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2025年3月31日 (月)

4か月ぶりの増産となった鉱工業生産指数(IIP)とインバウンド需要に支えられる商業販売統計

本日は月末ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が、それぞれ公表されています。いずれも2月の統計です。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から+2.5%の増産でした。4か月ぶりの増産となります。また、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+1.4%増の12兆9130億円を示し、季節調整済み指数は前月から+0.5%の上昇を記録しています。まず、ロイターのサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

2月鉱工業生産は4カ月ぶり上昇、基調は弱く「一進一退」=経産省
経済産業省が31日発表した2月鉱工業生産指数速報は前月比2.5%上昇となり、前月の1.1%の下落から反発し、4カ月ぶりにプラスに転じた。ロイターの事前予測調査の同2.3%上昇を上回った。設備投資関連の生産用機械に加え、電子部品デバイス、化学機械がけん引した。
生産予測指数は3月が前月比0.6%上昇、4月が同0.1%上昇となった。いずれも、生産用機械、化学工業、石油製品工業に支えられた。経産省は生産の基調判断を「一進一退」として据え置いた。昨年7月から8カ月連続で同表現を維持した。
経産省幹部は「生産は決して強くないが、海外経済の不確実性を反映した需要面の動向のため、上に抜けきれない状況が続いている」と述べた。
トランプ米大統領の関税政策の影響については、生産関連で何か影響を受けたとの声はまだ聞いていないものの、「今後はなお一層注視していく」とした。
日本、中国をはじめ貿易相手国との間で多額の貿易赤字を抱える米国は、トランプ大統領就任以降、自動車、銅、アルミニウムをはじめ幅広い輸入品に一律関税をかける意向を表明しており、貿易相手国に輸出を減らし、対米投資を加速させるよう促している。
ただ、米国の輸入品に課す関税は、完成品のみならず、部品などの調達コストを押し上げ、米国経済で高インフレが再燃し、世界経済に悪影響を与えると危惧する向きもある。
日本国内では、愛知県のばねメーカーで、3月6日に起きた爆発事故の影響で、自動車部品の供給不足が続いている。事故の影響は3月10日以降の生産計画に出てくる可能性があり、生産予測値についても幅をもって「なお注視する必要がある」と同幹部は指摘した。
小売業販売2月は前年比1.4%増、ガソリン値上げ寄与も医薬・飲食減少
経済産業省が31日に発表した2月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比1.4%増となった。ロイターの事前予測調査では2.0%増が予想されていた。
業種別の前年比は、ガソリンなど燃料が7.2%増、自動車が6.2%増、家電などの機械器具が5.6%増だった。ガソリンは価格上昇が主な要因。
一方、各種商品小売業は4.5%減、医薬品・化粧品0.9%減、飲食料品0.8%減だった。インフルエンザや感染症の一服で医薬品販売が減少した。飲食料品の減少は「前年がうるう年だったため」(経産省)という。
業態別の前年比は、家電大型専門店がスマートフォンなどの好調などで5.6%増。このほかドラッグストアが3.5%増、スーパーが3.3%増、コンビニエンスストアが0.3%増、ホームセンターが0.3%増となった。
医薬品の販売が減少するなかコメなど食品販売の増加によりドラッグストアはプラスを確保した。
一方、百貨店は衣料品の減少などが響き2.0%減にとどまった。

2つの統計から取りましたので、やや長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にはある通り、ロイターによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は+2.3%の増産、また、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、同程度の+2.2%の増産が予想されていましたので、実績である+2.5%と大きな差はなく、2か月ぶりの増産ですが、特段のサプライズはありません。統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、「一進一退」で据え置いています。昨年2024年7月から8か月連続で据え置かれています。先行きの生産については、製造工業生産予測指数を見ると、足下の3月は補正なしで+0.6%の増産、4月も+0.1%の増産となっており、上方バイアスを除去した補正後でも、3月の生産は+0.6%の増産と試算されています。経済産業省の解説サイトによれば、2月統計における生産は、生産上昇方向に寄与した産業として、生産用機械工業が前月比+8.2%の増産で+0.66%の寄与度を示したほか、電子部品・デバイス工業が+10.2%の増産で+0.56%の寄与度、化学工業(除、無期・有機化学工業・医薬品)が+34%の増産で+0.16%の寄与度、などとなっています。他方で、生産低下方向に寄与したのは、輸送機械(除、自動車工業)が+△6.2%の減産で△0.19%の寄与度、無機・有機化学工業が△4.0%の減産で△0.18%の寄与度、鉄鋼・非鉄金属工業が△1.5%の減産で△0.10%の寄与度、などとなっています。
広く報じられている通り、米国ではトランプ政権発足に伴って関税引上げを連発していて、特に、今週4月3日からは自動車関税に25%が上乗せされ、日本も例外なく適用されるということになっています。自動車工業は裾野が広く、輸出に依存する部分も決して無視できないことから、我が国の生産の先行きは極めて不透明です。例えば、大和総研のリポート「米国による25%の自動車関税引き上げが日本経済に与える影響」によれば、国際産業連関表を用いて、自動車のみで△0.25%、自動車部品でも△0.11%と、計△0.36%の我が国GDPを押し下げる効果があると試算しています。先行き懸念材料、それも大きな懸念材料のひとつといえます。もうひとつ、引用した記事にもあるように、中央発條のプレスリリースによれば、3月6日に爆発事故があり、自動車工業への供給制約の動向も注目されます。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない原系列の小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数を小売業販売のヘッドラインは季節調整していない原系列の前年同月比で見るのがエコノミストの間での慣例なのですが、見れば明らかな通り、伸び率はまだプラスを維持しているものの、比較対象の昨年2月がうるう年であったことも考慮する必要があるとはいえ、やや伸びに鈍化が見られます。季節調整済みの系列では停滞感が明らかとなっていて、1月統計で+1.2%増の後、本日公表の2月統計では+0.5%の伸びにとどまりました。引用した記事にある通り、ロイターでは季節調整していない原系列の小売業販売を前年同月比でみた伸びについて、市場の事前コンセンサスでは+2.0%増としていましたので、実績の+1.4%増は少し下振れした印象です。統計作成官庁である経済産業省では基調判断について、季節調整済み指数の後方3か月移動平均により機械的に判断していて、本日公表の2月統計までの3か月後方移動平均の前月比が+0.5%の上昇となりましたので、昨年2024年9月から続けていた「一進一退」から、今月は「緩やかな上昇傾向」に上方修正しています。加えて、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、2月統計ではヘッドライン上昇率が+3.7%となっていますので、小売業販売額の2月統計の前年同月比+1.4%の増加は、インフレ率を下回っており、実質消費はマイナスの可能性が高いといえます。さらに考慮しておくべき点は、中華圏の春節も含めて、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより、部分的なりとも小売業販売額の伸びが支えられている可能性です。したがって、小売業販売額の伸びが国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性は考慮されるべきです。

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2025年3月30日 (日)

敵地で3連勝は難しい

  RHE
阪  神000000000 020
広  島00011000x 2110

【神】門別、石黒、伊原、及川 - 梅野
【広】森、ハーン、栗林 - 石原

広島に完封負けでした。
敵地で3連勝は難しいということでしょう。先発は門別投手でした。5回途中まで投げて自責点2はまずまずといえます。次に期待します。問題は打つ方です。終盤の7-8回に見せ場は作りましたが、2安打では勝てません

次の横浜戦は、
がんばれタイガース!

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2025年3月29日 (土)

新4番の森下選手の逆転ツーランで広島に連勝

  RHE
阪  神000012000 390
広  島000110000 290

【神】富田、工藤、及川、石井、ゲラ、岩崎 - 坂本
【広】床田、森浦、島内 - 石原、會澤

4番森下選手の逆転ツーランで広島に連勝でした。
先発は富田投手でした。4回を投げて内野ゴロ併殺崩れの間の1失点ですから、経験浅い若手投手としては十分次も期待できる投球でした。富田投手を継いだ工藤投手の押出しフォアボールはありましたが、ヘンな話ながら、まだ、タイムリーは打たれていなかったりします。2イニングを投げた石井投手も、勝利投手の及川投手と比べても勝利への貢献に遜色ありませんでした。タイムリーのない広島に比べて、タイガース打撃陣はタイムリーもホームランも出ています。ただ、今日は3三振した佐藤輝選手は少し心配です。

明日は3タテ目指して、
がんばれタイガース!

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今週の読書は経済書と経済エッセイのほか計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、浅沼信爾・小浜裕久『経済発展の曼荼羅』(勁草書房)は、経済発展論や開発経済論について日本やアジアの経験を基に歴史的観点も含めた分析をしています。根井雅弘『経済学の余白』(白水社)は、日経新聞夕刊などに掲載されたコラムを基に、専門の経済学史の学識を活かした幅広い経済に関するエッセイです。鈴木光司『ユビキタス』(角川書店)は、南極から持ち帰った氷に含まれていた何かにより大量の不審死が発生するところから始まるホラー小説です。志賀信夫『貧困とはなにか』(ちくま新書)では、貧困をあってはならない生活状態とし、ピケティ教授のいう人間の尊厳に近い観点から議論を展開しています。山田鋭夫『ゆたかさをどう測るか』(ちくま新書)では、市場と国家に次いで市民社会を第3のセクターと位置づけ、ウェルビーイングを議論しています。円城塔[訳]『雨月物語』(河出文庫)は、江戸期に上田秋成が取りまとめた書物の現代訳であり、怨霊とか妖怪のたぐいのホラーが多い印象です。
今年の新刊書読書は先週までに69冊を読んでレビューし、本日の6冊も合わせて75冊となります。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2でシェアしたいと考えています。また、最近は大いにサボっていますが、経済書はAmazonのブックレビューにポストするかもしれません。なお、スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』も読みましたが、新刊書読書ではないと思いますので、今日の読書感想文ブログには含めず、すでに、いくつかのSNSにポストしてあります。

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まず、浅沼信爾・小浜裕久『経済発展の曼荼羅』(勁草書房)を読みました。著者は、いずれも開発経済学の専門家であり、一橋大学教授と静岡県立大学教授を務めていました。本書は、経済発展論や開発経済論について、日本やアジアの経験を基に歴史的事実を参照しながら分析しようと試みています。タイトルにある「曼荼羅」について、まえがきには「本質を図解したもの」と表現しています。もちろん、仏教用語です。その曼荼羅、経済発展の曼荼羅は p.32 の図序-9 に示されています。私は、そもそも、開発経済学を体系的に勉強したことはありませんが、というか、少なくとも私が京都大学経済学部の学生であったころには開発経済学という授業や講座はなかったように記憶していて、ただ、戦後日本の経済成長やアジア各国の経済発展の歴史などから、帰納的に抽出できるものを体感として感じているだけです。ただ、研究成果としてはいくつか開発経済学に基礎を置く論文はあったりもします。主として、日本経済の戦後の経験を振り返ったもので、役所に勤めていたころに同僚と取りまとめた "Japan's High-Growth Postwar Period: The Role of Economic Plans" があり、世銀のリポートやいくつかの学術論文で引用されていたりします。戦後日本の経済発展の転機として、終戦直後から高度成長期前の期間で本書が着目しているのは、傾斜生産方式の採用、ドッジ・ラインによるインフレ収束と360円レートの設定などを上げています。そして、1950-60年代には高度成長期に入るわけですが、やや強権的ともいえる通産省による産業政策よりも、経済企画庁による経済計画のガイドライン的な役割が私は大きかったと考えています。本書第3章でも同様の見方が示されています。しかし、経済計画と聞くと旧ソ連型の社会主義を連想するビジネスパーソンが多いのですが、決してそうではありません。すなわち、ちょっと考えれば理解できると思うのですが、現在でも少なくとも上場企業であれば事業年度ごとに、多くの大企業では中期の計画を持っているのではないでしょうか。上場企業でなくても、気の利いた企業であれば会計年度ごと、また5年間くらいの中期の計画は策定していると思います。そういった事業計画をまったく持たずに、すべてを市場の動向に任せて事業展開している企業は少ないと私は認識しています。政府が民間部門に何らかの指令を発するわけではないとしても、ガイドライン的な指針を明らかにするのは経済発展の初期の段階では大いに有益だと考えます。アジアの経済発展について考える上で、また、日本経済の戦後の歴史を振り返るためにも、なかなか本書はオススメです。

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次に、根井雅弘『経済学の余白』(白水社)を読みました。著者は、京都大学経済学部の教授であり、ご専門は経済学史です。本書は、webメディアである「日経フィナンシャル」と日経新聞夕刊に掲載されていたコラムの「あすへの話題」を単行本として取りまとめています。さすがに経済学史の専門家ですので、幅広い経済学の知識を活かしたエッセイとなっています。著者は大学まで東京で、大学を卒業して大学院から京都に住んでいる一方で、並べるのはおこがましいながら、私は逆に、大学まで京都で、大学を卒業して就職してから60歳の定年まで東京でしたので、地理的にはかなり対象的な暮らしといえなくもありません。ですので、本書の冒頭の方で、大学生の通学事情について言及している点は、私も逆の意味で不思議に思った記憶があります。すなわち、本書では京都の大学生が自転車で通学している点を本書の著者はめずらしく受け止めていますが、逆に、私は東京の大学生が大学近くに住まずに地下鉄で通学しているのを不思議に感じた記憶があります。もうひとつ、本書の底流にあると私が読み取ったものには、エコノミストの、あるいは、大学教育の専門性と一般性、とでもいうか、幅広い学識というよりも高度に専門的で、その意味で、狭いながらも深い専門性を身につけることが望ましいと考えるのか、それとも、専門的な学識は一定必要としても、浅いながらも広く一般常識を身につけるリベラツアーツのような教育を目指すかという点です。識者の中には両立するという人がいそうな気もしますが、私は両立しないと考えています。その昔の大学教授といえば、典型的には専門性高いが世間からは遊離しているような前者の人物像、すなわち、牛乳瓶の底のようなメガネをかけて、服装やヘアスタイルなんぞは気にもかけず、霞を食って生きているような人物像を思い浮かべる人もいましたが、今ではまったくそうなっていません。しかも、私が考えるように、両立できないとすれば、大学教員は狭いながらも深い専門性を持ったスペシャリストな学者と浅いながらも幅広い見識を身につけたジェネラリストの学者の2種類がいるように私は考えています。繰り返しになるものの、大昔は前者のスペシャリストの学者だけだったのですが、現在では後者のジェネラリストの学者も高等教育の業界に進出してきているわけです。私なんぞは後者であって典型的にオールラウンダーでジェネラリストですから、前の長崎大学のころは「役所出身の教員は1-2年生に基礎を教えてくれればよくって、大学院の修士論文指導なんかは専門の先生方に任せておけばいい」と学部長なんかからいわれていました。今の立命館大学では少し違います。というか、大いに違います。大学院の修士論文指導の授業を私はいっぱい受け持たされています。逆に、経済学部1回生の授業なんて私には回ってきたためしがありません。でも、明けて来週4月から始まる2025年度には、とても久しぶりに経済学部1年生の授業を秋学期に担当しますので、ひそかに楽しみだったりします。

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次に、鈴木光司『ユビキタス』(角川書店)を読みました。著者は、『リング』、『らせん』、『ループ』の三部作やそれに続く貞子のシリーズなどで有名なホラー作家です。日本を代表するホラー作家の1人といってもいいような気がします。出版社のうたい文句によれば「16年ぶりの完全新作!」ということでしたので、早速に大学生協で予約して買い求めました。適当なタイミングを見計らって、ホラー好きの倅に下げ渡す予定です。ごく簡単なストーリーは、一方で、ジャーナリストから探偵に転じた主人公の女性がカルト教団に所属していた女性を探し、他方で、南極から持ち帰られた氷に含まれる何かで不審死が出て、地域限定ながら大量死も発生します。3月26日に発売された出版ホヤホヤのホラーですので、出版されてから、指折り数えてまだ数日だということもあって、あらすじすらコト細かに明らかにすることは現時点では避けたいと思います。いくつか、SNSでも読後の感想文が出ていますが、何と、ホラーではなくてミステリだと読む読者もいたりします。今さら『リング』が死因を解き明かすミステリだと思う人はいないわけで、とても不思議に感じました。死因を解き明かすという意味で謎解きの要素がまったくないとはいいません。『リング』にせよ、本書にせよ、人が死ぬところからストーリーが始まっていますから、その死亡の原因を探るのは謎解きかもしれません。でも、その謎を解き明かすことがテーマとなるミステリではなく、本書はその人が死ぬ、しかも、原因が必ずしも明らかではない不審死であり、その連鎖をいかに防ぐか、をテーマにしていますので、完全なホラーと考えるべきです。詳しくは読んでみてのお楽しみなのですが、一応、2点だけ私の印象的を上げると、植物のパワーに着目し、特に、「ヴォイニッチ・マニュスクリプト」を持ち出しているのは秀逸といえます。もうひとつ、ラストのシーンをはじめとして、色彩的に鮮やかな作品ではないかと思います。この作者の『リング』の映像化は、なぜか、ハリウッドのリメイク版の方が有名になったように記憶していますが、この作品は何とか国内でしっかりと映像化して欲しいと願っています。まあ、映画ではなくドラマでもいいといえばいいのですが、いずれにせよ、映像化すればミステリではなくホラーだということが明らかになると思います。ぜひ、色彩感覚に鋭敏な監督の手で映画化して欲しいと私は希望しています。

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次に、志賀信夫『貧困とはなにか』(ちくま新書)を読みました。著者は、大分大学健康福祉科学部の准教授であり、ご専門は貧困理論、社会政策だそうです。まず、いきなりタイトルの問いに回答すると、本書ではp.28で「貧困=あってはならない生活状態」と定義しています。そして、序章ではジョニー・デップ主演の映画『MINAMATA』を題材として、貧困に関して何らかの数値基準からアプローチするか、実際の生活状態からアプローチするか、の違いを上げています。はい、軽く想像される通り、本書は後者の生活状態からのアプローチに重きを置いていると考えるべきです。ちなみに、私はそれほど貧困問題に詳しくないエコノミストながら、それなりに関心もありますので、長崎大学のころに紀要論文で "A Survey on Poverty Indicators: Features and Axioms" と題するペーパを取りまとめた経験があります。はい、本書でいうところの典型的な数値基準からのアプローチといえます。私自身も貧困については、基本的に、不平等と同じような問題点を考えています。ですから、トマ・ピケティ & マイケル・サンデル『平等について、いま話したいこと』でピケティ教授が不平等の問題点を3点指摘していて、経済的には財へのアクセス、政治的な権利行使、そして、人間としての尊厳を上げています。本書ではこの最後の人間としての尊厳に近い考え方で貧困問題を論じていて、私も大いに賛同します。ノーベル経済学賞を受賞したセン教授のケイパビリティ理論をさらに拡張したような貧困に関する社会的排除理論などの議論を本書では展開していて、英国のベバリッジ報告に始まって、戦後の先進国における福祉概念の拡張や貧困対策の充実なども実にに適切に取り上げられています。本書でも注目している教育に加えて、医療や衛生や健康といったヘルスケア、さらに拡張して住宅などについても、資本主義的な投資アプローチを脱して、商品としてではなく脱商品化された社会福祉として、すなわち、市場を通じた貨幣でのやり取りではない供給の方法がないものか、と考えるべき段階に日本や欧米先進国は達しています。そういったコンテキストでも貧困を考えるべきではないでしょうか。

