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2020年7月18日 (土)

今週の読書は話題の『現代経済学の直観的方法』をはじめとして経済経営書など計5冊!!!

今週の読書は、なかなか興味深い経済書や経営書をはじめとして、責任論、さらに、民主主義やファシズムを考えさせられる学術書・教養書、さらに、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の拡大防止のための自粛や営業規制による貧困層への影響を速報した新書、と以下の計5冊です。

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まず、長沼伸一郎『現代経済学の直観的方法』(講談社) です。著者は、よく知らないんですが、各種の「直観的方法」シリーズの出版で著名な方だと認識しています。いずれもブルーバックスで、『経済数学の直観的方法 マクロ経済学編』と『経済数学の直観的方法 確率・統計編』を私も読んだ記憶があります。2017年3月4日付けの読書感想文でアップしてあります。出版社のサイトなどに従えば、本書の原案は、実に30年以前からあったとか、また、書籍の帯には「私は30年前にこの本のベースとなる論考に出会い大きな衝撃を受けた」とあります。私は不勉強にして知りませんでした。ただ、経済学的にはマイクロな選択の理論はほとんど含まれておらず、マクロ経済的な物価とか成長の議論が中心と考えるべきです。そして、第8章の仮想通貨とかは30年前にはないので、まあ、それなりの時期に書かれているんだろうという気はします。注目すべきは、最終章の「縮退」という概念です。もっとも、ローマクラブ的なゼロ成長主義に起源を持つんではないかと思えますし、それほどめずらしくもなく、いかにも低成長の続く日本らしい発想ですが、それがサステイナブルな成長かどうかについては、本書では特に議論されていない、としかいいようがありません。そういったモデルが考えられる、というに過ぎません。私は、本書冒頭で高らかに宣言されている資本主義の特徴である「プラスの金利」がその後、何ら本書の中で考慮されていないのが残念です。すなわち、資本主義にプラスの金利があるのは、中世的な経済停滞ともいい得るほぼほぼ成長のない世界から、現実の成長率がプラスに転じたからであり、その逆ではありません。勝手にどこかで誰かがプラスの金利を設定したから経済成長が始まったのではなく、経済が産業革命の少し前あたりから成長するようになったので、金利がそれに従ってプラスになったわけです。ですから、時間的な先行性とともに因果関係も経済成長が先立っているというのが一般的なモデル解釈であろうと思います。ですから、中世的な経済停滞に入れば、何らかのタイムラグはあるものの、世界経済がプラスの金利を失い、ゼロ成長に落ち着く、そう「落ち着く」わけです。ただ、私なんかは成長そのものを自己目的化するわけではなく、まだ、格差や貧困が残る中で成長の必要性を主張しているわけです。ですから、ある意味で社会主義的な充足された経済社会になればゼロ成長でも、もちろん、人口動態次第ではマイナス成長でもOKだという気がします。ただ、すでに充足された人たちが、まだ充足されていない貧困層や格差を放置したまま「縮退」を経済政策の目標とすることには大きな疑問が残ります。世界は、資本主義に基づいて、さらに生産性を高めて affluent society を実現し、世界から貧困を大きく削減した後に、次の経済社会システムに進むのではないでしょうか。

