今週の読書は観光経済学に関する学術書や話題のミステリなど計4冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、山内弘隆ほか[編]『観光経済学』(有斐閣)は、初学者向けの入門書ながら観光経済学に関する学術書です。呉勝浩『爆弾』(講談社)は、我が国で昨年もっとも話題になったミステリのひとつです。吉田文彦『迫りくる核リスク』(岩波新書)では、長らく朝日新聞のジャーナリストだった著者が勢力均衡の考えに基づく核抑止策を「解体」し、新たな各シルク抑制の方策を議論しています。最後に、宇佐美まことほか『超怖い物件』(講談社文庫)では、11人の作家がいわゆる事故物件などの怖い物件についてホラーを展開しています。ただ、新刊書読書は今週4冊だったのですが、新刊書ならざるミステリを何冊か読んでいます。すなわち、近藤史恵『ダークルーム』(角川文庫)と伏尾美紀『北緯43度のコールドケース』(講談社)、そして、麻耶雄嵩『化石少女』(徳間書店)です。最初の2冊はすでにFacebookでシェアしてあります。最後の『化石少女』のブックレビューもそのうちに、と考えています。
ということで、今年の新刊書読書は、1月2月ともに各20冊ですから1~2月で計40冊、3月に入って今週の4冊で、合計24冊となっています。
まず、山内弘ほか[編]『観光経済学』(有斐閣)です。著者は、交通経済学や文化経済学などの研究者が多くなっています。でも、エコノミストであることは明らかそうです。いずれにせよ、本書は学術書ですが、初学者の入門書でもありますので、研究者だけを読者に想定しているわけでもなさそうです。まず、最初にお断りしておきますが、私は観光経済学の専門家ではありません。しかも、本書については、4月に研究費が復活したら購入しようと考えていますので、やや雑な読み方になっている可能性はあります。構成は4部からなっており、最初にマイクロな経済学の基礎、次に、観光産業、そして、地域政策、最後に当kリヤ実証に、それぞれスポットを当てています。最初のマイクロな経済学は、通常のいわゆるミクロ経済学と大差ないのですが、私の印象で重要なポイントは2点あります。第1に、供給に関しては通常の財やサービスなどよりも供給制約が激しい点です。もちろん、普通のモノやサービスなどでも、売り切れになったり、サービス提供を受けられないケースはあり得ます。でも、バブル期のレストラン予約とか、いまでも繁忙期のホテルや飛行機の予約は通常以上に売切れ、というか、予約いっぱいとなるケースが多いのではないでしょうか。従って、観光に関する供給曲線はかなりスティープと考えるべきです。加えて、第2に、通常のミクロ経済学では市場における完全情報を前提にしますが、観光に関しては情報の非対称性はかなり大きと考えるべきです。観光に関する情報が完全であれば、わざわざ観光のために旅行して出向く必要はないからです。そして、第Ⅱ部の観光産業については、そもそも、通常の統計や経済学における産業分類は供給する財やサービスに従っていますので、観光サービスというカテゴリーはあり得なくはないものの、一般的ではありません。ですから、この第Ⅱ部ではいわゆる旅行代理店のような仲介業、宿泊と交通という3つの産業をそれぞれの章で取り上げています。すなわち、観光業というのは宿泊業とか、飲食サービス業とか、交通業にまたがって観察される一方で、例えば、交通では観光ばかりでなく通常の通勤通学も含まれてしまいます。ですから、統計的に観光のアウトプットを把握するのは少し難しい課題となります。そして、第Ⅲ部と第Ⅳ部は少し簡略に飛ばすこととし、私が今までに大学院生の修士論文指導などで勉強してきた観光経済学のいくつかのポイントを書き記しておきたいと思います。まず、広く観光とは旅行とほぼほぼ同じで日常生活を離れたアクティビティであり、英語では travel になります。ですから、狭い意味での sightseeing ではありません。英語の論文で勉強したもので英語が続いて申し訳ありませんが、やや記憶は不確かながら、観光目的は主として4つあります。