2024年3月31日 (日)
2024年3月30日 (土)
今週の読書は経済書2冊をはじめとして計6冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、小峰隆夫『私が見てきた日本経済』(日本経済新聞出版)は、経済企画庁で「経済白書」の担当課長などを務めた官庁エコノミストが1970年代からの日本経済を概観しています。根井雅弘『経済学の学び方』(夕日書房)は、京都大学の経済学史の研究者が歴史的な視野を持って経済学をいかに学ぶかを説いています。宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)は、ソ連崩壊の前後のエストニアでプログラミングに打ち込んだ主人公をジャーナリストが探す物語です。宮本昌孝『松籟邸の隣人 1』(PHP研究所)は、大磯の別荘である松籟邸の投手である少年時代の吉田茂が隣人とともに様々な事件に巻き込まれながらもそれらを解決します。船橋洋一『地政学時代のリテラシー』(文春新書)は、コロナ禍やウクライナ戦争などによる国際秩序の変容について論じています。岸宣仁『事務次官という謎』(中公新書ラクレ)は、官庁における事務次官の謎の役割を解明しようと試みています。
ということで、今年の新刊書読書は1~2月に46冊の後、3月に入って先週までに25冊、今週ポストする6冊を合わせて77冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。
それから、上の新刊書読書の外数ながら、2018年の日本SF短編の精華を収録した大森望・日下三蔵[編]『おうむの夢と操り人形』(創元SF文庫)を読みました。別途、Facebookでシェアする予定です。
まず、小峰隆夫『私が見てきた日本経済』(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、私も所属した経済企画庁から内閣府などで官庁エコノミストを務めた後、法政大学などに転じたエコノミストです。本書以外のご著書もいっぱいあります。本書は、日本経済研究センターのwebサイトで連載されていたエッセイのうち118回目までを取捨選択して編集されています。ですので、1969年の経済企画庁入庁から始まって、著者の半生をなぞる全10章で本書は構成されています。極めて大雑把に、前半は1969年から今世紀初頭くらいまでの経済を分析し、後半は著者の半生を後づけています。どうしても、これだけの年齢に達した方ですので自慢話が多くなるのはご愛嬌です。1970年代のニクソン・ショックに端を発した為替レートに固執した政策運営を批判し、2度に渡る石油危機を分析し、1980年代からのいわゆる貿易摩擦を解説しています。こういった経済分析に関しては、とてもオーソドックスですし、一般の学生やビジネスパーソンなどにも判りやすくなっています。その後の⅔は著者の半生を振り返りつつの自慢話なのですが、経済企画庁や内閣府における官庁エコノミストを極めて狭い範囲で定義し、「経済白書」や「経済財政白書」を担当する部局である内国調査課長の経験者、としているように見えます。私にはやや異論があるところです。ですので、日銀副総裁の経験もある日本経済研究センター(JCER)の理事長ですとか、「日本の実質経済成長率は、なぜ1970年代に屈折したのか」と題する私との共著論文があって、ご著書もいっぱいある上に、これまた日銀政策委員を務めた方とかが、ほぼほぼ無視されています。しかしながら、他方で、内国調査課長を経験していないにもかかわらず、香西泰教授と吉富勝博士については、特に別格扱いで官庁エコノミストのツートップのように取り上げています。もちろん、他省庁のエコノミストは入り込む余地はありません。まあ、こういった視点はともかく、やや内輪話的なところもいくぶんあり、私の面識あるエコノミストがいっぱい登場していますので、とても楽しく読めたのは事実です。
次に、根井雅弘『経済学の学び方』(夕日書房)を読みました。著者は、京都大学の研究者であり、専門分野は経済学史です。本書は5章構成であり、順に、アルフレッド・マーシャル、アダム・スミス、ジョン・スチュアート・ミル、ジョン・メイナード・ケインズ、ユーゼフ・アロイス・シュンペーターを取り上げています。フツーであれば、経済学はスミスから始まるように思うのですが、マーシャルのあまりにも有名な需要曲線と供給曲線から始めています。私はこれはこれで見識ある見方だと思います。価格の決定に際して、労働価値説に立脚する古典派は供給サイドの理論であり、限界革命後の限界効用説は需要サイドの理論である、などときわめて判りやすい例えを引きながら経済学のいろんな学説を解説・紹介しています。ミルについては、経済や経済学の基礎となる『自由論』を取り上げて多数の専制に対する批判を解説しています。ケインズを取り上げた章では、ややマニアックに「合成の誤謬」に着目しています。最後の章のシュンペーターについては、もともとの本書の視点である正統と異端にあわせて、動学的な非連続性を論じています。私は歴史というのは、特に経済の歴史は微分方程式で表すことが出来ると考えています。でも、そうだとすると、初期値が決まってしまえば後の動学的なパスは自動的に決まります。すなわち、これがアカシック・レコードなわけですが、実は、淡々と微分方程式に従って進むだけではなく、特異点でジャンプする場合があります。すべての歴史が連続で微分可能なわけではありません。それを経済学的に表現したのがシュンペーターのイノベーションであろうと思いますし、本書でいう「正統と異端のせめぎ合いのなかからイノベーションが生まれる」ということなのかもしれません。いずれにせよ、経済学史を専門とする著者らしく、本書では歴史的な流れというものをそれなりに重視し、歴史的な視野を持って、現時点での正統派の経済学がその後も正統派であり続けるという「宗教的な信仰」を排し、外国語も学びつつ基礎を固めて、着実な経済学の学習を勧めています。ただ、副題が「将来の研究者のために」となっている点に現れているように、大学に入学したばかりの初学者を必ずしも対象にしているわけではありません。初学者にも有益な部分があるとはいえ、少し経済学の基礎を持った学生を対象にしているように私は感じました。
次に、宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)を読みました。第170回直木賞ノミネート作であり、著者は小説家です。本書は、ソ連崩壊前の時代背景から始まり、タイトル通りに、エストニアに生まれたラウリ・クースクを追って、ラウリを探すジャーナリストの物語です。ラウリは小さいころから数字が好きで、コンピュータのプログラミングの才能が豊かでした。まあ、主としてゲームなのですが、その昔の1970年代のインベーダーなどが流行った記憶のある人は少なくないと思います。ラウリは小学校ではいじめっ子に意地悪されながら、父親からコンピュータを与えられ、ロシア版BASICでゲームをプログラミングします。そして、中学校に入ってロシア人のイヴァンと親友になり、プログラミングの能力を伸ばしていきます。同時にイラスト能力の高い少女のカーテャとも仲良くなり、3人でプログラム能力を競い合います。しかし、ソ連崩壊の中でエストニア独立の機運が高まります。イヴァンはもともとがロシア人ですが、他方で、カーテャはエストニア独立に熱心だったりします。その間でラウリは新ロシア派に加わり、デモの際にカーテャは怪我をして車椅子生活となります。繰り返しになりますが、本書はジャーナリストがラウリを探してエストニアを旅するストーリーなのですが、その現代のパートとラウリの少年時代から青年時代が叙述的に語られるパートが交互に現れます。ミステリではないので決して時代をごっちゃにして読者をミスリードさせる意図はないものと考えるべきです。ただ、ジャーナリストの正体が第2部の最後に明らかにされて、読者は軽く衝撃を受けるかもしれません。幼少期からプログラミングに能力あった少年少女の強い絆を縦糸にして、そして、ソ連崩壊という歴史上の大きな出来事になすすべなく翻弄される少年少女の動向を横糸にして、実に巧みに紡ぎ上げた作品です。ただ、最後の最後に、国家はデータではありません。記憶媒体にバックアップしておけばレストアできる、というわけではないと私は考えています。確かに、国土や統治機構は不要かもしれませんが、国家とは国民の集合体であることは間違いありません。国民はデータとしてバックアップできるわけではありません。
次に、宮本昌孝『松籟邸の隣人 1』(PHP研究所)を読みました。著者は、時代小説を中心に活躍しているベテラン作家です。本書のタイトルにある「松籟邸」とは神奈川県大磯にある別荘であり、後に日本の総理大臣を務める吉田茂が旧制中学校のころに住んでいました。吉田茂の養父である吉田健三が松籟邸と名付けていますが、この作品が始まる時点ではすでに亡くなっていますので、若き吉田茂が松籟邸の当主ということになります。作品中で、茂は養子であることを養母の士子から知らされ、養父の吉田健三の記念碑の除幕式があったりもします。養母の士子はこの松籟邸に住んでいますが、主人公の吉田茂は普段は横浜の本宅や中学校の寮に住んでいて、夏休みなどの休暇期間に大磯にきます。巻の1の青夏の章となっていて、何年かの夏休みを連続して描写しています。この後、3巻まで予定されているようです。なお、場所が大磯ですので、松籟邸の他にも海水浴などを目的として別荘開発が進められているという時代背景です。表紙画像の帯に見えるように、伊藤博文、陸奥宗光、渋沢栄一の他にも岩崎弥之助や大隈重信といった明治の元勲らへの言及があります。そして、タイトルにあり小説の肝となる隣人、実は、ある意味で謎の隣人なのですが、その人物と使用人一家にスポットが充てられます。天人という名で米国帰りのような雰囲気を持ち、別荘は洋館建てです。明治の元勲も関係して少年・吉田茂が事件に巻き込まれたり、あるいは、米国のピンカートン探偵社から天人のことを探りに剣客が送り込まれてきたり、ミステリ仕立てのストーリー展開です。ただ、明治の時代背景ですので、明治維新の勝者に対して強烈な報復意識を敗者の側で持っていたりする例も明らかにされています。繰り返しになりますが、本書の1巻の後、3巻まで出版が予定されているようで、それなりに主人公の吉田茂は成長するのだと思いますが、何分、私のようなジイサンですら吉田茂といえば大宰相であって、葉巻をくわえた写真を思い出すくらいですから、旧制中学校の少年というのはなかなか想像するのが難しかったのは事実です。でも、私自身はこの先の2巻や3巻も読みたいと期待しています。
次に、船橋洋一『地政学時代のリテラシー』(文春新書)を読みました。著者は、朝日新聞の主筆まで務めたジャーナリストです。現在は独立系のシンクタンクの理事長だそうです。本書は、2023年12月号で終了した『文藝春秋』のコラム「新世界地政学」を編集して収録しています。5章構成であり、コロナ危機による国際秩序の崩壊、ウクライナ戦争、米中対立、インド・太平洋と日本、地経学と経済安全保障から構成されています。その上で、本書冒頭には地政学リテラシー7箇条、そして、最後に地経学リテラシー7箇条が配置されています。まず、コロナ危機とウクライナ戦争は国際秩序を大きく様変わりさせた点については、大方の意見が一致することと思います。それに加えて、習近平一強時代が続く中で中国の国際秩序への関わりも大きく変化しつつあるように見えます。終章の経済安全保障についても、中国との関係の深い日本では気にかかるところです。ただし、私はほとんど本書の議論から益するところはありませんでした。キッシンジャー教授よろしく、リアリズムで国際情勢を考えるべき、というのが本書の視点だと思うのですが、何やら、相対して当たり障りのないことを婉曲に書き連ねているだけのような気がしました。実は、この読書感想文を書くに当たってamazonのレビューも見てみたのですが、評価が大きく二分されています。5ツ星の評価もあれば、中間はいっさいなしで1ツ星というのもあります。その低評価のものは「期待外れ」とか、「星1もあげすぎなほど」といった言葉で表現しています。私も特に一貫性のない細切れの時事問題解説に過ぎない気がしました。ただ、地経学はともかく、地政学は私の専門分野からかなり遠いので、この低評価に必ずしも自信があるわけではありません。
次に、岸宣仁『事務次官という謎』(中公新書ラクレ)を読みました。著者は、読売新聞のジャーナリストであり、財務省の記者クラブなどに所属していたけんけんがあります。本書のタイトルは、pp.140-41にあるウェーバーの指摘から取られているようで、そこには「官僚組織における長の存在は明確にされておらず、いまだ謎のままである」といったふうに考えられているからです。私も長らく60才の定年まで公務員をしていて、何人かの事務次官を見てきました。私が大学を卒業して入った当時の役所は総理府の外局でしたから、大臣はその役所の設置法で置くことが決められていた一方で、事務次官は役所の設置法の上位法である国家行政組織法で決められていました。やや逆転現象が起きている印象がありました。そして、当時の役所の役職というのは、厳密にいえば、事務官と事務次官と技官の3種類しかなかったことを覚えています。私は「総理府事務官」を拝命したわけです。事務時間以外は、課長であろうと、局長であろうと、もちろんヒラもすべて事務官か技官かのどちらかです。本書でも指摘しているように、局長や統括官などと違って国会の答弁に立つことはなく、記者会見も開きません。でも、総理大臣説明には同行したりします。35年余りも公務員として勤務していると何とも感じませんが、本書で指摘しているように、何とも不思議な役職であることは確かです。いずれにせよ、内閣人事局が出来てから、その俎上に乗るような高位高官に私は達しませんでしたから、やや不明な部分もあるのですが、事務次官とは役所のトップであるという認識は従来から変わりありません。私が公務員を始めたころは、本書でいえば、事務次官が社長で、大臣は社外の筆頭株主、くらいの位置づけであった記憶があります。ただ、本書で主としてフォーカスしている大蔵省・財務省に限らず、役所の人事は次の次くらいまでは、コースに乗っている事務次官が透けて見えるようになっているのも事実です。最後に、私はキャリアの国家公務員でしたが、先輩から事務次官候補と報道されるのは難しくない、というジョークを聞いたことがあります。すなわち、何か破廉恥罪で逮捕される、例えば電車で痴漢して逮捕されたりすると、メディアはいっせいに「将来の事務次官候補だった」と報ずるらしいです。私はそんな経験がありませんので、何ともいえません。
2024年3月29日 (金)
やや停滞感のある鉱工業生産指数(IIP)と商業販売統計と雇用統計をどう見るか?
本日、経済産業省から2月の鉱工業生産指数(IIP)と商業販売統計が、また、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から▲0.1%の減産でした。また、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+5.3%増の13兆8190億円を示した一方で、季節調整済み指数は前月から+1.0%の増加を記録しています。雇用統計では、失業率は前月から+0.2%ポイント上昇して2.6%を記録した一方で、有効求人倍率も前月から▲0.1ポイント悪化して1.26倍となっています。まず、日経新聞ほかのサイトなどから各統計を報じる記事を引用すると以下の通りです。
2月鉱工業生産0.1%低下 自動車振るわず市場予想下回る
経済産業省が29日発表した2月の鉱工業生産指数(2020年=100、季節調整済み)速報値は97.9となり、前月比で0.1%低下した。ダイハツ工業の生産停止や大雪の影響で自動車工業が低下するなどし、民間予測に反して2カ月連続のマイナスとなった。
QUICKが事前にまとめた民間エコノミスト予測の中央値は前月比1.3%の上昇だった。経産省は雪の影響に加え、能登半島地震による部品関連の生産減少が続いているため全体でマイナスとした。生産の基調判断は「一進一退ながら弱含み」を維持した。
全15業種のうち、7業種で低下した。自動車工業が前月比で7.9%のマイナスだった。認証不正問題によるダイハツの生産停止が一部工場で続いているほか、2月初旬の大雪で多くのメーカーが一時的に生産を止めたことが影響した。半導体製造装置や機械プレスといった生産用機械工業は3.2%下がった。上昇した8業種のうち、パルプ・紙・紙加工品工業は4.3%上がった。1月は能登半島地震の影響で生産が減っていたが、2月は通常稼働に戻り改善した。乳液や化粧水類といった化学工業は3.1%伸びた。
主要企業の生産計画から算出する生産予測指数は3月に前月比で4.9%の上昇を見込む。企業の予測値は上振れしやすく、例年の傾向をふまえた経産省による補正値は4.5%の上昇となっている。4月の予測指数は3.3%のプラスとなった。
経産省の担当者は「世界経済の影響や自動車工業における工場稼働再開の状況などを注視していきたい」と話す。
小売業販売額2月は前年比4.6%増、価格上昇とうるう年で
経済産業省が29日に発表した2月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比4.6%増だった。ロイターの事前予測調査の3.0%増を上回った。価格上昇およびうるう年で営業日が多かった影響が寄与した。
前年比で自動車小売業が8.6%減となったものの、その他小売業が12.3%増、医薬品・化粧品が8.6%増など増えた。
業態別でも前年比でドラッグストアが11.4%増、百貨店が13.5%増、スーパーが5.5%増、コンビニエンスストアが5.4%増だった。
ドラッグストアでは食品や調剤医薬品、健康食品、化粧品、日用消耗品などが伸びた。百貨店は衣料品が増加した。
一方、家電大型専門店はスマートフォンとゲーム機の不振で前年比1.4%減にとどまった。
2月の有効求人倍率1.26倍に低下 失業率は2.6%に上昇
厚生労働省が29日発表した2月の有効求人倍率(季節調整値)は1.26倍で、前月から0.01ポイント低下した。求職者数が求人数を上回って伸びた。就職件数は8.9%増えた。総務省が同日公表した2月の完全失業率は2.6%で0.2ポイント上昇した。
有効求人倍率は全国のハローワークで職を探す人に対し、1人あたり何件の求人があるかを示す。2022年11月から23年1月にかけて1.35倍とピークに達した後、緩やかな低下傾向にある。求人倍率の低下は人手不足感の緩和を意味するが、現場での実感にはつながっていない。
有効求人数は0.5%増の254万2576人だった。23年12月まで減少傾向が続いていたが、24年1月以降は前月比で増加に転じている。有効求職者数は1.0%増の190万2943人で、求人数を上回って伸びたことが求人倍率を押し下げた。
就職件数は10万8258件で前月から大きく伸びた。一方で、景気の先行指標とされる新規求人数(原数値)を産業別に見ると、製造業で前年同月比8.7%減、宿泊・飲食サービス業で8.4%減とマイナスが目立つ。
厚労省によると、製造業は原材料費の高騰で雇用を控える動きがあり、宿泊・飲食サービス業は前年の同時期に全国旅行支援で雇用環境が好調だった反動だという。
完全失業者数は177万人で、前年同月比で3万人増と3カ月ぶりに増えた。就業者数は6728万人で61万人増加し、19カ月連続で伸びている。労働参加は積極的で、仕事に就かず職探しもしていない非労働力人口は4082万人と81万人減った。
長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。
まず、引用した記事にはある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は予測中央値で+1.3%の増産でしたので、実績の前月比▲0.1%の減産は、予測レンジの下限である▲2.0%の減産を上回ってレンジ内であるものの、かなり下振れしたと受け止めています。ですので、統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、前月に下方修正した「一進一退ながら弱含み」を据え置いています。また、先行きの生産については、製造工業生産予測指数を見ると、引用した記事にもある通り、足下の3月は補正なしで+4.9%の増産、上方バイアスを除去した補正後でも+4.5%の増産となっていますが、1-2月の大きな減産は3月では取り戻せず、1~3月期の生産はマイナスという気がします。そうだとすれば、1~3月期のGDPもマイナス成長の可能性が十分あります。鉱工業生産に戻って、経済産業省の解説サイトによれば、2月統計での生産は、引き続き、ダイハツ自動車の品質不正問題による工場閉鎖の影響が大きく、自動車工業は前月比▲7.9%、寄与度▲1.01%となっています。加えて、生産用機械工業でも▲3.2%の減産、寄与度▲0.28%、自動車工業を除く輸送機械工業も前月比▲8.3%の減産、寄与度は▲0.24%など、我が国のリーディング産業が軒並み減産を示しています。繰り返しになりますが、自動車工業についてはダイハツの品質不正による工場閉鎖の影響が大きいわけですが、今年の中華圏の春節は2月ですので、、そういったカレンダー要因も無視できません。ただ、足元の円安はラグを伴うもののプラスの影響あるかもしれません。
続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をそのまま、それぞれプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。見れば明らかな通り、小売業販売は堅調な動きを続けています。季節調整済み指数の後方3か月移動平均により、経済産業省のリポートでかなり機械的に判断している小売業販売額の基調判断は、本日公表の2月統計までの3か月後方移動平均の前月比が+0.1%の上昇となりましたので、先月から引き下げられた「一進一退」で据え置いています。ただ、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、2月統計ではヘッドライン上昇率も生鮮食品を除くコア上昇率も、前年同月比で+3%ほどのインフレですので、小売業販売額の2月統計の+4.6%の前年同月比での増加は、十分にインフレ率を上回っている印象で、実質でも小売業販売額は前年同月比でプラスになっている可能性が十分あります。ただ、こういった小売販売額がホントに国内需要に支えられているかどうかは疑問があります。加えて、営業日が昨年よりも1日多い閏年効果も考え合わせる必要があります。すなわち、現在の高インフレは国内では消費の停滞をもたらしている可能性が高く、したがって、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより小売業販売額の伸びが支えられている可能性が否定できません。まら、昨年の2月が28日であったのに対して、今年は閏年で29日ありました。単純に計算しても+3%以上の上振れ要因となることは明らかです。もちろん、引用した記事にも「百貨店は衣料品が増加した」とあるように、2月の天候要因で暖かでしたので春物衣料は好調であったようですが、小売業販売額全体では織物・衣服・身の回り品小売業の伸びは前年同月比で+0.7%にとどまっています。したがって、小売業販売額の伸びが国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性は否定できません。私の直感ながら、例えば、引用した記事にもあるように、インバウンド消費の割合が高いドラッグストアや百貨店の販売額の増加率が2ケタとなっているのに対して、国内消費者の割合が相対的に高いスーパーやコンビニエンスストアは堅調とはいえ+5%程度の伸びにとどまって、ドラッグストアや百貨店の伸びを下回っています。この結果は、インバウンドの影響の大きさをうかがわせると私は考えています。
続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。なお、失業率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前月から横ばいの2.4%と見込まれ、有効求人倍率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは、前月から横ばいの1.27倍と見込まれていました。失業率・有効求人倍率ともに実績は市場の事前コンセンサスをやや下回っています。人口減少局面ということもあって、失業率も有効求人倍率もともに水準が高くて雇用は底堅い印象ながら、2月統計に現れた雇用の改善が鈍い、と私は評価しています。季節調整済みのマクロの統計で見て、一昨年2022年年末12月から直近の2月統計までの1年余りの期間で、人口減少局面に入って久しい中であるにもかかわらず労働力人口は+66万人増加し、非労働力人口は▲97万人減少しています。就業者+58万人増、うち雇用者+70万人増の一方で、完全失業者は+8万人増にとどまっており、就業率は着実に上昇しています。ただ、就業率上昇の評価は難しいところで、働きたい人が着実に就労しているという側面だけではなく、物価上昇などで生活が苦しいために働かざるを得ない、というケースもありえます。加えて、就業者の内訳として雇用形態を見ると、正規が+45万人増の一方で、非正規が+34万人増ですら、国際労働機構(ILO)のいうところも decent work だけが増えているわけではありません。先進各国がこのまま景気後退に陥らないソフトランディングのパスに乗っているにもかかわらず、我が国の雇用の改善が緩やかな印象を持つのは私だけではないと思います。加えて、今年は昨年から引き続き順調な賃上げとなっているとはいえ、大手が名を連ねる経団連加盟企業だけでなく、中小企業の賃金動向も重要な課題です。
2024年3月28日 (木)
3月調査の日銀短観予想やいかに?
