びが物価の伸びを上回っていることを示す。8月の消費者物価指数(CPI)は、持ち家の帰属家賃を除く総合で前年同月比0.6%下落した。物価の下落幅が大きく、実質賃金を押し上げた。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。でも、2つの統計を並べると、やや長くなってしまいました。続いて、下のグラフは景気動向指数です。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた部分は景気後退期を示しています。

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ということで、CI一致指数はわずかに下降し、CI先行指数が上昇しています。ただ、CI先行指数については少し前まで原因不明の下降を示していましたので、そのキャッチアップなのかもしれません。CI一致指数のプラス寄与が大きい系列は、商業販売額(卸売業)(前年同月比)+0.34ポイント、中小企業出荷指数(製造業)+0.26ポイント、生産指数(鉱工業)+0.24ポイントなどとなっている一方で、マイナス寄与は耐久消費財出荷指数▲0.52ポイント、商業販売額(小売業)(前年同月比)▲0.23ポイント、などとなっています。8月の統計については、企業部門の強さと家計部門の弱さが相殺して、わずかにマイナスの下降という結果でした。上のグラフを見ても、CI一致指数はならして見てれば横ばいということですから、引用した記事にもある通り、統計作成官庁の内閣府では基調判断を「足踏み」に据え置いています。景気が踊り場にあることが景気指標の統計からも確認されている、ということになろうかと受け止めています。先行きについては、CI先行指数のプラス寄与度を見れば、大きい順に、鉱工業用生産財在庫率指数、中小企業売上げ見通しDI、消費者態度指数、となっていますので、在庫調整が進んで消費者マインドが改善して売上げが伸びる、という形になるのはいい方向ではないかという気がします。

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次に、毎月勤労統計のグラフは上の通りです。上から順に、1番上のパネルは製造業の所定外労働時間指数の季節調整済み系列を、次の2番目のパネルは調査産業計の賃金、すなわち、現金給与総額と所定内給与のそれぞれの季節調整していない原系列の前年同月比を、その次の3番目のパネルはいわゆるフルタイムの一般労働者とパートタイム労働者の就業形態別の原系列の雇用の前年同月比の伸び率の推移を、1番下のパネルはその雇用指数そのものを、それぞれプロットしています。いずれも、影をつけた期間は景気後退期です。まず、1番上の製造業の所定外労働時間ですが、8月の鉱工業生産指数が増産を示したにもかかわらず、毎月勤労統計では残業が減少しており、鉱工業生産指数と毎月勤労統計で不整合となっています。こういう場合、鉱工業生産指数の方が信頼され、毎月勤労統計の信頼性が低い、というのが多くのエコノミストの結論ではないかと思いますが、取りあえずは保留にしておきます。名目賃金については、現金給与総額は▲0.1%減の27万1676円でしたが、内訳を見ると、ボーナスなど特別給与の▲7.7%減の寄与が大きく、同時に、所定外労働時間の減少と整合的な残業代など所定外給与も▲1.9%減を示しています。一方、基本給にあたる所定内給与は+0.5%増の24万223円を記録し、消費に影響の大きい恒常所得部分ではプラスとなっており、消費には大きな懸念ないものと受け止めています。最後に、パートタイム労働者に比べてフルタイムの一般労働者の伸びが追いついてきたようで、かねてよりこのブログでも主張している通り、ほぼほぼ完全雇用に近い人手不足の現在の労働市場は賃上げではなく正規雇用の増加という雇用の質の向上に適しているのかもしれません。でも、賃金が上がる方向も見えて来たように感じないでもありません。

今日の昼前に役所を出て、新橋方面に向かったんですが、新橋から銀座にかけては、ものすごい人出でした。報道によれば80万人とか。ちょっとした政令指定都市分くらいの人がオリンピックのメダリストを見に集まったということなんでしょう。私は田舎者ですので少しびっくりしました。

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2016年10月 6日 (木)

マスターカードによる「世界渡航先ランキング」調査結果やいかに?

我が国でも、少し前に「爆買い」なる流行語があったりしましたが、最近ではいわゆるインバウンド消費もピークを越えた感があります。ただし、世界的にはまだまだ旅行や観光への需要は根強く、クレジットカード大手のマスターカードから「世界渡航先ランキング」Global Destination Cities Index 2016 と題するリポートが9月22日に公表されています。もちろん、pdfの全文リポートもアップされています。諸般の事情により、リポートから図表を引用しつつ簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、上の画像はリポートから p.5 Chart 1. World GDP Growth versus the Growth of International Visitor Arrivals and Spend by the 132 Destinations を引用しています。いずれも、リーマン・ショック直後の2009年を100とする指数に標準化されていますが、水色の折れ線グラフが国際通貨基金(IMF)による世界のGDP総額、赤が世界132都市における泊りがけの到着数、オレンジがその消費額、すなわち、買い物や飲食や宿泊などの支出合計となっています。ですから、日本でいうところのインバウンド消費、ビジネスないし観光客の消費額の伸びはGDPの伸びを上回り、弾性値は1を超えているということになり、リポートでは訪問客数の伸びはGDPの伸びの2.1倍であり、消費額は1.4倍であると結論しています。一般的には、世界全体が豊かになっていく過程で、衣食住の生活必需品への消費がかなり満たされ、非必需品というか、選択的消費への支出がより伸びを高める段階に世界経済全体が達した可能性があると私は受け止めています。

