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2024年4月30日 (火)

自動車品質不正からリバウンドした3月の鉱工業生産(IIP)ほか本日公表の経済指標をどう見るか?

本日は月末閣議日ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が、また、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。すべて3月の統計です。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から+3.8%の増産でした。また、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+1.2%増の14兆6910億円を示した一方で、季節調整済み指数は前月から▲1.0%の低下を記録しています。雇用統計では、失業率は前月から横ばいの2.6%を記録した一方で、有効求人倍率は前月を+0.02ポイント上回って1.28倍となっています。まず、日経新聞ほかのサイトなどから各統計を報じる記事を引用すると以下の通りです。

3月の鉱工業生産、3カ月ぶり上昇 自動車再開がけん引
経済産業省が30日に発表した3月の鉱工業生産指数(2020年=100、季節調整済み)速報値は101.1となり、前月から3.8%上がった。ダイハツ工業などの認証不正問題で落ち込んでいた自動車の生産再開や生産用機械工業がけん引し、3カ月ぶりのプラスとなった。
生産の基調判断は「一進一退ながら弱含み」として前月を維持した。
全15業種のうち9業種が上昇した。伸びが最も大きかったのは、普通乗用車や普通トラックなどの自動車工業で9.6%上がった。
ダイハツ工場で発覚した認証試験の不正問題や大雪により多くのメーカーが一時的に工場稼働を停止したことで2月の生産が落ち込んでいたため、その反動があった。
半導体製造装置などの生産用機械工業も11.6%上がった。電子部品・デバイス工業は9.2%プラスとなった。スマートフォンに使うモス型半導体集積回路(メモリ)のほか、アクティブ型液晶パネルなどが回復した。
残る6業種は低下した。アルミニウム板製品や普通鋼鋼帯などの鉄鋼・非鉄金属工業が2.5%下がった。自動車関連の生産低下のほか、定期修理や大規模修繕が響いた。
主要企業の生産計画から算出する生産予測指数は4月に前月比で4.1%の上昇を見込む。5月の予測指数は4.4%のプラスとなった。
経産省は「世界経済への影響や自動車工業における工場の再開状況について引き続き注視したい」とした。
23年度の鉱工業生産指数の速報値は102.8で前年度に比べて2%低下した。2年連続のマイナスとなった。半導体など車載部品の供給不足が緩和した一方、自動車メーカーによる不正が相次ぎ一部で工場が停止したことが背景にあった。
自動車の生産・出荷停止で個人消費や輸出が落ち込み、民間エコノミストは1~3月期の実質国内総生産(GDP)はマイナス成長になるとみる。1~3月期の鉱工業生産指数は前期比5.4%低下の98.8だった。水準では新型コロナウイルス禍の2020年7~9月期の97.7以来の低さとなる。
影響は一部で4月以降も残る見込みだ。認証不正のあった車種は国土交通省から段階的に出荷停止が解除されている。経産省は「ラインが再稼働しても、生産は(すぐには回復せずに)徐々に戻る」と指摘する。
4月と5月の生産予測指数がプラスなのは、自動車などの輸送機械工業や半導体製造装置などの生産用機械工業が押し上げるとみられているためだ。ただ経産省が過去の予測の誤差をもとに推計した補正値では、4月の生産は前月比で1.0%落ち込む見通しだ。
小売業販売額3月は前年比1.2%増、値上げ効果続くが自動車・衣類低調
経済産業省が30日に発表した3月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比1.2%増だった。ロイターの事前予測調査では2.2%の増加が予想されていた。値上げの影響がある一方自動車出荷減や春物衣料の低調が響いた。うるう年の影響のあった2月の4.7%からプラス幅は縮小した。
業種別の前年比では機械器具が8.1%増、燃料が7.3%増、各種商品が6.1%増など伸びた一方、自動車が15.9%減少した。織物・衣服も3.8%減だった。
機械器具小売りは、通信家電や調理家電の販売が好調だった。
業態別の前年比は百貨店9.5%増、スーパー5.7%増、コンビニ0.4%増、家電大型専門店6.3%増、ドラッグストア8.7%増、ホームセンター2.5%増。
スーパーは値上げの影響が寄与。ホームセンターも相対的に割安な「大容量製品の販売が好調だった」(経産省)。百貨店はインバウンド向けなど高額ブランド製品の販売が伸びた。
3月の求人倍率1.28倍、16カ月ぶりの上昇 失業率は2.6%
厚生労働省が30日発表した3月の有効求人倍率(季節調整値)は1.28倍で、前月から0.02ポイント上昇した。上昇は16カ月ぶりとなった。今後の賃上げを期待して転職に慎重になる動きがあり、求職者が減ったことが影響した。
総務省が同日発表した3月の完全失業率は2.6%だった。前月と同率だった。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人1人当たり何件の求人があるかを示す。3月の有効求職者数は前月と比べて1.9%減少した。有効求人数は0.9%減となった。
景気の先行指標とされる新規求人(原数値)は前年同月比で7.4%減少した。原材料や光熱費の高騰を受けて製造業は10.8%減、生活関連サービス業・娯楽業も10.5%減となった。
2023年度平均の有効求人倍率は1.29倍で、前年度に比べて0.02ポイント低下した。3年ぶりに前年度を下回った。
23年度の有効求人は前年度に比べて1.6%減で、3年ぶりの減少となった。原材料高のあおりを受けた建設業や製造業での求人が少なかった。宿泊業・飲食サービス業で、新型コロナウイルス禍後の求人の増加が落ち着いてきたことも要因の一つだ。

とてつもなく長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にはある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は予測中央値で+3.6%の増産でしたので、実績の前月比+3.8%の増産は、ほぼジャストミートした印象です。ですので、統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、1月に下方修正した「一進一退ながら弱含み」を据え置いています。また、先行きの生産については、製造工業生産予測指数を見ると、引用した記事にもある通り、足下の4月は補正なしで+4.1%の増産、上方バイアスを除去した補正後では▲1.0%の減産となっていますが、明日から始まる5月は4.4%の増産と見込まれています。しかし、いずれにせよ、1~3月期の生産は▲5.4%の減産でしたので、GDPもマイナス成長の可能性が十分あります。鉱工業生産に戻って、経済産業省の解説サイトによれば、3月統計での生産は、自動車工業のリバウンドが大きく、前月から+9.6%の増産となっていて、寄与度+1.13%となっています。加えて、生産用機械工業でも+11.6%の増産、寄与度+0.98%、電子部品・デバイス工業も+9.2%の増産、寄与度+0.52%など、我が国のリーディング産業が軒並み増産を示しています。しかし、今年2024年1月に自動車の品質不正問題でドカンと▲6.7%の減産があった後、2月も減産でしたし、本日公表の3月統計で+3.8%を盛り返しても、指数レベルでまだ1月減産の半分も取り戻せていない点は忘れるべきではありません。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をそのまま、それぞれプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。見れば明らかな通り、小売業販売は堅調な動きを続けています。季節調整済み指数の後方3か月移動平均により、経済産業省のリポートでかなり機械的に判断している小売業販売額の基調判断は、本日公表の3月統計までの3か月後方移動平均の前月比が+0.2%の上昇となりましたので、1月統計から引き下げられた「一進一退」で据え置かれています。ただ、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、3月統計ではヘッドライン上昇率も生鮮食品を除くコア上昇率も、前年同月比で+2%台後半のインフレですので、小売業販売額の3月統計の+1.2%の前年同月比での増加は、インフレ率に追いついていません。現在の高インフレは国内では消費の停滞をもたらしている可能性が高く、したがって、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより小売業販売額の伸びが支えられている可能性が否定できません。引用した記事にもある通り、百貨店販売の伸びがスーパーなどよりも大きくなっている点にインバウンド消費が現れている気がします。したがって、小売業販売額の伸びが国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性は否定できません。

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続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。なお、失業率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前月から△0.1%ポイント低下の2.5%と見込まれ、有効求人倍率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは、前月から横ばいの1.26倍と見込まれていました。失業率・有効求人倍率ともに実績は市場の事前コンセンサスのレンジ内といえます。人口減少局面ということもあって、失業率も有効求人倍率もともに水準が高くて雇用は底堅い印象ながら、3月統計に現れた雇用の改善が鈍い、と私は評価しています。季節調整済みのマクロの統計で見て、一昨年2022年年末12月から直近の3月統計までの1年余りの期間で、人口減少局面に入って久しい中であるにもかかわらず労働力人口は+41万人増加し、非労働力人口は▲66万人減少しています。就業者+35万人増、うち雇用者+55万人増の一方で、完全失業者は+8万人増にとどまっており、就業率は着実に上昇しています。ただ、就業率上昇の評価は難しいところで、働きたい人が着実に就労しているという側面だけではなく、物価上昇などで生活が苦しいために働かざるを得ない、というケースもありえます。加えて、就業者の内訳として雇用形態を見ると、正規が+45万人増の一方で、非正規が+34万人増ですら、国際労働機構(ILO)のいうところも decent work だけが増えているわけではありません。先進各国がこのまま景気後退に陥らないソフトランディングのパスに乗っているにもかかわらず、我が国の雇用の改善が緩やかな印象を持つのは私だけではないと思います。加えて、今年は昨年から引き続き順調な賃上げとなっているとはいえ、大手が名を連ねる経団連加盟企業だけでなく、中小企業の賃金動向も重要な課題です。

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2024年4月29日 (月)

高齢労働者と若年労働者は補完関係か代替関係か?

昭和の日の祝日ながら、私の勤務する大学では通常授業日となっていますので、雇用に関する学術論文を取り上げたいと思います。すなわち、全米経済研究所(NBER)からワーキングペーパー No.32340 として "Countries for Old Men: An Analysis of the Age Pay Gap" が明らかにされています。もちろん、pdfファイルもアップロードされています。引用情報は以下の通りです。

まず、このワーキングペーパーのAbstractをNBERのサイトから引用すると以下の通りです。

Abstract
This study investigates the growing wage disparity between older and younger workers in high-income countries. We propose a conceptual framework of the labor market in which firms cannot change the contracts of older employees and cannot freely add higher-ranked positions to their organizations. In this model, a larger supply of older workers and declining economic growth restrict younger workers’ access to higher-paying roles and widen the age pay gap in favor of older workers. Drawing on extensive administrative and survey data, we document that the characteristics of these negative spillovers on younger workers’ careers align with the model’s predictions. As older workers enjoy more successful careers, younger workers become less likely to hold higher-ranked jobs and fall toward the bottom of the wage distribution. The pay gap between younger and older workers increases more in slower-growing, older, and larger firms and in firms with higher mean wages, where these negative spillovers on younger workers are larger in magnitude. Moreover, younger employees become less likely to work for higher-paying firms, whose share of older workers disproportionately increases over time. Finally, we show that alternative explanations for these findings receive little empirical support.

論文の結論としては、高齢労働者の供給が増加し、また、経済成長が低下すれば、若年労働者の高賃金の労働へのアクセスが制限され、高齢労働者に有利な年齢間での賃金格差が拡大 "a larger supply of older workers and declining economic growth restrict younger workers’ access to higher-paying roles and widen the age pay gap in favor of older workers" してしまいます。加えて、悲しいことに、若年労働者と高齢労働者の間の賃金格差は、成長が遅く、創業が古く、大規模な企業、あるいは、平均賃金が高い企業でより大きくなり、若年労働者へのマイナス波及の規模が大きくなります。 さらに、若年労働者は高賃金の企業で働く可能性が低くなり、高齢者の割合が時間の経過とともにバランスを失してに増加する "The pay gap between younger and older workers increases more in slower-growing, older, and larger firms and in firms with higher mean wages, where these negative spillovers on younger workers are larger in magnitude. Moreover, younger employees become less likely to work for higher-paying firms, whose share of older workers disproportionately increases over time." という結論です。

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上のグラフは、論文から Figure 5: Age Pay Gap Across Different Firms を引用すると上の通りです。規模の大きな企業で35歳以下(U35)雇用者のギャップが大きく、しかも、低成長企業の方が格差が大きいという結果が示されています。賃金格差については、この通りかという気がします。ひとつのポイントは成長が遅いと、雇用の伸びが限定的となってしまうため、若年者の雇用が伸びないという点です。例えば、質的な賃金ではなく量的な雇用で考えると判りやすいかもしれません。従来から、高齢労働者と若年労働者、あるいは、もっとシンプルに、男性と女性、といった雇用の競合については補完的か、あるいは、代替的か、で議論があります。多くの場合、計量分析によって補完的という結論が導かれるのですが、私は少し疑問に感じています。すなわち、企業業績が好調で事業を拡大している時には、高齢労働者と若年労働者の雇用がともに伸びている場合が多く、男性雇用と女性雇用も特に増加しているケースが少なくありません。企業活動が停滞しているときは逆になります。この結果だけを見ると、高齢労働者と若年労働者が同時に増加していてトレード・オフの関係にはないように見えます。男女雇用もご同様です。しかし、私の目から見て、高齢労働者により若年労働者が、また、男性労働者により女性労働者が、それぞれ、職 job へのアクセスが制限され、クラウドアウトされる結果になっている可能性が見逃されているような気がしてなりません。少なくとも、この論文では、賃金に関しては高齢労働者が若年労働者の雇用へのアクセスに対してネガティブな影響を及ぼすモデルが用いられていて、私にはこの方が明らかに現実を正確に反映しているように見えます。マイクロな定量分析はまだまだ勉強不足なので、少し考えてみたいと思います。

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2024年4月28日 (日)

ラッキーセブンに逆転してヤクルトに連勝

  RHE
ヤクルト000120000 380
阪  神01001020x 4110

ラッキーセブンに4番大山選手のラッキータイムリーで逆転して、ヤクルトに連勝でした。
昨日の虎ブロで、問題は佐藤輝選手、と指摘しましたが、問題意識は岡田監督も共有してくれていたようで、今日はサードを守るスタメンは糸原選手でした。この采配がズバリと的中し、糸原選手は2回に先制タイムリー、3安打猛打賞と起用に応えます。ヒーローインタビューで勝利投手の加治屋投手は順当なところですが、決勝タイムリーの大山選手はやや照れくさそうに見えました。でも、大山選手のいう「浜風」はインタビューには出られません。それに関連して、敵チームながら、サンタナ選手によく打たれましたが、キーポイントとなる5回とラッキーセブンの守備にはソンな役回りを負わせてしまいました。

明日も広島戦も、
がんばれタイガース!

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2024年4月27日 (土)

何とか逃げ切ってヤクルトに勝利

  RHE
ヤクルト110000101 4100
阪  神01003010x 5110

終盤に追いすがられましたが何とか逃げ切って、ヤクルトに競り勝ちました。
今日は、朝から外出した後、夕方に帰宅して、桐敷投手の登板あたりから、NHKの中継で野球観戦です。シーソーゲームで、何ともいえない緊張感がありました。ヒーローインタビューで、近本選手が「ピリピリした」と表現していた緊張感です。最後はゲラ投手が逃げ切りましたが、ジャイアンツに行ったケラー投手と違って、とっても落ち着いたように見える態度で安定感があります。打線は、4番の大山選手と森下選手に打点がついたようですが、問題は佐藤輝選手です。早く復調して欲しいと思います。

明日はカード勝ち越し目指して、
がんばれタイガース!

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今週の読書は経済書2冊をはじめ計7冊

今週の読書感想文は以下の通りの7冊です。
まず、ダイアン・コイル『経済学オンチのための現代経済学講義』(筑摩書房)では、さまざまな経済学やエコノミストへの批判を取り上げ、先行きの展望などを示そうと試みています。辻正次・松崎太亮[編著]『ポストコロナ時代のイノベーション創出』(中央経済社)は、日本企業でイノベーションをもたらす条件を考察しています。荒木あかね『ちぎれた鎖と光の切れ端』(講談社)は、九州の孤島での殺人事件を大阪の連続殺人をリンクさせた謎解きです。貴志祐介『秋雨物語』と『梅雨物語』(角川書店)は、雨にまつわるホラー短編を収録しています。鮎川潤『腐敗する「法の番人」』(平凡社新書)は、警察、検察、法務省、裁判所などの社会統制機関における腐敗を広く明らかにしています。魚住和晃『日本書道史新論』(ちくま新書)は、特に平安期の三跡、中でも小野道風に至る書道史に新説を吹き込んでいます。
ということで、今年の新刊書読書は1~3月に77冊の後、4月に入って先週までに19冊をレビューし、今週ポストする7冊を合わせて103冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。なお、大学の図書館で目についたので、別途、島谷宗宏『一度は作ってみたい極みの京料理50』(光文社)も読みました。というか、写真を眺めました。これは2014年出版で新刊書ではないので、このブログでは取り上げませんが、Facebookやmixiでシェアしたいと思います。来週はゴールデンウィークに入りますので、ひょっとしたら読書から少し離れた活動に精を出すかもしれません。

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まず、ダイアン・コイル『経済学オンチのための現代経済学講義』(筑摩書房)を読みました。著者は、『インディペンデント』紙の経済記者などを務めた経験もあるエコノミストであり、現在は英国ケンブリッジ大学の研究者です。英語の原題は Cogs and Monsters であり、Cogs とは歯車の歯の部分を意味しています。2021年の出版です。本書は10年余り前にはやった2008年のリーマン・ショックからの金融危機と Great Recession とも呼ばれる景気後退への反省、ないし、言い訳である第1章 経済学者の公的責任 から始まって、以下各章タイトルは、第2章 部外者としての経済学者、第3章 ホモ・エコノミクス、AI、ネズミ、人間、第4章 歯車とモンスターは本書のタイトル章であり、第5章 変化するテクノロジー、変化する経済、第6章 21世紀の経済政策、となっていて、さまざまな経済学やエコノミストへの批判を取り上げ、先行きの展望などを示そうと試みています。とはいいつつ、第1章の前のはじめにでは、エコノミストが形成する経済学界を批判しています。すなわち、女性比率がとても小さく、議論する際に極度に攻撃的な態度を取るエコノミストが少なくない、などです。なお、ついでながら、私のように博士号を持たない実務家エコノミストへの差別については言及ありません。まず、エコノミストの態度に関しては、私の従来からの主張とほぼ同じで、経済学が社会との相互作用がある学問領域であるだけに、経済社会を理解するだけでなく、経済社会に何らかの変化や修正をもたらそうとする要素について考えています。私はもうひとつ価値判断についても言及が欲しかった気がします。例えば、宇宙物理学では、宇宙の真理を解明したとしても天体の運行に影響を及ぼそうとすることはありませんし、満月が新月よりも好ましいと考える根拠を提供するものではありません。しかし、経済学は完全競争市場が厚生経済学定理からもっとも効率的な資源配分をもたらすので、市場原理主義的に規制を緩和して市場競争を活性化しようとしたりして、アサッテの方向でこれを適用してネオリベな政策を実行したりしようとしますし、所得が高い方が好ましいと考えたりもします。ただ、本書では、的確に経済学やエコノミストへの批判に反論もしています。すなわち、合理的な個人を前提にしている、貨幣価値で計測できないものを無視している、現実ではなくモデルを優先する、といったやや古臭いタイプの経済学に対する批判です。そういったアサッテの批判に反論しつつ、エコノミストの公的責任をpp.104-05で5点に要約しています。これらの中で、私は4点目と5点目が特に重要であり、研究資金を提供してくれる特定の企業や利益団体に肩入れした研究は、その旨を明確にするとか、エコノミストと一般市民とのコミュニケーションの改善とかです。そのうえで、経済学の将来の方向性を指し示そうと試みています。そのあたりは読んでいただくのがベストですが、章タイトルから軽く想像される通り、AIやデジタル技術の活用といった新たな経済学の発展方向を示したり、GDPに代わる指標に必要とされるアプローチを考えたりしています。第5章のタイトルそのままですが、テクノロジーが変化すれば、経済学も変化するわけです。最後の第6章では、本書執筆時点の2020年のコロナ禍で、政府の経済への介入がかなりパワフルである印象が取り上げられています。最後に、本書の主張の中で私が強く同意する点は、経済学の研究において、特に、マクロ経済学の研究においては因果性の解明は決して重きを置くべきではない、という点です。逆に、やや同意しかねる点は、GDPという経済指標は確かに時間を経てやや old-fashon になったかもしれませんが、本書の著者を含めて多くのエコノミストが見逃しているのは、雇用との相関が極めて強い点であり、国民生活上の雇用あるいは失業について厚生の観点からどう考えるかをもっと活発に議論した方がいいと私は考えています。社会保障が充実した福祉国家においては、失業の負の厚生や不効用はケインズ卿が考えた1930年当時ほど大きくないので、雇用との連動性高いGDPは見直すべき、というのは私は一貫した考えだと思いますが、そういった議論は見かけません。どうなっているのでしょうか?

