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2018年3月11日 (日)

先週の読書は経済書や小説も含めてまたまた計9冊!

昨日に米国雇用統計が割り込んで、読書感想文は先週分になってしまいました。読書日が1日多かったこともあり、先々週に続いて先週も9冊を読み切ってしまいました。2週連続で9冊の読書感想文というのは、やや異常の域に入るかもしれません。ということで、経済書や安全保障・危機管理などに関する教養書に加えて、小説まで含めて以下の通りの計9冊です。この週末は昨日に図書館を自転車で回りましたが、さすがに今週は3週連続で9冊とはならず、いくぶんなりとも読書のペースダウンが図られそうです。

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まず、ジョージ・ボージャス『移民の政治経済学』(白水社) です。著者は米国ハーバード大学の労働経済学者であり、専門は移民の経済学です。本書は2015年にハーバード大学出版局から刊行されたテキスト Immigration Economics に続いて、一般向けに手ごろな分量でシンプルで率直な刊行物として2016年に出版された We Wanted Workers の邦訳です。前者のテキストは未訳ではないかと思います。なお、英語の原所のタイトルは、本書でも出て来る "We wanted workers, but we got poeple instead." すなわち、「我々が欲しかったのは労働者だが、来たのは生身の人間だった。」というスイスの作家フリッシュの発言に由来しています。ということで、我が国でもそうですが、企業経営者が声高に人口減少に対抗する手段として移民の必要性を強調するのは、安価な労働者としてなんでしょうが、実は、社会保障の対象となったり、あるいは、本人だけではなく子弟が教育の対象となったりするという意味も含めて、実は、生身の人間がやって来るわけです。もちろん、生活や文化もいっしょですから、話は逸れますが、隣国に人口規模という意味で超大国が控えている日本においては、私は移民には反対しているわけです。数百万人単位で生身の人間が隣国の人口超大国から移住してくれば、「安価な労働者」の範疇を大きく超える日本社会へのインパクトになることはいうまでもありません。本書の書評に戻って、本書の著者は、米国における移民の経済効果を極めて率直かつドライに定量的に評価しています。すなわち、例えば高度技能を持った移民が現在の国民と補完的な役割を果たせれば、お互いにウィン-ウィンの関係を結べる可能性があるものの、移民と同じ、というか、代替的な技能を持つクラスの国民に対しては賃金引き下げ要因となり、その結果、5000億ドルの所得移転が労働者から企業にる、と結論し、「移民とは単なる富の再配分政策」と指摘しています。日本でも同じだろうと私は受け止めています。そして、ある意味で、あらゆる手段を駆使して移民が我々全員にとっていいことだとの証明を試みたコリアー教授を批判的に紹介しています。まあ、自由貿易もそうですが、すべての国民にプラスということはあり得ません。トータルでプラスなので、何らかの所得補償を実施すれば、という前提の下で自由貿易も国民のマクロの厚生にプラス、ということなんだろうと思いますし、移民も同じと考えるべきです。ただ、これらの計量的な結果をもってしても、12歳で母親とともにキューバから移民して来た著者は移民に対する暖かい眼差しを忘れません。欧米でポピュリズムが台頭し、排外的な思想の下で移民に対する見方がネガティブに傾く中で、しっかりと基本を押さえている経済書・教養書だと思います。

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次に、木内登英『異次元緩和の真実』(日本経済新聞出版社) です。著者は野村総研・野村證券のエコノミストであり、2012年から5年間日銀の政策委員会の審議委員を務めています。そして、少なくとも任期後半、特にマイナス金利の実施以降は日銀執行部の議案に反対を続けて来たような印象があります。まあ、私のような部外者が見ていて、民主党内閣で任命されたので、アベノミクスに経済政策が大きくレジーム・チェンジしても、最後まで任命してくれた民主党に義理を感じ続けたんだろうか、という気もしなくもなかったんですが、本書を読んで認識の間違いに気づきました。というのは、以前から何となく雰囲気で理解していたつもりなんですが、やはり、マイナス金利については金融機関、特に銀行出身者にはとても過酷な政策に見えるようです。要するに、金融機関の収益を収奪しているような見方が主流のようです。しかも、本書でも指摘しているように、そのころの日銀執行部、というか、黒田総裁は金融政策当局と市場の対話については重視せず、むしろ、サプライズの方が政策効果が上がると見ていたフシもあり、その唐突な登場とともにマイナス金利がいかに金融機関の収益を圧迫するがゆえに忌み嫌われているのか、を改めて強く実感しました。加えて、イールドカーブ・コントロール(YCC)も同じように長期の利ザヤを稼ぐ機会を奪うことから金融機関に嫌われており、本書の著者は強く反対しています。その昔の旧法下では、総裁などの執行部のほかに、都銀・地銀・商工業・農業代表、などと出身のグループが明らかでしたが、現在もほのかに透けて見えるものの、出身母体の利益を代表するポジション・トークではなく、もう少し国民経済の観点からの議論をお願いしたいものだという気もします。加えて、日銀財務の健全性を相変わらず強調し、言うに事欠いて、日銀が物価の安定という本来のマンデーとよりも日銀財務の方のプライオリティが高いと見えかねない行動を取れば、円通貨に対する信認が失墜する可能性を示唆し、まさに、そのように日銀に行動させようと考えている著者の見方は何だろうかと不審を持ってしまいます。さすがに、ハイパー・インフレの可能性こそ言及されていませんが、旧来の日銀理論も随所にちりばめられており、かなり批判的な読書が必要とされそうです。

