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2023年1月 7日 (土)

今週の読書はいろいろ読んで計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ウォルター・アイザックソン『コード・ブレーカー』(文藝春秋)は、伝記作家としても著名なジャーナリストが生命科学の最前線をルポしています。梨『かわいそ笑』(イースト・プレス)は、インターネットに関連するホラー短編を収録しています。佐藤洋一郎『京都の食文化』(中公新書)は、かなりの高級趣味ながら幅広く京都の食文化について紹介しています。山本文緒『自転しながら公転する』(新潮文庫)は、とても美しくも貫一おみやのラブストーリーです。最後に、瀬名秀明『ポロック生命体』(新潮文庫)は、AIと将棋、小説、絵画などの文化や芸術の関係についてのSF短編集です。
ということで、今年の新刊書読書は、まず、6冊から始まります。

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まず、ウォルター・アイザックソン『コード・ブレーカー』上下(文藝春秋)です。著者はジャーナリストであり、米国の『TIME』誌の編集長やCNNのCEOなどを務めています。また、ノンフィクション・ライター、特に、伝記作者として有名であり、『スティーブ・ジョブズ』は世界的なベストセラーとなりました。私は、この作者の伝記モノでは『イノベーターズ』を読んだ記憶があります。ということで、本書の副題は「生命科学革命と人類の未来」となっていて、伝記ではありませんが、2020年にノーベル化学賞を受賞した米国カリフォルニア大学バークレイ校のジェニファー・ダウドナ教授を主人公に据えています。生命科学、特にゲノム編集に関する科学史にもなっています。ダウドナ教授のノーベル賞受賞の基となった貢献はゲノム編集技術キルスパー・キャス9です。そして、本書では必ずしも方向性すら示されていませんが、ゲノム編集により医療行為を超えて、例えば、デザイナー・ベビーについてどう考えるのか、という生命倫理的な課題を含んでいることは明らかです。邦訳本の表紙もそう暗示しているのではないでしょうか。私は、基本的に、ナチュラリストなのですが、医療行為一般は「ナチュラル」の範囲を超える部分も含むと考えています。ですから、それほど単純かつ原理主義的なナチュラリストではありません。私のことはどうでもいいので、医療行為に戻ると、信仰の力による回復を信じて医療行為を、投薬も含めて拒否する宗教は存在します。クリスチャン・サイエンスがそうですし、多くの信者がいると聞き及びます。決して、カルトとは見なされていません。ただ、行き過ぎるとエホバの証人のようにカルトに近いと見なされる場合もあります。ですから、盲腸を手術で切除する医療行為は許容できて、ゲノム編集によるデザイナー・ベビーはダメな理由は何か、と問われれば、社会的通念と回答するしかありません。例えば、マリファナについて、現時点でも、許容する社会と許容しない社会があります。おそらく、時代の流れとして、カッコ付きの「ナチュラル」な部分が減少して行き、そうでない人為的な部分、あるいは、人為的な範囲を超える神の領域まで踏み込んだ人間の行為が許容される部分が拡大するのが現在までの方向性であるように私には見えます。ただし、経済における事象でいえば、日本の人口減少や世界経済のグローバル化などといっしょで、私自身としてはどこかで反転する可能性は否定できない、と考えています。他方で、キチンと考えておかねばならないのは、生命科学の実践的な応用は反転縮小する可能性があるとしても、科学としての真実の解明の方向は決して反転することはないだろう、というか、科学的な真実の追求はその応用技術が社会的にストップさせられたとしても、継続されるべき場合が十分に考えられる、と私は考えています。そのあたりの基礎研究によす真実の追求と応用や適用による実践活動とは、キチンと分けて考えるべきです。その応用については、例えば、医療行為について、まあ、反転するとしても、盲腸の手術や解熱剤の投薬などが否定されるところまで戻りはしないと思いますが、決して、一直線にナチュラルな部分が減少して、人為的・超人為的な部分が拡大していくとは私は考えていません。おそらく、私の寿命が先に尽きるだけだと思います。真実の追求ではなく応用技術としての生命科学の拡大が反転するのを見届けるだけの寿命は、私には残されていないように思います。