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次に、辻正次・松崎太亮[編著]『ポストコロナ時代のイノベーション創出』(中央経済社)を読みました。編著者は、2人とも神戸国際大学の研究者です。各チャプターの執筆者も神戸国際大学の研究者が多くを占めています。ということで、本書ではさまざまなイノベーション創出に関して、必要な条件にどういったものがあり、また、当然、日本の研究者なわけですので、日本型のイノベーションにはどういったものがあるのか、といった観点から、いろいろな分野におけるイノベーション、特に、イノベーションのプロセスに着目した研究成果を収録しています。最終章ではタイトル通りにコロナとイノベーションの関係を探っています。まず、イノベーションにもいくつかのタイプがあり、まず、日本型企業の特徴として高度成長期から終身ないし長期雇用、年功賃金、企業内組合などが上げられています。そして、本書で強調しているのは、最初の技術的なブレイクスルーはともかく、最終的には最終需要者、特に消費者に商品として購入されて使用されねばならない、という点です。工学技術的にどれほどものすごい発見・発明であっても、経済的に商品やサービスとして市場に投入され、購入されることによって評価されなければならない、という考え方です。NHKで再開された「新プロジェクトX」に通ずるものがある気がします。もちろん、イノベーションに先立つ研究開発R&Dの段階も視野に収めて、日本型イノベーションではメインバンクが出資・貸付を行い、政府も重要な役割を果たす、といった特徴を指摘しています。同時に、市場への投入という観点からは、いかに工学的・技術的に新規性あったとしても市場で評価されなければ経済学的・経済的に意味がないわけで、その意味で、日本型イノベーションとは消費者の使い勝手も含めた改善であって、単なる「モノマネ」ではない、と主張しています。また、イノベーションの分類に即していえば、新しい商品を創出するプロダクト・イノベーションに加えて、生産過程などの改良としてプロセス・イノベーションも評価されるべき、ということになります。こういった観点から、イノベーションのさまざまな面を考えていて、特に、私に印象的だったのはICTやデジタルを活用することにより、イノベーションになにか変化がもたらされるのか、あるいは、スピードが加速されるのか、という点でした。イノベーションを客観的に計測するハードデータを得るのは難しいので、企業に対するアンケート調査に基づくマインドのソフトデータを利用した数量分析もいくつか実施されており、ICTの活用によりR&Dの自律性が高まり、スピードアップが図られている、という結果が示されています。それはそうなんだろうという気がします。同時に、ソーシャル・メディアSNSを活用して、ユーザーと協働するイノベーションが促進される点も分析されています。その昔、イノベーションにはユーザーは大きな役割を果たすことはなく、例えば、フォードの表現を借りれば、「顧客のニーズはもっと早い馬をくれ、ということだ」というのがあって、新規の技術的なブレークスルーは消費者からもたらされるわけではない、という点が強調されていましたが、まったく新規商品を開発する場合も含めて、特に日本的な使い勝手の改良であればソーシャル・メディアにおけるユーザーの意見を取り込んだイノベーションも可能性として十分ありえると考えられます。最終章では人的接触の機会が大きく減少したコロナ・パンデミックにおいても、従来からのオープン・イノベーションは引き続き有効であった、と結論しています。ただ、最後の最後に、こういった経営学的なイノベーションに関する研究に対して私が従来から疑問を持っているのは再現性です。ホントに、本書で分析されたようなイノベーション促進手法を企業が活用すれば、今後もイノベーションは進むのでしょうか。それとも、こういった研究は後づけで過去の事例を分析しただけで、将来に対するインプリケーションはそれほどないと考えるべきなのでしょうか。もしも、後者であれば、イノベーション研究が歴史学と同じなのでしょうか。

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次に、荒木あかね『ちぎれた鎖と光の切れ端』(講談社)を読みました。作者はミステリ作家であり、前作『此の世の果ての殺人』で史上最年少で江戸川乱歩賞を受賞しています。本作品は受賞後第1作です。第1部と第2部の2部から成り、第1部では、島原湾の孤島である徒島での殺人事件の、第2部は大阪市内の殺人事件の、それぞれの謎を対象にしています。まず、第1部の徒島編では、同じ20代半ばの年齢の男女7人が徒島に渡って休暇を過ごします。コテージの管理人である久城も30歳と近い年齢です。集まった7人の中の1人である樋藤清嗣は残りの6人を殺したいほど憎んでおり、この島で全員を殺害したうえで、自分も自殺しようと計画していました。しかし、樋藤が殺害計画を始める前に殺人事件が起こります。そして、それぞれ殺人事件の第1発見者がその次の殺害対象となり、それが連鎖します。第2部では、大阪市の清掃職員である横島真莉愛が、仕事であるゴミ回収中にバラバラ死体を発見します。この真莉愛は、実は、第1部でコテージの管理人だった久城の元カノであり、第1部の樋藤が残りの6人を憎むきっかけになった樋藤の先輩と同居していたりします。しかも、真莉愛が発見した死体は、第1発見者が次々に殺害されるという連続殺人事件3番目の犠牲者でしたので、男女警察官2人新田と瀬名が警護に付きます。それでも、真莉愛は日本刀を持った男に襲われて、あわや4番目の殺人事件になりかけたりします。ということで、殺害された被害者の舌を切り取るというのは、やや猟奇的な印象ながら、謎解きはそれなりに合理性を持ってなされて事件は解決します。第1部については、携帯電話の電波が届かず、唯一の通信手段である公衆電話も切断されていて、いわゆるクローズド・サークルの本格ミステリ独特の状況での殺人事件です。しかも、第2部にも連続して第1発見者が次の犠牲者となるという意味で、この作品独特の緊張感をもたらしています。しかも、私の好きなタイプのミステリ、すなわち、名探偵が最後の最後に一気に真相を明らかにするのではなく、少しずつ少しずつ徐々に真相が明らかになるタイプのミステリです。この作品の作者のデビュー作は、小惑星が地球に衝突して地球が滅亡しかねないという無法地帯での殺人の謎解き、という特殊設定ミステリに近い作品でしたが、この作品はクローズド・サークルの1部と警察が強力な警護体制を敷く2部の構成で、それらは密接に関連しつつ謎を深めていて、前作を超える受賞後第1作と私は高く評価しています。伏線がいっぱいばらまかれていて、決してミスリードを誘うような作りにはなっていませんが、かなり複雑な構造になっていますので、その意味で、ミステリとして読み応えがあります。加えて、殺人事件の謎解きにとどまらない人間ドラマの要素も含まれており、その意味でも評価を高めている気がします。この作家さんのこれから先が楽しみです。今後の作品も追っかけたいと思います。


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次に、貴志祐介『秋雨物語』『梅雨物語』(角川書店)を読みました。著者は、ホラー作家、ミステリ作家です。また、私と学部まで同じ京都大学経済学部のご卒業で、年齢的には私の2年後輩に当たります。この作品は2冊ともホラーであり、収録順にあらすじを簡単に紹介すると以下の通りです。まず、『秋雨物語』の「餓鬼の田」で、タイトルの意味は作品内でも説明されていて、餓鬼道に転生した亡者が田植えをするところですが、植えているのが稲ではないために、飢えや渇きに苦しむ餓鬼には役立ちません。ギリシア神話のタンタロスの伝説と同じです。前世の報いで恋愛が成就しない男性に対して、心引かれる女性の心理を切なく描き出しています。「フーグ」は、タイトル通り、解離性遁走という米国精神学会が定義する精神疾患です。この作品では、テレポーテーションとほぼ同一とみなしていますが、作家が創作に行き詰まると瞬間移動してしまい、そのテレポーテーション先から作家と同一質量の物質が逆送されて来ます。そして、最後の転送先がとても恐怖でした。「白鳥の歌(スワン・ソング)」は、音楽とオーディオの愛好家である京都の創業者社長が、作家に幻の日系アメリカ人女性歌手の伝記の執筆を依頼します。米国の探偵に、この超絶的な歌唱能力を持つ幻の歌手の調査を依頼しますが、それが大きな悲劇をもたらします。超絶歌手が歌っていた録音が「マノン・レスコー」だったのが印象的でした。最後の「こっくりさん」は、事件を起こして自殺を望んだり、難病で余命宣告されていたりする小学生4人が、オカルト研究家の男性の指導で廃病院でこっくりさんをするのですが、これが、ロシアン・ルーレット式こっくりさんで、1人あるいはそれ以上の命の犠牲で、残された者はむしろ人生の成功を得る、というものでした。その12歳の小学生のこっくりさんの後、アラサーになった残された成功者が再びこっくりさんをする羽目になります。『梅雨物語』は、まず、「皐月闇」では、20代半ばの女性が、彼女の双子の兄が自殺する前に自費出版した句集を持って、俳句部の顧問だった恩師の中学校教師を退職した男の自宅を訪ねてきます。句集に収録されたうちの13句の解釈から、自殺の真相が導かれます。「ぼくとう奇譚」は、タイトルからして永井荷風の最高傑作といわれる小説を下敷きにしています。舞台は戦前期昭和の東京、主として銀座です。名家の跡取りで遊び人が夜ごとに黒い蝶に誘われて夢の中に現れた楼閣へ入り込むのですが、高名な修験者によれば、呪詛を受けている結果であるとのことで、段々と深みにはまっていきます。最後の「くさびら」は、「菌」という漢字1字で「くさびら」と読みます。作中に説明がありますが、滋賀県内に菌神社というのがあるそうです。しかし、小説の舞台は軽井沢で、男性の妻と子供が姿を消したころから、家の周りにキノコが群生し始めますが、キノコが見える人がいたり、見えない人がいたりと不思議な感じです。果たして、妻と子供はどこにいるのか。ということで、この作者はデビューからほぼ一貫してホラー小説を書き続けているのですが、本書もとってもできのいいホラー小説、短編集です。プロットとしては途中から最終的なオチが透けて見えるような作品も少なくないのですが、アッと驚くような結末、どんでん返しをラストに用意しているタイプのエンタメ的なホラーではなく、純文学的に表現力や用語の選び方、ストーリーのテンポなどによって読ませるタイプの小説です。なお、タイトル的に続編があるような気がしますし、すでに雑誌に連載が始まっているのかもしれません。

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次に、鮎川潤『腐敗する「法の番人」』(平凡社新書)を読みました。著者は、関西学院大学名誉教授であり、ご専門は犯罪学、刑事政策、社会問題研究となっています。本書では、米国では「法執行機関」と呼ばれる警察や検察など、本書で「社会統制機関」と総称される法の番人の腐敗を広範に取り上げています。順番に、警察に関しては、いわゆる行政機関的に人員や予算の確保のために治安が悪化しているような印象操作を行うとともに、キャリア警察官僚をはじめとした天下り先確保のための悪辣なやり方などを取り上げています。私も、今回の自民党安倍派のパーティー券収入のキックバックが明るみに出る前には、「裏金」といえば警察のことであると認識していたくらいです。パチンコやパチスロをはじめとする風俗営業については、やっぱり、表には出にくい仕組みがあるんだろうと、公務員を退職する前の官庁エコノミストをしていたころに想像していたりしました。ただ、私は、警察と暴力団との関係についても疑っていて、本書でほとんど言及されていないのは少し物足りませんでした。検察についても基本的に行政組織としての裏側は警察と同じです。警察にせよ、検察にせよ、業績評価されるとすればグッドハートの法則が成り立ってしまい、計測に不適切な要素が混じることは避けられません。法務省は、どちらかといえば、刑務所の運営から着目されています。司法試験合格の検事と他省庁ではキャリアとしの扱いを受ける国家公務員試験合格者との軋轢は、当然にあるんだろうと想像はします。私は経済職でしたので法務省ではお呼びでなかったのだろうと思いますし、私の方でも就職対象にはしていませんでしたが、少し異質な役所であるという認識はあります。裁判所については、青年法律家協会(青法協)から入っていますが、章の初めの節のタイトルが「裁判所は独立しているか」でしたので、安保条約との関係をはじめとして、裁判所が判断をしない裁判事例がいっぱいあるので、それを想像していしまいましたが、やっぱり、行政機関としての側面で予算や人員を確保するという点から入っているのは、やや失望感ありました。また、以上の警察、検察、法務省、裁判所を取り上げた4章の後の終章で司法の再生を考えるという第5章が置かれていますが、結論が物足りません。こういった社会統制機関が腐敗していることが国民生活や企業も含めた経済社会にどういった歪みをもたらしているのか、イニシャル表記しかされなかった大川原化工機事件のような個別事案だけではなく、経済社会全体に及ぼす腐敗の影響を分析して欲しかった気がします。でも、本書は本書なりに、的確に個別の事案を取り上げている点は評価します。

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次に、魚住和晃『日本書道史新論』(ちくま新書)を読みました。著者は、神戸大学をすでに退職された研究者で、ご専門は日中の書道史であり、筆跡鑑定でも有名だそうです。本書はタイトル通りに、中国ではなく日本の書道史を対象としているのですが、本書でも指摘されているように、日本の書道史は人気がない、というか、ほぼ無視されているに近く、私自身としてもも中国書道史しか知らない、興味がないところです。そして、中国の書道史に関して多くの方が誤解している点は、漢字の楷書と行書と草書の歴史的関係です。すなわち、楷書が最初に成立して、その後、楷書を崩した行書が出来て、最後に草書が出来上がった、というのは歴史的には逆になります。現実には、本書でも指摘しているように、役所の公文書に用いられる隷書が成立し、その後に、実務的な要求から、早書きするために隷書が崩されて草書が成立します。現代的に表現すると、草書というのは速記体なわけで、行書や楷書よりも先に成立しています。そして、その草書をキチンとした形に整えていく中で行書が成立し、最後に楷書が出来上がりました。隋の前の北魏から隋や唐にかけての時期により精緻化され、王羲之や欧陽詢、あるいは、褚遂良などにより楷書が完成します。そして、本書でも指摘されているように、楷書の中でも、仏教界では中国の南北朝期の南朝に由来する行狎書とか、あるいは、役所の公文書に用い、したがって、中国の行政官吏登用試験として名高い科挙で使われる院体などが出来上がります。そして、こういった書体を日本は中国から丸ごと受け入れて、草書から仮名や片仮名を生み出していったわけです。本書に戻ると、まあ、聖徳太子による三経義疏の新説も見逃せないのですが、やっぱり、読ませどころは第4章のかなの成立、第5章の平安期の三筆から三跡を取り上げているあたりだと思います。これは、文字や書道が中国の影響から少しずつ離れて、日本独自の発展を遂げ始めた時期だからです。第4章では発掘された木簡に基づいて、万葉仮名から仮名文字の成立を考察し、第5章では特に三跡の中でも小野道風の書法の斬新性を王羲之と比較して論じた部分は圧巻です。小野道風の書法は、線が太めで丸みを帯び、決して角ばらず、筆脈が一貫して通じていて運筆が滑らかであるとし、さらに、字の作りとしても上部を詰め気味にして下部をゆったりと鏡餅のように末広がりに作り安定させている、といった記述は、読む人が読めば涙が出るくらいに的確に小野道風の書法を評価しています。立膝で筆を進める奇矯な小野道風の印象をお持ちの向きが少なくないと思いますが、全編300ページを越える本書の中でも、この部分を読むだけでも値打ちがあります。また、私が杉並区の大宮八幡近くの師匠のお宅で毎週練習に励んでいた時にお手本とした欧陽詢の「九成宮醴泉銘」も、当然のように、取り上げられています。ただ、本書の日本書道史は徳川期で終わっています。もしも、続編があって、明治期以降が取り上げられるのであれば、前衛書道の評価を知りたい気がします。先駆けとなった比田井天来からの書道については、私は師匠に倣ってまったく評価していません。まさに、比田井天来の言としてよく引用される「文字をよらずして、書的な線」を目指すのが前衛書道であれば、現在の石川九楊先生にもつながると考えるべきですが、それらに対して、私の師匠は「書道は文字として識別されるべきである」と考えていました。すなわち、「大」と「犬」と「太」は点のあるなし、また、どこに点を打つかによって字義が異なります。それを無視して文字ではない線を書く前衛書道は、ひょっとしたら美術であるかもしれないが、書道としては決して高く評価できない、というのが、師匠から引き継いだ私の前衛書道観です。本書の著者は、どのように評価するのでしょうか?

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2024年4月26日 (金)

日銀金融政策の現状維持と「展望リポートの見通しをどう考えるか?

昨日から日銀で開催されていた製作委員会・金融政策決定会合は現状維持を全員一致で決定し、「展望リポート」を明らかにして閉会しました。まず、「展望リポート」にある2023~2026年度の政策委員の体制見通しのテーブルを引用すると以下の通りです。なお、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。
正確な計数は自己責任で、引用元である日銀の「展望リポート」からお願いします。

     
  実質GDP消費者物価指数
(除く生鮮食品)
(参考)
消費者物価指数
(除く生鮮食品・エネルギー)
 2023年度+1.3 ~ +1.4
<+1.3>
+2.8+3.9
 1月時点の見通し+1.6 ~ +1.9
<+1.8>
+2.8 ~ +2.9
< +2.8>
+3.7 ~ +3.9
< +3.8>
 2024年度+0.7 ~ +1.0
<+0.8>
+2.6 ~ +3.0
<+2.8>
+1.7 ~ +2.1
<+1.9>
 1月時点の見通し+1.0 ~ +1.2
<+1.2>
+2.2 ~ +2.5
<+2.4>
+1.6 ~ +2.1
<+1.9>
 2025年度+0.8 ~ +1.1
<+1.0>
+1.7 ~ +2.1
<+1.9>
+1.8 ~ +2.0
<+1.9>
 1月時点の見通し+1.0 ~ +1.2
<+1.0>
+1.6 ~ +1.9
<+1.8>
+1.8 ~ +2.0
<+1.9>
 2026年度+0.8 ~ +1.0
<+1.0>
+1.6 ~ +2.0
<+1.9>
+1.9 ~ +2.1
<+2.1>

ということで、経済の成長率などの見通しについては、基本的に海外経済はソフトランディングを中心とするシナリオで、金融環境も緩和的であるとし、「所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続ける」と見込んでいます。なお、潜在成長率については脚注があり、「0%台後半」と推計しています。他方で、物価見通しについては、今年度の2024年度には日銀物価目標である+2%を上回って2%代後半となるものの、その後、「2025年度と2026年度は、概ね2%程度で推移する」と予想しています。成長と物価の関係では、先行き需給ギャップは見通し期間終盤にかけてプラス幅を緩やかに拡大すると予想していますが、女性や高齢者の労働参加の増加ペースが鈍化していることから、労働需給はマクロ経済の需給ギャップ以上に引き締まるため、コスト面で人件費上昇圧力が、また、支出面では家計の購買力の拡大に寄与する、と見込んでいます。
先行きリスクとしては経済や成長で3点、物価で2点上げています。すなわち、経済面では海外経済の動向、輸入物価の動向、そして、カーボンニュートラルやデジタル化などが経済構造に中長期的にどのような影響を及ぼすか、という点です。物価リスクについては、企業の陳羣や価格設定行動、特に、賃上げコストの販売価格への転嫁、そして、為替や国際商品市況の動向と輸入物価への波及です。

いくつかのメディアでは、日銀が追加の金融引締めを見送ったことについて、金融市場で円安が進んだことから批判的な見方を示しているものもあります。取り急ぎ、植田総裁の記者会見の前にポストしておきます。

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2024年4月25日 (木)

リクルートによる3月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給やいかに?

来週火曜日4月30日の雇用統計の公表を前に、ごく簡単に、リクルートによる3月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給の調査結果を取り上げておきたいと思います。参照しているリポートは以下の通りです。計数は正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、以下の出典に直接当たって引用するようお願いします。

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いつものグラフは上の通りです。アルバイト・パートの募集時平均時給の方は、前年同月比で見て、1月+3.3%増、2月+4.4%増の後、3月も+3.9%増となりました。先週公表された消費者物価指数(CPI)上昇率が3月統計でヘッドライン+2.7%、コア+2.6%でしたから、今年に入ってから、ようやく物価上昇率に追いついて、実質賃金がプラスに転じた可能性があるのではないか、と想像しています。募集時平均時給の水準そのものは、2021年年央からコンスタントに1,100円を上回る水準が続いており、かなり堅調な動きを示しています。他方、派遣スタッフ募集時平均時給の方は1月には+3.0%の伸びを記録しましたが、2月は+1.1%に鈍化し、さらに、3月は+0.4%まで落ちてきています。
三大都市圏全体のアルバイト・パートの平均時給の前年同月比上昇率は、繰り返しになりますが、3月には前年同月より+3.9%、前年同月よりも+45円増加の1,188円を記録しています。職種別では、「専門職系」(+66円、+5.0%)と「事務系」(+52円、+4.3%)の伸びが高く、次いで「フード系」(+44円、+4.0%)、「販売・サービス系」(+40円、+3.6%)、「製造・物流・清掃系」(+32円、+2.8%)のあたりまで消費者物価を上回る伸びを示し、「営業系」(+11円、+0.9%)も含めて、すべての職種で上昇を示しています。加えて、地域別でも関東・東海・関西のすべての三大都市圏で前年同月比プラスとなっています。
続いて、三大都市圏全体の派遣スタッフの平均時給は、3月には前年同月より+0.4%、+7円増加の1,635円になりました。職種別では、「製造・物流・清掃系」(+34円、+2.5%)、「営業・販売・サービス系」(+33円、+2.2%)「オフィスワーク系」(+28円、+1.8%)、「医療介護・教育系」(+16円、+1.1%)の4業種は前年比でプラスの伸びを示しましたが、「クリエイティブ系」(▲18円、▲1.0%)と「IT・技術系」(▲29円、▲1.3%)では減少を示しています。なお、地域別でも関東・東海・関西のすべての三大都市圏でプラスとなっています。

アルバイト・パートや派遣スタッフなどの非正規雇用は、従来から、低賃金労働であるとともに、「雇用の調整弁」のような不安定な役回りを演じてきましたが、アルバイト時給は上昇している一方で、派遣スタッフの方は伸びが縮小しています。我が国景気も回復・拡大局面の後半に差しかかり、あるいは、景気後退局面に近づき、雇用の今後の動向が気がかりになり始めるタイミングかもしれません。

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2024年4月24日 (水)

8か月連続で+2%台の上昇を続ける3月の企業向けサービス価格指数(SPPI)をどう見るか?

