« 雇用者増が+200千人を下回り失業率も上昇した8月の米国雇用統計をどう見るか? | トップページ | 3回のビッグイニングを活かしてヤクルトを振り切りマジック17 »

2023年9月 2日 (土)

今週の読書は米国を分析した経済書をはじめ計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、大橋陽・中本悟『現代アメリカ経済論』(日本評論社)は、現在の米国バイデン政権で進められている反トラスト政策の背景にある米国経済における独占の進行について分析しています。奥村皓一『転換するアメリカ新自由主義』(新日本出版)は、これも米国バイデン政権下で進められている新自由主義的な経済政策からの脱却について分析を加えています。島田荘司『ローズマリーのあまき香り』(講談社)は、1997年時点のストックホルム在住の御手洗潔が1977年に起こったニューヨークでの世界的バレリーナ殺害事件の謎を解き明かす本格派のミステリです。奥田祥子『シン・男がつらいよ』(朝日新書)は、右肩下がりの日本経済において「男らしさ」のジェンダー規範を具現化できず苦しむ男性について取りまとめています。泡坂妻夫『ダイヤル7をまわす時』(創元推理文庫)は、作者の生誕90周年を記念して再出版されたミステリ短編集です。最後に、泡坂妻夫『折鶴』(創元推理文庫)も同じで、それほどミステリ色の強くない短編を収録しています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、先週8冊の後、今週ポストする冊を合わせて冊となります。

photo

まず、大橋陽・中本悟『現代アメリカ経済論』(日本評論社)です。編者は、いずれも私の勤務する大学の研究者であり、まあ、平たくいえば同僚です。本書の副題は「新しい独占のひろがり」となっています。広く報じられている通り、本書のいくつかの章で強調されていたように、2021年からの米国バイデン政権下で連邦取引委員会(Federal Trade Commission=FTC)の委員長にリナ・カーン女史が委員長に就任し、昨年2022年11月には Federal Trade Commission Act の Section 5 に関する Policy Statement として "Rigorous Enforcement" 「厳格な執行」を軸にした "Policy Statement Regarding the Scope of Unfair Methods of Competition Under Section 5 of the Federal Trade Commission Act Commission File No. P221202 " を公表しているだけに、極めてタイムリーな分析が提供されています。なお、本書は、3部構成であり、第Ⅰ部 現代アメリカ経済における新たな独占、第Ⅱ部 独占のグローバル・リーチの新展開、第Ⅲ部 独占と経済・規制政策論、となっています。私も米国の反トラスト政策は気になっていて、2年ほど前の2021年6月の読書感想文でティム・ウー『巨大企業の呪い』を取り上げましたので、その観点から読んでみました。ただ、やや未成熟な議論を展開している部分もあり、やや物足りない仕上がりとなっています。例えば、第2章の金融に関する分析において、プライベート・エクイティ(PE)によるメイン・ストリートの収奪に関しては、単に、党派や立場によって見解が様々、というだけでなく、何らかのPEの投資行動の評価基準を提起できるだけの分析が欲しかったと思います。厳密にはプライベート・エクイティとは異なりますが、いわゆる機関投資家におけるGFANZ (Glasgow Financial Alliance for Net Zero)のような動きもありますし、SDGsの観点も含めて金融の分析が欲しかった気がします。また、ITのビッグテック、GAFAなどの巨大な企業体によるデータの独占的な収集については、一定の分析がなされていますが、なぜか、エネルギー企業についてはスルーされています。その昔のAT&Tとともにスタンダード石油の分割でもってエネルギー企業の独占は終了したとは考えられません。シカゴ学派的な、というか、スティグラー教授の「規制の虜」は、私の直感ではエネルギー企業にもっともよく当てはまると思うのですが、本書のスコープに入っていない点は私には理解がはかどりませんでした。最後に、これも本書のスコープ外なのでしょうが、独占企業体での雇用について、第9章で高度人材について、また、第10章でインフレとの関係で取り上げられていますが、生産段階における独占企業による競争企業の収奪という企業間の関係だけではなく、企業と労働者の関係についても、何らかの特徴があるのかどうか、もう少し突っ込んだ分析が欲しかった気がします。でも、繰り返しになりますが、米国での競争促進政策は今後注目されるところであり、私も本書をはじめとして勉強しておきたいと思います。