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次に、山田鋭夫『ゆたかさをどう測るか』(ちくま新書)を読みました。著者は、名古屋大学経済学部の名誉教授です。研究成果を見ている限り、フランス的なレギュラシオン理論に基づく理論経済学、現代資本主義論、市民社会論がご専門のように見受けます。本書では、英語のwell-being=ウェルビーイング=豊かさ、と定義しつつ、実際に独自の計測の理論的な展開をしているわけではなく、経済的な規模としてのGDPやその昔のGNPに代わって、生活の豊かさを政策目標、とまではいいませんが、経済だけではない社会活動の主要な目標と位置づけて、いくつか、すでに推計されて試算結果が公表されている豊かさの指標について本書後半で解説しています。まず、本書では、第1セクターとしての市場、第2セクターとして国家、そして、第3セクターとして社会ないし市民社会を考えています。その第3セクターの市民社会が小さければコミュニティになるわけです。そして、政府の現在の政策目標がウェルビーイングであるかどうかは疑わしいと結論しています。もちろん、第1セクターである市場の活動の結果を計測する一つの指標がGDPであり、所得と表現しても同じことです。ところが、私でも知っていますが、イースタリンのパラドックスというのがあって、所得が低い水準であれば幸福度=ウェルビーイングと所得は一定の正の相関を示すのですが、1人当たりGDPで大雑把に1万ドルくらいの閾値で所得が増加してもウェルビーイングが高まらない状態になってしまいます。要するに、俗にいう「幸福はお金では買えない」段階に達してしまうわけです。そのあたりから互酬と相互扶助、あるいは、協力の市民社会におけるウェルビーイングを議論する必要が出てきます。第3セクターの市民社会において、本書では、ポランニーの互酬、オストロムのコモンズ、宇沢の社会的共通資本、ハーバーマスの市民社会、ボウルズのホモ・レシプロカンス、の5類型を上げて解説を加えています。そのあたりは読んでみてのお楽しみです。そして、最終章に近い第7章で経済的なGDPに代替するウェルビーイングの指標をいくつか解説しています。国連開発計画(UNDP)の人間開発指数(HDI)や国際協力開発機構(OECD)のベターライフ・インデックス(BLI)などです。本書p.148 図表7-1のテーブルに一覧が示されています。そして、最終第8章でウェルビーイングな社会をどう作るかを議論しています。最後の最後に、私から1点だけ付け加えると、経済活動といってもいいですし、社会活動といってもいいですが、雇用あるいは労働をどのように考えるかが重要です。単に、新自由主義的に所得を得るための労働サービスの提供と考えるか、経済社会に必要な財やサービスを提供するための活動と考えるかです。前者が伝統的なミクロ経済学の見方であり、労働をしないという意味での「余暇=レジャー」が正の効用をもたらす一方で、労働は負の効用すなわち苦痛であって、その苦痛を耐え忍んで賃金を得るために働く、という考えがミクロ経済学では基本となります。しかし、ホントにこの伝統的な経済学の前提が正しいかどうかは私自身は疑問を持っています。本書ではこの労働についてほぼほぼ無視されています。この点だけは物足りなさが残ります。

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次に、円城塔[訳]『雨月物語』(河出文庫)を読みました。『雨月物語』の著者は、広く知られているように上田秋成なのですが、本書は河出文庫の古典新訳コレクションの一環としてSF作家により現代訳されています。このコレクションは30冊ほど出版されていますが、私は不勉強にしてエッセイストの酒井順子の訳になる『枕草子』上下しか読んでいなかったりします。ということで、そもそも上田秋成による『雨月物語』そのものが作者のオリジナルというわけではなく、中国や本邦の小説や古典を翻案して取りまとめたものであることは広く知られている通りです。それを現代訳しているわけです。収録されているのは全9話、「白峯」、「菊花の約」、「浅茅が宿」、「夢応の鯉魚」、「仏法僧」、「吉備津の釜」、「蛇性の婬」、「青頭巾」、「貧富論」となります。当然ながら、オリジナルの上田秋成による『雨月物語』と同じです。1話ごとの詳細なあらすじは省略しますが、基本的に、怨霊とか妖怪のたぐいのホラーが多いと感じます。例えば、冒頭の「白峯」は配流された崇徳院の怨霊と弔いの目的で立ち寄った西行との会話から成っています。「菊花の約」は、義兄弟の約束を果たすために千里を行ける幽霊になった武士のお話です。舞台は戦国時代の日本に設定されていますが、元はといえば中国の小説です。「浅茅が宿」は夫婦の悲恋もので、夫が行商に出るのですが、戦乱の世のためになかなか妻の元へ帰れず、やっと家に戻って妻と一夜をすごし、翌朝目覚めてみると我が家は見る影もない廃屋だった、というものです。このお話が私には一番でした。「夢応の鯉魚」では、絵から飛び出して鯉になって泳ぎ回る高僧の過去に琵琶湖が登場します。「仏法僧」は、高野山の燈籠堂で一夜を明かすことになった俳人の夢然の前に武士団の幽霊が現れます。「吉備津の釜」からは、よく、女の嫉妬心は怖い、特に、源氏物語の六条御息所を彷彿とさせる、という感想を聞きます。私もそうでした。少し飛ばして、最後の「貧富論」では、戦国時代の実在の武将である岡左内のところに、「黄金の精霊」が現れて左内の問いに答え、貧富、というか、金持ちについて論じます。そして、富貴の観点から徳川が天下を取ることを予言します。いかにも、江戸時代の幕府に忖度した短編といえます。

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2025年3月28日 (金)

今季開幕戦は広島に完勝

  RHE
阪  神200000020 481
広  島000000000 040

【神】村上、岩崎 - 坂本
【オ】森下、塹江、中崎、岡本 - 會澤、石原

いよいよ、今日からプロ野球レギュラー・シーズンが開幕です。まず、開幕第1戦は広島に完勝でした。
開幕第1戦先発を任されたのは一昨年のMVP最優秀選手の村上投手でした。最後のバッターこそクローザーの岩崎投手に譲りましたが、ほぼほぼ完璧なピッチングで完封といえます。一昨年のような無双の投球を期待するのは、私だけではないと思います。打線は、1回いきなり3番に座った佐藤輝選手が先制のツーランをかっ飛ばし、終盤8回には5番大山選手と6番前川選手のタイムリーでダメを押しました。藤川タイガース、まず1勝です。

明日富田投手を守り立てて、
がんばれタイガース!

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3月調査の日銀短観は大企業製造業で業況判断DIがやや悪化か?

来週4月1日の公表を控えて、各シンクタンクから3月調査の日銀短観予想が出そろっています。いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、ネット上でオープンに公開されているリポートに限って、大企業製造業/非製造業の業況判断DIと全規模全産業の設備投資計画を取りまとめると下のテーブルの通りです。設備投資計画は来年度2025年度です。ただ、全規模全産業の設備投資計画の予想を出していないシンクタンクについては、適宜代替の予想を取っています。ヘッドラインは私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しましたが、可能な範囲で、先行き経済動向に注目しました。短観では先行きの業況判断なども調査していますが、シンクタンクにより少し見方が異なっています。2025年度設備投資計画についても、基本的に強気を見込んでいるのですが、ビミョーに違っていたりします。注目です。より詳細な情報にご興味ある向きは左側の機関名にリンクを張ってあります。リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開くか、ダウンロード出来ると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちに Acrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名大企業製造業
大企業非製造業
<設備投資計画>
ヘッドライン
12月調査 (最近)+14
+33
<n.a.>
n.a.
日本総研+12
+32
<+1.1%>
先行き(2025年6月調査)は、全規模・全産業で3月調査から▲2%ポイントの悪化を予想。製造業では、引き続き米国の関税政策による世界経済の減速や、わが国企業の収益悪化への懸念が景況感を下押しする見通し。非製造業の景況感は、高水準で推移するものの、人手不足の深刻化や人件費の増加などが企業マインドの重石となる見込み。
大和総研+12
+32
<+4.1%>
大企業製造業では、トランプ政権の関税政策に対する警戒感が顕著に表れる見込みだ。本稿執筆時点で、トランプ大統領は相互関税や分野別の関税を4月2日から課すと述べている。とりわけ後者の対象に挙げられた自動車、鉄鋼、アルミニウムやその関連業種では、先行き懸念から業況判断DI(先行き)が下振れする可能性が高い。他方、「食料品」など足元でコストの急騰に直面している業種では、価格転嫁の進展を見据えた業況改善の見込みが示される可能性がある。
大企業非製造業では、このところ業況判断DI(最近)に比べて▲6%pt 前後の弱気な見通しが示される傾向が強く、3月日銀短観(引用者注-「6月日銀短観」の間違いか)においても同様の結果となる見込みだ。米国の関税政策による先行き不透明感や、コスト増、国内の消費者マインドの悪化などが幅広い業種の見通しを押し下げよう。他方、インバウンド関連業種では相対的に底堅い見通しが示されるとみている。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+13
+33
<+2.2%>
大企業・製造業の業況判断DIの先行きは、横ばいを予測する。日本の半導体生産については、在庫調整局面に向かっていくと予想され、力強さに欠ける動きとなるだろう。また、米国のトランプ政権は自動車等への関税引き上げを示唆しており、通商政策における先行き不透明感は高い。一方で、半導体製造装置等の生産用機械については、出荷・在庫バランスが改善傾向で推移しており、需給の引き締まりが期待される。半導体市場の調整や米国政策の不透明感の高さが景況感の抑制要因となる一方で、生産用機械の需給の引き締まりはポジティブな材料となり、大企業・製造業の業況判断DIの先行きは横ばいを予想する。
大企業・非製造業の業況判断DIの先行きは1ポイントの改善を予測する。春闘賃上げ率の高まりによる所得環境の改善が、先行きの個人消費の押し上げ要因となるだろう。3月14日に公表された日本労働組合総連合会の第1回回答集計では、賃上げ率は5.46%と、昨年同時期の回答集計(5.28%)を上回る力強い結果となった。先行きは消費者の所得環境が徐々に改善していくことで、非製造業の景況感を押し上げるだろう。
ニッセイ基礎研+12
+35
<+1.8%>
先行きの景況感については総じて悪化が示されると予想。製造業では、トランプ政権による関税引き上げやそれに端を発する貿易戦争への警戒感が景況感に現れるだろう。非製造業では、物価上昇の継続による消費の腰折れや人件費・物流費など各種コストの増大懸念が反映される形で、先行きの景況感が悪化すると見ている。
第一生命経済研+13
+35
<大企業製造業6.0%>
今後、トランプ関税は、自動車や半導体、医薬品、銅、木材などにも適用されていく公算が高く、それが各業界に不安を与えているだろう。この点は、短観の先行きDIのところに示されると予想している。
三菱総研+12
+33
<+2.5%>
先行きの業況判断DI(大企業)は、製造業+9%ポイント(3月調査「最近」から▲3%ポイント低下)、非製造業は+34%ポイント(同+1%ポイント上昇)を予測する。米国トランプ政権は4月2日に相互関税・品目別関税(自動車・半導体・医薬品など)の発表を予定しており、製造業では輸出環境をめぐる不透明感から業況が悪化するだろう。非製造業では、春闘における平均賃上げ率(連合第1回回答集計)が 5.46%と前年を上回るなど高水準の賃上げ継続が見込まれるなか、個人消費持ち直しに対する期待から消費関連業種を中心に業況が改善するだろう。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+12
+33
<大企業全産業+3.4%>
大企業製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査から2ポイント悪化の12と予測する。海外景気の減速や半導体需要の回復一服等を受けて、素材業種、加工業種ともに業況感は悪化しよう。先行きも、米国トランプ大統領の通商政策を巡る不確実性の高まりや不安定な為替相場等から、業況判断DI(先行き)は4ポイント悪化の8と慎重な見通しになるだろう。
大企業非製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査から横ばいの33と予測する。堅調なインバウンド需要が下支えとなるものの、業況感はすでに歴史的な高水準にあり、さらなる改善の余地は小さい。先行きは、人手不足の深刻化や金利上昇への警戒感等から、業況判断DI(先行き)は4ポイント悪化の29と慎重な見通しになるだろう。
明治安田総研+13
+32
<+1.9%>
3月の先行きDIに関しても、大企業・製造業は2ポイント悪化の+11、中小企業・製造業は3ポイント悪化の▲4と予想する。トランプ米大統領は、米国が輸入する自動車に対し25%程度の関税を課す意向を表明している。詳細は4月2日に明らかになる予定であるが、自動車や自動車部品を合わせた自動車関連は対米輸出の約3分の1を占める。自動車産業はすそ野が広く、関税が実際に発動されれば、関連産業を含めた幅広い分野に影響が及ぶ。こうした米国の関税政策をめぐる不透明感の高まりは、企業のマインドを冷やし、先行きの業況判断を押し下げる要因になったとみる。
農林中金総研+12
+34
<2.0%>
先行きに関しても、トランプ関税への警戒感が強まっており、製造業を中心に先行き不透明感が高まっている。一方、所得改善による消費の本格回復への期待は根強いもの、人件費増による業績圧迫への警戒もあるほか、人手不足感が高い非製造業を中心に業務を順調にこなせないことへの不安もあるとみられる。以上から、製造業では大企業が7、中小企業が▲3と、今回予測からそれぞれ▲5ポイント、▲6ポイントの悪化と予想する。非製造業についても大企業が30、中小企業が12 と、今回予測からそれぞれ▲4 ポイント、▲5ポイントの悪化と予想する。

3月調査の日銀短観における景況判断DIは、トランプ関税により大企業製造業では悪化する一方で、大企業非製造業では影響が小さく、むしろ、国内の賃上げやインバウンド消費の恩恵などによっておおむね横ばい、ないし、改善すると見込むシンクタンクもあります。ただし、3月調査の短観では非製造業が改善する可能性があるとしても、先行きについては大企業製造業・非製造業ともに、▲5ポイントくらいの大きな幅で悪化すると見込んでいる機関が多い印象です。日銀のサイトによれば、2025年3月短観の調査表発送日は2月26日、回収基準日は3月12日となっており、つい最近発表された4月3日発動予定の自動車への25%関税については、どこまで織り込まれているかは不明ながら、その前の報道などからも先行き不透明感が広がっていたことは確かです。
設備投資についても、3月調査であるにもかかわらず、前年度比プラスで始まると見ているシンクタンクが多くなっています。すなわち、日銀短観の設備投資計画の統計としてのクセとして、3月調査時点では年度計画が固まっていない企業もあり、低い伸びから始まって、6月調査で大きく上方修正された後、9月調査や12月調査では景気動向によって上乗せされたり、あるいは、下方修正されたり、といった動きになる場合が少なくありません。しかし、2023年度と2024年度については、いずれも3月調査で前年度比プラスで始まっており、2025年度も3月調査の時点で前年度比プラスとなっています。ただし、日本だけでなく米国も景気は先行き不透明であり、最終的に設備投資として実現されることなく計画倒れに終わる可能性も十分あると見ています。
最後に、下のグラフは三菱リサーチ&コンサルティングのリポートから 業況判断DIの推移 を引用しています。製造業については大企業・中小企業とも12月調査から3月調査への推移は少し悪化するという程度ですし、非製造業についても大企業・中小企業とも12月調査から3月調査への推移はほぼ横ばい圏内ですが、次の6月調査の先行きについては、製造業・非製造業ともに業況判断DIが大きく悪化すると予想されているのが見て取れます。

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2025年3月27日 (木)

リクルートによる2月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給やいかに?

