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2017年2月11日 (土)

今週の読書も計9冊のオーバーリーディング!

今週も、経済書をはじめ、小説や新書も含めて計9冊です。じつは、今日の午前中のうちに近くの図書館をいくつか自転車で回ったんですが、アデア・ターナーの『債務、さもなくば悪魔』が光が丘図書館に届いていました。ヘリコプター・マネーで話題の本です。来週のいっぱい読みそうな予感です。

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次に、アルン・スンドララジャン『シェアリングエコノミー』(日経BP社) です。著者はインド出身のニューヨーク大学の研究者であり、この分野でもいくつか学術論文を書いていますが、本格的な著書は初めてだそうです。でも、しっかりした本であり、キチンと基本は押さえられている上に、私もよく知らない新しいシェアリングのサービスも大いに取り込んでいます。もっとも、私が知らないだけかもしれません。英語の原題は The Sharing Economy であり、そのままです。2015年の出版となっていますが、ものすごく日進月歩の分野ですので、いくつかの分析はすでに古くなっている可能性があります。ということで、シェアリング・エコノミーの中でも、Uber や AirBnB のような比較的人口に膾炙して以前から存在するビジネスだけでなく、議事ネスとして料金を徴収しない単なるサービスも広く含めている上に、ビジネスやサービスに従事する雇用者や独立起業家の労働待遇、あるいは、法的な地位まで視野に入れており、とても幅広くシェアリング・エコノミーを分析・解明しています。また、ついでながら、シェアリング・エコノミーとほぼほぼ同じ意味で、クラウド資本主義という用語も著者は使っています。従来のコミュニティや家族親族とシェアするのではなく、クラウドとして雲の中に存在する赤の他人から何らかのサービスを引き出す、くらいの意味ではないかと私は受け止めています。また、単にシェアするだけであれば、古くから存在するレンタカーや貸衣装などもシェアしているわけでしょうから、クラウドから引っ張って来るといったニュアンスはいいように思います。いずれにせよ、十分に利用されていない遊休部分のあるストックについて、インターネットからのアクセスにより料金を取る/取らないは別にして、赤の他人に開放する、というのが定義に近い気がします。そこから派生する問題についても、著者は本書で十分に理解して分析も加えています。消費者保護や労働者保護の観点は、現状の行政では対応しきれていないのは当然かもしれませんし、レビューによる選別や淘汰についても、ホントにサービスに対するレビューなのか、提供者の人種や性別・年齢に対する差別意識を含むのか、といった問題です。後者はダーウィン的なデータ進化論とも呼ばれているらしいです。ただ、すでに著作権上の問題ですでに死に絶えたナップスター類似のサービスについては、もう一度スポットライトを当てるのが正しいかどうか、私には疑問でした。本書で取り上げているシェアリング・エコノミーが新たなビジネス・チャンスなのか、単なる底辺への競争をあおるだけなのか、もちろん、シェアリング・エコノミーで大くくりにした一般論はムリでしょうが、直感的には Uber のように、後者である可能性が高いものも少なくないような気がします。こういった方向に対して、本書では p.324 からベーシック・インカムの議論を展開しています。シェアリング・エコノミーを論じる中で、非常に興味深い論点です。この点に着目した書評は多くないような気がしますが、シェアリング・エコノミーのひとつの弱点克服のための手段になりそうな気もします。最後に、この著書で取り上げられているシェアリング・エコノミーのビジネスについては、私が詳細を知らないものもあったりするんですが、少なくとも、Uber や AirBnB については明確な仲介者、というか、プラットフォームの提供者が存在しますが、現時点のこれらのビジネスは、ビジネスとしては中間段階の形態ではなかろうかと私は想像しています。というのは、おそらく、こういった仲介者の存在すらなくなって、ダイレクトに需要者と供給者がインターネットで結びつくのが第2段階の、というか、本来のシェアリング・エコノミーではなかろうか、とホンワカと想像しています。当たるかどうかは不明です。

