今週の読書は金融と貿易に関する経済書をはじめとして計5冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ベン S. バーナンキ『21世紀の金融政策』(日本経済新聞出版)では、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(Fed)議長を務めた著者が、金融政策の歴史を振り返りつつ、将来的な非伝統的金融政策にもスポットを当てつつ金融政策について論じています。遠藤正寛『輸入ショックの経済学』(慶應義塾大学出版会)では、本書で「チャイナ・ショック」と呼ぶ輸入ショックにより、我が国製造業の雇用と賃金がどのような影響を受けたのかについて、定量的な分析を試みています。夕木春央『時計泥棒と悪人たち』(講談社)は、大正時代を舞台にしたミステリ連作短編集であり、蓮野と井口が謎の解明に当たります。あさのあつこ『アスリーツ』(中公文庫)は、女子中学生が陸上競技を止め、名門進学高校Ⅱ入学してから射撃競技を始めて、とうとうトップアスリートとなる青春物語です。西村京太郎『近鉄特急殺人事件』(新潮文庫)は近鉄特急での毒殺事件などを伊勢神宮や宗教の歴史などを踏まえつつ、十津川警部が解き明かします。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、先週8冊の後、今週ポストする冊を合わせて冊となります。
まず、ベン S. バーナンキ『21世紀の金融政策』(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、米国のエコノミストであり、米国の中央銀行に当たる連邦準備制度理事会(FED)の議長を務めたことでも有名です。本書の英語の原題は 21st Century Monetary Policy であり、邦訳タイトルはそのままです。2022年の出版です。5部構成となっていて、第1部で20世紀の金融政策、といっても、ほぼほぼ米国の金融政策だけに焦点を当てて概観した後、第2部から第4部にかけて21世紀の金融政策を概観し、第2部では日本でリーマン・ショックと呼ばれていて、世界的にはサブプライム・バブル崩壊に端を発する世界金融危機に焦点を当て、第3部ではその後の新型コロナウィスル感染症(COVID-19)パンデミックに起因する景気後退、そして、第4部で将来展望を展開しています。まず、自慢話になりますが、私は日本のバブル経済末期の1990年初頭にごく短期間ではありますが米国の連邦準備制度理事会(Fed)のリサーチアシスタントとして経済モデル分析に基づくGreen Bookの作成の末端業務に携わったことがあります。当時はグリーンスパン議長の就任から間もないころでした。日本では新聞などの報道で今でも"FRB"と呼び慣わされているのですが、少なくともFed内部のエコノミストたちは自分の属する組織をFRBと呼ぶことはありませんでした。飲み会に行く時も"Leave Fed at 6."といった連絡が回ってきて、組織ないし建物としてはFedと称していました。しかし、本書でバーナンキ教授は組織・建物としてはFedを使い、理事会としてはFRBと呼び、使い分けています。末端のリサーチアシスタントには理事会は遠い存在でしたから、FRBは使いませんでしたが、そういうふうになっているんだ、と30年以上も前のことを思い返しています。いずれにせよ、FedとFRBに加えて、議決機関ないし決定機関としてFOMCを使い分けています。日銀に対して、政策委員会があるようなものです。ということで、自慢話が長くなりましたが、私が注目したのは今でも日銀が継続している非伝統的な金融政策手段に付いてのあバーナンキ教授の見方です。量的緩和(QE)とフォーワードガイダンスについては、Fedも実践しましたし、力強くかつ協調的に活用すれば「約3%の追加利下げに相当する」(p.371)と本書でも強調しています。しかし、もちろん、それ以外の非伝統的な政策オプション、マイナス金利やイールドカーブ・コントロールなどについてもFed内部の検討結果などを踏まえて、的確な評価がなされているように私は受け止めました。ただ、金融政策運営の基本となる点については、私には理解が及ばない点もいくつかありました。例えば、インフレには「自然インフレ率」はないが、失業率については長期的には「自然失業率」に収斂するというのは、どこまで実証的に理解されているのかは疑問です。至善失業率そのものではありませんが、インフレを加速させないという意味での失業率の下限は経済構造とともに変化しますし、失業率をその需給均衡の水準に一致させる自然利子率も変化します。