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2018年3月24日 (土)

今週の読書はいろいろ読んで計8冊!

先週はややセーブしたんですが、今週の読書は文庫本も含めて、とはいうものの、結局、計8冊に上りました。今日はすでに図書館を回り終え、来週はもう少しペースダウンして、5~6冊になりそうな予感です。

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まず、ムハマド・ユヌス『3つのゼロの世界』(早川書房) です。著者はバングラデシュの経済学者・実業家であり、グラミン銀行の創業者、また、グラミン銀行の業務であるマイクロクレジットの創始者として知られ、その功績により2006年にノーベル平和賞を受賞しています。英語の原題は A World of Three Zeros であり、邦訳タイトルはそのままで、2017年の出版です。上の表紙画像に見える通り、3つのゼロとは貧困ゼロ、失業ゼロ、CO2排出ゼロを示しています。そして、著者の従来からの主張の通り、ソーシャル・ビジネスの促進、雇われるばかりではなく自ら事業を立ち上げる起業家精神の発揚、そして、マイクロクレジットをはじめとする金融システムの再構築の3つのポイントからこの目標を目指すべきとしています。定義はあいまいながら、著者は資本主義はもう機能しなくなり始めているという認識です。経済学的には分配と配分は大きく違うと区別するんですが、資源配分に市場システムを用いるというのは社会主義の実験からしても妥当な結論と考えられる一方で、著者の指摘の通り、所得分配に資本主義的なシステムを適用するのは、もはや理由がないというべきです。そして、ここは私の理解と異なりますが、著者はやや敗北主義的に現在の先進国の政府では事実上リッチ層が支配的な役割を果たしており、政府による再分配機能は期待すべきではないと結論しています。「見えざる手は大金持ちをえこ贔屓する」ということです。ただ、政府に勤務していることもあって、私はまだ期待できる部分はたくさん残されていると考えています。そして、雇用されることではなく、自ら起業することによる所得の増加については、資本形成がかなりの程度に進んでしまった先進国ではそれほど一般的ではなく、途上国のごく一部の国にしか当てはまらない可能性があります。特に、私の専門分野である開発経済学においては、途上国経済における二重構造の解消こそが経済発展や成長の原動力となる可能性を明らかにしているんですが、マイクロクレジットによる小規模な企業では二重構造を固定化しかねず、農漁村などの生存部門から製造業や近代的な商業などの資本家部門への労働力のシフトがないならば、日本の1950~60年代の高度成長による形でのビッグ・プッシュが発生せず、途上国から抜け出せない可能性もありますし、いわゆる中所得の罠に陥る可能性も高くなるような気がします。ただ、マイクロクレジットとは関係なく、本書で指摘している論点のひとつであるソーシャル・ビジネス、すなわち、利己利益に基づく強欲の資本主義ではなく、隣人などへの思いやりの心に基づく非営利活動が経済の主体となれば、人類は資本主義の次の段階に進めるかもしれません。そして、本書が指摘するように、貧困と失業を最大限削減し、地球環境の保護に役立つことになるかもしれません。

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次に、北都光『英語の経済指標・情報の読み方』(アルク) です。著者はジャーナリストで、金融市場の情報に詳しいようです。出版社は英辞郎で有名なところです。ということで、本書では投資のプロがチェックしている海外の経済指標・経済情報の中で、いくつか金融市場に与える影響が特に大きいものをピックアップして、着目ポイント、読み解き方などをわかりやすく解説しています。基本的に、データの解説なんですが、中央銀行の金融政策決定会合の後の総裁の発言なども取り上げています。具体的には、第2章の基礎編にて、米国雇用統計、米国ISM製造業景況指数、CMEグループFedウオッチ、ボラティリティー・インデックス(VIX)、経済政策不確実性指数、米国商品先物取引委員会(CFTC)建玉明細報告、のほかに、一般的なデータのありかとして、米国エネルギー情報局(EIA)統計、国際通貨基金(IMF)の各種データ、経済協力開発機構(OECD)景気先行指数(CLI)、欧州連合(EU)統計局のデータを取り上げています。エネルギー関係のデータなどについては私も詳しくなく、なかなかの充実ぶりだと受け止めています。さらに、第3章の応用編では投資に役立つ英語情報の活用法として、要人発言を含めて、データだけでない英語情報の活用を解説しています。最終章では英語の関連する単語リストを収録しています。誠にお恥ずかしいお話しながら、commercialが実需であるとは、私は知りませんでした。これは英辞郎を見ても出て来ません。なお、私が数年前に大学教員として出向していた際にも、実際の経済指標に触れるために2年生対象の小規模授業、基礎ゼミといった記憶がありますが、その小規模授業にて日本の経済指標を関連嘲笑や日銀などのサイトからダウンロードしてエクセルでグラフを書くという授業を実施していました。日本ですから、GDP統計や鉱工業生産指数や失業率などの雇用統計、貿易統計に消費者物価にソフトデータの代表として日銀短観などが対象です。20人ほどの授業だったんですが、理由は不明ながらデータのダウンロードにものすごく時間がかかるケースがあって往生した記憶があります。