来週4月1日の公表を控えて、シンクタンクから3月調査の日銀短観予想が出そろっています。いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、ネット上でオープンに公開されているリポートに限って、大企業製造業/非製造業の業況判断DIと全規模全産業の設備投資計画を取りまとめると下のテーブルの通りです。設備投資計画は来年度2024年度です。ただ、全規模全産業の設備投資計画の予想を出していないシンクタンクについては、適宜代替の予想を取っています。ヘッドラインは私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しましたが、可能な範囲で、先行きマインドに注目しました。短観では先行きの業況判断なども調査していますが、シンクタンクにより少し見方が異なっています。その意味で注目です。より詳細な情報にご興味ある向きは左側の機関名にリンクを張ってあります。リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開くか、ダウンロード出来ると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで でクリックしてみましょう。本人が知らないうちに Acrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。
機関名 | 大企業製造業 大企業非製造業 <設備投資計画> | ヘッドライン |
12月調査 (最近) | +12 +30 <n.a.> | n.a. |
日本総研 | +10 +33 <+3.5%> | 先行き(2024年6月調査)は、全規模・全産業で12月調査から▲1%ポイントの小幅な低下を予想。製造業では、自動車の生産回復が見込まれることから、関連業種を中心にDIは上昇する見通し。非製造業のDIは小幅に低下するものの、高水準で推移する見通し。ただし、サービス業を中心に、人件費の増加が収益を下押しする可能性には注意が必要。 |
大和総研 | +11 +34 <+2.2%> | 3月日銀短観では、大企業製造業の業況判断DI(先行き)は+14%pt(最近からの変化幅: +3%pt)、 同非製造業は+33%pt(同: ▲1%pt)を予想する。 大企業製造業では、「自動車」の業況判断DI(先行き)が上昇するとみている。自動車メーカーの一部工場の稼働再開によって自動車生産の回復が見込まれる。加えて、自動車生産の回復は「鉄鋼」などの関連業種の業況判断DI(先行き)を押し上げるとみている。 大企業非製造業については、「小売」や「対個人サービス」の業況判断DI(先行き)の低下を予想する。インバウンド消費は増加が続くと見込まれるが、物価高による消費への悪影響に対する警戒感が強まるとみられる。 |
みずほリサーチ&テクノロジーズ | +11 +32 <+2.5%> | 大企業・製造業の業況判断DIの先行きは、2ポイントの改善を予測する。中国経済や高金利が続く欧米経済の減速懸念が、景況感の下押し要因となるだろう。一方で、調整局面にあった半導体市場は2024年度から徐々に持ち直していくと想定されることに加え、企業が直面するコスト上昇圧力についても先行きは緩和していくと見込まれる。また、4~6月期には大手自動車メーカーの生産が正常化に向かうとみられることも、製造業の景況感の改善要因になるだろう。 大企業・非製造業の業況判断DIの先行きも改善を予測する。春闘賃上げ率は日本労働組合総連合会(連合)の第1回集計時点で+5.28%と、昨年同期集計(+3.80%)対比で大幅に高まっている。例年、第2回回答集計以降の賃上げ率は鈍化していく傾向にあるが、昨年に比べて高い伸びで着地することはほぼ確実である。それを受けて、実質賃金は2024年の後半にかけて前年比プラスに転じるとみられる。2024年6月に予定されている所得税・個人住民税の定額減税も追い風となり、家計の所得環境は徐々に改善し、個人消費も回復に転じることが期待される。こうした要因を背景に、非製造業の先行き見通しも改善すると予測する。 |
ニッセイ基礎研 | +9 +33 <+2.2%> | 先行きの景況感は方向が分かれそうだ。製造業では、自動車生産の回復見通し等が追い風となり、持ち直しが示される可能性が高い。一方、非製造業では、物価高に伴う消費の腰折れや人手不足の深刻化などへの警戒感が台頭し、先行きに対する慎重な見方が示されるものの、今春闘での賃上げ拡大を通じた消費回復期待が下支えになると見ている。 |
第一生命経済研 | +10 +33 <大企業製造業+5.4%> | 大企業・製造業の業況DIは、前回比▲2ポイントの悪化を予想する。これは個別企業の不祥事が原因であり、一過性のものだろう。むしろ、大企業・非製造業では、高水準でのDI改善が見込まれることに注目だ。 |
三菱総研 | +9 +33 <+3.4%> | 先行きの業況判断DI(大企業)は、製造業+10%ポイント(3月時点から+1%ポイント上昇)、非製造業は+33%ポイント(同横ばい)を予測する。製造業は、自動車の生産・出荷が順次再開されていることから、自動車関連業種を中心に持ち直すとみる。非製造業では、24年春闘で実現した前年を大幅に上回る賃上げ率が、順次家計の給与収入の増加に反映されることで、消費関連業種を中心に高水準の業況が維持されるだろう。 |
三菱UFJリサーチ&コンサルティング | +11 +33 <大企業全産業+2.4%> | 大企業製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査から2ポイント悪化の11と予測する。一部自動車メーカーの生産停止や能登半島地震の影響により、素材業種では鉄鋼や非鉄金属、窯業・土石、加工業種では自動車を中心に、景況感は悪化しよう。先行きは、種々の下押し要因の解消により、3ポイント改善の14と前向きな見通しになると予測する。 大企業非製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査から1ポイント改善の33と予測する。景況感は歴史的な水準まで高まっており、さらなる改善の余地は小さいものの、需要の回復が続く中で、対個人サービスや宿泊・飲食業等を中心に改善が続こう。先行きは、物価上昇による需要減やコスト増、人手不足の深刻化による悪影響等が懸念され、4ポイント悪化の29と慎重な見通しになると予測する。 |
農林中金総研 | +6 +30 <+1.2%> | 先行きに関しては、世界経済の減速傾向はしばらく続くほか、24年春闘は大企業を中心に好調な結果であるとはいえ、物価高止まりの影響はまだ残ることが見込まれ、国内需要も足踏みが続くだろう。ただし、波及効果が相対的に大きい自動車の生産回復などが見込まれ、製造業では持ち直しが期待される。以上から、製造業では大企業が8、中小企業が▲1と、今回予測からそれぞれ+2ポイント、+3ポイントの改善予想、非製造業では大企業が26、中小企業は10と、今回予測からともに▲4 ポイントの悪化となるだろう。 |
明治安田総研 | +10 +34 <+1.7%> | 6月の先行きDIに関しては、大企業・製造業は2ポイント改善の+12、中小企業・製造業も2ポイント改善の±0と予想する。中国景気をはじめとする海外景気の動向が不安視されるなかではあるが、生産が停止していた自動車工場では、2 月中旬から段階的に生産が再開されている。すそ野の広い自動車産業の回復などが、業況改善に寄与するとみる。 |
見ての通りであり、3月調査の日銀短観業況判断DIは製造業では悪化、非製造業では改善と方向性が分かれる結果が予想されています。元旦に発災した能登半島地震については、製造業・非製造業ともにネガティブな影響であることに変わりありませんが、製造業に大きなマイナス材料となっているのがダイハツの品質不正による生産停止の影響です。自動車工業は裾野が広いだけに、生産停止の影響が広範に及ぶ結果が示される可能性が高いと受け止めています。加えて、中国経済の停滞も輸出企業のマインドには悪影響を及ぼしていると考えるべきです。他方、非製造業では物価上昇や人手不足の影響は現れているとはいえ、インバウンド消費の順調な回復や株価の上昇による資産効果の恩恵が考えられます。ただ、製造業のマインドの悪化も一時的なものにとどまり、先行きの業況判断は回復を示すと考えられています。
設備投資計画を見ると、例年は3月調査でかなり低い水準から始まるのが日銀短観の統計としてのクセになっていて、前年割れとなるケースも少なくないのですが、昨年度に続いて、今年度もプラスから始まると見込まれています。すなわち、企業収益が改善する中で未実現の2023年度投資の先送りに加えて、人口減少社会に向かって省力化投資の増加が見込まれます。さらに、カーボンニュートラルを目指したグリーントランスフォーメーション(GX)やデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた投資がいよいよ本格化するという期待も高まっています。日本企業が大きく出遅れていた分野だけに、設備投資の本格化によって世界標準に追いつけるかどうかも試されています。
最後に、三菱UFJリサーチ&コンサルティングのリポートから 業況判断DIの推移 のグラフを引用すると以下の通りです。
2024年3月27日 (水)
リクルートによる2月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給やいかに?
明後日3月29日の雇用統計の公表を前に、ごく簡単に、リクルートによる11月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給の調査結果を取り上げておきたいと思います。参照しているリポートは以下の通りです。計数は正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、以下の出典に直接当たって引用するようお願いします。
いつものグラフは上の通りです。アルバイト・パートの募集時平均時給の方は、前年同月比で見て、1月+3.3%増の後、2月は+4.4%増となりました。先週公表された消費者物価指数(CPI)上昇率が2月統計で+2.8%でしたから、この1月と2月はようやく物価上昇率に追いついて、実質賃金がプラスに転じた可能性があるのではないか、と想像しています。募集時平均時給の水準そのものは、2021年年央からコンスタントに1,100円を上回る水準が続いており、かなり堅調な動きを示しています。他方、派遣スタッフ募集時平均時給の方は1月には+3.0%の伸びを記録しましたが、2月は+1.1%に鈍化しています。
三大都市圏全体のアルバイト・パートの平均時給の前年同月比上昇率は、繰り返しになりますが、2月には前年同月より+4.4%、前年同月よりも+50円増加の1,192円を記録しています。職種別では、「専門職系」(+61円、+4.6%)と「事務系」(+55円、+4.6%)の伸びが高く、次いで「フード系」(+45円、+4.1%)、「販売・サービス系」(+44円、+4.0%)、「製造・物流・清掃系」(+35円、+3.0%)のあたりまで消費者物価を上回る伸びを示し、「営業系」(+2円、+0.2%)も含めて、すべての職種で上昇を示しています。加えて、地域別でも関東・東海・関西のすべての三大都市圏で前年同月比プラスとなっています。
続いて、三大都市圏全体の派遣スタッフの平均時給は、2月には前年同月より+1.1%、+17円増加の1,628円になりました。職種別では、「製造・物流・清掃系」(+36円、+2.6%)、「営業・販売・サービス系」(+31円、+2.1%)「オフィスワーク系」(+26円、+1.6%)、「IT・技術系」(+6円、+0.3%)までは前年比でプラスの伸びを示しましたが、「医療介護・教育系」(▲2円、▲0.1%)と「クリエイティブ系」(▲5円、▲0.3%)では減少を示しています。なお、地域別でも関東・東海・関西のすべての三大都市圏でプラスとなっています。
アルバイト・パートや派遣スタッフなどの非正規雇用は、従来から、低賃金労働であるとともに、「雇用の調整弁」のような不安定な役回りを演じてきましたが、アルバイト時給は上昇している一方で、派遣スタッフの方は伸びが縮小しています。我が国景気も回復・拡大局面の後半に差しかかり、あるいは、景気後退局面に近づき、雇用の今後の動向が気がかりになり始めるタイミングかもしれません。
2024年3月26日 (火)
+2%台の上昇続く2月の企業向けサービス価格指数(SPPI)をどう見るか?
本日、日銀から2月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月から横ばいの+2.1%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIについても前月から横ばいで+2.1%の上昇を示しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。
企業向けサービス価格、2月2.1%上昇 賃上げを反映
日銀が26日発表した2月の企業向けサービス価格指数(2015年平均=100)は110.0と、前年同月比2.1%上昇した。伸び率は1月(2.1%上昇)から横ばいで、7カ月連続で2%以上となった。インバウンド(訪日外国人)の増加などで宿泊サービスが上昇したほか、多くの品目で人件費上昇を価格に反映する動きがみられた。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格変動を表す。モノの価格の動きを示す企業物価指数とともに今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。調査対象となる146品目のうち、価格が前年同月比で上昇したのは107品目、下落は22品目だった。
内訳をみると、宿泊サービスは前年同月比28.6%上昇した。北海道の冬の風物詩「さっぽろ雪まつり」や中華圏の春節(旧正月)によるインバウンド需要増が価格を押し上げた。道路旅客輸送(6.8%上昇)や土木建築サービス(5.4%上昇)などの幅広い分野で賃上げ分を転嫁する値上げが続いている。
外航貨物輸送は前年同月比16.6%上昇し、伸び率が1月(15.1%上昇)から1.5ポイント拡大した。海運相場の上昇のほか、円相場が24年2月(平均)では1ドル=149円台と23年2月(1ドル=132円台)より円安が進んだことも寄与した。
いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルはヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、下のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格のとサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。ただし、指数の基準年が異なっており、国内企業物価指数は2020年基準、企業向けサービス価格指数は2015年です。なお、影を付けた部分は、景気後退期を示しています。
上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、上昇率としては2023年中に上昇の加速は終了し、2022年12月から指数水準として120前後でほぼほぼ横ばいとなっています。他方、その名の通りのサービスの企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準としてまだ上昇を続けているのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、今年2023年8月から+2%台まで加速し、本日公表された2月統計では1月に続いて+2.1%に達しています。7か月連続で+2%台の伸びを続けていることになります。+2%前後の上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性が高いとは思いますが、日銀の物価目標、これは生鮮食品を除く消費者物価上昇率ですが、その物価目標の+2%近傍であることも確かです。加えて、下のパネルにプロットしたうち、モノの物価である企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価のグラフを見ても理解できるように、インフレ率は高いながら、物価上昇がさらに加速する局面ではないんではないか、と私は考えています。どうして、この段階で日銀が金融引締めを開始したのかは、私はまだ十分理解できていません。動学的不整合な政策を当初から目論んでいたのでしょうか。オーバーシュート型のコミットメントは反故にされた、というか、もともとそうではなかった、ということなんだろうと思います。繰り返しになりますが、ヘッドラインSPPI上昇率にせよ、国際運輸を除いたコアSPPIにせよ、日銀の物価目標とほぼマッチする+2%程度となっている点は忘れるべきではありません。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて2月統計のヘッドライン上昇率+2.1%への寄与度で見ると、宿泊サービスや土木建築サービスや労働者派遣サービスなどの諸サービスが+0.89%ともっとも大きな寄与を示しています。ヘッドライン上昇率+2.1%の半分近くを占めているわけです。引用した記事にもある通り、中華圏の春節を受けたインバウンドの寄与もあり、宿泊サービスは前年同月比で1月+25.6%、2月も+28.6%と高い上昇率を続けています。ほかに、ソフトウェア開発やインターネット附随サービスや情報処理・提供サービスといった情報通信が+0.50%、加えて、SPPI上昇率高止まりの背景となっている石油価格の影響が大きい外航貨物輸送や道路旅客輸送や道路貨物輸送などの運輸・郵便が+0.44%のプラス寄与となっています。運輸・郵便については、引用した記事にもある通り、輸入に依存するエネルギー価格に対する円安の影響も見逃せません。リース・レンタルについても+0.17%と寄与が大きくなっています。
2024年3月25日 (月)
帝国データバンクによる「『マイナス金利解除』と金利上昇に伴う企業の借入利息負担試算」から日銀金融引締めを考える
先週、日銀が異次元緩和の終了と金融引締めを決定しましたが、3月19日、帝国データバンクから「『マイナス金利解除』と金利上昇に伴う企業の借入利息負担試算」と題するリポートが明らかにされています。もちろん、pdfの全文リポートもアップロードされています。やや粗っぽい計算ながら、借入金利が1%ポイント上昇すれば企業の7%が赤字に転落して、1社当たりの平均で利払いは年+270万円増加し、経常利益は▲9%圧縮される、と試算しています。
まず、上のグラフはリポートから 利息負担の増加による経常利益への影響 を引用しています。+0.5%ポイントから始まって、あとは+1%ポイント刻みで、+4%ポイント上昇まで試算してあります。当然ながら、金利が引き上げられれば利益が減少するわけで、当然の結果が示されています。リポートによれば、もともと経常利益が赤字である企業は22.1%に上りますから、もしも、ベースラインで想定されているように、+1.0%ポイントの金利上昇があればほぼ30%近い企業が赤字を記録する可能性があります。
続いて、上のグラフはリポートから 金利上昇による影響 を引用しています。ただし、コチラは昨年2023年1月時点での調査結果です。これまた当然ながら、「マイナスの影響が大きい」とする企業が40%と多数を占めています。ただし、帝国データバンクでは、今年1~3月期の足元で借換えなどの場面においてすでに足元の貸出金利は上がっている、と回答している金融機関もあることなどから、「『マイナスの影響』を実感する企業はさらに増加している可能性がある。」と指摘しています。
あまりにも当然ながら、企業経営は金融引締めにより悪化するわけです。私も授業などで金融引締めにより賃金上昇率も物価上昇率はも低下する、とオーソドックスな経済学を教えています。日銀の金融引締めは、当然に、企業経営にも、賃上げにも、ネガな影響を及ぼすことは忘れるべきではありません。
2024年3月24日 (日)
2024年3月23日 (土)
今週の読書は大分岐論争を考える経済書をはじめとして計6冊
今週の読書感想文は以下の通り計6冊です。
まず、パトリック・カール・オブライエン『「大分岐論争」とは何か』(ミネルヴァ書房)は、ポメランツに由来する大分岐について中国などのアジアと産業革命が始まった西欧との比較をし大きな差がなかったと結論しています。岡本好貴『帆船軍艦の殺人』(東京創元社)は、2023年の第33回鮎川哲也賞受賞作品であり、18世紀末の英国の帆船軍艦であるハルバート号で起こった殺人の謎を解くミステリです。天祢涼『陽だまりに至る病』(文藝春秋)は、仲田蛍の活躍する社会派ミステリの第3作であり、小学5年生の思春期直前の少女に仲田が寄り添って殺人事件も意外な解決を見ます。門井慶喜『東京、はじまる』(文春文庫)は、近代都市東京に建築で貢献し日本銀行本店や東京駅を建てた辰野金吾の一代記です。米澤穂信ほか『禁断の罠』(文春文庫)は、辻村深月ほか『神様の罠』に続く出版であり、ミステリ短編7作品を収録したアンソロジーです。最後に、東海林さだお『大盛り! さだおの丸かじり とりあえず麺で』(文春文庫)は、43巻1514篇に及ぶ丸かじりシリーズから麺に関するエッセイを集めて収録しています。ちゃんぽんが取り上げられていないのが残念です。
ということで、今年の新刊書読書は1~2月に46冊の後、3月に入って先週までに19冊、今週ポストする6冊を合わせて71冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。
まず、パトリック・カール・オブライエン『「大分岐論争」とは何か』(ミネルヴァ書房)を読みました。著者は、もう引退していますが、ロンドン・スクール・オブ・エコノミー(LSE)で長らく教鞭をとった経済史の研究者です。なお、邦訳は京都産業大学の玉木俊明教授が当たっています。私の尊敬する経済史研究者です。なお、英語の原題は The Economies of Imperial China and Western Europe であり、2020年の出版です。出版社から見て、かなり学術書に近いのですが、純粋な経済学の学術書、という表現はヘンなのですが、理論経済学で数式がいっぱい出てくるような学術書ではありませんから、歴史に興味ある多くの方々が楽しんで読めるのではないかと期待しています。「大分岐」=Great Divergence とは、2000年に出版されたポメランツの著書に由来します。従来からの見方では、18世紀の産業革命が西欧で始まる前に、すでに、西欧と中国やインドなどのアジアはかなり生産力や生活水準、もちろん、その基礎となる科学技術などで遅れを取っていた、とする西欧中心の歴史観が転換され、グローバル・ヒストリーなどの観点からも、産業革命の前夜に西欧とアジアのさは大きくなかった、とする歴史観です。私はその点は疑いないものと見なしています。多くの歴史家もそうだろうと思います。本書では、独特の表現なのか、あるいは、ヒストリアンには共通した用語なのか、私は知りませんが、産業革命によって有機経済から無期経済に転換した、としています。そして、産業革命がどうして西欧、中でもイングランドで始まったか、については、本書では、p.127に結論があります。石炭の発見と中国のスタートが早かったために、逆に、豊かな天然資源が失われ、慣性によりマルサス的な問題に対して科学技術を活用した解決を取らなかった、という2点を上げています。通常、グローバル・エコノミー以前の主流派経済史では制度学派が主要な論点を提供していて、所有権の確立により科学技術を体化した資本ストックの導入が進んだ、ということになっています。ノース教授がこういった経済史理論でノーベル経済学賞を受賞したのは1993年です。でも、2000年のポメランツ教授の『大分岐』からいろいろと議論が盛り上げっていますが、私は、誠に残念ながら、本書の観点も十分な説得力を持つには至っていない気がします。明らかに、現時点で、欧米が経済的なパワーでアジアに優位に立っているのは産業革命を早くに開始したからです。でも、どうして、中国やインドや日本ではなくイングランドで産業革命が始まったのかの謎は、本書でもまだ十分に解明されていない、と私は考えています。ついでながら、私の勤務校のサイトでも同じ問いを立てていて、答えは「答えはいまだに解き明かされていません。」と結論しています。はい。私もそう思います。