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次に、上のテーブルはリポートから p.6 Chart 2. Global Top 20 Destination Cities by International Overnight Visitors (2016) を引用しています。トップのバンコクから10位のソウルまで、東アジアないし東南アジアの都市がトップテンの半分を占め、東京も9位にランクされています。また、テーブルの引用はしませんが、p.8 Chart 4. Top 20 Fastest-Growing Destination Cities with at Least One Million Overnight Visitors in 2016 (2009-2016 CAGR) では、大阪が伸び率+24.15%増を示してトップを占め、2位の+20.14%増の成都以下を引き離しています。私はいわゆる「観光立国」というのは、にわかには信じがたい印象を持っており、また、我が国のインバウンド消費も現状では中国経済の減速により、ピークを越えた、ないし、やや停滞している印象ですが、まだ伸びる余地は残されているんではないかという気がしないでもありません。

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2016年10月 5日 (水)

IMF「世界経済見通し」見通し編が公表される!

日本時間の昨夜、国際通貨基金(IMF)から今週末10月7-9日の世銀IMF総会を前にIMF「世界経済見通し」見通し編が公表されています。pdfの全文リポートもアップされています。ヘッドラインとなる世界経済の成長率は今年2016年+3.1%、来年2017年+3.4%と7月時点の「改定見通し」からほぼ変更なしとなっています。ただし、日本については、消費増税の先送りで2017年の成長率見通しが上方改定されています。まず、リポート p.21 の日本の経済見通しに関するパラを引用すると以下の通りです。

Japan's growth is projected to remain weak, in line with potential, at 0.5 percent in 2016, before rising to 0.6 percent in 2017. Postponement of the consumption hike, the recently announced growth-enhancing measures, including the supplementary budget, and additional monetary easing will support private consumption in the near term, offsetting some of the drag from the increase in uncertainty, the recent appreciation of the yen, and weak global growth. Japan's medium-term prospects remain weak, primarily reflecting a shrinking population.

ということで、日本経済の見通し、短期だけでなく中期的にも、包括的に概観されています。要するに、2016-17年の成長率は潜在成長率並みの+0.5%近傍であり、補正予算を含む経済対策と追加的な金融緩和が個人消費を押し上げる効果を見込むことが出来ることから、いくぶんなりとも円高や世界経済の低迷の効果を減殺する、というカンジでしょうか。でも、中期的には人口減少に伴って成長率見通しは低位にとどまる、ということになります。

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続いて、上のテーブルはIMFのニュースサイト IMF Sees Subdued Global Growth, Warns Economic Stagnation Could Fuel Protectionist Calls から成長率見通しの総括表を引用しています。いつもの通り、画像をクリックするとリポート pp.2-3 の見通し総括表の2ページだけを抜き出した pdf ファイルが別タブで表示されるようになっています。

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次に、先行きリスクについて、リポートから p.29 Figure 1.19. Risks to the Global Outlook 及び p.30 Figure 1.20. Recession and Deflation Risks の2つのグラフを強引に連結して引用すると上の通りです。まず、Figure 1.19. Risks to the Global Outlook について見ると、一番上のパネルのファン・チャートを見る限り、一昨年2014年10月や昨年2015年10月時点の見通しと比較して、特に一昨年10月と比べれば、まだまだ下方リスクの方が大きいと考えられますが、来年2017年までスコープに入れても、さすがに、世界経済の成長率が+2%を割り込む可能性は低そうです。ただし、最大のリスク要因は石油市場だと結論しているようです。さらに、Figure 1.20. Recession and Deflation Risks を見れば判ると思いますが、今年2016年4月の時点からやや低下したとはいえ、先進国の中では我が国の景気後退確率がもっとも高くなっています。下のパネルのデフレ確率も同じで、特に、リポート p.30 では消費者物価の最近の動向と円高のためにデフレ確率が上昇している "the probability of deflation has increased in Japan owing to weak momentum in consumer prices and the recent appreciation of the yen" と結論しています。

