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2023年7月 1日 (土)

今週の読書はボリュームたっぷりの経済書のほか計5冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、伊藤隆敏・星岳雄『日本経済論』(東洋経済)は、日本経済に関して主として海外学生・院生を対象にした英語版のテキストの邦訳書です。講談社[編]『黒猫を飼い始めた』(講談社)は、タイトルの1文を冒頭に配置するショートショートの作品で、主としてミステリ作家26人の作品集です。荻原博子『5キロ痩せたら100万円』(PHP新書)は、経済ジャーナリストが老齢期に健康を維持する経済効果について論じています。堤未果『ルポ 食が壊れる』(文春新書)は、気鋭の国際ジャーナリストが単に遺伝子組換え食品(GM)などの安全性にとどまらず、食料安全保障や広く農業や食糧生産の経営上の問題について問題提起しています。最後に、源川真希『東京史』(ちくま新書)は、日本近現代史を専門とする歴史学者が7つの視点から東京の近現代史をひも解いています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊、6月に19冊の後、7月初めてポストする今週の5冊を合わせて68冊となります。どうでもいいことながら、現在の大学に転職して3年余り、この3年間のうち最初の2年間は1本10万円クラスのソフトウェア購入で研究費のそれなりの部分が飛び、昨年度はiPadを買ったり東京に出張したりで研究費を使っていましたが、今年度はしっかり本を買いたいと思っています。

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まず、伊藤隆敏・星岳雄『日本経済論』(東洋経済)です。著者は、米国コロンビア大学と東京大学の研究者です。本書は、この著者達2人が英語で出版した The Japanese Economy (MIT Press) を日本語に邦訳したもので、英語の原書は2020年の出版です。もっというなら、本書は第2版=Second Edition であり、英語の初版は伊藤教授の単著であり、1992年の出版です。ですから、初版本は日本のバブル崩壊のころまでしかスコープに収めていませんでしたので、ハッキリいって、現時点では使い物にならず改訂版が待たれていたところでした。私も実は英語の原著の方を先に購入して、邦訳版は今年になってから買い求めました。日本経済の財政・金融、あるいは、産業と雇用などの幅広い分野に渡って解説を加えています。ということで、本書は、おそらく、日本人ではない大学生ないし大学院生であって、しかも、基礎的なマイクロとマクロの、特に後者のマクロな経済学の基礎ができている学生・院生に日本経済を講義する際の教科書といえます。私も、同じような科目を大学で教えていて、しかも、英語の授業と日本語の授業の療法を担当していますので、学部3-4年生から大学院修士課程院生くらいを対象にした英語の日本経済を教える教科書がそれほどないことは承知しています。たぶん、本書が出る前は、Flath教授による同じタイトルの The Japanese Economy (Oxford University Press) が唯一の選択肢に近く、フラス教授の本は第3版が2014年でした。どうでもいいことながら、フラス教授の本の第4版は2022年に、着実にアップデートされています。ちなみに、もっとどうでもいいことながら、昨年までフラス教授は私の大学における同僚で、フラス教授が論文指導していた大学院生の博士論文審査の副査を私は依頼されたこともあります。フラス教授の本の第4版はまだ手元にないのですが、いずれにせよ、伊藤教授と星教授のこの本も、フラス教授の本も、海外の学生や院生に対して日本経済を系統的に教えるいい教科書であることは間違いありません。ただ、どちらも、どのレベルかと質問されると少し迷います。おそらく、日本でのトップレベル校、東大や京大をはじめとして一橋大学なんかを含むトップ校では十分学部3-4年生のレベルでしょうが、もっと下位校であれば大学院修士課程のレベルかも知れません。政府の「経済財政白書」と同じか、少し高レベルくらいですから、ビジネスパーソンにも大いに参考にできる部分があると思います。ただし、何と申しましょうかで、なかなかのボリュームです。600ページ近くに渡って小難しい文章が続いています。大学で同じような科目を教えている私が読了するのに足かけ3日かかっています。その点は書き忘れないでおこうと思っています。