本日、日銀から3月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月からジワリと加速して+2.3%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIについても同様に+2.2%の上昇を示しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、3月2.3%上昇 人件費転嫁続く
日銀が24日発表した3月の企業向けサービス価格指数(2015年平均=100)は111.0と、前年同月比2.3%上昇した。伸び率は2月(2.2%上昇)から0.1ポイント拡大し、8カ月連続の2%台となった。土木建築や機械修理などで人件費の上昇分を価格に反映する動きが続いている。企業収益が堅調で広告の増加も全体の押し上げに寄与した。
同日に発表した23年度ベースの指数は109.7と、前年度比2.1%上昇した。消費税の影響を除くと1991年度以来、32年ぶりの高い伸びとなった。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格動向を表す。例えば貨物輸送代金や、IT(情報技術)サービス料などで構成される。モノの価格の動きを示す企業物価指数とともに今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。
調査対象となる146品目のうち、価格が前年同月比で3月に上昇したのは108品目、下落は22品目だった。
内訳をみると、宿泊サービスは前年同月比28.0%上昇した。インバウンド(訪日外国人)を含む人流回復の影響で価格が押し上げられた。情報通信(2.3%上昇)や土木建築サービス(8.1%上昇)などの分野では人件費を転嫁する動きが続いている。
広告は前年同月比2.2%上昇し、2月(1.0%下落)からプラスに転換した。年度末は予算消化のため出稿需要が高まる傾向にあり、企業収益の堅調さが出稿を支えた。
外航貨物輸送は前年同月比13.7%上昇した。海運相場の上昇が価格を押し上げたほか、円相場が2024年3月(平均)では1ドル=149円台で推移し、23年3月(1ドル=133円台)より円安が進んだことも寄与した。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルはヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、下のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格のとサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。ただし、指数の基準年が異なっており、国内企業物価指数は2020年基準、企業向けサービス価格指数は2015年です。なお、影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、上昇率としては2023年中に上昇の加速は終了し、2022年12月から指数水準として120前後でほぼほぼ横ばいとなっています。したがって、PPI国内物価指数の前年同月比上昇率は直近の3月で+0.2%にとどまっています。他方、その名の通りのサービスの企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準としてまだ上昇を続けているのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、今年2023年8月から+2%台まで加速し、本日公表された3月統計では+2.3%に達しています。8か月連続で+2%台の伸びを続けていることになります。+2%前後の上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性があるとは思いますが、日銀の物価目標、これは生鮮食品を除く消費者物価上昇率ですが、その物価目標の+2%近傍であることも確かです。加えて、下のパネルにプロットしたうち、モノの物価である企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価のグラフを見ても理解できるように、企業向けサービス価格指数(SPPI)で見てもインフレ率は高いながら、物価上昇がさらに加速する局面ではないんではないか、と私は考えています。どうして、この段階で日銀が金融引締めを開始したのかは、私はまだ十分理解できていません。繰り返しになりますが、ヘッドラインSPPI上昇率にせよ、国際運輸を除いたコアSPPIにせよ、日銀の物価目標とほぼマッチする+2%程度となっている点は忘れるべきではありません。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて3月統計のヘッドライン上昇率+2.3%への寄与度で見ると、土木建築サービスや宿泊サービスや機械修理などの諸サービスが+0.98%ともっとも大きな寄与を示しています。人件費の上昇が着実に価格に転嫁されているというのが多くのエコノミストの見方です。結果的に、ヘッドライン上昇率+2.3%の半分近くを占めています。また、引用した記事にもある通り、インバウンドの寄与もあり、宿泊サービスは前年同月比で+28.0%と高い上昇率です。ほかに、ソフトウェア開発やインターネット附随サービスや情報処理・提供サービスといった情報通信が+0.50%、加えて、SPPI上昇率高止まりの背景となっている石油価格の影響が大きい外航貨物輸送や道路旅客輸送や道路貨物輸送などの運輸・郵便が+0.40%のプラス寄与となっています。運輸・郵便については、引用した記事にもある通り、輸入に依存するエネルギー価格に対する円安の影響も見逃せません。リース・レンタルについても+0.22%、景気敏感指標といわれる広告も企業収益に支えられて+0.12%と寄与が大きくなっています。

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2024年4月23日 (火)

東京商工リサーチ「2024年 企業の人手不足に関するアンケート調査」の結果やいかに?

先週木曜日の4月17日に東京商工リサーチから、「2024年 企業の人手不足に関するアンケート調査」の結果が明らかにされています。先月の日銀金融政策決定会合において異次元緩和に終止符が打たれて金融引締めへじわりとシフトし始めていますが、その大きな要因は人手不足とそれに起因する賃上げです。その意味でとても注目すべきアンケートだと考えます。グラフを引用して簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、東京商工リサーチのサイトから人手不足に関して、正社員と非正規社員の状況 のグラフを引用すると上の通りです。大企業と中小企業の間の規模別で「非常に不足」や「やや不足」といった割合に大きな差があるようには見えませんが、産業別には特色が見られます。すなわち、「非常に不足」と「やや不足」の合計割合で見た「正社員不足」がもっとも高かったのは建設業で84.4%、次いで、運輸業の77.9%、情報通信業の76.3%の順となっています。いわゆる2024年問題に直面する建設業と運輸業に加え、DX推進などで人手不足が慢性化している情報通信業で正社員不足が広範に観察されます。また、「非正規社員不足」の割合がもっとも高かったのは小売業で48.9%、次いで、農・林・漁・鉱業の48.3%、サービス業他の48.0%の順となっています。もともと非正規社員への依存度が高い小売業やサービス業で人手不足が目立っています。より細かな産業分類では、正社員・非正規社員とも道路旅客運送業と宿泊業で人手不足が深刻です。

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続いて、東京商工リサーチのサイトから人手不足に関して、正社員と非正規社員 (前年比較) のグラフを引用すると上の通りです。昨年からの変化だけを見ていますので、より長いトレンドは不明ながら、正社員・非正規社員ともに人手不足感が広がっているのが見て取れます。ただ、デジタル化の進展で「印刷・同関連業」では24.1%の企業が正社員過剰と回答しているのが特徴的な結果となっています。

全体を通じて、もともと非正規社員への依存度が高かった小売業や一部のサービス業、あるいは、繁忙期と閑散期といった季節性の強い作業を必要とする農・林・漁・鉱業などを別にすれば、非正規社員への依存が低下し正社員採用意欲が高くなっている印象を受けます。コロナ禍を経て人材の定着を重視する傾向が生じ始めている可能性があります。それは、それで望ましいと私は受け止めています。

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2024年4月22日 (月)

帝国データバンク「2024年度賃上げ実績と初任給の実態アンケート」の結果やいかに?

先週木曜日の4月18日に帝国データバンクから、現在の日本経済の焦点のひとつとなっている賃上げなどについて「2024年度賃上げ実績と初任給の実態アンケート」の結果が明らかにされています。連合の第4回回答集計結果によれば、平均賃金方式で回答を引き出した3,283組合の「定昇相当込み賃上げ計」は加重平均で15,787 円・5.20%に達するものの、うち300人未満の中小組合2,123組合は12,170円・4.75%と目標の5%を下回っています。まず、帝国データバンクのサイトから調査結果の概要を4点引用すると以下の通りです。

調査結果
  1. 2024年度の賃上げ実施割合は77.0%も、全体の3社に2社は「賃上げ率5%」に届かず
  2. 規模別、「小規模企業」の賃上げ実施割合は65.2%と全体を10ポイント以上下回る
  3. 2024年度に新卒社員を採用する企業の割合は45.3%。「大企業」76.2%、「小規模企業」23.7%と二極化
  4. 初任給、3社に1社が20万円未満。大企業と中小企業の間で「格差拡大」の懸念

わずかに1,046社からの回答があって、サンプル数は決定的に不足している可能性があるものの、とても重要なデータが含まれている可能性があり、帝国データバンクによるpdfの全文リポートからグラフを引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、リポートから 2024年度の賃上げ実績 のグラフを引用すると上の通りです。今年2024年4月時点の数字です。賃上げを実施したのは調査対象企業の77%にとどまり、しかも、賃上げ率が+5%以上となるのは26.5%にしか過ぎません。グラフには「賃上げ率5%未満67.7%」とありますが、賃上げを実施したものの+5%未満となる企業がほぼ半数の50.5%となる計算です。6社に1社の割合となる16.6%の企業は「据え置き」という回答ですし、今もって「賃下げ」もあったりします。どうも、連合の集計結果とは大きな違いがあるように感じられるのは私だけでしょうか。

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続いて、リポートから 『賃上げ』割合 のグラフを引用すると上の通りです。企業規模別になっており、見れば明らかな通り、そもそも、小規模企業の賃上げ割合が極端に低くなっています。なお、帝国データバンクの定義によれば、「小規模企業」とは小売業・卸売業・サービス業では従業員5人以下、製造業ほかでは従業員20人以下、となっています。リポートでは、「原料費などの高騰を完全に価格転嫁できていないため大幅な賃上げ実施は難しいが、従業員の士気向上のためわずかながら賃上げを行った」と、賃上げ+1%の出版・印刷業者の声が紹介されています。企業サイドとしても、従業員の士気やモチベーションを重視する意向がありながらも、苦しい台所事情が伺えます。

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続いて、リポートから 2024年度 新卒社員の採用状況 のグラフを引用すると上の通りです。これも企業規模別になっており、規模が大きいほど活発に新卒社員を採用していることが読み取れます。ただし、注意せねばならないこともあり、すなわち、それなりに新卒採用ができるであろう企業があると想像される一方で、リポートでも「採用活動を行ったものの人材を獲得できなかった企業もあった」と指摘されている点です。大企業と中小企業、そして、小規模企業の中で規模別に採用が厳しい企業がどの規模かは考えるまでもありません。

大学で日本経済論を教える身として、企業間格差を考える場合、地域別や産業別などはともかく、規模別格差が大きい点は身にしみて理解しています。賃上げと新卒採用について、帝国データバンクのアンケート調査結果からも規模間の格差が浮き彫りになっています。

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2024年4月21日 (日)

中日を3タテして首位浮上

  RHE
中  日0000000   030
阪  神000000    350

甲子園に戻って、ジャイアンツに2勝1引分の後、中日を3タテして首位に躍り出ました。
今日は、1時間近く遅れての試合開始に加えて、結果的に7回コールドという雨中の試合でしたので、先取点がいつもにも増して重要性を増していました。その点から考えて、無失点で乗り切った才木投手と決勝スリーランの佐藤輝選手が投打のヒーローとしてインタビューを受けました。シーズン開始から投手陣が安定している一方で、昨日や一昨日の試合では打線が爆発し、そろそろ打撃陣にもエンジンがかかってきたようで頼もしい限りです。確かに、まだまだシーズンは始まったばかりで、首位や何やといった順位は気にはならないものの、ファンとして気分がいいというのは偽らざる真実かもしれません。

次の横浜戦も、
がんばれタイガース!

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Osaka Jazz Channel (大阪ジャズチャンネル) による Opus de Funk

Osaka Jazz Channel のサイトの Opus de Funk です。
Horace Silver の作曲のようで、タイトル通りになかなかにファンクな曲です。昨年2023年8月に収録され、今年2024年4月にアップされたばかりです。お楽しみあれ。

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2024年4月20日 (土)

今週の読書は重厚な経済書や専門書をはじめとして計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、マーティン・ウルフ『民主主義と資本主義の危機』(日本経済新聞出版)は、経済的な不平等の拡大がポピュリズムにつながって民主主義の危機をもたらすと主張しています。ジョン・メイナード・ケインズ『平和の経済的帰結』(東洋経済)は、第1次世界大戦後のベルサイユ条約の交渉過程や結論において、ドイツに対するカルタゴ的な平和がもたらされる危険を指摘しています。志駕晃『そしてあなたも騙される』(幻冬舎)は、SNS上で客を集める個人間融資の「ソフト闇金」で騙す人と騙される人を取り上げた小説です。小塩隆志『高校生のための経済学入門[新版]』(ちくま新書)は、高校生に経済学の初歩を学んでもらうための入門書です。ホリー・ジャクソン『受験生は謎解きに向かない』(創元推理文庫)は、ピップを主人公とする三部作の前日譚であり、ピップと同級生たちが犯人当てゲームに挑みます。石持浅海『男と女、そして殺し屋』(文春文庫)は、経営コンサルタントの男の殺し屋と通販業者の女の殺し屋が、場所や日付を特定した殺人依頼の謎を明かそうと試みます。
ということで、今年の新刊書読書は1~3月に77冊の後、4月に入って先週までに13冊をレビューし、今週ポストする6冊を合わせて96冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。なお、葵祭の斎王代が決まったというニュースに刺激されて、別途、本多健一『京都の神社と祭り』(中公新書)も読みました。これは2015年出版であって新刊書ではないので、このブログでは取り上げませんが、Facebookやmixiでシェアしたいと思います。

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まず、マーティン・ウルフ『民主主義と資本主義の危機』(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、英国の Financial Times 紙のジャーナリストです。英語の原題は The Crisis of Democratic Capitalism であり、2023年の出版です。ということで、別の機会に書いたような気がしますが、経済史的に考えて民主主義と資本主義には親和性があったとみなされていました。ただし、人々が平等な参加権を持つ民主主義と人々が持てる所得や富などに基礎を置く購買力に基づいた不平等が存在する資本主義とは、必ずしも親和性はありません。すなわち、本書で著者がノッケから主張しているように、資本主義は一定の平等性があるという前提のもとで民主主義と親和的であっただけであり、中産階級が崩壊の危機に瀕して格差が拡大する中では、民主主義と資本主義の間の親和性は薄れます。そして、私もそうですが、著者の主張は資本主義というよりも民主主義を重視すべきであって、民主主義にもっとも重要なプライオリティを置くべきである、というものです。この点については大きな反対は、少なくとも表立ってはないものと私は考えています。他方で、民主主義ではなく資本主義的な不平等に基礎を置く政治体制を志向する人々も無視し得ないボリュームで存在することも事実です。ただ、英語の原題にある通り、本書では民主主義と資本主義を邦訳タイトルのごとく別物として扱っているわけではありません。民主的な資本主義が危機に瀕している、というのが根本的な問題意識であり、邦訳タイトルに見られるように民主主義が危機に瀕して権威主義に取って代わられようとしているとか、資本主義から社会主義に移行する動きがあるとかといった2つのフェーズを論じようとしているわけではありません。あくまで、民主的な資本主義が権威主義的な資本主義に変質しないように警告を発しているのだと私は認識しています。資本主義はそれ自体としてはミラノビッチ博士のいう通り盤石で生き残っています。そして、資本主義的な所得や富の分配の不公平を残したままでは民主主義が機能しにくくなる点は、1980年代の新自由主義政策がもたらした現在の格差社会のもとで実感されている通りです。本来、古典派経済学の「完全競争」の用語に示されているように、資本主義においては大きな不平等ないとの前提で、個人の自由や権利を守り、契約の遵守などの一定のルールを守り、相互の信頼関係を尊重する市場が運営されていれば、民主主義と親和性高く存続します。しかし、所得や富の大きな不平等があれば、ルールがねじ曲げられたり信頼関係が損なわれたりするのは日本の例を見ても明らかです。裏金を受け取った国会議員は税務申告の必要がない一方で、昨年10月からはインボイス制が幅広く敷かれて、最後の1円まで所得をあからさまに把握される中小業者が続出しています。社会的地位の高い人々と一般市民の間が分断されて、「上級国民」は一般国民とは異なる権利を持って、異なるルールに従っているかのような印象すらあり、そこにつけ込んでポピュリズムが支持を獲得し始めています。そして、こういったポピュリズムが移民や外国人を敵視し、保護主義を正当化し、民主主義を侵食していると私は考えています。本書では、ポピュリズム台頭の理由として経済的な失望を重視しています。今まで、ややもすれば、宗教的な要因も含めて社会的地位を失うおそれや民族差別などの文化的な側面が重視されてきましたが、本書は違います。そして、具体的な処方箋には乏しいものの、新自由主義的、ネオリベな政策ではなく、経済的な格差を縮小し、中間層を分厚くするような方向性が模索されています。たぶん、我が国の官僚に実際の政策具体化を指示すれば、立派な政策ができるような気がします。

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次に、ジョン・メイナード・ケインズ『平和の経済的帰結』(東洋経済)を読みました。著者は、20世紀の偉大な経済学者です。英語の原題は The Consequences of the Peace であり、1919年の出版です。邦訳者は山形浩生さんです。巻末の邦訳者による解説もなかなかのものです。もう100年を経過した大昔のパンフレットですので、すでにパブリックドメインになっていて、Project Gutenberg のサイトで英文全文を読むことが出来ます。邦訳は山形浩生氏による新約です。本書はケインズ卿の著作物のうちで、もちろん、『貨幣論』や『貨幣改革論』や『確率論』などもあるとはいえ、おそらく、『雇用、利子及び貨幣の一般理論』に次いで人口に膾炙したものではないか、と考えます。一言でいえば、第1次世界大戦後の平和条約であるベルサイユ条約の交渉過程を振り返り、ドイツに対するカルタゴ的な平和を強く批判しています。構成は7章から成っており、第1章で序論、第2章で戦争前のヨーロッパを概観し、第3章で会議、第4章で条約、第5章で賠償をそれぞれ論じ、第6章で条約後のヨーロッパ、最後の第7章で修正案を提示しています。よく知られたように、ケインズ卿は単にアカデミックな世界で活躍しただけではなく、そもそも、ケンブリッジ大学卒業後は高級公務員としてインド相で勤務したりしていますし、本書で明らかなように、当時の英国大蔵省の代表団の一員として、第1次世界大戦後にはパリでのヴェルサイユ条約交渉に参加し、第2次世界大戦後にもブレトン-ウッズ会議に出席して議論をリードしています。これまた、よく知られたように、ヴェルサイユ条約の交渉においては、議論の方向性や条約の素案について大きく失望し、辞表を出して本書を取りまとめています。ですので、本書はエコノミストとして精緻な分析を示しす、というよりも、政府代表団や広く一般国民を対象に訴えかけることを目的としたパンフレットであり、ボリュームはそれなりにあるものの、それほど難解な議論を展開しているわけではありません。そうです。マクロ経済学を一瞬にして確立した『雇用、利子及び貨幣の一般理論』などと比べると、格段に判りやすい内容といえます。欧州における戦後の生産能力の低下を粗っぽく試算し、ドイツが英仏をはじめとする連合国相手に賠償できる範囲を示した上で、その支払い能力も粗っぽく試算しています。その上で、最終的にヴェルサイユ条約ではドイツの賠償額は1320億金マルクと決定したわけですが、ケインズ卿はドイツの支払い能力を400億金マルク=20億ポンド=100億ドル、と試算しています。歴史的な事実として、ドイツの賠償額は削減され続け、ドーズ案を経てヤング案では358億金マルクにまで低下しているわけですので、ケインズ卿の試算結果の正確性が証明されたといえます。本書では、余りに多額の賠償がドイツの政情不安を惹起する、とまでは指摘していませんが、これまた歴史的事実として、世界でもっとも民主的と称されたワイマール憲法下であっても、民主的な投票に基づいてナチスが政権を奪取し、最終的には独裁体制が成立し、第2次世界大戦の原因のひとつとなったのは、広く知られている通りです。ケインズ卿が提示した、あるいは、本書で展開された的確な経済分析が第2次世界大戦を防ぐことが出来なかったのは、エコノミストならずとも痛恨の極みといえましょう。

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次に、志駕晃『そしてあなたも騙される』(幻冬舎)を読みました。著者は、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』でデビューしたミステリ作家です。この小説は、「騙される人」と「騙す人」の2章建てになっています。主人公は、夫のDVから逃れて7歳の娘を育てるシングルマザーの沼尻貴代です。そして、テーマはソフト闇金、個人間融資です。主人公は、適応障害でコールセンターのクレーム処理の仕事を辞めざるを得なくなり、いろんな料金を延滞し始め、アパート家賃を払えなくなって住居を失うリスクに直面しながらも、親戚をはじめとしてどういった貸金業者からも融資を受けられなくなります。追い詰められた主人公が最後の頼みの綱として期待したのがSNS上で客を集める個人間融資の「ソフト闇金」でした。「未奈美」と名乗る見知らぬ貸主が、子育て中のシンママということで、やたらと親切に借金返済を猶予してくれる上に、新たな就職先や子育てなどプライベートな相談にも乗ってくれるます。そういった背景で、主人公はギリギリで風俗への就職を思いとどまったりするわけです。親切な貸主ということもあって、主人公の借金は雪だるま式に膨れ上がり、とうとう返済のメドが立たなくなったところで、「騙される人」の章が終わって、主人公は貸主の未奈美から資金調達して貸す方に回り、「騙す人」の章が始まります。そして、当然ながら、個人間金融を始めた主人公が返済を滞りがちな顧客に苦労する、というストーリーです。ミステリですので、出版社の紹介文や章立てなどから容易に理解できるので、あらすじなどはここまでとします。まず、エコノミストとして指摘しておきたいのは、日本は貧困の3要因として従来から上げられているのは、母子家庭、高齢家庭、疾病です。最近ではこれに非正規雇用という要因も加わっているのかもしれませんが、本書の読書の範囲ではシングルマザーというのが貧困の大きな原因となっていることは明らかです。そして、新自由主義的な棄民政策、「自助、共助、公助」の順を強調しつつ、実は、ほとんど公助が欠けている中で、生活に苦しむ母子家庭が舞台となっています。もちろん、DVも大きな要素です。その意味で、いかにも経済的側面からはありそうなストーリーだというふうに私は受け止めました。加えて、2章建てとなっていて、闇金から借りる方で返済ができなくなったら、闇金サイドで働いて、いわば、貸す方に転換する、というのは、すっかり忘れましたが、ほかの小説でも見た気がしますので、これまた、あり得るストーリーなのかもしれません。最後の最後に、出版社の宣伝文句で「2度読み必至」と書かれています。もともと、ミステリは読者を何らかの意味で騙そうとするものですし、そういった宣伝文句を与えられたミステリは少なくありません。でも、確かに、騙される読者もいるのかもしれませんが、それほど深い騙し方ではありませんし、私自身も、ひょっとしたら騙されたのかもしれませんが、2度読みは必要なかったです。