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次に、中村吉明『AIが変えるクルマの未来』(NTT出版) です。著者は工学関係専門の経済産業省出身ながら、現在は専修大学経済学部の研究者をしています。本書のテーマであるAIによる自動運転で自動車産業が、あるいは、ひいては、日本の産業構造がどのように変化するかについて論じた本はかなり出ているんですtが、本書の特徴は、自動運転車で人や物を運ぶ方法のひとつとして、乗り物をシェアするUberなどのシェアリング・エコノミーを視野に入れている点です。もっとも、だからといって、特に何がどうだというわけではありません。今週、米国でUberの自動運転中に死亡事故があったと報じられていましたが、自動車の運行については、私もそう遠くない将来に自動運転が実用化されることはほぼほぼ間違いないと考えていて、ただ、自分で自動車を運転したい、まあ、スポーツ運転のようなことが好きな向きにはどうすればいいのだろうかと思わないでもなかったんですが、本書の著者は乗馬の現状についてと同じ理解をしており、日本の現時点での公道で乗馬をしていないのと同じ理由で、自動運転時代になれば自動車の運転をするスポーツ運転は行動ではなく、まあ、現時点でいうところの乗馬場のようなところでやるようになる、と指摘しており、なるほどと思ってしまいました。また、将来の時点で自動運転される自動車は、現時点での自家用車のような使い方をされるのではなく、鉄道化すると本書では主張していますが、まあ、バスなんでしょうね。決まったところを回るかどうかはともかく、外国では乗り合いタクシーはめずらしくないので、私にはそれなりの経験があったりします。また、政府の役割として、規制緩和はいうまでもなく、妙に重複投資を避けるような調整努力はするべきではなく、むしろ、重複投資を恐れずにバンバン開発研究を各社で進めるべし、というのも、かつての通産官僚や経産官僚にはない視点だという気がしました。最後に、特に目新しい点がてんこ盛りとも思いませんので、自動運転の論考は読み飽きたという向きにはパスするのも一案かと思います。