(1) natural wonder、(2) urban convenience、(3) resort hospitality、(4) business、となります。最初の(1)はアフリカの大自然、野生の動物、ナイアガラの滝などに行くことです。(2)は主として都会で可能となる活動、美術館・博物館、あるいは、観劇などで、かつての訪日観光客の「爆買い」などのショッピングも含めていいかもしれません。(3)はいうまでもなく、ハワイやサイパンなどのビーチリゾートのほか、ニセコのスキー場などが上げられます。(4)はsightseeingの観光には含まれないと考える日本人が多そうですが、ビジネス客だって出張先には飛行機や列車などで移動しますし、レストランで食事してホテルに泊まったりします。おそらく、これらの観光目的別だけでなく、観光施設とその基礎となる施設、すなわち、ホテルやレストランは民間企業が受け持つとしても、飛行場や高速道路、あるいは鉄道網などのインフラをどのように整備するか、といった観点から地方進行の政策に結びつける観点も必要です。観光経済学とは決してマイクロだけな経済学ではありません。
次に、呉勝浩『爆弾』(講談社)です。著者は、ミステリ作家です。おそらく、この作品は昨年2022年中の我が国ミステリ作品の中でも、夕木春央の『方舟』とともに、もっとも話題になった作品のひとつではないかと思います。酒の自動販売機を蹴って、酒屋に暴行を働くという微罪で野方署に連行されたスズキタゴサクと名乗る男が、取調べの際に霊感があると称して「10時に秋葉原で爆発がある」と予言し、その予言が的中して秋葉原の廃ビルが爆破されるところからストーリーが始まります。ここから東京都内で連続爆弾事件が展開するわけです。広い東京でどこの爆弾が仕掛けられたかをシラミ潰しに捜索するわけにもいかず、警察の方では警視庁捜査一課特殊犯捜査係を所轄の野方署に派遣して尋問を続け、次の爆発を防ぐにはこのスズキタゴサクの繰り出す「ヒント」をクイズのように解くしかなくなります。果たして、次の爆破地点はどこか、いつなのか、単独犯か共犯がいるのか、などなど、スズキタゴサクの発言を軸に、極めてテンポよくストーリーが進みます。そして、これも私の好きなタイプのミステリで、最後の最後にどんでん返しのように名探偵が真相を解き明かすのではなく、少しずつ 少しずつタマネギの皮を剥くように真相が明らかになっていきます。私のような単純な読者からすれば、一気読みしたくなるようなテンポのよさをもっているミステリです。尋問する方の警察官、もちろん、スズキタゴサクも極めて明快なキャラを持っていて、スズキタゴサクについては、とぼけたキャラながら、残虐な性格を隠し持っているほかに、何とも実に鋭い知性と演技力のようなものを兼ね備えていることが徐々に明らかになっていきます。しかし、日本警察の悪弊のひとつかもしれませんが、事件解決。真相解明のために、無差別爆破テロとはいえ、極めて極端に自供・自白に偏重した真相解明の方向が示されます。ほぼほぼ、物証はまったくないに等しく、論理性についても、クイズ・パズルを解くための屁理屈はいくつかでてきますが、選択肢をしっかりと絞れるほどではありません。せいぜいが「蓋然性が大きい」という程度のものです。犯人と警察の心理戦、といういい方が出来るのかもしれませんし、それはそれで、結構息詰まるバトルではあるのですが、もう少しミステリとしての論理性が欲しかった気がします。