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次に、小塩隆志『高校生のための経済学入門[新版]』(ちくま新書)(ちくま新書)を読みました。著者は、私と同僚でもあった官庁エコノミストから早々に学界に転じて、現在は一橋大学の研究者です。[新版]と銘打っている通り、2002年版があるのですが、今年2024年になって新しい新版が出版されています。4月で私の勤務校でも大量に新入生を迎え、現時点で、失礼ながら、大学1年生なんて高校生と大きな違いはないわけで、特に、私は理工学部生や文学部生なんぞに日本経済を教えているわけですから、高校生に教えるのと大きな違いない部分も少なくなく、本書を手に取ってみました。タイトル通りに、本書冒頭で「高校生に経済学の初歩を学んでもらうための入門書」と明記されています。対象は基本的に高校生であって、たぶん、私は読者に想定されている対象外ということになります。ということで、経済学ですので、需要曲線と供給曲線の交点で価格と需要量=供給量が決まる、という広く知られた関係から始まります。すなわち、本書で取り上げられている順に、需要と供給、市場メカニズム、金利、格差、効率と公平、景気、物価、GDP、人口減少と経済成長、インフレ、金融政策、税金と財政、社会保障、円高と円安、比較優位、貿易と世界経済、ということになります。私は、カプラン教授の『選挙の経済学』などから経済学では想定しないような間違い、例えば、ロックフェラー一族とアラブの王様が結託して石油価格を釣り上げて庶民を苦しめている、といった反市場バイアスに対して、価格は市場で分散的に決まり、競争的市場で決まった価格シグナルによる資源配分は厚生経済学的に最適である、といった世間一般の誤解を解くとともに、経済学部生も含めて、もちろん、他学部生にも、経済や経済学であるので世間一般の常識をそのまま当てはめて理解することも十分可能である、と強調しています。例えば、学生でもスーパーで安売りをするのは量をたくさん売りたいという意図に基づいている、ということくらいは理解できますから、価格低下と販売量の増加が相関していて、逆は逆である、とかです。ですから、本書をテキストにして経済学を教えることも可能かもしれませんが、私は日本の経済事情というものを教える必要があるので、まあ、大学の授業に「高校生のための」という明記があるのを取り上げるのは少しはばかられます。最後に、1点だけ指摘しておくと、第5章の金融に関してミクロ経済学の視点がなく、マクロ経済学の観点だけからの説明しかないように感じました。すなわち、金融や金融機関、例えば、銀行のもっとも重要な役割は決済であり、支払いを滞りなく済ませるという観点が抜けていて、マクロの金融仲介機能とか、日銀の役割だけが取り上げられている気がします。したがって、「システミック・リスク」を防止する、といった観点もありません。その点だけは、もしも、3版が出るなら付け加えてほしい気がします。でも、トータルとしていい入門書だと思います。

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次に、ホリー・ジャクソン『受験生は謎解きに向かない』(創元推理文庫)を読みました。著者は、英国のミステリ作家であり、本作の前に同じピップを主人公とするの『自由研究には向かない殺人』、『優等生は探偵に向かない』、『卒業生には向かない真実』の三部作があり、本作はこの三部作の前日譚となっています。ですから、主人公のピップはまだ高校生です。ただし、三部作の最初の方で明らかにされている通り、ピップの通っているのは英国のグラマー・スクールですから、日本式にいえば「進学校」と位置づけて差支えありません。事実、ピップはオックスブリッジに進学しています。ということで、本作品では、架空の殺人事件の犯人探しゲームにピップが招待されます。そのゲームの舞台はスコットランド西方海上に浮かぶ小島のマナハウスで、時代設定は1924年、黄金の20年代、となっています。なお、招待された人たち、というか、ゲームの参加者はピップの高校の同級生たちとその兄の計7人です。ゲームの開始早々にマナハウス=富豪の豪邸の主人が殺害されて、その犯人探しが始まります。もちろん、ゲームですし、実際にスコットランド西方の島に行くわけでもなく、いろんな手がかりがブックレットに挟まれているメモによって明らかにされます。殺害された大富豪はカジノとホテルの会社を経営していて、息子が2人います。兄は会社経営に加わらないものの、父親から生計費を得ていて自由気ままに暮らしている一方で、弟の方は会社の後継者とみなされています。マナハウスの主人とソリの合わなかった執事も容疑者リストに入ります。最初のころは、適当にみんなと合わせているだけだった主人公のピップも段々とゲームに熱中し始め、最後は、ゲーム提供者の正解に対して、心の中で異議を唱えたりもします。私は読者として、先の三部作をすべて読んでレビューしたつもりで、最後の作品の終わり方からしてシリーズの続きはないと確信しています。ただ、こういった前日譚はあり得るわけで、いかにも「無邪気」とすら表現し得るような高校生たちの爽やかな青春ストーリーです。読者によっては、『自由研究には向かない殺人』の次に上げ、『優等生は探偵に向かない』や『卒業生には向かない真実』よりも高く評価する人がいても私は不思議に思いません。もっとも、三部作を最後まで読んだからそう感じるだけで、単体として独立して読めば評価は変る可能性があります。

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次に、石持浅海『男と女、そして殺し屋』(文春文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家です。本書は、『殺し屋、やってます。』と『殺し屋、続けてます。』に続く、シリーズ第3弾です。最初の『殺し屋、やってます。』では殺し屋は経営コンサルタントとして表の顔で働く富澤允だけが登場して、第2作の『殺し屋、続けてます。』では新たな殺し屋としてインターネット通信販売業を偽装する鴻池知栄が登場します。そして、本作は、当然ながら、というか、何というか、豪華にもこの2人とも登場する短編集です。私は、たぶん、前2作を読んでいると思うのですが、いずれも本作と同じように短編集だったという以外には、ほぼほぼ中身の記憶がありませんから、ひょっとしたら、再読するかもしれません。それはさておき、前2作と同じで、殺し屋が殺人を請け負うわけですが、その殺人は謎解きもヘッタクレもありませんから、情報が分断されている依頼者と殺害対象者の関係、あるいは、オプションで指定される殺害地域や日程などを謎解きの対象にしています。収録されている短編のあらすじは、順に、「遠くで殺して」は富澤允が請け負います。依頼者と殺害対象者のそれぞれの自宅の間では殺害しない、という地域のオプションの謎を解きます。「ペアルック」は鴻池知栄が請け負います。殺害対象者がジャグリングなどの大道芸を趣味にしていて、そのペアとなっているもう1人の男性の2人が、ほぼほぼ同じような服装をしている謎を解きます。「父の形見」は富澤允が登場します。無農薬有機野菜の販売を父親から引き継いだ男性が雇っていた営業担当者が殺された過去の事件の謎を解きます。「二人の標的」は鴻池知栄が請け負います。2人の友人YouTuber農地のどちらかを殺害するという風変わりな依頼の謎を解き、依頼人の意思に沿った殺人であるかどうかを確認します。最後に表題作の「女と男、そして殺し屋」は鴻池知栄と富澤允が2人とも登場し、別途の殺人依頼を受けます。文庫本で100ページを越える中編くらいの長さです。殺害日程を指定され、先の日程だった鴻池知栄の殺人が終わった後、富澤允の依頼は取り消されます。背景となった高齢者の運転ミスによる交通事故死、そして、その交通事故死から残された遺児の大学受験などの要素を突き合わせて謎が解かれます。いずれも殺し屋が殺人を請け負うわけですから、警察などの法執行機関が介入しての全面的な謎の解明にはならないのはいうまでもなく、情報収集に動き回るとはいえ、決定的な証拠物件を発見するわけでもなく、安楽椅子探偵の要素が強いミステリです。ですから、警察がやるような明示的な事実関係などの解明は提示されませんが、おそらくそうなんだろうという論理的な謎解きが披露されます。

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2024年4月19日 (金)

24か月連続で日銀物価目標の+2%を上回った消費者物価指数(CPI)上昇率をどう見るか?

本日、総務省統計局から3月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の統計で見て前年同月比で+2.6%を記録しています。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は24か月連続、すなわち、2年連続です。ヘッドライン上昇率は+2.7%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+2.9%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者物価3月2.6%上昇 2年連続で日銀目標の2%以上
総務省が19日発表した3月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が106.8となり、前年同月比で2.6%上昇した。伸び率は22年4月から2年連続で日銀の物価安定目標の2%以上となった。食料などの価格の高止まりが続く。
上昇率はQUICKが事前にまとめた市場予測の中央値の2.6%上昇と同じだった。前年同月比での上昇は2年7カ月連続となる。伸びは2月の2.8%から縮小した。
生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は2.9%上がった。伸び率は7カ月連続で縮小した。生鮮食品を含む総合指数は2.7%上昇した。
3月の結果を品目別にみると電気代は1.0%低下した。2月のマイナス2.5%から下げ幅を縮めた。火力発電に使う液化天然ガス(LNG)価格などが上がっている。都市ガス代の下落幅も縮小した。ガソリンは4.3%上昇と、2月に引き続き4%台の伸びだった。
生鮮食品を除く食料は前年同月比4.6%上がった。原材料価格の上昇の影響により、せんべいが19.8%、レトルトカレーを示す調理カレーが18.8%それぞれ上がった。
生鮮食品を除く食料の上昇率は2月の5.3%からは縮んだ。23年に相次いだ値上げによる上昇分が一巡し、伸びは7カ月連続で縮小した。鶏卵は3.6%低下と、2年11カ月ぶりに前年同月と比べて下がった。
全体をモノとサービスに分けるとサービスは2.1%上昇した。上昇率は9カ月連続で2%以上だった。観光需要の回復が続く宿泊料は27.7%高まった。
同日公表した23年度平均の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数)は前年度比2.8%上昇した。上昇幅は政府の電気・ガス料金の抑制策の影響で22年度の3.0%から縮小した。
生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は23年度は3.9%上昇した。第2次石油危機の影響があった1981年度の4.0%以来42年ぶりの高い伸びとなる。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+2.6%ということでしたので、まさにジャストミートしました。品目別に消費者物価指数(CPI)を少し詳しく見ると、まず、エネルギー価格については、昨年2023年2月統計から前年同月比マイナスに転じていたのですが、本日発表された3月統計では前年同月比で▲0.6%まで下落幅が縮小し、ヘッドライン上昇率に対する寄与度も▲0.04%まで小さくなっています。いうまでもなく、政府による「電気・ガス価格激変緩和対策事業」が先月の2月に終了したことに起因します。統計局の試算によれば、電気代▲0.41%、都市ガス代▲0.08%、合計▲0.49%のヘッドライン上昇率に対する寄与があったことが明らかにされています。すでにガソリン補助金が縮減された影響で、ガソリン価格は3月統計では+4.3%、ヘッドライン上昇率に対する寄与度が+0.09%となっています。中東の地政学的なリスクも高まっています。すなわち、ガザ地区でのイスラエル軍の虐殺行為、イラクのイスラエル攻撃なども、今後、どのように推移するかについても予断を許しませんし、食料とともにエネルギーがふたたびインフレの主役となる可能性も否定できません。
現在のインフレの主役である食料について細かい内訳をヘッドライン上昇率に対する寄与度で見ると、コアCPI上昇率の外数ながら、生鮮食品が野菜・果物・魚介を合わせて+0.23%あり、うち生鮮野菜が+0.13%、生鮮果物が+0.12%の寄与をそれぞれ示しています。生鮮食品を除く食料の寄与度が+1.09%あります。コアCPIのカテゴリーの中でヘッドライン上昇率に対する寄与度を見るとせんべいなどの菓子類が+0.22%、調理カレーなどの調理食品が+0.18%、うるち米などの穀類が+0.14%、焼肉などの外食が+0.12%、鶏卵は下がったものの牛乳など上昇した乳卵類が+0.09%、などなどとなっています。サービスでは、宿泊料が前年同月比で+27.7%上昇し、寄与度も+0.25%に達しています。

先行き、足元の4月については、第1に、新年度を迎える区切りの月であることから値上げ予定が集中するとともに、第2に、足元で円安が進んでいることもあり、インフレ率が高まる可能性に注意が必要です。例えば、帝国データバンクから3月29日に明らかにされた「食品主要195社 価格改定動向調査」や4月19日の「上場主要外食100社 価格改定動向調査」などのリポートでも、そういった方向性が示唆されているように私は感じています。

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2024年4月18日 (木)

国際通貨基金「IMF世界経済見通し」見通し編を読む

一昨日、4月16日の日本時間の夜に国際通貨基金から「IMF世界経済見通し」IMF World Economic Outlook 見通し編が公表されています。すでに、Analytical Chapters 分析編は先週4月12日に取り上げていますので、見通し編についてもpdfの全文リポートなどからグラフを引用しつつ、ごく簡単に見ておきたいと思います。

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まず、IMFのサイトから成長率見通しの総括表 World Economic Outlook Growth Projections を引用すると上の通りです。こんかいの「世界経済見通し」の副題は Steady but Slow: Resilience amid Divergence となっていて、すなわち、着実な成長であるものの回復ペースは遅くて、回復のレジリエンス=強靭性はある一方で成長はまちまち、という特徴を持っているようです。上のテーブルで示されているように、世界経済の成長率は今年2024年+3.2%、来年2025年も+3.2%ですから着実な成長が見込まれています。一応、日本を見ておくと、今年2024年+0.9%、来年2025年+1.0%とほぼほぼ潜在成長率近傍の成長を予想しています。成長がレジリエントであるという意味は、景気後退に陥る確率が低くてソフトランディングの確率が増している、という意味です。

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さらに詳しく、リポートから p.9 Figure 1.14. Growth Outlook: Broadly Stable を引用すると上の通りです。上のパネルから明らかなように、昨年2023年10月時点での見通しと比較して、先進国や新興国経済は明らかに上振れしていて、今回の見通しでは上方改定されているのが見て取れます。ただし、この先、何と2029年までの中期的な成長率見通しが示されていますが、サブサハラアフリカを別にすれば、成長率がゆっくりと鈍化すると見込まれています。この点は、分析編の Chapter 3: Slowdown in Global Medium-Term Growth: What Will It Take to Turn the Tide? で議論が展開されていて、この私のブログでも先週4月12日に取り上げたように、資源配分是正のための構造改革 Structural reforms reducing misallocation については+1%ポイントを超える成長促進効果があると試算していたり、AIの活用 AI adoption はかなり大きな効果が見込めるとの分析結果を示していたりします。ただ、繰り返して強調しておきますが、世界経済はレジリエントであり、景気後退に陥ることなくソフトランディングの可能性が高まっています。

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そのソフトランディングの可能性が高まっているという分析結果をサポートするのが上のグラフであり、リポートから p.13 Figure 1.15. Inflation Outlook: Falling を引用しています。これも前回2023年10月時点の「世界経済見通し」と比較していて、大雑把に予想のラインまたはややインフレ率が下振れしているのが見て取れます。おおむね、インフレ高進下での金融政策は成功していると考えるべきです。

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金融政策がインフレの抑制とソフトランディングに成功しつつある一方で、経済のレジリエンスの維持強化のための第1に優先すべき政策課題は Rebuilding Room for Budgetary Maneuver and Ensuring Debt Sustainability 予算運営のバッファーを再構築し、債務の持続可能性を確保することであると指摘しています。我が国財務省が裏から手を回しているのではないか、という気もしますが、まあ、一応、正統な志向であるように見えます。そして、その財政再建のために考慮すべき要因として選挙を上げています。上のグラフはリポートから p.21 Figure 1.24. Medium-Term Fiscal Adjustment を引用しています。隣国である韓国の選挙はすでに終わって与党が敗北しましたが、日本は今年2024年中には選挙がありませんから、まあ、有り体にいって、選挙のある国よりもしっかりと財政再建すべきである、という主張が透けて見えます。秋に大東呂選挙が控えている米国なんかはどうするんでしょうか?

最後の政策課題については、私は少し異見ありますが、少なくとも、世界経済は景気後退を回避してソフトランディングに向かっている点は国際通貨基金(IMF)でも確認できているようです。

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2024年4月17日 (水)

3か月ぶりに貿易黒字を計上した3月の貿易統計をどう見るか?

本日、財務省から3月の貿易統計が公表されています。統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比+7.3%増の9兆4,696億円に対して、輸入額は▲4.9%減の9兆1,031億円、差引き貿易収支は+3,665億円の黒字を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

貿易赤字3年連続、23年度5.8兆円 資源高一服で縮小
財務省が17日発表した2023年度の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は5兆8918億円の赤字だった。赤字は3年連続となる。原油など資源価格の高騰が一服したことなどから金額は73.3%減った。
輸出額は前年度比3.7%増の102兆8982億円で過去最高となった。23年通年でも100兆円を超えていたが、年度でも初めて大台に乗った。半導体不足の解消で供給制約が少なくなり、自動車の輸出額が17兆8771億円と30.2%伸びたことなどが押し上げた。
輸入額は10.3%減の108兆7901億円だった。原油や液化天然ガス(LNG)などの輸入額が減った。これら鉱物性燃料の輸入額は26.4%減の26兆55億円となった。原油及び粗油の輸入量が8.6%減るなど、化石燃料は数量ベースでも輸入が減った。
財務省によると23年度の円の対ドル相場は平均で1ドル=143円79銭だった。22年度の135円05銭からさらに円安・ドル高に振れた。ロシアのウクライナ侵略による資源価格の世界的な高騰が一服した影響によって、円安が進む中でも全体の輸入額は3年ぶりに減少に転じた。
地域別に見ると、米国との貿易収支は9兆1356億円の黒字だった。自動車や建設用・鉱山用機械の輸出がけん引して黒字額は37.8%増えた。中国には5兆9287億円の貿易赤字、欧州連合(EU)向けは7219億円の赤字だった。
足元では23年度の平均を上回る154円台まで円安が進んでいる。イランがイスラエルに報復攻撃を加えるなど中東情勢は緊迫の度合いを増しており、今後原油価格に影響してくる可能性もある。貿易赤字が再び膨らむ懸念が残る。
同時に発表した3月の貿易収支は3664億円の黒字だった。黒字は3カ月ぶりとなる。自動車や半導体など電子部品の輸出が伸びた。

長くなってしまい、かつ、2023年度統計に圧倒的な重点が置かれていますが、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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まず、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、+3000億円を超える貿易黒字が見込まれていましたので、ほぼジャストミートしたといえます。3月の貿易収支は季節調整していない系列で見ると黒字でしたが、季節調整済みの系列で見るとまだ赤字が続いています。ただし注意すべき点は、1月と2月は中華圏の春節次第で我が国の貿易が大きな影響を受けるという事実であり、ひょっとしたら、3月までそういった撹乱要因が継続的に影響している可能性は否定できません。いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、貿易収支が赤字であれ黒字であれ、輸入は国内生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。そして、私の知る限り、少なくないエコノミストは貿易赤字は縮小、ないし、黒字化に向かうと考えている可能性が十分あります。
3月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油や液化天然ガス(LNG)の輸入額が伸び悩んでいます。すなわち、原油及び粗油は数量ベースで▲4.5%減ながら、金額ベースでは+2.8%増となっています。数量ベースの減少以上に単価が上昇した結果、輸入額が増加しているわけです。しかし、LNGについては、数量ベースでは▲3.0%減、金額ベースでも▲9.5%減となっています。数量の低下とともに単価が下がっていることがうかがわれます。また、ある意味で、エネルギーよりも注目されている食料について、穀物類は数量ベースのトン数では▲8.5%減、金額ベースでも▲22.0%減と大きく減少しています。輸出に目を転ずると、輸送用機器の中の自動車は季節調整していない原系列の前年同月比で見て、数量ベースの輸出台数は+14.9%増、金額ベースでも+22.0%増と大きく伸びています。前年同月との比較ですので、どこまでの寄与があるのか不明ながら、ダイハツの品質偽装に端を発する生産停止からの回復が寄与しているのかもしれません。自動車や輸送機械を別にすれば、金額ベースの前年同月比で見て、一般機械は+3.2%増と輸出を伸ばしている一方で、電気機器は▲2.9%減となっています。

最後に、貿易収支だけではなく、サービス収支や所得収支・金融収支なども含めた経常収支に関して財務省で「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」と題する財務官主催の懇談会が3月26日に第1回の会合を開催しています。その事務局提出資料に貿易・サービス収支について考えられる論点として、p.8に以下の3点が上げられています。所得収支・金融収支なども含めた論点が財務省の事務局資料にありますので、ご興味ある向きは原資料をご覧下さい。

  • 近年の貿易赤字傾向の背景としては、自動車に匹敵する黒字の担い手の不在、生産拠点の海外移転、基礎的資源の輸入依存などが挙げられる。
  • サービス収支については、好調なインバウンドを背景に旅行収支は改善する一方、デジタル分野や研究開発関連といった先進的な分野では赤字が拡大している。
  • こうした状況の背景や今後の見通しをどのように分析するか。我が国が、今後、財・サービス両分野で、収支構造を強靱化するとともに、国際競争力を維持・強化するためには、どのような施策が必要か。

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2024年4月16日 (火)

電気製品はいかに家庭や女性労働を変革したか?

全米経済研究所(NBER)から、電気製品がいかに家庭に変革をもたらしたかの歴史的概観を取りまとめたリポートが明らかにされています。主として、米国とドイツの例を取り上げていて、残念ながら、ほとんど日本に対する言及はありませんが、欧米先進国については米独以外にも何か国かレビューされています。まず、引用情報は以下の通りです。

pdfのリポートからグラフをいくつか引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、リポート p.3 から Figure 2. The decline in weekly hours spent on housework in the United States. を引用すると上の通りです。見ればわかると思いますが、1990年から2020年までの家事に費やされた労働時間の推移です。120年前には1週間で60時間近い家事労働を必要としていましたが、1975年には週当たり18時間まで減少しています。1990年以降はほぼ安定し、10時間余りとなっています。

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続いて、リポート p.4 から Figure 3. The diffusion (upper panel) and the time price (lower panel) of electrical appliances through the U.S. economy. を引用すると上の通りです。上のパネルが家庭における家電製品の普及率を、そして、下のパネルがそういった家電製品の購入に必要な労働時間を、それぞれプロットしています。先ほどの家事労働時間のグラフで明らかなように、1990年でほぼ安定していますので、普及率の方も1990年までをプロットしてあります。基本的な因果関係は下のパネルから上のパネルに向かっています。すなわち、耐久消費財であるこれら家電製品が大量生産されるに従って価格を低下させるとともに、賃金上昇も加わって、大いに家庭に普及し家事労働時間を短縮したわけです。

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最後に、リポート p.14 から Figure 13. Evolution of Female Labor-Force Participation rates in a set of countries. を引用すると上の通りです。NHKの朝ドラ「虎に翼」に見られる日本に限らず、先進各国では家事労働はご婦人によって大きな部分が担われていたわけで、その家事労働時間が短縮されると女性の労働参加率が上昇します。誠に残念ながら、日本はこのグラフに入っていませんが、おそらくは同じ傾向であったと推察されます。各国さまざまな経済社会の条件により結果は異なっていて、北米では今世紀に入って女性の労働参加率はむしろ反転・低下を始めているようですが、欧州に目を転じると、英国とドイツではまだ上昇を続けていて、フランスとスペインでは横ばいの安定した段階に達したのかもしれません。ただし、グラフの引用は省略していますが、同時にこのリポートでは Figure 14. Evolution of Marriage rates in a set of countries. を報告していて、婚姻率は低下しています。婚姻率の低下も女性の労働参加率上昇のひとつの要因になっている可能性は否定できません。

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2024年4月15日 (月)

大きく伸びた2月の機械受注統計をどう見るか?