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次に、トム・ピーターズ『新エクセレント・カンパニー』(早川書房) です。著者は、マッキンゼーの経営コンサルタントであり、今は独立しているのかもしれません。その昔の1980年代に「新」のつかない『エクセレント・カンパニー』をウォータマンとの共著で出版しています。我が家の本棚に並んでいたりします。なお、先週忘れていたんですが、リフキン『エントロピーの法則』も我が家の本棚にあったりします。英語の原題は The Excellence Dividend であり、前の『エクセレント・カンパニー』が、実は、In serach of がついていたりしますので、邦訳タイトルとビミョーに違っています。2018年の出版です。本書の内容は、当然ながら、邦訳タイトルではなく英語の原題に沿っているわけで、特に会社に焦点を当てているわけではありません。あくまで「エクセレント」を突き詰めようとしています。邦訳にある人工知能(AI)との対比もほとんどありません。前の「新」のつかない『エクセレント・カンパニー』は1983年の邦訳出版ですから、私の記憶にはほとんど残っていませんが、多国籍企業を取り上げて、エクセレントな多国籍企業には国境がない、という趣旨のような帯がまだついています。本書では、会社ではなく経営者ないしマネージャーにスポットを当てており、エクセレントな経営者ないしマネージャーのソフト面の解明、というか、著者が体験した中からソフト面の重要性を抜き出そうと努めているように私には見受けられます。まあ、「ケーススタディと4でもいいかもしれません。すなわち、戦略や数字あるいは分析などの経営学的なツールややり方よりも、組織文化が重要であり、顧客よりむしろ従業員を厚遇し、雇用の安定に努めるというのも含めて、人の重要性をしつこいくらいに繰り返しています。そして、イノベーションは「数撃ちゃ当たる」法則と「失敗は成功のもと」法則ですから、ある意味で、実に明快です。類書にあるように、戦略と組織と人と金の使い方でイノベーションが進むような幻想を見事に打ち砕いてくれています。邦訳もよく考えられていて、ある意味で、サリンジャー的な英語表現7日もしれないと、最後に解説があったりします。前の『エクセレント・カンパニー』もそうだったのかもしれませんが、ある意味で、机上で練り上げられた合理的な戦略を精緻な数値分析でもって進めるのが企業経営の要諦なんかではなく、人が寄り集まって組織文化を作ってエッサワッサと運営するのがエクセレントな企業、というわけなのかもしれません。もっとも、企業経営なんぞはまったく知らない私の読書ですから、間違っていそうな気もします。

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次に、ヤシャ・モンク『自己責任の時代』(みすず書房) です。著者は、ドイツ出身で、現在は米国の大学に在籍している政治学の研究者です。同じ著者の『民主主義を救え!』を昨年2019年11月3日付けの読書感想文で取り上げています。英語の原題は The Age of Responsibility であり、2017年の出版です。最後の訳者の解説にもある通り、邦訳タイトルには「自己」を忍び込ませてあります。ということで、我が国では、イスラム原理主義のテロ集団の人質になったような極端な例を含めて、正規雇用の職につけない若者や貧困に陥って何らかの社会保障の援助を受ける場合、あるいは、ひどい場合には、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)などの感染症への罹患まで、様々な局面でカギカッコ付きの「自己責任」が強調され、セイフティネットの整備はおろか、社会政策的な施策の責任を政府から免責するかのような新自由主義的な論調がもてはやされた時期がありました。それは決して日本だけのことではなく、同じように新自由主義的な経済政策の下で、1980年代の英国サッチャー政権や米国レーガン大統領のころから、政府の責任ではなく国民個々の自己責任が強調されている中で、本書は、というか、本書の著者は、自分の不注意や怠慢、怠惰などで貧困などの経済的な困難や苦境にある国民には、社会保障の給付はすべきではない、といった論調に対して批判的な観点から責任論を解き明かして、組み立て直そうと試みています。こういった責任論に対して、責任緩和的な福祉国家論から、国民個々人の責任の遂行を追求する新自由主義的な国家論まで、さまざまな議論を紹介するとともに、批判的な検討を加えています。私は、左派的な大きな政府を志向するわけではありませんが、本書でも展開されているような運の要素も結果に影響を及ぼすわけですから、結果をすべて国民個人に帰責することは、当然ながら、不適当であり、セイフティネットよりももう少し広い、というか、政府における格差解消や平等の実現に向けた幅広い政策が必要と考えます。ただ、最後に、本書はかなりの程度に学術書です。すなわち、かなり難易度が高い仕上がりとなっています。それなりの覚悟を持って読み始める必要がある点は指摘しておきたいと思います。

