交通事故から退院した今週の読書感想文は経済書はなく計9冊
今週の読書感想文は以下の通り計9冊です。入院中や退院直後に読んだ本ばかりで、経済書や教養書はなく、小説の単行本と文庫本が中心となっています。
まず、安倍晋三ほか『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)です。今さら言うまでもなく、昨夏に暗殺された元総理大臣の回顧録です。そして、小説を3冊、村上春樹『街とその不確かな壁』(新潮社)は我が国を代表する小説家が6年ぶりに出版した新作長編小説です。ここまで入院中に読み、以下は退院後に読みました。すなわち、今野敏『審議官 隠蔽捜査9.5』(新潮社)はミステリ作家による警察小説のシリーズのスピンオフ短編集です。麻耶雄嵩『化石少女と7つの冒険』(徳間書店)もミステリ作家による高校を舞台にした学園ミステリです。新書は2冊で、源河亨『「美味しい」とは何か』(中公新書)は食から美学を考えており、「浦上克哉『もしかして認知症?』(PHP新書)はコロナ禍で懸念される認知症について豊富な情報が詰め込まれています。最後に、文庫本は3冊でアンソニー・ホロヴィッツ『殺しへのライン』(創元推理文庫)は探偵ダニエル・ホーソーンの謎解きを作家であるアンソニー・ホロヴィッツが取りまとめるシリーズ第3巻最新刊であり、ピーター・トレメイン『昏き聖母』上下(創元推理文庫)は7世紀のアイルランドを舞台にした修道女フィデルマのシリーズ最新邦訳です。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、入院によるブランクが3か月近くあり、今週ポストする9冊を合わせて53冊となります。年半分が過ぎて、例年の年間新刊書読書200冊はムリそうです。せめて、100冊の大台には乗せておきたいと希望しています。ただ、今週の読書感想文は、経済書がなく退院したばかりでもあり、軽いレビューで失礼しておきます。
まず、安倍晋三ほか『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)です。著者は、元総理大臣とインタビュアーのジャーナリストです。安倍晋三元総理は、繰り返しになりますが、昨年2023年7月8日の選挙演説中に暗殺されています。当たり前ですが、それ以前にジャーナリスト2人、すなわち、橋本五郎・尾山宏が聞き取った36時間に渡るインタビューを編集して収録しています。第1章が辞任直前の2020年を取り上げているほかは、第2章で第1次内閣当時までの2003-12年、さらに、第3章では第2次内閣の発足した2013年、などなど、基本的に時系列での章別構成となっています。第1章とともに、第6章だけは例外で、第6章では海外首脳の評価に当てられています。私はエコノミストですので、本書で多くの紙幅が割かれている外交関係は、まあ、外交官経験があるとはいえ、専門外ながら、ひとつの読ませどころとなっているように感じました。ジャーナリストが聞き取ったインタビューを編集した結果ですので、安倍元総理の自画自賛的な部分や一方的な解釈も見受けられ、特に、「財務省陰謀論」的な主張など、それなりに読み進むには注意を要すると感じる読者もいそうな気がします。なお、本書は交通事故にあった時点でリュックに持っていて、半分くらいを読み終えていましたが、入院中にもう一度最初から読み返しました。
次に、村上春樹『街とその不確かな壁』(新潮社)です。著者は、日本を代表する作家の1人であり、最近ではノーベル文学賞候補に上げられることもあります。といった大作家ですので、出版社も特設サイトを開設したりしています。17歳と16歳の高校生男女のカップルから始まって、男子高校生のその後のあり方を主人公に壁の中と外とでストーリーが進みます。主人公のほか、実態上の私設図書館のオーナー運営者であった子易さん、あるいは、イエローサブマリンのヨットパーカを着て図書館に通い詰めていた少年、特徴的な登場人物によって物語が彩られます。読者によっては、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のパラレル・ワールドを思い出す人がいそうな気がします。私はこの作家の大ファンですし、まさに、「村上ワールド」全開といったこの作品はとても好きになりました。『海辺のカフカ』や最近の作品である『1Q84』、あるいは、『騎士団長殺し』などに見られた暴力的な描写もほとんどありません。これも私には好ましい点でした。最後に、私はタイトルも発表されていない2月の時点で大学生協に発注し、入院中にお見舞いに来てくれた同僚教員に持ってきてもらいました。感謝申し上げます。
次に、今野敏『審議官 隠蔽捜査9.5』(新潮社)です。著者は、日本でもっとも売れているミステリ作家の1人であり小説小説がひとつの特徴と考える読者も多いと思います。タイトル通り、「隠蔽捜査」シリーズのスピンオフ短編集です。2字ないし3字の漢字のタイトルを持つ9篇の短編から編まれています。このシリーズでは竜崎と伊丹の2人の警察キャリア官僚が登場しますが、伊丹の方は一貫して警視庁刑事部長である一方で、竜崎の方は警視庁大森署長だったり、神奈川県警刑事部長だったりします。しかし、竜崎は主人公ですが、伊丹の方は本書にはほとんど登場しません。相変わらず、竜崎のウルトラ合理的な姿勢が強調されています。しかし、その中にあって、本書の表題作となっている短編の「審議官」では、仕事をスムーズに運ぶために、というか、面倒を回避するために、竜崎が格上である先輩の警察庁審議官を持ち上げるような面を見せたりします。ただ、これも合理的な理由からなされている点が強調されています。私のようにこのシリーズのファンであれば、読んでおくべきだという気がします。