本日、内閣府から2月の機械受注が公表されています。民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注が、季節調整済みの系列で見て前月比+7.7%増の8,868億円となっています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

2月の機械受注、前月比7.7%増  製造・非製造ともに伸び
内閣府が15日発表した2月の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる民需(船舶・電力を除く、季節調整済み)は前月比7.7%増の8868億円だった。増加は2カ月ぶり。製造業、非製造業ともに発注が大きく伸びた。基調判断は「足元は弱含んでいる」で据え置いた。
製造業は9.4%増の3963億円と2カ月ぶりのプラスだった。17業種中14業種と幅広く前月比で増加した。「電気機械」や「情報通信機械」が特にプラスに寄与した。
ダイハツ工業は2023年12月に品質不正で生産や出荷を全面的に停止した。統計では「自動車・同付属品」からの受注は23年12月、24年1月とマイナスだったものの、2月は9.7%増と3カ月ぶりに増えた。
内閣府の担当者は自動車不正を巡る同統計への影響を聞かれ「生産や出荷ほどダイレクトに効いたかは分からない」と述べるにとどめた。製造業は1月に13.2%と大幅に減少しており、反動による増加との指摘もある。
非製造業は9.1%増の5059億円だった。2カ月連続でプラスを確保した。「通信業」や「建設業」、「農林漁業」からの発注が全体を押し上げた。
内閣府は全体の基調判断を「足元は弱含んでいる」とした。同判断は2カ月連続となる。「単月の動きが大きい指標だ」と指摘したうえで「基調が続くかは来月も見たい」と説明した。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、機械受注のグラフは上の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注で見て前月比+0.7%増でした。予想レンジの上限は+2.5%増でしたので、実績の+7.7%増はそれなりのサプライズであったと私は受け止めています。しかしながら、引用した記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「足元は弱含んでいる」に据え置いています。上のグラフで見ても、太線の移動平均で示されているトレンドで見れば、まだ、トレンドが反転したかどうかは判断ができない、というのは判る気がします。来月以降の統計を見てから基調判断を変更するかどうかを考える、という引用した記事の最後のパラもそういう趣旨だと思います。いずれにせよ、幅広い業種で増加が見られており、製造業と非製造業に分けて季節調整済みの系列の前月比を見ると、製造業が+9.4%、船舶と電力を除く非製造業も+9.1%増と、いずれも高い伸びを示しています。ただし、製造業については1月統計で前月比▲13.2%を記録していますので、このマイナスを穴埋めするには至っていません。また、受注水準としてはまだ何とか月次で8,000億円を上回っており決して低くはありませんし、足元の2024年1~3月期の受注見通しは+4.9%増の2兆6294億円と見込まれています。業種別に少し詳しく見ると、製造業ではパルプ・紙・紙加工品が前月比+129.0%を、非製造業では不動産業が+165.9%、鉱業・採石業・砂利採取業が+121.8%をそれぞれ示しています。
昨年来の謎であったのは、日銀短観などで示される設備投資計画のソフトデータとGDPやGDPの基礎となる法人企業統計、また、それらの先行指標である本日公表の機械受注などのハードデータとの乖離です。3月に公表された法人企業統計やそれを反映した2023年10~12月期のGDP統計2次QEなどを見ていると、この乖離が解消されつつある可能性を感じ始めていて、本日公表の2月の機械受注を見ても同様です。ですので、本格的にこの乖離が縮小する方向にあるのであれば、投資不足の現状にある我が国経済にはデフレ解消・脱却とともに望ましい方向であるといえます。

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2024年4月14日 (日)

大きく打線を組み替えて中日に競り勝つ

  RHE
阪  神001000100 241
中  日010000000 150

打線を大きく組み替えて、中日に競り勝ちました。

  1. SS 木浪
  2. C 梅野
  3. CF 近本
  4. 3B 佐藤輝
  5. 1B 大山
  6. LF 前川
  7. RF 森下
  8. 2B 中野
  9. P 才木

投げる方では、先発の才木投手は2回に先制点は許したものの、7回を4安打1失点ですから十分なQSでした。8回はセットアッパーに岩崎投手、そして、最終回はゲラ投手が三者凡退で締めてくれました。打線を大きく組み替えたものの。攻撃陣は相変わらずです。わずかに4安打で、しかも、クリンナップの3人にはヒットが出ませんでした。ただし、その4安打がことごとく得点に結びつきました。3回はヒットで出た中野選手を梅野保守のタイムリーで返し、ラッキーセブンはツーベースの前川選手を中野選手のタイムリーで本塁に迎え入れました。
確かに、まだまだシーズンは始まったばかりで、順位や何やは気にはならないものの、ハッキリいえるのは、この時期ですら優勝した昨シーズンとは大きく違うということです。

甲子園に戻ってのジャイアンツ戦は、
がんばれタイガース!

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2024年4月13日 (土)

今週の読書は経済学の学術書2冊をはじめとして計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、衣笠智子『少子高齢化と農業および経済発展』(勁草書房)は、世代重複モデルと一般均衡的成長会計モデルを用いたシミュレーションなどによる経済分析結果を集めた学術書です。島浩二『外食における消費者行動の研究』(創成社)は、消費者が外食サービスを選択する際の情報について分析しています。佐藤ゆき乃『ビボう六』(ちいさいミシマ社)は、京都文学賞最優秀賞受賞作であり、長命な怪獣ゴンスはひなた/小日向さんとともに京都の街で活躍します。神野直彦『財政と民主主義』(岩波新書)は、「根源的危機の時代」において新自由主義に代わって経済社会を立て直す公共部門や財政のあり方を論じています。筒井淳也『未婚と少子化』(PHP新書)は、やや的はずれな子育て対策に終止している政府の少子化対策を批判しつつ、さまざまな少子化問題に関する誤解を解消しようと試みています。宮部みゆきほか『江戸に花咲く』(文春文庫)は、江戸の祭りにちなんだ短編5話を収録したアンソロジーです。各短編の出来はいいのですが、アンソロジーとしてはややまとまりがありません。
ということで、今年の新刊書読書は1~3月に77冊の後、4月に入って先週は7冊をレビューし、今週ポストする6冊を合わせて90冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。

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まず、衣笠智子『少子高齢化と農業および経済発展』(勁草書房)を読みました。著者は、神戸大学の研究者です。本書の副題は表紙画像にも見られるように「世代重複モデルを用いた理論的計量的研究」となっていて、出版社からも理解できるように、明らかに学術書です。ですので、経済学部で経済学を勉強している、もしくは、勉強していたとはいえ、学部生や一般のビジネスパーソンにはやや難しい内容を含んでいます。大学院修士課程レベルの学術書と考えるべきです。本書は3部構成で各部に3章ずつ配置されています。最初の第Ⅰ部は人口と農業、第Ⅱ部は人口と経済成長、第Ⅲ部は少子高齢化時代の農業と経済、をそれぞれテーマとしています。第Ⅰ部では、私も2021年の紀要論文 "Mathematical Analytics of Lewisian Dual-Economy Model: How Capital Accumulation and Labor Migration Promote Development" で取りまとめたルイス的な開発経済学における二重経済モデル、すなわち、広範に限界生産力がゼロ、もしくは、ゼロに近い余剰労働力を有する農業・農村に対比して、限界生産力に応じて賃金が支払われる近代的な産業部門が発達した都市部の産業を対比し、農業の産業としての特徴を明らかにしようと試みています。特に、二重経済に関しては、私が分析対象とした初歩的なルイス・モデルではなく、非常に精緻な一般均衡的成長会計モデルを用いた分析結果が明らかにされています。また、第Ⅰ部と第Ⅱ部を通じて、経済成長や経済発展と人口の関係についても簡単に取り上げられています。すなわち、学説史的には18世紀的な古典派の世界ではマルサスの『人口論』に基づいて、食料生産は算術級数的にしか増加しないが、人口は幾何級数的に増加するという有名な命題があります。したがって、人口≅経済の伸びが食料生産に制約される、という考え方がある一方で、現在の日本が典型なのですが、人口縮小に伴って経済成長が制約される、という考え方もあります。第Ⅱ部の第5章では、人口や労働の伸び、人口規模、人口密度、平均寿命、年齢構成などに関する都道府県データを用いたシミュレーション分析がなされており、少なくとも、1960年代から90年代にかけての出生率の低下に伴う年少人口の低下や人口の伸び率の低下は経済成長にプラスのインパクトを持ち、いわゆる人口ボーナスが存在したことを確認しています。同じ第Ⅱ部の第6章では世界各国のデータに基づく人口ボーナスの貯蓄率と成長への影響も分析していますが、コチラの方は地域ごとに影響が異なる、という結果が示されています。第Ⅲ部は農業が主たるテーマとなっているようで、私の理解が及ばない部分もありました。特に、第8章の大阪府能勢町における都市と農村の交流に関しては、よく判りません。逆に、第9章では世代重複モデルと一般均衡的成長会計モデルのシミュレーション結果では、寿命が伸びる一方で人口が減少する現在の日本経済では、いずれにせよ資本蓄積の低下がもたらされるものの、農業よりも非農業部門の方にその影響が大きい、すなわち、相対的に農業部門の重要性が高まる、というのは、それなりの説得力を持っていると感じました。いずれにせよ、人口減少はともかく、農業というのは、経済学で正面から取り上げられることの少ない分野であり、こういった本格的な学術書はとても有益だと思います。

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次に、島浩二『外食における消費者行動の研究』(創成社)を読みました。著者は、大阪公立大学の研究者です。本書は、基本的に、マイクロ経済学の視点から取りまとめられています。すなわち、タイトル通りに、外食における消費者の選択をテーマにしています。ですので、経済学とともに、経営学的な要素も大いに含まれています。古典的な経済学では、情報が完全な市場において、生産物の品質(product)と価格(price)により消費者が選択を決定することになります。2pなわけです。しかし、マクロエコノミストの私ですら、今では2pではなく少なくとも4pにまで消費者選択の要素が拡大されていることを知っていたりします。すなわち、生産物と価格に加えて、場所や流通(place)とマーケティング(promote)です。特に、最後の要素のマーケティングが経済学というよりは経営学に近いことは広く認識されていることと思います。携帯デバイスの発達した現在では、こういった消費者が選択に際して必要とする要素がいっぱい増えていて、いったい、いくつのpが上げられるのか、私には理解が及びませんが、本書では消費の最後にあり得る要素として「投稿」(post)まで含めて論じられています。すべての消費に当てはまるわけではないのでしょうが、本書のテーマである外食を考える場合、SNS映えを意識した消費は分析の対象となり得ます。当然です。そこまでいかなくても、マイクロな経済学における選択では情報の果たす役割が大きく、供給サイドと需要サイドで情報が非対称であれば、アカロフ教授らの主張するように古典派的な市場が成立しない可能性もあります。本書では、そういった情報活用に着目した選択理論い基づいて外食について研究した成果を取りまとめています。ですので、まず、古典派経済学的な情報よりも、現代社会では情報過多になっている可能性が指摘されています。もちろん、ネット上にあふれる情報です。他方で、そういった過剰な情報を取捨選択するサイトもいっぱいあります。そして、そういったサイトはブラックボックスになっていて、ひょっとしたら、何らかの不正行為が行われている可能性も消費者サイドからはうかがい知れません。消費者の受け取る情報、本書では「刺激」(stimulus)と呼んでいる情報に、消費者がいかに反応(response)するか、という経済心理学的な分析です。それをいろんなケースに応じて分類しているのがp.35の図2-6で展開されている購買意思決定プロセスモデルです。消費者行動と注意(attention)を引きるけるマーケティングに分けて論じられています。加えて、消費者側には食欲を満たすという生存本能的な欲求だけではなく、マズロー的な意味での承認欲求もあるわけです。本書ではこういったさまざまな消費行動の基を形成する要因についてアンケート調査を実施した結果の分析を行っています。分析は、基本的に、仮想的市場評価法(CVM)により、支払ってもいい額や、放棄して我慢するに際しての補償額などについて調査し、とても有益な分析結果が得られています。プロスペクト理論やフレーミング効果などツベルスキー-カーネマンによる経済心理学の研究成果ともとてもよくマッチしています。また、第8章では、最近時点でのトピックとして、コロナ禍における外食への消費者需要を取り上げており、感染対策の充実を求めつつも、それらのコストを価格にに転嫁することを許容するのはわずかに1/4に過ぎず、デフレ経済ニッポンを象徴しているような気すらしました。

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次に、佐藤ゆき乃『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を読みました。著者は、私の勤務校である立命館大学文学部のOGであり、本作品で2021年度の京都文学賞最優秀賞を受賞して作家デビューを果たしています。主人公はひなた/小日向さんという女性とエイザノンチュゴンス(ゴンス)という怪獣です。小日向さんはゴンスといっしょに過ごす時間を持つ一方で、ひなたとしてアルコールを提供するラウンジでアルバイトしながら恋人である達也にやや蔑まれながら同棲する世界とを行ったり来たりします。トイウカ、メタバースなんだろうと思います。小日向さんは、ゴンスといっしょに白いカエルを探して二条城の周辺を夜のお散歩をしたり、木屋町の純喫茶「ソワレ」でゼリーポンチを楽しんだりしますが、ひなたさんとしては、ラウンジのアルバイトでは酔客から嫌な思いをさせられたりします。すなわち、「男の人が、飲み屋の女の子をからかっているときの顔。自分が圧倒的に優位だとわかっているときのみ男性が発揮する、この世で一番しょうもないサディズム。」と表現したりしています。ひなたさんは、同棲している達也から「おまえが天使とか、似合わなさすぎ」とけなされながらも、小日向さんとして背中の羽で空を飛んで事情上近くで白いカエルを探しに出かけます。ということで、ひなた/小日向が入り混じって、小日向さんの方には怪獣のゴンスが登場してと、とても不思議な小説です。私程度の読者のレビューでは、この小説の魅力を伝えきることは出来ないような気すらします。ひなたさんとしては、アルバイト先の酔客はもちろんのこと、同棲している恋人や育ててくれた祖母からさえも、やや見下されて生きてきた主人公なのですが、小日向さんとしては、長命のゴンスはそんな彼女に優しく接して、いっしょに白いカエルを探します。このゴンスという怪獣が不思議な存在です。手足が6本あるといいます。本書では「たいへん長生きの怪獣」とだけ紹介されていて、年数は明記していないように記憶していますが、出版社の宣伝文句などでは「千年を生きる怪獣ゴンス」と言及されていたりします。表紙画像の左側はそうなんだろうと思いますが、出来れば、ビジュアルにもより詳しくどういった怪獣なのかを知りたいと考えるのは私だけではないと思います。京都文学賞に応募しただけあって、京都のいろんな名所が登場します。小日向さんがゴンスと出会ったのは二条城でしたし、木屋町や祇園、そして、北野天満宮の縁日にもゴンスと出かけたりします。私は京都の南の方の出身ですが、本書では衣笠キャンパスに通学していた経験ある作者らしく、京都の北の方の紹介が中心になります。縁日、ということになれば、本書で言及されている北野天満宮の天神さんとともに、京都の南方では当時の弘法さんも有名です。毎月21日が弘法さん、25日が天神さんです。いずれにせよ、京都やファンタジー小説が好きな向きには大いにおすすめします。

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次に、神野直彦『財政と民主主義』(岩波新書)を読みました。著者は、東大名誉教授の研究者であり、ご専門は財政学です。実は、未読ながら Financial Times 紙のジャーナリストが書いたマーティン・ウルフ『民主主義と資本主義の危機』をつい最近勝ったのですが、まさに、本書の問題意識も同じところにあります。すなわち、マルクスの『資本論』ですら資本主義と民主主義は親和性あるものと示唆しているのですが、1980年代からの新自由主義=ネオリベ的な政策の採用により、政治的な民主主義と経済的な資本主義の乖離が目立つようになっています。経済的な格差や貧困が拡大し、環境破壊が進んで気候変動が深刻化しているわけです。すなわち、政治的な民主主義はすべての人の平等な権利や義務に基礎をおいている一方で、格差の大きい経済面ではすべての人は決して平等ではなく、保有する購買力、富または所得によって裏打ちされている経済力によってウェイト付けされているわけです。株式会社の株主総会の決定方式を想像すればいいかと思います。ですから、問題は経済力による支配を政治の面まで拡大しようとする方向性がある一方で、それに対抗して、政治的な平等を経済政策の分野まで拡大して格差の縮小や貧困、さらには、別の観点ながら、気候変動の抑制まで視野を広げようとする方向です。別の見方が提供されていて、前者の方向はコモンを縮小して私的領域を拡大することであり、後者の方向性はコモンの拡大とする見方もあります。たぶん、厳密にはビミョーに異なるのでしょうが、お起きは方向性としてはほぼ同じであり、少なくとも協力共同する可能性は大きいと私は想像しています。その民主主義的な政治的決定を経済、特に、市場に持ち込もうというひとつの手段が財政です。広く知られたように、財政は歳出にせよ、歳入=税収にせよ、議会の多数決により決定される財政法定主義を取っています。国民多数の意見が反映されるシステムといえます。その意味で、本書のテーマとなっているわけです。しかし、実際には、国民の意見が反映されていると感じる人の割合はどれくらいあるのでしょうか。実際には、「誰かエラい人」、あるいは、政治家が国民の意見とはかけ離れたことを決めている、と感じている人は少なくないと思います。パーティー券の売上を裏金にしたりして、どんなにあくどいことをしても政権交代という形で国民の声が反映されう余地は限られています。こういった私の問題意識を本書では、「根源的危機の時代」と呼んでいます。ですので、私も本書の方向性には大いに同意する部分があります。ただ、北欧のシステム礼賛はいいのですが、我が国のロールモデルになるかどうかは、やや怪しいとは思います。

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次に、筒井淳也『未婚と少子化』(PHP新書)を読みました。著者は、立命館大学の研究者ですが、私とは学部もキャンパスも違います。ご専門は家族社会学だそうです。本書でノッケから批判しているのは、政府の少子化対策が子育て対策に終止している点です。私も基本的には同じ考えであり、我が国では婚外子の割合が諸外国と比較してやたらと低いので、子育て対応を考えるず~と前に結婚促進、別の見方をすれば未婚・晩婚対策を重点的な目的のひとつにすべきだと主張しています。諸外国、特にフランスで婚外子の割合が高いのは、我が国でいうシングルマザーの割合が高いというのではなく、法律婚ではないカップルの割合が高いからです。その点も本書では適確に主張しています。その上で、本書では結婚に対する意識についても的確に主張していて、いい条件の結婚相手がいれば、結婚希望は高まるのは当然です。実際に、本書では3000万円の年収などを例示していますが、年収などの経済的な条件が重要な比率を占めるのは当然です。ですので、結婚適齢期という表現はもはやよろしくないのかもしれませんが、結婚を考える年齢において十分な経済的余裕があるかどうかが重要であろうと考えるべきです。もちろん、いわゆる「出会い」がないのが未婚率の上昇につながっている面があるのも確かなので、地方自治体が後援しているような婚活パーティーのようなイベントも決して不要というわけではありませんが、まずは、基礎的な条件として所得の増加を重視すべきです。所得の低下と出生率の低下は連動しているのではないか、と私は考えているのですが、それを計量的に確認した研究成果は今までのところそれほど蓄積されているわけではないように思えます。本書の目的のひとつは、少子化に関する誤解を解くことであろうかとも思いますので、本書にそこまでは望まないのですが、少なくとも結婚生活が送れる所得を政策目標のひとつに組み入れることは意味ないわけではないと思います。ただ、私が知る限りでも、十分安定的で結婚生活を送るにふさわしい所得を得ている人々でも結婚していない人がいっぱいいるわけで、その点については本書でも十分な分析がなされているとは思えません。おそらく、マクロの思考ではそういった個人の選択の問題を解明するのには限界があると思います。本書の冒頭で主張されているように、国家としてのグランドデザインの問題かもしれません。経済的な生産や消費の問題だけではなく、国防や安全保障の観点も動員しつつ、国家としての適正な人口規模を考える必要があるのかもしれません。

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次に、宮部みゆきほか『江戸に花咲く』(文春文庫)を読みました。5人の著者による江戸時代を舞台とする時代小説のアンソロジーです。ただ、私の感触では、タイトルと内容なチグハグです。「江戸の花」といえば、火事と喧嘩であると相場が決まっているのですが、本書ではなぜか祭りを主体においています。その祭りも大きな天下祭2つを中心にしていて、やや重複感があります。天下祭2つとは、すなわち、浅草の三社祭と神田明神の神田祭です。私は60歳の定年まで東京住まいで独身のころは浅草にほど近い三ノ輪橋の下町に住んでいましたので、三社祭の影響圏内でした。少し懐かしく感じます。ただ、どちらも天下祭であって、なぜそう呼ばれるかといえば、江戸城内まで入り込んで将軍のお目もじにかかるからです。ということで、収録作品とあらすじは以下の通りです。まず、西條奈加「祭りぎらい」は狸穴屋お始末日記シリーズの作品で、浅草三社祭を舞台にします。笛職人で祭囃子に使う笛も作っている親方の家から入り婿が離縁されようとしている問題を、離縁を専門とする公事宿「狸穴屋」が解決して復縁を図ります。諸田玲子「天下祭」では、2つの天下祭と並ぶ日枝神社の山王祭を舞台にして、武道の達人だった伊賀者の初老の男の屋敷に、何とお庭番の忍びの娘が押しかけてきて、沸き起こる騒動を描き出しています。三本雅彦「関羽の頭頂」は運び屋円十郎シリーズの作品で、モノや理由を詮索することなく淡々と運ぶハズの円十郎がいろいろと考えを巡らせます。祭の山車の描写がとても巧みで、そういった祭の中の動きや展開がとてもスピーディで楽しめます。高瀬乃一「往来絵巻」は貸本屋おせんのシリーズで、神田祭の豪華な絵巻を名主が注文したのですが、出来上がった絵には10人いるはずの人々の中から1人欠けている人がいて、その時間差からある出来事が推理されます。最後に、宮部みゆき「氏子冥利」は三島屋変調百物語シリーズの作品で、神田祭で小旦那の富次郎が助けた老人から不思議な話を聞き出します。怪談であって、在所での非道な行為が含まれているのですが、「人殺し」として自分自身を責める老人に関しては心温まる結果を引き出しています。収録された短編の中では質量ともに頭ひとつ抜けている気がします。ハッキリいって、繰り返しになりますが、火事でも喧嘩でもないのに「江戸の花」を称するのには疑問が残りますし、祭りを舞台にしているほかは特段のテーマもなく、いろんな有名作家のシリーズからつまみ食いして寄せ集めた印象があるのは確かです。でも、一話一話は完成度が高くて読み応えあります。個別の作品で評価すれば高い評価になりますが、アンソロジーとしてはそれほどではないかもしれません。各作家の作品はいい出来で、編集者は凡庸といえるかもしれません。