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次に、講談社[編]『黒猫を飼い始めた』(講談社)です。編者は講談社なのですが、著者はいっぱいいて、26人のミステリ作家がショートショートを提供しています。しかも、すべてのショートショートの書き出しは、本書のタイトル「黒猫を飼い始めた」となっている、という趣向です。作品はすべて、会員制読書倶楽部である Mephisto Readers Club(MRC)で配信=公開されたショートショートです。一応、著者とタイトルを収録順に書き連ねておきます。すなわち、潮谷験「妻の黒猫」、紙城境介「灰中さんは黙っていてくれる」、結城真一郎「イメチェン」、斜線堂有紀「Buried with my CAAAAAT.」、辻真先「天使と悪魔のチマ」、一穂ミチ「レモンの目」、宮西真冬「メールが届いたとき私は」、柾木政宗「メイにまっしぐら」、真下みこと「ミミのお食事」、似鳥鶏「神の両側で猫を飼う」、周木律「黒猫の暗号」、犬飼ねこそぎ「スフィンクスの謎かけ」、青崎有吾「飽くまで」、小野寺史宜「猫飼人」、高田崇史「晦日の月猫」、紺野天龍「ヒトに関するいくつかの考察」、杉山幌「そして黒猫を見つけた」、原田ひ香「ササミ」、森川智喜「キーワードは黒猫」、河村拓哉「冷たい牢獄より」、秋竹サラダ「アリサ先輩」、矢部嵩「登美子の足音」、朱野帰子「会社に行きたくない田中さん」、方丈貴恵「ゲラが来た」、三津田信三「独り暮らしの母」、そして、円居挽「黒猫はなにを見たか」となります。収録作品数があまりにも多いので全部は紹介しきれませんが、なかなかの秀作ぞろいです。ただし、宮西作品とか三津田作品のように、ホントに黒猫なのか、と疑わしい作品もあるにはあったりします。加えて、黒猫に関するストーリー上の濃淡もあります。例えば、黒猫を飼い始めたがすぐに手放して、飽きっぽさのひとつの例示にとどめている青崎作品もあれば、黒猫が殺人事件の解決に密接に関係している円居作品もあったりします。また、夏目漱石の『吾輩は猫である』よろしく、黒猫の視点を取り入れた紺野作品、あるいは、完全なSFの似鳥作品、はたまた、時代小説の高田作品なども含まれています。スミマセン。全部は紹介しきれません。

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次に、荻原博子『5キロ痩せたら100万円』(PHP新書)です。著者は、老後資金などについて詳しいジャーナリストです。タイトル通りに、主としてややメタボ気味な高齢者に対して、体重をコントロールして健康を維持すれば経済的にも大いに節約できる、という内容となっています。かなりの程度に著者自身の経験も取り入れられています。はい。私もその通りだと考えています。すなわち、私はそれなりになの通った大学の経済学部の教授として、投資に関するお話をせがまれることがあり、かなりリターンの確度高くて、しかも、多くのエコノミストの同意する投資を2種類紹介しています。第1に、教育投資です。そして、第2に、子供の教育を終えるころから始めるべき健康投資です。本書はその後者の健康投資にスポットを当てていて、中身も適当であると私は考えています。ただ、これらの教育投資と健康投資については、そのリターンが投資者ご本人に戻ってこないという恨みはあります。教育投資の方は多くの場合は自分の子供にリターンが戻りますので、まあ、いいとしても、健康投資は健康保険組合とか政府に利する部分が大きいというのは事実です。本書のタイトルのうち、「100万円」のリターンがあるとしても、健康保険自己負担が30%だとすれば、投資したご本人には30万円戻るだけで、残りの70万円は健康保険組合とか政府に持っていかれてしまう、というのも事実です。ただ、そうだからといって不健康な生活習慣を止められないのは、結局、大きなマイナスのリターンとなって自分に帰って来ますので、やっぱり、それなりの健康投資は必要です。最後に、健康投資より教育投資について、教育は親の愛情であると反論を受ける場合もありますが、いつも私が主張しているように、ココロや気持ちの問題ではコトは解決しません。交通安全と同じです。必要な投資をケチらないことが重要です。

