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2021年6月12日 (土)

今週の読書は経済書中心に計5冊読んで今年上半期で新刊書読書が100冊を超える!!!

今週の読書は、またまた、やや主流を外れる経済書を何と3冊も読んでしまいました。加えて、子供向けの図書ながら話題の本を1冊、さらに、いよいよ開催が近づいたオリンピックにまつわるお金の話をジャーナリストが追った新書も1冊と計5冊です。毎週アップデートしていますところ、今年に入ってからの読書は、このブログで取り上げた新刊書だけで、1~3月期に56冊、4~5月で36冊、6月に入ってから先週の4冊と今日取り上げる5冊の計101冊になります。今年上半期で100冊に達するんではないかと想像していたのですが、2週間を残してすでに100冊に達しています。ですから、Facebookなどでシェアしている旧刊書を除いた新刊書だけで年200冊ペースと予想、目標ではなく、あくまで予想していますが、そのラインをやや上回るペースな気がします。強くします。それから、新刊書読書ではないのですが、『ハリー・ポッターと賢者の石』の英語の原書を読んだ読書感想文をFacebookでシェアしてあります。それから、来週は、経済書とともに、歴史書も少し借りるつもりです。いずれも、ご参考まで。

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まず、L. ランダル・レイ『ミンスキーと<不安定性>の経済学』(白水社) です。著者は、現代貨幣理論(MMT)の理論家として知られる米国バード大学の研究者です。私は『MMT 現代貨幣理論』を読んで、一昨年2019年11月9日に読書感想文をポストしています。英語の原題は Why Minsky Matters であり、2016年の出版です。ということで、ミンスキー教授の経済学はもともとが極めて難解なわけですが、本書では、出版社のうたい文句にもあるように、MMTの源流としての位置づけがなされて、極めて詳細な解説が施されています。もちろん、ミンスキー教授の大きな貢献のひとつは「金融不安定性仮説」であり、リーマン証券破綻の後にはミンスキー・モーメントとともに、多くのエコノミストによって言及されています。本書ではミンスキー教授の初期の貢献として第3章で取り上げられています。「安定性が不安定性を生み出す (Stability is destabilizing)」というものです。すなわち、古典派以降のエコノミストは、経済は内在的に均衡に向かい、そのひとつの方向として定常状態なんかがあるわけですが、ミンスキー教授はこれを否定し、経済は均衡に向かうわけではなく、大きな銀行=中央銀行による金融政策と大きな政府による財政政策によって不安定性を抑制する必要がある、と主張しているわけです。その意味で、ミンスキー教授はケインジアンであり、特に、金融ケインジアンとみなされています。金融に関しては、MMTの源流として、キーストローク・マネーの源流たる「貨幣は常に無から創造される」という言葉が引用されていますし、財政については、MMTのひとつの特徴で、政府が「最後の雇用者 (ELR)」になるべきと主張しています。ですから、1960年代のケネディ政権やジョンソン政権における完全雇用の追求も批判されており、政府支出の拡大というよりは、政府そのものが然るべき賃金で失業者を雇用することが重要と主張しています。私はこの点についてやや理解がはかどりませんでした。判らないでもないのですが、実務的にどうするのかという疑問です。でも、これは明らかにMMTのJGP(Job Guarantee Program)の源流といえますし、1930年代のニューディール政策で実現されているのも事実です。大学で主流派の経済学を教えている教員から見ても、極めて難解です。英語の原書は Princeton University Press から出版されており、著者のレイ教授の意図として、数式を用いずに判りやすい記述に努めた配慮は見られなくもありませんが、基本的に、一般ビジネスパーソン向けではなく学術書と考えるべきだと思います。