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2024年4月12日 (金)

国際通貨基金「IMF世界経済見通し」分析編を読む

今週、3日間に渡って五月雨式に国際通貨基金(IMF)から「IMF世界経済見通し」分析編 IMF World Economic Outlook Analytical Chapters が公表されています。第1章の見通し編は4月16日の公表予定です。すでに公表されている分析編は以下の第2-4章です。前年までは分析編は第2章と第3章の2章だけ、というパターンが多かった気もしますが、以下の通り、今回は分析編が金利上昇の影響、中期的な成長の鈍化、新興国市場からの波及効果、の3点に焦点が当てられています。

分析編だけで3章、各章20ページを超えますので、誠に簡略ながら、以下の IMF Staff Blog も参照しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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広く知られている通り、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミックによる供給サイドの問題、あるいは、ロシアによるウクライナ侵攻などにより、エネルギー価格や穀物などの食料価格などの値上がりにより世界経済は大きな物価上昇を生じ、先進国をはじめとして世界の中央銀行は金融引締め=利上げを行っています。長らくゼロ金利が続いた日本ですら、先月3月に日銀が異次元金融緩和を終了し、金融引締めを開始したことは広く報じられている通りです。ただ、これまた、広く認識されているように、米国では従来の金融引締めの高価が発揮されておらず、インフレの収束が遅れている一方で、景気悪化にも至らず、ソフトランディングのパスに乗っている可能性が取り沙汰されています。他方で、未公表ながら、第1章の見通し編で示されるように、金融引締めによる総需要抑制効果が大きく現れて成長率を鈍化させている国もあるようです。こういった金融政策の効果の違いがどういった要因により生じているかを第2章では分析しています。そして、結論としては、住宅投資を通じた景気効果にその差を求めています。すなわち、住宅ローン借入れに固定金利が占める比率が高いと金融政策の効果、金利引上げの効果が小さくなる、逆は逆、ということになります。まあ、誰が考えてもそうなのですが、それをIMFのスタッフが正面から取り組んだところに意義があるのかもしれません。ということで、上に引用したのは p.56 Figure 2.13. Changes in the Share of Fixed-Rate Mortgages です。もちろん、これだけではなく、家計の債務や供給制約も考慮されています。でもって、住宅ローンについて日本を例に考えると、もともと固定金利住宅ローン Fixed-Rate Mortgages の割合が低く、その上、2011:Q1から2022:Q4にかけて固定金利ローンの割合がさらに低下しているのが見て取れます。ですから、日本は政策金利に連動して変動する住宅論の比率が高くて金融引締めの効果が現れやすい、ということになるのですが、ホントですかね、と思うエコノミストは私だけでしょうか。それとも、日本はいつでも世界の例外なんでしょうか。

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続いて、第2章では中期的な成長の鈍化に直面して、生産性向上の重要性を分析しています。中期的に、IMFでは成長率が低下する予想を持っていて、COVID-19パンデミック前の2000~2019年の20年間の平均成長率に対して、2030年までに▲1%ポイントの成長率の低下の可能性があると試算しています。そして、その対策として、いくつかの政策とその政策効果、ほかに現在の経済の流れなどの試算結果を上げています。それが上のグラフであり、p.76 Figure 3.17. Impact of Various Factors on Global Medium-Term Growth を引用しています。政策効果については4つの政策をピンポイントで試算し、経済の今後の方向については3つの潮流をレンジで試算しています。見れば明らかなのですが、政策効果については、労働参加率上昇政策 Policies boosting LFPR、移民促進による先進国での労働供給拡大 Migration boost to AEs' labor supply、人材配置改善政策 Policies improving allocation of talent の3つについては、まあ、なんと申しましょうかで、効果はボチボチといえますが、資源配分是正のための構造改革 Structural reforms reducing misallocation については+1%ポイントを超える成長促進効果を見込んでいます。また、今後の経済の方向性として、公的債務の過重 Public debt overhang と世界経済の分断化 Fragmentation は成長率抑制に作用する一方で、AIの活用 AI adoption はかなり大きな効果が予想されています。AIの活用はもういうまでもありませんから、資源配分是正のための構造改革については、IMFでは商品・サービスの市場や労働市場の柔軟性を向上させ、貿易や投資の開放性を維持し、金融の深化を促す政策を想定しているようです。

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世界経済の主役の変化については、今までも何度も主張されてきた通り、第2次世界大戦直後の米国一強経済と違って、21世紀にはG20レベルの新興国の世界経済への影響力が強まるのは当然です。サイズの点ではいうに及ばず、サプライチェーンに占める新興国の重要性も、この章で波及効果の計測などが分析されています。上のグラフは p.96 Figure 4.9. Firm-Level Spillovers を引用しています。このグラフは、新興国の成長が加速した場合のショックが、サプライチェーンの原材料や部品などの供給サイドからのショックと製品などの供給先として考える需要サイドのショックに分けて試算しています。インドネシアとトルコを例外として、G20新興国のうち多くの国で成長が加速すれば、その国から原材料や部品、あるいは、製品の供給を受けている場合、当然、新興国内での成長加速により輸入できる数量が減少したり、あるいは、輸入価格が上昇したりして、サプライチェーン前方の輸入元からの負の供給ショックを受けます。他方で、輸出先としてサプライチェーンの後方リンケージを考えると、輸出が増加してプラスの需要ショックが生じます。これも当然といえば当然の結果であり、企業レベルでは新興国を輸出先としてサプライチェーンに組み入れるべき時代がやってきた、ということになります。

最後に繰り返しになりますが、「IMF世界経済見通し」の見通し編本編は4月16日の公表予定です。

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2024年4月11日 (木)

大学教員が労働組合を結成すると賃金は上がるか?

全米経済研究所(NBER)から、大学の教員が労働組合を結成すると賃金が上がるのか、雇用はどういった影響を受けるのか、という研究成果が明らかにされています。カナダの大学のデータを基にした分析です。まず、引用情報は以下の通りです。

次に、NBERのサイトから論文のAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
We study the effects of the unionization of faculty at Canadian universities from 1970-2022 using an event-study design. Using administrative data which covers the full universe of faculty salaries, we find strong evidence that unionization leads to both average salary gains and compression of the distribution of salaries. Our estimates indicate that salaries increase on average by 2 to over 5 percent over the first 6 years post unionization. These effects are driven largely by gains in the bottom half of the wage distribution with little evidence of any impact at the top end. Our evidence indicates that the wage effects are primarily concentrated in the first half of our sample period. We do not find any evidence of an impact on employment.

イベント・スタディという手法を使って、1970年から2022年までのカナダの大学のデータを用いた研究結果です。引用したAbstractにあるように、労働組合結成後の最初の6年間で給与は平均して2~5%超の増加 "salaries increase on average by 2 to over 5 percent over the first 6 years post unionization" を見せた一方で、雇用への影響を示す証拠は見つかっていない "We do not find any evidence of an impact on employment." と結論しています。カナダの大学という限定されたサンプルながら、労働組合を結成するとお給料が上昇し、しかも、お給料の安い下半分の賃金増加がもたらされて "largely by gains in the bottom half of the wage distribution" いて、雇用の減少は生じない、というわけです。下のグラフは、論文 p.24 Figure 1: Effect of Unionization on Salaries と p.27 Figure 4: Employment Effects of Unionization から引用していて、2つのグラフを私の方で結合しています。お給料 Salaries は統計的に有意に上振れしている一方で、雇用 Number of Workers はゼロと統計的に差はありません。

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もう10年以上も前に注目された Jordi Galí の "The Return of the Wage Phillips Curve," Journal of the European Economic Association 9(3) にも賃金の決定で労働組織率が考慮されていたと記憶していますが、労働組合は雇用を減ずることなく賃金アップに有効という結論は変わりない、と考えています。逆にいえば、生産性もさることながら、労働組合組織率の低下により賃金が停滞していた、という可能性も考えることが出来ます。

最後に、誠についでながら、イベンス・スタディの入門的な解説論文が昨年2023年に出ていますので、より深い学習や研究のご参考まで。

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2024年4月10日 (水)

再び上昇幅が拡大した3月の企業物価指数(PPI)をどう見るか?

本日、日銀から3月の企業物価 (PPI) が公表されています。PPIのヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で保合いとなり、上昇率は12か月連続で鈍化しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業物価、3月0.8%上昇 2カ月連続で伸び率拡大
日銀が10日発表した3月の企業物価指数(速報値、2020年平均=100)は120.7と、前年同月比で0.8%上昇した。2月(0.7%上昇)から伸び率が0.1ポイント拡大し、2カ月連続で伸び率が拡大した。政府による電気・ガスの補助制度の一巡が寄与したほか、飲食料品などの幅広い分野で値上げも続いているとみられる。
企業物価指数は企業間で取引するモノの価格動向を示す。サービス価格の動向を示す企業向けサービス価格指数とともに今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。企業物価は前年同月比で37カ月連続の上昇で、3月の上昇率は民間予測の中央値(0.8%上昇)と同じだった。
輸入物価は円ベースで前年同月比1.4%上昇した。2月の0.2%上昇を上回り、23年3月(9.4%上昇)以来の水準となった。契約通貨ベースではマイナス6.9%だったが、24年3月の円の対ドル相場が1ドル=149円台と、23年3月(1ドル=133円台)より円安にふれたことが影響した。

いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率は+0.8%と見込まれていましたので、ジャストミートしました。これも引用した記事にある通り、国内物価指数は2か月連続で上昇率を高めています。すなわち、1月の前年同月比上昇率はその直前の12月と同じ+0.3%だったのですが、2月+0.7%、3月+0.8%となっています。上昇幅が拡大した背景には、政府による「電気・ガス価格激変緩和対策事業」が一巡した影響もあると考えるべきです。輸入物価がジワリと再上昇を始めている背景として、引用した記事にもある円安は決して無視できないのですが、原油価格の上昇も考慮すべきです。すなわち、企業物価指数のうちの輸入物価の原油価格の円建ての前年同月比を見ると、2023年12月に+3.0%と再上昇に転じた後、1月+10.4%、2月+7.9%、3月+7.8%となっています。我が国では、金融政策を通じた需給関係などよりも、原油価格のパススルーが極端に大きいので、国内物価にも無視し得ない影響を及ぼしている可能性があります。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇・下落率で少し詳しく見ると、電力・都市ガス・水道が▲19.1%と前月2月の▲21.5%の低下から下落幅を縮小させています。食料品の原料として重要な農林水産物+▲0.4%は2月の▲0.8%から同じく上昇幅が縮小していますし、飲食料品も+3.7%と高い伸びが続いています。ほかに、窯業・土石製品+9.8%、非鉄金属+5.7%、石油・石炭製品+5.3%、などといった費目で+5%以上の上昇率を示しています。そして、価格上昇がかなり幅広い費目に及んでおり、生産用機器と電気機器がともに+4.4%、繊維製品+4.1%、パルプ・紙・同製品+3.8%、はん用機器と事務用機器がともに+3.7%、などとなっています。ある意味で、企業間で順調な価格転嫁が進んでいると見ることも出来ます。その意味では、悲観する必要はまったくありません。

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『成瀬は天下を取りにいく』本屋大賞おめでとうございます

本日4月10日、明治記念館にて「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 2024年本屋大賞」の発表会があり、宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』が対象に選ばれています。
まことにおめでとうございます。
滋賀文学として滋賀県民の私は大いに喜んでいます。

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2024年4月 9日 (火)

6か月連続で改善を示す3月の消費者態度指数をどう見るか?

本日、内閣府から3月の消費者態度指数が公表されています。3月統計では、前月から+0.5ポイント上昇し39.5を記録しています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者態度指数3月は39.5、19年5月以来の高水準 物価上昇予想も増
内閣府が9日公表した消費動向調査によると、3月の消費者態度指数(2人以上の世帯・季節調整値)は前月比0.5ポイント改善の39.5だった。指数は6カ月連続で上昇し、2019年5月以来の高水準となった。物価見通しでは、1年後は上昇するとの回答は合わせて92.4%で、3カ月連続で前月から増加した。
消費者態度指数を構成する4つの指標のうち「暮らし向き」は横ばいだったが、「収入の増え方」、「雇用環境」、「耐久消費財の買い時判断」はそれぞれ上昇した。
内閣府は、消費者態度指数の基調判断を「改善している」で据え置いた。
1年後の物価の上昇率については、「5%以上」との回答の割合が2月の37.7%から40.8%に、「2%以上5%未満」が37.5%から38.3%にそれぞれ拡大した。一方、「2%未満」との回答は、16.3%から13.3%に減少した。

的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、消費者態度指数のグラフは下の通りです。ピンクで示したやや薄い折れ線は訪問調査で実施され、最近時点のより濃い赤の折れ線は郵送調査で実施されています。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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消費者態度指数は今後半年間の見通しについて質問するものであり、4項目の消費者意識指標から成っています。3月統計では、引用した記事にある通り、前月から横ばいの37.5だった「暮らし向き」を別にすれば、残りの3項目すべての指標において前月差で見て上昇しており、「耐久消費財の買い時判断」が+0.8ポイント上昇し34.0、「収入の増え方」が+0.7ポイント上昇し41.5、「雇用環境」も+0.7ポイント上昇し45.0となっています。消費者態度指数は、昨年2023年8~9月統計では2か月連続で低下していましたが、2023年10月統計から6か月連続の上昇を記録しています。統計作成官庁である内閣府では、基調判断を「改善している」と、先月から据え置いています。
引用した記事の最後のパラにあるように、高めの物価上昇率を見込む割合が高まっています。すなわち、今年2024年に入ってからの統計を見ると、+2%以上+5%未満の上昇を見込む割合は、1月36.1%、2月37.5%、3月38.3%と、じわじわと増加していますし、+5%以上の物価上昇を予想する割合は1月38.4%、2月37.7%に次いで3月は40.8%に達しました。日本経済研究センターのESPフォーキャストに示されたエコノミストの見方では、先行き、物価上昇率は縮小していくと見込まれているのですが、一般消費者のマインドは必ずしもそうなっていません。それにもかかわらず、6か月連続で消費者態度指数が改善している、というのもやや不思議な気がします。ただ、エコノミストの予想通りに物価上昇率が縮小していけば、消費者マインドもさらに改善に向かうことが期待されます。

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2024年4月 8日 (月)

小幅なマインド低下を示す3月の景気ウォッチャーと黒字が続く2月の経常収支

本日、内閣府から3月の景気ウォッチャーが、また、財務省から2月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から▲1.5ポイント低下の49.8となった一方で、先行き判断DIは▲1.8ポイント低下の51.2を記録しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+2兆6442億円の黒字を計上しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトなどから記事を引用すると以下の通りです。

街角景気、3月は1.5ポイント低下 先行きは金利上昇への懸念も
内閣府が8日発表した3月の景気ウオッチャー調査で、景気の現状判断DIは前月から1.5ポイント低下し49.8となった。景気判断の表現は「緩やかな回復基調が続いているものの、一服感がみられる。また、能登半島地震の影響もみられる」と据え置いた。日銀が大規模緩和の修正を行ってから初めての調査となり、先行きについては金利の上昇による住宅や自動車の販売への影響を不安視する声が聞かれた。
指数を構成する3項目では、家計動向関連DIが前月から1.5ポイント低下の49.4、企業動向関連DIが2.0ポイント低下の50.0となった一方、雇用関連DIは0.3ポイント上昇して52.5となった。観光やインバウンドなど人出の増加、新生活の需要などがプラス要因として意識される一方、物価高による買い控えや天候不順の影響が下押し要因になったという。
地域別では全国12地域中5地域でDIは上昇、7地域で低下。能登半島地震が発生した北陸地域は1.6ポイント上昇した。
経常黒字2月2.6兆円 車輸出伸び、訪日客押し上げ
財務省が8日発表した2月の国際収支統計(速報)によると、海外とのモノやサービスなどの取引状況を示す経常収支は2兆6442億円の黒字となった。自動車輸出が伸びて貿易赤字が縮んだほか、訪日客の増加が旅行収支の黒字を押し上げた。
経常収支は輸出から輸入を差し引いた貿易収支や、旅行収支を含むサービス収支、外国との投資のやり取りを示す第1次所得収支などで構成する。
黒字は13カ月連続。黒字幅は前年同月から20.2%拡大した。
貿易収支は2809億円の赤字だった。赤字幅は前年同月から52.1%縮んだ。輸入額が1.4%増の8兆3780億円、輸出額は5.5%増えて8兆971億円となった。
半導体の供給制約が緩和し、自動車や関連部品の輸出が増えた。輸出額は自動車が19.8%増、自動車の部品が22.6%増と伸びたほか、プラスチックが14%増えた。地域別では北米への輸出が19.3%、アジアが2.3%伸びた。
輸入額は商品別に見ると、衣類・同付属品が27.6%増、電算機類が27.8%増だった。資源価格の低下で石炭や液化天然ガス(LNG)の輸入額は減った。
サービス収支は556億円の赤字だった。赤字幅は前年同月から75.2%縮小した。訪日外国人の消費額から日本人が海外で使った金額を引いた旅行収支の黒字が2倍超の4171億円となり、サービス収支の赤字を圧縮した。
旅行収支は2月として過去最大の黒字幅だった。2024年は春節(旧正月)が2月にあり、日本を訪れる観光客が増えた。日本政府観光局(JNTO)によると、訪日客数は同月として過去最多の278万8000人となった。
第1次所得収支は3兆3069億円の黒字だった。黒字幅は4.2%縮んだ。海外子会社からの配当金など直接投資収益が減った。海外の金利上昇で債券利子の受け取りは増えた。
季節調整値で見た経常収支は1兆3686億円の黒字で前月から50.2%減少した。

長くなりましたが、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気ウォッチャーのグラフは下の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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景気ウォッチャーの現状判断DIは、昨年2023年年末11~12月から50を超える水準が続いて、今年2024年に入っても1月統計52.5、2月統計53.0と50を超えていましたが、3月統計で▲1.5ポイント低下して49.8を記録しています。長期的に平均すれば50を上回ることが少ない指標ですので、現在の水準は決して低くない点には注意が必要です。3月統計では家計動向関連・企業動向関連ともに低下しています。企業動向関連では、非製造業が前月から▲1.2ポイントの低下にとどまった一方で、製造業は▲3.1ポイントの低下と低下幅が大きくなっています。これには、本格化し始めたインバウンド消費がいくぶんなりとも寄与しているのではないか、と考えられます。したがって、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「緩やかな回復基調が続いているものの、一服感がみられる」で据え置いています。また、内閣府のリポート「景気の現状に対する判断理由等」の中には、日銀による金利引上げに言及するものがいくつかありました。自動車販売や住宅について、金利先高観から足元での販売が伸びている、という見方がある一方で、引用した記事にもあるように、ハッキリと懸念する見方も少なくありません。前者の見方の金利先高観があるので足元で販売が増加しているというのは、決してサステイナブルではないのですが、そこは、マインドです。

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続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは経常黒字は+兆円を超え、レンジの下限でも+2兆円超えでしたので、実績の+2兆6442億円はレンジ内ながらやや下振れした印象です。他方で、今年2024年は中華圏の春節が2月でしたので訪日観光客も多く、引用した記事にもあるように、278万8000人に上って旅行収支は2月として過去最大の黒字幅を記録しています。いずれにせよ、2022年2月に勃発したウクライナ戦争後の資源価格の上昇により一時的に経常赤字を記録したことがありましたが、季節調整済みの系列で見れば、2022年年末の11-12月ころから経常黒字の水準はウクライナ戦争の前の状態に戻っています。もちろん、たとえ赤字であっても経常収支についてもなんら悲観する必要はなく、資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常赤字や貿易赤字は何の問題もない、と私は考えていますので、付け加えておきます。

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2024年4月 7日 (日)

打線がつながらずヤクルトに負ける

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阪  神001000000 151
ヤクルト20000001x 340

打線がつながらず、ヤクルトに敗戦でした。
投げる方では、先発の才木投手は初回にツーランを浴びたものの、6回を2失点ですから何とかQSといえます。8回の加治屋投手は失点したものの、佐藤輝選手のエラーですから自責点はゼロです。投手陣はよく投げたといえます。問題は攻撃陣です。再三のチャンスありながら決定打なく、その昔のタイガース打線を思い起こさせます。この3連戦を見た感想として、良くも悪くもタイガースは佐藤輝選手次第という気がします。決定打のホームランをかっ飛ばすかと思えば、ダメ押し点を献上するエラーもします。やっぱり、スーパースターなんでしょう。

甲子園に戻っての広島戦は、
がんばれタイガース!

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日本財団による18歳意識調査「国や社会に対する意識」の結果やいかに?