来週火曜日4月1日の雇用統計の公表を前に、ごく簡単に、リクルートによる3月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給の調査結果を取り上げておきたいと思います。参照しているリポートは以下の通りです。計数は正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、以下の出典に直接当たって引用するようお願いします。

いつものグラフは下の通りです。アルバイト・パートの募集時平均時給の方は、前年同月比で見て、昨年2024年12月の+2.9%増の後、今年2025年1月+3.4%、直近で利用可能な2月には+2.9%増となりました。先週1月24日に総務省統計局から公表された消費者物価指数(CPI)上昇率が2月統計でヘッドライン+3.7%、生鮮食品を除くコア+3.0%でしたから、アルバイト・パートの賃金上昇は物価上昇をやや下回って、実質賃金がマイナスとなっている可能性が高い、と考えています。ただし、募集時平均時給の水準そのものは、2021年年央からコンスタントに1,100円を上回る水準が続いており、昨年2024年10月からは1,200円を超えてます。ですので、昨年2024年10月に改定された最低賃金と比較しても、かなり堅調な動きと私は受け止めています。他方、派遣スタッフ募集時平均時給の方は、昨年2024年12月の+0.8%のあと、今年2025年1月▲2.5%と大きく減少し、2月も▲0.9%とマイナスを続けています。もちろん、CPI上昇率には追いついていません。

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三大都市圏全体のアルバイト・パートの平均時給の前年同月比上昇率は、繰り返しになりますが、2月には前年同月より+2.9%、前年同月よりも+35円増加の1,227円を記録しています。職種別では前年同月と比べて伸びの大きい順に、「フード系」(+54円、+4.7%)、「製造・物流・清掃系」(+53円、+4.5%)、「営業系」(+43円、+3.5%)、「事務系」(+40円、+3.2%)、「販売・サービス系」(+29円、+2.5%)、「専門職系」(26円、+1.9%)とと、すべての職種で前年同月比プラスとなっています。また、地域別でも関東・東海・関西のすべての三大都市圏で前年同月比プラスとなっています。
続いて、三大都市圏全体の派遣スタッフの平均時給は、2月には前年同月より▲0.9%、▲15円減少の1,613円となりました。職種別では、「オフィスワーク系」(+44円、+2.7%)、「医療介護・教育系」(+36円、+2.4%)、「製造・物流・清掃系」(+29円、+2.1%)、「営業・販売・サービス系」(+15円、+1.0%)の4業種が前年同月比プラスとなった一方で、「クリエイティブ系」(▲76円、▲4.0%)と「IT・技術系」(▲202円、▲9.1%)の2業種は大きな減少を示しています。なお、地域別では、関東で前年同月比マイナスでしたが、東海・関西では前年同月比プラスとなっています。

アルバイト・パートや派遣スタッフなどの非正規雇用について2月の調査結果を見る限り、アルバイト・パート、派遣社員とも消費者物価(CPI)上昇率を下回る時給の上昇にとどまり、実質賃金上昇率はマイナス、という結果です。特に、派遣スタッフについては賃金の絶対水準が2022年末から2023年年初のレベルまで落ちてきているのが気がかりです。

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2025年3月26日 (水)

2月の企業向けサービス価格指数(SPPI)は上昇率がやや縮小したものの+3%で高止まり

本日、日銀から2月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月1月の+3.2%からわずかに縮小して+3.0%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIも前月から△0.2%ポイント縮小の+3.1%の上昇となっています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、2月3.0%上昇 人件費の転嫁続く
日銀が26日に発表した2月の企業向けサービス価格指数(速報値、2020年平均=100)は108.7となり、前年同月に比べ3.0%上昇した。伸び率は1月(3.2%上昇)から0.2ポイント低下したものの、5カ月連続で3%台となった。人件費を価格に転嫁する動きの広がりが鮮明になりつつある。
3%以上の上昇率が5カ月続いたのは、消費税導入・増税の影響を除くと1990年4月から91年3月(12カ月連続)以来約34年ぶりとなった。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格動向を表す。例えば、貨物輸送代金やIT(情報技術)サービス料などが含まれる。企業間取引のモノの価格動向を示す企業物価指数とともに、今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。今回、1月分の前年同月比上昇率は3.1%から3.2%に上方修正になった。
2月分の内訳をみると、テレビ・ラジオ広告が前年同月比で0.8%下落し、1月(7.6%上昇)と比較すると伸び率が上昇からマイナスに転じた。フジテレビ問題などを発端に業界全体で需要が落ち込み、出稿量が減少したことで単価が下落した。
宿泊サービスは11.8%上昇し、1月(16.8%上昇)から伸び率が鈍化した。引き続き堅調なインバウンド需要がみられ、高い伸び率が続いた。一方、春節(旧正月)が2月中にあった昨年に比べ、今年は1月下旬から始まったことで中国などアジア圏からの旅行需要が1~2月に分かれて発生したことが押し下げ要因として働いた。
調査品目のうち、生産額に占める人件費のコストが高い業種(高人件費率サービス)は3.3%上昇し、全体をけん引した。低人件費率サービスは2.6%上昇し、1月(3.1%上昇)から伸び率が鈍化した。高人件費率サービスは足元で高い伸び率を維持しており、人件費を価格に転嫁する動きが明確になっている。
調査対象の146品目のうち、価格が上昇したのは111品目、下落19品目、不変は16品目だった。

もっとも注目されている物価指標のひとつですから、どうしても長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルから順に、ヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、真ん中のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格とサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。一番下のパネルはヘッドラインSPPI上昇率の他に、日銀レビュー「企業向けサービス価格指数(SPPI)の人件費投入比率に基づく分類指数」で示された人件費投入比率に基づく分類指数のそれぞれの上昇率をプロットしています。影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、上昇率としては2023年中に上昇の加速はいったん終了したように見えたのですが、昨年2024年年央時点で再加速が見られ、PPI国内物価指数の前年同月比上昇率は2月統計で+4.0%に達しています。他方、本日公表された企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準として一貫して上昇を続けているのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、昨年2024年6月に+3.2%まで加速し、その後、2024年9月に+2.8%を記録した以外は、本日公表の2025年2月まで+3%以上の上昇率を続けています。日銀物価目標の+2%を大きく上回って高止まりしているわけです。もちろん、日銀の物価目標+2%は消費者物価指数(CPI)のうち生鮮食品を除いた総合で定義されるコアCPIの上昇率ですから、本日公表の企業向けサービス価格指数(SPPI)とは指数を構成する品目もウェイトも大きく異なるものの、+3%近傍の上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性が高いと考えるべきです。人件費投入比率で分類した上昇率の違いをプロットした一番下のパネルを見ても、低人件費比率と高人件費比率のサービスの違いに大きな差はなく、人件費をはじめとして幅広くコストが価格に転嫁されている印象です。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて2月統計のヘッドライン上昇率+3.0%への寄与度で見ると、機械修理や廃棄物処理や土木建築サービスなどの諸サービスが+1.63%ともっとも大きな寄与を示していて、ヘッドライン上昇率の半分超を占めています。諸サービスのうち、引用した記事にもあるように、宿泊サービスは1月の+16.8%の上昇から2月には+11.8%になりましたが、インバウンド需要もあって引き続き高止まりしています。加えて、SPPI上昇率高止まりの背景となっている項目として、10月から郵便料金が値上げされた郵便・信書便、石油価格の影響が大きい道路貨物輸送などの運輸・郵便が+0.54%、ソフトウェア開発や情報処理・提供サービスやインターネット附随サービスといった情報通信が+0.40%、ほかに、不動産+0.22%、リース・レンタルも+0.18%などとなっています。

連合による春闘回答の集計結果は、3月14日の第1回集計では17,828円 +5.46%、3月21日の第2回集計でも17,486円 5.40%と昨年をやや上回る高水準の賃上げが期待できそうです。日本経済は本格的にデフレを脱却して、物価と賃金の好循環を実現できるのでしょうか?

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2025年3月25日 (火)

人事院人事行政諮問会議「最終提言」やいかに?

昨日3月24日に人事院から人事行政諮問会議「最終提言」が提出されています。以下の3点のプレスリリースが人事院から明らかにされています。

広く報じられているように、特に、「キャリア公務員」と呼ばれる総合職試験、その昔のⅠ種試験、さらに昔の上級職試験の試験倍率が低下を続けていますし、同時に、キャリアに限らず離職者、というか、離職率も上昇を続けています。例えば、日経新聞「キャリア官僚合格、東大生が過去最少 試験倍率は最低に」ではキャリア公務員試験倍率が過去最低を記録したと報じています。また、2022年版「公務員白書」の付属資料である一般職国家公務員の在職者・離職者数の推移から、離職者を分子とし、在職者を分母とした離職率を私の方で計算すると、1963年度には4.2%だった離職率が最近では上昇を続けており、2019年度6.8%、2020年度7.0%、2021年度7.5%を記録しています。この離職率の上昇はコロナの影響も否定できませんが、かつてに比べると高くなっている点は見逃せません。
これまた、広く報じられているように、国家公務員の職場環境がかなりブラックな上に、お給料も安い、というのが当然考えられる原因であり、もしも、それなりに優秀な人材を採用したいのであれば待遇改善が必要な課題となっています。ということで、報道機関のサイトから判りやすいテーブルを以下に引用します。日経新聞の記事「キャリア官僚らの待遇上げ提言 給与比較は『大企業と』」のテーブルも悪くないのですが、もっとシンプルな共同通信「給与増へ官民比較見直しを提言 国家公務員のなり手不足解消へ」から引用したいと思います。

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判りやすく簡潔です。私なんかもそうなのですが、お給料をはじめとする待遇を考える場合、ついつい大学の同級生と比べるわけで、1980年代初めに就職した時点で、私の京都大学の同級生の就職先は、銀行を除けば、ほぼほぼ週休2日制だったのに対して、国家公務員の職場である役所は土曜開庁で土曜出勤が月の半分ありましたし、お給料は上場企業の中でも「超」がつくくらいな大手企業とは比べるべくもありませんでした。こういった事情は考慮されるべきポイントなのかもしれません。

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2025年3月24日 (月)

AIを用いたアルゴリズム経営をどう考えるか?

さまざまな分野でAIの導入が進み、活用されています。企業経営についても例外ではありません。AIを導入して、人間による経営管理だけではなく、完全に、または、部分的にアルゴリズムに従った自動的な経営管理も注目を集めています。先進国が加盟する経済開発協力機構(OECD)では、アルゴリズム経営に関して日米をはじめとする6か国の6,000社を超える企業の独自調査を基に、今後の課題にどう取り組むかを学術ペーパー "Algorithmic management in the workplace: New evidence from an OECD employer survey" に取りまとめています。もちろん、pdfの全文ペーパーもアップされています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、OECDのサイトからAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
Algorithmic management - the use of software, which may include artificial intelligence (AI), to fully or partially automate tasks traditionally carried out by human managers - has received increased attention in recent years. On the one hand, it has the potential to deliver productivity and efficiency gains as well as greater consistency and objectivity of managerial decisions within firms. On the other hand, there is growing evidence from other studies of its potential detrimental impacts on workers. As policymakers grapple with how to respond to the challenges that algorithmic management presents, additional evidence is needed. Towards this aim, this study draws on a unique survey of over 6 000 firms in six countries: France, Germany, Italy, Japan, Spain and the United States. The survey offers unprecedented insights into the prevalence of algorithmic management, its perceived impacts and firm-level measures to govern its use. The findings show that algorithmic management tools are already commonly used in most countries studied. While managers perceive that algorithmic management often improves the quality of their decisions as well as their own job satisfaction, they also perceive certain trustworthiness concerns with the use of such tools. They cite concerns of unclear accountability, inability to easily follow the tools’ logic, and inadequate protection of workers’ health. It is urgent to examine policy gaps to ensure the trustworthy use of algorithmic management tools.

私はこの方面にはなはだ見識不足で、経営学的な専門性が必要かもしれないと考えますが、とても興味あるところですので、OECDのペーパーから図表を引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、OECDのペーパーから Figure 1. Prevalence of algorithmic management varies substantially across countries を引用すると上の通りです。まあ、誰もが軽く想像するように、日本ではアルゴリズム経営の普及が非常に遅れていることが明らかにされてしまっています。この後、個別の分野で instruction tools、monitoring tools、evaluation tools の普及がグラフで示されていますが、後は推して知るべしということで省略します。
ただし、アルゴリズム経営を行う上でのリスクも指摘されていて、経営者は unclear accountability (28%)、lack of explainability (27%)、そして、inadequate protection of employees' physical and mental health (27%) を上げています。

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続いて、OECDのペーパーから Figure 15. The uptake of different types of governance measures varies between countries を引用すると上の通りです。左から3番目の Guidelines の対応をしている国がもっとも多そうで、一番右の Consultation of workers or representatives や左から2番目の Regukar audits が Guidelines に続いています。日本はアルゴリズムを取り入れている経営が少ないながら、なぜか、労働者協議 (Consultation of workers or representatives) は米国に次いで実施していたりします。

アルゴリズム経営は、経営上の意思決定の質の向上や管理職の職務満足度の向上など、一定の利益をもたらすと考えられますが、同時に、仕事の質と労働者の幸福(well-being)への影響には懸念が残ります。したがって、このペーパーでは、政策当局に対して、労働者の心身の健康を維持し差別につながらないよう、また、データ保護やプライバシーの尊重なども課題であると指摘しています。そして、企業に対しては、上のグラフの対策、すなわち、リスク評価 (Impact or risk assessments)、定期的な監査 (Regular audits)、実施ガイドライン (Guidelines)、倫理担当役員または委員会 (Ethics officer/board)、苦情処理メカニズム (Complaint mechanisms whistleblower channels)、労働者協議 (Consultation of workers or representatives) の6対策の必要性を強調しています。日本は欧米に比べてAIによるアルゴリズム経営に大きく遅れを取っているとはいえ、先行き、普及が進むことは当然考えられます。経営の質を維持し、労働者のウェルビーイングの悪化を防止するため、政府や企業のさらなる取組みが必要です。

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2025年3月23日 (日)

オープン戦を終えて3月28日(金)の開幕の広島戦を待つ阪神タイガース

  RHE
阪  神000000100 172
オリックス10001000x 281

【神】門別、岡留、桐敷、岩崎 - 梅野、榮枝
【オ】高島、古田島、ペルドモ、マチャド - 福永、若月

いよいよ、今日でオープン戦も終了し、今週金曜日3月28日の開幕カードの広島戦を待つばかりとなりました。今日のスターティングメンバーで開幕戦を戦うことになるのでしょうか。また、開幕戦先発は村上投手と報じられています。今から大いに楽しみです。藤川タイガースの戦いぶりいかに?

今季はリーグ優勝と日本一奪回目指して、
がんばれタイガース!

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2025年3月22日 (土)

今日は大学の卒業式

今日は晴れの卒業式です。
卒業生の諸君、誠におめでとうございます。
私の勤務する立命館大学は関西の中でも大きな私学ですので、卒業式は3日に分けて挙行しています。一昨日が大阪いばらきキャンパス、昨日が衣笠キャンパス、そして、本日が私の勤務する経済学部のあるびわこ・くさつキャンパスとなります。
私は卒業生がいなくもないんですが、東京で就職するためにすでに引越を終えていて、本日の卒業式の出席者はいませんでしたので、誠に盛り上がりませんでした。

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今週の読書は経済書のほか計6冊

今週の読書感想文は以下の通り、経済書のほか計6冊です。
まず、ウィリアム・ラゾニック & ヤン-ソプ・シン『略奪される企業価値』(東洋経済)では、イノベーションなどによって創造された企業価値が自社株買いなどの略奪的な手法により価値抽出されており、労働者も安定的な終身雇用の機会を奪われてしまった、と株主資本市議を批判しています。大豆生田稔『戦前期外米輸入の展開』(清文堂)は、戦前期の1900年ころから需要が生産を上回り、輸入が常態化するようになったコメについて、特に、東南アジアの英領ビルマ・仏印・タイで生産されるインディカ種の外米の輸入について歴史的に後付けています。上條一輝『深淵のテレパス』(東京創元社)では、30代半ばにして営業部長をしているバリキャリの女性が部下に誘われて、大学のオカルト研究会のイベントで怪談を聞いた日を境に怪現象に襲われ、あしや超常現象調査に調査を依頼して、怪異現象の調査が始まります。高野真吾『カジノ列島ニッポン』(集英社新書)は、2030年に開業予定の大阪カジノ構想にとどまらず、日本における統合型リゾート(IR)のあり方を考えるため、海外のカジノを含めて、幅広い見地から取材した結果のレポとなっています。永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)は、ミステリとしての謎解きも鮮やかですが、むしろ、大正期の横浜を舞台にした上流社会における女性の一代記として楽しめます。C.S. ルイス『ナルニア国物語3 夜明けのぼうけん号の航海』(新潮文庫)は、ペベンシー家の4きょうだいのうちの2人、エドマンドとルーシーがいとこのユースティスとともに、カスピアンの夜明けのぼうけん号でナルニアの東の海に追放された7人の貴族の消息を追います。
今年の新刊書読書は先週までに63冊を読んでレビューし、本日の6冊も合わせて69冊となります。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2でシェアし、また、経済書はAmazonのブックレビューにポストするかもしれません。

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まず、ウィリアム・ラゾニック & ヤン-ソプ・シン『略奪される企業価値』(東洋経済)を読みました。著者は、米国マサチューセッツ大学ローウェル校経済学名誉教授とシンガポール国立大学経済学部教授です。英語の原題は Predatory Value Extraction であり、2020年にオックスフォード大学出版局から出版されています。なお、巻末に日本語解説が置かれています。本書のエッセンスは中野剛志『入門 シュンペーター』(PHP新書)でも紹介されていますが、一言でいえば、現在の特に米国における株主資本主義を強く批判しています。すなわち、そもそも戦後1950年代から60年代における米国の企業システムは、日本の高度成長期と極めて類似しており、「内部留保と再投資」(retain-and-reinvest)の資源配分体制と「終身雇用」(career-with-one-company)の慣行に根ざしたものであったと指摘しています。それが、1980年代からビジネススクールや企業の役員室においては「株主価値最大化」(maximizing shareholder value=MSV)のイデオロギーが支配的となり、「内部留保と再投資」の体制が放棄され、有期雇用の拡大を特徴とする「削減と分配」(downsize-and-deistribute)の資源配分体制に移行し、労働生産性と実質賃金がデカップリングするとともに、持続的な経済的繁栄の社会的基盤を弱体化させ、終身雇用を失った労働者の雇用を不安定化させ、所得の不平等や労働生産性の伸び悩みをもたらしている元凶である、ということです。えっ、それって日本のことじゃないのか、という気がするのは私だけではないと思います。この日本に関する点は最後にもう一度言及します。本書に戻って、企業価値はイノベーションによって創造され、その後、というか、何というか、略奪的に価値抽出されてしまう、という点も強調されています。例えば、株価を動かす要因はイノベーション、投機、株価操作であり、インーベーションによって企業価値が創造されても、自社株買いによって価値抽出される、と米国企業活動の現状を見ています。すなわち、創造された企業価値を抽出するのに大きな役割を果たしているのが自社株買いである、と分析していて、最後の政策提言のトップは米国証券取引委員会(SEC)規則に関するものだったりします。詳細な分析は読んでいただくしかありませんが、日本について私の感想を最後に書いておきたいと思います。はい、本書の分析結果はほぼほぼすべて日本に当てはまります。私は典型例を堤ファミリーの西武グループに見ています。堤ファミリーはいわゆる近江商人の家系であり、私の通勤に使っている近江鉄道バスには、西武ライオンズで広く知られた白いライオンを掲げて走っています。しかし、米国投資ファンドのサーベラスほかによりグループ企業、西武鉄道、西武百貨店、スーパー西友、ロフト、セゾンカード、プリンスホテル、国土計画、などなどはバラバラに解体されてしまいました。私が役所に就職した当時は西武鉄道沿線に住んでいて、スーパー西友もいっぱいあったので、今でもセゾンカードを持っているのですが、つい数年前までスーパー西友の買い物をセゾンカードで支払うと、いくばくかの割引がありましたが、今ではなくなって、とうとうスーパー西友は楽天グループのポイントを採用するに至っています。私はかなり前に楽天では派遣社員が社員食堂を使わせてもらえないというウワサを聞いて、ウワサが真実はどうかはともかく、決して楽天グループにいい印象を持っていませんでした。ですので、このあたりは、個人的な感想なのですが、今は買収される側で話題に上っているセブン&アイ・ホールディングスが、1年半前の2023年9月に、米国投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループに対して、そごう・西武の株式を売却した際、そごう・西武の企業価値がたったの8500万円だったと報じられました。この買収に関して、超久しぶりに百貨店、すなわち、西武百貨店池袋店で短時間ながらストライキが実施されたのは広く報じられた通りです。まさに、こういった企業活動の価値の毀損について鋭く本書では分析を加えています。繰り返しになりますが、そごう・西武の企業価値がたったの8500万円にまで落ちたわけです。一部に学術書っぽい難解な部分はありますが、多くの学生や研究者やビジネスパーソンなどにオススメです。

