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2023年10月21日 (土)

今週の読書は今年のノーベル経済学賞を受賞したゴールディン教授の学術書をはじめとして計7冊

今週の読書感想文は以下の通り計7冊です。
まず、クラウディア・ゴールディン『なぜ男女の賃金に格差があるのか』(慶應義塾大学出版会)は、今年2023年のノーベル経済学賞を受賞したエコノミストによる学術書であり、米国における大卒女性の100年間のキャリアと家族の歴史を分析しています。斎藤幸平+松本卓也[編]『コモンの「自治」論』(集英社)は、コモンの再生や拡大とともに、単なる受益者ではなく当事者としての自治を拡大する必要性などを論じています。三浦しをん『墨のゆらめき』(新潮社)は、ともに30代半ばで独身の実直なホテルマンと奔放な書道家の交流を綴っています。牧野百恵『ジェンダー格差』(中公新書)は、マイクロな労働経済学におけるジェンダー格差の分析結果の学術論文をサーベイしています。竹信三恵子『女性不況サバイバル』(岩波新書)は、コロナ禍における女性の経済的な苦境に焦点を当てつつ解決策を模索しています。夕木春央『絞首商會』(講談社文庫)は大正期を舞台にした無政府主義者によると見られた殺人事件の謎を解き明かします。夕木春央『サーカスから来た執達吏』(講談社文庫)は、借金返済のために華族の財宝を探すミステリです。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊、退院した後、6~9月に104冊を読み、10月に入って先週までに13冊、そして、今週ポストする7冊を合わせて168冊となります。今年残り2月余りで、どうやら、例年と同じ年間200冊の新刊書読書ができるような気がしてきました。

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まず、クラウディア・ゴールディン『なぜ男女の賃金に格差があるのか』(慶應義塾大学出版会)を読みました。著者は、米国ハーバード大学の経済学の研究者であり、今年のノーベル経済学賞を受賞しています。英語の原書のタイトルは Career and Family であり、2021年の出版です。本書では、コミュニティ・カレッジのような短大ではなく4年制の大学卒の学士、あるいは、それ以上の上級学位を持つ女性を対象にして p.30 の示してあるように、女性の大学卒業年として1900-2000年の100年間を取り、この期間における女性の職業キャリアと家庭の歴史を振り返りつつ、男女間の賃金格差を論じています。学術的な正確性ではなく、ふたたび大雑把にいって、キャリアは職=ジョブと職=ジョブをつなぐものくらいのイメージです。そして、タイトルにある "Family" は「家族」というよりは「家庭」です。その際、この100年間を大雑把に20年ごとの5期に分割しています。第1期、すなわち、1900年から1920年ころに大学を卒業した女性たちであり、家庭かキャリアか、どちらか一方を選ぶ選択に迫られていました。キャリアを選ぶ大卒女性は結婚して家族を持つことを諦めざるを得ないケースが少なくなかったわけです。そして、第2期の1920年から1945年の大学を卒業したグループは、卒業後にキャリアを始めるものの、日本の寿退社に相当するマリッジ・バーによりキャリアを諦めざるを得ないことになります。第3期の1946年から1965年に大学を卒業した女性たちは、米国人の早婚化に伴って早くに結婚し出産を経て、子供の手がかからなくなった段階でキャリアを積む世界に入りました。第4期の1960年代半ばから1970年代後半に大学を卒業した女性たちは、女性運動が成熟したころに成人し、避妊薬であるピルが利用可能になり、キャリアを積んでから家庭を持ちました。そして、第5期の1980年ころ以降に大学を卒業した女性たちは、キャリアも家庭も持つ一方で、結婚と出産は遅らせています。ここで分析対象になっているのが、大卒ないし上級学位を保持する女性ですので、日本的なサラリーマンとは少し違うキャリアが垣間見えます。