次に、岡本好貴『帆船軍艦の殺人』(東京創元社)を読みました。著者は、改題前のこの作品北海は死に満ちて」で2023年の第33回鮎川哲也賞を受賞してデビューしたミステリ作家です。この作品は1795年、すなわち、フランス革命直後の英国の海軍、というか、タイトル通りに帆船軍艦である戦列艦ハルバート号を舞台にしています。英国がフランスに対して長い戦いによって英国海軍が慢性的な兵士不足の状態にあり、本書の主人公である靴職人のネビルは、先輩靴職人のジョージとともに強制的に徴募され、戦列艦ハルバート号に水兵として乗り込むことになってしまいます。なかなか細々と当時の軍艦に関するトリビア知識が散りばめられて、殺人事件がすぐに起こるわけではないのですが、歴史好きな読者などにはそれはそれでいいのかもしれません。船内での食事やハンモックでのざこ寝をはじめとする水兵としての生活がいろいろと記述されています。時代的な背景もあって、現代からは考えられない艦内における階層や序列もあったりします。ただ、これらは殺人事件には直接関係ないような気がしました。しかし、さすがに、タイトル通りに、どこにも逃げ場や隠れるところのないクローズドサークルである軍艦の上で殺人事件が起こります。真っ暗な暗闇の寝室での殺人なのですが、かなり近くにいたネビルがまっ先に疑われたりします。そうこうしているうちに、船倉で次の殺人事件が、また、懲罰房でさらにその次の殺人が起こったりするわけです。士官候補生出身ではなく水兵からの叩き上げの5等海尉であるヴァーノンが船長から指名されて事件解明に当たります。最後の謎解きまでヴァーノンが事件全貌を明らかにします。もちろん、軍艦ですからフランス海軍との海戦場面もあります。のんびりと航海しているだけではありません。ミステリですので、あらすじはここまでとします。帆船に関する詳細な知識は必要ないと思うのですが、やっぱり、帆船に詳しいと謎解きには便利なのかもしれません。必要最小限、という趣旨で本書冒頭の登場人物一覧のページの後の方に帆船軍艦の構造というか、いろいろな用具の名称なども紹介されているのですが、それを読んで理解が深まる人と、私のようにサッパリ理解できずに読み飛ばすに近い読者もいそうな気がします。ただ、収集された情報から論理性を持って本格的に犯人が突き止められます。反面、動機については、犯人の供述を持ってしか明らかにされません。そのあたりをどう考えるかで少し評価が違ってくる可能性はあります。
次に、天祢涼『陽だまりに至る病』(文藝春秋)を読みました。著者は、社会はミステリ作家であり、本書は『希望が死んだ夜に』と『あの子の殺人計画』に続く神奈川県警の仲田蛍のシリーズ第3作です。一応、タイミングとしてコロナ禍の時期が含まれているのですが、決してコロナが前面に出てきているわけではありません。ということで、主人公は小学5年生の咲陽であり、コロナ禍の中で親から「困っている人がいたらなにかしてあげないと」といわれていました。そして、咲陽はクラス中で浮いた存在だった小夜子から「父親が仕事で帰ってこない」と聞き、心配して家に連れて帰って匿うことにします。というのも、小夜子は父親との2人家庭で、2人が住むアパートが咲陽の部屋から見えるくらいのご近所であり、しかも、町田のホテルで起きた女性殺人事件の犯人は、小夜子の父親でではないかと疑いを持っていたからです。ですから、小夜子を探しているという刑事が咲陽の家を訪ねてきた際も、2階の自室に匿っているにもかかわらず、「知らない」と嘘をついてしまったりします。咲陽は困っている小夜子を助けるといいながらも、警察や両親に嘘をついているという罪悪感があり、加えて、父親の経営するレストランがコロナ禍でダメージを受けていることが察せられ、今の生活を維持できずに貧乏になってしまうという恐怖感もあったりします。こういった思春期を目前に控えた少女の心理を仲田蛍が寄り添うわけです。ミステリとしては町田の女性殺人事件の謎解きが絡むのですが、とても意外な結末を迎えます。もうひとつのクライマックスは、お互いに気を使って本音をいえなかった小学5年生の咲陽と小夜子なのですが、小夜子が咲陽をどう見ているかについての爆弾発言、というか、手紙に咲陽が接して、何とも切ない気持ちになってしまいました。ただ、小夜子の父親のキャラが、やや私なんかから考えればあり得ないので、少しびっくりしました。最後に、ミステリの謎解きとしては前2作、特に『希望が死んだ夜に』に比べると大きく落ちます。コロナについてもタイミング的にその期間だから、というだけの言及程度の取り上げられ方で、いずれにぜよ、前2作からすれば大きく物足りない、と私は感じてしまいました。
次に、門井慶喜『東京、はじまる』(文春文庫)を読みました。著者は、『家康、江戸を建てる』がベストセラーとなり、『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞した作家です。本書では、近代日本を象徴する首都東京の始まり、というか、江戸の終わりと東京の始まりを建築から説き起こしています。主人公は辰野金吾です。九州の下級武士の出であり、現在の東京大学建築学科を首席で卒業して英国に留学し、建築家として数多くの近代建築を完成させてきた学者・建築家です。本書の冒頭はその英国留学からの帰国から始まります。ちょうど、鳴り物入りで建築が進められていた鹿鳴館の建築中であり、恩師のコンドルとともに建築現場を見に行ったりします。そして、前半は生い立ちから始まって、お雇い外国人のコンドルから建築学を学び、そのコンドルの母国である英国に留学したりするわけです。前半のハイライトは日銀本店の建築です。すでに、恩師のコンドルの設計が決まっていたにもかかわらず、時の総理大臣の伊藤博文や日銀総裁の前でコンドルをこき下ろす大演説をぶち上げて、自らが建築を請け負います。そして、事務主任として高橋是清を迎えて建築を進めます。後半のハイライトは東京駅です。日銀本店が堅牢なドイツ的バロック様式であったのに対して、東京駅は英国的なクイーン・アン様式を取り入れ、「時代遅れ」という悪評にもめげずに完成に邁進します。英語の慣用句でも Queen anne is dead. という時代遅れを表す言葉あるくらいですから、アン女王様式というのは時代遅れなのかもしれません。そして、国会議事堂の建築に取りかかるも、第1次対戦直後のいわゆるスペイン風邪とよばれたインフルエンザで亡くなってしまいます。本書冒頭でも指摘されていますが、近代国家の首都である東京は「密」っであって、「疎」であってはならない、というのが出発点となっています。2020年のコロナからは三密を避けるなどと、密と疎の考えが逆転しかかっていますが、建築家として近代都市を作る基礎はそうなのだろうと私ですら同意します。実にエネルギッシュに東京を作った、そして、その裏では江戸を壊した明治期の建築家である辰野金吾の痛快な一代記です。最後に、高橋是清の存在がエコノミストとしてとても興味深く読みました。
次に、米澤穂信ほか『禁断の罠』(文春文庫)を読みました。著者6人は、ともにミステリ作家であり、本書はミステリ短編7話を収録したアンソロジーです。なお、この前作に当たるのが辻村深月ほか『神様の罠』であり、このブログでは2022年6月にレビューしています。ついでながら、さらにその前作となるのが辻村深月ほか『時の罠』なのですが、私はこれは読んでいません。ということで、6話の短編の作者とタイトルをあらすじとともに収録順に取り上げると以下の通りです。まず、新川帆立「ヤツデの一家」は、政治家を父親に持つ女性が主人公で、主人公が政治家を継ぎます。でも、継母の連れ子の兄を秘書にしたところ、双子の兄弟であったので入れ替わったのではないか、というシーンが印象的でした。結城真一郎「大代行時代」では、銀行の支店を舞台に一般職の女性が総合職の新人男性の教育係になりますが、この新人クンが質問をするのが大の苦手ときています。斜線堂有紀「妻貝朋希を誰も知らない」は、例の寿司チェーン店の迷惑動画を題材にして、タイトルに氏名がある男性の関係者をジャーナリストが入れ代わり立ち代わり取材するという形式で進みます。米澤穂信「供米」は、亡くなった詩人の親友が主人公です。亡くなった詩人の遺稿集が出版されたことをきっかけに、主人公が昔の思い出を辿っていく、というストーリーです。最後の1文に思わず感激する読者もいそうです。表現力がすばらしく、言葉の選択が抜群です。それなりに読解力を必要としますが、本書の中でも出色の作品です。中山七里「ハングマン - 雛鵜」は、逆にやや物足りなくも曖昧な作品です。復習を代行する登場人物が何人かいて、ミステリ仕立てになっています。スマホにすべての人格が詰め込まれているというのは怖い気がしましたが、事実なのかもしれません。最後に、有栖川有栖「ミステリ作家とその弟子」では、ベテランのミステリ作家が弟子に語るという形式を取っています。昔話の「桃太郎」や「ウサギとカメ」の解釈も、この作者らしく凝っていた気がします。なかなかにして豪華な執筆陣です。中山作品を別にすれば、短編ミステリとして十分な水準に達していると思います。
次に、東海林さだお『大盛り! さだおの丸かじり とりあえず麺で』(文春文庫)を読みました。著者は、漫画家、エッセイストであり、少し前に同じ作者と出版社の『パンダの丸かじり』をレビューしましたが、本書はその丸かじりシリーズから麺に関するエッセイを集めて収録しています。なお、出版社のサイトによれば、このシリーズは計43巻1514篇に上るそうです。なお、ついでながら、この丸かじりシリーズは『週刊朝日』に連載されていたエッセイ「あれも食いたいこれも食いたい」から編まれています。もちろん、私はすべてを読破しているはずもありません。ということで、表紙画像から明らかなように、まず、ラーメンから始まります。ラーメンとセットでラーメン屋のオヤジも大活躍です。振り返ってみるに、私は公務員のころに福岡に出張した際に食べたラーメンが最後のような気がします。長らくラーメンは食べていません。もちろん、ラーメン以外にもそば・うどんはいうまでもなく、冷やし中華、鍋焼きうどん、さらには、スパゲッティやビーフンまで登場しますが、なぜか、ちゃんぽんが出てきません。まあ、皿うどんは譲るとしても、私は今の勤務校のずいぶん前に長崎大学経済学部に現役で出向していた経験があり、ちゃんぽんは、たぶん、ラーメンの一種、それも、本書でラーメンの次に取り上げられているタンメンの一種だと思っているのですが、ラーメンの中にも、タンメンの中にも、独立してでも、ちゃんぽんが出現しないのはやや不思議な気がします。カップ麺が軽い扱いなのは理解するとしても、また、長崎でいえば皿うどんは譲るとしても、懐かしのちゃんぽんは、専門的なチェーン店すらあるわけですから、本書にも欲しかった気がします。この点だけは不満です。
2024年3月22日 (金)
政府による「電気・ガス価格激変緩和対策事業」が終了して再び上昇幅が拡大した2月の消費者物価指数(CPI)をどう見るか?
本日、総務省統計局から12月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の統計で見て前年同月比で+2.8%を記録しています。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は23か月連続です。ヘッドライン上昇率は+2.8%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率は+3.2%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。
2月消費者物価2.8%上昇 伸び拡大、電気代抑制薄まる
総務省が22日発表した2月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が106.5となり、前年同月比で2.8%上昇した。伸び率は4カ月ぶりに拡大した。政府の電気・ガス代の抑制策が開始から1年がたち、統計上は前年比の物価上昇率を下げる効果が薄まった。
上昇率はQUICKが事前にまとめた市場予測の中央値の2.8%上昇と同じだった。前年同月比では30カ月続けての上昇となり、23カ月連続で日銀の物価安定目標の2%以上で推移する。
生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は3.2%上がった。伸び幅は6カ月連続で縮んだが、生鮮食品を除く食料は高い水準で推移している。生鮮食品を含む総合指数は2.8%上昇した。
品目別にみると電気代は前年同月比2.5%低下し、下落幅は1月の21.0%から大きく縮んだ。都市ガス代も13.8%マイナスで、1月(22.8%低下)から下げ幅が縮小した。
指数は23年2月から政府の電気・ガス代の抑制策を反映しており、1年がたって前年と比べた押し下げ効果が薄まった。足元でも政府の抑制策は続いており、総務省によると2月は生鮮食品を除いた総合指数の伸びを0.5ポイント程度抑えた。
ガソリンは4.5%上がった。エネルギー全体では1.7%低下と、1月の12.1%マイナスから下げ幅が縮小した。
観光需要の回復が続き、宿泊料は33.3%伸びた。上昇幅は1月の26.9%から拡大した。24年2月は3連休が2回あったことが影響した。中国の春節(旧正月)もありインバウンド(訪日外国人)需要も拡大した。
全体をモノとサービスに分けると、サービスは2.2%伸びた。上昇率は8カ月連続で2%以上だった。宿泊料に加え、一般サービスの外食が3.5%上昇と高い伸び率で推移する。
生鮮食品を除く食料は5.3%上がった。伸びは1月の5.9%から縮んだが、高い上昇率が続く。原材料価格の高騰などを反映して23年に値上げがあった外食のフライドチキンが19.2%上がった。
飼料価格の上昇に加え物流コストが高まったことで牛乳は9.3%上がった。肥料や農機具の燃料が高騰したことによりコシヒカリ以外のうるち米は7.6%上昇した。18年7月以来の上げ幅となる。
生鮮食品を除く総合指数をみると、構成する522品目のうち8割にあたる423品目が上昇した。下がったのは66品目、変化なしは33品目だった。
何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。
まず、引用した記事にもあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+2.8%ということでしたので、まさにジャストミートしました。品目別に消費者物価指数(CPI)を少し詳しく見ると、まず、エネルギー価格については、昨年2023年2月統計から前年同月比マイナスに転じていたのですが、本日発表された2月統計では前年同月比で▲1.7%に下落幅が大きく縮小し、ヘッドライン上昇率に対する寄与度も▲0.14%まで小さくなっています。いうまでもなく、政府による「電気・ガス価格激変緩和対策事業」が終了したことに起因します。統計局の試算によれば、電気代▲0.41%、都市ガス代▲0.08%、合計▲0.49%のヘッドライン上昇率に対する寄与がありましたので、2月統計ではほぼ+0.5%ポイントの上昇圧力があったことになります。1月統計ではこのエネルギーのマイナス寄与が▲1.07%ありましたので、2月統計でコアCPI上昇率が先月統計から+0.8%ポイント拡大したうち、これを超える+0.93%の寄与度差があったことになります。すでにガソリン補助金が縮減された影響で、ガソリン価格は2月統計では+4.5%、ヘッドライン上昇率に対する寄与度が+0.10%となっています。中東の地政学的なリスクも高まっています。すなわち、ガザ地区でのイスラエル軍の虐殺行為、親イラン武装組織フーシによる商船の襲撃なども、今後、どのように推移するかについても予断を許しませんし、食料とともにエネルギーがふたたびインフレの主役となる可能性も否定できません。
食料について細かい内訳をヘッドライン上昇率に対する寄与度で見ると、コアCPI上昇率の外数ながら、生鮮食品が野菜・果物・魚介を合わせて+0.11%あり、うち生鮮果物が+0.09%の寄与を示しています。生鮮食品を除く食料の寄与度が+1.23%あります。コアCPIのカテゴリーの中でヘッドライン上昇率に対する寄与度を見ると、アイスクリームなどの菓子類が+0.24%、調理カレーなどの調理食品が+0.21%、うるち米などの穀類が+0.15%、フライドチキンなどの外食が+0.14%、牛乳などの乳卵類が+0.12%、などなどとなっています。サービスでは、引用した記事にあるように、宿泊料が前年同月比で+33.3%上昇し、寄与度も+0.29%に達しています。
最後に、日銀が金利引上げにより金融引締めに転じました。私は授業で、金融引締めは賃上げと物価上昇を抑制すると教えています。今日発表の消費者物価上昇はもとより、日銀から見て今春闘の賃上げも高すぎるので抑制する必要がある、と考えているのであろうと想像しています。ホントにそれでいいのでしょうか?
2024年3月21日 (木)
赤字が縮小した2月の貿易統計をどう見るか?
本日、財務省から2月の貿易統計が公表されています。統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比+7.8%増の8兆2492億円に対して、輸入額は+0.5%増の8兆6285億円、差引き貿易収支は▲3793億円の赤字を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。
2月の貿易収支、3793億円の赤字 前年比6割縮小
財務省が21日発表した2月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は3793億円の赤字だった。赤字は2カ月連続。自動車の輸出が増えたことなどから、赤字幅は前年同月に比べて59.2%縮小した。
輸入額は8兆6285億円で前年同月に比べ0.5%増えた。11カ月ぶりに増加した。輸出額は8兆2492億円と7.8%増え、3カ月連続の増加となった。
輸出の伸びが貿易赤字の縮小につながった。品目別に見ると自動車が1兆3821億円で19.8%増、自動車の部分品が3235億円で22.6%増だった。いずれも米国向けが好調で、全体をけん引した。オーストラリア向けの軽油など鉱物性燃料は1097億円と35.2%減った。
地域別に輸出先を見ると米国が1兆7233億円で18.4%増えた。アジアは4兆2278億円で2.3%増、中国は1兆3486億円で2.5%増だった。
輸入は衣類のほか、電算機類や石油製品が大きく伸びた。液化天然ガス(LNG)は5972億円で21.1%減、石炭が3917億円で39.6%減だった。
原油はドル建て価格が1バレルあたり83.6ドルと前年同月から4.9%下がった。円建て価格は1キロリットルあたり7万7879円と8.1%上がった。
地域別の輸入は米国が1兆116億円で9.3%増、アジアが4兆96億円で6.6%増えた。
2月の貿易収支は季節調整値でみると4516億円の赤字となった。輸入が前月比で3.8%増の9兆11億円、輸出が1.5%減の8兆5495億円だった。
長くなってしまいましたが、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。
まず、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、▲8000億円ほど貿易赤字が見込まれていましたところ、実績は半分くらいの赤字でした。でも、予測レンジの下限が▲3500億円ほどでしたので、大きなサプライズはありませんでした。季節調整していない原系列の統計で見ても、季節調整済みの系列で見ても、1月と2月は中華圏の春節次第で我が国の貿易が大きな影響を受けますので、やや撹乱要因となっています。例えば、昨年2023年は1月22日から春節が始まった一方で、今年2024年は2月10日からとなっています。ですから、季節調整がどこまでこういった中華圏の春節要因を除去できているか、私には不明です。ひょっとしたら、昨年と今年のそれぞれの1-2月を合計して、というか、平均して見る必要があるのかもしれません。いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、貿易収支が赤字であれ黒字であれ、輸入は国内生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。そして、私の知る限り、少なくないエコノミストは貿易赤字は縮小、ないし、黒字化に向かうと考えている可能性が十分あります。
2月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油や液化天然ガス(LNG)の輸入額が減少しています。すなわち、原油及び粗油は数量ベースで▲7.5%減、金額ベースで▲0.0%減となっています。数量ベースの減少幅が金額ベースを上回っていますので、引用した記事にもあるように、単価が上昇していることは明らかです。しかし、LNGについては逆の現象が見られます。すなわち、数量ベースでは▲5.9%減、金額ベースでは▲21.1%減となっています。単価が下がっていることがうかがわれます。また、ある意味で、エネルギーよりも注目されている食料について、穀物類は数量ベースのトン数では+9.4%増となっている一方で、金額ベースでは+1.0%増にしかすぎず、単価が低下していることが明らかです。輸出に目を転ずると、輸送用機器の中の自動車は季節調整していない原系列の前年同月比で見て、数量ベースの輸出台数は+14.2%増、金額ベースでも+19.8%増と大きく伸びています。前年同月との比較ですので、どこまでの寄与があるのか不明ながら、ダイハツの品質偽装に端を発する生産停止から、「軽自動車10車種の生産・出荷の再開を決定」とプレスリリースが出たのが2月9日でしたので、自動車生産も増加している可能性があります。自動車や輸送機械を別にすれば、一般機械+3.7%増、電気機器+7.7%増と、自動車以外の我が国リーディング・インダストリーも輸出額を伸ばしています。ただし、今年2024年2月はいわゆる閏年で2月が29日まであって1日多かったので、その要因も含まれている可能性には注意が必要です。いずれにせよ、こういった我が国の輸送機器や一般機械や電気機械の輸出はソフトランディングに向かっている米国をはじめとする先進各国経済の需要要因とともに、円安の価格要因も寄与していると考えられます。すなわち、円・ドルの東京インターバンクの為替相場、スポット中心相場の月中平均で見て、2023年1月の\/$130.20から2024年1月には\/$146.57と12%を超える円安となっています。
最後に、足元の1~3月期はマイナス成長を予測するシンクタンクが多く、日本経済研究センターの取りまとめによるESPフォーキャストでは年率で▲0.36%が見込まれています。ほか、ニッセイ基礎研究所や第一生命経済研究所などの短期経済見通しでも1~3月期はマイナス成長を予想しています。中でも外需はマイナス寄与を見込むシンクタンクが多いのですが、円安の価格効果が外需にどのように現れるかを私は注目しています。
2024年3月20日 (水)
2024年3月19日 (火)
日銀金融政策の転換は何をもたらすか?
昨日から開催されていた日銀金融政策決定会合において、黒田総裁時代の異次元緩和の金融政策から転換し、政策金利である「無担保コールレート(オーバーナイト物)を0~0.1%程度で推移するよう促す」ことなどを決めました。以下のドキュメントが公表されています。
- 金融政策の枠組みの見直しについて
- (参考)金融政策の枠組みの見直し
- 本日の決定を受けた市場調節面の対応について
- 長期国債買入れ(利回り・価格入札方式)の四半期予定(2024年4~6月)
- 当面の長期国債等の買入れの運営について
上の画像は、5項目あげたドキュメントのうち「(参考)金融政策の枠組みの見直し」から 短期金利(無担保コールO/N物) を引用しています。すなわち、利上げであることは明らかです。
今後については、懸念材料がいっぱいです。21世紀に入ってから日銀が金融引締めの方向への政策変更を行ったことが2度あります。でも、日銀OBですら、「過去四半世紀の間に試みられた金融引き締め方向の政策変更、すなわち2000年のゼロ金利解除(速水総裁時代)、および2006年の量的緩和解除とそれに続く2回の利上げ(福井総裁時代)がいずれも『失敗』だったと受け止められている」と、東京財団政策研究所のサイトで明確にいずれも金融引締めへの政策変更が「失敗」と言及しています。
日本経済は明確に景気循環の後半期に入っています。金融政策は専門家である中央銀行の独立性に配慮して遂行されるのが先進国のスタンダードなのですが、結果責任は大丈夫なのでしょうか?
2024年春の宴会は大きく盛り上がるか?