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次に、デヴィッド・グレーバー『負債論』(以文社) です。著者はニューヨーク生まれの文化人類学者であり、現在、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス大学人類学教授を務めています。同時に、反グローバリズム運動のアクティヴィストでもあるようです。ウォール街占拠運動に参加し、日本にも洞爺湖サミットに反対する運動に参加するために来日した経験があるようなことが訳者のあとがきに書いてありました。英語の原題は表紙画像に見える通り、DEBT であり、2011年の出版ですが増補改訂版が2014年に出されており、翻訳書はそれを底本にしているようです。なお、明示的ではないんですが、2部構成となっており、第8章がどちらかはビミューなんですが、第9章からが第2部になっています。第8章は第1部というよりは第2部なんでしょうが、ブリッジでつなぐ役割のような気もします。訳者あとがきでは、第8章からを後半と位置付けています。ということで、私なりに勝手に分割した第1部は貨幣の歴史を軽く考察し、実際には物々交換の時代は存在せずに、経済学者の頭の中だけにあると論じつつ、貨幣の起源を債務、というか、債務証券とそれに対する裏書による流通、との認識を示しています。でも主要には、哲学ないしモラルの観点から債務を考えます。というのは、債務は返済すべきであるというモラルがある一方で、返済できなければ、「債務奴隷」という言葉がありますが、文字通りに、逮捕・収監されたり、その昔は奴隷の身分に落とされたりしたわけなんですが、債務を返済するというモラルと奴隷制を認めるというモラルに関して、どちらがより強烈にモラルに反しているかという観点から論を進めています。著者の専門分野である文化人類学の観点から、アフリカや資本主義経済ではなかろうという段階の社会における婚礼や犯罪の際の社会的な支払ないし債務と債権の関係を解き明かそうと試みています。私にはどこまでが成功しているかは判断しがたいんですが、興味あるところです。第2部は副題の通りに債務の歴史をひも解いています。ただ、5000年というのはやや誇張があり、紀元前800年から紀元後600年の枢軸時代から始まっています。その次の中世までは、まあ、第1部の続きで軽く読み飛ばしてしまいました。本書の読ませどころは何と言っても第11章の大資本主義の時代と題された章とそれに続く現代までの時代、すなわち、米国発のニクソン・ショックにより貨幣が純粋にフィアット・マネーとなった時代の第12章といえます。新大陸からの貴金属の流入が欧州の価格革命を引き起こしたものの、その9割以上は中国に流れ、産業革命をもってしても欧州は中国に売るものがなく、アヘンを輸出する始末だったことが明らかにされます。その中で、イングランド銀行が中央銀行としての活動を始めますし、大航海時代の金融的基礎が整えられ、金本位制からその放棄に至り、ここ数十年は貴金属の裏付けのない純粋なフィアット・マネーの時代となります。しかし、著者からの具体的な提案はほとんどなく、p.577に示された債務放棄くらいなんですが、訳者あとがきではウォール街占拠運動の要求のなさとリンクさせていたりします。賃労働と奴隷制の類似点については私も理解できなくもないんですが、債権債務の関係をはじめとする格差問題については、著者のように債権債務に限って放棄を促すやり方もある一方で、政府による再分配政策やマルクス主義的な革命路線など、いくつかあるように感じないでもなく、著者的な債権放棄については、時の流れとともに同じことが繰り返される可能性が高いことから、どこまで有効なのかは疑問が残ります。また、歴史を振り返るスコープとしても、債権債務の関係を生じた商業のほかに、産業革命から勃興した製造工業をここまでスコープの外に置くのも疑問です。本書のメインテーマである貨幣と債務に関しては、面白い視点かと思わないでもありませんが、やや私の興味とはすれ違った気がします。

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まず、芝田文男『「格差」から考える社会政策』(ミネルヴァ書房) です。著者は厚生省から中央省庁再編で厚生労働省を経て、京都産業大学の研究者に転じています。本書はタイトルとはかなり違って、大学学部初級レベルの社会政策論の、特に、制度論を取りまとめています。格差論を正面から論じているわけではなく、制度論を展開する中で格差の解消にも役立つ制度である、などの解説を付け加えているだけです。その意味では、看板に偽りありで、私にはかなり物足りないレベルであったことは確かです。ミネルヴァですから、京都にある大学の先生が教科書で売れると判断したのかもしれません。読書感想文として取り上げておきたい論題は、第12章のベーシック・インカムに関する議論です。この章の冒頭には「従来の社会保障・雇用政策のアンチテーゼの性格を持つ」と明記し、厚生省・厚生労働省ご出身の著者からすれば、かなり明確に敵意をむき出しにしつつも、賛成論と反対論をいかにも役人らしくバランスよく並べています。月額7-8万円のベーシック・インカムの場合、4ネットで0-56兆円くらいの財源が必要との試算を示した一方で、年額70兆円近い年金がゴソッと廃止できるとも付け加えています。ひょっとしたら、年金関係の公務員も減らすことが出来そうな気がします。それにしても、消費税率を8%に引き上げる際に、低所得層対策として簡素な給付制度の導入や、かなりベーシック・インカムに近い負の所得税などの検討が始まるんではないかと私は期待していたんですが、公明党が軽減税率にこだわって議論を歪めたのが、返す返すも残念です。軽減税率では、むしろ、高所得層が税額の点で多額の利益を得ますし、低所得層対策というよりも、むしろ、ひょっとしたら公明党支持層なのかもしれませんが、小規模な食料品店などのパパママ・ストアに対する補助金のような役割を期待されているんではないかと私は考えています。高齢者に偏った社会保障制度の打破のためにも、年金を廃止してベーシック・インカムを導入する方向の議論が始まらないものかと、今でも私は期待を込めていたりします。まあ、かなり長い議論になることは明らかなんですが、現行の年金制度が破たんする前に、年金を年金として制度的な継ぎ接ぎの制度論で終わらせるんではなく、高齢者だけでない国民全体の福祉の向上のためにベーシック・インカムの議論を始めるべき時期に差しかかっている気がします。