職業としては、医師、獣医師、会計士、コンサルタント、薬剤師、弁護士などが取り上げられています。でも、こういった職業キャリアにはだいたい可能性という観点で大きな違いがあり、弁護士業務では弁護士間での代替可能性が低く、例えば、極端な例ながら、裁判の途中で担当弁護士が交代するケースは考えにくいわけです。したがって、長時間労働は時間当たりの賃金単価を引き上げることになります。他方で、薬剤師などは代替可能性が高く、誰が処方しても同じ薬が販売されるわけで、賃金単価は労働時間に影響を受けません。そして、現在までの経済社会におけるジェンダー規範により、男性が長時間労働を引き受け、女性が短時間労働で家庭内の役割を受け持つとすれば、弁護士では男性の賃金単価が女性よりも高くなるわけですし、薬剤師では賃金単価は男女間で変わらないものの、労働時間の長さにより一定期間で受け取る週給とか月給は男性の方が高くなりがちになります。といったような分析が明らかにされています。ただ、私が大きな疑問を感じているのは、「男性は外で長時間働き、女性は家庭内の役割を引き受ける」というジェンダー規範を前提にしている点です。このジェンダー規範を前提にすれば、多少のズレはあっても、ほぼほぼ男女間に賃金格差が生まれそうな気がします。ですので、この根本となるジェンダー規範がいかに形成され、いかに克服されるべきか、を分析し議論しなければならないのではないか、と思うのですが、いかがなものでしょうか。例えば、人種差別が存在するのを前提として白人と黒人の賃金格差を論じるのは適当かどうか、私には疑問です。歴史的な観点で女性のキャリアと家庭を分析する視点は大いに啓発されましたが、ノーベル経済学賞という看板を外すと、マイクロな労働経済学という私の専門外である点を考慮しても、やや物足りない読書でした。

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次に、斎藤幸平+松本卓也[編]『コモンの「自治」論』(集英社)を読みました。編者は、『人新世の「資本論」』で一躍有名になった経済思想家、東大の研究者と精神科医です。本書は7章構成であり、編者を含めて7人が執筆しています。収録順に、第1章 白井聡: 大学における「自治」の危機、第2章 松村圭一郎: 資本主義で「自治」は可能か?、第3章 岸本聡子: <コモン>と<ケア>のミュニシパリズムへ、第4章 木村あや: 武器としての市民科学を、第5章 松本卓也: 精神医療とその周辺から「自治」を考える、第6章 藤原辰史: 食と農から始まる「自治」、第7章 斎藤幸平: 「自治」の力を耕す、となります。バラエティに富んでいて私の専門外の分野も多く、それだけに勉強にもなりますが、レビューに耐える見識に不足する分野もあります。まず、本書のタイトルでカギカッコつきになっている「自治」とは何か、については、第6章で指摘されている定義めいたものを参考に、「受益者」から「当事者」のの側面を持つようになり、それを不断に維持していくプロセス、というふうに私は解釈しています。でも、現在の日本に民主主義下でも投票というプロセスを通じて、統治のシステムに何らかのコミットをしている、という意見もあるかもしれませんから、そのコミットをさらに拡大するプロセス、ということなのだろうと思います。ですから、もっと言葉を代えれば、「統治」を政治的なものだけでなく、より幅広いコンテクストで考えることを前提に、受動な受け身一方の統治される側から何らかの能動的な要素を加え、それを進め拡大するプロセス、ということなのだと思います。その典型が、言葉としても人口に膾炙している地方自治であり、東京都の杉並区長に当選したばかりの岸本区長が担当している第3章によく現れています。ただ、私は大きく専門外なので、例えば、第2章で論じられているようなテーマで、資本主義のもとで自治が可能か、不可能かについては見識を持ちません。判りません。今までは、コモンの拡大がひとつの目標のように見なされてきていた議論が、1ノッチ段階を上げてコモンをいかに自治するか、という議論が始まった点は私は大いに歓迎します。