4月3日、日本財団による18歳意識調査「国や社会に対する意識」の結果が明らかにされています。私はその年代の大学生を対象に教員をしていますので、大きな興味を持っています。この意識調査は、日本・米国・英国・中国・韓国・インドの17~19歳の若者各1000人に「国や社会に対する意識」を質問しています。もちろん、pdfの全文リポートもアップロードされています。私は大学教員ですので、一般的な観点からズレを生じているかもしれませんが、1点だけグラフを引用しておきたいと思います。

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見ればわかると思いますが、「自国の将来についてどう思いますか。」という問いに対する回答結果です。「良くなる」の回答比率は他国と比べて、特に中国やインドと比べて圧倒的に小さくなっています。この点はそれなりに理解します。ただ、私の理解が及ばないので、「悪くなる」という回答は決して多くなく、「どうなるか分からない」がやや大きな割合を占めています。いずれにせよ、自国の将来については経済的な見方が大きなウェイトを占めているのではないか、という気がしてなりません。

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2024年4月 6日 (土)

今週の読書は日本の企業や経済に関する経済書2冊のほか計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、伊丹敬之『漂流する日本企業』(東洋経済)は、従業員重視から株主重視に経営姿勢を転換し、設備投資に対して非常に消極的になった日本企業を論じています。櫻井宏二郎『日本経済論 [第2版]』(日本評論社)は、江戸時代末期からの日本経済の特徴を歴史的に後付けています。森見登美彦『シャーロック・ホームズの凱旋』(中央公論新社)では、ホームズはヴィクトリア朝京都で大変なスランプに陥っています。天祢涼『少女が最後に見た蛍』(文藝春秋)は、社会派ミステリの仲田蛍シリーズ第4弾、初めての短編集であり、主人公の仲田蛍が高校生や中学生の心を想像します。結城真一郎『#真相をお話しします』(新潮社)も5話の短編から編まれていますが、コミカライズされていてマンガ版も出版されています。ラストのどんでん返しが各短編の特徴を引き立てています。田渕句美子『百人一首』(岩波新書)は、「百人一首」を編纂したのは藤原定家であり、小倉山荘の時雨亭で編まれた、とする通説に挑戦しています。東川篤哉『もう誘拐なんてしない』(文春文庫)は大学生が暴力団組長の娘を狂言誘拐する際の殺人事件の謎解きが鮮やかです。
ということで、今年の新刊書読書は1~3月に77冊の後、4月に入って今週ポストする7冊を合わせて84冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。
なお、新刊書読書ではないので、本日のレビューには含めませんでしたが、有栖川有栖の国名シリーズ第7弾『スイス時計の謎』と第10弾『カナダ金貨の謎』(講談社文庫)も読みました。そのうちに、Facebookなどでシェアする予定です。

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まず、伊丹敬之『漂流する日本企業』(東洋経済)を読みました。著者は、長らく一橋大学の研究者をしていました。専門は経営学です。私の専門の経済学とは隣接分野であろうと思います。本書では、財務省の「法人企業統計」などからのデータを基に、バブル崩壊意向くらいの日本企業の経営姿勢が大きく変化したことを後付けています。ズバリ一言でいうと、冒頭第1章のp.51にあるように、「リスク回避姿勢の強い経営」ということになります。一言ではなく二言でいえば、従業員重視から株主重視に経営姿勢を転換し、設備投資に対して非常に消極的である、ということです。後者については、バブル崩壊後、特にリーマン・ショック後に利益を上げつつも、株主への配当を増やす一方で設備投資がへの積極性が失われています。反論もいくつか取り上げていて、人口減少などから国内経済の成長が望めないから設備投資に消極的かというとそうでもなく、海外投資にも消極的である、と批判しています。ただ、海外投資に消極的なのは海外人材の不足も上げています。これは企業だけではなく、大学でもそうです。私は大学院教育は受けていませんし、大足の単なる学士であって収支や博士の学位は持っていませんが、海外経験が豊富だということから大学教員に採用されているような気がします。おそらく、私の直感では、大学にせよ企業にせよ、東京や首都圏であればまだ海外要員はいなくもないのでしょうが、いっぱしの都会である関西圏ですら海外人材は不足しています。おそらく、もっと地方部に行けば海外人材はもっと足りないのだろうと想像しています。ついでながら、同様に大きく不足しているのはデジタル人材であると本書では指摘しています。これは、ハッキリいって、教育機関たる大学の問題でもあります。リスク回避の強い経営に立ち戻ると、本書では「メインバンク」という言葉は使っていませんが、要するに、銀行に頼れなくなったからである、と指摘しています。かつては、メインバンクならずとも資金提供してくれる銀行が、同時に経営のチェック機能も果たしていたのですが、そういったいわゆる間接金融から直接金融に移行し、そのために株主に対する配当が膨らんでいる、という結論です。ただし、こういった過大な配当や設備投資の軽視は大企業だけに見られる現象と本書では考えていて、中小企業にはこういった動きは少ないとも結論しています。どうしてかというと、大企業のほとんどは株式を公開しており、官製のコ^ポレートガバナンス改革とか、海外投資家のうちのアクティビストへの対応などが必要になるというわけです。ですから、設備投資を抑制し、私も同意するところで、設備投資が不足するので労働生産性も高まらず、したがって、賃金が上がらない、という結論です。本書では明示していませんが、おそらく、企業の利益を投資だけでなく、賃金に分配することについても抑制的な経営がなされてきた結果であろうと私は考えています。ついでに、それをサポートするように政治や行政が暗に労働組合を弱体化させてきたことも寄与している可能性があります。そして、著者の古い著書である『人本主義企業』に立ち返って、注目企業のキーエンスを取り上げています。その詳細は本書を読んでいただくしかありませんが、1点だけ指摘しておくと、配当を増やすのではなく、株価を上げることで株主に還元している姿勢を指摘しています。最後に、私のようなマクロエコノミストの目から見て理解できなかった点なのですが、設備投資をすれば労働者の資本装備率が上がって生産性を向上させるだけではなく、特に大規模な設備投資であれば企画段階から大きな人材へのインパクトがあると主張します。企画段階における人的能力の向上や形成はいうに及ばず、心理的エネルギーが高揚し、意識や視野が広がる、との指摘です。ここは経済学ではなく経営学独自の視点で、私も勉強になった気がします。

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次に、櫻井宏二郎『日本経済論 [第2版]』(日本評論社)を読みました。著者は、日本政策投資銀行ご出身のエコノミストであり、現在は専修大学の研究者です。本書では、冒頭の第1章で日本に限定せずに経済を見る目や経済学の基礎や景気循環などについて解説をした後、日本経済をかなり長期に渡って歴史的に後付けています。すなわち、江戸時代の遺産と明治維新から始まって、殖産興業や戦時経済、敗戦後の戦後改革と高度成長、石油危機を転機とする高度成長の終焉と1980年代後半のバブル経済、バブル崩壊後の日本経済の低迷やアベノミクスの展開、そして、コロナのショックと最後は人口減長や高齢化などを論じています。長々と書き連ねてしまいましたが、私は大学で本書のタイトルと同じ「日本経済論」の授業を学部生向けと大学院生向けに担当していて、前の長崎大学でもやっぱり同じことでした。ただ、3月末で定年退職して特任教授になってからは大学院の方の日本経済論は担当から外れてました。ですので、こういった日本経済を論じた経済書はなるだけ読むようにしています。本書の特著は、繰り返しになりますが、歴史的に日本経済を解説していることです。ですので、学生はもとより一般的なビジネスパーソンにも取り組みやすい気がします。私が授業で教科書に指定しているのは有斐閣の『入門・日本経済[第6版]』で、前任の長崎大学のころに第3版を教科書に指定して以来、長々と使っています。冒頭の3章ほどで戦後の日本経済を振り返った後、制度部門別に、企業、労働、社会保障、財政、金融、貿易、農業などにおける日本経済の特徴について解説しています。私が授業をするのはこういった制度部門別の教科書のほうが使いやすい、というか、学生の学習には適していると考えています。ただ、本として、読み物として考えると、本書のように歴史を後付けるのも私はいい方法だと評価しています。ただ、現在の大学生は、10年余り前に私が長崎大学で教え始めたころと違って、ほぼほぼ今世紀の生まれ育ちですから、ハッキリいって、バブル経済の実感はまったくありません。今の大学生が生まれた時から、ずっと日本経済は低迷を続けているわけです。私自身はさすがに高度成長期の記憶はほぼ持っていませんが、今の大学生は高度成長期は完全に歴史の中の出来事であり、バブル経済もそうなりつつあります。ですので、逆に、高度成長期やバブル経済期の日本経済の姿を客観的に把握することができるような気すらします。もはら、高度成長期やバブル経済期の日本経済というのは、自国のことではなくて世界のどこかヨソの国の経済のような感覚だと思います。ですので、本書の弱点は日本経済の教訓を別の国で活かす方向性に乏しい点です。アジア諸国の経済開発の観点からすれば、江戸時代までさかのぼってしまうとどうしようもない点がいっぱいあり、戦後日本経済をより詳しく見た方が有益ではないかと考えています。というのも、日本経済の大きなひとつの特徴は、欧米以外のアジアの国で唯一の近代的かつ欧米的な経済発展を遂げて先進国を果たした点にあると考えられます。例えば、1人当たり所得で見て、日本よりもシンガポールの方が豊かなわけですが、日本は欧米的な農業国から工業国へ、そして、サービス経済化、という西欧的な経済発展の流れに乗っていますが、シンガポールは少し違います。ひょっとしたら、唯一の国というよりも韓国や台湾を考えれば、アジア最初の国という方が正確かもしれませんが、いずれにせよ、西欧的な経済発展の観点からは、韓国や台湾を含めてアジアの先頭を切ってきたわけで、これらの国に続くASEAN諸国や、あるいは、南アジアや中央アジアも含めて、今後の経済発展のロールモデルになる観点から日本経済を見ることもひとつの視点だと考えています。その意味で、日本経済を学ぶには開発経済的な視点も欠かせません。

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次に、森見登美彦『シャーロック・ホームズの凱旋』(中央公論新社)を読みました。著者は、エンタメ小説の作家です。この作品は、タイトル通りに、シャーロック・ホームズの探偵譚を相棒のワトソン医師が書き記しているというパスティーシュなのですが、ノッケから、ホームズやワトソンがいるのはヴィクトリア朝京都で、ワトソンはすでに結婚してメアリー・モースタンと新婚家庭を構えている一方で、ホームズはベイカー街ならぬ寺町通221Bのハドソン夫人のフラットに住んでいます。ただ、ヴィクトリア朝京都のホームズは決して名探偵ではありません。「赤毛連盟事件」で大失敗をしてスランプに陥って、鬱々と日々を過ごしているので、ワトソンが何とか元気づけて元の名探偵に復帰できるように、いろいろと気を使って、そのあげくにワトソン家の結婚生活が危機にさらされていたりします。ついでながら、「京都警視庁」に「スコットランドヤード」のルビが振ってあり、そのスコットランドヤードのレストレード警部も、難事件はホームズに解決してもらっていたわけですから、ホームズにシンクロする形でスランプだったりします。また、本来のホームズ物語ではロンドンの悪の巨頭であり、ホームズの宿敵であるモリアーティ教授は、寺町通221Bのホームズの部屋の上階に住んでいて、これまたスランプで研究も進んでいません。ほかに、「ボヘミアの醜聞」に登場するアイリーン・アドラーがヴィクトリア朝京都では名探偵の役割を果たして、ホームズに代わって難事件を解決します。ほかに、原典に基づいて登場するのはマスグレーヴ家の当主だったりしますし、ヴァイオレット・スミスはまったく原典から異なる役割を与えられていて、「ストランド・マガジン」の編集者を務めていたりします。原典には見当たらない霊媒師リッチボロウ夫人がヴィクトリア朝京都では重要な役割を果たします。まあ、ホームズの物語ですから、ネタバレを避けてあらすじはここまでとしますが。おそらく、本書を読むと作者の『有頂天家族』などといったファンタジーを連想して、本書もファンタジーではないか、と考える読者がいそうな気がしますが、そのようにファンタジーにも読めることを私も認めはしますが、ひょっとしたら、メタ構造になっているのではないか、そのようにも読めるのではないか、という気がします。あまりに突っ込んだレビューをするのはネタバレにつながりかねないので、ここまでとしますが、既読の方がおられれば、本書は『有頂天家族』などのようなファンタジーなのか、いやそうではなく、近代物理学や生物学に矛盾する部分は決してなくて、ファンタジーのように感じられるのはメタ構造の内部構造として読むべき、なのか、ご意見をお聞きしたく思います。

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次に、天祢涼『少女が最後に見た蛍』(文藝春秋)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、本書は社会派ミステリの仲田蛍シリーズ第4弾、初めての短編集です。このシリーズは神奈川県警生活安全課少年係の仲田蛍を主人公に、第1弾『希望が死んだ夜に』、第2弾『あの子の殺人計画』、第3弾『陽だまりに至る病』と、未成年による数々の事件を取り上げています。本書に収録された5話の短編を収録順に紹介すると、まず「17歳の目撃」では、決して豊かではない家庭環境ながら弁護士を目指す高校生が、地元の登戸で頻発しているひったくり事件を目撃します。高校のクラスメイトが犯人でしたが、波風を立たせないためにその目撃情報を警察には伝えず、ウヤムヤに終わらせようとします。仲田蛍がいつもの「想像」によって証言引き出します。「初恋の彼は、あの日あのとき」では、アラサーに達した仲田蛍が同窓生の女子会に出席し、小学校のころの思い出を4人で語り合います。物静かなイケメンスポーツマンとして人気がありながら、5年生の終業式の日に転校していった男子についてのお話が弾みます。でも、仲田蛍はその実態について鋭く考えます。「言の葉」では、元アイドルながら過激な発言でもってSNSを炎上させることでも有名な野党の女性議員の事務所のガラスにリンゴが投げつけられた事件で、防犯カメラの映像などから早くから犯人と特定されていた中学生男子に仲田蛍が相対します。こども食堂を助けるのがいいのか、それとも、こども食堂が不要になる社会を目指すべきなのか、社会派の真骨頂が伺えます。「生活安全課における仲田先輩の日常」では、同じ生活安全課の後輩である聖澤真澄が、あまりにも顔色の悪い先輩の仲田蛍の守護神として活躍します。有名進学校の防犯教室で仲田蛍に代わって説明役を引き受けたりします。最後の表題作「少女が最後に見た蛍」では、夜の男女トラブルで女性の事情聴取を行うことになった仲田蛍と聖澤真澄なのですが、その女性とは仲田蛍の中学校のクラスメートで仲田蛍の友人であった桐山蛍子を自殺に至らしめたいじめの張本人でした。仲田蛍は桐山蛍子をいじめから守りきれなかった、という後悔があります。このシリーズはミステリとしては少しずつクオリティが落ちてきて、特に第3作の『陽だまりに至る病』は謎解きとしては少し疑問があったのですが、本書に収録された短編はミステリとしてもいい出来だと思います。特に、仲田蛍の過去が語られる「初恋の彼は、あの日あのとき」と「少女が最後に見た蛍」は過去の出来事の謎解きですから、いわゆる安楽椅子探偵の役割を仲田蛍が果たし、本格的な謎解きに仕上がっています。もちろん、このシリーズの真髄である社会派として、単純な家庭の問題だけではなく学校におけるいじめについても取り上げられており、このシリーズ本来の姿である社会派ミステリを十分楽しめます。

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次に、結城真一郎『#真相をお話しします』(新潮社)を読みました。著者は、『名もなき星の哀歌』で新潮ミステリー大賞を受賞してデビューしたミステリ作家です。本書は、5話の短編から編まれていますが、コミカライズされていてマンガ版も出版されています。私はマンガの方は見ていませんが、直感的には文章だけの小説よりもマンガの方が売れそうな気がします。それはともかく、収録順に各短編のあらすじを紹介すると、まず、「惨者面談」では、家庭教師派遣業者の営業のアルバイトをしている御三家卒東大生が主人公で、営業活動で訪れた家の母親と子どもと面談しますが、玄関先で長々と待たされた上にどうもチグハグでかみ合わない面談です。ウラで何かが起こっています。「ヤリモク」では、マッチングアプリで娘とよく似た女性をお持ち帰りする中年男性が主人公です。同時に娘がパパ活して高価なアクセなんかを買ってもらっていることも懸念しています。そして、いわゆ美人局に遭遇して大きく物語が展開し始めます。「パンドラ」では、高校生の娘がいるものの、以前に不妊で悩んだ経験から妻の同意を得て精子提供をしている男性が主人公です。そして、中学生の女子からホントの父親の自分に連絡がきてしまいます。「三角奸計」では、大学のころの仲間3人でリモート飲み会を楽しむ社会人が主人公です。ただ、3人のうち1人はテキストチャットだけでの参加です。3人お家の1人のフィアンセが浮気しているということから話が大きくなります。最後に、「#拡散希望」では、YouTuberになろうと憧れながら長崎県五島列島に住む男女4人の小学生が主人公です。もっとも、4人のうち島で生まれ育ったのは1人だけで、後の3人は家族ともに移住してきています。移住組はややキラキラネームだったりします。そして、島にやってきたYouTuberの田所という男性が子どもたちと接触するのですが、島から去った後に殺害されます。そしかも、小学生4人のうち、1人の女子が崖から転落死してしまいます。ということで、ミステリですので消化不良気味のあらすじ紹介ですが、いずれも最後の最後にちゃぶ台返しのどんでん返しが待っているミステリです。しかも、多くの短編で殺人事件が起こります。ただし、途中まで読んでいて、なんとなく真相も明らかになるくらいで、一部には底の浅いトリックも見られますが、それなりにグロいところがあって、決して一筋縄では行きません。5話のうち、圧倒的に最後の「#拡散希望」の出来がよく、最後に真相が語られる部分はかなりの緊張感があります。めずらしくも私はついつい最初に戻って2度読みしてしまいました。

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次に、田渕句美子『百人一首』(岩波新書)を読みました。著者は、早稲田大学の研究者であり、ご専門は日本中世文学・和歌文学・女房文学だそうです。本書では、タイトル通りに「百人一首」を題材に取り上げています。当然です。特に、私は書道をやっていた経験があって、大学の職を終えればもう一度習いたいと考えているので、色紙歌には興味があって、書道や美術品の観点からも「百人一首」は興味をそそられます。他方で、従来から、私のようなフツーの日本人は、「百人一首」あるいは「小倉百人一首」とは、勅撰和歌集ではないとしても、かなり著名な和歌の撰集であって、藤原定家が嵯峨野の小倉山荘の時雨亭で編んだものと考えられています、というか、伝えられています。しかし、著者の最近の研究成果でこういった一般日本人の「常識」が改めて考え直されていたりします。本書の考察のポイントは、「百人秀歌」と「百人一首」を比較衡量して、その異同から何が見えてくるかを考え、さらに、「百人一首」の配列を考え、当然ながら、権力史などの歴史をひも解き、和歌の解釈にまで考えを及ばせています。そして、考察における決定版としては、藤原定家の日記である「明月記」との比較衡量、日付の検討なども行っています。特に、「明月記」における文暦2年・嘉禎元年(1235年)5月27日の条の障子歌、色紙歌などを参照して、「百人一首」は藤原定家の撰になるものかどうかに、大きな疑問を呈しています。まず、配列については、勅撰和歌集にも見られるように、和歌は一首単独で考えられるべきものではなく、前後の配列の中、あるいは、巻の塊の中で鑑賞されるもの、という視点です。そして、歴史的な視点としては、いくつかの和歌に詠まれた「末の松山」というのは、津波ではないか、というものです。ほかにもいっぱいありますが、こういった歴史や文学の視点は、私のような専門外の読者にとっては目新しいものばかりで、それなりに勉強にはなりました。でも、だからどうした、という読者もいるように思わないでもありませんが、それが「教養」というものです。その意味で、ためになった読書でした、さすがは岩波新書、と感激しました。

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次に、東川篤哉『もう誘拐なんてしない』(文春文庫)を読みました。著者は、「謎解きはディナーのあとで」のシリーズなどで売れているユーモアミステリの作家です。本書も基本的にユーモアミステリのカテゴリの作品といえます。単行本が2008年に文藝春秋から、2010年には文庫本は文春文庫から、それぞれ出版されていますが、本書はさらにエピローグを加えて今年2024年1月に出版されています。出版社の宣伝文句として「斬新なカバーデザイン」というのもあったりしますが、前の表紙は不勉強にして私は知りません。ということで、舞台は基本的に下関なのですが、関門海峡を渡って北九州は門司にも行ったりします。基本的な地図は壇ノ浦古戦場や巌流島などとともに、本書冒頭に示されています。主人公は夏休み中の大学生と門司を地場にする暴力団組長の娘です。それに、人物相関的にはほとんど関係しませんが、印刷会社での偽札もからんできたりします。主人公の垂井翔太郎は夏休みのアルバイトで大学の先輩の甲本一樹からたこ焼きの屋台の軽トラを借りて、門司でアルバイトを始めます。その門司で、ヤクザから逃げる花園絵里香を助けます。花園絵里香は、門司港から発祥したバナナの叩売りを起源とするテキ屋系の任侠一家である暴力団花園組の組長の娘、正確には次女だったりします。なお、花園組の実権は組長ではなく、組長の長女である花園皐月が握っていたりします。その花園皐月と花園絵里香の母親が組長の父と離婚した後にできた妹の手術費用をせしめるために、狂言誘拐を企んで花園絵里香の父親、というか、花園組の組長から身代金を脅し取ろうとします。その身代金受渡しの過程で、花園組ナンバーツーの若頭である高沢裕也が失踪した上に、死体となって発見される謎を花園組の実権を握る花園皐月が探偵役となって解き明かすわけです。ミステリですので、あらすじはここまでとしますが、まあ、このあたりの山口・広島・岡山の瀬戸内ご出身の作者らしく旅情あふれる、というか、ローカる情報を満載したユーモアミステリです。しかし、同時に、関門海峡で船を使うなどの身代金の受渡しや偽札との関係、さらに、身内の裏切りなどの要素がふんだんに盛り込まれている本格ミステリでもあります。ただ、私から2点だけ付け加えます。第1に、実は、殺人事件は若頭の高沢裕也が殺される前に、偽札を印刷していたと思われる印刷会社、というか、正確にはすでに倒産したハズの元印刷会社でも起こっていますが、ソチラの殺人事件はまったく謎解きがありません。私はヘーキなのですが、読者によっては少しモヤモヤするものを感じるケースがありそうな気がします。第2に、本書を原作としてフジテレビ系列でドラマ化されています。主演の樽井翔太郎役に嵐の大野智、花園絵里香役に新垣結衣の配役でした。これはご参考まで。

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2024年4月 5日 (金)

3月の米国雇用統計はソフトランディング確定と利下げ見送りのシグナルか?