最後に、政策対応について Country-Specific Priorities では、p.32 で日本に対し、マイナス金利を含む日銀の金融緩和はデフレに逆戻りしないためには "critical" であり、財政による景気浮揚策も成長加速には有効だが、中期的な成長期待と賃金上昇を促進する包括的な政策が必要 "a comprehensive policy approach is required that enhances demand support with actions to lift medium-term growth expectations and boost wages" と指摘しています。その中身として、正規と非正規を指していると思われる労働の二重性の縮小、あるいは、女性や高齢者の労働参加率の上昇などは、従来からのありきたりな内容だという気がしないでもないんですが、私が注目しているのは、企業が過剰なキャッシュを溜め込むのを防止するガバナンスの強化 "stronger corporate governance to discourage companies from accumulating excess cash reserves" が加わり、さらに、高収益企業に賃上げを促す所得政策 "income policies that motivate profitable companies to raise wages" です。実現にはいくつかハードルがあるように見えますが、何とか政策として可能な範囲で取り込める部分を探すということになりそうな気がします。

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2016年10月 4日 (火)

9月の消費者態度指数は大きな改善を示す!

本日、内閣府から9月の消費者態度指数が公表されています。前月から+1.0ポイント上昇して43.0を記録しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

9月の消費者態度指数、1.0ポイント上昇 基調判断「持ち直しの動きがみられる」に上方修正
内閣府が4日発表した9月の消費動向調査によると、消費者心理を示す一般世帯の消費者態度指数(季節調整値)は前月比1.0ポイント上昇の43.0と2013年9月以来3年ぶりの高い水準となった。失業率の低下など雇用環境の改善や第2次補正予算案の策定についての報道が消費者心理に影響したとみられる。
内閣府は消費者心理の基調判断を「持ち直しの動きがみられる」に上方修正した。上方修正は15年11月以来10カ月ぶり。指数を構成する意識指標は2カ月連続で4項目すべてが上昇した。「雇用環境」が前月比1.7ポイント上昇したほか、「暮らし向き」が1.1ポイント上昇、「耐久消費財の買い時判断」も1.0ポイント上昇した。1年後の物価見通し(2人以上世帯)について「上昇する」と答えた割合(原数値)は前月から4.3ポイント増加し、74.8%となった。台風の影響で生鮮食品が値上がりしたことなどが影響した可能性がある。
調査基準日は9月15日。調査は全国8400世帯が対象で、有効回答数は5509世帯(回答率65.6%)だった。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、消費者態度指数のグラフは以下の通りです。ピンクで示したやや薄い折れ線は訪問調査で実施され、最近時点のより濃い赤の折れ線は郵送調査で実施されています。また、影をつけた部分は景気後退期を示しています。

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8月統計の+0.7ポイントの上昇に続いて、今月も+1.0ポイントの上昇でしたから、それ相応にここ2か月で上昇し、上のグラフでも改善が見られる通りで、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「足踏み」から「持ち直しの動き」に明確に1ノッチ上方修正しています。指数を構成する4つのコンポーネントはすべて上昇しており、前月差で詳しく見ると、「雇用環境」が+1.7ポイント上昇し46.2、「暮らし向き」が+1.1ポイント上昇し42.0、「耐久消費財の買い時判断」が+1.0ポイント上昇し42.5、「収入の増え方」は+0.2ポイント上昇し41.1となり、特に雇用環境に対するマインド改善が大きく水準も高いとの結果が示されています。ただし、雇用は改善しつつも収入は増加していないという結果が示されており、このブログでも何度か指摘した通り、ほぼほぼ完全雇用に達しながらも賃金が上がらず、雇用の質の改善が正規雇用の増加により強く表れている可能性があると私は受け止めています。その意味で、今週金曜日の10月7日には厚生労働省から毎月勤労統計が公表されますので注目しています。

いつものこのブログの主張ですが、消費は所得とマインドに正の相関を有します。所得がそれほど伸びていない現状でも、正規雇用で先行きの安定性が恒常所得の増加に寄与し、マインドが改善すれば消費にもいい影響をもたらすことは当然です。むしろ、問題は台風や気象条件かもしれません。

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2016年10月 3日 (月)

大企業製造業の業況判断DIが2四半期連続で横ばいを示した日銀短観をどう見るか?

本日、日銀から9月調査の短観が公表されています。ヘッドラインとなる大企業製造業の業況判断DIは+6と、めずらしくも2四半期連続の横ばいを記録し、本年度2016年度の設備投資計画は大企業全産業が前年度比+6.3%増と、わずかに6月調査を上回りました。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

