明治安田総研リポート「失われた賃金は180兆円、内部留保増分の約半分」を読む
一昨日2月4日付けで、明治安田総研から「失われた賃金は180兆円、内部留保増分の約半分」と題するリポートが明らかにされています。まず、リポートからポイントを4点引用すると以下の通りです。
ポイント
- 2000年以降の春闘賃上げ率は、従業員の頑張り(生産性)や労働市場のひっ迫具合に比して過小である
- 企業の出し惜しみ分である「失われた賃金」は2000年以降で累計180兆円と推計され、内部留保増分の約半分
- 一般労働者の所定内給与は月額9万円増の44万円だった可能性
- 賃上げが定着していれば、2000年度以降の実質GDP年平均成長率は1.5%と試算でき、米国(2.2%)には及ばないものの、ユーロ圏(1.2%)を上回る。賃金の出し惜しみが日本の成長を妨げた可能性が高い
実にタイトル通りの内容で、引用したポイントも的確に経済的な事実を捉えており、というか、大学などではなく民間シンクタンクのリポートとして、ここまであからさまなリポートは私は初めて見た気がします。当然、私自身もエコノミストとして深く共感する部分がありますので、グラフを引用しつつ取り上げておきたいと思います。
まず、リポートから (図表1)春闘賃上げ率の実績と推計結果 を引用すると上のグラフの通りです。グラフの中に、インフレモデルとデフレモデルというのが明記されています。すなわち、このリポートでは、「日本で金融危機があった1998年を境に構造変化が観察されたため、推計式は2本立てとなる。」との考えで、1975年から1998年までを対象期間とするインフレモデルを推計し、かつ、1999年から2023年までを対象とするデフレモデルを推計し、2本立てのモデルを推計外期間に適用して延長=外挿しています。当然ながら、インフレモデルは推計期間外の1999年から2023年までのデフレ期にはモデルによる理論値が実績にそれほどフィットしていないのが見て取れますが、何と、2023-24年には再び良好な実績へのフィットを取り戻しています。
続いて、リポートから (図表3)所定内給与の経路 及び (図表4)企業の利益剰余金と失われた賃金 を引用すると上のグラフの通りです。この2枚のグラフでは、もしも、1999年から2023年までのデフレ期にインフレモデルの理論値を当てはめると、実績とどう違っているかを試算しています。上のパネルでは所定内給与に大きな差が出ている点が明らかにされていて、2024年の実績値である月額35万円は、インフレモデルを当てはめると理論値として44万円になっていてもおかしくない、という点を明らかにしています。そして、下のパネルでは失われた賃金を推計していて、利益剰余金と失われた賃金が左右でスケールが異なるので注意する必要がありますが、2000年度から2023年度にかけて積み上がった利益剰余金の差分+400兆円に対して、失われた賃金が▲180兆円に上るとの結果を得ています。階級対立史観を堅持するエコにミストであれば、利益剰余金の増分+400兆円のうち半分近い180兆円は労働者から搾取されたものである、と主張しても不思議ではありません。
続いて、リポートから (図表6)実質GDPの経路 を引用すると上のグラフの通りです。このグラフでは、もしも、企業サイドが利益剰余金に回さずに賃金を+180兆円労働者に支払っていたらGDPがどのようなパスで成長したかという試算結果を明らかにしています。失われた賃金の累計▲180兆円のため、2024年度で見て▲120兆円分のGDP=付加価値が失われたとの試算結果です。したがって、リポートでは、最後の結論として「年平均成長率(2000~2024年度)は1.5%と、実績である0.6%の2.5倍に高まる。同期間の米国の伸び(2.2%)には及ばないものの、ユーロ圏の伸び(1.2%)を上回る。海外投資家からのROE改善圧力や先々の不況に備えたいという事情もあったにせよ、賃金の出し惜しみが日本の堅調な成長を妨げた可能性が高い。」
繰り返しになりますが、ここまであからさまに企業行動を日本経済の成長の妨げと指摘したリポートは、私は大学の研究者以外では見たことがありません。官庁リポートではありえないでしょう。要するに、日本経済の弱点は企業団体などが指摘するように、労働者の生産性が低いという点にあるのではなく、企業が利益剰余金を溜め込んで労働者の賃金支払を出し惜しんだ、という企業行動である、との結論です。低賃金も同様に生産性が低いからではなく、企業が賃金への支払いを出し惜しんだから、ということです。要するに、企業は労働者の首を絞めたつもりで、実は、自分で自分の首を絞めた、ということなのかもしれません。
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