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次に、大豆生田稔『戦前期外米輸入の展開』(清文堂)を読みました。著者は、東洋大学文学部教授です。本書はタイトル通りに戦前期日本の外米輸入の歴史を取り上げています。ただ、ご注意までなのですが、本書でいう外米というのは、広く輸入米を指しているわけではなく、戦前期の英領ビルマ・仏印・タイで生産されたインディカ種のコメの呼称として使われています。本書でいう外米以外の外国産米として、朝鮮米や中国米や台湾米がある点は指摘しておきたいと思います。この「外米」の用法が日本史や歴史学で通常そうなっているのか、本書だけの独特な用法なのかは、私は歴史学にそれほど詳しくないので不明です。ということで、本書では、戦前期の3つの時期に着目しています。すなわち、19世紀の1890年前後および1897年から1998年、米騒動直後の1918年と1919年、そして戦時期の1940年から1943年です。戦時期に入るまでは外務省の在外公館との連絡公文を調査し、戦時期については米国戦略情報局(OSS)、すなわち、現在の中央情報局(CIA)の分析も含めて、詳細に歴史的に後付けています。本書でいう外米はインディカ種で、日本国内で食用に供されるジャポニカ種とは食味が異なります。通常、コメはブレンドしますから少量であれば、本書では20%くらいまでと考えているようですが、それほど食味への影響は大きくありません。でも、国内産米が不足すれば、インディカ種だけでなく大麦などの雑穀もブレンドすることになり、食味の点からは評価が低下します。でも、量的な不足を補うためには輸入せざるを得ませんし、何よりも、現時点でも痛感されているようにコメの量的不足は価格高騰につながります。コメの価格弾力性が低いからといえます。そういったコメの海外からの輸入について考えるうえでとても参考になりました。最後に、3点ほど私から指摘しておきたいと思います。第1に、私の知る限りの歴史上の常識としても、コメについては、我が国の主食でありながら、1900年ころから需要が生産を上回ることが常態化し、したがって、本書で定義する外米だけでなくコメ輸入が戦時期まで継続することとなります。はい。私が大学で日本経済について教える際、日本の貿易構造について、極めて単純にいえば、戦前期は生糸を輸出してコメを輸入し、戦後、というか、高度成長期を終えたあたりからは自動車を輸出して石油を輸入する、と教えています。ですから、コメ余りで減反政策を実施した、なんてのは戦後のつい最近の短期間ことである点は忘れるべきではありません。昨秋来のコメ不足についても歴史的にもっとよく考えるべきです。第2に、本書は歴史学的には詳細なドキュメントに当たって分析されているのですが、経済学的にもう少し背景の分析も合わせて行う必要があると感じました。すなわち、輸出入については決済方法として金本位制が採用された日清戦争の後、そして、関税自主権が回復された日露戦争の後、1910年ころ以降で、それぞれ明らかな構造変化があります。第3に、コメのような食糧については量的な生産や輸出入だけでなく流通についても考慮する必要があります。本書では米国戦略情報局の報告書で、終戦時の1945年時点で日本には2年分のコメ備蓄があった、という分析結果を過大評価としています。私は戦後ヤミ市での流通などを考え合わせると、さすがに2年分の在庫は過大評価かもしれませんが、一定のコメ在庫はあったと判断しています。現在の足元のコメ不足も、生産不足は決して否定しないとしても、流通の目詰まりや業者の売り惜しみといった面も忘れるべきではないと考えます。

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次に、上條一輝『深淵のテレパス』(東京創元社)を読みました。著者は、webメディアでライターをしつつ、本書により創元ホラー長編賞を受賞してデビューしています。あわせて、本書は、朝宮運河氏主催の読者投票企画「ベストホラー2024 国内部門」でも1位に選ばれています。主人公は、あしや超常現象調査の動画サイトを運営する2人、芦屋晴子とその助手の越野草太です。2人はサラリーマン勤めの傍ら、超常現象を解明するために大学の研究室ともタイアップして動画を撮っています。ストーリーは、PR会社のバリキャリであり30代半ばにして営業部長をしている高山カレンが部下に誘われて、その部下の弟が所属する大隈大学のオカルト研究会のイベントで、怪談を聞いた日を境に怪現象に襲われることから始まります。すなわち、不気味な異音がしたり、汚水が現れたりといった怪異現象が現れるのですが、光があるとこういった超常現象は起こらず、暗闇が生じるとそこから怪異現象となります。あしや超常現象調査の2人は協力者も含めて、こういった怪奇現象の解明に当たります。ということで、いくつか、私からの感想です。まず、大隈大学、すなわち、福沢大学ではなく大隈大学であるのは地理的な必然性があります。なお、大隈大学の周辺には私が3年近く勤務した総務省統計局があります。ですので、あのあたりの土地勘を私は十分持っています。続いて、本書はホラーなのですが、明らかにホラー小説なのですが、それほど怖くありません。少なくとも、怖くて読み進むことが出来ない、という読者はほとんどいないものと私は考えます。最後に、本書の出来のいいところは、超常現象を中心に置いて謎解きをすることができる一方で、まったく超常現象に関係なく近代物理学の想定するスコープでも、十分解決できることを主要な登場人物の1人、あしや超常現象調査の協力者の1人がラストで謎解きしています。ミステリでいえば多重解決になるのかもしれませんが、若手作家のデビュー作という点を考えれば、この超常現象のオカルトと近代物理学に立脚するミステリの両方か謎解きができる、というのは優れた構成だと感じました。最後の最後に、読後、「火星鉛筆」をwebサーチする読者がいそうな気がしますが、はい、私もしましたがヒットしません。

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次に、高野真吾『カジノ列島ニッポン』(集英社新書)を読みました。著者は、ジャーナリストであり、20代のころからマカオ、韓国、ベトナムなどの海外でカジノを経験してきている、と紹介されています。本書では、2030年に大阪で開業予定の万博跡地のカジノを含む統合型リゾート(IR)だけでなく、いまだに消滅しているわけではない東京カジノ構想、さらに、主としてアジア各国における海外カジノ事情、不認定の結果を受けた長崎カジノ計画とどうも消えたっぽい和歌山と横浜のカジノ計画、もちろん、ギャンブル依存症についてと、幅広く取り上げています。実は、私は30代前半に南米チリの大使館に経済アタッシェとして赴任し、3年間の勤務を経験していますが、チリの首都サンティアゴから車で1時間余の太平洋岸のビーニャ・デル・マールというところに地方自治体が経営するカジノがあり、年間2-3回、3年間の勤務で10回ほど行ったことがあります。私はその前から合理的極まりないエコノミストであり、確率的に非合理で、損するギャンプルはやりません。でも、外交官で海外に赴任しているわけで、社交上カジノに行くことはありました。また、シンガポールのカジノが本書でも言及されていて、最近ではそれなりにアジアではマカオなんかとともに有名になっています。我が家は今世紀初めに3年間ジャカルタで暮らしていて、メディカルチェックなどで半年おきくらいに一家4人でシンガポールに行っていたのですが、シンガポールでカジノが開業したのは2010年ころであり、私はシンガポールのカジノは経験ありません。そもそも、子供たちが小さかったのでナイトサファリにすら行きませんでしたので、開業していたとしても行ったかどうかは不明です。本書はジャーナリストの手になる詳細なレポとなっていますが、カジノ経験ある私の見方から、3点だけつけ加えておきたいと思います。第1に、来月から開幕する万博はカジノとシームレスにつながっているという事実をもう一度確認する必要があります。メディアなどでは、ある意味で、無邪気に万博を取り上げていますが、万博の後には膨大な公費を投入したカジノの開業が控えています。この点は忘れるべきではありません。第2に、本書でも言及されていますが、横浜は明確に「カジノ反対」を掲げた市長が当選し、市民のリテラシーの高さを見せつけられました。やや記憶が不確かなのですが、マルクスの主著である『資本論』で、トイレに課税しようとして諌められた王様が、「貨幣は匂わない」と反論したというエピソードを読んだ記憶があります。いまだに社会主義ならざる資本主義の世の中ですから、所得を得ることは生存のために必要性が高いのですが、どのように所得を得るか、加えて、稼得した購買力を何に対して使うか、という点は、個人や地方自治体や企業などのいずれの経済主体であっても、キチンと考えるべき課題のひとつだと私は考えます。第3に、維新の大阪府政・大阪市政ほかを見ている限り、私は維新という政党をそれほど信用できません。今からでも可能であれば、大阪カジノ構想は万博とともに中止すべきだと考えています。

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次に、永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)を読みました。著者は、エンタメ作家であり、2004年の『転落』が注目されたそうですが、私は不勉強にして本書が初読です。本書は昨年2024年の各種ミステリのランキング上位に入っている話題作です。例えば、宝島社「このミステリーがすごい! 2025年版」国内編第3位、とか、「週刊文春ミステリーベスト10 2024」国内篇第4位、とかです。時代背景は明治末年から大正を中心に昭和初期までをカバーしています。でも、事実上は関東大震災で終わっているといってもいいかもしれません。場所は横浜ならぬ本書の表記では横濱であり、タイトルの檜垣澤家は横濱で知らぬ者なき富豪一族、上州出身の創業者が「糸偏」と呼ばれた繊維産業、特に養蚕業を皮切りに事業を拡大した貿易商です。一家の者が自らを「成金」と自覚していたりします。その創業者である檜垣澤要吉が妾に産ませた娘である高木かな子が主人公です。明治末期に8歳で母を亡くして檜垣澤家に引き取られますが、ほどなくして創業者の父親も卒中で寝込んだ末に亡くなります。一家の事業は創業者である檜垣澤要吉の正妻のスヱと長女の花が取り仕切ります。スヱは大奥様、花は奥様と呼ばれています。花の婿養子の辰市は外向けのお飾りで、事業の実権も一家の奥向もすべて女系で治めています。スヱの孫、というか、花の子も3人とも娘であり、花の長女の郁乃が婿養子を取っています。一応、ミステリとしては、花の婿養子の辰市が蔵の小火で焼け死んだりした事件を最後の方で謎解きがなされたりするのですが、ミステリとしての色彩は希薄と私は考えます。むしろ、高木かな子、長じては花の養子となって檜垣澤かな子となった女性の一代記ではなかろうかと思います。檜垣澤に引き取られた直後は、使用人以上家族未満として扱われ、女中部屋の一角で寝泊まりして、小学校に通う以外は卒中で倒れた父親の介護に明け暮れます。父親という後ろ盾を亡くしてからのかな子の生き様が読ませどころです。めちゃくちゃに聡いのです。大人の話盗み聞きしては情報を蓄積し、その情報を裏の裏まで考えて分析し、権力者の大奥様スヱの意に沿うように発言・行動しつつも、自分の意向も通し、着々と一家の中での地位の向上を成し遂げます。ものすごくタフで、かつ、策士なわけです。NHK朝ドラ「虎に翼」で、花江が寅子に「欲しいものがあるならば、したたかに生きなさい」という場面がありましたが、まさに、かな子はしたたかに生きます。このかな子の下剋上的な生き様と主として大正期横浜におけるブルジョワ的上流階級の生活が印象的な小説です。繰り返しになりますが、ミステリの謎解きは鮮やかで、それはそれなりに楽しめますが、作品としてミステリの色彩は希薄であり、大正期上流社会を舞台にした女性の一代記の色彩の方が強い、と私は思います。

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次に、C.S. ルイス『ナルニア国物語3 夜明けのぼうけん号の航海』(新潮文庫)を読みました。著者は、1963年に没していますが、碩学の英文学者であり、英国のケンブリッジ大学教授を務めています。その作品である「ナルニア国物語」のシリーズが、今般、小澤身和子さんの訳しおろしにより全7巻とも新訳で新潮文庫から順次出版される運びとなっています。私はすでに『ナルニア国物語1 ライオンと魔女』と『ナルニア国物語2 カスピアン王子と魔法の角笛』を読了して、レビューもブログやSNSなどで明らかにしているところで、今週は『ナルニア国物語3 夜明けのぼうけん号の航海』を読みました。ストーリーは、ナルニア国を冒険したペベンシー家の4きょうだい、すなわち、ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーのうち、スーザンが両親の米国旅行に同行し、ピーターは試験勉強のために衣装箪笥のあるカーク教授のところに行ったため、年下のエドマンドとルーシーは夏休みにいとこであるユースティス・クラランスの家に来ています。ユースティスは行動や言動がちょっぴり嫌なやつだったりします。そして、エドマンドとルーシーはユースティスとともに、壁の絵に引き込まれてナルニア国に来てしまいます。人間界では1年だけでしたが、ナルニアでは3年が経っていました。王位を継いだカスピアンの「夜明けのぼうけん号」という船に3人は同乗して、かつてカスピアンの父親から王位を簒奪したミラーズによってナルニアから追放された7人の貴族を探しに東の海を航行します。騎士道精神あふれるネズミのリーピチープも同行しています。向かうは、竜島、死水島、くらやみ島、星の島などふしぎな力を発揮する島々です。果たして、夜明けのぼうけん号の航海やいかに。

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2025年3月21日 (金)

政府のエネルギー補助金により上昇率が縮小した2月の消費者物価指数(CPI)

本日、総務省統計局から2月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の前年同月比で見て、前月の+3.2%からやや縮小して+3.0%を記録しています。上昇率が縮小したといはいえ、まだ+3%のインフレです。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は2022年4月から34か月、すなわち、3年近くの間続いています。ヘッドライン上昇率も+3.7%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+2.6%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者物価2月3.0%上昇 エネ補助で4カ月ぶり伸び縮小
総務省が21日発表した2月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合が109.7となり、前年同月と比べて3.0%上昇した。電気・ガス代の政府補助が再開され、4カ月ぶりに伸び率は縮小した。上昇は42カ月連続となった。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は2.9%の上昇だった。今回伸びは縮んだものの、3カ月連続での3%台となった。
電気・ガス代などエネルギー関連の全体の上昇幅は6.9%と1月の10.8%から縮小した。政府が1月使用分から料金補助を再開し、その影響が2月の統計から表れるとみられていた。上昇率は2月の電気代が9.0%(1月は18.0%)、都市ガス代が3.5%(同9.6%)といずれも伸びは緩やかになった。
ガソリン代は5.8%の上昇で、1月の3.9%から拡大した。政府がガソリン価格の高騰を抑える激変緩和措置を縮小し、補助の目安を1月から185円程度に引き上げた影響が表れた。
電気・ガス代補助は3月使用分まで続く。終了後はエネルギー関連が再び物価の押し上げ要因となる見通しだ。
生活実感に近い生鮮食品も含む総合指数は3.7%上昇した。購入頻度の高い生鮮品の伸び率が18.8%となったことなどが影響している。1月の21.9%より上昇率は緩やかになったものの、引き続き高水準にある。キャベツ、トマト、ブロッコリー、レタスは1月より下落している。
生鮮食品を除いた食料は5.6%の上昇だった。24年7月の2.6%上昇を底に7カ月連続で伸びが高まっている。コメは80.9%のプラスで、比較可能な1971年1月以降で最大の上昇率となった。調理食品は原材料高で、おにぎりが10.9%、外食のすしが4.7%それぞれ上がった。
住まいに関連する費用で、火災・地震保険料が7.0%プラスと上昇が目立った。24年10月に保険料の改定があった。保険の対象となる物件の価格上昇も反映しているとみられる。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+2.9%ということでしたので、実績の+3.0%はやや上振れした印象です。また、前月1月統計からインフレ率が縮小したのは、政府の「電気・ガス料金負担軽減支援事業」による押下げ効果であり、1月検針分からの適用ですので2月統計に現れています。総務省統計局の公表資料によれば、ヘッドラインCPI上昇率への寄与度は▲0.33%、うち、電気代が▲0.28%、都市ガス代が▲0.05%と試算されています。続いて、品目別に消費者物価指数(CPI)の前年同月比上昇率とヘッドライン上昇率に対する寄与度を少し詳しく見ると、まず、生鮮食品を除く食料価格の上昇が引き続き大きくなっています。すなわち、先月1月統計では前年同月比+5.1%、ヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度+1.24%であったのが、2月統計ではそれぞれ+5.6%、+1.35%と、一段と高い伸びと寄与度を示しています。他方で、エネルギー価格も上昇していますが、政府の「電気・ガス料金負担軽減支援事業」により上昇幅は縮小しています。すなわち、エネルギー価格については1月統計で+10.8%の上昇率、寄与度+0.82%でしたが、本日公表の2月統計では上昇率+6.9%の高い伸びは続いていて、寄与度も+0.52%を示しています。寄与度差は▲0.30%ポイントとなりました。特に、エネルギーの中で上昇率が大きいのは電気代であり、エネルギーの寄与度+0.52%のうち、実に電気代だけで寄与度は+0.30%に達しています。また、上昇率が加速しています。引用した記事で指摘されている通り、政府のガソリン価格の高騰を抑える激変緩和措置の補助が縮小したこともあって、1月の+3.9%の上昇から、2月は+5.8%になりました。
多くのエコノミストが注目している食料の細かい内訳について、前年同月比上昇率とヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度で見ると、繰り返しになりますが、生鮮食品を除く食料が上昇率+5.6%、寄与度+1.35%に上ります。その食料の中で、コアCPIの外数ながら、生鮮野菜が上昇率+28.0%、寄与度+0.53%、生鮮果物も上昇率+20.8%、寄与度+0.23%と大きくなっています。こういった生鮮食品を別にしても、コシヒカリを除くうるち米が上昇率+81.4%ととてつもない価格高騰を示していて、寄与度も+0.30%あります。うるち米を含む穀類全体の寄与度は+0.50%に上ります。さすがに、農林水産省も備蓄米の放出にかじを切ったようですが、備蓄米が市場に出回るのは今月下旬と報じられています。現時点で、価格の安定も見られません。主食に加えて、チョコレートなどの菓子類も上昇率+6.8%、寄与度+0.18%を示しており、コメ値上がりの余波を受けたおにぎりなどの調理食品が上昇率+4.2%、寄与度+0.16%、同様に外食も上昇率+3.2%、寄与度+0.15%と、それぞれ大きな価格高騰を見せています。コメとは別ながら、豚肉などの肉類も上昇率+5.2%、寄与度+0.14%、コーヒー豆などの飲料も上昇率+6.6%、寄与度0.12%、などなどと書き出せばキリがないほどです。統計でも確認できますが、私の実感としても、スーパーなどで1玉500円のキャベツ、1個150円のミカン、1本80円のキュウリを見かけることもめずらしくなくなった印象です。そのうち、キャベツは大昔のメロンのように木箱に入って売られることになるんではないか、という冗談が真実味を帯びてきたような気すらします。

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なお、現在の消費者物価は食品やエネルギーといった生活必需品の値上げによりもたらされており、私の方でも所得分位別のウェイトを用いた物価上昇率をプロットしてみました。上のグラフの通りです。所得分位は5分位であり、第I分位と第II分位の境界所得は年間463万円、さらに、第IV分位と第V分位の境界は962万円となっています。境界所得は、いずれも、総務省統計局のサイトにある消費者物価に関する資料の P.33 脚注30 に示されています。少なくともデータを見る限り、最近時点では食料の価格上昇が激しいため、低所得階級の消費バスケットに対する物価上昇率が大きくなっています。5分位階級において、もっとも低所得である第I階級ともっとも高所得である第V階級のそれぞれの消費バスケットの物価上昇率の差は、今年2025年1月で+0.6%、2月では+0.7%と、低所得家計が大きな物価上昇に直面している点は忘れるべきではありません。マクロの平均的な物価上昇とともに、どういった所得階層により大きな負担をもたらしているかも重要であると考えるべきです。

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2025年3月20日 (木)

今春闘の賃上げはどこまで期待できるか?