私の専門分野に引き寄せると、18-19世紀のイングランドにおける(第2次)エンクロージャーが私的所有権を確立して、希少性ある資源の効率的活用を通じて産業革命を準備した、という制度学派的な経済史に対して、生産手段の国有化やプロレタリアート独裁といった大昔の教条的マルクス主義から脱して、コモンを量的に拡大するとともに、さらに、その質的な向上のための自治を模索するという点は大いに見込みがある気がします。その理由のひとつは、現在の政治的な運動が余りに選挙に重点を置きすぎていると私が感じているからです。もちろん、これまた大昔の教条的マルクス主義のように暴力革命を目指すのは、明確にバカげていますし、選挙を通じた政権交代よりもさらに実現の確率が低く、結果の期待値が悪いのは判り切っています。それでも、選挙を通じた政権交代だけに望みを託して、その昔の統一教会みたいにせっせと選挙活動に邁進する、というのも、一方のあり方としてそれなりに重要性は理解はするものの、それだけではなく、車の両輪のようにコモンを量的に拡大し、そして同時に質的な向上を目指して自治への参加を促す大衆的な運動、を車の両輪として推進するのが必要と考えます。そして、この政治レベルの車の両輪の基礎にあるのが経済であり、第7章の p.271 にあるように、「<コモン>による経済の民主化が政治の民主化を生む」という点を忘れてはなりません。

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次に、三浦しをん『墨のゆらめき』(新潮社)を読みました。本書はAmazon Audibleでも提供されています。著者は、直木賞作家であり、私の大好きな作家の1人です。本書の登場人物は主要に2人であり、2人とも30代半ばの独身男性で、主人公の続は真面目で実直なホテルマン、規模は小さいながらアットホームな三日月ホテルに勤務しています。もうひとりは役者のようなイケメンで、自由奔放な芸術家の書道家の遠田です。書道教室を開いています。舞台は東京です。主人公の続がホテルのバンケットの招待状などの筆耕を依頼するために、下高井戸にある遠田の家を夏の暑い盛りに訪れるところから物語が始まります。遠田の家は、2階が生活空間で、1階は書道教室にもなっていて、小5男子の三木から手紙の代筆を頼まれ、続が文案を練って遠田が書き起こします。そうこうしてい、続の方はビジネスライクに筆耕のお仕事などを進めようとするのですが、遠田の方は手紙の代筆などで筆耕のお仕事を超えた個人的な付き合いを深める意図があるのか、続が遠田の書道教室を去るたびに「また来いや」と声をかけます。続も遠田のこういった姿勢に引かれてお付合いの度合いが深まるわけです。しかし、ラストには遠田の筆耕のお仕事について三日月ホテルから登録を解除せねばならない、という事態に立ち至ります。遠田が暴力団の解散式の招待状や席札などの筆耕を引き受けたため、反社との交際者はホテルの仕事ができないわけです。どうして、遠田が反社の仕事を引き受けたかは、読んでいただくしかありませんが、この作者は直木賞受賞作品の『まほろ駅前多田便利軒』でも星という若い反社、ないし、半グレを登場させています。この作者らしい明るくコミカルなテンポで物語が進みながら、ある意味で、ラストはとても悲しいストーリーです。しかし、いいお話です。多くの方にオススメできます。ちなみに、私は東京にいたころは書道を習っていました。段位には届きませんでしたが、ジャカルタに海外赴任するまで、それなりに熱心に杉並の大宮八幡近くのお教室に通っていました。私の師匠は、もうとっくに亡くなっていますが、警察官ご出身で「xx捜査本部」とかの木製の看板に揮毫していたりしたそうです。警察官を退官してから、パートタイムで都立高校の書道の教員をしていて、筆耕の典型である卒業証書の宛名を書いていた経験をお聞きしたことがあります。400-500人ほどの卒業生の名前を筆耕するわけですが、60歳を過ぎてなお初めて書く漢字が必ず年に1文字や2文字はあった、ということです。いうまでもなく、筆耕は誰にでも読めなければなりませんから楷書で書く必要があり、その上に、字の美しさが問われます。本書で出てくる範囲では、私は欧陽詢の「九成宮醴泉銘」をお手本に、毎週土曜日の午後にお稽古に励んでいました。なお、私の姉弟子、という言葉があるのかどうかは知りませんが、師匠に先に弟子入りしていた女性が amebloで「筆耕房」というブログを開設しています。筆耕にご興味ある向きはご参考まで。