9月日銀短観、大企業製造業DIプラス6 2期連続で横ばい
日銀が3日発表した9月の全国企業短期経済観測調査(短観)は、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)が大企業製造業でプラス6だった。前回の6月調査(プラス6)から横ばいだった。海外経済の先行き不安の後退や自動車輸出の底入れ、熊本地震の影響が薄れたことが景況感を支えた。半面、外国為替市場で円相場が想定レートよりも円高に振れ、はん用機械、生産機械などのDI悪化を招いた。
業況判断DIは景況感が「良い」と答えた企業の割合から「悪い」と答えた企業の割合を引いた値。9月の大企業製造業DIは、QUICKがまとめた市場予想の中央値のプラス7を小幅ながら下回った。回答期間は8月29日-9月30日で、回答基準日は9月12日だった。
3カ月先については、大企業製造業がプラス6になる見通し。英国のEU(欧州連合)離脱決定後の国際金融市場の落ち着きが支えになる一方、円高進行は重荷になる。
2016年度の事業計画の前提となる想定為替レートは大企業製造業で1ドル=107円92銭だった。前回の111円41銭よりも円高・ドル安方向に修正された。
大企業非製造業のDIはプラス18と、前回から1ポイント悪化した。悪化は3四半期連続。円高進行による訪日外国人(インバウンド)消費の伸び悩みや相次いだ台風上陸が小売業などの景況感を下押しした。一方、建設業や不動産業などのDIは上昇が続いた。
3カ月先のDIは2ポイント悪化し、プラス16を見込む。内需不振への懸念が根強いためとみられる。すでに高水準の建設、不動産も先行きは悪化を見込む。
中小企業は製造業が2ポイント改善のマイナス3、非製造業は1ポイント改善のプラス1だった。先行きはいずれも悪化だった。
2016年度の設備投資計画は大企業全産業が前年度比6.3%増だった。6月調査の6.2%増から上方修正されたが、前年同期(10.9%増)は下回った。大企業のうち製造業は12.7%増、非製造業は2.9%増を計画している。
16年度の全規模全産業の設備投資計画は前年度比1.7%増で、市場予想の中央値(2.3%増)を下回った。
大企業製造業の16年度の輸出売上高の計画は前年度比3.7%減で6月調査の1.6%減から下方修正された。
大企業製造業の販売価格判断DIはマイナス10と、6月調査(マイナス12)から2ポイント上昇した。DIは販売価格が「上昇」と答えた企業の割合から「下落」と答えた企業の割合を差し引いたもの。個人消費の伸び悩みや物価の低迷で販売価格には下落圧力が強い。
金融機関の貸出態度判断DIは全規模全産業で25と6月調査のプラス23から改善した。1989年12月調査(プラス26)以来の高水準だった。

やや長いんですが、いつもながら、適確にいろんなことを取りまとめた記事だという気がします。続いて、規模別・産業別の業況判断DIの推移は以下のグラフの通りです。上のパネルが製造業、下が非製造業で、それぞれ大企業・中堅企業・中小企業をプロットしています。色分けは凡例の通りです。なお、影をつけた部分は景気後退期です。

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まず、上のグラフにお示しした業況判断DIについては、規模別産業別で極めて複雑な動きを示しています。すなわち、製造業については大企業が今期も来期も前期から横ばいを示した一方で、中堅企業と中小企業は今期は前期から+2ポイントの改善を見せた一方で、先行きの来期は▲2ポイントの悪化を予想しています。非製造業については、大企業が今期▲1ポイントの悪化に続いて来期も▲2ポイントの悪化を予想している一方で、中堅企業と中小企業は」前期から今期にかけて+1ポイントとわずかながら改善を示した後、来期は中堅企業で▲5ポイント、中小企業で▲3ポイントの悪化を見込んでいます。傾向を見出しがたい動きながら、全体として、後に取り上げる設備投資計画も含めて、企業マインドはまだ不透明感が強い、と私は受け止めています。私の考える不透明感の原因は2-3点あり、第1に、円高と海外需要とそれに起因する企業業績です。円高については、大企業製造業における2016年度下半期の想定レートが1ドル107.42円ですから、本日の取引中心相場と比べれば5円くらい甘めになっている印象です。円高に振れて企業業績が伸び悩む不透明感は払拭されていません。第2に、インバウンド消費です。昨年年央あたりからの中国経済の停滞については広く認識されていましたが、我が国のインバウンド消費についても影響が出始めています。非製造業の小売業などでは不透明感が残されているような気がします。第3に、経済対策です。規模などは明らかにされていて、その基礎となる補正予算案はすでに国会に上程されていますが、業種によっては経済効果の方に確信が持てない企業も少なくないのかもしれません。

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続いて、いつもお示ししている設備と雇用のそれぞれの過剰・不足の判断DIのグラフは上の通りです。設備については、後で取り上げる設備投資計画とも併せて見て、設備の過剰感はほぼほぼ払拭されたと考えるべきですし、雇用人員についても不足感が広がっています。特に、採用に苦労しているように聞き及んでいる中堅・中小企業では大企業よりも不足感が強まっています。ただし、失業率などを見る限り、量的にはほぼ完全雇用状態に達している可能性があり、今後は質的な雇用の改善、すなわち、正社員の増加や賃金上昇などに移行する局面ではないかと、私は期待しています。