先週金曜日の3月14日、春闘の集中回答日を終えて連合から「2025春季生活闘争 第1回回答集計結果」が明らかにされています。760組合の加重平均は17,828円、5.46%と、昨年第1回集計時を+1,359円、+0.18%ポイント、それぞれ上回っています特に、深刻な人手不足を受けて、300人未満の中小351組合は14,320円、5.09%と、これも昨年を上回っています。また、いわゆる非正規雇用である有期・短時間・契約等労働者の賃上げ額は、時給75.39円(昨年比+4.29円増)、概算の時給引上げ率は6.50%と、一般組合員の+5%台半ばを上回っています。連合のプレスリリースから 2013以降の第1回回答集計結果の推移 と 有期・短時間・契約等労働者の賃上げ のグラフを引用すると以下の通りです。

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ただ、1点ご注意なのですが、連合の春闘賃上げ集計は年央に向けて数回発表されます。軽く想像されることながら、賃上げ率が高い企業・組合については鼻高々で早い時期に公表する一方で、賃上げが芳しくない企業・組合はコソッと後出しします。ですので、今後の第2回集計、第3回集計とジワジワと平均賃上げ率の集計結果は低下していくのが通例と考えるべきです。そうはいっても、出だしの第1回集計が+5%台半ばですので、今春闘の賃上げ率は+5%を超えることはほぼ確実です。昨春闘の+5.10%を超える可能性が高いのではないか、と私は見ています。
賃金だけでなく、消費に影響するファクターとして消費者物価も考慮した実質賃金の動向を考えると、例えば、3月11日付けのニッセイ基礎研究所「2024-2026年度経済見通し」を引用すれば、「実質賃金上昇率が持続的・安定的にプラスとなるのは、現在4%台となっている消費者物価上昇率(持家の帰属家賃を除く総合)が3%程度まで鈍化することが見込まれる2025年7-9月期以降と予想する。」と結論しています。私もこんなもんだと思います。

夏季ボーナスの出る年央まで何とかがんばって、実質賃金がプラスとなる好循環を迎えられるのは今年後半以降、ということになりそうです。幸か不幸か、その賃金と物価の好循環が本格化する前に参議院議員選挙があります。果たして、国民の審判やいかに?

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2025年3月19日 (水)

2月の貿易統計と大きく減少した1月の機械受注統計をどう見るか?

本日、財務省から2月の貿易統計が、また、内閣府から1月の機械受注が、それぞれ公表されています。貿易統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比+11.4%増の9兆1911億円に対して、輸入額は▲0.7%減の8兆6066億円、差引き貿易収支は+5845億円の黒字を計上しています。2か月振りの貿易黒字となっています。機械受注のうち民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注は、季節調整済みの系列で見て前月から▲3.5%減の8579億円と、2か月連続の前月比マイナスを記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

貿易収支、2月は5845億円の黒字 2カ月ぶりプラス
財務省が19日発表した2月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は5845億円の黒字だった。黒字となるのは2カ月ぶりとなる。輸出は春節(旧正月)の影響で中国向けが伸びたほか、米国向けも自動車などが増加した。
貿易黒字額は21年3月の6098億円以来、およそ4年ぶりの大きさだった。全体の輸出額は9兆1911億円で前年同月比で11.4%増加した。増加は5カ月連続となる。輸入は8兆6066億円で0.7%減だった。減少は3カ月ぶりだった。
地域別では対中国の輸出が1兆5382億円で14.1%増、輸入が1兆7250億円で3.5%減となった。輸出額は2月として最大だった。
1月は中国が春節に入った影響で現地の生産活動が停滞し、日本からの輸出の動きが鈍り赤字額が拡大する原因となった。2月に入って止まっていた輸出が動き出したことで輸出額が増えた。昨年は春節が2月だったため前年同月で比べると反動で輸出が増えた。
対米国では輸出が10.5%増の1兆9047億円で、輸入は2.7%減の9858億円だった。品目別では輸出のおよそ3割を占める自動車が13.9%増となったほか、電気機器なども増えた。
米国を巡ってはトランプ米政権が追加関税の発動を計画している。財務省は「駆け込み需要があったとは言い切れない」と説明するが、輸出額は2月として最大だった。
欧州連合(EU)とは輸出が7.7%減の8041億円、輸入が1兆266億円で15.2%増だった。中国を含む対アジアでは輸出が15.7%増の4兆8916億円、輸入が0.4%減の4兆45億円だった。
1月の機械受注3.5%減 2カ月連続マイナス
内閣府が19日発表した1月の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる船舶・電力を除く民需(季節調整済み)は前月比で3.5%減の8579億円だった。2カ月連続のマイナスだった。基調判断は「持ち直しの動きがみられる」と据え置いた。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は0.5%減だった。
製造業、非製造業ともに前月比でマイナスだった。製造業は前月比1.3%減の4130億円だった。製造業17業種のうち9業種が前月から減少した。マイナス幅が大きかった業種では前月に伸びた反動がでた。業種別では石油精製施設などからの受注が減り、「石油製品・石炭製品」は前月比71.1%減だった。
非製造業(船舶・電力を除く)は7.4%減の4373億円だった。2024年3月(10.2%減)ぶりのマイナス幅だった。情報サービス業(24.3%減)や金融業・保険業(19.5%減)、リース業(29.2%減)からの受注が減った。
月ごとのぶれをならした3カ月平均の数字では0.6%減だった。内閣府は基調判断を据え置いた理由について、「先月に引き続きマイナス幅は小幅にとどまっており、明確な変化が確認できなかった」と説明した。
25年1~3月期の見通し(季節調整済み)は前期比2.2%減となった。見込み通りなら2四半期ぶりのマイナスになる。

長くなりましたが、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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まず、引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、+7500億円超の貿易黒字が見込まれていたところ、実績の+6000億円足らずの黒字はやや下振れした印象です。また、記事には何の言及もありませんが、季節調整済みの系列で見ると、貿易赤字はこのところジワジワと縮小していて、昨年2024年12月統計では+500億円余りの黒字を記録した後、今年2025年1月統計では再び赤字となって▲6000億円超に拡大し、本日公表の2月統計では+2000億円近い黒字を計上しています。ただ、毎年1-2月は中華圏の春節により季節調整しきれていない部分がないとはいえませんので、1-2月を均してみると、まだ赤字幅の方が大きいと感じられます。なお、財務省のサイトで提供されているデータによれば、季節調整済み系列の貿易収支では、2021年6月から直近で利用可能な2025年1月統計まで、ほぼほぼ3年半に渡って継続して赤字を記録しています。ただし、いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、輸入は国内の生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。そして、これも季節調整済みの系列で見て、貿易収支赤字がもっとも大きかったのは2022年年央であり、2022年7~10月の各月は貿易赤字が月次で▲2兆円を超えていました。ですので、この程度の貿易赤字は、特に、何の問題もないものと考えるべきです。繰り返しになりますが、毎年1月と2月は旧暦で日付が決まる中華圏の春節がいつになるかでかく乱要因が大きく、大きく統計が振れたからといって深刻に考える必要はありません。それよりも、米国のトランプ新大統領の関税政策による世界貿易のかく乱によって資源配分の最適化が損なわれる点の方がよほど懸念されます。ただ、本日公表の2月統計では、米国の関税政策発動直前の駆け込み需要があったかどうかについては、引用した記事にもあるように、財務省当局からは懐疑的な見方が示されていると私は受け止めています。
本日公表された2月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により主要品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油が数量ベースで▲13.1%減、金額ベースで▲12.9%減となっています。エネルギーよりも注目されている食料品は金額ベースで+5.6%増と、大きく増加しています。非鉄金属鉱は数量ベースで▲16.0%減、金額ベースで▲29.4%減を記録しています。輸出に目を転ずると、自動車が数量ベースで+3.2%増、金額ベースでも+13.4%増となっている一方で、電気機器が金額ベースで+9.7%増、一般機械も同じく+11.6%増と高い伸びを示しています。国別輸出の前年同月比もついでに見ておくと、中国向け輸出が前年同月比で+14.1%増と大きく伸びたことを受けて、中国も含めたアジア向けの地域全体で15.7%増となっています。米国向けは+10.5%増ながら、西欧向けが▲4.5%減などとなっています。輸出については、中国の景気動向が目標の+5%成長近くを達成できるとすれば、米国トランプ政権の関税政策次第と考えるべきです。

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続いて、機械受注のグラフは下の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。まず、引用した記事にある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、市場の事前コンセンサスは季節調整済みのコア機械受注で前月比▲0.5%減、予測レンジの下限が▲3.2%減でしたから、実績の▲3.5%減はレンジ下限を超えて、大きく下振れした印象です。ただ、統計作成官庁である内閣府では、半ノッチ上方修正した先月2024年11月の「持ち直しの動きがみられる」で据え置いています。また、先行きについては決して楽観はできず、特に、日銀が金利の追加引上げにご熱心ですので、すでに実行されている利上げの影響が同時にラグを伴って現れる可能性が十分あることから、金利に敏感な設備投資にはブレーキがかかることは明らかです。加えて、繰り返しになりますが、米国のトランプ政権の関税政策により先行き不透明さが増していることは設備投資にはマイナス要因です。

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2025年3月18日 (火)

経済協力開発機構「中間経済見通し」OECD Economic Outlook, Interim Report March 2025 やいかに?

日本時間の昨日3月17日に、経済協力開発機構「中間経済見通し」OECD Economic Outlook, Interim Report March 2025 が公表されています。もちろん、pdfの全文リポートも利用可能です。まず、OECDのサイトからIntroductionを引用すると以下の通りです。

Introduction
The global economy remained resilient in 2024, expanding at a solid annualised pace of 3.2% through the second half of the year. However, recent activity indicators point to a softening of global growth prospects. Business and consumer sentiment have weakened in some countries. Inflationary pressures continue to linger in many economies. At the same time, policy uncertainty has been high and significant risks remain. Further fragmentation of the global economy is a key concern. Higher-than-expected inflation would prompt more restrictive monetary policy and could give rise to disruptive repricing in financial markets. On the upside, agreements that lower tariffs from current levels could result in stronger growth.

要するに、今年2025年の経済見通しのヘッドラインとなる世界経済の今年2025年の成長率は昨年2024年12月時点での+3.3%という見通しから▲0.2%ポイント引き下げられて+3.1%と下方修正されました。2024年の実績の成長率が+3.2%でしたので、やや成長が減速するという見通しです。加えて、来年2026年の成長率も+3.3%から+3.0%に下方修正されています。そして、引用にあるように、この下方修正の要因は2点あって、インフレ圧力(inflationary pressures)による企業や消費者のセンチメント(business and consumer sentiment)が弱くなっていることと政策の不確実性(policy uncertainty)です。明示的ではありませんが、米国トランプ政権の関税政策などを示唆していると考えるべきです。世界経済のさらなる分断が懸念される(Further fragmentation of the global economy is a key concern.)わけです。

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2025-26年の成長率見通しについて、リポートから Table 1. Global growth is projected to moderate を引用すると上の通りです。当然ながら、米国の関税政策でダメージを受けているメキシコとカナダの成長率見通しが大きく下方修正されているのが目につきます。当然です。日本もメキシコやカナダほどではありませんが、欧州諸国と比較して少しダメージが大きいと見込まれているようです。中国の今年2025年の成長率見通しはなぜか上方修正されています。でも、昨年2024年の実績成長率の+5.0%から今年2025年と来年2026年にかけてじわじわと成長率が減速すると予想されている点は注目です。

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その米国の関税政策によるGDPとインフレへのダメージについて、リポートから Figure 9. Further trade fragmentation would harm global growth prospects を引用すると上の通りです。GDPの減速についてはメキシコが、インフレの加速についてはカナダが、それぞれ、ダメージ大きいと試算されています。日本へのダメージもグラフの通りです。当然ながら、米国経済についても関税政策からの成長率やインフレへのダメージは避けられない、との試算結果です。米国の政策当局でも、決して賢明な政策ではない、と理解しているエコノミストは少なくないような気がします。

最後に、経済見通しに基づいて3点の政策対応が上げられています。OECDのサイトから引用すると以下の通りです。

  • Monetary policy should remain vigilant
  • Fiscal actions are needed to ensure debt sustainability
  • Ambitious structural policy reforms are needed to improve the foundations for growth

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2025年3月17日 (月)

帝国データバンク「旧姓の通称使用に関する企業の実態アンケート」やいかに?

先週金曜日の3月14日、帝国データバンクから「旧姓の通称使用に関する企業の実態アンケート」に関する結果が明らかにされています。まず、帝国データバンクのサイトから調査結果のSUMMARYを引用すると以下の通りです。

SUMMARY
職場での旧姓の通称使用を「認めている」企業の割合は63.6%となった。さらに「検討中」を合わせた『容認・検討中』の企業は7割を超えた。円滑なコミュニケーションやメールアドレスなどの継続利用といった具体的なメリットをあげる声や、個人の自由を尊重する姿勢がみられた。
旧姓の通称使用に対する負担感は「ない」と回答した企業は50.7%で、半数を超えた。

グラフを引用しつつ、簡単に見ておきたいと思います。最初のグラフは、帝国データバンクのサイトから 職場における「旧姓の通称使用」状況 を引用すると以下の通りです。SUMMARYにある通り、職場での旧姓の通称使用を「認めている」企業の割合は63.6%に上っています。「認めていない」は10%を下回っています。でも、まだ、旧姓使用を認めない企業もあるんですね。少し驚きました。規模別のデータも示されていて、当然ながら、大企業では77.2%が、中小企業では61.4%が、そして、小規模企業では56.6%が、それぞれ旧姓使用を認めています。日本における企業の規模間格差を垣間見ることがきでます。

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次のグラフは、帝国データバンクのサイトから 職場における「旧姓の通称使用」に対する企業の負担感 を引用すると以下の通りです。「負担感なし」が50%を少し上回っています。ただ、負担感を感じる企業も10%余り残っています。平均で「負担感あり」の企業は13.6%なのですが、旧姓仕様を認めていない企業では32.5%に上ります。まあ、当然かもしれません。

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最後に、判っている人は判っていると思うのですが、このアンケートは大きくピントがズレています。アンケートでは、旧姓の通称使用について質問していますが、現在議論されているのはそうではなく、選択的夫婦別姓制度です。以下の日弁連と経団連のサイトをお示ししておきます。帝国データバンクって、ここまで周回遅れの調査会社だったとは知りませんでした。

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2025年3月16日 (日)

プレシーズンの調整試合とはいえ大リーグ強豪チームを撃破するタイガース

3月15日(土)

  RHE
カブス000000000 030
阪  神00111000x 360

3月16日(日)

  RHE
ドジャース000000000 030
阪  神000300000 350

昨日のカブスに続いて、今日は昨年のワールドシリーズを制したドジャースに勝利し、タイガースが大リーグ強豪チームを撃破しています。
もちろん、プレシーズンの調整試合ではありますが、ファンとしては気分がいいことはいうまでもありません。実は、昨日は、退職者を送る会で衣笠キャンパスに出向いて、まったく試合は見ていません。でも、昨日の門別投手、今日の才木投手と両先発投手がともに5回を無失点に抑え、続くリリーフ陣も零封しており、投手陣は順調な仕上がりと見受けられます。打つ方では、今日は佐藤輝選手の豪快なスリーランが見られました。今年は投打ともに大いに期待できそうです。

今季はリーグ優勝と日本一奪回目指して、
がんばれタイガース!