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次に、田野大輔『ファシズムの教室』(大月書店) です。作者は、甲南大学のファシズムなどの研究者であり、大学の授業でナチス的なファシズムの体験学習を実行した際の経験が本書に収録されています。ミルグラム実験とか、ジンバルドー教授のスタンフォード監獄実験などのように、いわゆる「上からの指示」による非人道的な虐待行為、あるいは、それを集団で実行することによる責任感の麻痺をファシズムのひとつの特徴として、その点を拡大した体験学習によるファシズムの恐ろしさを大学生に教えようと試みるものです。受講する学生が集団で無地の白いシャツにブルージーンズという制服に見立てた格好をし、サクラに立てた色物の柄シャツ学生を糾弾し、また、これもサクラの教室外においてカップルで過ごしているリア充学生を糾弾するなど、ナチスの突撃隊がユダヤ人に対する行為を少しスケールダウンして実行してみて、実は、本書には明記されていなかったように感じましたが、いとも簡単に大衆が操られるという意味で、実に身近にファシズムの「種」が潜んでいるのだ、と実感させられます。もちろん、ナチスだけでなく、かつての日本のファシズムでもなく、目の前で展開されている現代日本のヘイトスピーチなどにも極めてよく当てはまる気がするのは私だけではなかろうと思います。この体験学習は映画『THE WAVE ウェイヴ』にヒントを得たものであると作者はいいますが、こういった球団行為は映画にはないらしいですので、いろいろと工夫はされているものと思います。その意味では、同じ大学教員として私なんぞの凡庸な教員にはマネの出来ないものかもしれません。いくつか、学生の実際のリポートらしきものが画像で示されていましたし、授業の評価が高いとの結果も示されていましたが、凡庸な大学教員としてはややスレスレという実感もあります。よほどうまくやらないと逆効果にもなりかねませんし、実際に、2018年を最後にこの授業が中止されたというのも事実です。「責任からの開放」だけでなく、実は、多くの人に潜むポリティカル・コレクトネスへの密かな反発、というか、反発まで行かないまでも、決して全面的に同意することの出来ない「本性」のようなものが私はある時点で噴出する可能性があり、ひとつは2016年年の米国大統領選挙とかでそれは国民的な規模で現れましたし、一部の集団ながら我が国のヘイトスピーチでも見られます。そういった本物ではない旧来からの価値観の一掃も同時に求められているような気がします。

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最後に、中村淳彦『新型コロナと貧困女子』(宝島社新書) です。著者は、貧困や風俗に働く女性などを中心に取材を続けているジャーナリストです。本書のタイトルは「貧困女性」となっていますが、取材対象となっている女性は、もちろん、貧困であることは間違いないのですが、ほぼほぼ風俗サービスに勤務する女性ばかりです。ある意味で、女性のインフォーマルかつ最後のセイフティネットが風俗産業、ないし、非合法な売春、あるいは、それに類したカラダを売る行為と、本書でも指摘しています。そういった女性たちは、本書では、貧困そのものと指摘されており、私もかなりの程度に同意します。もちろん、私自身は定年まで国家公務員として勤務し、現在は大学教員に再就職しているわけで、本書の著者が取材しているような世界については皆目土地勘がありませんし、この方面に詳しいハズの著者自身が「発言のすべてが現実離れしている」とか、「嘘か本当かわからない話」と認めているわけで、中には、「常識やモラル、倫理観がある一般社会では聞くことができない異常な話」もあったりする中で、どこまで現実として受け取っていいのか判りかねますが、少なくとも、終章で展開されている著者の経済学的、ないし、経済政策論的な視点は十分に受け入れられるものです。平成の時代の新自由主義的な経済政策により、女性を始めとする経済的な弱者が貧困に追い詰められ、団塊の世代や正社員に居座り続ける比較的年齢層の高い世代が、そういった女性の性風俗従事者のサービスを買う、という構図はかなり正確だと思います。新自由主義的な経済政策の一環で、派遣労働の対象業種の拡大により、非正規の低賃金職種に追い詰められた女性や若者に関する指摘はとても鋭いと私は受け止めましたし、2004年に改組された学生支援機構(JASSO)の奨学金制度への著者の批判や疑問も、極めて真っ当なものです。世代を継承しかねない貧困の連鎖を断ち切るために、大学進学というのは極めて重要な役割を果たすべきなのですが、その経済的な基礎を提供する奨学金制度が新自由主義的な歪みを体現しているのは、大学教員として、とても悲しく残念な思いです。でも、終章で著者が期待しているようなコロナ禍による経済政策の転換は、私は望み薄だと考えています。

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