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最後に、設備投資計画のグラフは上の通りです。今年2016年度の計画は黄緑色のやや太いラインと同色の大きなマーカで示されていますが、見ての通りで、6月調査からわずかに上方修正され大企業全産業で前年度比+6.4%増と見込まれています。ただし、大企業製造業では上方修正、非製造業では下方修正となっています。なお、全規模全産業では、6月調査の前年度比ほぼ横ばいから、9月調査では+1.7%増に上方修正されています。業況判断が不透明感漂う割りには、設備投資計画は底堅いと私は理解しています。ただし、上のグラフを見ても明らかな通り、パターンは例年と同じであり、かなり2012年度と似通っていて、昨年度2015年度や一昨年度2014年度よりは下振れしているのが見て取れます。もしも、後送りされているのであれば、今年度もこの先下方修正される可能性が大いにあると覚悟すべきです。

景気に関する企業マインドは、年央時点から大きな変化は見られず、おおむね踊り場的な景気状態にある認識されていると確認できたと思います。先行きは、為替と海外経済動向の不透明感から、どうしても冴えない見通しに陥りがちですが、経済対策の効果や、この先のオリンピック需要などが加われば、消費が上向いて景気の足取りが確かなものになる可能性も秘めている気がします。もっとも、そうでないかもしれません。

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2016年10月 2日 (日)

今年のノーベル経済学賞の予想やいかに?

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明日の10月3日から始まる週は、いわゆるノーベル賞ウィークであり、医学生理学賞から始まって、10日の経済学賞まで、それぞれの分野の受賞者が公表されます。とても旧聞に属する話題ながら、例年の通り、9月21日にトムソン・ロイターから「引用栄誉賞」として、今年のノーベル経済学章受賞者の予想が以下の通り明らかにされています。

Olivier J. Blanchard
C. Fred Bergsten Senior Fellow, Peterson Institute for International Economics, Washington, D.C. USA and Robert M. Solow Professor of Economics Emeritus, Department of Economics, Massachusetts Institute of Technology
Cambridge, MA USA
For contributions to macroeconomics, including determinants of economic fluctuations and employment

Edward P. Lazear
Morris Arnold and Nona Jean Cox Senior Fellow, Hoover Institution, and Jack Steele Parker Professor of Human Resources, Management and Economics, Stanford Graduate School of Business
Stanford, CA USA
For his development of the distinctive field of personnel economics

Marc J. Melitz
David A. Wells Professor of Political Economy, Department of Economics, Harvard University
Cambridge, MA USA
For pioneering descriptions of firm heterogeneity and international trade

何と、とてもめずらしいことなんですが、私は3人ともそれなりに論文などを読んだことがあり、その業績には接しています。まったく、名前も聞いたことがないくらいに知らないエコノミストはいません。すなわち、ブランシャール教授はつい最近まで国際通貨基金(IMF)のチーフ・エコノミストを務め、授賞理由も景気循環論ですし、特に、2人目のラジアー先生は労働経済学、というか、人事経済学の専門家で、今夏の研究発表会に来日された折にお見かけしたりしています。メリッツ教授は最近注目を集めているいわゆる新々貿易論の確立者として有名です。でも、私は今年のノーベル経済学賞予想は行動経済学のセイラー教授ではないかと勝手に考えています。
なお、経済学賞以外で、トムソン・ロイターのサイトでは、医学・生理学賞で京都大学の本庶佑教授、化学賞で熊本大学の前田浩教授と国立がん研究センターの松村保広先生を上げています。私はまったく専門外で理解が及びません。

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2016年10月 1日 (土)

こっそりと7連勝して今季を終える‼

  HE
読  売000000000 081
阪  神21000021x 6131

今季も応援、お疲れさまでしたでした。最後に、こっそりと7連勝してシーズン終了です。順位はBクラスに終わり、疑問の残るベンチワークもなくはありませんでしたが、ともかく終わりました。

来シーズンは、
がんばれタイガース!

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今週の読書もいろいろあって計8冊!

今週も、話題の書や私の関心事項の経済書を中心に全8冊読みました。なお、どうでもいいことながら、来年1月からWOWOWにおいて仲間由紀恵主演でドラマ化される予定で、大いにリマインドさせられた宮部みゆき『楽園』も借りて読みました。大きなインパクトあった『模倣犯』と違って、すっかり忘れていたんですが、ほぼ思い出しました。