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2025年3月15日 (土)

今週の読書はピケティ教授とサンデル教授の対談本をはじめ計10冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、トマ・ピケティ & マイケル・サンデル『平等について、いま話したいこと』(早川書房)は、不平等に関してフランスのエコノミストであるピケティ教授と米国の政治哲学者であるサンデル教授が、お互いをリスペクトした穏やかな口調ながら、火の出るようなディスカッションをしています。ややピケティ教授の言い分に分がありそうに読みました。松井暁『社会民主主義と社会主義』(専修大学出版局)は、マルクス主義の観点から、経済成長や生産力、生存のための非自発的ないし強制的な労働、国家の役割、グローバル化の4点を考え、社会民主主義と社会主義について考察しています。荻原浩『笑う森』(新潮社)は、5歳のADS児が広大な樹海で行方不明となったものの、1週間後に無事に健康で救助されます。その1週間の間に、何があったか、また、母親をネットで激しくバッシングした誹謗中傷の真実を明らかにします。逸木裕『彼女が探偵でなければ』(角川書店)では、高校時代に探偵の真似ごとをして以来、人の本性を暴くことに執着して生きてきて、父親の経営するサカキ・エージェンシーという探偵社で働く主人公が、さまざまな人間の本性を明らかにします。小川哲ほか『これが最後の仕事になる』(講談社)は、24人のミステリ作家などが、ショート・ショートの冒頭をタイトルと同じ文句で書き出す短編集です。ラストの方に佳作が置かれています。荻原博子『65歳からは、お金の心配をやめなさい』(PHP新書)は、「老後資金は2000万円必要」ではない、という事実を明らかにし、プロでない限り「貯蓄から投資へ」という政府の甘言に乗ってはいけないと経済ジャーナリストが主張しています。上橋菜穂子『香君』1・2・3・4巻(文春文庫)は、嗅覚に人並み外れた能力を持つ主人公が稲と肥料による帝国の繁栄を危うくする虫害の克服に挑みます。
今年の新刊書読書は先週までに53冊を読んでレビューし、本日の10冊も合わせて63冊となります。上橋菜穂子『香君』については、単行本では上下巻の2冊だったのですが、文庫本で4分冊とされたので、ここでは4冊とカウントしています。なお、Facebookやmixi、mixi2、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアするかもしれません。

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まず、トマ・ピケティ & マイケル・サンデル『平等について、いま話したいこと』(早川書房)を読みました。著者は、フランスのエコノミスト、パリ経済学校教授と米国の政治哲学者、ハーバード大学教授です。はい、火の出るようなディスカッションです。ていねいな口調でお互いをリスペクトしてはいますが、極めて鋭く批判的な論調で相手の論調に対する反論を繰り出しています。でも、私の目からはピケティ教授の方が道理を踏まえていて、まあ、何と申しましょうかで、議論は優勢であったような気がします。冒頭章でサンデル教授の問いに答えて、ピケティ教授が不平等の弊害について、経済的な財の取得の不平等の弊害、政治的権利行使の不平等の弊害とともに、人間としての尊厳の問題を上げています。私はサンデル教授と同様にまったく賛成です。特に経済的な財の取得に関しては、本書では食料などの生存に必要な財はもちろん、不平等の是正に大いに役立つ医療や教育も重視しています。私は加えて、住宅も注目して欲しいと願っています。それ以降、両教授の対談ですから、現状の不平等がどうなっているかについての記述的な分析ではなく、むしろ、不平等についてどう考えるか、先行きどのように修正を図るか、についての議論が主になっています。火の出るようなディスカッションというのは、特に、「課税、連帯、コミュニティ」と題した第7章がハイライトとなっています。ピケティ教授は不平等の是正のために累進課税の果たす役割を強調しています。そして、サンデル教授が左派ポピュリストという用語を用いている点をやんわりと批判しています。はい、私もそう思います。その昔にソ連型の共産主義がまだ一定の影響力を持っていた時代に、「左右の全体主義」という表現がありました。私は決して好きな表現ではありませんでしたが、サンデル教授は未邦訳の Democracy's Discontent の第2版で、左右のポピュリズムといった表現を用いているらしいです。ピケティ教授は「左派ポピュリスト」と呼ばれることを嫌っているような印象でした。私の感想ですが、スペインのPodemos、ギリシアのSYRIZA、あるいは、ΣYPIZA、はたまた、ドイツのBSWとか、日本のれいわ新選組なんかは、自らを左派ポピュリストであると自称しているような気がしないでもないんですが、ピケティ教授はお嫌いなようでした。経済面のみならず、人間としての尊厳の問題も含めて、不平等について考えさせられる読書でした。ひょっとしたら、今年の経済書のベストかもしれません。

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次に、松井暁『社会民主主義と社会主義』(専修大学出版局)を読みました。著者は、専修大学経済学部教授であり、ご専門は社会経済学、経済哲学です。はなはだ専門外ながら、私は以前に同じ著者の『ここにある社会主義』を読んだことがあります。本書はマルクス主義の観点から、経済成長や生産力、生存のために必要な非自発的ないし強制的な労働、国家の役割、グローバル化を考え、社会民主主義と社会主義について考察し、私をはじめとするリベラルなエコノミストがとても受け入れやすい結論を導いています。まず、生産力については、従来からのマルクス主義的な永遠に生産力が拡大するという私のようなシロートの考えを排して、マルクス主義は定常状態を志向する、と結論しています。斎藤幸平の脱成長と同じと考えてよさそうです。私の理解ははかどりませんでした。成長ゼロの定常状態、そんなんで、「必要に応じて受け取る」ことのできる共産主義まで行き着くんでしょうか。疑問です。そして、非自発的ないし強制的な労働と国家は廃止されると考えますが、国家には2段階の廃止を予定し、いかにもマルクス主義的な階級支配の機構としての国家が先に廃止され、さらに、労働の分業に起因し、特殊な利益と共通の利益の疎外を調整する疎外国家はもう少し残る可能性を示唆しています。そして、福祉と労働をデカップリングするベーシックインカムの導入に労働の廃止、非自発的ないし強制的労働の廃止の未来を見ています。はい。この部分には全面的に私も同意します。そして、ソ連型の社会主義が崩壊し、グローバル化が進んだ現在においては、先進諸国で福祉国家を推進してきた社会民主主義が、もっとも期待できる社会主義の潮流であって、当たり前ですが、旧来型の暴力革命は否定され、1980年ころからの新自由主義によって縮小ないし破壊されてきた福祉国家を再建し、押し進めることが社会主義実現のための課題である、と結論しています。この部分、というか、結論も私は大いに同意します。最後にお断りですが、マルクス主義について、まったく詳しくもない主流派経済学に立脚するエコノミストである私の読書感想ですので、間違って解釈している部分がありそうな気がします。大いにします。

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次に、荻原浩『笑う森』(新潮社)を読みました。著者は、小説家であり、私は『ワンダーランド急行』ほかを読んでいます。「ほか」とは、アンソロジーに収録されたいくつかの短編です。あらすじは、5歳の男児である山崎真人、ADS=自閉症スペクトラム障害を持つ5歳児が富士山の樹海に匹敵するような神森の樹海で行方不明となります。山崎真人の母の山崎岬はシングルマザーで夫と死別しています。SNSでは母親の山崎岬をバッシングする誹謗中傷の書込みであふれます。幸いなことに、1週間後に山崎真人が無事に地元消防団員により発見されます。しかし、小学校に通う前の5歳のADS児である山崎真人は、「クマさんが助けてくれた」と語るのみで、樹海で何があったのかは不明のままとなります。そして、山崎真人発見後もネットでのバッシングは続きます。山崎岬の死んだ夫の弟で山崎真人の叔父に当たる山崎冬也は保育士をしていますが、姉の山崎岬に協力して、樹海で何があったのかの真相解明とネットの誹謗中傷の書込みをしている人物の特定などに挑みます。真相解明は驚愕の事実、特に、山崎真人を助けた最後の関係者が明らかにされるラストはびっくりします。小説ですから、現実にはありえない展開ですが、5歳男児が森をさまよって1週間後に救助される、そして、事実関係が明らかにされるとともに、ネットの誹謗中傷者も突き止められて、適切なペナルティを受ける、という極めて小説らしいハッピーエンドですので、安心して読めます。ただ、最後に1点だけ指摘しておくと、私は詳しくないのでややバイアスあるかもしれませんが、ADS=自閉症スペクトラム障害について少しネガな書き振りが気にかかります。すなわち、コミュニケーション能力に難があって、森で何があったかを語ることが出来ないとか、自分の殻に閉じこもってしまう、とかの面がやけに強調されていて、サヴァンではないとしても、通常の5歳時にはない特殊な能力、というか、特別な何かが森での1週間のサバイバルに役立った、という面も何かあった方が、さらに、いかにも非現実的な小説っぽくなりますが、読者には受け入れられやすい気がしました。まあ、最後の第5番目の関係者の存在がそうなのかもしれませんが、もう少しサヴァン的に盛ってもいいような気がします。

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次に、逸木裕『彼女が探偵でなければ』(角川書店)を読みました。著者は、ミステリを中心とする小説家なのですが、多分、もっとも有名な作品は『電気じかけのクジラは歌う』ではないかと思います。私も読もう、読もうと考えつつ、まだ読めていません。また、本書は同じ主人公の活躍するミステリ『五つの季節に探偵は』の続編となるらしいです。私は詳細を知らなかったりします。したがって、というか、なぜならば、というか、何というか、本書が私のこの作家の初読となります。主人公は、森田みどりです。タイトル通りに探偵なのですが、高校時代に探偵の真似ごとをして以来、人の本性を暴くことに執着して生きてきて、今では2児の母となっています。父親の経営するサカキ・エージェンシーという探偵社で働き、もう部下を育てる立場になっています。本書は5話からなる短編集であり、各話は特に連作というわけではなく比較的独立しています。冒頭に書いたように、主人公は人間の本質を暴くことに執着していますので、バッドエンドの嫌な終わり方をする短編も少なくありません。順にあらすじを紹介すると、まず、「時の子」では、時計職人であった父親をなくした高校生男子から聞いて、親子2人で3年前に防空壕に閉じ込められた際の脱出劇の謎解きをします。「縞馬のコード」では、部下と行方不明人を探す仕事で議論しているところに、千里眼を自称する高校生に出会いますが、その実態を暴きます。「陸橋の向こう側」では、ショッピングモールのイートインスペースで父親を殺すとノートに書いていた男子中学生を森田みどりが尾行します。「太陽は引き裂かれて」では、トルコ料理店のシャッターに赤いXがマークされていた事件から、在日クルド人社会の謎に迫ります。「探偵の子」では、森田みどりは夫の司、長男の理、次男の望、それに、父親の榊原誠一郎の5人で、榊原誠一郎の出身地を休暇旅行します。そこで、母親が著名な陶芸家だった榊原誠一郎の友人の家に泊めてもらった際、長男の理が行方不明になります。最後の最後に、繰り返しになりますが、やや嫌な終わり方をするイヤミスの短編がかなりあります。

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次に、小川哲ほか『これが最後の仕事になる』(講談社)を読みました。編者は出版社となっていますが、著者は24人いて、たぶん、収録順に、小川哲、五十嵐律人、秋吉理香子、呉勝浩、宮内悠介、河村拓哉、桃野雑派、須藤古都離、方丈貴恵、白井智之、潮谷験、多崎礼、真下みこと、献鹿狸太朗、岸田奈美、夕木春央、柿原朋哉、真梨幸子、一穂ミチ、三上幸四郎、高田崇史、金子玲介、麻見和史、米澤穂信、となります。ショート・ショートの短編集です。前に読んだ『黒猫を飼い始めた』と同じで、最初の1センテンスが「これが最後の仕事になる」で始まっています。ミステリ作家が多いと直観的に感じましたが、ほとんど、何の統一感もないショート・ショートが並んでいて、レベルもさまざまです。ただ、最後の方の数話のレベルが高いと感じました。特に、ラストの2話、すなわち、麻見和史「あの人は誰」と米澤穂信「時効」はミステリとしていい出来だと感じました。そこは作家さんの実力なんだろうと思います。ほかは、私の好みで、方丈貴恵「ハイリスク・ハイリターン」はなかなか見事なパズルとなっていて、さすがに、京大ミス研ご出身と感心しました。また、呉勝浩「半分では足りない」も兄弟の会話をパラグラフごとに逆の順で読む、という趣向が素晴らしいと感じました。でも、お話の中身はそれほどでもありません。タイトル、というか、書き出しの「これが最後の仕事になる」から、闇バイトのお話がもっと多いかと予想していましたが、そのものズバリのタイトルの柿原朋哉「闇バイト」は、実は、闇バイトでもなんでもないという落ちでした。また、YouTuberの最後の配信、というのもいくつかありました。

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次に、荻原博子『65歳からは、お金の心配をやめなさい』(PHP新書)を読みました。著者は、老後資金などに詳しい経済ジャーナリストです。マイナ保険証に強く反対するなど、経済に向き合う姿勢が私には好感が持てると考えています。本書はタイトル通りなのですが、基本的に、先日亡くなった森永卓郎さんの『投資依存症』や『新NISAという名の洗脳』と同じラインであると考えてよさそうです。ついでながら、私はどちらも読んでレビューしています。ということは、よほどのプロでない限り、「老後資金は2000万円必要」とか、「いや、4000万円必要」とかの流言飛語に惑わされず、政府の「貯蓄から投資へ」という甘言にも乗らず、投資に手を出すことに対して強い警戒心を持つべきであると警告しています。その根拠として、老後資金はそれほど必要なく、したがって、通常の範囲の預貯金で十分であり、生活をつましくしつつ、しかし、豊かな老後を送るべし、という内容です。特に、最終章の子供に相続財産を残すよりも人生を豊かに生きる、という点は私は大賛成です。そもそも、何かの心配ごと、特に、金銭面の心配や懸念を持ち出して人の行動を誘導しようとするのは、私はその昔の統一協会の霊感商法のような危うさを感じます。本書第4章のタイトルに含まれている「足るを知る」というのは重要なポイントであり、果てしなく心配ごとを広げるのは、とくに、65歳以降の老後にあってはヤメにしておいた方がいいと思います。

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次に、上橋菜穂子『香君』1・2・3・4巻(文春文庫)を読みました。著者は、川村学園女子大学特任教授にして、『精霊の木』で作家デビューを果たし、『精霊の守り人』、『獣の奏者』、『鹿の王』などなど数多くの文学作品があります。本書は7年ぶりの最新小説だそうです。単行本としては上下巻だったのですが、文庫本としては4巻構成で出版されています。私はこの作者のファンタジーについても、読もう、読もうと考えつつ、ついつい無精をしていましたが、大学の図書館で文庫版を見つけてサッサと借りて読んでみました。したがって、この作者の作品は不勉強にして本書が初読でした。期待にたがわぬ素晴らしいファンタジーです。できれば、さかのぼって、いくつかの作品に手を伸ばそうと思います。ということで、この『香君』は、匂いや香りに対する人並み外れた感覚を持つアイシャを主人公に、遥か昔に神郷から降臨した初代「香君」がもたらした奇跡の稲「オアレ稲」によって繁栄を誇ったウマール帝国を舞台にしています。アイシャは、そもそも、ウマール帝国の属領である西カンタル藩王国の藩王の孫でしたが、祖父の藩王がオアレ稲の導入に強硬に反対し、飢饉の際にオアレ稲を導入しなかった責任を問われて藩王の地位を追われてしまい、弟とともに逃げ延びます。ウマール帝国はオアレ稲の種籾と肥料をテコに帝国直轄地や属領の藩王国を支配していましたが、害虫がつかぬはずのオアレ稲に虫害が次々と発生し、この稲に過度に依存していた帝国は凄まじい食糧危機に見舞われることになります。アイシャは当代の香君らとともに、オアレ稲と肥料の謎に挑み、帝国の人々を救おうと努力します。何とも壮大なスケールであり、独特の世界観に圧倒されました。

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2025年3月14日 (金)

+4%で高止まりする2月の企業物価指数(PPI)上昇率をどう見るか?

ちょっとボケっとしていて見逃したのですが、一昨日3月12日、日銀から2月の企業物価 (PPI) が公表されています。統計のヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+4.0%の上昇となり、1月統計の+4.2%から上昇率は縮小しましたが、依然として高い伸びが続いています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

2月の企業物価指数4.0%上昇 農産物の高騰の影響広がる
日銀が12日に発表した2月の企業物価指数(速報値、2020年平均=100)は125.3と前年同月比で4.0%上昇した。1月(4.2%上昇)から伸び率が縮小したが、民間予測の中央値よりも0.1ポイント高かった。コメを含む農林水産物の高騰の影響が飲食料品などに広がり、企業物価は高い伸び率が続いている。
企業物価指数は企業間で取引するモノの価格動向を示す。サービス価格の動向を示す企業向けサービス価格指数とともに消費者物価指数(CPI)に影響を与える。
内訳をみると農林水産物が39.4%上昇し、1月(37.6%上昇)から伸び率が拡大した。長引くコメの高騰の影響がすしや弁当などの飲食料品にも波及し、2.6%上昇した。
非鉄金属は13.6%上昇した。1月(14.3%上昇)から伸び率が鈍化したが、引き続き高い水準を維持している。アルミニウムでは米国の通商政策の不確実性への懸念から駆け込み需要があり相場が上昇した。米国の通商政策を巡っては、世界経済の景気後退やサプライチェーンへの影響を不安視する企業の声があったという。

インフレ動向が注目される中で、やや長くなってしまいましたが、いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にあるように、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率について、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.9%、予測レンジの上限で+4.3%と見込まれていましたので、実績の+4.0%はレンジ内ながらも、やや上振れた印象です。なお、ロイターの記事では、ロイター調査による民間調査機関の予測中央値は+4.0%であり「予測に一致した」と報じられていました。国内物価の上昇幅が拡大したした要因は、引用した記事にもある通り、コメなどの農林水産物の価格上昇であり、農林水産物は前年同月比で見て1月の+37.6%をさらに超えて2月は何と+39.4%の上昇を記録しています。もちろん、上のグラフにも見られるように、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年中には2ケタ上昇の月がありましたし、今さら+4%上昇で驚くエコノミストは少ないと思うのですが、引用した記事でも指摘しているように、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年のインフレは石油などのエネルギー価格の上昇が主因であった一方で、昨年来の物価上昇はコメをはじめとする食料品の値上がりに起因していますから、企業間取引の価格とはいえ国民生活への影響も深刻度を増している可能性が高いと私は受け止めています。ただし、為替相場では2月には一時的に円高が進んだ点は、金融政策当局の目論見通りかもしれません。すなわち、前月比で見て、1月には+1.8%の円安となったものの、2月には△2.9%の円高が進んでいます。また、私自身が詳しくないので、エネルギー価格の参考として、日本総研「原油市場展望」(2025年3月)を見ておくと、「2月後半は、70ドルを挟んで一進一退」となっており、「当面の原油価格は60ドル台半ばに向けて下落する見通し」ということだそうです。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇率・下落率で少し詳しく見ると、まず繰り返しになりますが、農林水産物は1月の+37.6%から2月は+39.4%と上昇幅を拡大しています。これに伴って、飲食料品の上昇率も+2.6%と高止まりしています。電力・都市ガス・水道も+5.7%上昇と高止まりしています。ほかに、銅市況の高騰などにより非鉄金属も13.6%とと2ケタ上昇が続いています。

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2025年3月13日 (木)

帝国データバンクによる「カレーライス物価指数」は2月調査では400円に上昇する見込み

今週月曜日の3月10日、帝国データバンクから「カレーライス物価指数」2025年1月分が明らかにされています。庶民の食事であるカレーライスの食材である肉・野菜といった具材、もちろん、ごはん(ライス)などに加えて水道光熱費も加味したカレーライス1食あたりの調理費用を弾き出しています。昨年2024年1月には317円だったものが、今年2025年1月には396円にまで+24.7%も跳ね上がっています。まず、帝国データバンクのサイトから「カレーライス物価」と「指数」伸び率のグラフを引用すると以下の通りです。

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まず、繰り返しになりますが、今年2025年1月のカレーライス物価は1食396円に上り、昨年2024年1月の317円から+79円上昇し、先月2024年12月の386円からも+10円の値上がりとなっています。消費者物価指数のように前年同月比を見ると、何と+24.7%となります。肉・野菜といった具材は209円で前年同月の197円から+12円の上昇ですが、ごはん(ライス)が158円と前年同月の92円から+66円も上昇しています。もちろん、いまだに品薄が解消されないコメの供給不足による価格高騰の影響です。
帝国データバンクでは2月のカレーライス物価は400円を超えるだろうと予想しています。ようやく重い腰を上げた農水省ですが、少なくとも、2月時点ではコメ価格の沈静化は見られていませんし、輸入牛肉は2月には円高傾向を背景に若干の値下がりも期待できるものの、野菜価格が高騰していることで価格を押し上げる圧力の方が強い、ということのようです。

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2025年3月12日 (水)

景気変動と物価変動を抑えるコストはどれくらいか?