本書では残念ながらまったく言及がありませんが、政府の政策決定のタイムスパンがかなり長期で場合によっては100年くらいある一方で、中央銀行の政策決定のタイムスパンは、おそらく、せいぜい長くても数年の景気循環1サイクル程度であろうと私は考えていますが、中央銀行の金融政策決定を考える場合、自然失業率への回帰をどのくらい視野に入れるべきかは議論あるところかもしれません。長くなりましたので、最後の興味の点として、中央銀行の独立という考え方についても、とても興味深い見方が示されています。すなわち、QE2の際に政治的な反発が強受かった仮説のひとつに「スケープゴート」理論があり、議会が中央銀行に付与している独立性は、政治的理由から議会が取りたくない政策や行動、必要ではあるものの不人気であるような政策や行動を中央銀行に引き受けさせる程度の独立性である、という見方にバーナンキ教授は共感を示しているように見えます。日本では、その昔に国会議員が大蔵省に押し付けていた役割かもしれない、と思ってしまいました。
次に、遠藤正寛『輸入ショックの経済学』(慶應義塾大学出版会)を読みました。著者は、慶應義塾大学の研究者です。伝統的に、貿易理論は第1世代のリカードの比較優位論、第2世代のヘクシャー=オリーン・モデルの枠内で理解されていて、収穫一定とか完全競争とかのいくつかの前提の下で、国際貿易の拡大により先進国では熟練が高くて高学歴=高技能な労働が豊富に賦存すると仮定すれば、その高技能=高学歴=高賃金の労働者の賃金がさらに上昇し、低技能=低学歴=低賃金の労働者の賃金がさらに低下し、両者の賃金格差は拡大する、というストルパー=サムエルソン定理が成り立つとされています。第3世代のメリッツ・モデルはまだ雇用や賃金へ適用されていないように、私は不勉強にして、見ています。他方で、本書でも指摘している通り、低賃金国からの輸入は、理論を離れた実践的には、高賃金労働者の多い先進国の雇用を減らしたり、あるいは、賃金低下を招いたりする、という議論も指摘されます。典型的には、米国のトランプ前大統領がそういった議論を展開して、環太平洋パートナーシップ条約(TPP)から離脱したことは記憶に新しいところです。現在のバイデン米国大統領も、結局、TPPには復帰しませんでした。その意味で、本書が指摘するように、芸剤のバイデン米国大統領は、少なくとも、対中国通商政策はトランプ前大統領の方針を継承しているといえます。ほんしょでは、こういった輸入が我が国の製造業に対して、そうです、製造業だけなのですが、どういった雇用と賃金に影響を及ぼしているかを定量的に把握しようと試みています。第1章で基本的なモデルとデータを提示した後、第2章で雇用に対する影響を、第3章で賃金に対する影響を計測していて、このあたりがメインとみなされそうです。第4章で輸入ではなく海外生産、すなわち、オフショエリングにも焦点を当て、第5章で国内取引を通じた間接効果を考え、最終第6章でインクルーシブナ輸入のための政策を評価しています。まず、本書では輸入の雇用や賃金に対する効果をアセモグルらの論文に基づいて、直接輸入効果、間接輸入効果のほか、地域的な効果として再配分効果と総需要効果の4つの視点から考えています。ただ、著者は輸入が雇用現象にどの程度寄与したかを重視するのではなく、経路や効果の多様性を把握することの方が重要、と指摘しているのですが、実際の推計結果に基づけば、「チャイナ・ショック」と本書で読んでいる輸入増の効果により、製造業の雇用がそれなりのダメージを受けていることは確かです。これは実感にも合致します。ただ、地域ごとや産業ごとの差異は決して小さくなく、その多様な効果を分析するという結果が出ています。どうように、「チャイナ・ショック」は賃金を引き下げる方向の効果を持っている点も明らかにされています。加えて、輸入により従業員の⅔は年間給与が低下し、給与格差は16年間でさいだい6.8%拡大した、というストルパー=サムエルソン定理の実証結果も示しています。オフショアリングンについては、男女の性別と高卒までと大卒以上の学歴の4カテゴリーで分析していて、男性は残業を増加させて年間給与が増えたが、女性は残業を増やさず性別の格差は拡大した、との結果が示されています。最後の政策については、かなりお決まりの雇用の流動性に関する考えが示されていますが、本書では地域的な流動性についても着目しています。通常、使用者サイドが「雇用の流動性」を提唱する場合、日本的雇用慣行のひとつである長期雇用に基づいて同じ企業で働き続けることから、企業を転職することを指していることが多いと私は実感していますが、同じ企業の勤務を続けても地域感の流動性を内部労働市場の活用により実現することは十分可能です。輸入ショックに関しては、本書の分析で示されたように、地域感の違いが決して無視できないことから、長期雇用を維持しつつ地域間の流動性を企業内で実現するという視点は重要だと私は受け止めています。