とても旧聞に属するトピックながら、先週3月13日、リクルートの外食市場に関する調査・研究機関ホットペッパーグルメ外食総研から、今年2024年春の歓送迎会や花見をテーマにした消費者アンケートの結果が明らかにされています。参加回数が増加し、想定される支出金額の大幅増との結果が示されています。もちろん、pdfのリポートもアップロードされています。まず、リクルートのサイトから結果の要約を3点引用すると以下の通りです。
要約
- POINT1. 「歓送迎会」「花見」への参加回数は、増加派が減少派を上回り、さらなる回復が期待できそう
- POINT2. 平均想定予算は「歓送迎会」が4,404円(前年比+406円)で過去最高額、「花見」も2,852円(前年比+357円)で過去最高額の予想
- POINT3. 「歓送迎会」は「会社・仕事関係」が30%台に回復予想。「花見」はコロナ禍以降では初めて「友人・知人関係」が最多の相手に
まず、調査結果に従えば、今年2024年春の歓送迎会への参加回数の見込みは、「昨年より大きく増えそう」と「昨年よりやや増えそう」の合計の増加派が16.4%で、「昨年より大きく減りそう」と「昨年よりやや減りそう」を合計した減少派1.1%を大きく上回りました。 同じく、「花見」への参加回数の見込みについても、増加派が12.7%で、減少派0.5%を大きく上回っています。
続いて、エコノミストですので支出額に注目しており、リポートから 花見の支出額実績と今年の想定金額 を引用しすると上の通りとなります。1人1回当たりの参加費の見込み額です。花見について、2023年の参加費は、実績で調査開始以来の最高額である平均2,942円を記録しました。ただ、想定額は2,495円でしたので、想定額から実績額は+450円ほど上振れたことになります。昨年は、広く認識されていた通り、食料品などの値上がりが大きく、想定額を超える実績額となりました。今年2024年の想定額は2,852円ですから、想定額ベースでは前年比+357円の増加が見込まれています。果たして、今年の実績額はどうなりますことやら。いずれにせよ、想定額ベースでは1回当たりの金額が上がっている上に、回数も増えていますので、総支出額はかなり増加すると見込まれます。
最後に、こういった歓送迎会や花見の相手なのですが、軽く想像される通り、歓送迎会の相手は会社・仕事関係が最多で30.7%に上っています。前年から+4.0%ポイント上昇していますが、コロナ禍以前の2020年調査では36.5%でしたので、まだまだ上昇余地があるといえます。一方、花見の相手は、「会社・仕事関係」はまだ少なく、「友人・知人関係」が14.9%と最多の予想となっていて、次いで「家族・親族関係」が14.3%に上り、「友人・知人関係」が「家族・親族関係」を上回るのは、コロナ禍前の 2020年調査以来となっています。
2024年3月18日 (月)
1月の機械受注は前月比マイナスとなり基調判断は下方修正
本日、内閣府から1月の機械受注が公表されています。民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注が、季節調整済みの系列で見て前月比▲1.7%減の8,238億円となっています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。
機械受注1月1.7%減 基調判断「足元は弱含み」に下げ
内閣府が18日発表した1月の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる民需(船舶・電力を除く、季節調整済み)は前月比1.7%減の8238億円だった。マイナスは2カ月ぶりとなる。製造業を中心に発注が減った。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値の0.8%減を下回った。2023年12月は前月比1.9%増だった。毎年1月調査で過去にさかのぼって季節調整をやり直しており、23年12月調査時点の2.7%増から改定された。
内閣府は全体の基調判断を「足元は弱含んでいる」に引き下げた。23年12月までは14カ月連続で「足踏みがみられる」だった。引き下げは22年11月以来となる。
製造業は13.2%減の3623億円だった。マイナスは2カ月ぶりとなる。発注した業種ごとにみると「化学工業」が61.5%減った。23年12月に大きく発注が増えており、反動で落ち込んだ。化学機械やポンプなどの風水力機械が押し下げた。
「自動車・同付属品」も14.7%減少した。マイナスは2カ月連続となる。電子計算機やモーターといった重電機の需要が低下した。
船舶と電力を除く非製造業は6.5%増加した。4カ月ぶりにプラスを確保した。運輸業・郵便業は17.0%増えた。鉄道車両に加えバスやトラックなどの道路車両の発注増が寄与した。
通信機や電子計算機が増えて情報サービス業は15.6%増加した。
包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、機械受注のグラフは上の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。
まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注で見て前月比▲0.8%減でした。予想レンジがかなり広く、下限は▲4.1%減でしたので、実績の▲1.7%減は大きなサプライズなかったと私は受け止めています。しかしながら、引用した記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「足踏みがみられる」から「足元は弱含んでいる」に下方修正しています。1年2か月連続で据え置かれた後の下方修正だそうです。上のグラフで見ても、太線の移動平均で示されているトレンドで見れば、明らかに下向きとなっています。事実、コア機械受注の四半期データを季節調整済み前期比で見て、昨年2023年中、1~3月期こそ+2.0%増の2兆6586億円を記録したものの、4~6月期▲2.9%減の2兆5822億円に続いて、7~9月期▲1.4%減の2兆5458億円、10~12月期▲1.3%減の2兆5133億円と、3四半期連続で減少しています。ただ、受注水準としてはまだ何とか月次で8,000億円を上回っており決して低くはありませんし、足元の2024年1~3月期の受注見通しは+4.9%増の2兆6294億円と見込まれています。先月2023年12月統計が公表された時点で、私は先行き、すなわち、今年2024年1~3月期の受注増見込みはやや慎重に見ておく必要を指摘したところです。
相変わらず謎なのは、日銀短観などで示される設備投資計画のソフトデータとGDPやGDPの基礎となる法人企業統計、また、それらの先行指標である機械受注などのハードデータとの乖離です。先日公表された法人企業統計やそれを反映した2023年10~12月期のGDP統計2次QEなどを見ていると、この乖離が解消されつつある可能性を感じたのですが、本日公表の1月の機械受注を見る限りでは、まだまだ乖離が大きいままであると感じます。果たして、日本の設備投資は上向くのでしょうか、それともダメなままなのでしょうか?
2024年3月17日 (日)
サクラの開花予想やいかに?
3月13日に、ウェザーニュースと日本気象協会から同時にサクラの開花予想が明らかにされています。下の画像はウェザーニュースのサイトから引用しています。
今年の開花は平年並みか、早まるところがある見込みで、3月20日に東京と広島で咲き始めるとの予想です。関西はかなり遅れて、3月25日ころに開花し、その1週間後くらいが満開といったところなのかもしれません。
2024年3月16日 (土)
今週の読書はコロナ期の労働市場分析を試みた経済書をはじめとして計8冊
今週の読書感想文は以下の通り計8冊です。
まず、樋口美雄/労働政策研究・研修機構[編]『検証・コロナ期日本の働き方』(慶應義塾大学出版会)は、国立の研究機関である労働政策研究・研修機構(JILPT)が独自に収集した個人を追うパネルデータの分析により、コロナ禍における労働市場や個人・企業の動向を明らかにしようと試みています。綿矢りさ『パッキパキ北京』(集英社)は、北京に単身赴任していた夫のもとに引越す風変わりな妻の行動と心情、さらに夫婦のやり取りを題材にしています。米澤穂信『可燃物』(文藝春秋)は、群馬県警の葛警部を主人公とするミステリであり、5編の短編から編まれています。榎本博明『勉強ができる子は何が違うのか』(ちくまプリマー新書)は、学力に直結する認知能力だけでなく、ガマン強さなどの非認知能力が備わっている子こそが勉強ができると主張しています。ジル・ペイトン・ウォルシュ『ウィンダム図書館の奇妙な事件』と『ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎』(創元推理文庫)は、英国ケンブリッジ大学の貧乏学舎セント・アガサ・カレッジの学寮付き保健師であるイモージェン・クワイが大学にまつわる謎を解き明かすミステリです。青崎有吾ほか『超短編!大どんでん返し』と浅倉秋成ほか『超短編!大どんでん返しSpecial』(小学館文庫)は、2000字、文庫本で4ページほどの超短編ながら、最後にどんでん返しが待っている作品を集めています。
ということで、今年の新刊書読書は1~2月に46冊の後、3月に入って先週までに11冊、今週ポストする8冊を合わせて65冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。
まず、樋口美雄/労働政策研究・研修機構[編]『検証・コロナ期日本の働き方』(慶應義塾大学出版会)を読みました。著者は、国立の研究機関である労働政策研究・研修機構(JILPT)とその理事長です。特に、樋口教授は労働経済の専門家です。本書に同じ出版社から2021年に出版された『コロナ禍における個人と企業の変容』の続編です。前書もそうでしたが、本書でもJILPTが独自に収集した個人を追ったマイクロなパネルデータを基にした数量分析を実施しています。3部構成であり、第Ⅰ部で労働市場を分析した後、第Ⅱ部で働き方も含めて分析した上で、政策効果について検証しています。まず、日本の雇用については格差が大きいのですが、企業活動の格差とともにもっとも大きな格差が規模別です。そうです。大企業ほど企業活動も、雇用のお給料なんかもいいわけです。ですから、大学生は大企業への就職希望が強いというわけです。そして、企業活動はともかく、雇用の特にお給料の格差が大きいのが雇用形態別、すなわち、正規/非正規、そして、性別、すなわち男女別なわけです。ですので、格差がないわけではないものの、産業別とか、地域別の格差は決して大きくないと考えられます。こういった格差の観点から、コロナ禍は格差の拡大をもたらしており、本書の分析でもそれが裏付けられています。ただ、産業別の格差が新たに生じていることも事実で、典型的には飲食や宿泊といった対個人サービスがコロナ禍で大きなダメージを受けたことは説明するまでもありません。性別の格差の拡大については、決して日本だけの特徴ではなく、世界全体で recession ではなく、she-cession と呼ばれたことは記憶に新しいところです。その上で、本書では、ウェルビーイングや政策効果にまで分析領域を拡大しています。私の目についた分析結果としては、テレワークのウェルビーイングに及ぼす効果です。テレワークはそもそもウェルビーイングに正のインパクトを持っているのは当然理解されるところですが、テレワークの時間数や日数が増えてもウェルビーイングにはそれほど影響ない、というのは新たな発見であろうと私は受け止めています。テレワークとウェルビーイングは単調関数ではなく、どこかに反転する閾値があるわけで、その点は、最近の The Review of Economics and Statistics にアクセプトされた論文 "Is Hybrid Work the Best of Both Worlds? Evidence from a Field Experiment" などでも分析されているところです。そして、自営業者やフリーランスの労働者に関する分析にも注目しました。自営業者では持続化給付金を受給した人のほうが給付を受けていない人よりも、事業の継続期間が短い、というのはややパラドックスなのですが、理解できる気もします。政策としては、雇用を守るための雇用調整助成金、経営を守るための持続化給付金、資金繰り援助の実質無利子無担保のいわゆるゼロゼロ融資、の3本柱となりますが、本書では雇用継続にせよ、事業継続にせよ、所得の面からしか見ていませんが、私は雇用におけるスキルの維持の観点からもこういった労働者や企業に対する政策的な援助はまったくムダではないと考えています。批判的な観点からゼロゼロ融資の返済を取り上げる報道なども見かけますが、効率的な支援よりも幅広い支援を私は支持します。いずれにせよ、ほかにない独自データを用いて、かなり高度な数量分析を実施しています。私はこの労働政策研究・研修機構(JILPT)に勤務した経験がありますから、やや内輪誉めになりかねませんが、コロナ期における労働市場分析として貴重な研究成果です。
次に、綿矢りさ『パッキパキ北京』(集英社)を読みました。著者は、芥川賞も受賞した純文学作家です。主人公は30代後半の既婚女性です。夫は分かれた妻と2人の男女の子供がいますが、現時点では中国の首都北京に単身赴任しています。時代背景は、2022-23年の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミック最終盤の北京です。いろいろとあって、夫から北京に来て欲しいという連絡を受けて、主人公は北京に行くわけです。2022年12月に引越します。主人公は銀座のホステスを辞めて結婚し、まあ、悪い表現をすれば遊び回っているわけです。北京に来ても基本的な精神構造や行動原理は変わるわけではなく、中国人大学院生のカップルといっしょにショッピングや観光で遊び回っています。この中国人大学院生のカップルは、女性の方が日本語を勉強しているのですが、男性の方に主人公がちょっかいを出したりしてケンカ別れします。2023年が開けて、元旦にもかかわらず北京では日本的な正月行事とかはなく、むしろ、1月下旬の春節の際の方が正月っぽかったりします。もちろん、外を遊び回っていますので、というか、何というか、夫婦してコロナに罹患したりしますし、夫婦の会話から、魯迅の『阿Q正伝』の精神的勝利を「スーパー錬金術」と呼んで称賛したりします。夫婦間での考え方に私が共感したのは、電話で部下に指示を下す夫を見て、「いつか老いたらこんなふうにはできなくなるから、そのときは支えてやる、できなくなってからが本番」、という考え方です。うちのカミさんはともかく、世間一般の夫婦関係では真逆かもしれないと考えてしまいました。行動としては、ある意味で、チャランポランで外を遊び回っている主人公なのですが、夫婦の関係については、やや独特ながら、しっかりとした考えを持っているのは意外でした。最後に、やっぱり、海外生活は華やかでいいと思い出してしまいました。私は独身の時には在チリ大使館勤務を経験し、そして、結婚してカミさんと子供2人を連れてのジャカルタ暮らしもあって、それぞれ3年ほどの海外生活を2度送りましたが、もう一度、出来ることであれば人生最後に海外生活を送ってみたいと思います。まあ、年齢的に難しい、ないし、ムリかもしれません。
次に、米澤穂信『可燃物』(文藝春秋)を読みました。著者は、ミステリ作家です。本書は群馬県警の葛警部を主人公とする新たなシリーズです。ちなみに、この作者の一番の人気シリーズは古典部シリーズだと思いますが、長らく新作は出ていません。そして、本書はその葛警部を主人公とする短編集です。5編の短編が収録されていて、収録順にあらすじは以下の通りです。すなわち、「崖の下」では、スノーボードでバックカントリーを滑走中に崖の下に落ち遭難した30代男性2人のうち1人がもう1人を頸動脈を刺して失血死するも凶器が不明です。葛警部が意外な凶器を推理します。「ねむけ」のタイトルはロス・マクドナルドの『さむけ』へのオマージュかもしれません。深夜の交通事故にもかかわらず、コンビニ店員や工事現場の交通整理など目撃者が4人もいて、しかも、目撃情報が一致している不思議を葛警部は「情報汚染」と考えて、真実を解き明かそうと試みます。「命の恩」では、山で遭難した際に助けてもらった命の恩人をバラバラ殺人で殺したと自供する男性の供述について、葛警部が真実を見抜きます。タイトル作である「可燃物」では、ゴミ捨て場に時間外の早くから不法に投棄されていた燃えるゴミへの放火事件が相次いだところ、犯人はもちろん、この放火の裏に潜んだホントの目的は何かを葛警部が推理します。最後に、「本物か」では、ファミレスに拳銃を持った犯人が、店長ほかの人質を連れて立てこもりますが、拳銃はホンモノか、犯人は本気か、といった点を葛警部が推理します。全編を通じて、とても本格的な推理小説に仕上がっています。ただ、伝統的な whodunnit、すなわち、犯人探しではなく動機を考えたり、あるいは、表面的な事実の裏に潜むホントの事実を解き明かす点が主眼となっています。葛警部は群馬県警の捜査部隊の班長さんなのですが、上司の指導官や刑事部長とのやり取りも興味深く読めます。私はもともとホームズものなどの短編ミステリが好きなのですが、本書もオススメの短編ミステリです。最後に、本格的かつ論理的な謎の解明がなされます。レビューの最後の最後に、2話目の「ねむけ」のタイトルについて感想です。私はこの3月で定年退職し4月からは、一般的な民間企業では退職後再雇用に当たる特任教授になって、2人部屋に引越したのですが、もう1人の先生も私も大学支給品ではなく事務椅子を買い替えていて、もう1人の先生は背もたれなしの椅子で、かつ、足を複雑に組んでバランスを取って、眠気を追い払う目的の椅子のように見えます。私の考え方まったく逆で、ハイバックでヘッドレストまである上に、大きくリクライニングするタイプの椅子で、眠くなったら快適に寝ることを目的にしています。性格の違い、というか、勤勉さの差が出ているような気がしました。
次に、榎本博明『勉強ができる子は何が違うのか』(ちくまプリマー新書)を読みました。著者は、私よりやや年長で心理学の博士号を持ち、MP人間科学研究所代表ということなのですが、私にはよく理解できません。本書では、タイトル通りに、小中学校の義務教育からせいぜい高校くらいまでの児童や生徒を対象に勉強ができるようになるには、いわゆる学力の認知能力だけではなく、その学力をつけるために忍耐力などの非認知能力が必要である、と指摘しています。まあ、その通りだと思います。少なくとも、じっと静かに座って一定時間の勉強がこませなければなりません。そして、その論拠として心理学だけではなく経済学でも言及されるマシュマロ・テストのガマン強さを上げています。特に、最近では身の回りに勉強を逃れて遊ぶ道具がいっぱいありますから、そういったいわゆる「誘惑」に屈することなく勉強する意志の強さです。加えて、非認知能力だけではなく、メタ認知能力についても言及しています。すなわち、どのような勉強方法、勉強時刻、などなどが自分にあっているかどうかを見極める能力です。そして、注目すべきなのは、メタ認知能力は別としても、「誘惑」に屈することなく勉強に打ち込む忍耐強さは、学校でも、親からも与えられないのが現実となりつつある点を強調している点です。学校では厳しく叱ることが避けられつつありますし、ましてや、体罰なんてもっての外、というところで、家庭でも「誉めて伸ばす」なんて、本書の著者からすれば「甘やかしている」としか見えないような子どもとの接し方が推奨されていて、厳しく叱って忍耐強い子に育てることが学校でも家庭でもできなくなりつつある、と著者は結論しています。こういった子どもに対する教育法というのは典型的なオープ・クエスチョンであり、すべてのケースに通用する正解というものはありません。本書の見方も、まあ、学力を支えるという意味での非認知能力の重要性は、それはそれとして認めるとしても、ひとつの見方、参考意見として考えるべきかという気はします。でも、年配の人からは支持が多そうな気がします。
次に、ジル・ペイトン・ウォルシュ『ウィンダム図書館の奇妙な事件』と『ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎』(創元推理文庫)を読みました。著者は、英国の小説家であり、児童文学や歴史小説のオーソリティです。たぶん、児童書の『夏の終りに』が日本ではもっとも有名ではないでしょうか。というか、私はそれしか読んだことがありません。しかし、というか、何というか、1993年に発表した『ウィンダム図書館の奇妙な事件』に始まるイモージェン・クワイのシリーズからミステリ作家に転身し、2作目の『ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎』でCWAゴールドダガー賞候補となっています。さらに、1998年にはドロシー L. セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿シリーズの公式続編である Thrones, Dominations を刊行したりしています。シリーズはすべてで4編発表されています。『ウィンダム図書館の奇妙な事件』の英語の原題は The Wyndham Case であり、1993年の出版、また、『ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎』の原題は A Piece of Justice であり、1995年の出版となっています。でも、ともに、本邦初訳だったりします。ということで、小説の舞台は1990年代の英国ケンブリッジです。名門ケンブリッジ大学の貧乏学寮であるセント・アガサ・カレッジの学寮付き保健師をしているのが主人公のイモージェン・クワイということになります。Imogen Quy と綴るそうです。日本でいえば、保健室の保健師さんあたりの存在でしょうか。まず、ミステリデビューを果たした『ウィンダム図書館の奇妙な事件』では、ウィンダム図書館でテーブルの角に頭をぶつけたように見える学生、1年生のフィリップの死体が発見されます。セント・アガサ・カレッジには図書館が2つあって、通常の図書館に加えて、寄贈された稀覯書などを所蔵する私設のウィンダム図書館があり、後者で事件が起こります。事件直後にトイレで泣き叫ぶ女学生がいたり、フィリップのルームメイトのジャックが行方不明になったりします。加えて、稀覯書収集に熱心なワイリー教授のコレクションが1冊消失し、ワイリー教授自身も失踪したりします。主人公のイモージェン・クワイは友人の警察官マイクとともに謎解きを進めます。この作品は少し骨が折れます。時系列をかなり乱れさせてミスリードするからです。でも、立派な本格ミステリだと思います。次に、第2作の『ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎』では、イモージェン・クワイの家に下宿する女子学生院生フランが指導教授からの指示で、数学者の伝記のゴーストライターを務めます。この数学者は、目立った業績は幾何学のパターンに関するたったひとつなのですが、なぜか、すでに3人の前任者が伝記執筆を断念、というか、死亡したり、行方不明になったりしています。それはすべて同じ時期、すなわち、1978年の夏にこの数学者が数日間の夏季休暇を取ったあたりを調査している直後に生じており、そのあたりの謎解きを進めるべく、フランとイモージェンが、マイクの助力も得つつ、この数学者の生涯に関してリサーチします。犯人探しの謎もさることながら、その動機に関する謎解きも秀逸です。最後に、英国のカレッジでは会計士が大学の資産運用を担当するので、「セント・アガサ・カレッジにもケインズ卿のような会計士がいたらよかったのに」、というイモージェン・クワイのモノローグには思わず感心してしまいました。また、本シリーズも登場人物のネーミングが判りやすくて素晴らしいと感じました。何てったって、殺人事件が起こるのがセント・アガサ・カレッジなのです。
次に、青崎有吾ほか『超短編!大どんでん返し』と浅倉秋成ほか『超短編!大どんでん返しSpecial』(小学館文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家などです。各冊ごとに50音順で著者を羅列すると、第1集の『超短編!大どんでん返し』の30名は、青崎有吾、青柳碧人、乾くるみ、井上真偽、上田早夕里、大山誠一郎、乙一、恩田陸、伽古屋圭市、門井慶喜、北村薫、呉勝浩、下村敦史、翔田寛、白井智之、曽根圭介、蘇部健一、日明恩、田丸雅智、辻真先、長岡弘樹、夏川草介、西澤保彦、似鳥鶏、法月綸太郎、葉真中顕、東川篤哉、深緑野分、柳広司、米澤穂信、そして、第2集の『超短編!大どんでん返しSpecial』の34名は、浅倉秋成、麻布競馬場、阿津川辰海、綾崎隼、一穂ミチ、伊吹亜門、伊与原新、小川哲、織守きょうや、加藤シゲアキ、北山猛邦、京橋史織、紺野天龍、佐川恭一、澤村伊智、新川帆立、蝉谷めぐ実、竹本健治、直島翔、七尾与史、野崎まど、乗代雄介、藤崎翔、万城目学、真梨幸子、宮島未奈、桃野雑派、森晶麿、森見登美彦、谷津矢車、結城真一郎、柚月裕子、横関大、芦花公園、ということになります。これだけ多彩な執筆陣ですから、読者から見てきっと好きな作家が含まれていることと思います。逆に、好きではない作家も含まれている可能性も十分あります。また、ミステリ、ホラー、SF、時代小説、恋愛小説、などなど、様々なジャンルで一級品の短編を楽しむことが出来ます。わずかに2000字、文庫本で4ページほどの凝縮された超短編集です。それなのに、タイトル通りに、超短編でありながら最後の最後にどんでん返しが待っています。出版社の謳い文句は「2000字で世界が反転する!」というもので、小説誌「STORY BOX」の人気企画をオリジナル文庫にして出版にこぎつけています。もうこれだけあると、個々の超短編作品のあらすじをすべて紹介するのは難しいのですが、まったくあらすじがないのもどうかという気がしますので、私が印象に残っているのは、第1集では、完璧な密室を作り上げた推理小説家の苦労、第2集では、硬直化した官僚システムを打破するために落語家が公務員試験を作成する、というそれぞれのストーリーが面白かったです、とだけ紹介しておきます。というのも、一応、私は現役の公務員だったころに人事院に併任されて、当時の国家公務員Ⅰ種経済職の試験委員を経験していたりします。もちろん、各短編は完全に独立していますので、バラバラに楽しむことが出来ますし、まあ、ヒマつぶしの読書にはピッタリです。
2024年3月15日 (金)
政府主導の書店振興は成功するか?
先週3月5日の閣議後記者会見で経済産業省の齋藤大臣が、省内に地域の書店の振興に向けたプロジェクトチームを立ち上げ、新たな支援策を検討していくことを明らかにした、とNHKなどで報じられています。続いて、今週3月12日の閣議後会見でも、フランスで導入された本の無料配送を禁止する「反アマゾン法」など海外の取り組みを「研究する価値はある」と語った、と朝日新聞などで報じられています。私自身は本を買うに際して、学術書はもちろん、エンタメの小説なども、何せ1割引きが利きますので勤務校の大学生協で買うケースが極めて多く、ネット書店はほとんど利用しませんが、ネット通販などに押されて街の本屋さんが減っていることも実感しています。
3月10日付けで東京商工リサーチから、「書店」10年間で764社が倒産や廃業で消えたと題したサイトで、「書店」倒産、休廃業・解散、新設法人 社数推移 のグラフが上のように明らかにされています。見れば判りますが、2013年に書店の新設法人が81社あり、倒産と休廃業・解散の合計の75社を上回って、6社の書店の純増があった後、一昨年2022年まで10年近く書店の純減が続いています。果たして、政府主導の書店生き残り策は成功するのでしょうか?
