今週の読書は評価の高い経済書のほかミステリを含めて計5冊!!!
今週の読書感想文は以下の通りです。ショシャナ・ズボフ『監視資本主義』(東洋経済)は、昨年のベスト経済書でもランクインしています。データ資本主義などと能天気に称賛されるGAFA、特にGoogleのビジネスモデルを「監視資本主義」として行動データを収集して心理的あるいは行動的な変化を迫るものとして、とても批判的な見方を提供しています。一穂ミチ『スモールワールズ』(講談社)は家族をめぐる短編6篇を収録しています。私の目から見れば、いかにも小説っぽい現実離れしたストーリーです。あさのあつこ『花下に舞う』(光文社)は人気作家による時代小説ミステリです。弥勒シリーズ最新巻で10作目です。信次郎の母についていくつかの点が明らかにされるとともに、謎解きとしては、最後に、とてつもない大どんでん返しが待っています。麻耶雄嵩『メルカトル悪人狩り』(講談社ノベルス)は、京大ミス研出身の作者によるミステリで、相変わらず、嫌味でタカビーなメルカトル鮎が鮮やかな謎解きを見せます。最後に大村大次郎『脱税の世界史』(宝島社新書)では、脱税を超えた税制に関する世界史がひも解かれていて、国家の興隆や衰退と税制の関係がよく理解できます。これで、本日分の5冊を含めて、今年2022年に入ってからの新刊書読書は、本日の5冊を含めて計22冊となっています。
まず、ショシャナ・ズボフ『監視資本主義』(東洋経済) です。著者は、米国ハーバード・ビジネス・スクールの名誉教授です。英語の原題は The Age of Surveillance Capitalism であり、2019年の出版です。本書は、いくつかの経済週刊誌などで昨年のベスト経済書に選出されています。3部構成となっていて、監視資本主義の基盤、監視資本主義の発展、そして、第3の近代のための道具主義の力、最後に締めくくりの章が置かれています。最近は「データ資本主義」などと称してGAFAあるいはGAFAMを一括して称賛する経営論も見かけますが、本書では明確に「データ資本主義」、すなわち、個人のデータを収集してマーケティングに結びつける経済社会を強い批判的視点から分析しています。特に、単なる情報収集ではなく、新自由主義的な経済理論との二人三脚による市民からの収奪に近いような利潤追求に対して警鐘を鳴らしています。加えて、GAFAを一括するのではなく、主たる批判の対象をGoogleに向け、FaceBookなども批判的な視線を向けられていますが、逆に、Appleはそれほど悪辣ではないような扱いを受けているような気がします。本文だけで600ページを超え、昼夜索引を含めれば軽く750ページほどに達する大作ですし、それなりに話題になりましたので、このブログで詳細な紹介は控えますが、私の要約では、監視資本主義とは、要するに、個人に関する情報を収集して心理的な面も含めた思考や行動の変化を迫り、それを基に利益を上げようとするのが特徴とえます。私もまったく同様の危機感を共有していて、昨年2021年6月26日に瓜生原葉子『行動科学でよりよい社会を作る』(文眞堂)を読書感想文のブログで取り上げた際、極めて強い批判と大きな疑問を投げかけた記憶があります。その時は、行動科学を持って臓器提供へ市民を導くというものでしたが、それを大規模に社会的な広がりを持って利潤追求に活用しているのがGoogleをはじめとする情報企業といえます。そして、その経営を能天気に褒め称えている経営者やアカデミアがいっぱいいるわけです。ただ、本書で触れられていない論点も含めて、私なりの議論を展開しておくと、第1に、欧州のGDPRのようなプライバシーの問題ではありません。私はプライバシーについては決してすべてが守られるべきであるとは考えません。すなわち、市場取引の記録についてはもはやプライバシーはありません。しかし、その対極にあるベッドルームのプライバシーは守られるべきであると考えます。