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次に、平川克美『株式会社の世界史』(東洋経済) です。著者は、文筆家・起業家ほかとなっていますが、私にはよく判りません。いくつかの大学で非常勤講師をしているようで、その講義を書籍化したような紹介です。ということで、2部構成でタイトル通りの株式会社の歴史ともうひとつ株式会社の原理と病理を展開しています。第1部では、オランダや英国の東インド会社の前段階として、シェイクスピアの戯曲で有名なヴェニスの商人を最初に置き、次いで、東インド会社、そして、株式会社を支える複式簿記、スミスの『国富論』と米国の成立、第1部の終章でプロテスタンティズム、特にカルヴァン派と株式会社の親和性、共同体的な家族経営と株式会社の相違などを説き起こした後、第2部ではホモ・エコノミカスという合理性だけの経済人から始まって、株式会社とほかの重要な経済原理、すなわち、経営、欲望、倫理、イノベーションなどが取り上げられています。米国のレーガン政権や英国のサッチャー内閣以来、現在のネオリベ新自由主義的経済政策の下では、公営・国営部門の民営化が進められていたり、あるいは、そのマイルドな形態として独立行政法人化が進められていますが、本書では最初にそもそも民営化や株式会社化がなじまない部分がある点を強調しています。水道事業などです。私も同意し、水道事業をはじめとする一部の公的企業体で独立採算を目指すことも疑問に思っていたりします。私は先日授業で会社に対するアングロ・サクソン的な観点と日本的な観点の違いを説明し、アングロ・サクソン的な会社は株主の所有下にある一方で、日本的な会社はステークホルダーを考慮しつつ行動する、と解説しました。ただ、英語の授業だったので株主=shareholderとステークホルダー=stakeholderの違いを理解してもらうのにやや苦労はしましたが、両者の見方の最大の違いはここにあると考えています。本書は350ページを超える大作であって、こんな一言で済ませるのはムリなので、別の観点としても、例えば、互酬的で家族経営的な資本主義初期の株式会社とネオリベな現代の株式会社を比べたりしています。もうひとつの観点は、雇用者、すなわち、企業に働く身から見方と消費者や株主という企業の提供する何らかの便益を消費する身からの見方の相違です。これを指摘したのは、米国クリントン政権で労働長官を務めたライシュ教授の『暴走する資本主義』であり、国民は消費者としては安価な製品を選好するが、雇用者としては高い賃金を選好し、この両者はトレード・オフの関係にある可能性を指摘しています。本書ではそこまでクリアに主張しておらず、消費者・株主としては安価な商品の提供やより高い水準の利益の実現のためには、賃金の安い外国で生産したり、あるいは、国内労働者の賃金を引き下げるインセンティブがあるわけですが、企業で働くとすれば高賃金が欲しいわけです。おなじように、株式会社の活動についてもいろんな側面からの評価がなされて然るべき、という気もします。そして、最後に、終章で著者は、株式会社を制御する存在は株式会社である旨を主張しています。違うと思います。私は株式会社を制御するのは大きな政府だと考えています。

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次に、山村英司『義理と人情の経済学』(東洋経済) です。本書と最後の『オリンピック・マネー』は1年余前の2020年4月の出版なのですが、まあ、新刊書と考えていいのではないか、ということで取り上げておきます。著者は、西南学院大学の研究者です。専門は行動経済学などのようです。私は長崎大学に勤務した経験がありますので、福岡にあるこういった私立大学の特徴も少しなら知っているつもりなのですが、極めて大雑把にいって、福岡大学はややバンカラな早稲田大学や立命館大学と同じタイプ、それに対して西南学院大学はミッション系でお上品な慶応大学や同志社大学と同じタイプ、ということができます。でもまあ、最近では大きな違いはなくなっている気がします。それはともかく、直前の『株式会社の歴史』で著者が主張していたように、資本主義初期には互酬的で家族経営的な会社がいっぱいあった一方で、最近ではネオリベで利益や株価や企業価値の最大化を目標とする経営がまかり通っているわけですが、本書ではその資本主義の前記の経営を称賛するような内容となっています。ただ、ホントの資本主義初期の会社とは、まさに、『女工哀史』の時代であり、あるいは、『蟹工船』だったりするわけで、まあ、そこはイメージとして把握しておく必要があります。ということで、とても前置きが長くなりましたが、オキシトシンの分泌による幸福感のお話から始まって、義理に厚い会社、あるいは、当面はムダと思えるような出費を容認する会社の方が長期的な存続性や利益は決して悪くない、という、ちょっとばっかり、その昔に見たような主張が並びますが、本書が優れているのは、単なる著者の心情を吐露しているわけでは決してなく、キチンとフォーマルな分析に基づいた結論として提示しいている点です。もちろん、会社経営だけではなく、より格差の少ない経済社会を目指す政府の所得再分配政策についても、コミュニティ内での交流頻度に影響を受ける場合がある、などのフォーマルな研究成果も紹介しています。家庭生活でも、働く母親に育てられる男性の場合は家事分担割合が大きい、とか、娘を持つ経営者の方がESG投資割合が高い、とかの結果を引用しています。私には男の子しかおらず女の子を持ったことがありませんから、まったく実感がないのですが、女の子を持つと男親の人生が変わる可能性があるという点は聞いたことがあります。ただし、最初の方で言及していますが、時代や地域、特に国によって「義理と人情」が意味する中身が大いに変わることについては注意が必要そうな気がします。