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次に、肖敏捷『中国 新たな経済大革命』(日本経済新聞出版社) です。著者はSMBC日興証券のエコノミストであり、中国経済を分析するリポートを配信しています。昨年の党大会にて「核心」となり、着々と権力の一極集中を測り、本書によれば毛沢東以来の権力者と見なされつつある習近平主席について、本書の著者の見立てによれば、反腐敗などによる権力闘争はほぼ終了し、経済の軸足を移行しつつある、と分析されています。しかも、それまでの成長一辺倒、というか、雇用の拡大による量的な民政安定から、分配を通じた安定化の方向に転換を図ろうとしている、ということのようです。私は中国経済の専門家ではありませんし、それほど中国経済をフォローしているわけでないんですが、本書の著者も指摘している通り、中国においては政策運営は、経済中心ではなくあくまで政治が主導し、共産党がすべての指導原理となっている、と私は認識しており、従って、私のようなエコノミストの目から見て、経済合理性に欠ける政策運営も辞さない政治的な圧力というものがあるんだろうと想像して来ましたが、他方で、経済的には別の動きがあるのかもしれません。それにしても、中国に限らず、アジアの多くの国は雁行形態論ではないんですが、やっぱり、日本の後を着実に追っている気がします。例えば、現在の我が国の若者などがインバウンドの中国人旅行者のマナーの悪さを指摘したりしますが、実は、1985年のプラザ合意後に大きく円高が進んで円通貨の購買力が高まって海外で買い物に走った日本人も30年ほど前には同じような視点で欧米先進国の国民から見られていたんではないか、という気もします。加えて、日本で高度成長が終了した1970年代前半と同じような経済状況が現在の中国にもありそうな気がします。その意味で、何と、本書ではまったく出世しない私が、現在は日銀審議委員まで出世されたエコノミストと共著で書いた学術論文「日本の実質経済成長率は、なぜ1970年代に屈折したのか」を大きくフィーチャーして引用(pp.86-87)していただいているのは誠に有り難い限りです。昨年、私自身が所属する国際開発学会で学会発表した最新の学術論文 "Japan's High-Growth Postwar Period: The Role of Economic Plans" ももっと売れて欲しいと願っています。