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次に、マイケル・ファベイ『米中海戦はもう始まっている』(文藝春秋) です。著者は長らく米軍や米国国防総省を取材してきたベテランのジャーナリストであり、特に上の表紙画像に示された中国軍との接近事件などを経験した米軍関係者らにインタビューを基に本書を構成しています。英語の原題は Crashback であり、「全力後進」を意味する海洋船舶用語から取っており、米国のミサイル巡洋艦カウペンスが中国の空母・遼寧に接近した際に、間を割って入った中国海軍の軍艦との衝突を避けるためにとった回避行動を指しています。原書は2017年の出版です。ということで、上の表紙画像にも見られるように、中国海軍の戦力の拡充に対し、米国のオバマ政権期の対中国融和策について批判的な視点から本書は書かれています。本書冒頭では、かつての米ソの冷戦に対して、現在の米中は「温かい戦争」と呼び、米ソ間の冷戦よりも「熱い戦争」に近い、との認識を示しているかのようです。ただし、オバマ政権期であっても米国海軍の中にハリス大将のような対中強硬派もいましたし、それほどコトは単純ではないような気がします。中国が経済力をはじめとする総合的な国力の伸長を背景に、南シナ海などの島しょ部の占有占領を開始し、中には小規模ながら東南アジア諸国軍隊と武力衝突を生じた例もありますし、その結果、中国軍の基地が建設されたものもあります。もちろん、米国政府や米軍も黙って見ていたわけでもなく、カウペンスの作戦行動をはじめとして、中国海軍へのけん制を超えるような作戦行動を取っているようです。ただ、私は専門外なのでよく判らないながら、日米両国は中国に対して国際法を遵守して武力でなく対話による紛争解決など、自由と民主主義に基づく先進国では当たり前の常識的な対応を期待しているわけですが、平気で虚偽を申し立てて、あくまで自国の勝手な行動をダブル・スタンダードで世界に認めさせようとする中国の軍事力が巨大なものとなるのは恐怖としか言いようがありません。加えて、戦力的には現時点での伸び率を単純に将来に向かって延ばすと、陸軍では言うに及ばず、海軍であっても米軍の戦力を中国が超える可能性があります。そして、この観点、すなわち、覇権国の交代に際してのツキディデスの罠の観点がスッポリと本書では抜け落ちているような気がします。単純に狭い視野でハードの軍事力とソフトの政権の姿勢だけを米中2国で並べているだけでは見落とす可能性があって怖い気がします。加えて、日本の自衛隊にはホンのチョッピリにしても言及があるんですが、北朝鮮はほとんど無視されており、まあ、海軍力という観点では仕方ないのかもしれませんが、日本や韓国を含めた周辺国への影響についてはとても軽視されているような気がします。

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次に、森正人『「親米」日本の誕生』(角川選書) です。著者は地理学研究者であり、同じ角川選書から出ている『戦争と広告』は私も読んだ記憶があります。本書では、終戦とともにいわゆる「鬼畜米英」から、「マッカーサー万歳」に大きく転換した日本の米国観について論じているものだと期待して読み始めたですが、やや期待外れ、というか、ほとんど戦後日本のサブカルチャーの解説、特に、いかに米国のサブカルチャーを受け入れて来たか、の歴史的な論考に終わっています。ですから、対米従属的な視点もまったくなく、講座派的な二段階革命論とも無関係です。要は、終戦時に圧倒的な物量、経済力も含めた米国の戦争遂行力の前に、まったく無力だった我が国の精神論を放擲して、その物質的な豊かさを国民が求めた、という歴史的事実が重要であり、進駐軍兵士から子どもたちがもらうチョコレートやガムなどの物質的な豊かさに加えて、社会のシステムとして自由と民主主義や人権尊重などを基礎とした日本社会の再構築が行われた過程を、それなりに跡付けています。ただし、繰り返しになりますが、音楽はともかく、美術や文学やといったハイカルチャーではなく、広く消費文化と呼ばれる視点です。すなわち、洋装の普及に象徴されるようなファッション、高度成長期に三種の神器とか、そののちに3Cと称された耐久消費財の購入と利用、そして、特に家事家電の普及や住宅の変化、米国化とまではいわないとしても、旧来の日本的な家屋からの変化による女性の家庭からの解放、などに焦点が当てられています。ただ、私の理解がはかどらなかったのは、米国化や米国文化の受容の裏側に、著者が日本人のひそかな反発、すなわち、米国に対する愛憎半ばするような複雑な感情を見出している点です。それは戦争に負けたから、というよりは、米国的なものと日本的なものとを対比させ、例えば、自動車大国だった米国を超えるような自動車を作り出す日本の原動力のように評価しているのは、私にはまったく理解できませんでした。そこに、戦前的な精神性を見出すのは本書の趣旨として矛盾しているような気がするのは私だけでしょうか。