次に、吉田文彦『迫りくる核リスク』(岩波新書)です。著者は、現在は長崎大学に設置されている核兵器廃絶研究センターの研究者なのですが、長らく朝日新聞のジャーナリストをと務めています。長崎大学は私も出向していましたから、少しくらいは土地勘あるのですが、この研究センターは知りませんでした。本書では、したがって、世界の常識とは少しズレているかもしれませんが、広島ではなく長崎を中心に据えています。すなわち、「長崎を最後の被爆地に」というスローガンが随所に引用されています。本書は4部構成であり、最初に最新のウクライナ情勢を引きつつ、ロシア、というか、ロシアのプーチン大統領による「核による恫喝」が現実のものとなった点を強調します。そして、勢力均衡の核兵器版である現在の核抑止システムのリスクを検証し、核抑止を「解体」しつつ、日本が核抑止で果たしている役割などを分析しています。そして、最後に、核抑止に代わるポスト核抑止のあり方を議論しています。おそらく、第3部までの議論は多くの日本人が十分に受入れ可能な内容だと私は考えます。特に、核抑止における日本の役割は、佐藤総理のころのその昔は、本書では日本が何ら自律的な行動を取らない「お任せ核抑止」だったのが、徐々に積極的な役割を果たすようになった危険性を指摘しています。およそ、この点については、核抑止だけでなく安全保障上の我が国の政策がここ数年で極端に積極化したことは多くの日本人の目に明らかです。昨年は貿易費=軍事費の倍増が議論されて、事実上決定されました。子育て予算の倍増が「子供が増えれば、子育て予算も増える」というのんきな議論とは違うレベルで決められたことは広く報じられている通りです。その上で、最終パートでは、現在の勢力均衡に基づく核抑止を支持し強硬な姿勢を取るタカ派、そして、逆に、耐候性力に対する融和策を思考するハト派、の2つの考え方ではなく、各リスクの逓減を目的とするフクロウ派の考えを提唱しています。ただ、本書でも指摘しているように、私の知る限りナイ博士の提唱するフクロウ派は、いわゆる「正しい戦争」や「正しい核兵器の使用」を含んでおり、どこまでの有効性や実現性があるのか、やや疑問です。そのあたりは、本書を読んだ読者がそれぞれに考えて議論すべき点かもしれません。でも、いずれにせよ、核兵器のリスク低減のためのひとつの方向性を含んだ良書だと私は受け止めています。
最後に、宇佐美まことほか『超怖い物件』(講談社文庫)です。著者は、小説家ですが、11人の作者による短編集のアンソロジーです。収録作品は、宇佐美まこと「氷室」、大島てる「倒福」、福澤徹三「旧居の記憶」、糸柳寿昭「やなぎっ記」、花房観音「たかむらの家」、神永学「妹の部屋」、澤村伊智「笛を吹く家」、黒木あるじ「牢家」、郷内心瞳「トガハラミ」、芦花公園「終の棲家」、平山夢明「ろろるいの家」となっています。出版社は文庫オリジナル、と宣伝していますが、いくつかの短編は別のアンソロジーや短編集に収録されています。タイトルから容易に推察されるように、アパートなどの賃貸不動産で自殺などがあったような事故物件をはじめとする不動産や家にまつわるホラー短編を集めています。すべてのあらすじを取り上げるのは難しいので、いくつかに絞って言及すると、収録順に、まず、宇佐美まこと「氷室」は、古民家を購入した主人公が、そこにある氷室が気にかかるということで、ストーリーが進みます。そして、コーディネータの女性がどのようにして古民家の人気物件が空いて貸せるようにするかの謎が怖いです。糸柳寿昭「やなぎっ記」と花房観音「たかむらの家」は、小説という体裁ではなく、何となくノンフィクションのルポルタージュを思わせる文体となっています。神永学「妹の部屋」は、自殺した妹の部屋がいきていたときのままに「修復」というか、元通りになってしまいます。澤村伊智「笛を吹く家」は同じ作者の『葉桜の季節に君を想うということ』を読んだことがあれば、その類似性に気づくものと思います。黒木あるじ「牢家」は、家の真ん中に360度から見張れるような座敷牢があり、その謎に迫ります。そして、最後の平山夢明「ろろるいの家」は、家庭教師に来た家の超怖いお話で、おそらく、この収録作品の中の最高傑作だと私は思います。たぶん、タイトルに付けた「超」はやや誇張が含まれていて、まあ、フツーのホラーと考えるべきです。でも、最後の平山夢明「ろろるいの家」はホントに怖いです。「超」を付けてもいいと私が思うのはこの作品だけです。
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