今週の読書はカーボンニュートラルに関する経済書3冊を中心に新書を合わせて計4冊!!!
今週の読書感想文は以下の通りです。いろいろと必要性あって、カーボン・ニュートラルに関する本を集中的に読みました。1人だけ著者に知り合いがいましたので、メールをやり取りしていたら偶然にもあってランチを共にしたりしましたが、まあ、知り合いなだけに関係のない四方山話で終わってしまいました。
1冊め、小林光・岩田一政『カーボンニュートラルの経済学』(日本経済新聞出版)では、カーボン・ニュートラルの推進に関しては、自然体でも人口減少や省エネにより5割削減が十分可能で、さらにDXをの適切な進展を加えれば3割削減がオンされ、8割削減までは可能とした上で、カーボン・プライシングを現在の軽課の炭素税=環境税に大きく上乗せして、さらに、二酸化炭素回収・貯留(CCS/CCUS)の低コスト化が必要と指摘しています。2冊め、巽直樹『カーボンニュートラル』(日本経済新聞出版)では、脱炭素化について多角的に考える必要を強調し、自動車や鉄鋼やといった産業ごとの分析も数多く取り入れています。3冊めボストン・コンサルティング・グループ『BCGカーボンニュートラル経営』(日経BP)では、国際的なコンサルティング・ファームらしく判りやすい立論とシナリオ分析をビジュアルな形で示していますが、結局、現状分析→戦略選定→強力な推進、という、何にでも使える処方箋が中心になっているような気がします。最後に4冊め、アジア・パシフィック・イニシアティブ『検証 安倍政権』(文春新書)では安倍政権でもっとも重要であったアベノミクスの分析から始め、景気や経済に敏感な若者を左派的、リベラルな経済政策で引きつけておきながら、安保法制といった右派政策を強行し、それでも、「憲法改正」には失敗した安倍内閣の検証を行っています。
なお、これで、今年2022年に入ってからの新刊書読書は、本日の4冊を含めて計36冊となっています。
まず、小林光・岩田一政『カーボンニュートラルの経済学』(日本経済新聞出版) です。著者は、環境省の事務次官経験者と内閣府から日銀に転じて副総裁まで務めて現在は日本経済研究センター(JCER)理事長の2人ほかです。タイトル通りに、2050年を目標とするカーボン・ニュートラルの経済学を論じています。第1章の展望から始まって、第2章では構造というタイトルの下で今後の産業構造の動向を論じ、第3章ではエネルギー構造などの戦略を考え、第4章においてカーボン・ニュートラルを達成する上でもっとも重要な制度である炭素税などのカーボン・プライシングを制度の枠組みの中で取り上げています。そして、第5章の変容でマイクロな経済主体である企業や家計の行動変化の方向性を論じ、第6章の政策ではカーボン・プライシング以外の規制政策に着目し、第7章ではそれらの地球規模での世界的な協力について考え、最後の第8章で安全保障の側面からカーボン・ニュートラルを捉えています。2020年10月に就任早々の当時の菅総理が政府として2050年までに二酸化炭素ネット排出量ゼロ、すなわち、カーボンニュートラルを目指すと表明したのはまだ記憶に新しいところです。これはかなりショッキングに受け止める向きもあったのですが、本書では、第1章冒頭で、省エネや人口減により自然体(BaU=Business as Usual)でも5割減、DXを適切に進めればさらに3割削減がオンされて、8割減まではそう難しくない、との分析結果が示されます。ですから、その上で、残り2割をいかに削減してカーボン・ニュートラルに持って行くか、という議論となります。本書でも当然に認識されているように、経済的な手段であるインセンティブに基づくカーボン・プライシングと直接的な規制、さらに、イノベーションの進展を促進して二酸化炭素回収・貯留(CCS/CCUS)の低コスト化、などが中心的な政策課題となります。その中でも、カーボン・プライシングは世界的に注目されていて、世銀でも毎年 State and Trends of Carbon Pricing というリポートを発行しています。現状では、日本の炭素税=環境税は余りに産業界の意見を聞き過ぎて軽課となっており、本書では1万円/㌧で8割削減が可能となり、さらに国際的に広く合意された+1.5℃目標の達成には税率を2.1万円超/㌧にするほか、脱原発を達成するのであれば、追加的にCCS/CCUSのコストダウンで実用化を促進する必要があると結論しています。