最近、全米経済調査会(NBER)から "How Costly Are Business Cycle Volatility and Inflation? A Vox Populi Approach" というワーキングペーパーが明らかにされています。マクロ経済政策のひとつの目標が、景気循環や物価上昇などの経済変動を抑制することにあります。でも、どこまでコストをかけるか、については議論が分かれるところです。この論文ではWTP=Willingness to Payをアンケート調査で把握することにより、こういったコストの目安を分析しようと試みています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

次に、NBERのサイトからABSTRACTを引用すると以下の通りです。

ABSTRACTUsing surveys of households across thirteen countries, we study how much individuals would be willing to pay to eliminate business cycles. These direct estimates are much higher than traditional measures following Lucas (2003): on average, households would be prepared to sacrifice around 5-6% of their lifetime consumption to eliminate business cycle fluctuations. A similar result holds for inflation: to bring inflation to their desired rate, individuals would be willing to sacrifice around 5% of their consumption. Willingness to pay to eliminate business cycles and inflation is generally higher for those whose consumption is more pro-cyclical, those who are more uncertain about the economic outlook, and those who live in countries with greater historical volatility.

すなわち、調査の対象となった家計では生涯所得の5-6%くらいであれば、景気循環の変動を除去するために準備することができる、という結果です。私には信じられないくらい高額だという気がします。一応、ワーキングペーパーから Figure 3. Willingness to pay to eliminate business cycles を引用すると以下の通りです。

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繰り返しになりますが、ややお高いという気はしますが、WTP=Willingness to Payですので、今持っていないものを入手するためのコストですから、通常はそれほど大きなバイアスはない可能性があります。逆に、今現在持っているものを手放すWTA=Willingness to Acceptで評価すれば、ツベルスキー-カーネマンによるプロスペクト理論が示すように、とてつもない高額になるバイアスがあると考えられます。例えば、Brynjolfsson らによる研究では、インターネットの検索機能を手放すためには2017年価格の米ドルで年間17,530ドルを受け取らないと割が合わない、という結果が示されています。いずれにせよ、とても興味深い結果であると私は受け止めています。

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2025年3月11日 (火)

昨年2024年10-12月期GDP統計速報2次QEは1次QEから下方修正も高い成長率を示す

本日、内閣府から2024年10~12月期GDP統計速報2次QEが公表されています。季節調整済みの系列で前期比+0.6%増、年率換算で+2.2%増を記録しています。3四半期連続のプラス成長で、1次QEからはわずかに下方改定されています。なお、GDPデフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+2.9%、国内需要デフレータも+2.4%に達し、2年8四半期連続のプラスとなっています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

GDP改定値、2.2%増に下方修正 24年10-12月期
内閣府が11日発表した2024年10~12月期の国内総生産(GDP)改定値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.6%増、年換算で2.2%増だった。2月発表の速報値(前期比0.7%増、年率2.8%増)から下方修正した。最新の経済指標を反映した結果、個人消費や在庫が下振れした。
QUICKが事前にまとめた民間予測の中心値(前期比0.7%増、年率2.7%増)を小幅に下回った。2024年暦年では0.1%増と速報値から変わらなかった。
項目別にみると、GDPの過半を占める個人消費が速報値の前期比0.1%増から改定値で横ばいに下方修正となった。サービス関連の最新の統計を反映した結果、飲食や宿泊関連の需要が弱くなった。自動車も下押し要因となった。
設備投資は0.5%増から0.6%増に上方修正となった。昨年12月のソフトウエア投資が想定よりも上振れたという。
民間在庫の成長率への寄与度は速報値のマイナス0.2ポイントから、改定値でマイナス0.3ポイントへ下向きに見直した。原油などの在庫で取り崩しが発生した。
公共投資は0.3%減から0.7%減に下方修正した。公共工事が一巡したことが響いた。民間住宅は0.1%増から0.2%減とマイナスに転じた。リフォーム関連の需要が弱かったという。
輸出は1.1%増から1.0%増に修正した。海外需要の寄与度は変わらなかった。
赤沢亮正経済財政・再生相は11日の記者会見で、足元の経済状況について「春季労使交渉における高い賃上げなど、引き続き雇用・所得環境の改善で景気は緩やかな回復が続く」との認識を示した。「海外経済の下振れリスクや米国の政策動向、物価上昇による個人消費への影響には十分注意する必要がある」とした。

ということで、いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事なんですが、次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で最初にお示しした内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2023/10-122024/1-32024/4-62024/7-92024/10-12
1次QE2次QE
国内総生産 (GDP)+0.0▲0.5+0.8+0.4+0.7+0.6
民間消費▲0.1▲0.5+0.8+0.7+0.1+0.0
民間住宅▲1.1▲2.7+1.4+0.5+0.1▲0.2
民間設備+1.9▲0.4+1.1▲0.1+0.5+0.6
民間在庫 *(▲0.0)(+0.2)(+0.0)(+0.1)(▲0.2)(▲0.3)
公的需要▲0.3▲0.3+1.8▲0.1+0.1+0.1
内需寄与度 *(+0.1)(▲0.3)(+1.1)(+0.5)(▲0.1)(▲0.2)
外需寄与度 *(▲0.1)(▲0.3)(▲0.3)(▲0.1)(+0.7)(+0.7)
輸出+2.9▲4.1+1.7+1.5+1.1+1.0
輸入+3.1▲2.8+3.0+2.0▲2.1▲2.1
国内総所得 (GDI)▲0.1▲0.5+1.1+0.4+0.8+0.7
国民総所得 (GNI)+0.1▲0.5+1.5+0.5+0.4+0.3
名目GDP+0.3▲0.0+2.2+0.7+1.3+1.1
雇用者報酬+0.1+0.3+0.9+0.4+1.5+1.4
GDPデフレータ+4.2+3.1+3.1+2.4+2.8+2.9
内需デフレータ+2.3+2.0+2.6+2.2+2.3+2.4

上のテーブルに加えて、需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された昨年2024年10~12月期のGDP統計速報2次QEの最新データでは、前期比成長率がプラス成長を示し、黒の純輸出が大きなプラスの寄与度を、水色の設備投資が小幅なマイナスの寄与を、灰色の在庫がマイナス寄与を、それぞれ示しているのが見て取れます。

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繰り返しになりますが、先月2月17日に公表された1次QEでは季節調整済みの系列で前期比+0.7%、前期比年率で+2.8%の成長でしたが、本日の2次QEではそれぞれ+0.6%、+2.2%に下方修正されています。1次QEから大きな改定はなく、消費と住宅投資が小幅に下方修正された一方で、設備投資が上昇改定されています。小幅なマイナス寄与の内需に対して、外需のプラス寄与が大きく、合わせてGDP成長率としてはそこそこのプラス、という結果で変わりありませんでした。在庫のマイナス寄与幅が拡大していますが、成長率を押し下げた一方で在庫調整も進んでいるわけですので、決して悪い話ではありません。引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前期比年率で+2.7%のプラスでしたので、1次QEから下方修正という方向性は大きなサプライズなく受け止められているのではないかと思います。
先行きの景気に関して、3点ほど考えておきたいと思います。第1に、2024年10~12月期は外需主導の高成長でしたが、少なくとも、外需主導の成長はサステイナブルではありません。加えて、米国が関税引上げの乱発を始めていますし、米国経済は年内にリセッションに入る可能性が十分高まっていると考えるべきですから、外需主導の成長はさらに望み薄です。第2に、今年の春闘における賃上げが内需の大きな部分を占める消費を左右します。当然です。先週3月6日に、連合が2025春闘の要求集計を明らかにしています。これによれば、2025年春闘の賃上げ要求は19,244円+6.09%と、昨年要求を+0.24%ポイント上回り、しかも、300人未満の中小組合では17,667円+6.57%と、人手不足と物価上昇を背景に、昨年を+0.60%ポイント上回る要求を掲げています。もちろん、最終の結果は現時点では判りかねる部分がありますが、私なんかから見て、経営者サイドの意向も十分配慮した連合ですら、こういった高い水準の賃上げ要求を打ち出しているわけですし、消費が盛り上がれば投資も遅れてついてくる可能性が高く、今年の先行きの内需に期待が高まります。第3に、日本経済に影を落とす可能性があるのは中央発條藤岡工場での爆発事故に起因する自動車工業に対する供給制約です。私は第3報までのプレスリリースを中央発條のニュースサイトで見ていて、各種報道でもトヨタ、ダイハツ、スズキといった自動車メーカーが生産額する供給制約下にあると報じられています。技術的なことはサッパリ判りませんが、昨年も認証不正や台風などの影響による生産ライン停止があり、一定の経済的な影響をもたらしたことを記憶しています。現時点で情報が不十分ながら、先行きの懸念材料と私は考えています。

ただ、こういった諸条件を考え合わせたとしても、足元の1~3月期は何とかプラス成長を続ける可能性が高いと私は見ています。

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2025年3月10日 (月)

小幅な上昇を示す1月の景気動向指数と基調判断が引き下げられた2月の景気ウォッチャーと実質賃金がふたたびマイナスになった1月の毎月勤労統計ほか

本日、内閣府から1月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から+0.1ポイント上昇の108.0を示し、CI一致指数も+0.1ポイント上昇の116.2を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。

景気一致指数1月は前月比0.1%上昇、2カ月連続プラス=内閣府
内閣府が10日公表した1月の景気動向指数速報(2020年=100)によると、足元の景気を示す一致指数は前月比0.1ポイント上昇の116.2で、2カ月連続のプラスとなった。先行指数も同0.1ポイント上昇の108.0で、2カ月連続プラスだった。基調判断は9カ月連続で「下げ止まりを示している」とした。
一致指数を押し上げたのは、耐久財消費財出荷や卸売・小売販売額、有効求人倍率など。自動車の生産・販売回復、原油輸入などが寄与した。半導体製造装置の減産により、投資財出荷指数や鉱工業生産は指数を下押しした。
先行指数を押し上げたのは鉱工業用生産財在庫率指数や中小企業売上見通し、新規求人数など。自動車の生産増や、電気・電子関連中小企業の見通し改善などが寄与した。

いつもながら、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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1月統計のCI一致指数は2か月連続の改善となりました。3か月後方移動平均は横ばいです。ただ、7か月後方移動平均は2か月ぶりの上昇で、0.40ポイント改善しています。統計作成官庁である内閣府では基調判断は、今月も「下げ止まり」で据え置いています。5月に変更されてから9か月連続で同じ基調判断で据置きです。なお、細かい点ながら、上方や下方への局面変化は7か月後方移動平均という長めのラグを考慮した判断基準なのですが、改善からの足踏み、あるいは、悪化からの下げ止まりは3か月後方移動平均で判断されます。ただ、「局面変化」は当該月に景気の山や谷があったことを示すわけではなく、景気の山や谷が「それ以前の数か月にあった可能性が高い」ことを示している、という点は注意が必要です。いずれにせよ、私は従来から、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そう簡単には日本経済が景気後退局面に入ることはないと考えていて、世間一般と比べるとやや楽観的な見方かもしれません。ただし、第1に、米国経済が今年内に景気後退局面入すると考えるエコノミストは少なくありません。例えば、経済史を専門とするエコノミストですが、カリフォルニア大学の旗艦校であるバークレイ校のアイケングリーン教授はCNBCで "Trump's policies may push US into recession by year end" と明言しています。私も、米国経済が年内にリセッションに入る可能性はかなり高いと考えています。理由は、アイケングリーン教授と同じでトランプ政権が乱発している関税政策です。関税引上げによって、インフレの加速と消費者心理の悪化の両面から消費を大きく押し下げる効果が強いと考えます。第2に、日本経済はすでに景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありませんし、多くのエコノミストが円高を展望して待ち望んでいる金融引締めの経済へ影響は、引き続き、考慮する必要があるのは当然です。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、引用したロイターの記事にもあるように、耐久消費財出荷指数が+0.49ポイントともっとも大きく、次いで、商業販売額(卸売業)(前年同月比)が+0.33ポイント、有効求人倍率(除学卒)が+0.21ポイント、などとなっています。他方、前月差マイナスとなったのは輸出数量指数▲0.53ポイント、投資財出荷指数(除輸送機械)▲0.51ポイントなどでした。

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景気動向指数とは別に、、内閣府から2月の景気ウォッチャーが、また、厚生労働省から1月の毎月勤労統計が、さらに、財務省から1月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から▲3.0ポイント低下の45.6、先行き判断DIも▲1.4ポイント低下の46.6を記録しています。インフレに加えて、気温低下や豪雪といった気象条件も景況感を下押ししたと考えられます。統計作成官庁である内閣府では基調判断は、「緩やかな回復基調が続いているものの、このところ弱さがみられる」と、最後の「このところ弱さがみられる」を付け加えて半ノッチ引き下げました。毎月勤労統計の賃金指数について季節調整していない原系列の前年同月比を見ると、名目の現金給与総額は前年同月比+2.8%増と前月2024年12月の+4.4%増から低下し、消費者物価上昇率を下回ったため、実質賃金は前年同月比で△1.8%減と、3か月ぶりに減少を示しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で△2576億円の赤字を計上しています。2023年1月以来2年ぶりの赤字だそうですが、ほぼほぼ中華圏の春節のカレンダー要因であり、何の懸念材料もありません。春節効果を除いて考えても、経常収支にせよ、貿易収支にせよ、たとえ赤字であっても何ら悲観する必要はありません。エネルギーや資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常収支や貿易収支が赤字であっても何の問題もない、と私は考えています。

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2025年3月 9日 (日)

ジャイアンツとのオープン戦はボロ負けながら中盤以降は互角の戦い

  RHE
読  売305000000 8130
阪  神001000100 271

本日のオープン戦ジャイアンツ戦はボロ負けでした。
先発の西勇輝投手が打ち込まれて3回途中で8失点し、その後は、両チーム打線が湿っていて、得点シーンは多くありませんでした。まあ、西勇輝投手をつないだ岡留投手、才木投手、ネルソン投手、岩崎投手は見事な投球でした。西勇輝投手もベテランですから修正は早いと思います。

今季はリーグ優勝と日本一奪回目指して、
がんばれタイガース!

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2025年3月 8日 (土)

今週の読書はマクロ経済学の教科書のほか計8冊

今週の読書感想文は以下の通り、マクロ経済学の教科書のほか新書が多くて計8冊です。
まず、脇田成『マクロ経済学のナビゲーター[第4版]』(日本評論社)は、標準的でとても広い分野をカバーした教科書となっていますが、私は経済学部ではない他学部の新入生に教える授業が多く、ややレベルが高すぎるかという気がします。円城塔『コード・ブッダ』(文藝春秋)は、2021年に名もなきコードがブッダを名乗り、自らを生命体であると位置づけ、この世の苦しみとその原因を説き、苦しみを脱する方法を語りはじめたところから機械仏教の展開を後付けるSF小説です。河野龍太郎『日本経済の視角』(ちくま新書)を著者からご寄贈いただきました。大企業が生産性に見合った賃金を支払っていないために、消費や投資の拡大がもたらされず、日本経済は合成の誤謬に陥っていると分析しています。中野剛志『入門 シュンペーター』(PHP新書)は、シュンペーターのイノベーション理論を基にして、シュンペーター理論の反対をやり続けた日本が陥った30年の経済停滞を解明するとともに、教育のIT化については本末転倒の結果を招きかねない懸念があるなど、今後の方向性についても議論しています。佐久間亜紀『教員不足』(岩波新書)は、新自由主義的な経済政策や行政改革により、民間企業と歩調を合わせる形で教員の抑制が図られるとともに非正規化が進んだ現状を分析し、今後の教育や学校について考えています。田中優子『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文春新書)は、NHK大河ドラマ主人公の蔦屋重三郎がいかに江戸文化を発展させていったかを歴史的に後付けています。M.W. クレイヴン『ボタニストの殺人』上下(ハヤカワ・ミステリ文庫)は、刑事ワシントン・ポーを主人公とし、その相棒のブラッドショー分析官らの活躍を綴るシリーズ第5弾で、病理医のドイル教授が父親殺しの犯人として逮捕されてしまうところからストーリーが始まります。
今年の新刊書読書は先週までに45冊を読んでレビューし、本日の8冊も合わせて53冊となります。なお、Facebookやmixi、mixi2、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアするかもしれません。

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まず、脇田成『マクロ経済学のナビゲーター[第4版]』(日本評論社)を読みました。著者は、首都大学東京だか、東京都立大学だかの教授です。マクロ経済学を専門とするエコノミストだと思います。本書は3部構成となっていて、第1部でケインズ経済学と新古典派経済学のマクロ経済学を概観し、第2部で家計、企業、政府や中央銀行といった個別の需要項目を取り上げ、最後の第3部で新たなマクロ経済学の発展的分野について議論しています。とても標準的で広範な分野をカバーする教科書といえます。教科書ですので、ややトピックが飛び飛びになっているのは致し方ないと私は受け止めています。個人や家計、あるいは、企業といった経済主体が市場における選択をどのようにするか、一定の制約下における選択の問題を考えるマイクロな経済学と違って、マクロ経済学では一定の範囲における集計量や平均値を分析対象とし、それらの相互の関係を明らかにしようと試み、加えて、マイクロな選択の際の制約条件を緩和したり、分配の改善や経済変動の抑制をテーマとします。本書では、例えば、ケインズ経済学としていわゆる45度線分析からIS-LM分析に進むなどのていねいなマクロ経済学の解説を試みています。ただ、ややレベルが高い気がします。私個人のケースを考えると、すでに定年を過ぎて特任教授となり、経済学部ではない他学部の新入生向けの講義が多くなっていて、本書はちと難しい内容が多いと受け止めています。加えて、教授と学生のダイアローグという特異な形式で議論を進めていて、ちょっと私の講義の教科書にするのは難しいと考えます。でも、講義のバックグラウンドの参考書としてはとても利用価値が高いと思います。