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次に、牧野百恵『ジェンダー格差』(中公新書)を読みました。著者は、アジア経済研究所の研究者です。本書では、マイクロな労働経済学分野におけるジェンダー格差の学術論文をサーベイしています。当然のように、今年2023年のノーベル経済学賞を受賞したゴールディン教授の研究成果も含まれています。私はマイクロな労働経済学、しかも、ジェンダー格差についてはまったく専門外ですが、一応、マクロの賃金決定について定番のミンサー型の賃金関数で分析した研究成果「ミンサー型賃金関数の推計とBlinder-Oaxaca分解による賃金格差の分析」というタイトルの学術論文は書いていますし、その中で男女間の格差を含めて、いくつかの賃金格差を分析しています。ただ、本書でサーベイしているような精緻なミクロ経済学の実証分析は専門外です。ということで、本書では、例えば、これもノーベル経済学賞を受賞したバーナジー教授とデュフロー教授で有名になったランダム化比較試験(RCT)、自然実験、あるいは、差の差分析(DID)などの手法により分析されたジェンダー格差の研究結果を取りまとめています。本書で指摘しているように、マイクロな実証分析においては、一般的な世間の常識とは大きく異なる結果が出たりすることがあります。マクロ経済学では、そういった突飛な結果は少ない、というかほとんどないのですが、マイクロな実証研究ではいくつか見られます。でも、本書ではそういった意外性ある研究成果はほとんどなく、安定感ある実証結果を取りそろえています。ひとつ注目していいのは、専門外ながら、私でも知っていたことですが、ゴールディン教授の『なぜ男女の賃金に格差があるのか』が経済社会のジェンダー規範を前提に議論を進めていた点を物足りなく感じていたところ、本書では、アレシーナ教授らの鋤仮説をジェンダー規範の起源として提示しています。すなわち、定住しての農耕生活に人類が入った段階で、土地が硬くて鍬では耕せない地域では鋤(plow)を使うわけですが、鋤で深く耕すためには力がいるために男性優位社会になった、という仮説です。ただし、この仮説については、私は疑わしいと考えています。どうしてかというと、この仮説が正しいのであれば、土地の硬い地域ほど男性優位な経済社会の規範が生まれているハズなのですが、おそらく欧州の中でももっとも土地の硬い北欧でジェンダー格差が小さいからです。また、私はマイクロな実証分析は、経済学でいうところの一般均衡的、というか、長期的な結果については不得手である、と感じていたのですが、不勉強にして、そうでもないという点は勉強になりました。例えば、ごく単純に、賃金上昇に伴う女性の労働参加の増加は、むしろ、家庭における家事労働を主婦から女児に移行させ、長期的には女性に対するジェンダー格差是正にはつながらない、などという例です。こういった長期的な効果のほか、もちろん、女性の労働参加が進むとどうなるのか、ステレオタイプな思い込みがジェンダー格差に及ぼす影響、学歴と結婚や出産の関係、避妊薬の普及や妊娠中絶の合法化による女性の性や結婚などに対する決定権の強化が何をもたらすのか、などの分析結果がサーベイされています。最後の方で、日本は産休や育休などの制度は立派に整備されているが、利用が低調でジェンダー格差が大きい、といった議論がなされています。