日本時間の今夜、米国労働省から3月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は昨年2021年から着実にプラスを記録していましたが、直近の3月統計では+303千人増となり、失業率は前月から△0.1%ポイント低下して3.8%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を8やや長めにパラ引用すると以下の通りです。

Today's jobs report shows economy added booming 303K jobs in March, unemployment at 3.8%
Can anything slow down the U.S. labor market?
Hiring accelerated in March as employers added a booming 303,000 jobs despite high interest rates, stubborn inflation and growing household financial stress.
The unemployment fell from 3.9% to 3.8%, the Labor Department said Friday.
Economists surveyed by Bloomberg had estimated that 213,000 jobs were added last month.
Payroll gains for January and February were revised up by a total 22,000, portraying an even more robust picture of job growth early this year. January's were bumped up from 229,000 to 256,000 while February's were downgraded modestly, from 275,000 to 270,000.
The blockbuster report bolsters the view that the economy is on track for a "soft landing," a scenario in which the Federal Reserve wrestles down inflation without triggering a recession. But the resilient labor market could prompt the Fed to push interest rate cuts to later in the year to ensure inflation is subdued before acting, economists say.
Average hourly pay rose 12 cents to $34.69, pushing down the yearly increase from 4.3% to 4.1%.
Since hitting a high of 5.9% in March 2022, average wage growth has slowed as labor shortages have eased, but it’s still above the 3.5% pace Federal Reserve officials say would align with their 2% inflation goal.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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ということで、米国の雇用は非農業部門雇用者の増加が、ひとつの目安とされる+200千人どころか、今日公表された3月統計では+300千人増を超えていて、失業率も3%台後半を継続しています。引用した記事の3パラめにあるように、Bloomberg による市場の事前コンセンサスでは+213千人の雇用増を見込んでいましたので実績は大きく上振れました。引用した記事では "blockbuster report" と表現していますし、ソフトランディング確定、といった調子の報道です。決して誇張ではないかもしれません。日本でも広く報じられたように、昨日4月3日、米国連邦準備制度理事会(FED)のパウエル議長が Stanford Business, Government, and Society Forum で講演し、物価上昇の現状と金利動向について、"On inflation, it is too soon to say whether the recent readings represent more than just a bump. We do not expect that it will be appropriate to lower our policy rate until we have greater confidence that inflation is moving sustainably down toward 2 percent. Given the strength of the economy and progress on inflation so far, we have time to let the incoming data guide our decisions on policy." と発言し、特に最後のセンテンスの "we have time" の部分が注目されていて、利下げまで時間をかけ、場合によっては年内の利下げを見送る可能性まで取り沙汰されています。加えて、ニューヨーク市場で石油価格の指標となるWTI価格が高騰しているという状況でもあり、利下げに対する慎重な意見もFED内では根強いと考えられています。そうすると、為替はいっそう円安に振れたりするんでしょうか?

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2か月連続で基調判断が下方修正された2月の景気動向指数をどう見るか?

本日、内閣府から2月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から+2.3ポイント上昇の111.8を示し、CI一致指数は▲1.2ポイント下降の110.9を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。

景気一致指数2カ月連続でマイナス、判断「下方への局面変化」に下げ
内閣府が5日公表した2月の景気動向指数(速報値、2020年=100)は、指標となる一致指数が前月比1.2ポイント低下の110.9と2カ月連続で低下した。
工場稼働停止の影響で自動車・自動車部品の生産が減少したため、輸出数量指数や耐久消費財出荷指数、投資財出荷指数が大幅に悪化したことが影響した。
内閣府は自動車関連の生産停止の影響について「一時的」とみているが、同指標から一定の算出式で決まる基調判断は、従来の「足踏みを示している」から「下方への局面変化を示している」に下方修正した。判断引き下げは2カ月連続で、連続の引き下げは2012年9月、10月以来。
先行指数は前月比2.3ポイント上昇の111.8と2カ月ぶりに上昇した。鉱工業用生産財や最終需要財の在庫率改善や、消費者態度指数、東証株価指数などが押し上げに寄与した。

包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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2月統計のCI一致指数については、2か月ぶ連続の下降となりました。3か月後方移動平均の前月差でも▲1.33ポイントの下降となり、加えて、7か月後方移動平均でも▲0.60ポイント下降と、当月、3か月と7か月の両方の後方移動平均とも前月差がマイナスを記録しています。引用した記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を2月連続で下方修正しています。すなわち、昨年2023年10月の「改善」から、今年2024年1月には「足踏み」に、さらに、本日公表の2月統計では「下方への局面変化」と、明確に1ノッチ下方修正しました。もっとも、私の直感ながら、自動車の品質不正問題による生産や出荷の停止といった経済外要因の影響が大きく、基調判断が連続で下方修正されたからといって、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そうすぐには景気後退局面入りはしない可能性が高い、と考えています。もちろん、景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありません。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、輸出数量指数も▲0.57ポイント、耐久消費財出荷指数▲0.51ポイント、投資財出荷指数(除輸送機械)▲0.35ポイント、などで大きなマイナス寄与を示しています。ただし、他方で、商業販売額(小売業)(前年同月比)が+0.32ポイント、商業販売額(卸売業)(前年同月比)も+0.21ポイント、などがプラスの寄与を示しています。ただ、小売業と卸売業の商業販売額は内需だけではなく、インバウンド消費にも支えられている可能性があります。

最後に、今年に入ってからの景気動向指数の動きを見ると、一致指数が明確に落ち込んでいて、基調判断の2か月連続の下方改定もこれを反映しているわけですが、他方で、先行指数は上昇していて、やや景気判断がビミョーな段階に差しかかっている点は確かです。楽観的な見方をする私でも、少し考えるべきタイミングかという気はしています。

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2024年4月 4日 (木)

金利が引き上げられると家計にはプラスか?

3月の日銀金融政策決定会合において、黒田総裁時代に導入された異次元緩和が終了し金融引締めが開始されました。当然、金利が上昇します。ということで、一昨日、みずほリサーチ&テクノロジーズから「金利上昇は家計にとってプラスか」と第するリポートが明らかにされています。大雑把な結論として、金利上昇は家計所得の増加につながる、との試算結果が示されています。まず、リポートからポイントを3点引用すると以下の通りです。

  • 今後、日銀が政策金利を本格的に引き上げる「金利のある世界」が実現したケースを想定し、家計に及ぶプラス・マイナス影響をシミュレーション
  • 金利上昇に伴って家計の住宅ローン利払い負担が増すものの、預金・有価証券といった金融資産からの所得が増加し、全世帯平均では最大で差し引き7.7万円/年のメリットが生じる
  • 一方、対象を負債保有世帯に限ると、若年層や低中所得層を中心に利払い負担増の悪影響が大きく、30~39歳世帯では差し引き55.5万円/年のデメリットが生じると試算される

要するに早い話が、家計全体では住宅ローンの利払いが負担増となる一方で、預貯金などの金融資産からの収入は増加し、差引きで家計全体にはプラスの所得増が生じる、という試算結果です。

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まず、リポートから 住宅ローン利払い負担増の試算結果 のグラフを引用すると上の通りです。住宅ローン金利は、変動金利が昨年2023年の0.4%から今年2024年には1.0%に上昇し、2025年2.0%、2026年2.9%、2027年以降は3.1%に急上昇すると見込まれています。固定金利も2023年の1.8%から今年2024年には2.6%、2025年3.6%、2027年4.5%、2028年以降は4.6%に上昇すると予想されています。4-5年でシ払い負担は数倍に増加することになりますが、それを金額ベースに引き直したのが上のグラフです。今年2024年中は利上げ幅も小さく変動金利と固定金利を合計しても0.9兆円の負担増で済みますが、ゆくゆくは8兆円を超える負担増と試算されています。これでは、住宅投資が進みません。景気にも悪影響を及ぼす可能性すらあります。

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続いて、リポートから 「金利のある世界」で家計が受ける平均的な影響 のグラフを引用すると上の通りです。横軸マイナスに伸びている棒グラフが先ほどの住宅ローン負担増であり、プラスの方に伸びているのが普通預金・定期預金の利子収入増や株式・投資信託配当増などで、色分けは判例の通りです。白丸がそれらを差し引いた純計となっていて、家計全体では金利引き上げは所得増の結果をもたらすと試算されているのが見て取れます。大雑把に、各年+5~10兆円の所得増と試算されています。

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続いて、リポートから 負債保有世帯の年齢階級別の影響 のグラフを引用すると上の通りです。負債のある世帯だけの試算であって、夫妻のない世帯も含めたすべての世帯の試算結果ではありませんが、傾向としては大きな違いはないものと私は考えています。すなわち、30代や40代、あるいは、50代も含めた定年前の勤労世代では住宅ローンの負債があって利払い負担が重いのはいうまでもありません。他方で、引退世代は、私もそうでしたが、退職金で住宅ローンを完済し、その上、私はそうではありませんでしたが、何らかの金融資産を保有するケースも少なからず見受けられます。ですから、金利引上げは住宅ローンと金融資産の保有状況を考えると、大雑把に、勤労世代に不利で引退世代に有利な政策変更であると考えるべきです。

ということで、家計が制度部門別で純貸出、すなわち、貯蓄超過主体であるわけですから、金利引上げはプラスに作用します。当然です。なお、「2022年度(令和4年度)国民経済計算年次推計(フロー編)ポイント」によれば、貯蓄超過主体は家計のほか金融機関と非金融法人企業です。ちなみに、純借入の投資超過主体は政府と海外です。金利引上げで損するのはこの政府と海外です。
その上で、私はこのリポートにやや懐疑的な見方をしています。まず第1に、先ほど上げた世代間の不公平です。なお、私自身は世代間の不公平をゼロサムで考えているわけではありません。すなわち、現在の年金が賦課方式で運営され、現役の勤労世代の所得が増加すれば年金財政の財源が増え、引退世代の年金も豊かになります。逆は逆であり、1990年代後半からデフレに突入し、現役世代の所得が増加しなくなって、同時に、引退世代の年金も増えなくなっています。でも、今回の金利引上げは勤労世代に不利で、引退世代に有利な政策変更です。これは明らかです。第2に、このリポートでは金利上昇による景気悪化が考慮の対象外となっています。例えば、内閣府の「短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)の構造と乗数分析」によれば、短期金利が1%ポイント引き上げられるとGDP成長率は1年目△0.58%ポイント、2年目△0.57%ポイント、3年目△0.04%ポイント、それぞれ悪化するとのモデルのシミュレーション結果が示されています。みずほリサーチ&テクノロジーズのリポートでは政策金利が2023年度の△0.1%から最終到達値の2027年度には2.8%まで、+3%ポイント近い上昇が想定されています。成長率は△1.5~2.0%ポイントほど低下する可能性があります。現時点での日本の潜在成長率から考えると、この金利上昇により毎年マイナス成長が続いても不思議ではありません。そうなると、年間△10兆円近い所得が失われますから、2番目のグラフにある5~10兆円の家計の所得増は吹っ飛ぶ可能性も否定できません。

部分均衡的に住宅ローンの負担増と金融試算の収益増を差し引くと、あるいは、金利引上げは家計所得にプラスの結果をもたらすかもしれません。でも、一般均衡的に金利引上げによる景気悪化を考慮すれば、家計だけではなく、企業にも厳しい政策変更である可能性は否定できません。私は前々から主張しているように、金融引締めは何らかの景気悪化、すなわち、需要や賃上げの抑制をもたらすことを目的としています。その点は忘れるべきではありません。

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2024年4月 3日 (水)

新年度明け4月の食品値上げやいかに?

先週金曜日の3月29日に帝国データバンクから「『食品主要195社』価格改定動向調査」の結果が明らかにされています。もちろん、pdfの全文リポートもアップロードされています。まず、帝国データバンクのサイトから調査結果のポイントを3点引用すると以下の通りです。

調査結果
  1. 4月の食品値上げは2806品目、年間は6千品目突破 「原材料高」値上げ再燃
  2. 4月の値上げ、「加工食品」が1年ぶり2千品目超え ハム・ソーセージで一斉値上げ
  3. 「天候不順」が各食品に影響 「円安」の進行も懸念材料

さまざまな生活実感からは食料品値上げのピークは過ぎたように感じないでもないのですが、価格が高止まりしていることから、まだまだ目が離せません。リポートからグラフ図表を引用しつつ簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、リポートから 月別値上げ品目数推移 を引用すると上のとおりです。「超安定」とも称された日本の物価が動き始めたのが2022年2月末のロシアによるウクライナ侵略であり、石油をはじめとするエネルギーや小麦などの食料品の価格が大きく上昇し始めました。ただ、石油価格はすでにピークアウトしており、穀物価格なども安定に向かっています。ですので、上のグラフからも明らかなように、年度と年度半期の始まりの4月や10月の値上げの山は徐々に小さくなっているのが見て取れます。この4月の値上げ品目は2,806品目とリポートされています。ただし、値上げ率は+19%に達していて、国民生活に必要不可欠な食品ということもありますから、値上げ品目数が落ち着いてきたからといって、決して等閑視すべきではありません。

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続いて、リポートから 値上げ要因の推移 を引用すると上の通りです。1-7月ベースで見れば、相変わらず、原材料高やエネルギーが高い比率で回答されているのですが、その割合は徐々に低下しています。逆に、円安や人件費といった長期的・構造的な要因の回答比率が上昇しているのが見て取れます。確かに、ここだけを見ると金融政策が引締めに転換されるのも理解できる気がしないでもありません。ただし、まだ高い比率を占めている原材料高の背景には、農作物の収穫に関して天候不順、さらにその背景には気候変動の影響が透けて見える気がします。

繰り返しになりますが、食品は国民生活に不可欠ですし、値上げ品目数が減少しているとはいえ、価格は高止まりしています。引き続き、所得増や消費税率の引下げが必要と私は考えています。

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2024年4月 2日 (火)

大学院生と京都に花見に行く

今日は大学院生と京都に花見に行きました。
哲学の道を銀閣寺から南禅寺まで南下するルートを30人ほどで歩きます。実は、先週の予定だったのですが、サッパリ開花すらしないということで今日に延期された次第です。サクラの木全体としては五分咲きくらいだったのですが、花によってはよく開いているものもありました。
それにしても、この季節に気温が上がると、私は屋外で3時間も歩くというのは、私にはムリです。サクラが咲いているということは、ほかにもいろいろと咲いているわけで、スギやヒノキに限らず、いっぱい花粉が飛んでいました。帰宅してからもくしゃみが止まりませんでした。

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2024年4月 1日 (月)

4四半期ぶりに悪化した3月調査の日銀短観をどう見るか?

本日、日銀から3月調査の短観が公表されています。ヘッドラインとなる大企業製造業の業況判断DIは12月調査から+4ポイント改善して+9、また、大企業非製造業も+4ポイント改善の+27となりました。大企業製造業では2四半期連続の改善です。また、本年度2024年度の設備投資計画は全規模全産業で前年度比+13.0%の大きな増加が見込まれています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

大企業製造業の景況感、4期ぶり悪化 3月日銀短観
日銀が1日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)で、大企業製造業の景況感を示す業況判断指数(DI)は、前回の2023年12月調査(プラス13)から2ポイント悪化してプラス11だった。悪化は4期ぶり。品質不正問題による自動車生産の減少により、関連産業の業況感が悪化した。
業況判断DIは景況感が「良い」と答えた企業の割合から「悪い」の割合を引いた値。3月調査の回答期間は2月27日~3月29日。回答率は99.0%だった。日銀が締め切りのめどとしている回収基準日は3月13日で、同時点で7割弱の回収率だった。日銀がマイナス金利を解除した3月18~19日の金融政策決定会合の影響は「ほとんど織り込まれていない」(日銀)とみている。
大企業製造業の業況判断DIはプラス11と、QUICKが集計した民間予想の中心値(プラス10)を1ポイント上回った。ダイハツ工業が認証不正で自動車の生産を停止したことを受け、自動車関連の大企業で景況感が前回調査より15ポイント悪化しプラス13となった。鉄鋼や非鉄金属など関連産業もあおりを受けて悪化した。
大企業非製造業の業況判断DIはプラス34と、23年12月調査から2ポイント改善した。8期連続の改善で1991年8月以来の高い水準となった。「インバウンド(訪日客)需要が寄与して改善している」(日銀)とみる。人件費のサービス価格への転嫁も進んでいるとみられ、大企業非製造業の販売価格判断DIは2ポイント改善した。
日銀は経済の実態を正確に把握するため、調査対象の企業を3月調査から見直した。見直し後ベースでは、23年12月調査の大企業製造業の業況判断DIはプラス12からプラス13、大企業非製造業の業況判断DIはプラス30からプラス32に修正された。
企業の物価見通しは前回調査から変わらなかった。全規模全産業で1年後は前年比2.4%、3年後は2.2%、5年後は2.1%と政府・日銀が掲げる2%物価目標を上回る上昇率だ。
調査時の水準と比較した際の販売価格の見通しは、1年後は2.7%、3年後は4.0%、5年後は4.7%といずれも前回調査から上昇修正された。企業が原材料コストや人件費の上昇を価格転嫁する動きが持続する見通しが強まっている。
企業の事業計画の前提となる24年度の想定為替レートは全規模全産業で1ドル=141円42銭だった。円安・ドル高の進行を受けて、23年度で139円38銭としていた前回調査から円安方向に修正された。足元のドル円相場は1ドル=151円台で推移しており、企業は円高水準で収益計画を立てているとみられる。

いつもながら、適確にいろんなことを取りまとめた記事だという気がします。続いて、規模別・産業別の業況判断DIの推移は以下のグラフの通りです。上のパネルが製造業、下が非製造業で、それぞれ大企業・中堅企業・中小企業をプロットしています。色分けは凡例の通りです。なお、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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先週、日銀短観予想を取りまとめた際にも書いたように、業況判断DIに関しては、製造業でやや悪化する一方で、非製造業では逆にやや改善との予想であり、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、大企業製造業が前回12月調査から▲2ポイント悪化の+10、非製造業は逆に+3ポイント改善の+33、となっていました。実績としては、短観のヘッドラインとなる大企業製造業の業況判断DIが12月調査から+3ポイント悪化して+10となり、また、大企業非製造業では+2ポイント改善して+34となりました。ほぼ予想レンジの範囲内で、大きなサプライズはなかったと私は受け止めています。何といっても、ダイハツの品質偽装による操業停止の影響が大きく、大企業自動車製造業の景況感は12月調査の+28から3月調査では+13へと▲15ポイントも悪化しています。中小企業自動車製造業に至っては12月調査の+24ポイントから▲32ポイント悪化して▲8へと大きく落ち込みました。
先行きの景況感については、製造業・非製造業とも、また、規模別でも大企業・中堅企業・中小企業の多くで、悪化の方向が示唆されていて、非製造業ほど悪化の幅が大きい、と見込まれています。製造業については、自動車製造業のリバウンドが寄与していて、加えて、先進各国が何とかソフトランディングの方向に向かっている一方で、非製造業では物価上昇による国内消費の停滞や人手不足・人件費高騰の懸念が示されていると私は受け止めていますた。ただし、引用した記事にもある通り、3月半ばの日銀による異次元緩和の終了と金融引締めの開始がほとんど織り込まれていないようですから、現実的にはもっと悪化のマインドが増加していても不思議ではありません。業種別に先行き景況感を見ると、製造業では自動車の先行き見通しが改善するのは3月調査でほぼほぼ底を打った感じなのだと思います。他方で、非製造業では卸売・小売が先行きさらに景況感が悪化しており、物価上昇の影響が見て取れます。今日から始まった2024年度の事業計画の前提としている想定為替レートは、引用した記事にもある通り、141.42\/$でした。12月調査における昨年度2023年度の想定レートが139.38\/$でしたので、ジワリと円安に修正されています。

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続いて、設備と雇用のそれぞれの過剰・不足の判断DIのグラフは上の通りです。経済学的な生産関数のインプットとなる資本と労働の代理変数である設備と雇用人員については、方向としては過剰感の払拭と不足感の拡大が見られます。特に、雇用人員については足元から目先では不足感がますます強まっている、ということになります。コロナ禍前の人手不足感を上回っています。今春等での賃上げが昨年を上回った背景でもあります。ただし、何度もこのブログで指摘しているように、賃金が上昇するという段階までの雇用人員の不足は生じているかどうかに疑問があり、その意味で、本格的な人手不足かどうか、賃金上昇を伴う人で不足なのかどうか、については、まだ、私は日銀ほどには確信を持てずにいます。すなわち、不足しているのは低賃金労働者であって、賃金や待遇のいい decent job においてはそれほど人手不足が広がっているわけではない可能性があるのではないか、と私は想像しています。加えて、我が国人口がすでに減少過程にあるという事実が、かなり印象として強めに企業マインドに反映されている可能性があります。ですから、マインドだけに不足感があって、経済実態として decent job も含めた意味で、どこまでホントに人手が不足しているのかは、日銀幹部は確信しているようですが、私にはまだ謎です。賃金が物価上昇に見合うほど上がらないからそう思えて仕方がありません。特に、雇用については不足感が拡大する一方で、設備については不足感が大きくなる段階には達していません。要するに、低賃金労働者が不足しているだけであって、低賃金労働の供給があれば、生産要素間で代替可能な設備はそれほど必要性高くない、ということの現れである可能性を感じます。

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日銀短観の最後に、設備投資計画のグラフは上の通りです。設備投資計画に関しては、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、大企業全産業で+2.9%増でしたが、実績は+4.0%でしたので少し上振れました。規模別に見ると、繰り返しになりますが、大企業が+4.0%増、そして、中堅企業が+7.7%増、中小企業が▲3.6%減と、中小企業の厳しさが伺われます。日本では企業間格差は産業間や地域間よりも規模感格差が大きいのが特徴なのですが、今回の日銀短観の設備投資計画にはこの規模間格差が現れているのかもしれません。いずれにせよ、日銀短観の設備投資計画のクセとして、年度始まりの前の3月時点ではまだ年度計画を決めている企業が少ないためか、3月調査ではマイナスか小さい伸び率で始まった後、6月調査で大きく上方修正され、景気がよければ、9月調査ではさらに上方修正され、さらに12月調査でも上方修正された後、その後は実績にかけて下方修正される、というのがあります。今回の3月調査では全規模全産業で+3.3%増の高い伸びが計画されています。昨年と同じ水準なのですが、カーボンニュートラルを目指したグリーントランスフォーメーション(GX)やデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた投資がいよいよ本格化しなければ、ますます日本経済が世界から取り残される、という段階が近づいているような気がして、設備投資の活性化を期待しています。

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