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まず、佐藤仁『野蛮から生存の開発論』(ミネルヴァ書房) です。著者は東京大学東洋文化研究所の教授であり、開発論を専門にしているようですが、誠に申し訳ないながら、私の専門である開発経済学ではなく、社会科学の開発論よりは人文科学の開発論に近いようです。私の知る限りでも、例えば、経済開発や発展・成長が進むと複婚から単婚に移行するなど、文化や習俗の観点から開発を論じる分野は確かにあります。その意味で、本書の最初の方で著者が「正義」の問題を持ち出しているのに私は強く共感します。ノーベル経済学賞の受賞者であるセン教授のケイパビリティ論やロールズ教授の「基本財」の概念に基づく議論を展開しています。私もそもそも経済学を志したのは貧困の問題であり、まさに、我が母校の先達である河上肇教授などの視点から貧困撲滅などの政策目標実現のために開発経済学を専門としており、途上国で経済開発を進めるのは、先進国で格差を是正するのと同じように、一定の正義があると考えています。まあ、どこまで開発を進めるかとか、格差をまったくなくした完全な平等が目標とされるべきか、などの議論がありますので、あくまでも一定の正義としかいいようがありませんが、それでも、近代的な経済学を学んだエコノミストには価値判断を嫌う人も少なくありません。ということで、第Ⅰ部と第Ⅱ部はセンやソトに基づく開発論を議論していて、ハッキリいって、そう面白くもないんですが、第Ⅲ部は日本の開発政策や行政について論じていて、それなりに面白かったです。でも、どうも議論の出発点が違っていて、我が国の援助行政が戦後賠償から始まったかどうか、なんてことは開発経済学を専門とするエコノミストは気にもしないんではないかと私は受け止めています。政府に米国のUSAIDのような包括的な援助組織があるかどうかも、あまり援助の本質とは関係ないと見なすエコノミストもいっぱいいそうです。ただ、日本の援助行政、特に円借款が商業ベースで進んでいるのを苦々しく見ているエコノミストは多そうな気がします。また、日本の経済発展の経験が途上国の発展モデルになるかどうかは的確なポイントを突いていますが、それが明治維新までさかのぼるのか、高度成長期なのかは議論のあるところでしょう。著者は前者の明治維新を重視しているようですが、私は先月の研究成果で公表した通り後者の高度成長期がいいんではないかと考えています。

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次に、東京新聞・中日新聞『人びとの戦後経済秘史』(岩波書店) です。大雑把に昭和初期の1940年ころから20世紀いっぱいを対象にして、オモテの正史ではなく、東京新聞と中日新聞の経済部記者が取材した秘史を収録した本です。なかなか面白く読めます。終戦までは統制経済とか、暗い話題で満載なんですが、戦後の経済史では何といっても1950年代半ばからの高度成長期がオモテの正史のトピックとなり、大衆消費文化や耐久消費財の普及、特に、三種の神器と呼ばれたテレビ・洗濯機・冷蔵庫にスポットが当たったりするわけですが、秘史では即席ラーメンとか回転寿司とかの大衆に受け入れられた日本独特のイノベーションが取り上げられたり、経済成長のウラ側で深刻さを増した公害などの環境問題にも光が当てられています。まあ、秘史ですから、それほど系統的な歴史観が示されているわけではなく、トピック的な個別の歴史的事情が取り上げられているわけですが、その中でも面白かったと感じた点をいくつか上げておきたいと思います。まず、p.39に株価の推移のグラフがあります。株式市場は現在ほど東京中心ではなく、大阪はもとより名古屋などの株式市場もそれなりの重要性はもっていたことと想像していますが、それでも、東証株価は一見するところ1945年春ころから反発に転じており、終戦を見据えつつ市場が反応していた可能性が示唆されている、との解説はやや牽強付会ながら、そうかもしれないと思わせるものがあります。それから、1956年昭和31年の「経済白書」の名文句である「もはや戦後ではない」をしたためた当時の担当課長である後藤課長が、p.114ではテレビの黎明期にあって、「テレビは将来、壁掛け形になる」と見通していたとされています。官庁エコノミストの大先輩ながら、ここまで先が読めるというのも、ある意味で、恐ろしいことだという気がしました。なお、本書でもチラリと紹介されている中日新聞の「記者たちの戦後経済秘史」のサイトは以下のとおりです。