でも、個人行動の情報はすべて収集されています。ベッドサイドにスマホを置く人はベッドでの夫婦の睦言まで収集されていると考えた方がいいわけです。第2に、個人情報を収集した上で心理的かつ行動的に操作されるわけですから、もはら、何を持って自由意志と考えるべきかが不明な社会になりつつあります。例えば、本書でも、明らかに選挙は操作されていると結論しています。第3に、こういった情報に基づく心理的・行動的な変容を迫る動きに対しては、私は、斉藤幸平的、というか、これも昨年流行した『人新世の「資本論」』にあるように、コモンを広げてGoogleなどの情報企業を取り込んでしまう、という解決を考えたのですが、本書では中国を例に引き出してデジタル全体主義の道を示しています。すなわち、資本制したでの物神論的な現象ではない可能性が十分あるということのようです。他にも論点はいくつかあるのですが、いずれにせよ、私は、AIとロボットとか、このGAFA的な監視資本主義とか、先行きに対してはかなり悲観的なのですが、本書を読んでいっそう悲観的な傾向を強めた気がします。でも、一読をオススメします。十分な覚悟を持って一読すべきです。ひとつはとても悲観的で解決策のないような問題であるという意味の覚悟が必要です。もうひとつは、私は本書が要求するレベルの専門性は日本人の平均よりはやや持ち合わせていると自負していて、加えて、読書量やスピードについても平均的な日本人を少し上回っているとうぬぼれているのですが、それでも足掛け3日かかるボリュームでした。でも、かなり読みやすい本です。邦訳がいいのかもしれません。
次に、一穂ミチ『スモールワールズ』(講談社) です。著者は、もうベテランの小説家、というか、ラノベ作家であり、私の印象としてはBLの作品が多かったような気がします。でも、この作品はなかなかの出来で、2021年度上半期の直木賞候補作でしたし、今年2022年の本屋大賞にもノミネートされています。従って、というか何というか、出版社でも力を入れて特別サイトを作ったりしています。ということで、6編の独立した短編から成っていて、それぞれ、家族をテーマにしながらも、いかにも小説といった現実離れした内容で、まあ、独特の世界を描き出しています。最初の「ネオンテトラ」はこの熱帯魚の繁殖形態を象徴していて、何と、中学生の姪の性行為の結果を不妊に悩む叔母がかっさらう、というものです。次に、「魔王の帰還」は180センチを超えるゴツい高校球児が暴力行為で野球部どころか高校も追い出されたところ、そこにさらにゴツい188センチの姉が婚家から出戻ってきた騒動、さらに、再び婚家に戻る一連の出来事を描いています。次の「ピクニック」では、ありふれた家族の家庭で幼児が亡くなったという事実の真相を究明しようとし、その流れの中で記憶が戻って悲劇が思い出される、というもので、私には家族関係がややこしくて少し理解が及びませんでした。次の「愛を適量」では、バツイチの高校教師のところに娘が来てFtMのトランスジェンダー手術を受けるというところから始まります。そして、父は娘のトランスジェンダー手術に貯金を回そうかと考えますが、昔の恨みを持つ娘の方はその貯金を勝手に引き出してしまいます。次の「花うた」では、兄を殺された看護師の女性とその殺人犯との手紙のやり取りで構成されます。そして2人は結婚し、その数十年後の物語で完結します。最後の「式日」は夜間高校の先輩が後輩から父親の葬式に参列するよう連絡をうけ、色々と思い出す中で、その後輩に子供がいると告げられたことを思い出します。そして、この後輩は実は第1話の「ネオンテトラ」で中学生の姪を妊娠させた同級生の少年だった、ということで、短編間の連携が見られるのですが、この少年は高校生の時にバイク事故で死ぬというのが第1話で出ていて、それなら、この最終話は第1話の終わる直前の時期なのか、とヘンなことを想像していしまいました。あるいは、構成がややいびつ?