従来から、私は資本主義的な市場価格による資源配分は明確に破綻しており、典型的な例のひとつが、この地球温暖化=気候変動に現れていると考えています。市場メカニズムだけに頼っていたのでは、炭素価格が長期的な地球温暖化=気候変動を許容した水準にしか決まらないわけです。経済政策のひとつの要諦は、この市場価格、あるいは、別の何らかの均衡点が経済社会の厚生にとって好ましくない場合、その均衡点を「歪める」ことであると私は理解しています。そして、現在の喫緊の課題のひとつはこの脱炭素化です。その脱炭素化をはじめとするSDGsについては、少なくとも大企業を中心とするビジネス界ではかなり広範に必要性に対する認識が広がっています。経済政策の基本となる経済学の知見がどこまで活かせるかは政府の取り組み次第といえます。
次に、巽直樹『カーボンニュートラル』(日本経済新聞出版) です。著者は、コンサルティング・ファームでアドバイザリ・サービスを提供しています。本書では、実にコンパクトにカーボン・ニュートラルにまつわる世の中の情報がよくまとめられています。私のようなシロートが、多種多様な知識を得るにはいいんではないかという気はします。他方、シロートの私には評価ができないものの、本書から得られる新しい情報がどこまで盛り込まれているかはやや疑問なしとしません。まず、第1章ではカーボン・ニュートラルとは何かを解説し、地球温暖化=気候変動やそれに対応する京都議定書から説き起こして、そもそも論を議論しています。特に、2020年10月に当時の菅総理が表明した2050年カーボン・ニュートラル、また、その後2021年4月に気候サミットで表明した中間目標の2030年▲46%削減、という目標については、「ナローパス」と表現して、決して達成容易ではないという世間一般の感覚に近い捉え方をしています。第2章では具体的な日本の論点を展開し、産業レベル、特に、グリーン成長戦略について、また、政策レベルでは、やっぱり、肝となる炭素税と排出権取引といった経済的インセンティブの活用などを取り上げています。第3章はでは、2030年の現実解と2050年への展望と題して、脱炭素化について多角的に考える必要を強調しています。すなわち、『カーボンニュートラルの経済学』が、かなり直線的に脱炭素化を進めるための経済学を用意しているのに対して、本書は脱炭素化以外にも重要な政策目標はいっぱいある、という、これまた、世間的に理解がしやすい論点を準備しています。特に、その次の第4章の脱炭素経営の解説とともに、人口減少やデジタル化や分散化なども併せて複層的な解決を連立方程式を解くように求める必要性が強調されています。特に私が注目したのは環境規制の強化に伴う空洞化の恐れです。そして、理由はともかく、ビジネスに関する流れを第6章の投資やファイナンスに結びつければいいのですが、なぜか、第5章ではイノベーションを取り上げて寄り道をしています。イノベーションでいえば、もちろん、色々とあるのですが、私は無敵のCCS/CCUSのコストダウンに注力すべきと考えています。もう一度第6章に戻ると、いわゆるESG投資などの人口に膾炙した用語で平易に解説されています。私が感激したのは、本書を1冊読めば、私のようなシロートにはかなりの程度の情報量が得られるという点です。加えて、数字やグラフなどの引用元もかなり豊富であり、学生諸君に教えねばならない教員という身として、とても実務的に参考になります。本書を手元において、参照先のwebサイト一覧を完成させれば、私のような環境経済学を教えているわけではなく「広く、浅く」をモットーとする専門外の教員としては、それなりの指導目標が出来ます。