2024年3月14日 (木)
資本蓄積が自動化を進めるなら賃金上昇にはつながらない
アセモグル教授が Capital and Wages と題する全米経済研究所(NBER)のワーキングペーパーを明らかにしています。先日、アセモグル & ジョンソンの『技術革新と不平等の1000年史』(早川書房)を読みましたが、このワーキングペーパーでは、資本蓄積が進んでも短期には賃金を低下させ、長期にも成長率を低下させる、という自動化のパラドックスのような内生的成長モデルを提案しています。引用情報はごくシンプルに以下の通りです。
まず、NBERのサイトからAbstractを引用すると以下の通りです。
Abstract
Does capital accumulation increase labor demand and wages? Neoclassical production functions, where capital and labor are q-complements, ensure that the answer is yes, so long as labor markets are competitive. This result critically depends on the assumption that capital accumulation does not change the technologies being developed and used. I adapt the theory of endogenous technological change to investigate this question when technology also responds to capital accumulation. I show that there are strong parallels between the relationship between capital and wages and existing results on the conditions under which equilibrium factor demands are upward-sloping (e.g., Acemoglu, 2007). Extending this framework, I provide intuitive conditions and simple examples where a greater capital stock leads to lower wages, because it triggers more automation. I then offer an endogenous growth model with a menu of technologies where equilibrium involves choices over both the extent of automation and the rate of growth of labor-augmenting productivity. In this framework, capital accumulation and technological change in the long run are associated with wage growth, but an increase in the saving rate increases the extent of automation, and at first reduces the wage rate and subsequently depresses its long-run growth rate.
要するに、ソロー-スワンらの新古典派成長論では、無条件に生産要素が3以上あるq補完性が満たされるので、資本蓄積が進めば労働需要が増加して賃金が上昇します。しかし、これは技術条件に依存し、資本蓄積に伴って自動化(automation)が進むなら、労働需要の増加と賃金上昇は生じない可能性があります。この論文では技術のメニュー選択が利用可能な内生的成長モデルを提示していて、そこでは、長期的には資本蓄積によって技術革新が賃金上昇をもたらすものの、短期的には賃金低下を導く可能性を示唆しています。論文から Figure 2: Wage dynamics after a permanent increase in the saving rate s at time T を引用すると以下の通り、技術革新のタイプによっては賃金上昇率が下方屈曲する例が示されています。
2024年3月13日 (水)
移民について考える
アレシーナ教授とタベリーニ教授のイタリア人コンビによる移民に関する論文 "The Political Effects of Immigration: Culture or Economics?" が Journal of Economic Literature にアクセプトされて今年2024年3月号に掲載されることになったようです。引用情報は以下の通りです。
まず、アメリカ経済学会のサイトから Abstract を引用すると以下の通りです。
Abstract
We review the growing literature on the political economy of immigration. First, we discuss the effects of immigration on a wide range of political and social outcomes. The existing evidence suggests that immigrants often, but not always, trigger backlash, increasing support for anti-immigrant parties and lowering preferences for redistribution and diversity among natives. Next, we unpack the channels behind the political effects of immigration, distinguishing between economic and noneconomic forces. In examining the mechanisms, we highlight important mediating factors, such as misperceptions, the media, and the conditions under which intergroup contact occurs. We also outline promising avenues for future research.
私はこのジャーナルを購読しておらず、掲載されるバージョンの論文ではない可能性がありますが、全米経済研究所(NBER)で公表されたワーキングペーパーのバージョンで簡単に見ておきたいと思います。
上のグラフはワーキングペーパーから Figure 1. Immigration and Political Polarization in US History を引用しています。米国議会の上院及び下院における政党の2極化と移民の割合がそれなりの相関を持っていることが示唆されています。直感的には、移民シェアのほうが先行していて、上下院の2極化が遅行しているように見えます。でもまあ、相関ですから、移民流入が増加すれば政治経済的な影響が大きくなり、移民に反対する政党と賛成する政党の2極化をもたらす可能性は十分理解できます。
通常、移民に起因する影響といえば、私のようなエコノミストは雇用に関する影響を考えます。一般国民、というか、雇用者のサイドからすれば、職を奪われたり、賃金が低下したり、といったリスクがあります。他方で、雇用する企業のサイドからは、未熟練労働者=低賃金労働の需要は大いに満たされる可能性があります。しかし、当然に非経済的な影響があるわけで、私が我が国への移民受け入れに消極的なのも、主として非経済的な影響を重視するからです。まあ、もうひとつは地理的な要因も無視できません。海を挟んですぐお近くに、日本の人口の10倍を超える世界でも有数の人口大国があるわけで、大挙して移民が我が国に押し寄せれば、経済面だけではなく、文化的あるいは社会的な影響も大きいわけで、どこまで移民を許容すべきなのかを考える必要があります。さらに、第2次安倍政権依頼、国民の間で分断化が進んできているように私は感じていますが、上の引用したグラフのような分断化=2極化の進展の可能性も考慮する必要があります。そうです。こういった学術研究の成果も踏まえて、じっくりと考える必要があると思います。したがって、私は移民の促進にはとっても慎重です。
2024年3月12日 (火)
+0.6%の上昇を記録した2月の企業物価指数(PPI)と自動車品質不正で落ち込んだ法人企業景気予測調査をどう見るか?
本日、日銀から2月の企業物価 (PPI) が、また、財務省から1~3月期の法人企業景気予測調査が、それぞれ公表されています。PPIのヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+0.6%となっています。法人企業景気予測調査のヘッドラインとなる大企業全産業の景況感判断指数(BSI)は足元の今年2024年1~3月期は▲0.0と、小幅にマイナスとなったものの、先行き4~6月期には+2.9、7~9月期には+5.9と、順調に回復すると見込まれています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。
2月の企業物価、0.6%上昇 14カ月ぶりに前月伸び率超え
日銀が12日発表した2月の企業物価指数(速報値、2020年平均=100)は120.3と、前年同月比で0.6%上昇した。1月(0.2%上昇)から伸び率が0.4ポイント上昇し、14カ月ぶりに前月を上回った。政府の電気・ガスの補助制度が一巡したことで前年同月比の上昇率が押し上げられた。
企業物価指数は企業間で取引するモノの価格動向を示す。サービス価格の動向を示す企業向けサービス価格指数とともに今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。企業物価は前年同月比で36カ月連続の上昇で、2月の上昇率は民間予測の中央値(0.5%上昇)より0.1ポイント高かった。公表している515品目のうち400品目が値上がりした。
内訳をみると、飲食料品は前年同月比で4.0%上昇した。即席めんなどで原材料やエネルギーのコストを価格に反映する動きがみられた。石油・石炭製品も7.0%上昇した。ただピーク時に比べると原材料価格の上昇を転嫁する動きがごく一部にとどまったという。
電力・都市ガス・水道は前年同月比21.9%下落したが、1月(27.7%下落)より下げ幅が縮小した。政府が23年2月から実施している電力・ガスの補助制度が一巡して前年同月比を低く抑える効果がなくなった。日銀の試算では、補助制度の反動で企業物価全体の上昇率を1月に比べて約0.6ポイント押し上げたとみられる。
輸入物価は円ベースで前年同月比0.2%上昇した。1月の増減率(マイナス0.1%)を上回り、11カ月ぶりにプラスに転じた。契約通貨ベースではマイナス8.4%だったが、24年2月の円の対ドル相場が1ドル=149円台と、23年2月(1ドル=132円台)より円安にふれたことが影響した。
1-3月の大企業景況感、4期ぶりマイナス 車不正下押し
内閣府と財務省が12日発表した1~3月期の法人企業景気予測調査によると、大企業全産業の景況判断指数(BSI)はマイナス0.02だった。2023年1~3月期以来4四半期ぶりのマイナスとなる。自動車の品質不正問題が響き、関連する業種で景況感が冷え込んだ。4月以降はプラスに転じる見通しだ。
BSIは自社の景況が前の四半期より「上昇」と答えた企業の割合から「下降」の割合を引いた数値。今回の調査は2月15日が回答の基準日となる。23年10~12月期はプラス4.8だった。
大企業のうち製造業がマイナス6.7と23年4~6月期以来3四半期ぶりのマイナスだった。一部メーカーの品質不正による自動車の生産や出荷の停止により、自動車・同付属品製造業がマイナス23.8と23年10~12月期のプラス25.4から大きく下がった。
中国などの海外需要の減少の影響が出た化学工業もマイナス5.5だった。
新型コロナウイルス禍からの経済活動の正常化に伴う人流の増加やインバウンド(訪日外国人客)の回復で、非製造業は6四半期連続でプラスだった。サービス業はプラス6.2だった。
先行きは大企業全産業で4~6月期がプラス2.9、7~9月期はプラス5.9と再びプラスに転じる見通しだ。1~3月期に押し下げた製造業も4~6月期はプラス1.4と回復を見込む。
大企業や中小企業を含めた全産業の23年度の設備投資は前年度比9.3%の増加見込みだった。23年10~12月期の調査時点では11.1%増える見通しだった。
製造業では自動車・同付属品製造業で新製品を製造するための投資や電気自動車(EV)関連投資が増える。電気機械器具製造業でも工場の新設を見込む。非製造業では鉄道事業者の安全関連投資や不動産業での新規物件の取得などが押し上げる。
従業員が「不足気味」と答えた企業の割合から「過剰気味」の割合を引いた従業員数判断指数は大企業の全産業でプラス28.3だった。統計をさかのぼることができる2004年4~6月期以来で最も高かった。3四半期連続で過去最高を更新した。
注目の指標のひとつですから、ついつい長くなりますが、いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。
まず、引用した記事にあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の上昇率は前年同月から+0.5%の上昇と見込まれていましたので、実績の+0.6%はやや上振れした印象かもしれませんが、大きなサプライズはありませんでした。特に、円ベースの輸入物価は昨年2023年4月統計から前年同月比でマイナスに転じ、1時は2桁マイナスでしたが、引用した記事にもあるように、本日公表の2月統計では+0.2%の上昇と、再びプラスに転じています。でも、商品市況の動きというよりは為替の円安進行による価格上昇という面が強いとされています。本日公表の企業物価指数(PPI)にはサービスが含まれませんが、他方で、企業向けサービス価格指数(SPPI)は昨年2023年8月から直近の今年2024年1月統計まで5か月連続で前年同月比+2%台を記録しています。資源高などに起因する輸入物価の上昇から国内物価への波及が、同時に、モノからサービスの価格上昇がインフレの主役となる局面に入る可能性がある、と私は考えています。したがって、日米金利差にもとづく円安の是正については、最近では1ドル150円弱の水準で安定していることも事実であり、経済政策として取り組む必要性や緊急性はそれほど大きくなくなった、と考えるべきです。逆に、円高を材料として株価が急落したりしているのも見逃せません。物価に戻れば、消費者物価への反映も進んでいますし、企業間ではある意味で順調に価格転嫁が進んでいるという見方も成り立ちます。まあ、この程度の日銀目標のラインに沿った物価上昇ながら、そもそも物価上昇にまだ慣れていない向きには「迷惑」だという見方も否定はしません。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇・下落率で少し詳しく見ると、引用した記事にもある通り、電力・都市ガス・水道が▲21.9%と大きな下落ながら、下落幅は縮小しています。農林水産物もとうとう先月1月統計から下落に転じ、本日公表の2月統計では▲0.8%を記録しています。他方、相輪水産物を主たる原料にしているとはいえ、飲食料品は+4.0%の高い上昇率が続いています。ほかに、窯業・土石製品+10.5%、石油・石炭製品+7.0%、パルプ・紙・同製品+5.3%、繊維製品+4.9%、生産用機器+4.6%、業務用機器+4.2%、などが高い上昇率を示しています。ただ、ここで上げたカテゴリーをはじめとして多くの品目でジワジワと上昇率が低下してきています。もちろん、上昇率が鈍化しても、あるいは、マイナスに転じたとしても、価格水準としては高止まりしているわけですし、しばらくは国内での価格転嫁が進むでしょうから、決して物価による国民生活へのダメージを軽視することはできません。特に、繰り返しになりますが、農林水産物の価格上昇はストップしたものの、農産物を原料とする飲食料品についてはまだ高い上昇率を続けています。生活に不可欠な品目ですので、政策的な対応は必要かと思いますが、エネルギーのように石油元売会社や電力会社のような大企業に対して選別的に補助金を交付するよりは、消費税率の引下げとかで市場メカニズムを活かしつつ、国民向けに普遍的な政策を取る方が望ましい、と私は考えています。
続いて、法人企業景気予測調査のうち大企業の景況判断BSIのグラフは以下の通りです。重なって少し見にくいかもしれませんが、赤と水色の折れ線の色分けは凡例の通り、濃い赤のラインが実績で、水色のラインが先行き予測です。影をつけた部分は、企業物価(PPI)と同じで、景気後退期を示しています。ということで、自動車の品質不正問題が響いて、BSIは足元の2024年1~3月期に瞬間風速で小さなマイナスを付けたものの、次期の4~6月期には+2.9、その次の7~9月期には+5.9と、順調に回復する見通しが示されています。また、引用した記事にもあるように、雇用人員は引き続き大きな「不足気味」超を示しており、設備投資計画は今年度2023年度に全産業で+9.3%増が見込まれています。前回調査の+11.1%増からやや下振れしたとはいえ、法人企業統計に現れているように、ようやく計画が現実化する兆しが見え始めていますので、今年度から来年度2024年度にかけての設備投資には期待していいのではないかと思います。
2024年3月11日 (月)
プラス成長に上方修正された2023年10-12月期GDP統計速報2次QEをどう見るか?
本日、内閣府から昨年2023年10~12月期のGDP統計速報2次QEが公表されています。季節調整済みの前期比成長率は+0.1%、前期比年率で+0.4%と2四半期振りのプラス成長を記録しています。なお、GDPデフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+3.9%に達し、5四半期連続のプラスとなっています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。
23年10-12月GDP上方修正、年率0.4%増 プラス成長に
内閣府が11日発表した2023年10~12月期の国内総生産(GDP)改定値は物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.1%増、年率換算で0.4%増だった。それぞれ0.1%減、0.4%減だった速報値を上方修正し、プラス成長となった。企業の設備投資が大きく上振れした。
QUICKが事前にまとめた実質GDPの民間予測の中心値は前期比0.3%増、年率で1.1%増だった。プラス成長は23年4~6月期以来、2四半期ぶりとなる。
成長率への年率の寄与度は内需がマイナス0.2ポイント、外需がプラス0.6ポイントだった。速報値はそれぞれマイナス1.1ポイント、プラス0.7ポイントで内需の押し下げ幅が縮まり、全体を押し上げた。
設備投資の上振れがプラス成長への転換をけん引した。速報値の前期比0.1%減から2.0%増に上方修正した。3四半期ぶりのプラスとなる。
財務省が4日に公表した23年10~12月期の法人企業統計では、金融・保険業を除く設備投資がソフトウエア込みで季節調整後に前期比10.4%伸びた。自動車や半導体関連の生産体制強化や非製造業のソフトウエア投資が押し上げた。
GDPの過半を占める個人消費は速報値の前期比0.2%減から0.3%減に引き下げた。エアコンや水産関連の加工食品が下押しし、3四半期連続でマイナスのままだった。暖冬で冬物衣料も振るわず、新型コロナウイルス禍からの経済回復の一服で外食も伸び悩んだ。
品目別に見ると、家電などの耐久財は速報値の前期比6.4%増から6.1%増に伸びを縮めた。食料品などの非耐久財は0.3%減から0.5%減に下げ幅が広がった。
民間在庫の前期比の寄与度は速報値のマイナス0.0ポイントからマイナス0.1ポイントに下押し幅が拡大した。在庫を取り崩す動きが速報値の想定よりも大きかった。鉄道や航空機といった輸送用機械、船舶、生産用機械で取り崩しが進んだ。
住宅投資は前期比1.0%減で、速報値から横ばいだった。
公共投資は前期比0.8%減だった。建設総合統計の結果などを反映し、速報値の0.7%減からマイナス幅が拡大した。政府最終消費支出も前期比0.2%減と速報値の0.1%減から引き下げた。
輸出は前期比で2.6%増、輸入は1.7%増でいずれも横ばいだった。
名目成長率は速報値の前期比0.3%増、年率で1.2%増から、それぞれ0.5%増、2.1%増に引き上げた。設備投資が前期比で2.9%増と速報値の0.7%増から上振れした。
23年暦年の成長率は実質が前年比1.9%増、名目が5.7%増でいずれも速報値から横ばいだった。
いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事となっています。次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、内閣府のリンク先からお願いします。
です。正確な計数は自己責任で最初にお示しした需要項目 | 2022/10-12 | 2023/1-3 | 2023/4-6 | 2022/7-9 | 2023/10-12 | |
1次QE | 2次QE | |||||
国内総生産 (GDP) | +0.4 | +1.0 | +1.0 | ▲0.8 | ▲0.1 | +0.1 |
民間消費 | +0.2 | +0.8 | ▲0.7 | ▲0.3 | ▲0.2 | ▲0.3 |
民間住宅 | +0.7 | +0.3 | +1.8 | ▲0.6 | ▲1.0 | ▲1.0 |
民間設備 | ▲1.3 | +2.0 | ▲1.4 | ▲0.1 | ▲0.1 | +2.0 |
民間在庫 * | (▲0.1) | (+0.5) | (▲0.1) | (▲0.6) | (▲0.0) | (▲0.1) |
公的需要 | +0.9 | +0.4 | +0.2 | +0.0 | ▲0.2 | ▲0.3 |
内需寄与度 * | (+0.0) | (+1.44) | (▲0.7) | (▲0.8) | (▲0.3) | (▲0.1) |
外需寄与度 * | (+0.4) | (▲0.4) | (+1.7) | (▲0.0) | (+0.2) | (+0.2) |
輸出 | +1.4 | ▲3.5 | +3.8 | +0.9 | +2.6 | +2.6 |
輸入 | ▲0.8 | ▲1.6 | ▲3.6 | +1.0 | +1.7 | +1.7 |
国内総所得 (GDI) | +0.8 | +1.6 | +1.7 | ▲0.5 | ▲0.2 | +0.1 |
国民総所得 (GNI) | +1.4 | +0.3 | +2.1 | ▲0.6 | +0.0 | +0.2 |
名目GDP | +1.8 | +2.2 | +2.6 | ▲0.0 | +0.3 | +0.5 |
雇用者報酬 | +0.1 | ▲1.5 | +0.3 | ▲1.0 | +0.1 | +0.1 |
GDPデフレータ | +1.4 | +2.3 | +3.7 | +5.2 | +3.8 | +3.9 |
内需デフレータ | +3.6 | +3.2 | +2.7 | +2.5 | +2.0 | +2.1 |
上のテーブルに加えて、いつもの需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された10~12月期の最新データでは、前期比成長率がわずかながらプラス成長を示し、水色の設備投資と黒い外需のプラス寄与のほかは、GDPの需要項目のいろんなコンポーネントが小幅にプラス寄与しているのが見て取れます。
まず、予想通りに1次QEから上方修正されて、プラス成長の結果が示されています。すでに、1週間前の3月4日の法人企業統計で設備投資の数字が明らかにされていましたので、GDP統計でも設備投資が大きく上振れすることは十分に予想されていて、プラス成長に転じた点についてはまったくサプライズはありませんでした。しかし、引用した記事の2パラめにあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは季節調整済みの系列で前期比+0.3%、前期比年率+1.1%でしたので、これから見るとやや下振れした印象すらあります。国内と海外に分けると、先月の1次QEの際には国内需要の寄与が▲0.3%、純輸出の寄与が+0.2%で合わせるとマイナス成長という結果でした。本日公表の2次QEでは、純輸出の寄与度+0.2%か1次QEから変わらない一方で、設備創始の上振れなどにより国内需要の寄与度が▲0.1%にマイナス幅を縮小させ、合わせたGDP成長率がプラスになっています。ですので、内需がまだ不足しているという見方を変更する必要はありません。設備投資が上振れしても、消費を中心とした内需は弱いままなわけです。何といっても、消費はGDPの過半を占めている需要項目なのですが、まったく盛り上がりを見せていません。消費低迷の大きな要因は、何といってもインフレ=物価上昇であり、実質所得が伸び悩んでいるのですから、消費が低迷するのは当然です。
設備投資については、底流には人口減少過程に入った日本経済の人手不足があり、加えて、今春闘で相応の賃上げがなされるとすれば、経済合理性からして人的資本に代替する設備投資の増加は、今後とも、緩やかに継続すると私は見込んでいます。問題は最大のGDPコンポーネントである消費です。今までは、食料品やエネルギーなどの国内生産が追いつかない基礎的な消費物資、ないし、消費物資の原材料が円高により低コストで輸入できていましたので、国内ではインフレにもならず、賃金水準が低いままでも国民生活が成り立っていました。しかし、2022年2月のウクライナ戦争から商品価格の上昇と円安がダブルで消費、すなわち、国民生活にダメージを与えています。ですので、一部の経済学の専門知識ない論者から円高誘導を求める意見が出ていたのも、一定の理由があった可能性は私も認めます。ただ、商品価格の上昇と円安に対する根本的な処方箋は所得の増加、すなわち、賃上げです。しかしながら、賃金調整には時間がかかります。特に日本の場合、調整時間が長いことから、一時的なりとも政策的な措置、典型的には消費税率の引下げが必要と私は考えていましたが、現在の政府の国民生活を顧みない「棄民政策」のために、逆に、電力会社や石油元売りに対する補助金という世界でも例を見ない大企業優先政策が取られています。実に驚くべきことです。
現在の岸田内閣の支持率が低いのには、当然の理由があります。能登半島を見れば、現政権の「棄民政策」が明確に理解できます。それでも選挙で政権交代が図られず、現在の与党が政権に居座り続けるのであれば、何らかの市民的な抵抗運動が生じる可能性を本日のGDP統計をはじめとする経済統計の公表ごとに見る思いがしてなりません。
