« MMD研究所による「2023年マイナンバーカードに関する実態調査」やいかに? | トップページ | 梅雨が明けたらしい »

2023年7月19日 (水)

女性役員比率と労働生産性・イノベーションの関係の実証的なエビデンスはあるのか?

やや旧分に属するトピックなのですが、先週水曜日の7月12日に科学技術・学術政策研究所(NISTEP)から「女性役員比率の労働生産性へ与える効果及びイノベーション実現との関係」と題するリポートが明らかにされています。もちろん、pdfの全文リポートもアップロードされています。まず、リポートの概要を NISTEP のサイトから引用すると以下の通りです。

概要
我が国では、男女平等社会の実現に向け多くの課題がある。本稿では、女性役員比率の労働生産性へ与える効果及びイノベーション実現との関係について、調べている。具体的には、労働生産性と女性役員比率との間の逆因果の関係を取り除いた上で、女性役員比率の上昇が与える労働生産性への効果を調べている。また、後段では、女性役員比率とプロダクト・イノベーション実現又はビジネス・プロセス・イノベーション実現のどちらとより相関があるかについて調べている。分析の結果、女性役員比率は労働生産性を有意に向上させ、またビジネス・プロセス・イノベーション実現と相関があることが分かった。

私は労働政策研究・研修機構(JILPT)という国立研究機関に勤務していた経験があるものの、NISTEP というこの研究機関についてはまったく不明で、「リポート」と称していて、「ディスカッションペーパー」とか、「ワーキングペーパー」ではないので、査読ジャーナルに投稿する予定はないのか、という気もしますが、まあ、女性の管理職や役員が増えるとどうなるのか、という私が従来から気にかかっているテーマに沿っていますので、推計結果のテーブルとともに、簡単に取り上げておきたいと思います。

photo

まず、NISTEP のサイトから 女性役員比率が労働生産性へ与えた効果分析の結果 のテーブルを引用すると上の通りです。データとしては、東洋経済から出版されているデータを主として使っているようです。企業単位のパネルデータだそうです。すなわち、逆にいうと、事業所単位ではないデータです。そのパネルデータについて、女性役員比率と労働生産性の2本の同時方程式をコントロール・ファンクション・アプローチを用いて推計した結果です。本筋ではないので軽く流しておきますが、直感的に、コントロール・ファンクション・アプローチとは操作変数法に似ていて因果関係をコントロールする、と考えていいと思います。加えて、上のテーブルでは実に簡略に「コントロール」としか表記されていませんが、リポートをよく読めば、資本装備率、従業者数、30歳従業者賃金、無形資産比率、DEレシオ、従業者平均年齢、女性管理職比率、女性従業者比率前がコントロール変数として同時方程式に含められています。その際、従業員平均年齢以外は対数を取っています。ということで、とてつもなく前置きが長くなりましたが、ダイナミック推計である Arellano-Bond の方法による GMM 推計結果が逆符号で、かつ、パラメータの有意性もありません。リポートでは、系列相関が原因と指摘しています。ただ、それ以外はそれなりの有意性を示していて、女性役員比率が上がれば労働生産性にポジティブな影響を及ぼす、という結果が導かれていることは明らかです。もっと定量的に表現すると、女性役員比率が+10%上昇すれば、労働生産性が+0.86%から+1.39%ほど上昇する、ということになります。

photo

続いて、NISTEP のサイトから 女性役員とイノベーション実現との関係の分析結果 のテーブルを引用すると上の通りです。イノベーションには、プロダクト・イノベーションとビジネス・プロセス・イノベーションを考慮し、それぞれが実現した際に1を取るダミー変数に対してProbitモデルを想定した回帰分析を試みています。上のテーブルにもコントロール変数は一部しか明示されておらず、明示されている従業者数、30歳従業者賃金、無形資産比率、のほかに、女性管理職比率、女性従業者比率、DEレシオがそれぞれ対数を取ってコントロール変数として含められているようです。ということで、これも前置きが長くなりましたが、統計的な有意性から見て、女性役員比率はプロダクト・イノベーションには寄与していないものの、プロダクト・イノベーションとビジネス・プロセス・イノベーションにはいく分なりとも寄与している、という結果が導かれています。このプロダクト・イノベーションとビジネス・プロセス・イノベーションへの寄与という結果は、労働生産性向上を促す、という分析結果と十分整合的と私は受け止めています。ただ、女性はプロダクト・イノベーションには寄与していないのね、という結果は、リポートが指摘しているように「プロダクト・イノベーション実現に重要となるSTEM人材が女性に少ない」という現実を反映している可能性がある一方で、逆に、日本の産業構造がまだまだ重厚長大で女性の活躍する分野と親和性がない可能性もあるかもしれません。まあ、私には謎です。

いずれにせよ、企業の役員や管理職に女性をもっと登用すれば、おそらく、飛躍的に日本の生産性や何やが向上すると私が考えているのは、従来から指摘している通りです。そして、まったく根拠も示すことなく「女性登用はダメ」を主張する既得権益男性が多いことも承知しています。加えて、私はヘーゲリアンですから、企業において女性登用が量的に進めば質的な何かの変化が生じると予想しています。現時点では謎ですが、そういった質的変化を目指して量的な積重ねを促すような制度的裏付けが必要です。

|

« MMD研究所による「2023年マイナンバーカードに関する実態調査」やいかに? | トップページ | 梅雨が明けたらしい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« MMD研究所による「2023年マイナンバーカードに関する実態調査」やいかに? | トップページ | 梅雨が明けたらしい »