次に、あさのあつこ『花下に舞う』(光文社) です。著者は、ご存じ「バッテリー」シリーズの作者です。そして、この作品は弥勒シリーズの最新作であり、第10作目です。弥勒シリーズは、基本的に、時代小説のミステリであり、江戸を舞台に、北町奉行所定町廻り同心である木暮信次郎、小間物問屋である遠野屋主人の清之助、の部下である岡っ引の伊左地の3人を取り巻く人間を描いています。ただ、今は商人ながら清之助はもともとは武士です。しかも、剣の達人です。私はこのシリーズは全て読んでいると思いますが、さすがに10作目ですから、やや記憶が不確かな部分もあります。このシリーズでは、まあ、何と申しましょうかで、江戸時代を舞台にしたミステリですので、奉行所での調べはそれほど緻密なものではなく、もちろん、上級武家が関わっていればウヤムヤで済ませることもありますし、商人からの多額の袖の下で適当に事実を曲げることもあります。ですから、ミステリとしては不出来なのですが、逆に、信次郎がスキのある推理を埋める謎解きを見せる余地があるともいえます。本作品では、表向きは口入れ屋で裏に回れば高利貸しをしていた年配の商人とその後妻が殺された事件で、ほぼほぼ事件は解決して、江戸時代の殺人事件の謎解きなんてこんなもん、という感じだったのですが、信次郎が埋めきれない謎を解き明かして、同時に、信次郎が小さいころに亡くなった母の記憶にも光をもたらす、というものです。本シリーズのどれかは忘れましたが、信次郎の父親の死にも不審なところがあり、確か、小藩の密輸、当時でいえば抜け荷に関わっていたことが明らかにされながら、結局、公式記録としては何も変わらない、というのがありました。本作品では、そういった信次郎の母親の思い出も織り込みながら、最後に、ものすごい大どんでん返しがあります。私の知る限り、ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライムのシリーズなんかがツイスト=どんでん返しの典型的な作品なのですが、このシリーズもすごいです。ただ、ライムと信次郎が大きく異なるのは、その結果が公式の記録に残るかどうか、なのかもしれません。
次に、麻耶雄嵩『メルカトル悪人狩り』(講談社ノベルス) です。著者は、京大ミス研出身のミステリ作家です。綾辻行人や法月綸太郎などから少し後輩ではなかったか、と記憶しています。本作品は、この作家の作品の中でも独特のキャラを打ち出しているメルカトル鮎は名探偵となり、作家の美袋三条がアシスタントを務めます。収録作品は、8短編となっていますが、ホンの数ページだけのショートショートもあり、とてもバラエティに富んでいます。短編タイトルは、「愛護精神」、「水曜日と金曜日が嫌い」、「不要不急」、「名探偵の自筆調書」、「囁くもの」、「メルカトル・ナイト」、「天女五衰」、「メルカトル式捜査法」です。いつもながら、独特の雰囲気を持つ作品で、メルカトル鮎のタカビーな態度もあって、決して読後感がいいわけでもありませんし、「ノックスの十戒」を破っているような作品とか、「後期クイーン的問題」を逆手に取ったような謎解きをメルカトルが平気でやったりと、メルカトル鮎につけられた「銘探偵」が面目躍如となっています。私個人としては、トランプのカードで事件の予告をするように見せかけた「メルカトル・ナイト」が、タイトルの妙もあって好きなのですが、人によっては最後に収録されている「メルカトル式捜査法」の軽妙な運びを評価する場合があるかもしれません。逆に、会社社長の邸宅で主人が不在の間に起きる殺人事件を謎解きする「囁くもの」は、メルカトルの謎解きにしてはやや地味な気もしました。最後に、この作家の貴族探偵のシリーズではありませんが、メルカトルには割と上流階級に属する依頼者が多いので、もっとそういった雰囲気を感じさせる作品に仕上げるのも一案かと思いながら読んでいました。温室のランとか、そういた要素を含み作品もこの短編集には含まれていますが、まあ、短編では少しキツいのかもしれません。
最後に、大村大次郎『脱税の世界史』(宝島社新書) です。著者は、国税専門官出身です。ですから、もっと日本の税制の細かい点を掘り下げるのかと思えば、世界史的に税や脱税の歴史を大づかみに概観する出来となっています。それも、こういった税や経済に関するトピックは、ついつい、西欧を中心にしがちなのですが、中国も視野に入れていますし、幅広い対象について税金が関係していることを感じさせる内容となっています。タイトルからして脱税を中心に議論が進むのかとも思いましたが、むしろ、税制を中心に展開させているように感じます。しっかりした税制を構築して、その上に税から得た財源を適切に使う行政があると国家は反映する一方で、税制ががたがたになって行政に必要な財源が投じられないと国家は衰退します。少なくとも、100年ほど前の金本位制などの商品貨幣の時代まではそういえます。今は不換のfiat moneyですから、現代貨幣理論のような極端な議論まで行かずとも、財政と行政歳出はある程度は切り離されて議論できますが、100んほど前までは実際に財源なければ、王様によっては大好きな戦争も出来なかったわけなのでしょう。本書によれば、税金によってローマ帝国は滅び、高額な関税こそが大航海時代の引き金となり、脱税業者が米国の独立戦争を先導し、ロスチャイルド家は相続税で勢力を減退させ、ビートルズは税金のために解散の憂き目に会い、などなど、ということになり、一面の真実を捉えています。でも、そういったマイクロなトピックの中で、やっぱり、私はタックスヘイブンの章がもっとも面白かったと思います。決して、実務的、理論的な見識を増やそうというわけで話に、まあ、何かの折のうんちく話のタネにするにはいい本だという気がします。
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