次に、麻耶雄嵩『化石少女と7つの冒険』(徳間書店)です。著者は、我が母校の京都大学ミス研出身のミステリ作家です。私と同年代に近い京大ミス研出身作家である綾辻行人や法月綸太郎などから10年ほど後輩ではないかと思います。舞台は京都市北部にあるお嬢様お坊っちゃまの通う私立ペルム学園で、主人公はタイトルにある化石少女、すなわち、古生物部の部長である神舞まりあ、高校3年生です。ミステリの謎解きを試みる探偵役です。そして、主人公をサポートするのは同じ古生物部の1年下の高校2年生の桑島彰、まりあの「従僕クン」となります。なお、本書には2014年出版の前作『化石少女』があり、前作では主人公の神舞まりあは高校2年生、桑島彰は高校1年生でしたので、10年近くを経て学年をひとつ進めたことになります。ペルム学園の古生物部には、1年生から高萩双葉が新入部員として加わります。前作では、部員の少ない「過疎部」として生徒会から古生物部が目をつけられていて、とてもあり得なくも毎月のように殺人事件が頻発するペルム学園で、廃部を回避すべく生徒会役員を犯人に見立てた主人公神舞まりあの推理を桑島彰が否定しまくる、というものでしたが、この作品でも前作と同じように、毎月のようにペルム学園で殺人事件が起こります。ただ、まりあが京都府内で恐竜の化石を発見したり、その話題性で大学への推薦入学が早々に決まったりという動きもあります。加えて、前作では真相が明らかにされない事件がいっぱいだったのですが。この作品では真相が明らかになる事件も少なくありません。私のようにこの作家のファンであれば、読んでおいて損はないと思います。
次に、源河亨『「美味しい」とは何か』(中公新書)です。著者は、九州大学の研究者であり、専門は哲学や美学です。本書では、いわゆる味覚について、甘いとか、しょっぱいとかの客観性ある表現ではなく、多分に主観的な要素を含む「美味しい」について、哲学や美学の観点から考察を進めています。甘いとか、辛いとかの記述的判断ではなく、「美味しい」あるいはその逆の「不味い」というのは評価的判断であることから、主観的な要素もあると私は考えますが、文化に根ざす客観性という概念を用いて、著者は食における美学的な表現を展開します。もちろん、他方で、食の芸術性についても考えていて、絵画や音楽といった「高級芸術」に比べて食については「定休芸術」、ないし、芸術ではないとする見解を否定し、同時に、食の芸術性は単なる味覚と嗅覚だけではなく、見た目の視覚や歯触り口当たりなどの触覚なども含めたマルチ・モーダルな観点から評価できる、と主張しています。確かに、私は花粉症の季節にはほぼほぼ嗅覚を失いますが、匂いを感じない時期に色を見ずに果実ジュースを飲むと、何なのか、まったく判らず、美味しさも大きく低減するのを経験することがあります。やや理屈っぽい内容ですが、普段から食べている食品について、より深く考える一助となります。
次に、浦上克哉『もしかして認知症?』(PHP新書)です。著者は、鳥取大学医学部の研究者であり、認知症学会の代表理事だそうです。認知症は発症してしまったら根治は不可能に近く、せいぜいが進行を遅らせるくらいしか出来ないと巷間よくいわれており、さらに、ここ3年ほどのコロナ禍の中で外部との交流なども不十分となり、本書で指摘されるまでもなく、認知症のリスクが高まっていることは明らかです。本書では、認知症発症の前の軽度認知障害を克服して、認知症に進まないために必要な情報を提供するとともに、鳥取ローカルでのいくつかの社会実験的な試みを基に、認知症について包括的に論じています。ただ、惜しむらくは、こういった医学専門家の著書にありがちな点で、認知症さえ防止できればそれ以外の疾病は問題とするに及ばず、に近い感覚が読み取れます。総合的な健康という観点が少し希薄な点が残念です。でも、認知症一点張りの本書とともに、読者の方で自分自身の総合的な健康をバランスよく考える一助には十分なります。
最後に、アンソニー・ホロヴィッツ『殺しへのライン』(創元推理文庫)(創元推理文庫)です。英語の原題は A line to Kill となっていて、2021年の出版です。作者は、『カササギ殺人事件』などで著名な英国のミステリ作家です。この作品は、探偵ダニエル・ホーソーンの事件解決を作家のアンソニー・ホロヴィッツが記述するというシリーズであり、『メインテーマは殺人』と『その裁きは死』に続く第3作です。第4作はすでに英国で出版されていて、タイトルは The Twist of a Knife と巻末の解説で紹介されています。本書では、まだ出版されていない第2巻のプロモーションのためにチャンネル諸島のオルダニー島で開催される文芸フェスにホーソーンとホロヴィッツが行ったところ、島内で連続殺人事件が発生し、島在住の大富豪でオンライン・カジノの経営者で、島に送電線を通す事業も手がけ、さらに、文芸フェスのスポンサーでもある人物とその妻が殺されます。犯人当てとともに動機の解明もテーマとなります。ただ、ミステリとしての謎解きは前作の『その裁きは死』の方が出来がよかったと私は感じました。ご参考まで。
最後に、ピーター・トレメイン『昏き聖母』上下(創元推理文庫)です。英語の原題は Our Lady of Darkness であり、2000年の出版です。作者は、英国の推理小説作家で「修道女フィデルマ」のシリーズ最新邦訳です。本書では、フィデルマのもっとも親しい友人の1人、というか、このシリーズではフィデルマの相棒を務めているサクソン人修道士のエイダルフが、フィデルマの兄王が統治するモアン王国と緊張関係にあるラーハン王国で殺人の罪に問われて有罪判決を受け、処刑の前日に救助に向かう、というところからストーリーが始まります。フィデルマはモアン王国から同行してきた武官らとともに調査を進め、エイダルフの無実を明らかにすべく事件の真相に迫ります。いつもながら、非常に合理的かつクリアな謎解きで、私の好きなミステリのシリーズのひとつです。
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