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次に、ロレッタ・ナポリオーニ『人質の経済学』(文藝春秋) です。著者はイタリア人であり、マネーロンダリングとテロ組織のファイナンスに関する研究の第一人者と紹介されていますが、所属のアフィリエートは示されていません。もう60歳を超えていますので、すでにリタイアしているのかもしれません。また、本書は研究者の学術書というよりは、ジャーナリストが取材したり、公開ドキュメントを当たったりして、ファクトを集めたものではなかろうかという気がしています。少なくとも私が読んだ直観的な受け止めはそうです。そして、イタリア人ながら、本書の英語の原題は Merchants of Men であり、2016年の出版です。なお、タイトルから明らかな通り、人質ビジネスは本書の一部を代表しているに過ぎません。すなわち、イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)を主たる取材源とし、人質ビジネス、おそらく「経済学」よりは「ビジネス」に近い印象ですが、その人質ビジネスに始まって、海賊行為とその投資者の解明、密入国の斡旋、るいは、難民ビジネスなどを対象に幅広く取材しています。もっとも、第7章と第14章で誘拐交渉人やシリア人難民のモノローグが登場しますが、その内容については著者を信用するしかなく、どこまで真実性が担保されているかどうかは、読者の中には疑問に感じる向きがある可能性は残されていると私は感じました。そして何より、こういった七時地ビジネスや海賊行為、あるいは、密入国斡旋や難民ビジネスなどは、それなりにリスクが高く、したがって当然に、リターンも大きいビジネスであり、それはイスラム教の教義やましてやジハードと呼ばれる聖戦とは何の関係もない、という事実を私なりに感じ取りました。そして、かなり似た意味で、無名のジャーナリストがスクープ欲しさに紛争地帯に入って七時地になったり、あるいは、その果てに殺害されたりしている事実を見て、ある意味で、そういったジャーナリストは、もちろん、被害者であるものの、持ちつ持たれつの間柄と捉える向きもありそうで怖い気がします。

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次に、榊原英資『日本国債が暴落する日は来るのか?』(ビジネス社) です。著者は著名なエコノミストであり、当時の大蔵省の財務官経験者でもあります。本書はかなり平明な語り口で、タイトルから理解できる通り、主として日本の財政のサステイナビリティについて、財政にとどまらずに金融政策、現在の黒田総裁の下での異次元緩和や社会保障政策による財政赤字拡大などを論じています。基本的には大蔵官僚らしく財政赤字を忌避する志向が鮮明ですが、必ずしもそういった限界を感じさせず、基本的な経済学の役割も十分に読者に理解させようとする著者の方向性には賛同したいと思います。そして、タイトルの問いに対して、著者はあと10-11年と回答しています。もちろん、国債価格の暴落、逆から見れば、金利の暴騰を防止するためには、社会保障をはじめとして、歳出のカットは容易ならざるものがあるとし、消費税を20%まで引き上げることが必要との立場を明らかにしています。しかしながら、その根拠はそれほど明らかではなかったりします。財政を議論の基本として、財政に関しては縦軸方向に歴史をさかのぼって、戦前の高橋財政による国際の日銀引き受けまでスコープを広げたり、また、現時点の経済政策という点では財政にとどまらずに日銀の金融政策まで視野を広げて、著者としてはインフレ目標2%はやや高すぎることから、1%くらいでもいいんではないかと論じていたりします。でも、購買力平価に従えば、円高が進む結果になるんですが、それはお忘れになっているような気がしてなりません。また、財政について世界的な例を引くにしても、せいぜいが1980年代のラテンアメリカ諸国や直近のギリシアなものですから、ホントに日本もそうなるのか、という直観的な疑問は残ります。論証なしで、国内貯蓄を直近までの傾向線で国債累増を考えるというのも簡便法に過ぎるきらいがあると考える読者もいそうです。いずれにせよ、それほど学術的に深い議論を展開しているわけではないので、定量的なエビデンスも示されていませんし、著者の直観的な感覚を知るという意味での読書になろうかという気がします。すぐ読み切れるだけに、それほどためにもならない、といったところでしょうか。むしろ、高校生向け?

