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2019年7月 7日 (日)

先週の読書は前週に続いて経済書は失敗読書ながら計5冊!!!

今週は、年度初めの4~6月期のお仕事がピークで、昨日に米国雇用統計が入って読書日が1日多いにもかかわらず、先週に続いて少し失敗読書の経済書を含めて、以下の5冊です。昨日の土曜日午前中が梅雨の中休みで図書館回りを終え、今週も話題の経済書をはじめとして数冊の読書になりそうです。

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まず、松尾匡『左派・リベラル派が勝つための経済政策作戦会議』(青灯社) です。作者の松尾先生からご寄贈いただきました。ただ、昨日のお届けだったもので、さすがに、まだ読んでいません。日を改めて単独で取り上げたいと思います。先週の読書計5冊の外数です。

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まず、ビョルン・ヴァフルロース『世界をダメにした10の経済学』(日本経済新聞出版社) です。著者はフィンランド出身のエコノミストであり、ハンケン経済大学教授を務めた後に米国の大学でも教えたが、1985年に銀行業に転じ、1990年代前半に投資銀行を起業し、現在は北欧最大級の金融コンツェルンであるサンポ・グループの経営者となっています。原題は DE 10 SÄMSTA EKONOMISKA TEORIERNA なんですが、このままでは理解できないので、英語では The Ten Worst Ideas in Economics となるようです。2015年の出版です。ということで、典型的な右派エコノミストの理解なんですが、「邪悪な理論」と指摘され各章のタイトルになっているアイデアに番号を振って整理しつつ羅列すると、(1)緊縮財政は経済成長の足かせになる、(2)資本主義は搾取を生みだす、(3)増税は財政赤字の穴埋めになる、(4)格差是正は経済成長につながる、(5)「インフレ」とは消費者物価の上昇である、(6)市場は非効率である、(7)金利はマイナスにできない、(8)自由市場は存在しない、(9)「陶酔的熱病、恐慌、崩壊」は資本主義の宿痾だ、(10)インフレ退治が中央銀行の唯一の仕事である、ということになります。いつもの論理のすり替えに近いんですが、誰も主張していないことに対して「邪悪な理論」としてあげつらっているものもありますし、まったく的外れなものも少なくありません。特に、あまりまじめに正面からコメントしたくもないんですが、第5章のインフレに対する見方はそれなりに同意できる部分があります。すなわち、貨幣なしの物々交換であればインフレは生じない、という指摘です。ですから、インフレとは物価上昇ではなく貨幣価値の下落であり、それ以外は相対価格の変化に過ぎない、というのは事実なんだろうと思います。

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次に、伊丹敬之『平成の経営』御厨貴・芹川洋一[編著]『平成の政治』(日本経済新聞出版社) です。6月15日の読書感想文で取り上げた『平成の経済』とともに、平成3部作をなす経営と政治の2冊を読みました。経済の平成は明らかにバブル経済とその崩壊で特徴づけられるんですが、経営については、当然ながら、経済と同じでバブル経済とその崩壊が大きく影響します。他方、政治では、何といっても、国際的には冷戦の終了と国内的には小選挙区制の採用が大きな平成の特徴と考えるべきです。ですから、政治的には米ソの冷戦が終了し、米国がソ連や社会主義陣営を圧倒したわけですが、平成の初期には経済や経営ではバブルに浮かれた日本では、政治はともかく、経済や経営では米国よりも日本の方が先進的である、という誤解がったのも確かです。もちろん、バブル経済が崩壊して長期の停滞に陥った日本では、やっぱりダメなのか、という空気が蔓延したのも事実です。ただ、マクロ経済と違って、個々の企業や、あるいは、産業では経営的に優劣がつくわけで、『平成の経営』では自動車産業を持ち上げる一方で、電機産業についてはシャープやサンヨーなどの消滅会社もあるわけですから、厳しい目で見ています。政治にせよ、経営にせよ、ガバナンスという意味では大きな変化が平成の時代に生じています。すなわち、経営では従業員が圧倒的な比重を占めていたところに、株主という要素がジワジワと大きくなっています。グローバル化が進み、ストックとしての株主構成では外国人の比率は決して大きくないものの、売買高ではかなりのウェイトを占め、ガバナンスの点からは外国人の圧力に負けた、というわけでもないんでしょうが、株主への配慮が欠かせなくなっています。他方、政治の政党のガバナンスについては、小選挙区での公認候補に対する影響力から、政党執行部のパワーがとてつもなく大きくなりました。2005年の郵政選挙における「刺客」などに見られる通りです。最後に、とても興味深い点で、私は現在の安倍政権の経済政策がとても左派的であると考えているんですが、『平成の政治』では経済政策だけでなく、安倍内閣そのものの左派制を強調しています。でも、護憲の左派に対して、改憲を大きな政治的目標に掲げているんですから、これは少し疑問が残ります。