次に、ボストン・コンサルティング・グループ『BCGカーボンニュートラル経営』(日経BP) です。著者は、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)日本法人の共同代表、シニアパートナー、パートナー、コンサルタントなどであり、コンサルティング・ファームでもカーボン・ニュートラル=脱炭素の経営は大きな課題となっていることが伺えます。コンサルタントらしく、そもそも論から入って、それなりの整理はよくなされているのですが、いかんせん、ワタシ的な表現ながら、観念論で終わっています。戦略指針として、超積極対応、積極対応+スピード調整、後進グループ的対応、実質消極対応、と4分割し、楽観シナリオ、中間シナリオ、悲観シナリオのシナリオを組み合わせた経営指針を打ち出していますが、シナリオ分析はコンサルタントの得意とするところであって、エコノミストには不得手な部分ですので、それなりに参考になりましたが、やや荒っぽい議論に終止しているような印象がありました。私はある程度読み飛ばしてしまいましたが、『カーボンニュートラル』では自動車や鉄鋼や電力といった産業ごとの詳細な分析や指針が示されている一方で、コンサルタントらしく、まあ、何と言いましょうかで、「気合で突破」的なところはさすがに少ないものの、極めてオーソドックで多くの業界、多くの企業に当てはまるような戦略の枠組みが示されていて、それほどの具体性には乏しい、と感じるビジネスパーソンもいそうな気がします。 すなわち、自社の置かれている現状を把握する、いろいろなシナリオを考慮しつつ自社の進むべき方向性を明らかにして戦略を選択する、トップも巻き込んでその戦略を強力に推進する、という方法論で、別に、カーボン・ニュートラル=脱炭素化でなくても何でも同じじゃん、と受け止める向きもありそうです。私もそうだったりします。ただ、さすがにBCGだと思ったのは、脱炭素化を進める指針を示す国際機関だけではなく、世界の主要な企業の動向もキチンと把握して参考にしている点です。ここまで、企業レベルで海外企業のカーボン・ニュートラルの進め方を参考にできるのは国際コンサルティング・ファームの強みだと感じさせられました。ただ、いつもの不満なのですが、こういった成功例の裏側には、成功例を上回るような失敗例が横たわっている気もします。最後に、誠に残念ながら、私の授業の腹の足しにはあまりならないように受け止めました。
最後に、アジア・パシフィック・イニシアティブ『検証 安倍政権』(文春新書) です。著者は、アジア・パシフィック・イニシアティブ=APIとなっていますが、これは朝日新聞社主筆を務めた船橋洋一理事長の団体であり、基本的に編集ということではないか、要するにいわゆる「お座敷貸し」であろうと私は受け止めています。ですから、アベノミクス、選挙・世論対策、官邸主導、外構・安全保障、TPP・通商、歴史問題、与党統制、女性政策、憲法改正のチャプターごとに著者が各々の専門分野の執筆に当たっています。ただ、本論に入る前に、ということで、私も同意しますが、やっぱり、安倍政権といえば経済政策=アベノミクスが飛び抜けた重要性を持っています。そして、このアベノミクスの経済政策から派生する形で、若年層が与党支持に回り、女性問題の解決や労働問題、特に同一労働同一賃金については、かなりの程度に左派リベラルな政策展開がなされたと私は考えています。ですから、本書でも「憲法改正」には失敗したと結論していますが、改憲を含み安保法制に代表される安全保障政策や外交政策とは大きな断層を私は感じます。特に、本書でも指摘されていますが、若年層ほど経済や景気には敏感です。高齢者になって年金を受け取れる年代に達すれば、いわば、国家公務員に就職したのと同じですから、景気に関係なく所得の変動は別の要因から生じることになります。逆に、若年層、若者はそもそも就職できるか、という点から始まって、景気に敏感な所得を実感しています。その若年層を経済からひきつけて支持を伸ばし、右派的な政策まで丸ごと支持させようとしたのが安倍政権だったと私は考えています。ですから、そういった方向は左派リベラルこそ追求すべきであり、今の野党が、特に民主党は成犬にあったときには日銀の独立性を履き違えて、当時の白い日銀のデフレ政策を野放しにしたり、三党合意と称して均衡財政を目指す増税に舵を切ったりと、経済政策がまさに「悪夢」だったわけです。改憲や安保法制などにはしっかりと反対しつつ、若年層を引きつけるアベノミクスのいい点は取り入れて、「野党は反対ばっかり」と揶揄されないことも含めて、単に、安倍政権のすべて反対を向くような政策ではない政策を左派リベラルには求めたいと思います。
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