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2020年12月12日 (土)

今週の読書はほとんど新書で計5冊!!!

今週の読書は、全部で5冊なんですが、単行本の学術書1冊以外はすべて新書です。東京にいたころには、新書はほとんど読まなかったんですが、学生諸君にオススメする必要性もあって、関西に引越してからは盛んに読んでいます。ということで、以下の計5冊です。

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まず、三浦秀之『農産物貿易交渉の政治経済学』(勁草書房) です。著者は、杏林大学の研究者であり、専門は、国際関係論や国際政治経済学などです。本書は、タイトル通りの分析を行っているわけですが、戦後日本が経済発展を遂げる中で、高校の社会科でも習うペティ-クラークの法則により、生産や雇用が第1次産業から第2次産業へ、さらに第3次産業へとシフトしていく中で、第1次産業たる農業が貿易や投資の自由化の流れに対して、以下に抵抗してきたか、あるいは、抵抗に失敗してきたか、を跡付けています。農業だけではなく、広く日本の産業一般に見られるステークホルダーの集団として、「鉄の三角形」という3すくみがあります。国会議員のうちのいわゆる族議員、官僚、業界団体です。族議員は官僚に優位を保ち、官僚は行政指導などで業界団体の上位に立ち、しかし、業界団体は選挙の際の票の取りまとめなどで国会議員に対して影響力を行使する、という3すくみです。そして、農業の場合は業界団体がその昔の農協、いまのJAということになります。本書では、それほど昔からの歴史を追っているわけではありませんが、1990年代初頭のウルグアイ・ラウンドの妥結、1990年代なかば以降のAPECにおける貿易自由化、21世紀に入ってからの日本タイ経済連携協定(EPA)、そして、TPPの4ステージを対象としています。基本的背景のモデルとして、パットナム教授の2レベル・ゲーム・モデル two-levels geme modelを用いています。そうです。あの『孤独なボウリング』で有名になったパットナム教授です。そして、この2レベル・ゲーム・モデルとは、国際的な交渉をレベル1、国内の調整をレベル2と考え、合意のためのウィンセットを考え、自国に有利になるように国内の支持を取り付けて自分のウィンセットを大きくしたり、相手国の世論を分断して相手のウィンセットを小さくしたりして、交渉を有利に運ぼうとするモデルです。ただ、このモデルは、私が関連する文献を読んだ限りは、十分シミュレーションに耐える精緻なものなのですが、本書では、枠組みとして用いているだけで、それほど高度な使い方をしているわけではありません。その意味で、学術書としてはやや物足りない一方で、一般ビジネスパーソンにも判りやすくなっている気がします。農業の鉄の三角形の内部の力関係の変化に加えて、農産物は広く一般消費者に需要されますので、その一般消費者が何らかの影響力を行使したり、あるいは、相手国が米国の場合は強い外圧を受けたりと、さまざまなケースでどのような交渉が持たれて、どのような決着が図られたか、なかなかに興味深い分析で、しかも、それが定量的な分析ではなく、とても記述的descriptiveなものですから、印象に流されそうになりましたが、私自身がウルグアイ・ラウンドの最終合意のステージでは大使館で外交官をしていましたので、情報収集にいそしんだ記憶も蘇ったりしました。学術的にも、一般向けとしても、どちらも中途半端な本ですが、ある意味で、お手軽でもあります。