2024年3月10日 (日)
2024年3月 9日 (土)
今週の読書は経済書3冊に加えてミステリ1冊の計4冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、安中進『貧困の計量政治経済史』(岩波書店)は明治後期から戦前期くらいの日本の貧困を税不納や娘の身売りなどの統計を用いて歴史的な計量分析を試みています。寺井公子 & アミハイ・グレーザー & 宮里尚三『高齢化の経済学』(有斐閣)は、高齢化が進むと教育への公費負担やインフラ整備にマイナスの影響が出るのではないか、という仮説を検証しています。山重慎二[編著]『日本の社会保障システムの持続可能性』(中央経済社)は、内閣府経済社会総合研究所の国際共同研究の一環で、社会保障システムの強靭性(レジリエンス)に付いて分析しています。一本木透『あなたに心はありますか?』(小学館)は、人工知能(AI)の軍事利用について考えさせられる社会派ミステリです。なお、これら4冊の新刊書読書のほかに、エンタメの既刊書読書としてスティーブヴン・キングのミステリ3部作、すなわち、『ミスター・メルセデス』、『ファインダーズ・キーパーズ』、『任務の終わり』の各上下巻計6冊を文春文庫で読みました。これは本日の新刊書読書のレビューではなく、Facebookでシェアしています。
ということで、今年の新刊書読書は1~2月に46冊、3月に入って先週7冊の後、今週ポストする4冊を合わせて57冊となります。今週のブログに取り上げたものについては、順次、Facebookなどでシェアする予定です。
まず、安中進『貧困の計量政治経済史』(岩波書店)を読みました。著者は、弘前大学の研究者です。本書は、政治経済史とタイトルにあるように、通常の経済書よりはかなり長いタイムスパンで分析を実施しています。といっても、経済ですので通常は近代、すなわち、産業革命以降くらいを対象にするのが暗黙の前提であり、本書では1880年代から1900年前後からが分析対象となります。もちろん、西洋経済史であれば1700年代後半くらいからの分析も少なくありません。その上で、本書では貧困が大きなテーマですので、なぜか、直接的に所得をターゲットにするのではなく、貧困の表れである3点、すなわち、身代限を含む税不納、自殺、娘の身売り、乳児死亡を数量的に分析しようと試みています。デイタは本書でTSCS=Time Series Cross Sectionと命名しているデータなのですが、フツーの経済学であればパネルデータ、さらに、本書では府県別のデータですので、マクロパネルデータといっているものだと思います。私が知る限りはこういう呼び方は初めてです。学問分野が異なれば名称も違ってくる可能性がありますが、普通にパネルデータを分析するソフトウェアとして有名なSTATAでは「パネルデータ」を使っています。たぶん、STATAは経済学と医学の分野でもっとも使われているソフトウェアでしょうから、その他の学問分野では異なるソフトウェアで異なるデータ名称なのかもしれません。それはさておき、通常理解されるパネルデータ分析、明治期から昭和初期までの府県のパネルデータを用いています。まず、破産や税の不納、あるいは、身代限と呼ばれる差押えについては、本書の計量分析の結果として、松方デフレ期に米価と強い相関を示しています。1885年までの松方デフレは増発され続けた紙幣整理を目的とし、米価をはじめとする諸物価を強烈に引き下げて、これが身代限を含む税の不納、特に当時は地租でしたので土地関連税の不納を激増させた、と結論しています。極めて常識的な結論だろうと思います。続いて、自殺についても、警視庁の統計を用いて、松方デフレ期の経済状況が原因との結論を得ています。ただ、土地関連の税不納が及ぼす影響も無視できないとしています。バブル崩壊後の日本でも1990年代後半、特に、1997年の金融危機後に自殺が激増したのは記憶に新しいところです。逆に、待った起源大臣には心当たりがないのが娘の身売りです。その昔は、女性に限らず男性の奉公などもあったのですが、特に注目を集めたのが昭和恐慌からの娘の身売りです。他方、この時期には近代経済の萌芽として製糸工業や鉄道敷設が始まり、鉄道の普及が後進的であるとみなされている北海道や東北地方では娘の身売りに正の相関がある可能性が示唆されています。そして、製糸業は農家の現金収入を増加させた一方で、需要や価格の変動を通じて農家経済が世界と連動してしまう可能性もあり、製糸業の繭生産が減少すると娘の身売りが増加するという関係も見られます。最後に、乳児死亡については、日本というより世界のパネルデータを分析しており、民主化が長期的に乳児死亡率を低下させる結果が示されています。最後に、基本的に常識的な結果が示されていると私は考えていますが、ややデータの扱いが不明な部分があります。サンプル数がやや小さい気がするのでGMM分析にはムリがあるとしても、特に、ダイナミックパネルの分析がなされておらず、短期と長期の分析をもう少し掘り下げて欲しい気がします。
次に、寺井公子 & アミハイ・グレーザー & 宮里尚三『高齢化の経済学』(有斐閣)を読みました。著者たちは、それぞれ、慶應義塾大学、カリフォルニア大学アーバイン校、日本大学の研究者です。本書は、この3人の著者が英語で書いた The Political Economy of Population Aging: Japan and the United States を基にしています。ただし、単純な邦訳ではないようです。本書も日本では都道府県別、米国も州別くらいのパネルデータ、マクロパネルデータを用いた分析を行っています。仮説として分析対象としているのは次の3点です。すなわち、高齢化により、高齢者の利益促進、あるいは、長期的な政策課題に対して否定的な作用があるのではないか、ということで、第1に、高齢化により教育への政府支出にネガティブな影響があるのではないか、これは人的資本への投資が過小になるリスクといえます。第2に、インフラへの政府支出へのネガティブな影響です。これは物的資本への投資が過小になるリスクです。そして最後に第3に、企業誘致やそれに基礎を置く雇用促進に不熱心で、法人税率の引下げや最低賃金の上昇に関心が低い、ということになります。これらにの3点については、内生性も考慮して操作変数法も活用しつつ、まあ、何と申しましょうかで、少なくとも日本については常識的な結果が示されています。高齢者比率が高いと中央及び地方政府の教育費支出が低くなり、同時に、インフラへの支出も低水準となります。ただ、最低賃金については引上げに対する高齢者の高いサポートがあります。これは、本書でも指摘しているように、定年を過ぎた高齢者が最低賃金で雇用されるケースが日本では非常に多くなっている、という現状の雇用・賃金を背景にしています。ただ、これらの政策志向の分析結果の結論に関しては、私はそもそも疑問があります。すなわち、医療費はもちろん、年金財政も今やほぼほぼすべての国で、日本はもちろん、賦課方式になっていて、現役世代の所得増加は医療保険料や年金保険料の上昇を通じて引退世代=高齢者にも裨益します。すなわち、勤労世代と引退世代の利害は正の相関を有しているのではないか、と私は考えています。政策あるいは財政的なリソースが、特に日本では希少性高く限定的であり、ゼロサム的な配分が前提されているのではないか、そ前提は正しいのだろうか、という疑問です。その点がやや忘れられている気がします。その代わりに、経済学の前提となる超合理的な利己主義ばかりではなく、利他主義を混入させたりするのはどうか、という気がします。もうひとつの疑問は、人的資本やインフラへの投資に影響を及ぼすのは、高齢化比率という水準なのか、あるいは、高齢化比率の変化、加速度なのか、という点にも疑問を感じます。ただ、たぶん、本書で前提しているような高齢者比率のレベルなのだろう、という気はします。1980年代くらいには日本では高齢者比率がまだ低かった一方で、高齢化のスピードはやたらと速かった時期があります。その経験を考えると、高齢者比率が問題であって、高齢化のスピードではないのだろうという点は理解できます。そして、3点めは、本書でもそれなりに考慮されているように、ティボーのいう「足による投票」です。日本の都道府県別、米国の州別のパネルデータ分析ですから、政治的意向を示すのに通常の投票行動、すなわち、自分の政策志向に合致する候補者に投票するだけではなく、都道府県、あるいは州をまたいで、自分の政策志向に合致する地方政府のある都道府県ないし州に移動する、という行為がありえます。少なくとも国境を越える移動よりはコストが小さいことは明らかです。この行為のことを「足による投票」(Voting with the Feet)といいます。ただ、本書では何ら言及されていないのですが、米国というのはこのモビリティが他国と比較してメチャメチャ高い点は指摘しておきたいと思います。大西洋岸の東海岸から、あの広大な国土を横断して太平洋岸の西海岸まで達したわけですから、米国民のモビリティの高さは飛び抜けていると考えるべきです。この「足による投票」に関して、日本と米国を一律に扱うべきかどうかには私は疑問があります。最後になりますが、そうはいっても、極めて常識的な高齢化の影響をフォーマルな定量分析によって確認した、という意味で本書の価値は十分だろうと思います。
次に、山重慎二『日本の社会保障システムの持続可能性』(中央経済社)を読みました。著者は、一橋大学の研究者であり、本書は内閣府経済社会総合研究所(ESRI)における国際共同研究の成果を一般向けにも判りやすく、という趣旨で取りまとめたものです。ですから、かなり本格的な数量分析も引用したりしていますが、かなり本格的な内容hが理解しやすくなっています。英語の学術論文で読みたい向きには内閣府のサイトにpdfでアップロードされています。ということで、本書は3部構成であり、医療と介護の強靭化、家族と労働力の強靭化、子育て世帯の強靭化から成っています。私はハッキリいって「強靭化」なんていう用語は決して好きでもないし、使いたくもないのですが、ここではどうもresikience の邦訳語として当てているようです。序章と終章を別にして8章あり、繰り返しになりますが、3部構成を取っています。本書の基本的な問題意識のひとつは、医療や介護などの社会保障におけるリソースの不足です。リソースとしては財源と人材が考えられています。ですから、財源だけを必要とする年金についてはほぼほぼ無視されています。と同時に、医療や介護といったほかの社会保障関連の施策についても財源はかなり軽視されている印象です。ですので、リソースの観点はついつい人材に向けられることになっています。その上で、医療については医師の働き方改革がホントに実施されるとどうなるか、そして、何よりも介護の人材確保の取組み、育児についても家庭での子育てに加えて保育園の人材確保などが検討対象となっています。いくつか興味深い結果を私なりに整理すると、まず、昨今の物価上昇の中での社会保障人材の待遇改善なのですが、特に介護職員については、女性の非正規職員として考えれば、介護職に対しては競合職と比較して10~20%の賃金プレミアムが発生していると計測結果が示されています。やや信じがたい結果だと私は受け止めています。その一方で、経済学の理論に反して、賃金率が上昇すれば労働時間が減少するという既存研究が引用されていて、意地の悪い見方をすれば、介護職員に対してはすでに十分なお給料を払っていて、お給料を上げると労働時間が減ってしまう可能性すらある、という政府の立場を強烈に示しているのか、とすら思ってしまいます。直感的には国民一般の理解は得られない可能性があります。それから、少子化対策として重要な役割を果たすことが期待されている保育園の保育費用についても、やや疑問を感じます。従来から、保育費用の効果は欧州と米国で異なっていて、保育費用に対する補助金を増額すると、米国では母親の就業率が高まる一方で、欧州、特に北欧などではすでに十分な補助金が交付されている上に、もともとが女性の就業率が高いので、それほど大きな効果がない、というのは事実です。そして、本書の研究では日本における保育費用の引上げについては、大きな変化をもたらすわけではない、と結論しています。その理由が振るっていて、日本では保育園に漏れる可能性がある、というか、ほかの先進国に比較して漏れる可能性が高く、しかも、その次の年度にチャレンジするための基礎的な条件とされる場合もあり、すなわち、前年度保育園に落ちると次年度に保育園に「当たる」確率が増すなど、保育料金と大きな関係なく保育園に申し込んでいる可能性がある、という理由で保育費用を補助金により引き下げる効果が小さい可能性を示唆しています。どうも本末転倒な議論が展開されているように感じます。また、「東京都保育士実態調査」を用いて、すでに離職した潜在保育士の留保賃金を計算していますが、現役保育士の約3倍という結果が示されていて、やや非現実的な試算結果だと感じるのは私だけではないと思います。いずれにせよ、経済学的な分析ですので基礎となるモデルの設定により、試算結果や結論が大きく変わる可能性があるのは私も認識しています。例えば、本書でも指摘しているように、女性の労働参加率と出生率の間に正の相関があるのか、それとも負の相関があるのか、これはモデルの設定により違いが生じます。でも、本書の結論を見て、政府がEBPMを進めています、といわれるのには少し疑問を感じてしまいます。政策決定はしばしばオープン・クエスチョンになりますから、その昔は、どこかで決まった結論にあわせて理屈をつけていたのですが、現在ではmキチンとしたエビデンスに根拠を置くような政策決定が模索されています。この動きが進むことを願っています。
次に、一本木透『あなたに心はありますか?』(小学館)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、前作の『だから殺せなかった』で第27回鮎川哲也賞優秀賞を受賞して、新聞記者から作家デビューを果たしています。本作では、人工知能(AI)をモチーフとして、まず、AIに人間のような「心」があるかどうか、次に、AIの軍事利用についてどう考えるか、を考えさせる社会派ミステリです。ということで、主人公は東央大学工学部特任教授の胡桃沢宙太です。交通事故で妻と子供を失い、自分自身も障害を負って車椅子生活を送っています。なお、東央大学は国立大学のトップ校ということですので、東京大学がイメージされているのだと思います。主人公の胡桃沢は盟友の二ツ木教授と産学官共同の巨大研究開発プロジェクトを立ち上げ、助教や研究員などとともに巨大企業も巻き込んでAIに心を持たせる研究をしています。その研究プロジェクトの一環となる講演会のパネルディスカッションで胡桃沢のほかに登壇した4人の研究者のうち、まず一番年配の研究者が壇上で倒れて死亡します。そして、メールで残る3人の研究者の殺害予告が届きます。胡桃沢自身は最後の4人目と予告されています。同時に、東央大学工学部の内部でのAI開発の主導権争いが始まります。断固としてAIの軍事利用を拒否する胡桃沢-二ツ木の研究室に対して、政府の要望や企業の意向に沿ってAI軍事利用を進めようという他の研究室へのデータや資金の移管が画策され、軍需品製造企業のトップも研究室に乗り込んできたりします。そして、予告された連続殺人はどうなるのか、といったミステリとしての進行に加えて、AIの軍事利用に歯止めはかけられるのか、といった政治経済社会的な動向もスリリングに展開します。頭の回転が鈍くて察しの悪い私なんかは、ラストの結末には驚愕しました。レビューの最後に、小説に対するコメントとしてはどうかという気もしますが、AIに「心」があるかどうかは「心」の定義次第だと私は考えています。その上で、私が考える「心」の定義は共感力です。少し脱線すると、その意味で、貴志祐介『悪の教典』の蓮美なんかは心がない、ということになりますし、ほかのホラー小説そのたに登場する人物で共感力のない登場人物はいっぱいいます。そして、共感力のひとつの形、人によっては最高の形というかもしれませんが、それは愛情だと考えています。脱線の最後に、私はホントの意味で「心」があるかどうかは別にして、少なくとも賢い人間やよく教育を施されたAIは、十分に心があるふりをすることが出来る、と考えています。ですから、AIに心があるように振る舞えるようにすることが出来る以上、AIに心があるかどうかの議論、あるいか、AIに心をもたせることが出来るような研究、というのは、まったく意味がないと見なしています。
2024年3月 8日 (金)
自動車の不正問題の影響で急落した1月の景気動向指数のほか景気ウォッチャーと経常収支
本日、内閣府から1月の景気動向指数と2月の景気ウォッチャーが、また、財務省から1月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気動向指数のCI先行指数は前月から▲0.6ポイント下降の109.9を示し、CI一致指数も▲5.8ポイント下降の110.2を記録しています。CI一致指数の下降は2か月ぶりです。景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から+1.2ポイント上昇の50.7となった一方で、先行き判断DIは▲0.3ポイント低下の49.1を記録しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+4382億円の黒字を計上しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから報道を引用すると以下の通りです。
景気「足踏み」に下方修正 1月の動向指数、車不正響く
内閣府が8日発表した1月の景気動向指数(CI、2020年=100)の速報値は、足元の経済状況を示す一致指数が前月比5.8ポイント低下の110.2だった。ダイハツ工業などの品質不正問題が響き、2カ月ぶりに低下した。景気の基調判断は「足踏みを示している」に引き下げた。
判断の下方修正は22年12月以来、1年1カ月ぶりとなる。一致指数を構成する10項目のうち、集計済みの8項目すべてが押し下げ要因となった。
ダイハツ工業と豊田自動織機の不正問題による生産や出荷の停止で、鉱工業生産指数や鉱工業用生産財出荷指数、耐久消費財出荷指数が下がった。乗用車やトラックの生産、エンジンなど車関連部品の出荷が減った。
投資財出荷指数は、蒸気タービンなどの減少で低下した。輸出数量指数も下がった。米国と欧州連合(EU)向けが減り、全体を下押しした。
2~3カ月後の景気を示す先行指数は前月比0.6ポイント低下の109.9と、2カ月ぶりに下がった。直近3カ月平均は前月より0.27ポイント高い109.7で、2カ月連続で上向いた。
2月街角景気、先行き上向く 賃上げ期待で4カ月連続上昇
内閣府が8日発表した2月の景気ウオッチャー調査によると2~3カ月後の景気を聞いた先行き判断指数(DI、季節調整値)が0.5ポイント上昇の53.0だった。4カ月連続で上がった。春季労使交渉(春闘)での賃上げを支えに消費マインドが上向くことを期待する声が上がった。
指数は23年5月以来9カ月ぶりの高い水準となる。分野別でみると家計、企業で上昇した。南関東の百貨店は「株価の上昇や春闘での賃上げが多くの業種で進み、消費への機運がさらに高まれば少しずつ良くなる」とみる。
連合は7日、傘下の労働組合の賃上げ要求が4日正午時点で平均5.85%と1994年以来30年ぶりに5%台だったと発表した。先行きで賃上げによる所得環境の改善が消費を支える期待が高まる。
インバウンド(訪日外国人)の増加や観光需要の回復なども押し上げた。中国地方の都市型ホテルからは「春の観光シーズンを迎え、予約状況が好調だ」との声が上がった。
人流の回復を支えに3カ月前と比べた現状判断指数は1.1ポイント上昇し、51.3だった。2カ月ぶりに上がった。
もっとも物価上昇は継続しており、消費マインドを下押しする。四国の一般小売店は「節約志向のなか、客は食料品以外の購入を控えている」とみる。
家計に関する統計の動きはさえない。総務省が8日発表した1月の家計調査では、2人以上世帯の消費支出が実質で前年同月比6.3%減った。下げ幅は23年12月の2.5%マイナスから拡大した。
ダイハツ工業などの認証不正により生産や出荷が停止した影響で自動車購入が減った。物価高で食料や住居などへの支出も落ち込んだ。
経常黒字、1月は4382億円 資源高一服で輸入減
財務省が8日発表した2024年1月の国際収支統計(速報)によると、海外とのモノやサービスなどの取引状況を示す経常収支は4382億円の黒字となった。資源高が一服して貿易赤字が縮小した。訪日客の増加で旅行収支が過去最大の黒字となったことも寄与した。
経常収支は輸出から輸入を差し引く貿易収支や、旅行収支を含むサービス収支、海外投資に伴う利子や配当の収支を示す第1次所得収支などで構成する。経常収支の黒字は12カ月連続。前年同月は2兆136億円の赤字だった。
貿易収支は1兆4427億円の赤字で、赤字額は前年同月から54.5%縮んだ。輸入額は8兆7830億円で12.1%減った。資源価格の下落が主因だ。石炭は前年同月比43.2%減、液化天然ガス(LNG)は28.7%の減少だった。
輸出額は7兆3403億円で7.6%の増加だった。自動車や半導体製造装置などで増えた。23年は中国の春節(旧正月)の連休が1月だったのに対し、24年は2月で、2月の国際収支統計で輸出額などに影響が生じる可能性がある。
サービス収支は5211億円の赤字だった。前年同月から赤字幅が27.4%縮小した。このうち訪日外国人の消費額から日本人が海外で使った金額を引いた旅行収支は4159億円の黒字だった。単月の黒字額として過去最大となった。
海外からの利子や配当の収入を示す第1次所得収支は2兆8516億円の黒字で29.6%伸びた。海外の金利上昇で債券利子の受け取りが増えた。季節調整値で見た経常収支は2兆7275億円の黒字で前月から50.7%の増加だった。
とてつもなく長くなりましたが、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。
1月統計のCI一致指数については、2か月ぶりの下降となりました。3か月後方移動平均の前月差でも▲1.90ポイントの下降となり、加えて、7か月後方移動平均でも▲0.88ポイント下降と、当月、3か月と7か月の両方の後方移動平均とも前月差がマイナスを記録しています。引用した記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「足踏み」に下方修正しています。先月には「改善」でしたので、明確に1ノッチの下方修正です。「改善」から「足踏み」に下方修正する場合には、3か月後方移動平均が前月差でマイナスになるだけではなく、マイナス幅が1標準偏差以上になるという判断基準となっています。ただ、私の直感では、報道にもあるように、ダイハツ工業や豊田自動織機などの自動車関連の不正問題による生産や出荷の停止といった経済外要因の影響が大きく、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そうすぐには景気後退入はしない可能性が高い、と考えています。もちろん、景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありません。なお、CI一致指数を構成する系列を詳しく見ると、▲1%を超える大きなマイナス寄与を示した系列が4項目もあります。すなわち、鉱工業用生産財出荷指数▲1.25ポイント、生産指数(鉱工業)▲1.23ポイント、耐久消費財出荷指数▲1.18ポイント、投資財出荷指数(除輸送機械)▲1.12ポイント、となっています。これらに加えて、輸出数量指数も▲0.61ポイントと大きなマイナス寄与を示しています。
続いて、景気ウォッチャーのグラフは上の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。現状判断DIは、昨年2023年年末11~12月から50を超える水準が続いて、今年2024年に入っても1月統計52.5、本日公表の2月統計では前月から+0.5ポイント上昇して53.0を記録しています。長期的に平均すれば50を上回ることが少ない指標ですので、この50を超える水準は決して低くない点には注意が必要です。2月統計で上昇した主因は企業動向関連です。家計動向関連が前月から+0.2ポイント上昇にとどまった一方で、企業動向関連は+2.0ポイントの上昇となっています。製造業も非製造業も、ともに前月から上昇しています。統計作成官庁である内閣府では基調判断を「緩やかな回復基調が続いているものの、一服感がみられる」で据え置いています。また、内閣府のリポートの中の近畿の景気判断理由の概要の中から家計同行関連の現状判断の理由を見ると、「バレンタイン商戦は好調であったほか、リニューアルオープンしたレストランを中心に、好調に推移している。また、インバウンドも春節に伴う観光客の増加で好調となり、来客数の増加と売上の拡大につながっている(百貨店)。」といった見方がある一方で、「暖冬の影響もあり、給湯器やエアコンの動きが悪い(家電量販店)」といった意見も見られます。ハードデータの生産などが自動車の不正問題で大きく落ち込んだ一方で、ソフトデータのマインド指標は堅調に推移している印象です。
続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは経常黒字は+3300億円を超えるということでしたので、実績の+4382億円はやや上振れした印象です。2011年3月の東日本大震災と福島第一原発の影響を脱したと考えられる2015年以降で経常赤字を記録したのは、季節調整済みの系列で見て、昨年2022年10月統計▲3419億円だけです。もちろん、ウクライナ戦争後の資源価格の上昇が大きな要因です。ですから、経常黒字の水準はウクライナ戦争の前の状態に戻っていますし、たとえ赤字であっても経常収支についてもなんら悲観する必要はなく、資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常赤字や貿易赤字は何の問題もない、と私は考えていますので、付け加えておきます。
最後に、目を米国に転じると、米国労働省から2月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は+275千人増と USA Today のニュースで私が見た Bloomberg survey の+200千人増を上回った一方で、失業率は前月から+0.2%ポイント上昇して3.9%を記録しています。それぞれのグラフは上の通りです。この統計公表前ながら、米国連邦準備制度理事会(FED)のパウエル議長は、3月6日の上院における議会証言で "The labor market remains relatively tight, but supply and demand conditions have continued to come into better balance." と発言し、雇用の加熱感の正常化に自信を示しています。私のような楽観的なエコノミストは、+2%のインフレ目標の達成にはやや時間がかかる可能性が残るものの、失業率が急上昇して景気後退に陥るリスクはほぼなくなり、米国経済はソフトランディングのパスに乗っている、と考えています。
2024年3月 7日 (木)
2次QEで成長率は上方修正され2023年10-12月期はプラス成長か?
