今週の読書は経済書2冊をはじめとして計6冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、小峰隆夫『私が見てきた日本経済』(日本経済新聞出版)は、経済企画庁で「経済白書」の担当課長などを務めた官庁エコノミストが1970年代からの日本経済を概観しています。根井雅弘『経済学の学び方』(夕日書房)は、京都大学の経済学史の研究者が歴史的な視野を持って経済学をいかに学ぶかを説いています。宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)は、ソ連崩壊の前後のエストニアでプログラミングに打ち込んだ主人公をジャーナリストが探す物語です。宮本昌孝『松籟邸の隣人 1』(PHP研究所)は、大磯の別荘である松籟邸の投手である少年時代の吉田茂が隣人とともに様々な事件に巻き込まれながらもそれらを解決します。船橋洋一『地政学時代のリテラシー』(文春新書)は、コロナ禍やウクライナ戦争などによる国際秩序の変容について論じています。岸宣仁『事務次官という謎』(中公新書ラクレ)は、官庁における事務次官の謎の役割を解明しようと試みています。
ということで、今年の新刊書読書は1~2月に46冊の後、3月に入って先週までに25冊、今週ポストする6冊を合わせて77冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。
それから、上の新刊書読書の外数ながら、2018年の日本SF短編の精華を収録した大森望・日下三蔵[編]『おうむの夢と操り人形』(創元SF文庫)を読みました。別途、Facebookでシェアする予定です。
まず、小峰隆夫『私が見てきた日本経済』(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、私も所属した経済企画庁から内閣府などで官庁エコノミストを務めた後、法政大学などに転じたエコノミストです。本書以外のご著書もいっぱいあります。本書は、日本経済研究センターのwebサイトで連載されていたエッセイのうち118回目までを取捨選択して編集されています。ですので、1969年の経済企画庁入庁から始まって、著者の半生をなぞる全10章で本書は構成されています。極めて大雑把に、前半は1969年から今世紀初頭くらいまでの経済を分析し、後半は著者の半生を後づけています。どうしても、これだけの年齢に達した方ですので自慢話が多くなるのはご愛嬌です。1970年代のニクソン・ショックに端を発した為替レートに固執した政策運営を批判し、2度に渡る石油危機を分析し、1980年代からのいわゆる貿易摩擦を解説しています。こういった経済分析に関しては、とてもオーソドックスですし、一般の学生やビジネスパーソンなどにも判りやすくなっています。その後の⅔は著者の半生を振り返りつつの自慢話なのですが、経済企画庁や内閣府における官庁エコノミストを極めて狭い範囲で定義し、「経済白書」や「経済財政白書」を担当する部局である内国調査課長の経験者、としているように見えます。私にはやや異論があるところです。ですので、日銀副総裁の経験もある日本経済研究センター(JCER)の理事長ですとか、「日本の実質経済成長率は、なぜ1970年代に屈折したのか」と題する私との共著論文があって、ご著書もいっぱいある上に、これまた日銀政策委員を務めた方とかが、ほぼほぼ無視されています。しかしながら、他方で、内国調査課長を経験していないにもかかわらず、香西泰教授と吉富勝博士については、特に別格扱いで官庁エコノミストのツートップのように取り上げています。もちろん、他省庁のエコノミストは入り込む余地はありません。まあ、こういった視点はともかく、やや内輪話的なところもいくぶんあり、私の面識あるエコノミストがいっぱい登場していますので、とても楽しく読めたのは事実です。
次に、根井雅弘『経済学の学び方』(夕日書房)を読みました。著者は、京都大学の研究者であり、専門分野は経済学史です。本書は5章構成であり、順に、アルフレッド・マーシャル、アダム・スミス、ジョン・スチュアート・ミル、ジョン・メイナード・ケインズ、ユーゼフ・アロイス・シュンペーターを取り上げています。フツーであれば、経済学はスミスから始まるように思うのですが、マーシャルのあまりにも有名な需要曲線と供給曲線から始めています。私はこれはこれで見識ある見方だと思います。価格の決定に際して、労働価値説に立脚する古典派は供給サイドの理論であり、限界革命後の限界効用説は需要サイドの理論である、などときわめて判りやすい例えを引きながら経済学のいろんな学説を解説・紹介しています。ミルについては、経済や経済学の基礎となる『自由論』を取り上げて多数の専制に対する批判を解説しています。ケインズを取り上げた章では、ややマニアックに「合成の誤謬」に着目しています。