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次に、宮内悠介『カブールの園』(文藝春秋) と『月と太陽の盤』(光文社) です。著者は若手のSF作家、ミステリ作家で、私は大いに注目しています。我が家で購読している朝日新聞の1月29日付けの書評で2冊いっしょに取り上げられていたので図書館に予約を入れたところ、何と、2冊いっしょに借りられましたので、私も2冊いっしょに読書感想文を書いておきたいと思います。ということで、まず、『カブールの園』は短編集、というか、中編2編を収録しています。表題作の「カブールの園」と「半地下」です。いずれもややSFがかった純文学のジャンルではないかと私は考えています。表題作は、米国西海岸を舞台に友人たちとシステム開発の起業をした米国在住の日系女性を主人公に、米国の日系移民の歴史と悲劇に焦点を当てています。主人公より年長の世代は、日米どちらの社会と言語に帰属するのかの選択を突き付けられ大きな問題を抱えた歴史に対して、主人公が作った国籍も人種も超える可能性があるプログラムを対比させ、アイデンティティとしての人種の日本人とか言語の日本語に関し、大きな問いを発しています。同時に母娘関係も複雑な様相を見せています。タイトルは、主人公が小学生のころにいじめられていたトラウマの治療をしているバーチャル・ルアルティ(VR)の名前で、これがややSF的な要素を持っているような気がします。もうひとつ、誇張した日本人を演じるプロレスラーの姉と暮らす主人公を描く「半地下」も、東海岸はニューヨークを舞台に、同じ日本人としてのアイデンティティの問題、また、英語の日本語の言語の問題などを掘り下げています。ただ、主人公は姉の死後に日本に帰国します。そこで、さらに言語の問題がクローズアップされます。小説ですからノンフィクションとは違いますが、移民を含む多民族国家の米国の実態が垣間見える気がします。次に、『月と太陽の盤』は基本的に短編ミステリ集で、2012年から2015年にかけて、「ジャーロ」と「ランティエ」に連載されていた作品を単行本にしています。6つの短編に共通していて、主人公の探偵は碁盤師の吉井利仙なんですが、ワトソン役が若い16歳の棋士である愼です。愼の姓は不明です。そして、主要な登場人物がもう2人いて、碁盤の贋作師である安斎優と愼の2歳上の棋士の姉弟子の衣川蛍衣です。収録されている短編は「青葉の盤」、「焔の盤」、「花急ぐ榧」、「月と太陽の盤」、「深草少将」、「サンチャゴの浜辺」の6編です。私は最初の短編「青葉の盤」については、何かのアンソロジーで読んだ記憶があります。でも、結末はすっかり忘れていましたので、私くらいの記憶力になると何度もミステリが楽しめることを実感させられてしまいました。収録された作品の中では、ページ数では表題作の「月と太陽の盤」がもっとも長くて中編くらいのほかは完全な短編です。繰り返しになりますが、碁盤師の吉井利仙が探偵役で謎解きをする連作ミステリです。サザエさん方式ではなく、着実に時間が流れて登場人物が年齢を重ねて行きます。殺人事件があるのは表題作だけなんですが、基本的に、ミステリの謎解きはそれほど本格的ではありません。「深草少将」なんぞは深草の少将と小野小町の物語の謎解きですから、謎の解決というよりは解釈に近く、ひとつの意見というカンジではないかと思います。「あとは、盤面に線を引くだけです。」というのが決めゼリフとして各短編の解決が示される直前に出て来ます。まあ、ミステリですからネタバレも避けたいですし、詳細は割愛します。