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次に、竹信三恵子『女性不況サバイバル』(岩波新書)を読みました。著者は、和光大学の名誉教授ですが、朝日新聞記者を経験したジャーナリストと考えた方がいいかもしれません。本書では、女性不況、すなわち、世界的にもshe-cessionと呼ばれた2020年からのコロナ禍の不況を鋭い取材により浮き彫りにしています。そして、コロナ禍の女性の苦境をもたらした要因について、「6つの仕掛け」として、夫セーフティネット、ケアの軽視、自由な働き方、労働移動、世帯主義、強制帰国を第1章から第6章まで、綿密な取材に基づいて詳細な議論を展開しています。この6つの仕掛けはともかく、世界的にもコロナ禍がもたらした経済不況が女性に重くのしかかったということは疑いなく、政府も「男女共同参画白書」令和3年版の冒頭の特集などで認めています。そして、特に日本の場合、世界経済フォーラムで明らかにしているジェンダーギャップ指数で低位に沈んでいることに典型的に現れているように、男女格差が依然として大きいことから、おそらく、先進各国の中でも日本の女性が特に大きなダメージを被ったことに関しては疑いありません。本書でも指摘しているように、日本のジェンダー格差については、高度成長期から女性労働を補助的なものとしてしか見ず、学生アルバイトや高齢者の定年後雇用とともに低賃金で酷使してきました。ですから、主婦パート、学生アルバイト、高齢者の定年後雇用、の3つの雇用形態は景気循環における雇用の調整弁と見なされ、低賃金かつ不安定な雇用を形成し、さらに、1990年代からはこれに派遣労働が加わって、これらの非正規雇用が日本経済停滞の最大の要因のひとつと私は考えています。ただ、本書の優れている点として、単に女性の悲惨な現況という取材結果を並べるだけではなく、第7章などで新しい女性労働運動の可能性が上げられます。加えて、女性労働だけではなく、性搾取に反対するcolaboなどの運動との連帯の可能性も示唆されているのも重要な視点です。コロナ禍の中で家庭に閉じ込められかねず、また、著者の主張する「仕掛け」によって声を上げることがなかなかできずにいる女性たちへの連帯が明らかにされ、実際に行動に立ち上がる必要性も強調されています。ともすれば、選挙では過半数を制する必要があるように見えますが、3.5%ルールで有名なチェノウェス教授の『市民的抵抗』にあるように、決してそれほど多数の動員ができなくても、自覚的な3.5%の人々がいれば非暴力で達成できることは少なくありません。大いに期待し、応援すべき方向だと私は考えています。さいごに、本書のサワリの部分はプレジデント・オンラインの『女性不況サバイバル』でも読むことができます。何ら、ご参考まで。

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次に、夕木春央『絞首商會』(講談社文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家なのですが、この作品でメフィスト賞を受賞して作家デビューを果たしています。舞台は大正期の東京です。血液学の研究者であり、東京帝国大学の教授であった村山鼓堂博士が自宅の庭先で刺殺されます。ただ、その前に、同居していた、というか、そもそも、この住宅を建てた文化人類学の学者である村山梶太郎博士が死んでいます。コチラは自然死であり、殺人ではありません。この両博士は遠縁に当たります。亡き村山梶太郎博士は、どうやら、無政府主義者の秘密結社である絞首商会のメンバーであったらしいのですが、逆に、被害者の村山鼓堂博士はこの秘密結社を警察に告発する準備をしていたということが判明します。そして、村山鼓堂博士の殺人に関して、容疑者は4人います。被害者の村山鼓堂博士の遠縁にあたり村山邸に同居していた水上淑子、近所に住んでいて亡き村山梶太郎博士と懇意にしていた白城宗矩と生島泰治、そして、これも近所に住んでいて被害者の村山鼓堂博士と懇意にしていた、というか、村山鼓堂博士の妹と結婚している宇津木英夫、となります。しかし、これら容疑者の態度が殺人事件に巻き込まれているにしては、とっても不自然なものでした。すなわち、殺人事件の容疑者としては信じられないくらい、事件の解決に熱心な態度で、その上、自らが犯人であると匂わせるような怪しい振る舞いを示す者までいたりします。そのため、というか、何というか、容疑者の1人ながら被害者の親戚に連なる水上淑子が、探偵として事件を解決するべく、蓮野に依頼をします。蓮野が探偵役で、画家の井口が主人公として主としてワトスン役を務める、ということになりますが、実は、蓮野は秘密結社メンバーと想定されている村山梶太郎博士がご存命のころに、この村山邸に泥棒をするために侵入したりしています。