ご寄贈いただいた『「反緊縮!」宣言』を読む!
松尾匡[編]『「反緊縮!」宣言』(亜紀書房) をご寄贈いただき早速に、読ませていただきました。去る4月28日付けの読書感想文でバルファキス『黒い匣』を取り上げた際に、本書についても軽く紹介しておきましたが、早速にご寄贈いただき、誠に有り難い限りで御礼申し上げます。まったく、催促したようで、やや下品な気がしないでもありませんでしたので、今後は控えたいと思います。
上の表紙画像の通りに、本書では、左派リベラルの経済政策や経済学について、財政学を中心に金融政策も含めて、幅広く、決して経済政策だけでなく生活者の視点も含めて展開しています。左派と右派の経済政策は、実は、見分けられやすそうで、なかなか違いが判りにくい、というか、経済政策そのものが判りにくくなっているうらみはありますが、私がいつも強調しているように、見分けるべきポイントはいくつかあり、以下に5点ほど指摘しておきたいと思います。第1に、財政政策や金融政策では引き締め的な政策を志向する右派に対して、左派は財政政策では政府支出の拡大や減税、また、金融政策では金利引き下げや量的緩和などの景気拡大的な政策を志向します。第2に、経済学のもっとも初歩的なツールとして2次元的なグラフの需要曲線と供給曲線がありますが、右派は供給面を重視して生産性の向上や規制緩和をはじめとする構造改革の推進などを目指しますが、左派は需要面を重視して賃上げによる所得増やワークライフ・バランスの改善を目指すといえます。同様の需要と供給の観点で、知的財産権を最大限尊重してその期間を長期化しようとする右派に対して、アフリカに対するHIV治療薬の需要に関して、特許を超越する形で供給しようとするスティグリッツ教授のような考え方が左派になります。ケンイズの有名な言葉として、「長期に我々はみんな死んでいる」というのがあるのは広く人口に膾炙しているんではないでしょうか。なお、今の安倍内閣は憲法改正を目指す右派政権であるにもかかわらず、春闘に介入するがごとき態度で企業に賃上げを求めたり、反ブラック企業やワークライフ・バランスの改善を目指しているではないか、との反論はあるんですが、それは後回しにします。ということで、この2点はかなり幅広い合意があるような気がしますが、以下の2点はやや議論あるかもしれません。すなわち、第3に、右派は自由貿易を遵守する一方で、左派は自由で制限ない貿易よりも公正な貿易の推進を求めます。フェアトレードと呼ばれ、途上国の児童労働やスウェット・ショップに左派は反対です。しかしながら、いわゆるカギカッコ付きながら「自由貿易」に正面切って反対するのは、良識あるエコノミストとして、とても勇気が必要です。ただ、価格だけをシグナルとする市場取引の典型が「自由貿易」ですので、私はその意味で「自由貿易」を全面的に肯定するのにはためらいがあります。ビミョーな言い回しなんですが、公正な自由貿易というものはあり得るわけで、公正な自由貿易であれば私は無条件で支持すると思います。ただ、不公正な自由貿易よりも公正な制限的貿易の方がマシな気もしています。もっとも、このあたりは理論的・理念的な表現よりも実証的に解決すべき課題なんだろうとも思います。またまた、反論ある可能性があり、では、関税率引き上げを連発しているトランプ米国大統領はどうなんだ、という見方も成り立ってしまう恐れがあるんですが、これも後回しにします。そして、第4に、第2の観点から派生すると考えるエコノミストもいそうな気がしますが、右派は長期の経済政策を志向し、年金の「100年安心」などを掲げたりしますが、左派は短期の経済政策をより重視するような気がします。そして、最後に第5のポイントとして、今までの4点に通底するところなんですが、右派エコノミストは市場における価格情報をシグナルの中で最大、というか、唯一の判断材料とする一方で、左派エコノミストは価格だけでなく、さまざまな関連情報、例えば、宇沢弘文教授的なシャドウ・プライスや外部経済的な社会で幅広く関連する価値を認めます。右派エコノミストがカギカッコ付きながら「市場原理主義」と呼ばれるゆえんです。ただし、この最後の4番めと5番めのポイントは、私も実はそれほど自信がありません。左派全体で幅広く当てはまることではなく、ひょっとしたら、私だけかもしれません。その昔に、官庁エコノミストだったころは周囲に左派エコノミストがほとんどいなかったので視野が狭くなり、私の考え方の特徴が左派全体にいえるのではないか、とついつい考えがちになってしまいます。でも、私が所属し奉職していた役所は、その昔に都留重人教授のご指導を受けたことに見られるように、少なくとも私がお勤めを始めたころは、政府官庁の中では左派的でリベラルな雰囲気ある役所と考えられていることも事実です。