最後の章のシュンペーターについては、もともとの本書の視点である正統と異端にあわせて、動学的な非連続性を論じています。私は歴史というのは、特に経済の歴史は微分方程式で表すことが出来ると考えています。でも、そうだとすると、初期値が決まってしまえば後の動学的なパスは自動的に決まります。すなわち、これがアカシック・レコードなわけですが、実は、淡々と微分方程式に従って進むだけではなく、特異点でジャンプする場合があります。すべての歴史が連続で微分可能なわけではありません。それを経済学的に表現したのがシュンペーターのイノベーションであろうと思いますし、本書でいう「正統と異端のせめぎ合いのなかからイノベーションが生まれる」ということなのかもしれません。いずれにせよ、経済学史を専門とする著者らしく、本書では歴史的な流れというものをそれなりに重視し、歴史的な視野を持って、現時点での正統派の経済学がその後も正統派であり続けるという「宗教的な信仰」を排し、外国語も学びつつ基礎を固めて、着実な経済学の学習を勧めています。ただ、副題が「将来の研究者のために」となっている点に現れているように、大学に入学したばかりの初学者を必ずしも対象にしているわけではありません。初学者にも有益な部分があるとはいえ、少し経済学の基礎を持った学生を対象にしているように私は感じました。
次に、宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)を読みました。第170回直木賞ノミネート作であり、著者は小説家です。本書は、ソ連崩壊前の時代背景から始まり、タイトル通りに、エストニアに生まれたラウリ・クースクを追って、ラウリを探すジャーナリストの物語です。ラウリは小さいころから数字が好きで、コンピュータのプログラミングの才能が豊かでした。まあ、主としてゲームなのですが、その昔の1970年代のインベーダーなどが流行った記憶のある人は少なくないと思います。ラウリは小学校ではいじめっ子に意地悪されながら、父親からコンピュータを与えられ、ロシア版BASICでゲームをプログラミングします。そして、中学校に入ってロシア人のイヴァンと親友になり、プログラミングの能力を伸ばしていきます。同時にイラスト能力の高い少女のカーテャとも仲良くなり、3人でプログラム能力を競い合います。しかし、ソ連崩壊の中でエストニア独立の機運が高まります。イヴァンはもともとがロシア人ですが、他方で、カーテャはエストニア独立に熱心だったりします。その間でラウリは新ロシア派に加わり、デモの際にカーテャは怪我をして車椅子生活となります。繰り返しになりますが、本書はジャーナリストがラウリを探してエストニアを旅するストーリーなのですが、その現代のパートとラウリの少年時代から青年時代が叙述的に語られるパートが交互に現れます。ミステリではないので決して時代をごっちゃにして読者をミスリードさせる意図はないものと考えるべきです。ただ、ジャーナリストの正体が第2部の最後に明らかにされて、読者は軽く衝撃を受けるかもしれません。幼少期からプログラミングに能力あった少年少女の強い絆を縦糸にして、そして、ソ連崩壊という歴史上の大きな出来事になすすべなく翻弄される少年少女の動向を横糸にして、実に巧みに紡ぎ上げた作品です。ただ、最後の最後に、国家はデータではありません。記憶媒体にバックアップしておけばレストアできる、というわけではないと私は考えています。確かに、国土や統治機構は不要かもしれませんが、国家とは国民の集合体であることは間違いありません。国民はデータとしてバックアップできるわけではありません。
次に、宮本昌孝『松籟邸の隣人 1』(PHP研究所)を読みました。著者は、時代小説を中心に活躍しているベテラン作家です。本書のタイトルにある「松籟邸」とは神奈川県大磯にある別荘であり、後に日本の総理大臣を務める吉田茂が旧制中学校のころに住んでいました。吉田茂の養父である吉田健三が松籟邸と名付けていますが、この作品が始まる時点ではすでに亡くなっていますので、若き吉田茂が松籟邸の当主ということになります。作品中で、茂は養子であることを養母の士子から知らされ、養父の吉田健三の記念碑の除幕式があったりもします。養母の士子はこの松籟邸に住んでいますが、主人公の吉田茂は普段は横浜の本宅や中学校の寮に住んでいて、夏休みなどの休暇期間に大磯にきます。巻の1の青夏の章となっていて、何年かの夏休みを連続して描写しています。この後、3巻まで予定されているようです。なお、場所が大磯ですので、松籟邸の他にも海水浴などを目的として別荘開発が進められているという時代背景です。表紙画像の帯に見えるように、伊藤博文、陸奥宗光、渋沢栄一の他にも岩崎弥之助や大隈重信といった明治の元勲らへの言及があります。そして、タイトルにあり小説の肝となる隣人、実は、ある意味で謎の隣人なのですが、その人物と使用人一家にスポットが充てられます。天人という名で米国帰りのような雰囲気を持ち、別荘は洋館建てです。