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次に、梨『かわいそ笑』(イースト・プレス)です。著者は、インターネットを中心に活動する怪談作家となっています。本書は連作短編5編から成っています。年代的には2000年代、トイウカ、ゼロゼロ年代の末から2010年前後にかけての時期です。ですから、その時期には国産SNSのmixiが主流だったりします。もっとも、mixiは私はまだ使っています。そして、インターネット、というか、デジタル技術的に分類すれば、最初の短編はワープロファイル、2番めは画像ファイル、3番めが電子メールのテキスト、そして、4番目の短編で前3話が一挙に、というか、やや乱暴に結合された形になります。小説としては、怪談、というか、ホラー小説なのですが、死体描写や虫描写はちょっとリアルでグロいですし、ゴア表現なども含まれているものの、直球のホラー小説ではありません。まあ、テレビ番組で年末年始よりは夏休みに放送するタイプの「ホントにあった怖い話」みたいなホラー小説という気がします。個々の短編は、それ自体としても怪談であって、ひょっとしたら、私なんぞが知らないだけで、ホントにネットで流されている部分もあるのかもしれませんが、全体として、すべてのお話が第1話のタイトルに入っている横次鈴という人物、女性を憎んで呪う、という目的のために書かれているのが読み取れると思います。ネット上にある噂話的なネタを集めた体裁を取っているので、実際に作者ないし作品中の語り手が体験したわけではない、という表現がいくつかあり、それはそれで何ともいえない不気味さを漂わせていました。また、最後の謎解き、というか、種明かしは秀逸でした。私自身はほぼほぼ信じていない心霊現象ばっかりなのですが、それなりに説得力ある表現も少なくなく、ホラー小説としての仕上がりは悪くないと思います。最後に、これもネットに取材したホラー小説というひとつの試みとして、何か所かにQRコードが貼り付けられています。たぶん、どこかのサイトにつながるんではないかと思いますが、私は本書のQRコードを読み取ってはいません。

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次に、佐藤洋一郎『京都の食文化』(中公新書)です。著者は、よく判らないのですが、農学博士であり農学を専門分野とする研究者ではないかと思います。タイトル通りの本であり、私が年に何冊か読む「京都本」です。本書冒頭には4ページにわたって和菓子などの何枚かのカラー写真があり、見た目にも気を配っているようなのですが、本書の中身にはそれほど京料理の見た目にはこだわっていないようです。ということで、料理だけではなく、和菓子や野菜なども含めて、タイトル通りに、食文化一般を対象に含めています。ただし、私の読後感では基本的にグルメ本であって、料理人やお店などを固有名詞で紹介していますので、そういったグルメ本としての価値も追求しているように見えます。私自身は京都の洛外もいいところのうじの出身で、現在の大学キャンパス近くに引っ越すまでは六地蔵という宇治と伏見の境い目に近いところに住んでいました。ということで、食文化をタイトルにしているだけあって、お店や食文化関係者の固有名詞の他にも、食材や調理・処理方法、さらには、消費や生活まで幅広くカバーしています。ただ、グルメ本ですので高級なところが中心で、長らく京都の洛外に住んだ私なんぞは知っていても口には入りそうもない高級品がズラリと並びます。私としては、この高級趣味を別にすれば、なかなかいい京都食の指南書だろうと受け止めています。その高評価を前提に、ただ、3点だけ指摘しておきたいと思います。第1に、京都の酒蔵は洛中が中心であって、伏見に移ったのは明治期以降との記述はホントなのでしょうか。何で見たのかは忘れましたが、まったく逆の酒蔵の伏見中心説も読んだ記憶があるからです。少なくとも、江戸期には地の利がよくなかったというのは疑問です。淀川の水運を無視しているような気がします。薩摩藩をはじめとして伏見に半屋敷を置いていた大藩は少なくありません。第2に、農学の研究者なのですから、文化的な方面もさることながら、京野菜についてもう少し丁寧な解説が欲しかったです。鹿ヶ谷カボチャは結構なのですが、聖護院ダイコン、九条ネギのほかにもいっぱいあると思います。最後に第3に、京都の範囲として府下を考えるのであれば、宇治の普茶料理もスコープに入るような気がします。