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次に、エリカ・アームストロング・ダンバー & キャサリン・ヴァン・クリーヴ『わたしは大統領の奴隷だった』(汐文社) です。著者は、米国の歴史学の研究者と文芸創作法などの教師だそうです。そして、表紙に見られる黒人女性が、たぶん、本書の主人公であり、大統領の奴隷だったオーナ・ジャッジです。18世紀の後半1773年ころに米国のバージニアで生まれています。英語の原題は Never Caught, the Story of Ona Judge であり、2019年の出版です。邦訳タイトルはよく考えられていて、「大統領」とは米国初代大統領であり、米国独立の英雄であるジョージ・ワシントン大統領です。ジョージ・ワシントンといえば、米国初代大統領や独立戦争の英雄である、というだけでなく、我が国などでは、父オーガスティンが大切にしていたサクラの木を切ったことを申し述べた正直者として、偉人伝の中でその高潔な人格を褒め称えられるほどの人物です。もっとも、このサクラの木の逸話は作り話と考えられています。それはともかく、このジョージ・ワシントンに関しては、私も米国首都のワシントンDCで米国連邦準備制度理事会(FED)のエコノミストをしていた折に訪れた記憶がありますが、ワシントンDCからほど近いバージニアのマウント・バーノンの農園主という顔もあり、従って、100人を超える奴隷を所有、そうです、奴隷を所有していたことが明らかにされています。本書ではこのワシントン家から逃亡した奴隷を主人公にした物語ですから、かなりの程度に意図的なものも含めて、ジョージ・ワシントンをかなり人間的に、あるいは、人格的に問題ある人物として描き出そうと試みています。そのワシントン家のワシントン夫人の側に仕えたオーナがワシントン夫妻の孫娘の結婚祝いとして贈呈、そうです、贈呈される際に南部のバージニアから逃亡し、北部のフィラデルフィアに逃れて、その地で結婚し、周囲の自由黒人や理解ある白人の支えも得て、解放奴隷や自由黒人にはなれなかったものの、奴隷とは異なる自由な生活を送った点が強調されています。でも、決して、めでたしめでたしで終わるのはなく、生活は苦しく決して楽ではなかったとされています。老齢期に達してからの地方新聞から受けたインタビューなどを基に、ていねいな史資料の検討から、戸籍はもとより、ほぼ何の情報もないに等しい逃亡奴隷の生涯が、多くの推測をまじえながらとはいえ、かなり蓋然性高いストーリーとして再現されています。そして、黒人奴隷を見る奴隷主の見方として、奴隷に対する大いなる偏見が示されています。いうまでもなく、こういった歴史に基づいて、米国の中の黒人やネイティブ・アメリカンに対する差別意識はまだまだ強いものがあり、そういった差別に基づく悲劇も数多く生じています。本書はそういった米国の現状に対する強い批判を含んでおり、繰り返しになりますが、本来は、子供向けの図書ではありますが、60歳過ぎの私が読んでも感動を禁じえません。多くの方が手に取って読まれることを私は願っています。これから図書館に返却に行きます。

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最後に、後藤逸郎『オリンピック・マネー』(文春新書) です。著者は、毎日新聞や週刊エコノミスト誌などをホームグラウンドとしたジャーナリストです。タイトルはそのものズバリで、オリンピックにまつわるカネのお話です。でも、その前段として、ギリシアに端を発するオリンピック運動が決して平和の祭典でもなく、ナチスのプロパガンダに利用された歴史があり、あるいは、少し前までのアマチュアリズムは、あくまでスポーツからの収入を当てにしない生活の出来る富裕層のため、などというオリンピックの隠された真実は、私でもそれなりに知っているのですが、それ以降のオリンピックにまつわるお金の役割、というか、カネでオリンピックがいかに歪められているか、という事実をしっかりと追っています。本書の主張では、1976年のモントリオール大会が石油危機に起因するインフレなどで大赤字となった上に、政府などからの公的な支援も受けられなかった、という反省から、オリンピックが急速に商業化したことを説き起こしています。モントリオール大会の次のモスクワ大会は、ソ連のアフガニスタン侵攻に対するボイコットなどもあって、共産圏での大会だけにすっ飛ばすとしても、さらにその次のロスアンゼルス大会のユベロス組織委員長が、公的支援を求めることなく黒字化する、あるいは、赤字にさせない方策として、商業主義を強化させ、その後も商業主義の方向が取られ続けた、と後づけています。聖火リレーの走者を公募して参加料を徴収するほか、誰でも知っているようにテレビ局から莫大な放送料を取っていたりします。特に、ロサンゼルス大会後は米国NBCが放送権を高額で買い取り、そのために、米国のプライムタイムに合わせたオリンピック競技の時刻の設定が行われたりしています。ですから、米国とは地球の反対になる2008年の北京大会では、地元に迷惑なくらいの時間帯に競技が行われたり、欧州では早朝の時間帯になってしまって批判が生じたことなどが紹介されています。1年延期された東京大会でも基本は同じです。しかも、新国立競技場については、オリンピック終了後にサブトラックが撤去され、世界記録が認定されるような公式大会の会場としては使い物にならない、とかの事実も私は不勉強にして初めて知りました。このブログでも、私は何度か強調している通り、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のスーパースプレッダーになる可能性すらあり、特に日本にメリットが感じられないオリンピックは中止すべきと考えています。本書を読んで、その思いをさらに強くしました。

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