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次に、佐藤雅彦・菅俊一・高橋秀明『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(マガジンハウス) です。タイトル通り、昨年のノーベル経済学賞を授賞されたセイラー教授の授賞理由である話題の行動経済学をテーマにし、まんがで伝統的な経済学の前提するような合理性をもたない「ヘンテコ」な人間の経済活動を解説したベストセラーです。まんがは23話に上り、なかなかよく出来ている気がします。そして、まんがを終えて最後のパートに出て来るグラフはとても有名なツベルスキー=カーネマンのプロスペクト理論のS字形のグラフです。我が家がジャカルタにいた2002年にカーネマン教授がノーベル経済学賞を授賞された功績の大きな部分をなしている理論です。フレーミング効果アンカリング効果、おとり効果など、おそらくは実際のマーケティングに大いに活用されている行動経済学の原理を分かりやすく解説していますが、ホントに合理的な経済活動を実践している人には不思議に思えるかもしれません。例えば、私の所属する研究所では忘年会にビンゴをするんですが、私は毎年のようにビンゴのシートを始まる前に交換を申し入れます。すると、ビンゴが始まる前ですから、各シートはすべて確率的に無差別のハズなんですが、一度配布されて自分のものとなったシートを交換に応じてくれる人はとても少数派です。たぶん、80%くらいの圧倒的多数はビンゴのシートの好感には応じません。また、第1話の最後のページの解説に国民栄誉賞の授賞が決定したイチロー選手が辞退したニュースが取り上げられていて、報酬が動機を阻害するアンダーマイニング効果として紹介されていますが、本書でも取り上げられているハロー効果=後光効果の一例として、リンドバーグを上げることが出来ます。ロックバンドのリンドバーグではなく、「翼よ、あれがパリの灯だ」の大西洋横断飛行に成功したリンドバーグです。私の小学生か中学生のころの1970年代前半に米国がベトナム戦争の中で、いわゆる北爆=北ベトナムへの空爆を強化するとの方針が明らかにされたことがあり、何と、中身はすっかり忘れてしまいましたが、リンドバーグが何かコメントしていました。新聞で見かけたような気がします。大西洋横断飛行を成功させたのが1927年で、その45年ほど後にも飛行機にまつわる話題の専門家としてコメントしていたのだと想像しています。イチローとりがって、若くして偉業を成し遂げて、その後忘れ去られていたのではないか、という気もします。

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次に、森本敏・浜谷英博『国家の危機管理』(海竜社) です。著者は防衛大臣も務めた安全保障の専門家と同じく安全保障や危機管理を専門とする研究者です。冒頭で、日本語の危機管理のうちの「危機」が英語のcrisisなのか、risukなのか、あるいは、「管理」がcontrolなのか、managementなのか、から始まって、いわゆる他国との武力衝突めいた安全保障だけでなく、テロ活動はもちろん、震災や津波などの自然災害なども含む幅広い危機を対象とし、さらに、管理の方でも事後的な後始末めいた活動だけではなく、発生を予防したり、あるいは、災害などで減災と呼ばれる方向、もちろん、情報収集活動も含めた幅広い活動を取り上げています。一般に、リスクが進行したり拡大したりしてクライシスになるんだということのようですが、経済分野ではその昔のナイト流の危険の分布が既知のリスクと不明な不確実性に分ける方法もありますし、また、明らかにクライシスの分類に入りそうなのに「システミック・リスク」と呼ばれるものもあります。ということで、私は大きく専門外ながら、本書でいえば第3章後半のISILによるテロ活動とか、第4章の原発事故や北朝鮮の核開発などが読ませどころかという気がします。私の認識している北朝鮮との軍事衝突シナリオと、ほぼほぼ同様の見方が本書でも提供されている気がしました。米国や韓国が先制攻撃するとすれば、一瞬で戦闘を終わらせて北朝鮮を制圧しなければ、国境を接する中国と韓国に戦闘が広がることはないとしても、難民が流れ込むなどが生じたりしますし、逆に、北朝鮮としてはとてもではないが米国とそれなりの黄な戦闘行為を継続するだけの能力はない、といったところではないかと思います。また、自然災害にほぼ絞られるんですが、米国のFEMAにならったREMAなる緊急対応組織を日本にも設置するような提案がなされています。私は危機対応における私権制限が気がかりだったんですが、本書では極めてアッサリと、道路では日常的に私権が制限されている、と指摘して緊急の危機時に私権が制限されるのは当然、という見方のようです。でも、一般道におけるスピード制限とか、信号によるゴー&ストップ規制が私権制限とは、私には考えられないんですが、いかがなものでしょうか。