さて、留保して後回しにした2点なんですが、私は以下のように考えています。まず、改憲を目指す安倍内閣が左派的な経済政策を採用しているんではないか、という反論に対しては、基本的には、まったくその通りだと私は考えています。現在の安倍内閣は改憲を目指す姿勢はもとより、外交や安全保障では右派政権であることは明らかなんですが、経済政策は日銀とのアコードに基づく超緩和的な金融政策に見られる通り、かなりの部分について左派的な経済政策を採用しています。もちろん、財政政策については、本書でも指摘している通り、2013年度で終了してしまったように見えますし、企業や経団連に対する賃上げ要請やワークライフ・バランスの重視など、まだまだ不十分との見方もあり得ますが、かなりの程度に左派的な経済政策と見なすエコノミストが多そうな気がします。どうしてそうなのかの理由は不明なんですが、左派こそ硬直的な経済政策を放棄して、初期のアベノミクスを十分参考にする必要があるように私には見えてなりません。次の2点めで、トランプ米国大統領の制限的な通商政策をどう考えるか、については、繰り返しになりますが、理論的・理念的な観点ではなく実証的に考えるべきではないかと思います。すなわち、例えば、先週の読書感想文でリチャード・クー『「追われる国」の経済学』を取り上げたところで、それに即して私の独自解釈も含めて少し雑駁に展開すれば、貿易赤字を続ける米国で、まあ、表現はよろしくないかもしれませんが、国内の選挙民の中で貿易上の「負け組」が「勝ち組」を上回ることは十分あり得ることであり、選挙の票数で貿易上の「負け組」が過半数になれば制限的な通商政策を求めることもあり得ますし、当然、ポピュリスト政権ではそういった主張で得票を増加させる戦略を取ることを有利と考える可能性があります。その結果ではなかろうか、という気がしますが、私自身で実証するだけの能力はありませんので、必ずしも十分に自信あるわけではありません。直感的に、そのように感じているだけです。そして、やや強引に視点を我が日本に向けると、国際商品市況の石油価格にも依存しますが、我が国がコンスタントに貿易黒字を計上していたころ、もしも、貿易相手国の児童労働やスウェット・ショップなどの労働条件が著しく劣悪な低賃金労働で生産される製品やサービスを公正な価格を下回る低価格で輸入した結果の貿易黒字であれば、国民がどう考えるかはかなり明らかではなかろうか、と私は受け止めています。ですから、価格だけをシグナルとする無条件に自由な貿易よりも公正な貿易の方を私は志向します。左派エコノミストがすべて同じ見方か、と問われれば自信がありませんが、少なくとも米国のサンダース米国上院議員と私はそうではないか、という気がします。左派の公正な貿易とトランプ米国大統領の制限的な通商政策とは、当然ながら、考え方、捉え方が180度違うという事実、すなわち、トランプ米国大統領の制限的な通商政策は、相変わらず価格だけをシグナルにして、自国産業保護のために輸入価格に上乗せされる関税を課すのに対して、左派の公正な貿易とは自国と他国を問わず児童労働やスウェット・ショップなどの雇用者を搾取する労働をはじめとして、情報の不足する農民から、場合によっては暴力的な手段を用いたりして、農産物を安く買いたたくなどの不公正な取引に反対する、という違いは忘れるべきではありません。
直接、左派と右派の違いには関係ないかもしれませんが、「国民にもっとカネをよこせ!」とはいっても、その際のカネの渡し方にも注意が必要です。井上准教授のチャプターだったと思うんですが、ムダな公共投資というカネの使い方はダメ、といった趣旨の主張がありました。私はインフラ投資一般をムダとは考えませんが、確かに、インフラ投資にムダが多いのは事実です。そして、基本的に、左派は社会福祉や教育の充実による国民への還元をもっと主張すべきと私は考えています。要するに、ホントの意味での福祉国家の実現であり、社会福祉を通じて国民にカネを還元すれば、格差の是正につながることが大いに期待されます。本書のスコープの中で、少し物足りなく欠けていると私が考えるのはこの点です。繰り返しになりますが、国民へのカネの還元方法について、インフラ投資をすべて否定するものではありませんし、まだまだ必要なインフラ投資は積み残されているものがある、と私は考えている一方で、公共投資による国民への還元はいわゆる「土建国家」の旧来手法であり、加えて、カネの渡し方そのものが不公平感を増幅するとともに、実際に格差の是正にはつながらない可能性が高い、と考えるべきです。この「土建国家」的な公共投資によるバラマキに代わって、社会福祉による国民への財政資金の還元の重視は、左派はもっと主張していいように私は感じています。
こういった観点から、本書で展開する左派的な経済学や経済政策から始まって、生活者の実感まで、さまざまな考え方はとても共感できるものです。多くの方が手に取って読むことを願っています。そして、それほど自信ないものの、私の左派的な経済学が、もしも、左派一般に共通する経済学であるのであれば、本書のスコープである財政政策や金融政策にとどまることなく、価格だけをシグナルとして児童労働やスウェット・ショップや農民搾取などを許容しかねない「自由貿易」よりも公正な貿易の観点、また、構造改革や生産性向上などの供給サイドの重視よりも賃上げや所得の増加などを重視する需要サイドの経済学、さらに進めて、「土建国家」を脱却してホントの福祉国家の実現、などなど、もっともっと広範に左派経済学を展開していただきたいと、大きな期待を持って応援しつつ、最後に、安倍政権に何でも反対ではなく、経済政策で参考にすべき部分は受け入れる柔軟性が必要ではなかろうか、という気がします。強くします。
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