次に、夕木春央『時計泥棒と悪人たち』(講談社)を読みました。著者は、ミステリ作家です。去年から今年にかけて、『方舟』や『十戒』が話題になったかと思います。なお、私は『方舟』の前の作品である『絞首商會』と『サーカスから来た執達吏』も読みました。ということで、本書はこの作者の作品のうち、私が読んだ初めての短編集です。短編を集めていますが、連絡短編集となっていて、『絞首商會』と同じで、ロシア革命後の大正時代を時代背景として、ホームズ役の蓮野とワトソン役の井口のコンビで謎解きに当たっています。すべてではないかもしれませんが、全般的に whydunnit に重点が置かれているように読めます。以下順に収録短編とそのあらすじです。6話の短編が収録されていますが、第3話の「誘拐と大雪」はタイトル通りに、誘拐編と大雪編に分割されていたりします。まず、「加右衛門氏の美術館」では老い先短い富豪が収集した美術品や骨董を集めて美術館を辺鄙な土地に建設し始めるのですが、その中に井口の父親が売却した欧州王室ゆかりの時計があり、蓮野と井口がその時計を盗みに入ります。どうして、富豪が美術館を建設し始めたのか、という whydunnit に焦点が当てられます。「悪人一家の密室」では、偏屈で悪人ばかりがそろった一家に、唯一常識人であった男性が密室で殺害されます。その密室自体の謎は蓮野がすぐに解き明かすのですが、どうして密室にしたのか、という whydunnit に注目です。加えて、殺害の動機がとても恐ろしい気がしました。「誘拐と大雪」では、井口の妻の姪が誘拐されます。あえて、銀行に行けない時間で身代金を要求した犯人が狙った意図が何なのかに注目し、加えて、誘拐された姪がどこにいるかも蓮野が謎解きをします。後編では、誘拐されていた姪を見張っていた犯人の1人が殺害されますが、もちろん、姪が殺人犯のハズもなく、その犯人を蓮野が謎解きするとともに、犯人が身代金として手に入れたがっていた金のホントの使い道が明らかにされます。「晴海氏の海外手紙」では、この作者のミステリのほぼほぼ全作品に何らかの登場をする晴海商事社長の晴海氏の妻が亡くなり、彼女宛てに外国からフランス語の手紙が届きます。ここで、晴海氏の素性や来歴がかなりクリアに明らかにされ、この作者の作品のファンには、その意味で必読かもしれません。もちろん、蓮野が手紙にまつわる謎を解き明かして、ひいては、晴海氏の妻にまつわる秘密も明らかにしますが、この秘密がとってもカッコいいです。「光川丸の怪しい晩餐」では、クローズドサークルの船上での殺人事件を蓮野と井口のコンビがとても論理的に解明します。この短編はさすがに whodunnit に重点が置かれていますが、殺人の動機がムゴい、というか、とっても強烈です。本格推理モノながら、心臓疾患とかがある方はパスするのも一案かという気すらします。「宝石泥棒と置き時計」は、何と、冒頭の短編に戻って、時計も含めていろんな装飾品につけられているルビーが盗まれる謎を蓮野と井口が解き明かします。whodunnit といえ、これもなかなかに論理的に解決、というか、謎が解き明かされます。全体として、各短編がなかなかに論理的に解決されるものが多く、その上に、時計に始まって時計に終わるなど、各短編の枠を超えて書籍としての完成度も高い連作短編集に仕上がっています。たとえが、判る人にしか判らないと思いますが、Art Pepper のアルバム Modern Art が Blues in に始まって、Blues out で終わっているような完成度です。はい、モダンジャズファンにしか理解できないと思います。申し訳ありません。最後に、私自身のこの作者の作品に対する今後の読書については、『方舟』と『十戒』の後継作品は読むかどうか、世間一般の評価などを参考にしつつ考えますが、この蓮野と井口のコンビの大正ミステリはできる限り優先順位高く読みたいと思います。
