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2023年2月17日 (金)

日銀ワーキングペーパー「わが国の賃金動向に関する論点整理」やいかに?

一昨日の2月15日に日銀調査統計局から「わが国の賃金動向に関する論点整理」と題するワーキングペーパーが明らかにされています。もちろん、ペーパー本体のpdfファイルもアップされています。まず、日銀のサイトから論文の要旨を引用すると以下の通りです。

要旨
本稿では、日本の名目賃金を上がりにくくしていた様々な要因について米欧と比較しつつ整理し、それらの一部については感染症拡大の前後において変化の兆しがみられることを示す。具体的には、人口動態も反映した労働供給面から生じる労働需給の引き締まり、パート労働者比率の上昇トレンドの頭打ち、転職市場が賃金上昇を伴う形で活発化する兆し、賃上げ交渉における物価上昇への意識の高まり、といった点を指摘する。今後の日本の賃金上昇のペースや持続性を展望するうえで重要な論点としては、(A)一般労働者の中でも相対的に雇用流動性が低い労働者も含めて賃金が幅広く上昇するか、(B)企業の成長期待が高まって投資活動が活発化し労働生産性の上昇につながるか、(C)スキルアップを通じた労働移動が円滑に行われるか、(D)低インフレのノルムのもとで賃上げが抑制されていた状況が変わって物価と名目賃金が共に上昇していくか、といった点が挙げられる。

少しややこしくて混乱を来すのですが、上に引用した要旨の(A)から(D)までと同じ表章で、以下の4点が、「コロナ前から日本の名目賃金を上がりにくくしていたと考えられる要因」として論文p.4に上げられています。

  1. 家計の労働供給、労働市場の二重構造
  2. 企業の労働需要・賃金設定行動
  3. 業種別の要因、雇用流動性
  4. 低インフレの定着

photo

上のグラフ2枚はワーキングペーパーのp.5から引用しています。ここでは「パート」ということで非正規雇用全体を代理させていますが、明らかに、正規職員と非正規職員の賃金格差に基づいて非正規雇用の拡大が図られた事実が示されています。しかも、賃金が低い非正規雇用の方が、いわゆる「雇用の流動性」が高くなっているのが日本の労働市場の特徴でもあります。経営者が「雇用の流動性」を高めたいと考えているのは、同時に低賃金の非正規職員の雇用を拡大したいということです。賃金上サポートするためには、何らかの非正規雇用の歯止めが必要だと私は考えます。

5年ほど前の玄田教授の編集による『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(慶應義塾大学出版会)も読みましたが、やっぱり、非正規雇用の増加が原因、そして、それを許容した「労働者派遣法」の対象拡大も一因であるとしか、私には考えられません。例えば、この日銀ワーキングペーパーには「派遣」という用語はp.5の脚注に1か所現れるだけです。もちろん、本論文は政府や日銀の公式見解ではあり得ないのですが、「派遣」は賃金について分析する際に言及したくない用語のひとつかもしれません。

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コメント

どんな理由であれ、高スキルだとしても1日8時間・週休2日で働けない人はすべからく最低賃金になるべきという経営者の思考が変わることが強く望まれると感じます。

投稿: ネコロ | 2023年2月18日 (土) 14時44分

>ネコロさん
>
>どんな理由であれ、高スキルだとしても1日8時間・週休2日で働けない人はすべからく最低賃金になるべきという経営者の思考が変わることが強く望まれると感じます。

う~ん。
確かにそういう面もありますが、先週の読書感想文のうちの『差別は思いやりでは解決しない』にも書いたように、思考やココロの問題だけではないと私は考えています。「人の心から憎しみがなくなれば戦争は終わる」というのは、小学生ならいいのですが、大学生、しかも、経済学を学ぶ大学生の回答としては物足りません。制度的な裏付けや基本的な組織の整備などが必要です。

投稿: 元官庁エコノミスト | 2023年2月18日 (土) 17時16分

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