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2019年7月 2日 (火)

インフレ・ターゲット+2%の経済学的基礎を明らかにする日銀ワーキングペーパーを読む!

先週木曜日6月27日に日銀から「ニューケインジアン・モデルを用いたインフレと社会厚生に関する分析: 日米を事例に」と題するワーキングペーパーが明らかにされています。もちろん、ペーパー本体のpdfファイルもアップされています。とても驚くべきことのような気がするんですが、当時の白川総裁のころに物価目標2%を掲げてから、また、現在の黒田総裁が日銀を率いて異次元緩和を開始してから6年余り、今までほとんど2%のインフレ・ターゲットに関して経済学的な基礎に関する議論がなされていませんでしたが、このワーキングペーパーで初めて正面から取り上げられています。
このワーキングペーパーでは、インフレのコストとベネフィットに影響を与える代表的な要因として、(1) 価格の硬直性、(2) 貨幣保有の機会費用、(3) 名目賃金の下方硬直性、(4) ゼロ金利制約、の4要因を非線形なニューケインジアン・モデルに組み込み、社会厚生を最大化する定常状態インフレ率の水準を求めようと試みています。なお、私は社会厚生関数が気になったんですが、価格と賃金が伸縮的なキャッシュレス経済をベンチマークとして、価格の硬直性などの歪みのある経済の経済の社会厚生をこのベンチマークまで引き上げるために必要な消費の変化を消費単位で測った厚生損失として定義しています。それから、モデルのいくつかの前提で、家計の効用最大化や企業の収益最大化とともに、統合政府の予算制約式が満たされると仮定している点について、ひょっとしたら、日本経済の現状から異論あるかもしれませんが、中央銀行を含まない一般政府や中央政府でなく、中央銀行を含む統合政府の予算制約式を満たすわけですから、これは問題ないと私は受け止めています。実際に、モデルの定式化としても、家計の貨幣需要をアコモデートする形でパッシブに貨幣が供給される一方で、統合政府の予算制制約式を満たすようなトランスファーが実行されることとなっています。さらに、パラメータのカリブレーションやその設定については、私は必ずしも自信ありませんが、既存研究を基にしつつ設定されており、加えて、結果の頑健性はそれなりにチェックされている印象です。

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まず、結論に入る前に、今までの先行研究がサーベイされています。上のグラフの通り、先行研究ではインフレ・ターゲットとしてゼロないし、場合によっては、マイナス金利が推奨されているかのごとき結果が示されています。逆から見て、+2%あるいはそれ以上のインフレ・ターゲットは、今までの標準的な経済学的分析からは出て来ないとすらいえます。基本的には、相対価格の変動を引き起こさないという利点から、一般物価水準でゼロインフレが好成績を残してきたんだろうと私は考えていますが、加えて、今まで利用されたモデルではかなりアプリオリにゼロインフレ近傍で線形近似されたモデルを使っており、これがひとつの原因ではないかと考えなくもありません。ゼロインフレ近傍での線形近似は判らなくもないんですが、逆に、ゼロインフレから乖離した解が導かれにくいバイアスを生じた可能性があります。あくまで、私の直感です。間違っているかもしれません。

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ということで、このワーキングペーパーの結論は上のテーブルの通りです。日米ともに標準的には+2%近傍のの定常状態インフレ率が社会厚生を最大化する、したがって、+2%のインフレ・ターゲットが日米ともに最適解に近い、との分析結果が示されています。そして、既存研究のゼロではなくプラスの、それも+2%の定常状態インフレ率が本ワーキングペーパーで導かれた理由は、日米両国において異なっており、日本ではゼロ金利制約に起因する部分が大きく、米国では名目賃金の下方硬直性が強い影響を及ぼしている、という結果となっています。ただ、ここに示されている社会厚生を最大化する定常状態インフレ率+2%はかなり幅をもって考えるべきであり、 ±1%ポイント程度乖離したとしても、社会厚生が低下する程度は限定的なものにとどまる、と確認しています。同時に、金融政策の時間軸効果=フォワード・ガイダンスを考慮すれば、社会厚生を最大化する定常状態インフレ率がさらに切り下がる可能性も指摘しています。

最後に、学術的、というか、エコノミスト的でなく、すでに定年退職したとはいえ、役人的な裏事情まで見透かして私なりに解釈を加えると、まず、著者3人はいずれも日銀企画局の職員であって、金融研究所の研究者などではありませんから、それなりのポジショントークと受け止めることも必要かもしれませんが、従来の日銀理論から決別し、日銀がオンゴーイングで実行している金融政策に対して標準的な経済学からの裏付けを与えるものであることは間違いありません。ただ、社会厚生を最大化する定常状態インフレ率は+2%であると結論されている一方で、+2%のインフレ・ターゲットから乖離を生じても社会厚生の損失は限定的、という結論は、現状の+1%に届かないインフレでもかなりの程度にOKであり、加えて、+2%目標の達成を急ぐ必要性は低い、というメッセージかも知れません。繰り返しになりますが、この最後のパラは私の勝手な解釈ですので、念のため。

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