次に、あさのあつこ『アスリーツ』(中公文庫)を読みました。著者は、人気の作家です。現代小説から時代小説まで幅広くご活躍です。特に、『バッテリー』や『ランナー』などのスポーツを中心に据えた青春物語のいい作品をいくつかモノにしている印象があります。この作品は、上の表紙画像を見ても理解できるように、射撃のアスリートを主人公にしています。アスリートの青春物語です。私の好きな青春物語のカテゴリーに入ります。しかも、というか、何というか、出版社の謳い文句によれば、初のライフル射撃部小説だということです。確かに、マイナーなスポーツかもしれません。ということで、主人公である結城沙耶は女子中学生から高校生になります。語り手は親友の松前花奈です。結城沙耶が中学2年生にして陸上部を退部して、松前花奈に誘われて、広島県内、というか、全国レベルでも屈指の進学校である大明学園高校を目指すところからストーリーが始まります。どうして、そんな有名進学校を目指すかといえば、通える範囲で射撃部のある高校だから、と松前花奈が説明します。高校入試対策についてはそれほど熱心な記述はなく、大明学園高校入学後、もちろん、2人は射撃部に入部します。童顔の監督の磯村辰馬に指導されて、結城沙耶はメキメキと実力を伸ばします。県内屈指の有力校で、昨年の全国大会でも好成績を収めた選手を集めた関谷第一高校との練習試合に臨んだりします。そして、あれよあれよという間に、全国でもトップレベルに達してしまいます。いいのかね、そんなに順調に実力を伸ばして、非現実的じゃないの、と私は考えなくもなかったのですが、競技人口がとても少ない分野ですので、そういった彗星のように現れる少女がいてもおかしくはないのか、という気もします。その昔の岩崎恭子のように中学生で金メダルを取った例がありましたし、最近では、スケートボードなどでローティーンのメダリストもめずらしくありません。ただ、順風満帆なストーリーではありません。そういって実力を伸ばすうちに、全国でも屈指の進学校ですから運動部がそれほど注目されるわけでもなく、高校内の先輩や友人と疎遠になったり、あるいは、イジメに近い嫌がらせを受けたりもします。そういったアスリート、というか、トップアスリートになる試練を主人公の結城沙耶は受けるわけで、飛び抜けた才能に対して周囲の接し方が違ってきたり、人間関係がよじれるといったリアクションがあるわけです。そのあたりは、読んでみてのお楽しみです。最後に、小説としては、やや中途半端な終わり方をしています。他方、マンガ化されていて、ソチラは私は読んでいません。ひょっとしたら、マンガの方がメインなのかもしれません。
次に、西村京太郎『近鉄特急殺人事件』(新潮文庫)を読みました。著者は、人気のミステリ作家、トラベル・ミステリの名手であり、本書も十津川警部と亀井刑事が活躍する鉄道シリーズ、というか、地方鉄道シリーズです。殺人事件から始まります。まず、東京で、出版社に勤務する歴史雑誌の編集者である男性が刺殺されます。同棲していた会社同僚の女性が姿をくらましており、十津川警部がゆくえを追います。そして、京都発賢島行近鉄特急ビスタEXの車内で大学准教授が毒殺されます。この准教授は西洋史が専門ながら、日本史に関するテレビ番組で過激な意見を披露する出演者として広く知られていて、番組で伊勢神宮を貶める自説を主張する予定だったことが判明します。さらに、もう少し後で、この准教授の愛人である京都の女性も毒殺されます。十津川警部は容疑者の女性を伊勢神宮内宮の門前町であるおかげ横丁で発見しますが、何と伊勢神宮の巫女さんの姿で、第2の元寇として西からやってくる脅威に対抗して、伊勢神宮に向けてみんなで心をひとつにして祈念しようと呼びかけていました。ミステリですので、あらすじはここまでとします。何やら、ものすごくシュールというか、うまく表現できませんが、殺人事件と西からやってくる脅威に対する祈念と、さらに、そういった神々への信仰にまつわるお話と、さらにさらにで、さかのぼる神話の世界、すなわち、天照大神を祀る伊勢神宮に象徴される大和朝廷に対する出雲勢力からの「国譲り」もそれなりに詳細に取り上げられていますし、もちろん、太平洋戦争の際の宗教界の戦争礼賛への批判、などなど、伊勢神宮に関係するいろんなトピック、というか、宗教に関するうんちくがめいっぱい詰め込まれています。殺人事件の謎解きがほとんど霞んでいるとさえいえます。私もこの作者の鉄道シリーズのミステリをそれほど読んでいるわけではありませんが、特にどんでん返しがあるわけではなく、びっくりするようなトリックがあるわけでもなく、こういったシリーズなのかもしれません。まあ、何と申しましょうかで、別に近鉄特急で殺人事件が起こる必要もない、というか、主たる舞台は伊勢神宮であって、伊勢神宮に行くには京都からでも、名古屋からでも近鉄特急が便利、ということなのかもしれません。何はさておき、私は近鉄特急のファンでもありますので、この表紙には痛く感激した次第です。
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