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2021年7月22日 (木)

今週の読書は経済書をはじめとして計4冊!!!

今週の読書は、いつもは土曜日にポストするんですが、今週だけは変則的な4連休になりますので、連休初日の本日にお示ししておきたいと思います。ですから、いつもはおおむね4~5冊あるんですが、今週だけは特殊条件で3冊です。逆に、来週は多めになろうかという気がします。というのは、私はもともと東京オリンピック・パラリンピックには反対ですし、特に現在のような新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミック第5波の中で開催するのは強烈に反対しますから、それほど、世間一般よりはオリンピック報道を見ないと考えられるからです。ということで、毎週お示ししておりますところ、このブログで取り上げた新刊書だけで、1~3月期に56冊、4~6月で56冊、今日取り上げたものを含めて7月で21冊、これらを合計して133冊になりました。来週、というか、今週これから先を含めて、すでに手元に、慶應義塾大学出版会の『「副業」の研究』などを借りて来ており、オリンピックに熱中することなく読書の時間を確保したいと考えております。

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まず、大橋弘『競争政策の経済学』(日本経済新聞出版) です。著者は、東京大学の教授です。タイトル通りに、幅広く競争政策について、バックグラウンドにあるモデル、計測、実証まで議論を展開しています。4部構成となっており、順に、競争政策や産業組織論、産業分野、需要停滞期の競争政策、デジタル市場の競争政策、を主眼としています。冒頭で競争政策のアプローチを論じ、基本的なモデルの提示と計測について示されています。その後の残る3部が産業ごとやデジタル化の進む経済での課題や解決のための政策論などが展開されています。基本的には学術書だと考えてよさそうなのですが、それにしては物足りない部分もあり、一般ビジネスパーソン向けも意識したのか、やや中途半端な出来上がりという気もします。市場の競争、というか、独占の弊害について、市場占有率などの市場構造のアプローチとともに、マークアップ率の計測など、いわゆる「実害」についても併せて論じており、逆に見れば、市場占有率が高くても、限界生産費価格付けに近い企業行動であって、不当な市場支配力の行使がなければOK、ということなのかもしれません。そういう意味で、潜在的な市場支配力ではなく企業行動に即した判断が必要との立場のように見えます。従って、本書の用語に即していえば、ブランダイス学派なのではなく、シカゴ学派なのかもしれません。第2章の結論のように、市場シェアの集中化だけが判断材料となるわけではない、と明記していたりします。ですから、八幡・富士製鐵の合併、新日本製鐵の成立については、1968年の多くのエコノミストによる反対意見の表明とはまったく逆の方向で、生産性工場も考慮した動学的な効率化の含めれば、合併用人の見方を明らかにしています。製剤的な独占力の構築には目を向けず、その独占力の行使だけを問題にする立場のように見えて、私にはやや疑問が残ります。ただ、参考文献に本文で引用されている大橋ら(2010)が見当たらないので、何ともいえません。加えて、同じコンテクストで、過剰供給と過当競争についての見方についても、人口減少下での需要不足と、そのコインの反対側となる供給過剰の解消に競争政策がどのような役割を果たすのか、少し曖昧な気もします。産業別に公共調達における談合、携帯電話市場におけるアンバンドリングの効果、、電力自由化の中での再生エネルギー政策の展開と競争政策のあり方、については、どうも従来から見かけることの多い結論に終止しているようですが、デジタル経済における競争政策、特に、プラットフォーム企業に対する見方については、私もそれほど見識ないことから、ある程度は参考になります。特に、GAFAに対しては分社化という構造的規制、あるいは、透明性確保と説明責任を問う行動的規制など厳格な対応が必要という結論には私も同意する部分が多いと感じました。しかしながら、パーツ・パーツではおかしなところもいっぱいあり、例えば、人口減少局面=需要停滞期に企業合併を違う視点から見ようというのは、競争政策の名に値するかどうか、やや疑問です。市場メカニズムにおける競争均衡は効率的な資源配分に役立つのはいうまでもありませんし、そのための競争政策の重要性も当然認識されて然るべきですが、リザルト・オリエンテッドな視角だけでなく、構造的、あるいは、潜在的な市場占有力の軽視は疑問です。