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次に、古川勝久『北朝鮮 核の資金源』(新潮社) です。著者はどういう人か知らないんですが、本書との関係では、国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会の専門家パネルの委員経験者です。2016年4月まで4年半の国連勤務だそうです。ということで、日米韓を先頭に独自制裁も含めて、厳しい国連の経済制裁を受けながらも、私のようなシロートにも北朝鮮は着々と核ミサイルの技術力を向上させているように見えるんですが、どういったカラクリで輸出を実行して外貨を資金調達し、同時に、国内で入手困難な開発必需品を輸入しているのか、それを明らかにしようという試みが本書に結実しています。要するに、いかに北朝鮮が制裁をかいくぐって、あるいは、他国からお目こぼしを受けているかを取りまとめています。例えば、お目こぼしをしている主要な大国として中国とロシアが上げられますが、中国の林業用トラックが北朝鮮に輸出されてミサイル運搬に使われていたりする一方で、輸出した中国企業の方では、軍事転用しないと一札取っているのでOKなんだ、と言い張ったりするわけです。ただ、似たような話は昔からあって、例えば、日本に寄港する米国の軍艦などが核兵器を搭載しているのではないか、という野党の追求に対して、非核三原則を堅持している日本への核兵器の持ち込みだったか、安保条約の事前協議に対象だったか、私はすっかり忘れましたが、日本へ核兵器を持ち込むに際しては米国からの事前協議があるハズであり、その事前協議がないので核持ち込みはない、と政府は強弁していたわけです。私が役所に入った1980年代前半なんてそんなもんでした。そして、世界でもっとも北朝鮮に厳しく対応している我が国でさえ、霞が関の官僚のサボタージュに近い対応により、抜け穴がいっぱいあったりします。例えば、日本には船舶を資産凍結する法律がない、と本書の著者は指摘しています。もっとも、パチンコ資金が北朝鮮に流れているんではないか、という伝統的な見方は本書では取り上げられていませんでした。我が国以外のアジア諸国では、ひとつの中国政策により、国として認められていない台湾はダダ漏れのようですし、東南アジアも決して効果的な政策を採用しているわけではありません。アジア以外でも、中南米もワキが甘いと指摘されていますし、欧州大国でも縄張り争いなどにより、決して効率的に制裁が実行されているわけではありません。もちろん、国連の査察でも、本書にある通り、それほど強力なものではありません。何となく、私のようなシロートは、大柄で重武装した米兵がドアを蹴破ってどこでも入り込み、銃を構えているところに国連職員が乗り込んで、洗いざらい書類や証拠品を持ち去るイメージだったんですが、あくまで当事国の合意ベースの査察のようです。ともかく、やや誇張が含まれていそうな気がしないでもないんですが、私のようなシロートが知らないイベントやエピソードが山盛りです。しかも、ノンフィクションとしてとてもよく書けています。ある意味で、エンタメとしても面白く読めたりもします。

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次に、万城目学『パーマネント神喜劇』(新潮社) です。著者はご存じ売れっ子のエンタメ小説化であり、我が母校京都大学の後輩だったりもします。ですから、大阪などの関西方面を中心にご活躍と思います。本書は、名も知られぬ縁結びの神社の神様を主人公に、コミカルでありながらも心温まるストーリーの短編を4話収録しています。主人公やその仲間の怪しげな神様が、いかにも神様らしく時間を停止させて対象者に語りかけ、願いを成就させるわけで、男女間の恋愛がうまく行ったり、作家として新人賞を受賞して文壇デビューしたり、オーディションに合格してドラマや映画に出演したり、などといった夢を見させてくれるという形で、いわば神頼みのエンタメ小説です。ただ、神様が何から何まですべてをアレンジしてくれるわけでもなく、まあ、行動経済学のセイラー教授的な用語を用いれば、そっと肩を押すナッジのような役割を果たしています。もっとも、本書ではもっと現実的に2度発言することにより、行動を根本から変える言霊を神様が打ち込むことにより願い事が実現の方向に向かいます。第1話「はじめの一歩」では、付き合って5年も経つのに一向に進展しない同期入社カップルの話、第2話「当たり屋」では、神さまが神宝の袋にストックしていた言霊の源7コが当たり屋の男に届き、いろいろと当たりまくりながらも男がまっとうな仕事につく話、第3話「トシ&シュン」では、作家志望の男と女優志望の女のカップルが主役でともに神様の力で成功する夢を見る話、そして、第4話の表題作では地震がテーマとなり、東北大地震なのか、熊本地震なのかは私にはハッキリしませんでしたが、正面切って「地震をなくして欲しい」という願い事が神様に届けられながらも、地震で神社の神木は折れ、お調子者の神もただ沈黙する状況下で、神と人と自然の力が一体となり小さな奇跡が起こる話、の4話構成です。基本的に、この作家本来の、といってもいいですし、関西風の、と表現もできますが、コミカルで軽妙なストーリー展開や豊かな表現力の中に、ある意味で、シリアスで人生や自然というものを考えさせられる短篇集です。なかなか出来のいい小説で、私はほぼ一気読みしてしまいました。