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次に、山本文緒『自転しながら公転する』(新潮文庫)です。著者は、2001年『プラナリア』で直木賞を受賞した小説家です。2021年に膵臓がんで亡くなっています。私はバブル経済期に集英社コバルト文庫で少年少女向けの作品をいくつか読んだ記憶がありますが、もう30年以上も前のことですので、不純な動機で読んだこともあって、タイトルも中身もすっかり忘れました。本書は、2020年に単行本として出版されていますが、昨年2022年に文庫化されましたので読んでみました。単行本と文庫の表紙はほぼほぼ同じではないか、と思います。ということで、この作品は、一言でいえば、『金色夜叉』ではありませんが、貫一おみやの恋愛小説です。主人公の都は30歳を少し過ぎて、東京のアパレルで働いていたのですが、母親の看病のため茨城の実家に戻り、地元のアウトレットのショップで店員として働き始めます。しかし、職場ではセクハラなど問題続出、実家では母親の更年期障害に続いて父親も体調を崩してしまうなど、難題続きのところに、通勤用の軽自動車のバッテリが上がって、寿司職人である貫一と知り合って付き合い始めます。しかし、実際のところ、貫一はとってもナイスガイなのですが、経済力や生活力に欠けていて、なかなか結婚には踏み切れません。といった、まあ、ありがちな恋愛小説なのですが、繰り返しになるものの、貫一がとってもナイスガイです。性差別をするつもりは毛頭ありませんが、魅力ある男性だと私ですら思います。ただ、文庫本ですから解説のあとがきがあり、そこでも指摘されているところで、少し読者をミスリードするようなプロローグとエピローグが入っています。私はこれはないほうがずっと作品としての出来がよくなるような気がしました。私は一時松戸に住んでいたことがあり、一応、少しくらいであれば、常磐線沿線の土地勘もあります。でも、そういった要素がなくても、なかなかに質の高い恋愛小説でした。

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最後に、瀬名秀明『ポロック生命体』(新潮文庫)です。著者は、ホラー小説作家であり、『パラサイト・イヴ』で日本ホラー小説大賞を受賞しています。薬学の分野で博士号を持っていたりします。どうでもいいことながら、私の好きなホラー・ミステリ作家の綾辻行人も教育学の博士号を取得していたと記憶しています。2020年に単行本が出版されていますが、昨年2022年に文庫化されましたので読んでみました。表紙デザインは単行本と文庫本でかなり異なっていたりします。ということで、この作品はAIに関するSF短編4編から編まれています。収録作品は、「負ける」、「144C」、「きみに読む物語」、そして、タイトル編の「ポロック生命体」となっています。AIが応用される分野は、将棋、小説、そして絵画です。有名なIBMのディープブルーがカスパロフをチェスで破ったり、AlphaGoが囲碁のイ・セドルに勝ったりして、チェス・将棋・囲碁といった対戦型のボードゲームの世界でのAIの活用・活躍は広く報じられていますが、この短編集では、死んだ芸術家の小説や絵画の新作が世に現れる、という世界を描き出しています。そして、興味深いことに、小説の作品のSQ=共感指数のレベルが高すぎず低すぎない作品がベストセラーになってよく売れる、という、極めてもっともらしい発見が紹介されたりしています。それはともかく、おそらく、指紋や声紋のほかにも、文体や絵画の特徴、はては、キーボードの打ち方、しゃべり方や歩き方に至るまで、かなり確度高く個人を識別する方法はいっぱいあって、極めて大量の情報を短時間で処理できるAIであれば、小説や絵画に限定せずに、いろんな個人あるいは故人の特徴を真似ることが出来るのだろうと思います。ただ、生命科学と同じで、こういったAIの模倣による芸術作品をどう考えるのか、という点に関しては、少なくとも私が見る限り、現時点では社会的なコンセンサスは出来ていないような気がします。こういったSF小説などを通じて、肯定的・否定的ないろんな認識が醸成されるのもいいことか、と私自身考えています。

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