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次に、白井聡・内田樹『属国民主主義論』(東洋経済) です。読んでいて、本書がこの2人による対談2冊目で、1冊目は『日本戦後史論』というタイトルで昨年の出版らしいです。アマゾンのレビューによると典型的な逆U字カーブで、5点のフルマークも多いが、真ん中の3点よりも1-2点の方が多い結果となってます。どのサイトか忘れましたが、ブログで「居酒屋談義」と形容している例もあったりしましたので、まあ、そんなカンジで受け取る読者も多いのかもしれません。著者は2人とも関西にある女子大学系のホームグラウンドを持つ研究者であり、中身を読んでいて、少なくとも学生時代くらいまではいわゆる全共闘系のトロツキストなのではないか、と想起させられる部分もあったりしました。本書は「名は体を表す」といいますか、要するに、戦後の日本は米国の従属国である、ということに尽きます。かなり明確に講座派的な歴史観であり、私も本書の第1章については大いに同意する部分があります。しかし、その後の従属国論から展開される第2章以降の霊性とか、コスパ化とか、消費者化とか、幼稚化などをキーワードにした議論の展開はどこまで対米従属と関係しているか、私には大いに疑問です。まあ、確かに安全保障政策や、特に沖縄の基地などは存在先にありきで後付けで論理を構成しているところがあり、論理的なほころびを見つけたところで何の解決にもならないのは同意しますが、本書ではおそらく米国の属国を脱しないといけない、という問題意識があるんではないかと勝手に推測するものの、方法論としては民主主義で解決するのか、そうでなく、極論では暴力革命的な実力行使で解決するのか、といった観点は見受けられません。もっとも、世界一の軍隊を有する米国相手に暴力革命的な実力行使はどこまで実効性あるかの疑問が大きく、プラグマティックには「暴論」でしかあり得ません。エコノミストとして興味深かったのは「コスパ化」なんですが、どうも価格理論の理解が私と違うらしく、著者2人の需要曲線はフラットなのかもしれません。最後に、私が従来から胡散臭いと受け止めている「地産地消」に似た考えがヒトラー・ユーゲントの発祥であり、自分の身体を形作って養っている大地をどこかに特定することにより、容易に排外主義やレイシズムに陥る危険がある、という指摘は、それなりに納得できる論理だったような気がします。現状で、本書のアマゾン・レビューは前著の『日本戦後史論』と違って、まだ逆U字形になっておらずベルカーブに近いんですが、私の評価はやや低い方かもしれません。

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次に、リチャード・スティーヴンズ『悪癖の科学』(紀伊國屋書店) です。著者は英国の心理学研究者であり、「悪態をつくことにより苦痛を緩和する」研究により、イグノーベル賞を受賞しています。英語の原題は Black Sheep だったりします。ということで、本書では世間一般で悪い行いとされていることに、何らかの効用があるんではないか、という視点で書かれています、でも、ノッケから「この本に書いてあることは、頭から信じこまないほうがいいだろう」(p.13)と著者自身も宣言してます。8章から成っており、セックス、飲酒、悪態、スピード狂、恋愛、ストレス、白昼夢やサボり、臨死体験や死後の世界、となっています。セックスでは実在の米国大統領名から命名されたクーリッジ効果、すなわち、相手を返れば性欲が増進される、というのが実証されていますし、飲酒では常識的な結果でしょうが、まったく飲酒しないと多量の飲酒の間のほどほどの飲酒が健康にいいとの結果が得られています。また、私が音楽を聞く時に求める適度な緊張感という意味で、ストレスには善玉と悪玉があるという説も取り上げられています。でも、とりわけ私が感銘をうけたのが悪態の章で、悪態を4種類に分けて、社会的悪態、不快表現の悪態、侮蔑的悪態、様式的悪態とした上で、卑猥語などは仲間内の親密な間柄ではOKだとか、いろいろと実証されています。日本のサラリーマンの間でも、酒を飲みながら上司の悪口をいう、というのは適度なストレス解消に成っていると考えられなくもないですし、それなりの効用もあろうかと思います。アイスバケツ・チャレンジでは悪態をつくほうが有意に長くバケツの冷水に耐えられたとの結果が示されています。実は、私も海外生活ではついつい冗談半分に日本語で悪態をつくことが多かった気がします。例えば、レストランに入ってウェイターを呼ぶ時に、「おーい、ハゲ、こっちに来い」とか、日本語でにこやかな表情で呼びつけたりすると、チリ人は日本語を理解しませんので、ウェイターの方もにこやかに「シ、セニョール」とかいって注文を取りに来たりするわけです。まあ、海外生活もストレス満載ですから、こういった半ばジョークの悪態で紛らわしてたのかもしれません。来週からノーベル賞各省の受賞者の発表が始まりますが、それに先立ってすでに明らかにされているイグ・ノーベル賞にご興味ある向きにはオススメです。