蓮野が事件解明に向けて活動を開始しますが、村山鼓堂博士の死体を発見した村山邸の書生が殺されたりします。あらすじの紹介は、ミステリですのでネタバレなしで概要だけで終わります。2点だけ指摘しておきたいのは、『リボルバー・リリー』と同じでタイトルと本文中の表記が異なります。本文中は「商会」なのですが、タイトルだけが「商會」としています。まあ、表紙に明らかに見えるタイトルはキャッチーなものの方がいい、という判断なのだろうと思います。もうひとつは、私の読み方が浅いのかもしれませんが、探偵役の蓮野のキャラが、単なる厭世家というだけで、イマイチ明確ではありません。ワトソンの井口に対するホームズの役回りなのですから、もう少し気の利いたキャラに仕上げて欲しかった気がします。でも、デビュー作ですから、ということで終わっておきます。

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次に、夕木春央『サーカスから来た執達吏』(講談社文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、前作の『絞首商會』でメフィスト賞を受賞して作家デビューを果たしています。最近では、『方舟』なんかの話題作もモノにしています。この作品では、前作でキャラがイマイチ不明確と私が評価した蓮野ではなく、タイトル通りにサーカスにいたユリ子が謎解きの探偵役を務めます。やっぱ、作者の方でキャラを作りかねているかの影響があったりするんでしょうか。それはともかく、本書は明治末期の出来事を冒頭に配した後、基本的に、大正末期、関東大震災から2年後の東京を舞台にしています。物語は冒頭明治末年の出来事を別にして、震災によって多額の借金をこさえて破産寸前の華族の樺谷子爵家に、サーカスから逃げ出したユリ子が、これまた、タイトル通りに借金の取立てに訪れるところから始まります。かつよという名の馬に乗ってユリ子は現れます。ユリ子を送り出したのは晴海商事の晴海社長です。もちろん、華族ながら樺谷子爵に借金を返済できる当てもなく、ユリ子は別の華族の絹川子爵家の財宝を探して借金返済に当てることを提案します。絹川子爵家が関東大震災で一家が死に絶えていえるのです。しかし、この宝探しに協力し、さらに、担保にするために、樺谷子爵家の令嬢である三女の鞠子を担保としてあずかるといって連れ去ります。実は、ユリ子は読み書きができないので、鞠子の助けが宝探しに必要だったりするわけです。そして、鞠子とユリ子による絹川子爵家の財宝を探すことになります。絹川子爵が残したといわれる謎解きの暗号を入手して、暗号解読に挑戦したりします。別に、絹川子爵家の財宝を探している華族の長谷部子爵家や簑島伯爵家との確執・対立があり、鞠子が簑島伯爵家の別荘に監禁されたり、ユリ子と鞠子が人気女優の家にかくまってもらったり、といった事件がサスペンスフルに起こります。最後は、大時代的に名探偵役のユリ子が関係者を一同に集めて謎解きを披露して終わります。ミステリですので、あらすじはこのあたりまでで、私の感想は、『絞首商會』の探偵役である蓮野より、この作品のユリ子の方が大いにキャラが明確に立っているのはいいと思います。ただ、ミステリの醍醐味としては、謎解きそのものに加えて、その謎解きに至った経緯があり、私の読み方が浅かったのかもしれませんが、ユリ子が謎解きに至った経緯が私には十分に理解できませんでした。ホームズの有名な消去法があり、「すべての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事実であっても、それが真実となる」といった趣旨だったと思いますが、こういった真実に至る道筋が不明確です。ひょっとしたら、作者もその点を理解している可能性があり、樺谷子爵家にユリ子を送り出した晴海社長が無条件でユリ子を信頼していたり、あるいは、人気女優と昵懇の仲だったりして、ユリ子の「有能さ」を無理やりに演出しているような気がします。

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