明治の元勲も関係して少年・吉田茂が事件に巻き込まれたり、あるいは、米国のピンカートン探偵社から天人のことを探りに剣客が送り込まれてきたり、ミステリ仕立てのストーリー展開です。ただ、明治の時代背景ですので、明治維新の勝者に対して強烈な報復意識を敗者の側で持っていたりする例も明らかにされています。繰り返しになりますが、本書の1巻の後、3巻まで出版が予定されているようで、それなりに主人公の吉田茂は成長するのだと思いますが、何分、私のようなジイサンですら吉田茂といえば大宰相であって、葉巻をくわえた写真を思い出すくらいですから、旧制中学校の少年というのはなかなか想像するのが難しかったのは事実です。でも、私自身はこの先の2巻や3巻も読みたいと期待しています。
次に、船橋洋一『地政学時代のリテラシー』(文春新書)を読みました。著者は、朝日新聞の主筆まで務めたジャーナリストです。現在は独立系のシンクタンクの理事長だそうです。本書は、2023年12月号で終了した『文藝春秋』のコラム「新世界地政学」を編集して収録しています。5章構成であり、コロナ危機による国際秩序の崩壊、ウクライナ戦争、米中対立、インド・太平洋と日本、地経学と経済安全保障から構成されています。その上で、本書冒頭には地政学リテラシー7箇条、そして、最後に地経学リテラシー7箇条が配置されています。まず、コロナ危機とウクライナ戦争は国際秩序を大きく様変わりさせた点については、大方の意見が一致することと思います。それに加えて、習近平一強時代が続く中で中国の国際秩序への関わりも大きく変化しつつあるように見えます。終章の経済安全保障についても、中国との関係の深い日本では気にかかるところです。ただし、私はほとんど本書の議論から益するところはありませんでした。キッシンジャー教授よろしく、リアリズムで国際情勢を考えるべき、というのが本書の視点だと思うのですが、何やら、相対して当たり障りのないことを婉曲に書き連ねているだけのような気がしました。実は、この読書感想文を書くに当たってamazonのレビューも見てみたのですが、評価が大きく二分されています。5ツ星の評価もあれば、中間はいっさいなしで1ツ星というのもあります。その低評価のものは「期待外れ」とか、「星1もあげすぎなほど」といった言葉で表現しています。私も特に一貫性のない細切れの時事問題解説に過ぎない気がしました。ただ、地経学はともかく、地政学は私の専門分野からかなり遠いので、この低評価に必ずしも自信があるわけではありません。
次に、岸宣仁『事務次官という謎』(中公新書ラクレ)を読みました。著者は、読売新聞のジャーナリストであり、財務省の記者クラブなどに所属していたけんけんがあります。本書のタイトルは、pp.140-41にあるウェーバーの指摘から取られているようで、そこには「官僚組織における長の存在は明確にされておらず、いまだ謎のままである」といったふうに考えられているからです。私も長らく60才の定年まで公務員をしていて、何人かの事務次官を見てきました。私が大学を卒業して入った当時の役所は総理府の外局でしたから、大臣はその役所の設置法で置くことが決められていた一方で、事務次官は役所の設置法の上位法である国家行政組織法で決められていました。やや逆転現象が起きている印象がありました。そして、当時の役所の役職というのは、厳密にいえば、事務官と事務次官と技官の3種類しかなかったことを覚えています。私は「総理府事務官」を拝命したわけです。事務時間以外は、課長であろうと、局長であろうと、もちろんヒラもすべて事務官か技官かのどちらかです。本書でも指摘しているように、局長や統括官などと違って国会の答弁に立つことはなく、記者会見も開きません。でも、総理大臣説明には同行したりします。35年余りも公務員として勤務していると何とも感じませんが、本書で指摘しているように、何とも不思議な役職であることは確かです。いずれにせよ、内閣人事局が出来てから、その俎上に乗るような高位高官に私は達しませんでしたから、やや不明な部分もあるのですが、事務次官とは役所のトップであるという認識は従来から変わりありません。私が公務員を始めたころは、本書でいえば、事務次官が社長で、大臣は社外の筆頭株主、くらいの位置づけであった記憶があります。ただ、本書で主としてフォーカスしている大蔵省・財務省に限らず、役所の人事は次の次くらいまでは、コースに乗っている事務次官が透けて見えるようになっているのも事実です。最後に、私はキャリアの国家公務員でしたが、先輩から事務次官候補と報道されるのは難しくない、というジョークを聞いたことがあります。すなわち、何か破廉恥罪で逮捕される、例えば電車で痴漢して逮捕されたりすると、メディアはいっせいに「将来の事務次官候補だった」と報ずるらしいです。私はそんな経験がありませんので、何ともいえません。
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