photo

次に、奥村皓一『転換するアメリカ新自由主義』(新日本出版)です。著者は、東洋経済でジャーナリストであった後、大東文化大学や関東学院大学で研究者をしていました。本書は、2021年1月から始まった米国バイデン政権下でシカゴ学派の主導する新自由主義的な経済運営への反省から、1930年代の民主党ルーズベルト大統領の下でのニューディール政策のような資本主義の枠内での経済政策について分析しています。当然ながら、古典派経済学のような自由放任を排し、政府と経営者と労働者の共同による経済再生、大不況からの脱出ということになります。ただし、本書ではケインズ政策という表現はほとんど出てきません。やや不思議な気がしました。本書は3章構成であり、第1章のバイデン生還における脱新自由主義的経済政策を中心都市、第2章のIT巨人・GAFAMの解体的規制をめぐる攻防、に加え、第3章では金融危機における米国銀行システム崩壊とメガバンク再構築による金融寡頭制、となっています。私は読んでいて、第3章の位置づけや内容が本書のスコープと当関係するのか、理解がはかどりませんでした。申し訳ないながら、第3章をほぼほぼ無視して、第1章を中心に見ていくこととします。まず、米国経済の脱新自由主義については、私の理解では労働サイドのテコ入れが主たる制作集団であろうと考えています。広く知られた通り、1940年代後半の米軍を中心とする占領軍による日本経済の三大改革は、農地開放、財閥解体、労働民主化です。労使のバランスが1981年からの当時のレーガン政権により決定的に労働者に不利になるような政策が取られてきています。典型的には航空管制官1万人余りの解雇と代替者の雇用です。我が国では、1987年の三公社の民営化に伴う国労解体かもしれません。本書では、1935年ワグナー法の基本に立ち返るべくタスクフォースからの報告を求めた旨の分析が目を引きます。2009年からのオバマ大統領はウォール・ストリートの利益代表に近い経済政策により、その次のトランプ大統領への道を開いてしまいましたが、バイデン大統領は労働組合の復権に力を注いでいる印象です。ただ、これは政策的にどうこうというよりも、むしろ、人口動態的な人手不足、特に、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)後の労働市場への戻りの遅さも含めた人手不足が大きな要因となって、労使間の力関係のバランスを労働サイドに有利に作用した、と私は考えています。おそらく、その方向性を政策的にバックアップした、ということなのだろうと思います。長期的には日本や米国に限らず、労働組合の組織率が低下の方向にあることは事実ですが、日本でも西武百貨店池袋店の労働組合が米国ファンドへの売却を巡ってスト権を確立していることは広く報じられていますし、日本でも現在のような反動的な内閣のもとでも、何らの政策的支援を受けずに、少子高齢化や人口減少の流れの中で人手不足が進み、労使間のバランスが労働サイドに有利な方向に動いているのが実感できます。いずれにせよ、米国では脱新自由主義が意図して政策的に進み始めています。日本でも早くに脱新自由主義が進むことを私は願っています。

photo

次に、ジェイソン・ヒッケル『資本主義の次に来る世界』(東洋経済)です。著者は、エスワティニ(旧スワジランド)のご出身で英国王立芸術家協会のフェローであり、専門は経済人類学だそうです。英語の原題は Less Is More であり、2020年の出版です。本書では、人新世=anthropoceneないし資本新世=capitaloceneにおける生態系の破壊を防止するために、脱成長の必要性を分析しています。特に、資本主義の下で企業の行動原理は利潤の最大化ということですので、計画的陳腐化や不必要な買換を促進させようとする広告戦略などに基づく過剰な生産を減速させ、不要な労働から労働者を開放しすることを目的とした方向性が示されています。もちろん、完全雇用を維持するために労働時間を短縮し、また、フローの所得とストックの富=資産を公平に分配し、医療や教育や住宅などの公共サービスへのアクセスを拡充することも重視しています。ただ、過去の歴史を振り返り、植民地化による桎梏、あるいは、自然と人間という啓蒙主義における二元論などから説き起こし、マテリアル・フットプリントの考えの導入なども、とっても有益な方向性なのですが、具体的な方策への言及がほとんどありません。プラネタリ・バウンダリの考えはいいのですが、消費を地球が供給できる範囲に抑えるために、まず、計測の問題があり、次に、その実現のための方策が必要です。さらに、本書ではグリーン成長論を否定しています。成長と環境負荷のデカップリングが出来ないという前提なのですが、これについても計測が不十分ではないか、と私は考えています。おそらく、本書の主張はほぼほぼすべてが正しく、啓蒙主義的な二元論を脱するなら、自然からの収奪ができなくなれば労働からの収奪になる、というのもその通りなのだと思うのですが、もう少し具体的な計測と方向性が示されれば、さらに充実した主張になる気がします。私が常に主張しているのは、環境保護や生態系破壊の防止などは心がけとか気持ちの問題では解決しません。実際に実行力ある何らかの制度的な枠組みや規制がなければ、どうにもなりません。計測の問題にしても、GDPは一定の目的に即した指標であって、環境保護や生態系破壊防止のためには、GDPに代替する別の指標を考えねばなりません。それは、幸福指標ではないと私は考えています。気候変動防止や生態系保護の必要性を主張するのは簡単です。その実現のための計測と具体的な方策の提示が重要です。