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次に、佐藤彰宣『スポーツ雑誌のメディア史』(勉誠出版) です。著者は立命館大学の社会学の研究者です。そして、本書は著者の博士論文であり、ベースボール・マガジン社とその社長であった池田恒雄に焦点を当てて、その教養主義を戦後の雑誌の歴史からひも解いています。ほぼほぼ学術書と考えるべきです。なお、雑誌としての『ベースボール・マガジン』は1946年の創刊であり、まさに終戦直後の発行といえます。その前段階として、野球という競技・スポーツが、戦時中においては米国発祥の敵性スポーツとして極めて冷遇された反動で、戦後の米軍進駐の下で、価値観が大転換して、米国の自由と民主主義を象徴するスポーツとして脚光を浴びた歴史的な背景があります。他方、メディアとしての雑誌媒体は、新聞がその代表となる日刊紙に比べて発行頻度は低く、週刊誌か月刊誌になるわけですが、戦後、ラジオに次いでテレビが普及し、リアルタイムのメディアに事実としての速報性にはかなわないわけですから、キチンとした取材に基づく解説記事などの付加価値で勝負せざるを得ないわけで、その取材のあり方にまで本書では目が届いておらず、単に誌面だけを見た後付けの解釈となっているきらいは否めません。でも、スポーツを勝ち負けに還元した競技として捉えるのではなく、その精神性などは戦時中と同じ地平にたった解釈ではなかろうかと私は考えるんですが、著者はよりポジティブに教養主義の観点から雑誌文化を位置づけています。スポーツは、究極のところ、いわゆるサブカルチャーであり、美術・文学・音楽といったハイカルチャーではないと考えるべきですが、競技である限り、スター選手の存在は無視できず、相撲でいえば大鵬、野球でいえば長島、らがそれぞれ本書では取り上げられて注目されていますが、他方で、マイナーなスポーツとして位置づけられているサッカーでは釜本の存在が本書では無視されています。少し疑問に感じます。でも、ひとつの戦後史として野球雑誌に着目した視点は秀逸であり、サッカーなんぞよりは断然野球に関心高い私のような古きパターンのスポーツファンには見逃せない論考ではないかと思います。

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最後に、アンディ・ウィアー『アルテミス』上下(ハヤカワ文庫) です。著者は新々のSF作家であり、本書は何とまだ第2作です。そして、第1作は『火星の人』Martian です。といっても判りにくいんですが、数年前に映画化され、アカデミー賞で7部門にノミネートされた「オデッセイ」の原作であり、本書もすでに20世紀フォックスが映画化の権利を取得しています。実は、私はそれなりの読書家であり、原作を読んだ後に映画を見る、という順番のパターンが圧倒的に多いんですが、原作『火星の人』と映画「オデッセイ」については逆になりました。私の記憶が正しければ、ロードショーの映画館で見たのではなく、「オデッセイ」は飛行機の機内で見たんですが、とても面白かったので文庫本で読みました。そして、最近、本屋さんで見かけたんですが、『火星の人』の文庫本の表紙は映画主演のマット・デイモンの宇宙服を着た顔のアップに差し替えられています。大昔、私が中学生だか高校生だったころ、『グレート・ギャッツビー』が映画化により映画のタイトルである『華麗なるギャッツビー』に差し替えられ、主演のロバート・レッドフォードとミア・ファローの写真の表紙に差し替えられたのを思い出してしまいました。それはともかく、本書の舞台はケニアが開発した月面コミュニティです。その名をアルテミスといい、それが本書のタイトルになっています。直径500メートルのスペースに建造された5つのドームに2000人の住民が生活しており、主として観光業で収入を得ています。もちろん、本書冒頭にありますが、超リッチな人が移住したりもしていて、例えば、足が不自由な人が重力が地球の⅙の月面で、地球より自由な行動を取れることをメリットに感じる、などの場合もあるようです。ただ、この月面都市でもリッチな観光客やさらに超リッチな住民だけでなく、そういった人々をお世話する労働者階級は必要なわけで、主人公は合法・非合法の品物を運ぶポーターとして暮らす20代半ばの女性です。本人称するところのケチな犯罪者まがいの女性なんですが、月面で観光以外に活動している数少ない大企業のひとつであるアルミ精錬会社の破壊工作を行うことを請け負います。でも、月面の資源を基にアルミと副産物である酸素とガラス原料のケイ素を産するプラントの爆破を実行するんですが、実は、この破壊工作にはウラがあって、前作の『火星の人』と同じように、月面都市や天下国家を巻き込んだ大きなお話し、というか、陰謀論に展開して行きます。相変わらず、というか、前作の『火星の人』と同じように、少なくとも私のようなシロートには大いなる説得力ある綿密な化学的バックグラウンドが示され、キャラの設定も自然で共感でき、クライム・サスペンスとしてのスピード感も十分です。映画化されたら、私は見に行きそうな気がします。

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