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次に、マシュー C. クレイン & マイケル・ぺティス『貿易戦争は階級闘争である』(みすず書房) です。著者は、ジャーナリストと在中国の金融研究者です。英語の原題は Trade Wars Are Class Wars であり、2020年の出版です。よくわからない取り合わせですが、本書の基本的なスタンスは極めて明確であり、「国家間の貿易戦争を激化させるのは、国家の内部で進行する不平等の拡大だ」(p.8)ということになります。もう少し判りやすくいえば、バックグラウンドとなるモデルはシンプルなマクロの投資貯蓄バランスであり、不平等が高所得層での低消費と過剰貯蓄を生み出し、この過剰な貯蓄を解消するために輸出で過剰生産の不均衡を解消すべく貿易戦争が勃発する、という考え方です。「階級闘争」というネーミングを別にすれば、かなりまっとうな経済モデルであり、ある程度は主流派エコノミストにも受け入れる余地あるような気がします。ただ、私の知る限り、マルクス主義的な「階級闘争」は Class Struggles ではなかったか、と記憶しています。記憶は不確かですし、自信もありません。いずれにせよ、国内の不平等を体外不均衡と結びつけるのはムリのないところです。基本的に、どちらの面から見るかによりますが、現時点でのサマーズ教授命名の長期停滞もそうですし、現代経済の停滞は需要の不足、あるいは、その逆から見て、供給の過剰から生じます。ですから、ケインズ経済学はその需給ギャップを埋めるべく政府支出を拡大することを主眼にしていますし、その極端なのがMMT学派ともいえます。マルクス主義経済学では、極めて単純化すれば、供給の方をコントロールして需要の範囲内に収めて供給過剰を生じないようにする、そのために生産手段を国有として中央司令経済で生産を管理する、というものです。どちらも需給ギャップを埋めることを主目的としている、と私は考えています。もちろん、その背景にある考え方は大きく違っています。本書では、貯蓄投資バランスを経済モデルとして考え、国内経済における需給ギャップを政府支出ではなく輸出によって解消するという方向が貿易戦争であり、その基礎は国内の階級闘争である、という理解です。貯蓄投資バランス式は事前的にも事後的にも成り立つ恒等式ですから、経済モデルの基礎とするには決して不都合ではありません。ただ、ケインズ的な乗数効果をどこまで盛り込むかについては、本書では特に取り上げられていません。いずれにせよ、近代初期には我が国の歴史をかえりみても、完全自主権が不平等条約により認められていませんでしたし、20世紀前半ではブロック経済化により貿易が差別的になされていました。従って、本書のような議論は判りやすいと思います

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次に、北川成史『ミャンマー政変』(ちくま新書) です。著者は中日新聞・東京新聞のジャーナリストで、バンコク駐在員の経験もあり、その際に、ミャンマーの現地取材もしているようです。冒頭で、かなり最近時点までのミャンマーの現状、すなわち、クー・デタからその後の国軍により残虐行為などが明らかにされます。第2章では、独立の英雄であrアウンサン将軍の娘であり、事実上NDL政権のリーダーであるアウサンスーチー女史と国軍の関係、かなり、ビミョーな関係が明らかにされます。その国軍の暴走、というか、アウンサンスーチー女史が黙認したのか、止め切れなかったのか、ロヒンギャ問題の詳細が取材の基づいて展開されます。ロヒンギャはバングラから渡ってきたイスラム教徒であり、仏教徒が90%を占めるミャンマー国民から蔑視・差別されている実態は広く報じられているところですが、多民族国家としてほかに、ワ自治管区なるものがあるそうです。中国と国境を接して麻薬の原料となるケシの栽培で有名な黄金の三角地帯にあり、ミャンマー語よりも中国語の方がよく通じて、じんみんげんがりゅつうしているそうです。最後に日本を含む国際社会の対応を検証し、日本政府はODAの停止をしないばかりか、日本ミャンマー協会という団体はクー・デタ容認というあり得ない態度を取っている点が浮き彫りにされています。私は専門外もはなはだしいんですが、今年2021年4月11日にはミャンマー民主化闘争連帯の集会+デモにも参加しましたし、ミャンマーの民主化を進める観点から注視していることも事実です。本書は、ジャーナリストらしく取材したことをはじめとして事実をいっぱい並べていて、国軍のクー・デタに対して、アウンサンスーチー女子の方もロヒンギャではひどかった、と両論併記というか、喧嘩両成敗のような記述が見られるわけですが、私の目から見て、丸腰の国民を虐殺する武装され訓練された軍隊というのは、まったく許容し難いといわざるを得ません。我が国政府がアジアの一因として明確な態度を示すことをはじめ、強い圧量を持って臨むべきであると考えますし、そこからミャンマーの民主化が進むことを願ってやみません。

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最後に、香原斗志『東京で見つける江戸』(平凡社新書) です。著者は、歴史評論家・音楽評論家だそうです。本書はタイトル通り、現代の東京で見られる「お江戸」をカラー写真とともに取り上げています。『GQ Japan』のweb版に連載していたのを新書化しています。構成としては、江戸城、すなわち、現在の皇居周辺から始まって、武士の街を象徴する部分、神社仏閣、水道などの土木遺産、そして、最後に、江戸城に戻っています。明らかに理解できるように、上野浅草など庶民の下町は対象外、というか、お江戸は残っていないようです。まあ、関東大震災とか、戦災とか、いろいろとありましたから、下町の庶民の江戸は今の東京には引き継がれていないのかもしれません。何度か言及されている通り、江戸はその性格上武士階級の比率が高く、しかも、武家屋敷はそれなりに贅沢、というか、ゆったりと作られていることから、現在とそう変わらない人口密度だったようですが、庶民の町民はかなり人口密度高く、ギュウギュウ詰めで生活していたようです。1000円そこそこのお値段で、これだけ豪華なカラー写真をいっぱい含む新書ですから、かなりお買い得な気がします。私は東京生活も長かったですし、しかも、自動車ではなく、自転車でかなり隅々まで東京の街を走り回った記憶があり、それなりに感慨深いものがありました。東京を離れて1年半近くたち、生まれ育った京都に戻ったとはいえ、ひょっとしたら、東京にホームシックを感じているのかもしれません。いずれにせよ、豪華図版を眺めるだけでもお値打ち品ですし、オススメです。

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