今週の法人企業統計をはじめとして、必要な統計がほぼ出そろって、明週3月11日に昨年2023年10~12月期GDP統計速報2次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる2次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である昨年2023年10~12月期ではなく、足元の1~3月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。ただ、いつもの通りの2次QE予想ですので、法人企業統計オマケの扱いも少なくありません。いずれにせよ、詳細な情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。
機関名 | 実質GDP成長率 (前期比年率) | ヘッドライン |
内閣府1次QE | ▲0.1% (▲0.4%) | n.a. |
日本総研 | +0.4% (+1.5%) | 2023年10~12月期の実質GDP(1次QE)は、設備投資が大幅に上方改定される見込み。この結果、成長率は前期比年率+1.5%(前期比+0.4%)と、1次QE(前期比年率▲0.4%、前期比▲0.1%)のマイナス成長から上方改定されると予想。 |
大和総研 | +0.4% (+1.7%) | 2023年10-12月期GDP2次速報(QE)(3月11日公表予定)では実質GDP成長率が前期比年率+1.7%と、1次速報(同▲0.4%)から上方修正されると予想する。主因は設備投資(前期比+1.9%)であり、伸び率は同+2.0%pt上方修正される見込みだ。民間在庫は前期比寄与度+0.1%ptへと上方修正され、1次速報段階で仮置きされていた仕掛品在庫や原材料在庫が寄与するだろう。 |
みずほリサーチ&テクノロジーズ | +0.2% (+0.7%) | 1~3月期も経済活動は停滞が続き、現時点でゼロ成長を予測している。サービス輸出の反動減が見込まれることに加え、欧米を中心とした海外経済の減速が外需の重石になるほか、国内で生じた一時的な要因による下押しも重なることが経済活動を抑制するだろう。 (略) 内需についても低調な推移が続く見通しだ。当面の個人消費は、株価上昇等に伴う消費者マインドの改善が好材料となるも、実質賃金の前年比マイナス幅の縮小ペースが緩やかな中で、基調として力強い回復は期待できないだろう(消費者物価指数の前年比については、2月に政府の電気・ガス代価格抑制策による押し下げ寄与が剥落することで+3%近傍まで再び上昇率が高まるとみられる点に留意が必要である)。1月の小売業販売(みずほリサーチ&テクノロジーズによる実質ベースの季節調整値)は10~12月平均対比で▲1.2%と引き続き弱含んでいるほか、JCB/ナウキャスト「JCB 消費 NOW」の1月の消費総合指数(みずほリサーチ&テクノロジーズによる実質ベースの季節調整値)をみても10~12月平均対比で▲0.7%と減少している。後述の一部自動車メーカーの生産停止等による一時的な影響も含まれており、その影響を除いてみれば物価上昇率の鈍化を受けて衣料品や食料品等を中心に持ち直しの動きが出ているものの、全体としてみれば1~3月期の個人消費は低迷が続くとみている。設備投資も、前述した既往の資材価格高騰や供給制約が引き続き下押し要因となることで増加ペースが抑制されるだろう。先行指標である機械受注(船舶・電力を除く民需)をみると、10~12月期は前期比で▲1.0%と3期連続で減少しており、製造業を中心に機械投資が伸び悩んでいることを示唆している。資材価格の高騰一服や半導体関連産業の在庫調整の進展等を背景に、先行きの設備投資は回復基調で推移するとみているが、1~3月期時点では大幅な増加は期待しにくいだろう。 |
ニッセイ基礎研 | +0.3% (+1.1%) | 3/4公表予定の23年10-12月期GDP2次速報では、実質GDPが前期比0.3%(前期比年率1.1%)となり、1次速報の前期比▲0.1%(前期比年率▲0.4%)から上方修正されると予想する。 |
第一生命経済研 | +0.2% (+0.9%) | 24年1-3月期にマイナス成長が予想されている点も懸念される。23年10-12月期のGDPを一時的に押し上げたサービス輸出において、大口要因の剥落が生じることが下押し要因となることに加え、大手自動車メーカーによる大幅減産も、関連産業を巻き込んで悪影響を与えるだろう。内需の回復が限定的なものにとどまるなか、こうした下押し要因をカバーすることは難しい。23年10-12月期は2次速報でプラス成長転化が予想されるが、24年1-3月期は再びマイナス成長となる可能性が高い。 |
伊藤忠総研 | +0.5% (+1.8%) | 2024年1~3月期については、再び前期比でマイナス成長となる可能性はあるが、そのマイナス幅は10~12月月期のプラス幅を上回るものではないとみられ、景気が回復基調を取り戻しつつあるという判断は変わらない。 |
三菱UFJリサーチ&コンサルティング | +0.4% (+1.4%) | 3月11日に内閣府から公表される2023年10~12月期の実質GDP成長率(2次速報値)は、前期比+0.3%(前期比年率換算+1.0%)と1次速報値の前期比-0.1%(年率換算-0.4%)から上方修正され、プラス成長に転じる見込みである。もっとも、個人消費が弱含んでいるなど基調として内需の低迷は続いており、景気が足踏み状態にあることに変わりはない。 |
三菱総研 | +0.4% (+1.8%) | 2023年10-12月期の実質GDP成長率は、季調済前期比+0.4%(年率+1.8%)と、1次速報値(同▲0.1%(年率▲0.4%))から上方修正を予測する。 |
明治安田総研 | +0.2% (+0.9%) | 先行きに関しては、物価のピークアウトと今年度を上回る春闘の賃上げに伴い、実質賃金が2024年後半以降プラス転換することが、個人消費を下支えするとみる。もっとも、実質賃金がプラス圏に浮上しても、平均的な伸びは1%を大きく下回って推移するとみられ、個人消費の回復ペースは緩やかなものにとどまると予想する。設備投資は、足元の各種先行指標は冴えないものの、デジタル・脱炭素関連の投資は多少の業績の振れにかかわらず継続的な支出が必要な分野であることから、向こう1~2年というタームでは、均せば回復傾向が続くと予想する。輸出は、堅調なインバウンド需要が一定程度下支えになる一方、中国景気の停滞や欧米景気の減速に伴い、しばらくは低迷が予想される。これらを踏まえると、景気は全体として力強さを欠く推移が続く可能性が高い。 |
見れば明らかなように、2023年10~12月期のGDP統計速報1次QEはマイナス成長だったのですが、2次QEでは上方改定されプラス成長となる見込みが示されています。その要因は今週月曜日の3月4日に公表された法人企業統計の示された設備投資であり、季節調整済みの系列の前期比年率で見て、1次QEの▲0.4%減から、2次QEでは+1%を上回るプラス成長に上方修正されると考えているシンクタンクが少なくありません。ただ、今年2024年1~3月期についてはマイナス成長を見込むインクタンクが多くなっています。私の直感では昨年2023年10~12月期の成長率を高く見込んでいるシンクタンクほど、今年2024年1~3月期の成長率を反動もあって低く見ているように受け止めています。1~3月期の特記すべき動きとして、能登半島地震の影響は私自身も小さいと感じていますが、ダイハツの操業停止は下請けも含めて一定のインパクトあった可能性が否定できません。加えて、春闘前の賃金水準でインフレには追いつかず、特に、2月には政府の「電気・ガス価格激変緩和対策事業」が終了し、全国ベースで▲0.5%近くあった物価押下げ効果が剥落します。ですので、今週3月5日に公表された東京都区部の2月中旬の消費者物価上昇率は、生鮮食品を除くコアCPIの前年同月比上昇率で見て、1月の+1.8%から2月には+2.6%に再加速しています。私も1~3月期の実質成長率はゼロ近傍と見込んでいますし、引き続き、低調な経済が続くと考えるべきです。ただ、物は考えよう、というか、何というか、伊藤忠総研のように、10~12月期のプラス成長を超えるようなマイナス成長ではないので、景気回復は継続している、という見方も成り立ちます。いずれにせよ、春以降の景気動向には春闘での賃上げがどうなるかにかかってくる可能性が大きいと私は考えています。
最後に、みずほリサーチ&テクノロジーズのリポートから 2023年10~12月期GDP(2次速報)予測 のグラフを引用すると以下の通りです。
2024年3月 6日 (水)
明後日3月8日は国際女性デー
明後日今週金曜日の3月8日は国際女性デー International Women's Day 2024 です。今年のテーマは 'Inspire Inclusion' となっています。これにあわせて、世銀から Women, Business and the Law 2024 と題するリポートが公表されています。広く知れ渡っている通り、平均寿命などのごく一部の健康や教育の指標を別にすれば、特に、政治・経済分野では我が日本の男女平等は先進国の中ではもっとも遅れているわけで、私は経済分野だけでも男女平等が画期的に進展すれば成長率がずいぶんと底上げされると考えているのですが、一応、簡単に日本の現状をカントリーノートで見ておきたいと思います。
カントリーノートのスコア表は上の通りです。見れば判る通り、10の指標、すなわち、Safety; Mobility; Workplace; Pay; Marriage; Parenthood; Childcare; Entrepren eurship; Assets; Pension から構成されていて、それぞれは100点満点で評価され、3分野、すなわち、legal frameworks のスコアが 72.5、supportive frameworks のスコアは 67.5、expert opinions のスコアも 67.5 となっています。朝日新聞の記事「女性の法的保護、日本は73位 DVやセクハラ巡り未整備 世界銀行発表」に従えば、法的保護=legal frameworks のスコア 72.5 は世界190か国中の73位だそうです。
リポート から p.68 FIGURE 3.2 | SUB-SAHARAN AFRICA AND THE MIDDLE EAST AND NORTH AFRICA HAVE THE LARGEST GAPS IN WBL 2.0 LEGAL FRAMEWORKS SCORES, EXCEEDING 60 POINTS を引用したのが上のグラフなのですが、法的保護=legal frameworks のスコア 72.5 は先進国の中では最低ですし、カントリーノートでも、"higher than the global average (64.2) and lower than the High income: OECD regional average (84.9)" と評価されています。他の2分野、すなわち、女性支援=supportive frameworks も 専門家評価=expert opinions も、我が国のスコアは途上国や新興国を含む世界平均を上回っている一方で、経済協力開発機構(OECD)加盟の先進国の平均を下回っています。
私は1980年代の前半に大学を卒業して官庁で働き始め、1980年代後半のバブル経済のあだ花を経て1990年代初頭にバブルが崩壊し、その後、日本経済がほかの先進国に次々に劣後していくのを見てきました。今世紀に入って、GDP規模で中国に抜かれたのは仕方ないと感じる国民が多かった一方で、昨年2023年にはドイツにも再逆転されたのは、それなりに大きく報じられて瞠目したビジネスパーソンも少なくなかったと私は受け止めています。このまま男女格差を抱えて日本経済は沈んでゆくのでしょうか?
2024年3月 5日 (火)
米国の最低賃金引上げの経済効果やいかに?
先週金曜日3月1日付けで、みずほリサーチ&テクノロジーズから「米国: 最低賃金引き上げの経済効果」と題するリポートが明らかにされています。今年2024年から州別の最低賃金が22州で引き上げられ、今年の個人消費を70億ドル押し上げる効果がある、と試算しています。リポートからいくつかグラフを引用しつつ簡単に取り上げておきたいと思います。
まず、リポートにあるように、米国では公正労働基準法に基づいて連邦政府が設定する連邦最低賃金があるのですが、2009年から時給7.25ドルで据え置かれたままとなっており、実体的には各州政府の定める最低賃金が適用されているケースが多くなっています。というのは、連邦政府の最低賃金と州政府が独自に定めている最低賃が異なる場合、高い方が適用されるからです。州政府の最低賃金は2010年以降も多くの州で継続的に引き上げられてきており、今年2024年1月1日には22州が引き上げを実施し、就業者数で加重平均した各州の最低賃金は時給で11.28ドルに達しています。リポートから 最低賃金引上げの影響を受ける労働者数 のグラフを引用すると以下の通りです。
従来から、ミクロ経済学的な経済分析では、最低賃金の引上げは雇用の増加にはつながらない、すなわち、賃金水準は労働の限界生産性に従って決まっていて、その賃金水準を政府が規制して最低賃金を設定すると、その最低賃金より低い生産性しか持たない労働者が雇用されなくなり、そのため、政府による最低賃金の設定は雇用には悪影響を及ぼす、とされてきました。実証的に確かめられている研究成果も少なくありません。しかし、近年では、最低賃金の引上げが消費拡大の効果を持ち、所得の増加はもちろん、消費の増加をもたらし、ついでに、債務まで増加させる結果が示されたりしていますし、特に非耐久消費財への支出が増加する、といった研究成果もあります。
みずほリサーチ&テクノロジーズでは全米50州のパネルデータに基づく消費関数を推計し、固定効果モデルにより 最低賃金引き上げによる消費の押し上げ効果 を推計しています。そのグラフをリポートから引用すると上の通りです。推計結果は引用しませんが、州最低賃金の増加が個人消費を押し上げる正の効果が認められ、統計的有意性も十分のようです。推計された係数に従えば、最低賃金が実質で+1%の引き上げられると、約+0.029%ポイントの個人消費への押上げ効果があることが示唆されています。そして、上のグラフに要約されているように、昨年2023年に実施された前年比+6.7%の最低賃金引上げは+84億ドル、今年2024年の+6.7%の最低賃金引上げは+70億ドルのそれぞれの消費拡大効果があったと試算しています。
日本でも最低賃金は都道府県別に設定されており、最近時点では徐々に引き上げられていますが、米国の先に上げた11.28ドルを1ドル150円で換算した1690円余りには遠く及びません。例えば、もっとも最低賃金が高く設定されている東京でも時給1113円ですし、関西2府4県で時給1000円を超えているのは京阪神の3府県にとどまります。最低賃金の消費拡大効果が実証的に示されているわけですから、政府は最低賃金の大幅な引上げを早期に実施すべき、と私は考えています。
2024年3月 4日 (月)
設備投資が大きく伸びた2023年10-12月期の法人企業統計をどう見るか?
本日、財務省から昨年2023年10~12月期の法人企業統計が公表されています。統計のヘッドラインは、季節調整していない原系列の統計で、売上高は前年同期比+4.2%増の388兆2060億円だったものの、経常利益は+13.0%増の25兆2754億円に上っています。そして、設備投資は+16.4%増の14兆4823億円の大幅増を記録しています。季節調整済みの系列で見ても原系列の統計と同じ基調であり、GDP統計の基礎となる設備投資については前期比+10.4%増となっています。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。
設備投資16.4%増、10-12月 自動車や半導体で生産強化
財務省が4日発表した2023年10~12月期の法人企業統計によると、全産業(金融・保険業を除く)のソフトウエアを含む設備投資は14兆4823億円で、前年同期と比べて16.4%増えた。自動車や半導体関連の業種で、生産体制を強化する動きが相次いだ。
設備投資は製造業、非製造業とも前年同期より増えた。全産業の設備投資額は10~12月期として過去最高だった。季節調整済みの前期比では10.4%伸びた。
経常利益は前年同期比13.0%増の25兆2754億円だった。利益額は10~12月期として過去最高を更新した。
設備投資は製造業で20.6%伸びた。半導体や電子部品などを製造する情報通信機械が65.8%、自動車などの輸送用機械も30.2%それぞれ増加した。製造ラインの拡張や新しい生産拠点の整備など生産体制強化のための投資が増えた。
非製造業は14.2%高まった。情報通信業は39.8%増で全体を押し上げた。新たな基地局の整備といったネットワーク関連設備の増強が続いた。鉄道や航空機などの新型輸送用機材の導入があった運輸業や郵便業は28.0%増となった。
法人企業統計の四半期ごとの結果を基に計算すると、23年4~12月期の設備投資は前年同期比8.4%高まった。財務省と内閣府が23年12月に公表した法人企業景気予測調査では23年度の全産業の設備投資が前年度比11.1%増える見込みだ。
経常利益を業種別にみると、製造業が19.9%増えた。供給制約の緩和による増産が進んだ輸送用機械が80.7%の増益を確保した。
非製造業も9.5%の増益だった。宿泊や飲食などのサービス業が38.1%プラスとなった。新型コロナウイルス禍からの回復に加えて価格転嫁が進んだことが影響した。発電燃料価格の下落により電気業も増益に転じた。
売上高は4.2%増の388兆2060億円となった。製造業では輸送用機械だけでなく、価格転嫁が進んだ食料品が18.9%の増収だった。
財務省の担当者は「景気が緩やかに回復している状況を反映した」と説明した。先行きに関し、中国など海外景気の下振れや物価上昇の影響を注視したいと述べた。
いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、法人企業統計のヘッドラインに当たる売上高と経常利益と設備投資をプロットしたのが下のグラフです。色分けは凡例の通りです。ただし、グラフは季節調整済みの系列をプロットしています。季節調整していない原系列で記述された引用記事と少し印象が異なるかもしれません。影を付けた部分は景気後退期となっています。
ということで、法人企業統計の結果について、引き続き、企業業績は好調を維持しており、まさに、それがこのところの株価に反映されているわけで、東証平均株価については報じられている通りです。ただ、他方で、株価はもちろん、法人企業統計の売上高や営業利益・経常利益などはすべて名目値で計測されていますので、物価上昇による水増しを含んでいる点は忘れるべきではありません。ですので、数量ベースの増産や設備投資増などにどこまで支えられているかは、現時点では明らかではありません。来週のGDP統計速報2次QEを待つ必要があります。もうひとつ私の目についたのは、設備投資の急拡大です。上のグラフのうちの下のパネルでも跳ねているのが見て取れます。季節調整済みの系列の前期比で見て、製造業と非製造業を合わせた全産業で+10.4%増、うち製造業が+11.7%増、非製造業が+9.6%とともに大きく伸びています。企業業績に比べて設備投資が出遅れているという印象は前々からありましたし、特に、日銀短観や日本政策投資銀行の調査などによる設備投資計画とGDP統計の差が大きいと感じていましたが、ここに来て昨年2023年10~12月期で一気に取り返す動きが始まったのかもしれません。というのも、少し前までは物価上昇のひとつの現象で資材価格の高騰があり、加えて、人手不足も深刻であったことから、設備投資計画を先送りする動きも見られましたが、昨年2023年5月にコロナの分類変更がありましたし、昨年後半ないし10~12月期くらいから設備投資については計画と進捗の差が大きく縮小し始めた可能性があります。
続いて、上のグラフは私の方で擬似的に試算した労働分配率及び設備投資とキャッシュフローの比率、さらに、利益剰余金、最後の4枚目は人件費と経常利益をそれぞれプロットしています。労働分配率は分子が人件費、分母は経常利益と人件費と減価償却費の和です。特別損益は無視しています。また、キャッシュフローは法人に対する実効税率を50%と仮置きして経常利益の半分と減価償却費の和でキャッシュフローを算出した上で、このキャッシュフローを分母に、分子はいうまでもなく設備投資そのものです。人件費と経常利益も額そのものです。利益剰余金を除いて、原系列の統計と後方4四半期移動平均をともにプロットしています。見れば明らかなんですが、コロナ禍を経て労働分配率が大きく低下を示しています。もう少し長い目で見れば、デフレに入るあたりの1990年代後半からほぼ一貫して労働分配率が低下を続けています。いろんな仮定を置いていますので評価は単純ではありませんが、デフレに入ったあたりの1990年代後半と比べて、▲20%ポイント近く労働分配率が低下していると考えるべきです。名目GDPが約550兆円として100兆円ほど労働者から企業に移転があった可能性が示唆されています。設備投資/キャッシュフロー比率も底ばいを続けています。ただ、設備投資が10~12月期のペースでこのまま上向けば、景気拡大にもつながる可能性があります。他方で、ストック指標なので評価に注意が必要とはいえ、利益剰余金は伸びを高めています。また、4枚めのパネルにあるように、デフレに陥った1990年代後半から人件費が長らく停滞する中で、経常利益は過去最高水準を更新し続けています。勤労者の賃金が上がらない中で、企業業績だけが伸びて株価が上昇するのが、ホントに国民にとって望ましい社会なのか、どうか、キチンと議論すべき段階に入っているように私は考えています。
最後に、本日の法人企業統計などを受けて、来週3月11日に内閣府から昨年2023年10~12月期のGDP統計速報2次QEが公表されます。1次QEでは前期比マイナス成長でしたが、本日公表の法人企業統計を受けた設備投資の上方修正などにより、2次QEではプラス成長に上方改定されるものと私は予想しています。シンクタンクなどの2次QE予想については、日を改めて取り上げる予定です。
2024年3月 3日 (日)
オープン戦で負け続ける阪神タイガース
一 | 二 | 三 | 四 | 五 | 六 | 七 | 八 | 九 | R | H | E | ||
阪 神 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 5 | 8 | 0 | |
日本ハム | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 5 | 0 | x | 6 | 7 | 0 |
阪神タイガース、オープン戦負け続け5連敗です。
打線は上向きに見えます。今日は1番に入った森下選手に当たりが出始めましたし、不動の4番打者大山選手やミエセス選手もしっかり打点を稼いでいます。今日は、佐藤輝選手にヒットは出ませんでしたが、昨日まではいい状態を維持しているように報じられています。投手陣については、先発の才木投手はいいピッチングで4回無失点に抑えます。ドラ2の椎葉投手は1イニング1失点でしたが、6回にキャッチャーが坂本捕手から藤田捕手に交代すると、7回には及川投手が打ち込まれて5失点です。投げる方の及川投手の問題なのか、受ける方の藤田捕手の問題なのか、シロートの私にはサッパリ判りませんが、7回は急にフォアボールを連発した上に打たれ出した印象です。昨日は、岡田監督が榮枝捕手を酷評したと報道されていますが、今日はいかがなのでしょうか。一応、榮枝捕手は私の勤務校のOBですので応援しています。
今季も連覇目指して、
がんばれタイガース!