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次に、海部陽介『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋) です。著者は国立科学博物館(科博)に勤務する研究者です。タイトル通りの疑問に最新の研究成果で答えようと試みています。上の表紙画像にもある通り、日本にホモ・サピエンスが入ったルートのうちの沖縄ルートについては実証実験まで試みられたようです。ということで、日本、というか、日本の国が成立するずっと前の時代の現在の日本の地域、極東に10万年前にアフリカを出たホモ・サピエンスがいかにして到着したかについて、本書で著者はいくつかの仮説を提供しています。短く表現すると、本書のp.202-203にかけての2パラ、ということになりますが、それをまるごと引用しては著者に失礼そうな気もします。本書では、3万8千年前から日本列島において突如としてホモ・サピエンスの人類遺跡が爆発的に現れたことから、そのころにいくつかのルートをたどってホモ・サピエンスが日本に到着したと考えています。かつては、インドからインドシナ半島などの海岸域を陸上で移動してきたと考えられていたんですが、著者はインドで整合的な遺跡が発見されないことから、この海岸線移動説ではなく、対馬ルート、沖縄ルート、北海道ルートの3ルートが並立して存在し、それまで原人や旧人のいなかった日本に定着し、それ以降も弥生人などの渡来人を次々と受け入れて来た、と結論しています。天孫降臨のような馬鹿げた神話ではなく、日本人が様々なルーツをもっていて、アジアの兄弟たちと同じ遺伝子DNAを共有している仲間だということが実感されます。私のように経済成長率や物価の上げ下げに一喜一憂しているエコノミストと違って、とても雄大で歴史のロマンを感じるテーマです。こういった読書は私のような貧相な者でも人格に余裕を与えてくれそうな気がします。

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次に、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』上下(河出書房新社) です。著者はイスラエルの歴史学者です。歴史の研究者ですから人文科学系だと思うんですが、本書の第1部と第2部は進化生物学的な解説となっています。英語の原題はほぼ邦訳と同じで、2011年の出版です。第1部が認知革命、すなわち、ホモ・サピエンスの誕生というか、動物ではなくヒトとしての現生人類の誕生です。第2部が農業革命、これはスンナリと理解できると思います。第3部の人類の統一を経て、第4部の科学革命で締めくくられています。大雑把な印象としては、ジャレド・ダイアモンド教授の『銃・病原菌・鉄』をはじめとする一連の著書に似通ったカンジで、ハッキリいって、二番煎じの感を免れません。でも、問題設定は少し違っていて、人類においては「虚構」が他人との協力を可能にし、他人との絆が文明をもたらした、と結論し、その「虚構」とは国家、貨幣、企業などなど、ということになります。では、その虚構に基づく文明は人類を幸福にしたのかどうか、ということになれば、主観的な幸福感で考える限り、脳内化学物質のセロトニン、ドーパミン、オキシトシンの分泌で決まってしまいかねず、かといって、本書ではアリストテレス的なエウダイモニアや生活の質(QoL)への言及はありません。歴史学の観点からは突っ込み過ぎともいえますし、歴史学を離れては突っ込み不足にも見えます。化学ではなく物理学で考えて、人間の脳のバックアップをハードディスクで取れるとすれば、それは何なのか、という問いかけは本書にもありますが、2011年というやや中途半端な出版時期のせいか、人工知能(AI)はどこにも触れられていません。繰り返しになりますが、歴史の研究者が歴史学のスコープを超えて、進化生物学も含めた人類の進歩について振り返っているんですが、ジャレド・ダイアモンド教授の二番煎じですし、こういったテーマは人文科学系でもいいのかもしれないものの、進化生物学を含めた自然科学系の著者の方が解説がスムーズな気もします。すなわち、本書では歴史の法則性のようなものは見当たりませんし、歴史学の方法論ではスコープを外れるトピックを扱っている気がします。前評判の割には、読み終えて少し物足りなさが残りました。

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最後に、フェルディナント・フォン・シーラッハ『テロ』(東京創元社) です。私はこの作者の短編集の『犯罪』と『罪悪』、さらに、長編の『コリーニ事件』は読んだ記憶があり、たぶん、このブログでも読書感想文をアップしていると思います。その最新刊ではないかと思います。2015年の出版です。ということで、いろんなメディアに取り上げられているのでネタバレではないと思うんですが、本書は2013年7月26日にドイツ上空でハイジャックされた旅客機が、テロリストにより7万人の観客が詰めかけるサッカースタジアムに墜落させようとされたところ、スクランブル発進した空軍少佐が独断で旅客機を撃墜するという結末を迎えます。乗客164人を殺して7万人を救った彼は英雄なのか、それとも、犯罪者なのか。本書ではこの旅客機の撃墜場面はなく、裁判場面しか収録していません。一般人が審議に参加する参審裁判所に委ねられ、空軍幹部の証言のほか、検察官の論告、弁護人の最終弁論ののちに、なんと両論併記で有罪と無罪の2通りの判決が用意された衝撃のラストに続きます。日本とは法体系が明らかに異なるとはいえ、憲法以下の法治国家という原則を遵守すべきならば有罪でしょうし、超法規的措置、というか、自然法体系を認めて、かつ、功利主義的な判断を下すのであれば、という二重の前提の下では、あるいは無罪の可能性もあり得るのかもしれません。人間の尊厳を原理に据えるカントと利害を可算と考えて比較考量するベンサム的な功利主義との哲学上の対立とも読めます。私ごときに結論を出せるハズもないんですが、なかなか興味深い視点を提供してくれる小説です。

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