photo

次に、島田荘司『ローズマリーのあまき香り』(講談社)です。著者は、私なんぞがいうまでもない本格ミステリの大御所です。本書は、その大御所の御手洗シリーズ最新刊であり、1997年の時点でスウェーデン在住の御手洗潔がその20年前1977年のニューヨークで起こった不可解な殺人事件の謎を解きます。その殺人事件とは、当時の世界トップであり、ナチスの絶滅収容所からの生き残ったという意味でも生きた伝説といえるバレリーナ、35歳と最盛期を迎えたフランチェスカ・クレスパンがニューヨークの劇場で上演された4幕もののバレエの主役を務めた際に、いわゆる楽屋の休憩室の密室で撲殺されます。死亡時刻から考えて、2幕と3幕の間の休憩時間に殺害されているのですが、彼女は最後まで、すなわち、3幕と4幕も踊っていることが多くの聴衆に目撃されています。この密室殺人と死亡時刻の謎が、実際に起ってから20年を経て、御手洗潔によって解明されるわけです。殺害場所は、ニューヨークのロックフェラー・センターを思わせる、というか、モデルにしたであろうウォールフェラー・センターです。そして、ユダヤ人とユダヤ教、もちろん、繰り返しになりますが、ナチスによる絶滅収容所、さらに、ナチスから逃れた後の旧ソ連における芸術家の待遇、また、ユダヤを代表するウォールフェラー一族の時刻までも十進法で表現する家法、などなど、島田荘司らしい数多くの奇想が盛り込まれています。最後には、もちろん、御手洗潔によってローズマリーの香りが現場に残されていたのかも明らかにされます。トリックについては疑問なくすべてが明らかにされるのですが、難点としては、「ノックスの10戒」や「ヴァン・ダインの20則」に、おそらく、抵触している可能性が高い点です。しかも、謎解きというよりは、私の感想としては力技です。ですので、騙された読者が、「なるほど」と感心するのか、それとも、「これは反則である」と感じるのかはビミョーなところかという気がします。ちなみに、私はフィフティ・フィフティで謎解きの鮮やかさに感激しつつも、どうも反則っぽいところが気がかりになった読後感でした。まあ、殺されたクレスパンのファーストネームのフランチェスカはイタリア人じゃないの、というのは別にします。

photo

次に、奥田祥子『シン・男がつらいよ』(朝日新書)です。著者は、読売新聞のジャーナリストを経て、現在は近畿大学の研究者を務めています。本書では何の言及もありませんでしたが、私は「プレジデント・オンライン」で同じ連載を一部見た記憶があります。5章構成となっており、4章までが取材の結果を取りまとめたルポ編で、最終5章が分析と解決のための考察編となっています。最初の4章では、女性に虐げられる男たち、男性に蔑まれる男たち、母親に操られる男たち、「親」の代償を払わされる男たち、とタイトルされていて、出世しなかったり、定年で権力を失ったり、マザコンで配偶者よりも母親を忖度したり、といった男性を取材し、それぞれをケーススタディしています。実際の取材例は本書を読むしかないのですが、私自身の経験に引き付けると、やや極端という気もします。私自身はキャリアの公務員として定年まで東京の本省で働いていましたから、平均的な民間企業よりも男女の性差はあまりなくて平等で、体育会的な要素はほぼほぼなく、営業のノルマやリストラなどはまったくない、という意味で、働きやすい良好な職場でした。私自身は上昇志向がほとんどないこともあって、平均以下の出世しかしませんでしたが、それほど不満はありませんでした。キャリアの場合は課長の上の局次長とか審議官まで出世する人が少なくない中で、課長止まりでしたので、繰り返しになりますが、キャリア公務員としては出世したのは平均以下でした。でも、キャリアですので、ノンキャリアも含めたすべての公務員の平均は軽く超えていたことも事実です。ですから、それなりに居心地がよかったのかもしれません。また、本書では何らかのハラスメントを受けたり、逆に、ハラスメントの加害者として告発されたり、といった例が散見されますが、そういった競争の激しさもそれほどなかった気がします。ですから、私のように出世は諦めてエコノミストとして経済学の勉強に励むべしという人事のはからいもあったのか、なかったのか、研究や調査の仕事をすることが多かった気もします。ただ、第5章で分析されているように、日本人男性の幸福度が国際的に低い水準にあることも確かで、中高年男性の生き難さが現れている可能性もあります。また、母親や父親からの影響という点に関しては、大学まで親元にいながら働き始めるに当たって東京に出る、という移動パターンでしたので、現在のように通信手段が多岐に渡って発達していたわけでもなく、公務員の仕事や役所についてほとんど情報のない親からの干渉はほとんどありませんでした。まあ、要するに時代が違うという面はありますし、私自身がそう気張らない性格とテンションの高くない職場でしたので、本書のような「つらい男たち」にはならなかったのかもしれません。