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次に、堤未果『ルポ 食が壊れる』(文春新書)です。著者は、国際ジャーナリストとして、極めて鋭い視点を提供してくれています。実は、本書の前にも『デジタル・ファシズム』(NHK出版新書)という、これも現在進行形で進められている「売国ビジネス」、すなわち、GAFAをはじめとするをはじめ米国と中国などの巨大テック資本が、行政、金融、教育といった極めて重要であり、市場化されていない日本の心臓部を狙った攻勢を仕かけているという新書を読みました。デジタル庁の設置に始まって、地方再生と結びついたスーパーシティ、金融分野のキャッシュレス化、さらにオンライン教育、ときて、現在の健康保険証の紐づけに至るマイナンバーカードのゴリ押しまで幅広くカバーしています。少し前の本だったので、この新刊書の読書感想文には取り上げていませんが、さらに、本書の続編で『堤未果のショック・ドクトリン』(幻冬舎新書)もすでに出版されており、私はもう購入していて、いかにもナオミ・クラインによる『ショック・ドクトリン』になぞらえた新書もあります。近く私も読んで読書感想文をポストしたいと思っています。その2冊の間で、本書はやや地味な印象なのですが、半導体供給などでJSRに資本テコ入れが図られたりして、経済安全保障が注目される中で置き去りにされがちな食料安全保障の分野のルポを取りまとめています。私も勤務する大学の授業で取り上げますが、広く知られているように、日本は食料自給率が極めて低く、食料安全保障に不安を覚えているエコノミストは私だけではないと思います。単に、安全性に特化した消費者団体的な視点で、遺伝子組換え食品(GM)やゲノム編集食品だけではなく、経営的な支配力の観点も本書では重視しています。また、本書から離れても、ラトガーズ大学のグループによる論文で、朝日新聞のサイトでも報じたように、「核の冬」というやや極端な状況ながら、食料危機が生じれば我が国で非常に多くの餓死者が出るという研究成果もあります。食料の未来を考える上で、本書も大いに参考にすべきと私は考えています。


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最後に、源川真希『東京史』(ちくま新書)です。著者は、首都大学東京の歴史研究者です。日本の近現代史がご専門ということです。本書は7章構成になっていて、破壊と再生、帝都/首都とインフラ、近代都市における民衆、自治と政治、工業化とその後の脱工業化、繁華街などでの娯楽、山の手と下町といった高低の感覚、から明治維新以降の東京の近現代史を展開しています。私も大学卒業後、60歳の定年まで海外勤務などの例外を除けば、ほぼほぼ東京で公務員をしていたわけですが、やっぱり、東京の特殊性というものを実感しています。その辺の感覚は関西地場の人々とはかなり違っていると認識せざるを得ません。実は、少し前に勤務校の新任教員との交流ということでセミナーに参加し、東京における建築の高さ規制がどのような経済ロスを生じているか、というテーマのセミナーだったのですが、そこでも「東京は特殊か?」という議論が出てきて、私の実感として目いっぱい特殊である、と発言しておきました。そして、勤務校でのセミナーは最近時点での分析だったのですが、おそらく、東京特殊論は明治維新よりももっとさかのぼって徳川期の元禄あたりから当てはまるのではないか、私は考えています。もで、徳川期には京と大坂という江戸よりもっと特殊な都市空間がありましたので、その意味で、東京が帝都/首都として特殊になったのは明治維新以降かもしれません。例えば、現在放送中のNHK朝ドラ「らんまん」に関して、私の好きな関西在住の女性ミステリ作家がツイートしていて、主人公の姉の綾と結婚して実家高知の造り酒屋を継ぐ竹雄について、「竹雄、東京にいたことが、着こなしや振る舞いのスマートさにつながっていて、この先彼が違う道を歩いても、それが彼の武器になっていくのがわかる。」というのがありました。まさにその通りだと思います。ですから、私は学生や院生の諸君に対して就職するにせよ、研究を続けるにせよ、1度でいいから東京の空気に触れておくのも一案である、と示唆しています。その昔の中世ドイツに「都市の空気は自由にする」"Stadtluft macht frei." というのがありましたが、そこまで極端、あるいは、制度的ではないとしても、東京にはそれに近いものがあるような気がします。

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