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次に、柚月裕子『盤上の向日葵』(中央公論新社) です。著者は売れっ子のミステリ作家であり、私は堅持を主人公にした佐方貞人シリーズの短編が好きなんですが、長編小説で何度か直木賞の候補に上がったこともあると記憶しています。長編でも、刑事を主人公にしたミステリを何冊か読んだことがあり、この作品もそうです。平成6年が舞台ですから、まだっさいたま市になる前の大宮市の山中で発見された遺体が一式数百万円の値がつく高価かつ貴重な将棋の駒を持っていたことから、この名駒の所有者を探して埼玉県警でも指折りの名刑事が、何と、奨励会出身ながら年齢制限でプロ棋士になり損ねた刑事と組んで捜査に乗り出します。私の場合、このあたりから早々に現実感覚が失われていった気がします。そして、章ごとに、平成6年の本書の舞台となっている時点での将棋のタイトル戦の挑戦者のパーソナル・ヒストリーが明らかにされて行きます。すなわち、小学生3年生の時点で母親を亡くし、父親から虐待を繰り返される中で、定年退職した教師による将棋の手ほどきや生活面での支援があり、天才的な頭脳を有する高IQ児でもあることから、東大から外資系企業に就職し、すぐに独立起業して億万長者となった後に、今度は将棋の世界では破格の進撃からプロ棋士となり、そして、本書の舞台である平成6年の時点で将棋界でもっとも栄誉あるタイトルに挑戦するまでの半生です。ただ、埼玉県警の名駒を追った捜査とこの棋士のパーソナル・ヒストリーの構成がとても雑で、埼玉県警の捜査の方は1年くらいの期間である一方で、棋士のパーソナル・ヒストリーはラクに25年を超えるわけですし、その上に、無駄に長くて、しかもしかもで、ほとんどあり得ないパーソナル・ヒストリーなものですから、とても読みにくくて少し落胆も覚えてしまいました。将棋の棋譜については、私はまったくのシロートなんですが、面白く読む上級者もいそうな気がします。この作品の作者はだんだんと作品のボリュームが増えて行くような気がしてならないんですが、それが単なる冗長に堕しているように私には見えます。繰り返しになりますが、検事を主人公とした短編シリーズが、ある意味で、この作品の作者の代表作だという気もします。

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最後に、福田慎一『21世紀の長期停滞論』(平凡社新書) です。著者は東大経済学部でマクロ経済学を担当する教授であり、マクロ経済に関して我が国を代表するエコノミストの1人といえます。ただ、私の目から見て、例えば、先日3月7日付けの日経新聞の経済教室の寄稿のように、やや経済の構造面、中長期的な側面を重視する傾向がありそうで、それゆえに、人口減少を過大に重視し、逆に、数年くらいのスパンで運営される金融政策の効果を軽視しているような気もします。ということで、こういった福田先生のマクロ経済学説に対する私の見方を強めこそすれ、改めようという気にはさらさらなれない本です。通常、日本のみならず米国や欧州も含めた広範な先進国において21世紀型の長期停滞とは、サマーズ教授のいい出した secular stagnation であり、本来の実力より低いGDP水準に加えて低インフレと低金利の状態が長期に渡って続くという特徴を持ちます。そして、その原因は需要不足ないし供給過剰にあると世界的なエコノミストが多く指摘しているところなんですが、著者の福田先生は、日本では、というか、日本に限って、2013年のアベノミクス以降、雇用関連など力強い経済指標は存在するが、賃金の上昇は限定的で物価上昇の足取りも依然として重い上に、構造的に少子高齢化や財政赤字の拡大などの成長を促進するとは思えない要員が目白押しであり、日本では需要不足や供給過剰への対応、要するに、需給ギャップ対策の経済政策ではなく、構造改革こそが必要だと主張します。ですから、アベノミクスのような従来からあるケインズ型の需要喚起策では不十分であり、人口減少に対応する移民受け入れ策を検討すべき、となります。なんだか、やっぱりね、という既視感に襲われます。裁量労働制の拡大による絶対的剰余価値の生産は、ようやく働き方改革法案から削除されましたが、経営側はどうしても安価な労働力が必要と考えているようです。今週の読書感想文の最初に取り上げたボージャス教授の『移民の政治経済学』に実に適確に示されているように、移民の拡大は労働者から企業への所得分配を促進しますので、我が国で移民を受け入れれば、今以上に労働分配率は低下し、企業の内部留保は積み上がります。そうではありません。現在の景気回復・拡大が実感を伴わずに、力強さに欠けると認識されているのは、企業が内部留保を溜め込んで労働者に分配せず、賃金が上がらず消費も増やせないことに起因しています。移民受け入れはまったく逆効果の政策対応であり、企業サイドの党派的、もしくか、階級的な要求事項だということを認識すべきと私は考えています。

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