photo

最後に、泡坂妻夫『ダイヤル7をまわす時』(創元推理文庫)です。著者は、家業の紋章上絵師として働く一方で、ミステリ作家やマジシャンとしても活躍し、2009年に亡くなっています。この本と次の本はともに短編集であり、今年2023年になって作者の「生誕90周年記念」として再出版されています。この本はミステリ色が強く、次の本はミステリ色はほとんどありません。したがって、読書感想文を分けています。なお、最初の出版は『ダイヤル7をまわす時』は1985年に光文社から単行本が出ています。収録されている短編は、「ダイヤル7」、「芍薬に孔雀」、「飛んでくる声」、「可愛い動機」、「金津の切符」、「広重好み」、「青泉さん」となっています。ほぼほぼ表題作といえる「ダイヤル7」は、問題編と解答編で構成されたロジカルな犯人当てミステリとなっていて、抗争する暴力団の片方の組長が殺害されるのですが、何せ、1985年代前半の電話機ですので、ボタンではなくダイヤル式です。やや、今どきの若い読者には理解しにくいかもしれません。「芍薬に孔雀」は、客船内で口に靴にポケットに全身に稀覯モノのトランプのカードを詰め込まれた奇妙な死体の謎を解き明かします。「飛んでくる声」では、団地内で不思議に会話の声が反響して別棟の部屋に聞こえてしまい、殺人劇の解明へとつながります。「可愛い動機」では女性らしい動機から自動車を海に突っ込ませるという犯罪です。ラストの1行が鮮やかです。「金津の切符」はコレクター心理が読ませどころとなっています。倒叙ミステリなのですが、警察が解明するラストも興味深いところです。「広重好み」では、殺人事件は起こらず、なぜか、「広重」が名前に入る男性に興味を引かれる女性の謎に迫ります。最後の「青泉さん」では、小さな町で常連客しか来ない喫茶店に来るようになった画家の青泉さんが殺されますが、作品がすべて持ち去られるという謎が、殺人者の解明よりも重点を置かれています。

photo

最後に、泡坂妻夫『折鶴』(創元推理文庫)です。著者は、家業の上絵師として働く一方で、ミステリ作家やマジシャンとしても活躍し、2009年に亡くなっています。この短編集には、「忍火山恋唄」、「駈落」、「角館にて」、「折鶴」の4話が収録されています。ややミステリ色のある作品も含まれていますが、前作の『ダイヤル7をまわす時』がハッキリとミステリ短編集であったのに対して、この作品はかなり色合いが異なります。作者の「生誕90周年記念」として東京創元社からの再出版ですが、もともとは1988年に文藝春秋から単行本が出ています。第16回泉鏡花文学賞受賞作です。「忍火山恋唄」では、新内語りの名人の人生に絡んだ殺人事件と幽霊の怪談譚に本格ミステリの手法を加えているのですが、ミステリではなく人情話しとして私は読んでしまいました。「駈落」では、悉皆屋の男性が若かったころに経験したたった3日間の駈落事件が語られます。実は、大きなお釈迦様の手のひらでの操られた形で、最後には鮮やかなどんでん返しで終わります。「角館にて」では、男女の微妙な価値観や物の考え方のすれ違いが鮮やかに対比されています。ミステリ色の薄いこの作品の中でも、もっともミステリ色が薄い作品です。最後に、「折鶴」では、ミシンの導入により仕事が大きく変化する職人が主人公になります。投宿先で自分の名を騙られた主人公が、その謎の男の正体を名刺を渡した相手を回想しながら考えるという趣向で、ラストが鮮やかです。ミステリ色の薄いこの作品の中でも、謎解きという意味で、もっともミステリ色が濃い作品です。泡坂作品の中でも、どんでん返しはあるものの、よりしっとりとした大人の恋や人間関係を扱っている作品が多く、ミステリ色の強い作品と読後感がかなり違ってきます。

|

« 雇用者増が+200千人を下回り失業率も上昇した8月の米国雇用統計をどう見るか? | トップページ | 3回のビッグイニングを活かしてヤクルトを振り切りマジック17 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 雇用者増が+200千人を下回り失業率も上昇した8月の米国雇用統計をどう見るか? | トップページ | 3回のビッグイニングを活かしてヤクルトを振り切りマジック17 »