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次に、ロジーナ・ハリソン『わたしはこうして執事になった』(白水社) です。同じ作者が出している前作『おだまり、ローズ』については私も読んでいて、2015年1月3日付けの読書感想文のブログで取り上げています。アスター子爵夫人お仕えするメイドさんが作者であり、とても型破りな貴婦人に仕えた型破りなメイドの実話であり、古き良き時代の栄子の上流階級の活動を知る上で、とてもユーモアとウィットにとんだ文章でした。この作品は、やっぱり、お屋敷勤めの奉公人なんですが、男性、特に執事に目を転じています。同じアスター子爵家にお仕えした男性5人に作者が取材し、そのインタビュー結果を取りまとめています。Gentlemen's Gentlemen ですから、「紳士付きの紳士」ということなのでしょう。1976年の出版です。ノンフィクションなのか、あくまで小説なのか、境界はビミョーなところですが、前作と同じように19世紀から20世紀前半くらいまでの英国上流階級やそれを支えた使用人の実態を知ることが出来ます。しかも、今度は男性の視点からです。2番めに登場するアスター子爵家の執事エドウィン・リーは本書でもクリヴデンのリー卿との別名が出ますが、『日の名残り』の主人公のモデルではないかと聞いたことがあります。ホントかどうかは私は知りません。ニューヨークの英国大使館執事として有名なチャールズ・ディーンは英米2国を股にかけた執事ですし、いろいろとアスター子爵家にまつわる名の知れた執事が登場します。私は南米はチリの大使館勤務の経験がありますから、それなりの旧体制のような階層社会は認識があります。まず、我が国では見かけないような社交雑誌があります。Cosas という月刊誌で、実は、私も彼の地の上院議員といっしょに、どこかのパーティーに出席した時の写真が掲載されています。25年ほど前に発行された雑誌ですが、まだ、我が家のどこかに保存してあると思います。メイドはもちろん、執事も大使公邸にはいました。私も大使公邸でのレセプションや大規模なパーティーを采配したことがありますが、現地人スタッフはクロークかかりなどのチップを貰う役割をとても卑しんで嫌がった記憶があります。本書では、お屋敷奉公人の当然の権利としてチップの稼ぎも出てきますから、そのあたりの受け取り方の違いは時を隔てて変化したのか、距離や民族を隔ててアングロ・サクソン人とラテン人では違うのか、そのあたりはよく判りませんが、やや私には理解できないところです。最後に、本書でも王族の接待が投稿しますが、私の勤務地にも皇族がご訪問されたことがあります。本書ではどこかの貴族の旅行がスーツケース99個、とあり、流石にそこまでの量ではありませんでしたが、私のような簡便な観光や出張旅行と比べれば格段に多かったのを記憶しています。記念に焼き物の三段重ねの盃をいただきました。これも、我が家のどこかにあるような気がします。

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最後に、海老原嗣生『お祈りメール来た、日本死ね』(文春新書) です。著者は雇用や労働などのHRに関するコンサルタントであり、私はメディアなどでも見たことがありません。本書は話題になっていたので借りたものの、タイトル的に見て期待はしていなかったんですが、いい意味で期待はずれ、というか、日本的な雇用にも海外、特にフランスの雇用にも、ちゃんとした見識のある良書でした。特に、第5章で卒業後に新卒として採用することのムリ、職種と職務の違いに無理解なまま職種別採用を提唱するムリ、日本的なこと雇用慣行の全否定などにつき、キチンとした見方が示されていると思います。雇用や労働については、社会的な制度・慣行であるとともに、経済学的にある程度の制約条件を課した上での最適化行動と考えるべきです。ただし、雇用が人生の大部分の超長期に渡ってしまうことから、市場のスコープが行き届かずシジョウノシッパイが生じやすい分野とも言えます。私自身が就活をしたのは30年超の大昔であって、その当時は「就活」という言葉すらありませんでしたし、現在のように非正規雇用が広がっておらず、しかも、はばかりながら30年超の大昔に京都大学の経済学部を卒業していれば、就職にはほぼほぼ無敵でしたから、特段の思い出もありません。しかし、数年前にわずか2年間とはいえ、長崎大学経済学部の出向し、しかもその際に、リーマン・ショックというウルトラ級の経済ショックがあり、大学生の雇用の大きく悪化したのを目の当たりに見て、それなりの経験も積んだと自負しています。ですから、本書でも最終章で問うているように、就活を4年生の遅くに持って来れば、ホントに学生は勉強するのだろうか、教員は勉強させるのだろうか、という疑問はもっともです。逆から見て、終活が勉学の妨げになっていない現在の大学教育が問題であろうという気もします。いずれにせよ、タイトルが悪いので敬遠している人には、オススメです。もう少しタイトルを考えるべき新書だという気がします。

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