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次に、セルジュ・ラトゥーシュ『脱成長』(文庫クセジュ) です。著者は、フランス経済学会の大御所ともいうべき存在で、まだそれなりの影響力を保持しているようです。本書のフランス語現代は La décroissance であり、2019年の出版です。訳者あとがきか何かで見ましたが、本書の日本語タイトルは「脱成長」なわけで、実にピッタリのdécroissanceに対する翻訳だという気がします。私は他に英語とスペイン語くらいしか理解しませんが、英語西語とも仏語と同じでラテン語系の言語であるにもかかわらず、どちらもピッタリの対応する翻訳がないように感じています。そして、本書で著者がもっとも熱心に主張しているのは、「脱成長」とは、当然ながら、「反成長」ではないし、ましてや「マイナス成長」や「ゼロ成長」ではあり得ない、という点です。私自身は、社会経済的な課題、例えば、貧困や不平等の問題を解決するに際して、ゼロ成長では問題解決のためにリソースが再分配だけになってしまって、もう少しリソース欲しい気がするので、成長はそれなりに目指すべきだという意見です。しかし、著者のラトゥーシュ教授の意見とは大きく異なり、例えば、地球環境の観点などからゼロ成長を目標にすべき、と主張するエコノミストは少なくありません。本書の主張は明らかに異なります。経済政策のプライオリティを考えるに際して、成長のポジションをもう少し下げる、あるいは、もっと極端な場合は、成長にプライオリティを置かない、ということであって、決して「脱成長」とはゼロ成長や、ましてや、マイナス成長を目指して、もって二酸化炭素排出を抑える、とか、サステイナビリティに配慮する、などというものではない、というのが著者の主張です。私は大きく目から鱗が落ちた気がしました。まったくその通りであり、私とて、リソース欲しさに成長しないよりは成長した方がいい、という程度の成長賛成論ですので、新たな理論を得た気すらします。ただし、私は引き続き経済政策の目標に主観的な幸福度を据えるのは反対です。本書第2章では主観的幸福度指標ではなく、客観的な生活の水準、Quality of Lifeとか、Well-Beingについて論じており、それは、まあ、経済政策の目標として可能だという気がする一方で、主観的幸福度は、まさか、脳内分泌物質で幸福度を高めるわけにもいかないでしょうから、政策目標としてはポピュリズム的に過ぎる気がしています。最後に、私はすでに終わったアベノミクスについては成長論は盛り込もうという努力はしていた一方で、分配論はまったく欠けていたと評価しています。ですから、量的な拡大を目指す脱成長から質的な豊かさに目を向ける分配論に重点が移行するのは大いに結構だと考える一方で、繰り返しになりますが、SDGsに代表されるサステイナビリティのために成長を抑制するゼロ成長やマイナス成長、これらは本書でも明確に否定されているところで、そういった分配を無視して、引き続き、量だけを論じる経済政策については賛成しかねます。ビミョーなところですが、違いの判るエコノミストでありたいと思います。

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次に、鈴木亘『社会保障と財政の危機』(PHP新書) です。著者は、社会保障を専門分野とする学習院大学経済学部の研究者です。本書では、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミックの経済的な影響の後には、社会保障の問題が浮上するとして、生活保護、医療、介護、年金の現状と対策を取り上げています。他の論考でも同じことながら、COVID-19に対応して、COVID-19とは関係薄クて、従来からの主張が繰り返されている部分も少なくありません。ただ、社会保障と消費税を切り離すというコンセプトは一考すべき価値があるという気がします。消費税を社会保障の財源にするという完全に破綻したいいわけを並べるよりは、かなり問題の真実に近づいて社会保障の課題解決にもつながりそうな気がします。そして、本書でも主張されているのは、切り離すからには社会保障ではなく経済政策の観点から時限的な消費税率の引下げも経済政策の選択肢になる、というポイントであり、共産党をはじめとする野党の主張と極めて近接した見方といえます。私のこのブログでも、7月27日に主張している点でもあります。これまた、何度も繰り返して主張している通り、現在のCOVID-19の経済ショックは、ケインズ的な需要サイドからの過少消費やマルクス的な過剰生産、この両者はとても似通っていますが、こういった従来からの需要ショックではなく、感染拡大防止のために人的接触が避けられないセクターを閉鎖、ないし、活動を抑え込んだ結果なのですから、そういった宿泊や飲食といった人的接触が大きいサービス部門で影響大きいのは当然です。もちろん、人的接触多いセクターだけでなく、街全体をロックダウンしてしまったケースもあります。でも、ロックダウンしても食料品などは日常生活に必要不可欠なわけで、需要はありますし、供給もごく一部の例外的な品目、例えば、一時的な品薄となったマスクなどを別にすれば、需給への影響は大きくありません。他方で、ダメージ大きい宿泊や飲食などの人的接触多いセクターは、COVID-19パンデミックが続く限りは閉鎖して感染拡大を抑える方向で考えるべきです。そして、そのセクターの雇用者に対して万全の所得補償を供与すべきです。そうでないと、シャットダウンされたセクターがある分、通常のケインズ的な乗数が小さくなるからです。しかし、現在の政府のGoToキャンペーンでは、宿泊や飲食などの人的接触多いセクターに補助金をつけて人的接触を奨励する政策であり、まったく真逆でお話になりません。菅内閣がこういった政策を取っている背景として、第1に、財務省的な政策効率の観点があります。本書でも同じように政策の効率性を論じていますが、例えば、10%補助金を付ければ、残り90%は国民自身が負担するわけで、10倍の政策効率が上がります。本末転倒の理論ですが、残念なことに、本書でもよく似た議論が展開されています。第2に、来年の東京オリンピック開催までムリにでも引っ張る意図がミエミエですし、そのために、東京都知事と大阪府知事がビミョーに異なる意見を持っているわけなのでしょう。ですから、私は早めに東京オリンピックを中止するという決定を明らかにすべきである、と主張したいと思います。東京オリンピック・パラリンピックは、延期ではなく、中止の一択だと思います。