退職記念講義の動画
いよいよ、今月末で人生2度めの定年退職を迎えます。1月31日、退職記念講義に臨んだところ、以下はその動画です。テーマは「日本の財政赤字と公的債務をどう考えるか?」です。じつは、スライドにいくつかミスタイプがあり、訂正をお願いしているところですが、取りあえずポストしておきます。1時間近くしゃべっています。
講義の基になった研究成果の紀要論文へのリンクは以下の通りです。
2024年3月 2日 (土)
今週の読書は話題の『技術革新と不平等の1000年史』ほか計7冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ダロン・アセモグル & サイモン・ジョンソン『技術革新と不平等の1000年史』上下(早川書房)では、技術革新に基づく生産性向上が必ずしも生活の改善にはつながらず不平等が拡大する歴史をひも解いています。水野敬三[編著]『地域活性化の経済分析』(中央経済社)は、限られたリソースをどのように地域活性化に活用するかをゲーム論などを用いて分析しています。太田愛『未明の砦』(角川書店)は、巨大自動車メーカーの非正規工員4人が労働組合を結成して待遇改善を求める姿とを共謀罪を適用して取り締まろうとする権力や企業サイドの対決を描き出しています。宮部みゆき『ぼんぼん彩句』(角川書店)は、短い17文字の俳句に詠まれた背景を小説にする俳句文学を目指す短編小説集です。天祢涼『あの子の殺人計画』(文春文庫)は、児童虐待などの社会的な背景ある殺人事件を取り上げた社会派ミステリです。町田尚子『どすこいみいちゃんパンやさん』(ほるぷ出版)は、大きなミケネコのみいちゃんがパンを作ってお店を開店する絵本です。
ということで、今年の新刊書読書は先週までの1~月に46冊、3月第1週の今日ポストする7冊を合わせて53冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。また、ついでながら、天祢涼『あの子の殺人計画』(文春文庫)のシリーズ前作『希望が死んだ夜に』も読みましたが、新刊書ではないので本日のブログには取り上げずに、Facebookですでにシェアしてあります。
まず、ダロン・アセモグル & サイモン・ジョンソン『技術革新と不平等の1000年史』上下(早川書房)を読みました。著者は、ともに米国のエコノミストです。アセモグル教授はそのうちにノーベル経済学賞を取るんではないか、とウワサされていますし、ジョンソン教授は国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストも務めています。英語の原題は Power and Progress であり、2023年の出版です。ということで、実に巧みに邦訳タイトルがつけられています。まあ、Progress が技術革新に当たっていて、Power の方が権力者による不平等の基礎、ということになるんだろうと思います。ものすごく浩瀚な資料を引いていて、さすがに、私も所属している経済学の業界でも優秀な知性を誇る2人の著者の水準の高さが伺えます。ただ、いろいろと傍証を引きつつも、結論は極めてシンプルです。すなわち、経済が発展成長する素である技術革新、イノベーションは生産性を向上させ、もちろん、生産高を増大させることは当然で、これを著者たちは「生産性バンドワゴン」と読んでいますが、こういった生産性向上が自動的に国民生活を豊かにするわけではなく、その利益を受けるのはエリート層であって、決して平等に分かち与えられるわけではない、ということです。特に、現在のような民主主義体制になる前の権威主義的なシステムの下では、生産性の向上により労働が楽になったり、短くなったりするとは限らず、逆に、労働がより強度高く収奪されてきた例がいくつか上げられています。例えば、中世欧州では農業技術の改良によって飛躍的な増産がもたらされましたが、人工の大きな部分を占める農民には何の利益もなく、むしろ農作業の強度が増していたりしましたし、人新世の画期となる英国の産業革命の後でも、技術進歩の成果を享受したのはほんの一握りの人々であり、工場法が成立するまでの約100年間、大多数の国民には労働時間の延長、仕事の上での自律性の低下、児童労働の拡大、それどころか、実質所得の停滞や減少すら経験させられていました。こういった歴史的事実を詳細に調べ上げた後、当然、著者2人は現時点でのシンギュラリティ目前の人工知能(AI)に目を向けます。すなわち、ビジネスにおいては、AIを活用して大量のデータを収集・利用して売上拡大や収益強化を図る一方で、政府もまた同じ手法で市民の監視を強化しようとしていたりするわけです。国民すべてに利益が及ぶように、テクノロジーを正しく用いて、社会的な不平等の進行を正すには、ガルブレイス的な対抗勢力が必須なのですが、組織率の長期的低下に現れているように労働組合は弱体化し、市民運動も盛り上がっていません。先進国ですら民主主義は形骸化し、国民の声が政治や経済に反映されることが少なくなっていると感じている人は多いのではないでしょうか。それでは、こういったテクノロジーの方向に対処する方法がないのか、という技術悲観論、大昔のラッダイト運動のようなテクノ・ペシミズムに著者たちは立っていません。かといって、技術楽観論=テクノ・オプティミズムでもありません。日本の電機業界が典型だったのですが、生産性の向上が達成されると雇用者を削減する方向ばかりでしたが、逆に労働者を増やす方向に転換すべきであると本書では主張しています。その典型例を教育に求めています。もちろん、エコノミストらしく税制についても自動化を進めつつ労働者を増やすようなシステム目指して分析しています。アセモグル教授は、かつて『自由の命運』で「狭い回廊」という概念を導き出していましたし、この著作でもご同様な困難がつきまとう気がしますが、企業に対する適切な規制や税制をはじめとする政策的な誘導、そして、何よりも、そういった技術を自動化とそれに基づく労働者の削減に向けるのではなく、テクノロジーを雇用拡大の方向に結びつける政策を支持するような民主主義に期待したいと思うのは私もまったく同じです。
次に、水野敬三[編著]『地域活性化の経済分析』(中央経済社)を読みました。編者は、関西学院大学の研究者であり、本書は関西学院大学産研叢書のシリーズとして発行されています。地域経済の観点から、本書では限られた財政資源、人的資源、観光向けの社会的あるいは自然資源などのリソースを活用し、どういったシステム設計が可能なのか、についてゲーム論などを援用しつつ分析を進めています。まず、本書は2部構成であり、前半は地域経済の活性化、後半は地域サービズの活性化、をそれぞれテーマとしています。前半では、地方のインフラを始めとする社会資本整備について、いわゆるPPP(Public Private Partnershipp)を活かした社会資本整備について、地方政府に任せ切るのではなく中央政府の仲介機能を活用する、などの政策提言を行っています。また、公企業の役割については、民業圧迫を批判されることもありますから、民業補完と民業配慮について民業と官業=公企業の2企業の複占を考え、シュタッケルベルク的な反応とクールノー的な反応から分析を進め、短期では民業補完と民業配慮のどちらも社会厚生を上昇させる一方で、長期には公企業の民業配慮は社会厚生を悪化させる可能性があると結論しています。前半の部の最後には、雇用と就業のミスマッチについて、山形県庄内地方のケースを分析しています。後半のサービス経済の分析の部では、観光資源管理について富山県の立山黒部アルペンルート、また、兵庫県の城崎温泉に関して理論モデルによる分析、すなわち、コモンプール財の外部性を回避する方法につきゲーム論で分析しています。観光客の移動経路については、山形県酒田市のアンケート調査データなどを基に、ネットワーク分析を試みています。また、地域サービスとの関連が私には十分理解できなかったのですが、季節性インフルエンザのワクチン接種に関する公費助成の効率的な水準に関してゲーム理論からの分析を試みています。最後の章では結婚支援サービスの効果に関して理論分析を試みています。基本的に、ほぼほぼすべてマイクロな経済分析であり、ゲーム論を援用した分析も少なくありません。ですから、実証分析ではなく理論モデルの分析が主になっています。ただ、城崎温泉などをはじめとして、実際の地方経済分析の現場に即した理論モデル構築がなされている一方で、理論モデルそのものも明らかに地域経済分析のフレームワークを超えて一般性あるものではないかと私は受け止めています。私自身は東京で官庁エコノミストとして定年まで長らく働いていましたので、地域経済の現実はそれほど身近に接してきたわけではありませんし、本書のようなマイクロな理論モデル分析ではなく、マクロの実証分析を主たる活動分野としてきましたが、唯一の査読論文は長崎大学に出向していた際の長崎経済分析でしたし、関西に引越してからの我と我が身を振り返って、もう少し地域経済についても考えるべきではないか、と感じています。
次に、太田愛『未明の砦』(角川書店)を読みました。著者は、シナリオライターが本業かもしれませんが、いくつか秀逸なミステリも書いていたりする脚本家・作家です。私は、探偵事務所の鑓水などが主人公となっている『犯罪者』、『幻夏』、『天上の葦』の社会派の三部作を読んだ記憶があります。本書と同じで、いずれも角川書店からの出版です。ということで、本書も社会派色が強くなっています。主人公は、日本を代表する大手自動車メーカーで働く非正規工員4人、すなわち、矢上達也、脇隼人、秋山宏典、泉原順平です。本書冒頭のプロローグでは、この4人が日本で初めて共謀罪で逮捕されようとしているシーンから始まります。本編では、この主人公4人が会社の正規社員である組長に誘われて、千葉県笛ヶ浜で夏休みを過ごすところから時系列的なストーリーが始まります。4人が労働組合を結成して巨大資本の自動車メーカーに対抗しようとし、御用組合に加入している正社員から差別され、様々な不利益をこうむります。かなりの長編ですので、この巨大資本の自動車メーカーの工場労働者とともに、経営トップも登場します。会社名と経営トップの名前が共通していますから、明らかにトヨタを意識したネーミングだと考えるべきです。もちろん、この自動車メーカーを巡って、与党政治家、キャリア官僚、そして、所轄の公安警察官、さらに、「週刊真実」なるネーミングで、いかにも「週刊文春」を想像させるような週刊誌のジャーナリストも登場します。作者の視点はあくまでも非正規労働者や彼らを支援する労働組合ユニオンの関係者に優しく、経営者、キャリア官僚、与党政治家などには批判的なまなざしが向けられます。過去に私が読んでいる同じ作者の小説に比べて、それほどスリリングな場面が多いわけではなく、自動車工場における労働の実態がかなり誇張され、ここまで死者が出るのも異常だろうと思わないでもありませんが、日本経済のもっとも基礎的、エッセンシャルな部分を構成する人々についてはよく描写されている気がしました。巨大資本には対抗するすべがなく、単に企業の言い分を受け入れるだけの存在から、自覚的で社会や、その前に自分の境遇をよくしようと考える方向に変わっていく様子が実に感動的に、決して現実的とは思えませんが、とっても感動的に描写されていました。その昔であれば、抑圧されたプロレタリアートが蜂起して革命を起こす、ということになるのかもしれませんが、今ではその選択肢は極めて限定的な気もします。最後に2点指摘しておきたいと思います。第1に、与党政治家が登場するのですから、野党政治家の活躍も何とか盛り込めなかったものか、という気がします。主人公の4人をサポートするのが労働組合関係者だけ、というのは、小説として少し視野が狭い気がしてなりません。もう少しジャーナリストのご活躍もあってよかったのでは、という気もします。あまりにもサポートが少なすぎる印象があります。ただし、労働関係の場合、私のような大学教員はそれほど出る幕はないかもしれません。他方で、ミャンマーのクーデタなどは大学教員もしゃしゃり出たりします。同僚教員の推測によれば、私はミャンマー軍政政府のブラックリストに入っている可能性が高いそうです。第2に、本書は小説であり、しかも、第1の点で指摘したように、救いの道が労働組合に限定されていますから、市民運動とのバランスを取るためにも、エリカ・チェノウェス『市民的抵抗』(白水社)をオススメします。チェノウェス教授は、非暴力の自覚的な市民抵抗者が人口の3.5%まで増加すれば社会は変わる、という研究成果を実証的に示した米国ハーバード大学の研究者です。昨年2023年10月末に、私はFacebookでこの本のブックレビューをポストしています。
次に、宮部みゆき『ぼんぼん彩句』(角川書店)を読みました。著者は、日本でも有数の販売を誇っているであろう小説家であり、本書は俳句小説と銘打った新しい試みだそうです。短編集であり、俳句の17文字をタイトルに取って、以下の12編が収録されています。なお、短編タイトルの後のカッコ内の人名、というか、俳号はタイトルの俳句の作者となっています。好きな作者の作品ですし、かなりていねいに読んだので長くなります。まず、「枯れ向日葵呼んで振り向く奴がいる」(よし子)では、婚約解消した女性が主人公となります。婚約解消した相手の男性は二股をかけていて、もう1人の女性が妊娠したため婚約を解消したところです。バス代1800円の「長旅」をして市民公園に着き、そこにある熱帯植物園には向日葵がいっぱいでした。続いて、「鋏利し庭の鶏頭刎ね尽くす」(薄露)では、離婚する女性が主人公となります。主人公の女性は司法書士の高給取りですが、男性の方は15才の時に交通事故死したみっちゃんが忘れられず、妹をはじめとして家族ぐるみで思い出を共有しています。男性は、そのみっちゃんが描いた未完成の鶏頭の絵を形見のように、今もって大事にしていますが、実はみっちゃんが鶏頭を描いたのは別の理由からでした。続いて、「プレゼントコートマフラームートンブーツ」(若好)では、ハンドメイドを趣味とする男性が小学生の息子とともに、土地の神様が宿る大きな銀杏に住むリスを題材にクリスマスプレゼントの作成を始めます。そこに、男性に騙されたらしい女性がやって来ます。続いて、「散ることは実るためなり桃の花」(客過)では、すでに結婚した娘を持つ女性が主人公です。その娘の結婚相手が、司法試験に挑戦しながら働きもせず、善良を信じ過ぎる娘を騙しているようにしか見えず、他の女性との浮気すら許容しています。続いて、「異国より訪れし婿墓洗う」(衿香)では、やや近未来的でSFのような設定です。再生細胞が広範に医療に利用されるようになり、寿命が100歳を軽く超えるようになった日本で、主人公の女性の娘は国際結婚をして外国ぐらしをしていましたが、お盆の亡夫の墓参りに帰国します。続いて、「月隠るついさっきまで人だった」(独言)では、のんびりした姉としっかりものの5歳違いの妹の姉妹が主人公です。姉に彼氏ができたのですが、トンデモなタイプの男性で、祖母の葬式の名古屋まで追いかけて、ナイフを振り回したりします。続いて、「窓際のゴーヤカーテン実は二つ」(今望)では、アラフォーで子供のいない夫婦が主人公です。南西向きの部屋が暑いのでゴーヤをカーテン代わりに植えたところ、真冬になっても実がなったままで枯れそうにもありません。不妊治療に奇跡をもたらすゴーヤの実に使えるのではないかと夫がいいだしたりします。続いて、「山降りる旅駅ごとに花ひらき」(灰酒)では、家族の中の「黒い羊」のようなパッとしない次女、しかも、母親似の美貌の長女と次女に挟まれて、父親似の次女が主人公です。祖父の遺言状の確認のために温泉宿に一族が集まり、遺言状ではまたまたパッとしない腕時計を譲られますが、その宿の女将から重大な祖父の秘密を知らされます。続いて、「薄闇や苔むす墓石に蜥蜴の子」(石杖)では、小学生が主人公で、引越し先の裏山を探検しているとトカゲが走り去り、追いかけるうちにキラリと光る虫眼鏡を発見して、交番に届けたところ大騒動になります。というのも、虫眼鏡には5年前に行方不明になった小学生の名があったからです。虫眼鏡が発見された近くからとんでもないものが発見されます。続いて、「薔薇落つる丑三つの刻誰ぞいぬ」(蒼心)では、女子大生が主人公で、彼氏になってから豹変した男性とその取巻きから無理矢理に心霊スポットの廃墟の元病院に連れて行かれてしまいます。そこで出会ったのは人ならぬ存在だったりします。続いて、「冬晴れの遠出の先の野辺送り」(青賀)では、かなわぬ恋に敗れて26歳で自殺した男性の妹が主人公です。昔ながらの徒歩の野辺送りではローカル線に沿ったルートが設定されましたが、列車は停まってしまいます。県庁所在都市の名門校の女子高生と話しているうちに、主人公は亡き兄について、いろいろと感情を高ぶらせます。続いて、「同じ飯同じ菜を食ふ春日和」(平和)では、夫婦と女の子の家族3人が主人公です。父親の方の郷里に法事や何やで帰省するたびに訪れる展望台での会話で構成されているのですが、ざっと考えても十数年にわたっての会話です。展望台からは Remember 3.11 の文字が見えます。と長々とあらすじを展開しましたが、人ならぬ存在が登場する「薔薇落つる丑三つの刻誰ぞいぬ」がもっともよかったと感じています。12の短編の前半は、あるいは、後半のいくつかの短編も、やや常軌を逸した男性が登場し、どこまで現実的なお話なのかと疑問に思わなくもないのですが、まあ、そこは小説なのだと割り切って考えるべきなのかもしれません。
次に、天祢涼『あの子の殺人計画』(文春文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、本書は、同じ作者の『希望が死んだ夜に』に続く社会派ミステリ仲田蛍シリーズの第2弾となります。前作と同じで神奈川県警真壁刑事といっしょに捜査に加わります。何の捜査かというと、風俗産業のオーナーの殺人事件です。前作と同じように川崎市の登戸付近の事件です。容疑者は、かつて殺害されたオーナーの経営する風俗店で働いていた女性なのですが、その小学生の娘が殺害当日の母親のアリバイを詳細に記憶しています。深夜でテレビがついていて、真夜中で日付が変わったシーンなどを克明に証言して、警察でも全面的ではないとしても証拠能力があると認定されます。その容疑者は今では風俗店ではなく、ファミレスで働くシングルマザーであり、容疑者の娘がきさらという名です。家庭ではシングルマザーの母親がこの小学生の娘を虐待、というか、ネグレクトしつつ虐待していて、食事を十分に与えなかったり、母親の気分次第で風呂場で水攻めにしたりします。もちろん、家庭での洗濯や入浴が行き届かないわけですので、小学校でもいじめにあっています。しかし、きさらは少なくとも母親から虐待されているという自覚はなく、一種のマインドコントロールの状態にあって、風呂場での水攻めがしつけであると思い込まされています。小学校では、同じクラスの翔太だけが味方になってくれていますが、きさらは少なくとも家庭での虐待については自覚しません。そこに、仲田が登場して謎解きをするのですが、ある意味で、本格的なミステリなのですが、時間のミスリードがあり、同様に、ノックスの十戒のひとつである双子のケースに近いミスリードもあったりしますから、ホンの少しだけ反則気味であると感じるミステリファンがいる可能性はあります。でも、なかなか見事なプロットだと思います。社会派のミステリファンを自負するのであれば、特に前作の『希望が死んだ夜に』を読んだファンであれば、ぜひとも抑えておきたいオススメ作品です。ただ、読者によっては、前作の方がクオリティ高いと支持する人がいそうな気もします。私もその1人です。
最後に、町田尚子『どすこいみいちゃんパンやさん』(ほるぷ出版)を読みました。著者は、イラストレータ・絵本作家です。本書は単独での執筆ですが、私が読んだ範囲でも『なまえのないねこ』(小峰書店)なんかのように、原作者とともにイラストを担当したりしている作品も少なくないと思います。ということで、とても久しぶりの絵本の読書感想文です。私も周辺ではこの絵本の評価は高くて、それなりにはやっているようです。従って、出版社も力を入れているのか、特設サイトが開設されたりしています。「どすこいちゃん」の写真募集と称して、いわゆるデブ猫の写真を募集していたりします。なお、この絵本は4-5歳からが対象となっています。私も読んでみて、主人公のどすこいみいちゃんが、朝早くから起き出して、お相撲体型を利用して、というか、何というか、力仕事でパンを作るという労働を賛美する趣きがある一方で、それ以外はさほどの社会性があるわけでもなく、ましてや、何らかの人生の深い教訓を示唆しているわけでもなく、その上、表紙画像に見られるように、いかつくて、それほど愛嬌があるわけでもない表情のデブ猫が主人公ですので、絵本としてはいかがなものか、と私自身は考えないでもないのですが、繰り返しで、なぜか、私の周囲ではなかなか評判がいいようです。
2024年3月 1日 (金)
改善が遅れる雇用統計と消費者マインドの改善示す消費者態度指数
本日、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率など、1月の雇用統計が公表されています。失業率は前月から▲0.1%ポイント改善して2.4%を記録した一方で、有効求人倍率は前月と同じ1.27倍となっています。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。
1月の有効求人倍率、横ばいの1.27倍 失業率は2.4%
厚生労働省が1日に発表した1月の有効求人倍率(季節調整値)は1.27倍で前月から横ばいだった。新型コロナウイルスの5類移行後初の年始は人の流れが活発で、生活関連サービス業・娯楽業で求人増につながった。堅調だった宿泊業・飲食サービス業では求人が減った。
総務省が同日発表した1月の完全失業率は2.4%だった。23年12月は2.5%だった。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人1人あたり何件の求人があるかを示す。1月の有効求職者数は前月と比べて0.1%減少し、3カ月ぶりの減少となった。有効求人数は0.2%増で11カ月ぶりに増えた。
景気の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月比で3.0%減少した。原材料や光熱費が上がった影響で、製造業は11.6%減、宿泊・飲食サービス業も8.8%減となった。生活関連サービス・娯楽業は理容・美容などの利用が増えて5.7%増加した。
完全失業者数は163万人で前年同月比で0.6%減った。就業者数は6714万人で0.4%伸び、18カ月連続の増加となった。男性は3682万人と4万人減少し、女性は3032万人と29万人増えた。仕事に就かず職探しもしていない非労働人口は4109万人で、52万人減った。
いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。なお、影を付けた部分は景気後退期を示しています。
まず、失業率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前月から▲0.1%ポイント改善の2.4%と見込まれ、有効求人倍率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは、前月から横ばいの1.27倍と見込まれていました。実績は予想と同じでジャストミートしています。いずれにせよ、人口減少局面ということもあって、雇用は底堅い印象ながら、1月統計に現れた雇用の改善が鈍い、と私は評価しています。季節調整済みのマクロの統計で見て、一昨年2022年年末12月から直近の1月統計までの1年余りの期間で、人口減少局面に入って久しい中で労働力人口は+35万人増加し、非労働力人口は▲73万人減少しています。就業者+36万人増、雇用者+53万人増の一方で、完全失業者は▲4万人減となっており、就業率は着実に上昇しています。ただ、就業率上昇の評価は難しいところで、働きたい人が着実に就労しているという側面だけではなく、物価上昇などで生活が苦しいために働かざるを得ない、というケースもありえます。加えて、就業者の内訳として雇用形態を見ると、正規が+36万人増の一方で、非正規が+39万人増ですら、国際労働機構(ILO)のいうところも decent work だけが増えているわけではありません。先進各国がこのまま景気後退に陥らないソフトランディングのパスに乗っているにもかかわらず、我が国の雇用の改善が緩やかな印象を持つのは私だけではないと思います。加えて、量的な雇用ではなく賃金動向も重要な課題です。
最後に、本日、内閣府から2月の消費者態度指数が公表されています。前月から+1.1ポイント上昇し39.1を記録しています。グラフは上の通りです。統計作成官庁である内閣府による消費者マインドの基調判断は「改善している」で、前月からの据置きです。消費者態度指数を構成する4項目のコンポーネントを少し詳しく見ると、「雇用環境」が+1.4ポイント上昇し44.3、「暮らし向き」が+1.1ポイント上昇し37.6、「収入の増え方」も+1.1ポイント上昇し40.8、「耐久消費財の買い時判断」が+0.7ポイント上昇し33.5となっています。
最近のコメント