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次に、鶴ヶ谷真一『記憶の箱舟』(白水社) です。作者は団塊の世代の生まれで、翻訳書を中心とした編集に携わってきたエディターです。本書では、その編集者としての経験から、書物の出現に始まる読書という知的行為と、それに関して記憶という精神作用の間にはどのような歴史があるのかを東西の経験からひと解いています。読書や本という物体は、アレクサンドリアの図書館を例外とすれば、西洋ではキリスト教のカトリック修道院に期限があり、本書でも指摘しているように、文字の記録としての本という形では、ラテン語で記録されているばかりでした。これは信じがたいんですが、その昔のラテン語は文字がびっしりと続いており、アイルランドでようやく単語間にスペースを置く分かち書きが始まり、さらに、コンマやピリオドなどのパンクチュエーションが始まったようです。そうでないと読みにくくて仕方なかったんでしょう。ということで、私は自分をそれなりの読書家であると自任しており、このブログも毎週土曜日の、今週だけは米国雇用統計が間に割って入って日曜日ながら、読書感想文がひとつの売り物になっていますから、通勤やなんやで聞き流しているモダンジャズの音楽鑑賞よりも重視しているつもりなんですが、本書広範の記憶という面では考えさせられるものがありました。ついつい、HDに入っている250枚くらいのアルバムのモダンジャズの音楽をウォークマンで聞き流すのと同じで、私は年間に250冊から300冊位の読書なんだと思うんですが、ついつい読み飛ばして頭に残っていない、というか、記憶に残っていないような気がしないでもありません。私の考える限り、それでいい読書もあります。それは事実です。まあ、何といいましょうか、要するに時間つぶしというヤツです。それはそれで読書のひとつの効用ですが、もちろん、すべての読書がヒマ潰しでよかろうハズもなく、頭にいれるべく勉強んの読書もあるハズです。その比率の問題なのかもしれません。

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最後に、ピーター P. マラ & クリス・サンテラ『ネコ・かわいい殺し屋』(築地書館) です。著者は鳥類学者とサイエンスライターです。英語の原題は Cat Wars であり、直訳すればネコに対する戦争、とでもなるんでしょうか、いずれにせよ、ネコの捕食される、というか、狩られる方の鳥類学者の著作ですので、ネコに対する憎しみに満ち溢れているように私には見えます。ということで、これはおそらく事実なんだろうと思うんですが、ネコが人間によって連れて来られて、侵略的な外来種として在来種の絶滅に加担したのは事実なんだろうと私は思います。ただ、おそらく私を含めた多くの人々と著者では、自然というものに対する定義と評価関数が大きく違うと読んでいて気づきました。私の直感では、著者のいう自然とは、著者の考える自然であって、ミルの『自由論』の考え方を借りれば、いわば、トピアリーのような、著者の考える自然を持ってよしとし、ホントのあるがままの自然ではないような気がします。もちろん、あるがままの自然には天然痘ウィルスがいたり、マラリアが蔓延していたりするわけで、そういったものは自然界から駆逐することが許容されると私も同意します。しかし、ネコを天然痘ウィルスと同列に考えて、在来種の復活のために駆逐することに同意する人は少なそうな気も同時にします。ニュージーランドの鳥類の例が本書冒頭に取り上げられていますが、それなら、ニュージーランドに入植した欧州人を去勢して、マオリ族という在来種を復活させようという意見は、おそらく、許容されないような気がします。北米大陸での欧州人および黒人とネイティブ・アメリカンについても同じであろうと私は考えます。だから、ネコもOKというのは短絡的に過ぎるかもしれませんが、著者たちの一派の考えがすべて正しく、それが「自然」というものなのであり、それ以外の考えはすべて非科学的、と言わんばかりの主張には同意できない点がたくさんあった、ということは書き記して残しておきたいと思います。

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