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次に、岡山裕『アメリカの政党政治』(中公新書) です。著者は、慶應義塾大学の研究者であり、専門は、政治史やアメリカ政治だそうです。米国の政党の極めて緩い構造を歴史的によく解説してくれています。独立直後くらいに、米国では政党政治が否定された時期があった、というのは、私でも知っているくらい有名な事実であり、その昔の名望家とか哲人による政治を理想と考えた点は理解できなくもありません。その上で、現在の極めて強固な民主党と共和党の2大政党制がいかに形作られてきたのか、についても、よく取りまとめられています。もちろん、新書というメディアの特質から、それほど専門的ではなく、私のような米国にも、政治にもシロートである専門外の人間が読んでもひと通りの理解が進むように工夫されています。私が米国の政党政治でとても不思議だった点がいくつかあり、それもほのかに解決されたような気がします。というのは、第1に、リンカーン大統領の奴隷解放ではないのですが、150年ほど前には共和党が進歩的でリベラルだったのに対して、当時の民主党は南部の頑迷固陋な伝統主義や保守主義の政党だったのが、前世紀の終わりころから、今ではすっかり、民主党がリベラルで共和党が保守、という色分けになっています。本書では1970年代からの変化を示していますが、私は1960年代ケネディ政権、さらに、ジョンソン政権の「偉大な社会」政策にケインズ的、というか、左派リベラルの源流を見ていたのですが、確かに、よく考えれば、「今や我々はすべてケインジアンである」と発言したのはニクソン大統領でしたし、1960年代に源流あるとしても、ハッキリと見えだしたのは1970年代から、そして、確定したのが1980年代のレーガン政権から、ということなのかもしれません。第2に、ローズベルト大統領のニューディール政策の際は、議会がほとんど大統領のマシンのように、ポンポンと法律を成立させていた一方で、オバマ政権は私の目から見てとてもリベラルで好ましい政権だったのですが、結局、大きな政的成果は上げられなかったように見えます。メデュケアとメディケイドについてもそうです。似鳥教授の評価によれば、そもそも米国大統領はそれほど大きな権限は持ち合わせていない、ということのようなのですが、この当たりも興味ありました。ただ、最後に、トランプ大統領があまり公約を実行できなかった、という本書の評価は少し疑問あります。というのは、経済面だけですが、TPPからの脱退、それに、中国との関税率引上げによる貿易戦争、というのはとても大きな経済的なインパクトあったのではないか、と私は考えているからです。

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最後に、浜矩子『「共に生きる」ための経済学』(平凡社新書) です。著者は同志社大学のエコノミストです。この方のご著書は初めて読みました。本書で展開されているのは、とても観念論的な経済学ですが、判らないでもありません。本書で、共に生きるために満たされるべき条件が4項目上げられており、共感性、開放性、包摂性、依存性、となっています。もう少し定義をハッキリさせておいて欲しいところですが、そこはスルーしていきなり理論的根拠に入るのは少し不満の残るところです。話は逸れますが、私は比較的左派リベラルな本書をホリデー・シーズンの読書案内に入れておいたのですが、やや、ごく一部ながら言葉遣いが下品なので後悔しています。「チームアホノミクス」というのがしばしば出てきて、チームはまだいいとしても、「アホノミクス」というのはどうも下品です。左派リベラルや非主流派で時折見かけるところで、まあ、極右派などにもあるんでしょうが、主流派に反対するあまり、本筋ではないところで激論を飛ばして目立つように試みたり、どぎつい表現で目立つことを望んでいるのではないか、とゲスの勘ぐりを入れたくなるようなケースがあります。私は少なくともエコノミストとしては最左派ながら官庁エコノミストという主流派真っ只中の末席を汚していましたので、あまり表現で目立とうとするのはヤメておいた方がいいと考えています。本書でも、繰り返しになりますが、具体性のない観念的なナラティブで終わっているだけに、それだけに、表現上の「工夫」をしてしまっているのかもしれませんが、そうであれば、もう少し具体性を補って、本筋で目立てるように工夫すべきであり、表現で差別化を図ろうというのはエコノミストのやり方ではありません。ですから、エコノミストの3条件として、独善性、懐疑性、執念深さ、というのが出てくるんだと思います。独善性が開放性や包摂性に矛盾しかねないと考えるのは私だけかもしれませんが、少なくとも、最初に上げた共に生きるために満たされるべき4条件とはかなりかけ離れていると感じるのは私だけではないと願っています。繰り返しになりますが、この著者の一般向けのご著書は初めて読みましたが、学術論文はともかく、一般向けのご著書としては最後の読書になるかもしれません。

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