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次に、円城塔『コード・ブッダ』(文藝春秋)を読みました。著者は、SF作家であり、本書は第76回読売文学賞を受賞しています。本書のスタートは東京オリンピックの2021年であり、名もなきコードがブッダを名乗ります。自らを生命体であると位置づけ、この世の苦しみとその原因を説き、苦しみを脱する方法を語り始めます。そして、その後の機械仏教の展開を後付けます。本書で取り上げているのは、この機械式仏教の縁起なわけですが、広く知られたように、人間界の仏教は南進した上座部仏教が小乗仏教となり、北進してチベットから中国に入った仏教が大乗仏教として日本まで東進するわけです。そういった歴史的経緯の中で、禅宗が生まれたり、日本に来て他力本願の日蓮宗や浄土真宗ができたりするわけですが、本書における機械式仏教の縁起=歴史は人間界の仏教とどこまで同じで、どこまで違うか、というのが読ませどころとなります。そのあたりは読んでみてのお楽しみです。実は、ブッダを名乗ったコードはわずかに数週間で寂滅してしまうのですが、その教え、というか、人間界の仏教はブッダが寂滅した後もさまざまな歴史を経るわけで、機械式仏教もある意味で同様の進化を遂げます。そして、本書では人間界の仏教と機械式仏教のそれぞれの歴史が実に巧みに対比されています。私自身の宗教的基盤は浄土真宗なのですが、その基礎は法然の浄土宗であることはいうまでもなく、その人間界における法然の浄土宗がいかに偉大な仏教界のイノベーションであったかが、機械式仏教の縁起と対比させられる形で、本書を読み進むとよく理解できます。350ページほどのボリュームで、読者によっては冗長と受け止める向きがありそうな気がしますが、私は一気に読めました。

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次に、河野龍太郎『日本経済の視角』(ちくま新書)を読みました。著者は、BNPパリバ証券のチーフエコノミストです。3年ほど前の『成長の臨界』では、金融緩和の継続に対してゾンビ企業理論から反対していたのですが、本書では貯蓄過剰主体である家計への所得移転から、やっぱり、金利引上げを主張しています。ただ、前著になかった視点として生産性が向上しているにもかかわらず、企業から家計に賃上げとして結実していない、という実にまっとうな議論を展開しています。これは正しいと私は考えています。ただ、どうして生産性向上が賃上げに結実していないかというと、非正規雇用の拡大が原因、と私は考えているのですが、ひょっとしたら同じ帰結である可能性は否定しないものの、賃金を変動コストにした企業行動を本書では槍玉に上げています。なお、日経連の『新時代の「日本的経営」』については言及がありません。そして、家計も企業も貯蓄過剰主体になっているのですが、利上げによって投資過剰主体から家計への所得移転を主張しています。企業も貯蓄過剰主体なのですから、投資過剰主体として所得のロスを受けるのは政府と海外、ということになりますが、本書でそこまで議論は及んでいません。そうではなく、アセモルグ教授らのノーベル経済学賞受賞に乗っかる形で、「収奪」がいけなくて、「包摂的」がいいのだ、とホントに理解しているのかどうか疑わしいカテゴライズで結論を下そうとしています。大きな疑問点です。もうひとつは、金利引上げに関しては貯蓄過剰主体である家計への所得移転という新たな理論武装を試みているのはいいとして、私がこの著者に感じているもう1点の財政再建路線に関しては、本書ではほとんど言及がありません。新書という限定的なメディアですので仕方がないと考えますが、この財政に関する点についても今後ご意見が変わることを期待します。新たなご意見が組み入れられたご著書のご寄贈についても期待しています。

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次に、中野剛志『入門 シュンペーター』(PHP新書)を読みました。著者は、経済産業省の現役官僚だと思うのですが、現代貨幣理論(MMT)に立脚した経済書を何冊か出版しています。本書では、シュンペーター教授のイノベーション理論を基に、マッツカート教授のミッション・エコノミーやシュンペーター理論の継承者であるラゾニック教授『略奪される企業価値』を援用しつつ、シュンペーター理論を正しく日本経済に適用する議論を展開しています。まず、いくつかの前置き、というか、シュンペーター教授の『経済発展の理論』、『景気循環論』、『資本主義・社会主義・民主主義』、『経済分析の歴史』などを紹介し、イノベーションについての基礎を解説した後、1980年ころからの新自由主義的な経済政策を徹底的に批判しています。新自由主義経済理論に基づいて経営者資本主義から株主資本主義へと変化し、内部留保に基づく再投資や長期雇用による経済成長から「削減と分配」に基づく株主価値最大化へと企業行動の原理が転換し、米国でも開業率が大きく低下した、と指摘しています。でも、本書でも認識されているように、新自由主義経済政策は日本もさることながら、本場の米国で広く採用されているのではないか、という疑問は残ります。それに対して、マッツカート教授のミッション・エコノミーなど、インターネットに結実した米国政府のインフラ整備や知識・ノウハウの蓄積に資する政策を評価しています。これらを総合して、米国の産業政策と位置づけています。さらに、イノベーションはスタートアップの中小企業ではなく、先行き不確実性を減じることのできる大企業、あるいは、独占度の高い企業でこそ実行される、というシュンペーター理論を展開しています。そして、MMT理論も援用しつつ、緊縮財政を強く批判しています。私も大いに勉強となりました。ラゾニック教授ほかによる『略奪される企業価値』が昨年2024年暮れに出版されています。県立図書館で所蔵しています。本書の続きとして、なるべく早く読みたいと考えています。

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次に、佐久間亜紀『教員不足』(岩波新書)を読みました。著者は、慶應義塾大学教職過程センター教授です。タイトル通りに、教員不足について分析しています。この問題はすでに、昨夏、藤森毅『教師増員論』(新日本出版社)も読みましたが、大学でも教職課程は荷が重くて敬遠する学生が少なくない上に、教員という職業がブラックなものに成り果てて魅力がなくなっている、という現実があります。その上、民間企業と同じ土台に立って、教員の非正規雇用化が進んでいます。しかも、本書でも暗示的に指摘されていますが、正規雇用教員が忌避する仕事を非正規教員に押し付けようとする校長がいたりするものですから、人手不足が進んで大学生の就職が売り手市場になっている現状では、教員希望者が大きく減少するのは当然です。ということで、教員定員については、『教師増員論』でも指摘されていたように、1958年の義務標準法で法定された上で、新自由主義的な経済政策の採用とともに、民間企業に歩調を合わせる形で定員削減や非正規化が進められています。典型的な starve the beast 政策であって、ご予算不足につき教員は増やせません、という政策展開です。学校での業務量の増大と教員不足は、ほぼほぼ教員による自己犠牲でカバーされているというのが本書の見立てです。はい、私もそう思います。その上に、本書で初めて目にした観点として、授業において価値観の対立も見られる、という点を上げることが出来ます。米国の例が多いのですが、性教育、道徳教育、歴史教育などです。日本でも、『はだしのゲン』が図書館の所蔵から外された、という報道を見かけた方は少なくないものと思います。私は新入生の授業の冒頭で、経済学は科学であって価値観からは独立である、すなわち、一例として、高所得が常に望ましいわけではない、と教えていますが、実は、どのような教育であっても、一定の価値観を内包していることは事実です。それが、性教育や道徳教育などでは、特に強く意識されるのも事実です。ただ、本書の解決策には私は物足りない点を感じます。まず、教員の労働条件を考えて、教員の業務負担の適正化を議論していますが、私は違うと思います。すなわち、教員の業務とは、教員サイドから考えるべきかどうかについて私は疑問を持っており、子ども本位で考えるべきではないか、と思います。そのために、子どもサイドの必要に応じて教員を増員すべきと考えます。加えて、本書の最後でも指摘しているように、学校という組織は単なる教育の場だけではなく、地域の中核的な存在でもあり、例えば、災害時の避難場所になったりするわけですから、まずは、子ども本位の教育のため、また、地域の中核となる学校を維持するためにも、教員を増員することが必要です。教員不足だから教員の業務を削減するのが解決策の中心ではあり得ません。

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次に、田中優子『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文春新書)を読みました。著者は、法政大学の前の総長であり法政大学社会学部名誉教授です。ご専門は日本近世文学、江戸文化などとなっています。3月に入ってもNHK大河ドラマのお勉強が続いているという情けない状態ですが、新書ベースで3冊目ともなれば、おおむね議論が出尽くした感があります。本書でも、江戸の文化の進歩や経済の発展とともに、蔦屋重三郎のホームグラウンドともいうべき吉原が単なる岡場所、売春宿の集積地だけではなく、琴、三味線、和歌、俳諧、香道、茶の湯、生け花、漢詩文、書、囲碁、双六などなどの文化の中心となり、遊女の頂点に立つ花魁が江戸のインフルエンサーとなった点が強調されています。ただ、本書で新たな視点としては、吉原や花魁やといった存在だけではなく、庶民の生活や文化がクローズアップされています。ただ、庶民は文化の消費者としてではなく、文化の中で取り上げられる題材として本書では着目されています。すなわち、浮世絵とはまさに読んで字のごとく、浮世を画材にしているわけで、花鳥風月や神仏を対象に描かれていた絵画が、庶民とまではいえないにしても、役者や相撲取りや美人を題材に描かれるようになったわけですし、文学、というか、小説でもそうです。狂歌も世の中の下世話な面、あるいは、下世話な解釈を歌にしていることは明らかです。ただ、本書では、こういった歴史的背景に熱心で、NHK大河ドラマの登場人物的な蔦屋重三郎のご活躍はそれほど注目されているわけではありません。その点は、まあまあ学術的な色彩といえますし、逆に、物足りないと感じる読者もいるかもしれません。

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次に、M.W. クレイヴン『ボタニストの殺人』上下(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読みました。著者は、英国のミステリ作家です。本書は、この作者の刑事ワシントン・ポーのシリーズ第5作であり、前4作の『ストーンサークルの殺人』、『ブラックサマーの殺人』、『キュレーターの殺人』、『グレイラットの殺人』は、私はすべて読んでいます。繰り返しになりそうですが、主人公はワシントン・ポー刑事であり、相棒は分析官のマティルダ・"ティリー"・ブラッドショー、上司は出産を終えたばかりのステファニー・フリン警部です。そして、警察から検死を依頼している病理医のエステル・ドイル教授が頼もしい役割を果たしているのですが、この作品ではドイル教授が父親であるエルシッド・ドイルを殺した殺人犯として逮捕されてしまいます。そして、英国国内では、偽善者ぶったヤな奴が殺人予告代わりの押し花のレターを受け取って殺されるという事件が連続で発生します。しかも、というか、何というか、ドイル(父)殺しは日本でいうところの雪密室で犯人の足跡がなく、また、押し花を受け取って殺されたヤな奴も完全な密室での殺人、それも毒殺です。このドイル(父)殺しと押し花を受け取ったヤな奴の予告殺人とは何の関係があるのでしょうか、そして、犯人は英国メディアで「ボタニスト」と呼ばれ、自分でもそう自称するようになります。ポー刑事の謎解きやいかに、いうまでもなく、このミステリの読ませどころとなります。また、日本の読者にとって意外なことに、本書は冒頭で西表島のシーンから始まります。毒殺に用いられる毒がフグ毒だったりするのも、やや日本的な趣きを感じるのは私だけではないと思います。ラストのポー刑事とドイル教授の関係の発展には目を見張るものがあります。最後の最後に、このシリーズはボリューム的にページ数がどんどん長くなっていて、シリーズ中で本書がもっとも分厚いと思うのですが、少なくとも、本書はとても完成度が高くて読みやすく、長さを感じさせません。シリーズが段々と進化していっていることを感じさせます。

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2025年3月 7日 (金)

2月の米国雇用統計と日米金融政策やいかに?

日本時間の今夜、米国労働省から2月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は、1月統計の+125千人増から2月統計では+151千人増と小幅な加速を見せ、失業率は前月からやや上昇して4.1%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を5パラ引用だけすると以下の通りです。

Did DOGE impact hiring in February? Here's the latest jobs report.
Employers added 151,000 jobs in February, a solid but unspectacular number, the Labor Department reported Friday, providing a snapshot of a labor market that has recovered from January's bitter cold and has not yet felt the full brunt of DOGE.
The unemployment rate ticked up to 4.1%.
Economists had forecast employers would add 160,000 to 170,000 jobs in February, up from 143,000 in January, a solid month of gains. Forecasts suggested the unemployment rate would remain at 4%, a historically low figure.
Employment inched up in health care, transportation and financial activities, among other sectors. Unsurprisingly, federal employment declined by 10,000.
The February report captures an economy in transition. It comes too soon to measure most of the massive federal job cuts unleashed by President Donald Trump and advisor Elon Musk. The survey period centers on the week of Feb. 12, before many of those cuts were announced.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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米国の雇用は非農業部門雇用者の増加が、昨年2024年11-12月統計では大きく加速して11月+261千人、12月+323千人増を記録しています。しかし、2025年に入って、1月+125千人増の後、本日公表された2月統計でも+151千人増と明らかに減速を見せています。引用した記事にもあるように、市場の事前コンセンサスは+160-170千人像でしたから、この観点からもやや物足りない雇用統計といえます。ただ、これらの統計は、引用した記事の通り、2月12日時点での数字であり、すなわち、連邦政府の雇用削減が本格的に開始される前の調査ですので、連邦政府の雇用削減が今後本格化する点を計測するには時期尚早といえます。なお、これも引用した記事にありますが、2月の雇用統計では連邦政府の雇用減はまだ△10千人にとどまっっています。他方で、消費者物価上昇率は1月には再び+4%に加速し、物価上昇に比較して相対的に雇用は堅調という見方もできます。

米国連邦公開市場委員会(FOMC)は、次回会合が3月18-19日に予定されgています。日銀の金融政策決定会合もまったく同じ日程で予定されています。果たして、日米の金融政策動向やいかに?

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2025年3月 6日 (木)

来週公表の2024年10~12月期GDP統計速報2次QEは1次QEから大きな変更はない見込み

一昨日公表の法人企業統計をはじめとして必要な統計がほぼ出そろって、来週火曜日3月11日に、昨年2024年10~12月期GDP統計速報2次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる2次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である10~12月期ではなく、足元の1~3月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。しかしながら、2次QE予想は法人企業統計のオマケ的な扱いで、アッサリしたものも少なくありません。明示的に言及しているのはみずほリサーチ&テクノロジーズと明治安田総研くらいのものでした。特に前者については長々と引用してあります。いずれにせよ、詳細な情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
内閣府1次QE+0.7%
(+2.8%)
n.a.
日本総研+0.7%
(+2.7%)
2024年10~12月期の実質FDP(2次QE)は、設備投資が小幅上方改定、公共投資が下方改定される見込み。この結果、成長率は前期比年率+2.7%(前期比+0.7%)と、1次QE(前期比年率+2.8%、前期比+0.7%)からほぼ変わらないと予想。
大和総研+0.6%
(+2.6%)
2024年10-12月期のGDP2次速報(QE)(3 月 11 日公表予定)では実質 GDP 成長率が前期比年率+2.6%と、1次速報(同+2.8%)から小幅に下方修正されると予想する。主因は10-12月期の法人企業統計の結果を受けた設備投資の下方修正であり、民間企業設備の伸び率は1次速報値から同0.1%pt程度縮小するとみている。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+0.8%
(+3.0%)
1~3月期の経済活動については横ばい圏での推移にとどまる可能性が高いとみている。
まず、外需については引き続き景気の牽引役は期待しにくい。米国経済は既往の高金利の余波等で減速が見込まれるほか、中国経済も不動産部門の調整長期化・消費の低迷継続が予想される。特に、これまで堅調な推移が続いてきた米国については足元の経済指標が総じて弱い点が懸念材料だ(1月の実質消費支出は予想を上回る減少幅になっており、関税引き上げ前の駆け込み需要の反動に加え、寒波による下押しが主因とみられるが、景気の先行きについては注意が必要だ)。米国や中国の景気減速に加え、中国輸出の第三国市場への進出拡大と中国企業の競争力向上による輸入代替の動きも日本の輸出(特に機械関連)にとって逆風になる可能性が高いだろう。1月の輸出数量指数(みずほリサーチ&テクノロジーズによる季節調整値)も前月の反動が出た欧州向けを中心に前月比▲0.4%と軟調に推移しており、先行きも輸出数量は横ばい圏での推移が続く公算が大きいとみている。インバウンド需要についても、訪日外客数の増勢が一服に向かう可能性が高く、これまでのような回復ペースは期待しにくくなってきている。1月の訪日外客数は378万人(19年比+41%)と大幅に増加したが、春節期間のズレが押し上げに寄与したとみられ(旧正月が2019年や2024年は2月始まりであったのに対し、今年は1月下旬始まりであった)、2月以降は水準を落とす可能性が高く、1月の動きは割り引いて評価する必要があるだろう。先行きの訪日客数は宿泊施設や航空便の供給制約もあり、増加ペースが鈍化すると予想している。
さらに、トランプ大統領による強硬な関税政策がリスク要因となる。トランプ大統領の政策運営は、関税を交渉材料とした「移民・麻薬対策の強化」から政策の軸足が「貿易不均衡の是正」にシフトしており、これまでも鉄鋼・アルミニウムに加えて自動車・半導体・医薬品に25%の関税を課す方針を発表しているほか、メキシコ・カナダに対しては3月4日から25%、中国に対しても追加で10%の関税導入を表明している。さらに足元では欧州製品に対しても25%の関税を課す計画を近く発表すると明言しており、仮に中国に20%、メキシコ・カナダ・欧州に25%の関税が課された場合、日本のGDPは▲0.2%程度下押しされる計算だ(なお、米国のGDPは▲1.5%程度下押しされると試算され、米国経済がゼロ%台の成長率となる可能性があり米国自身の返り血が相当大きいと考えられることから、実際に中国以外の国に対して全品目を対象とした高関税を課すかどうかは引き続き注視する必要があるだろう)。
米国政府の「相互関税」に関する覚書は、各国に対して関税だけでなく非関税障壁や付加価値税など幅広い障壁の削減を要求しており、対米貿易黒字が継続している日本についても「構造的な(非関税)障壁が高い」ことが問題視されることで対米輸出自動車等に追加関税が課される可能性も否定できない状況だ。25%への関税引き上げが報じられる鉄鋼・アルミニウム・半導体については対米輸出額が相対的に小さく、関税引き上げによるGDPへの直接的な影響は限定的であると考えられるが、日本に対する自動車の輸入関税が引上げられる事態となれば日本経済への影響は大きい。仮に日本に対する自動車の輸入関税が大幅に引上げられた場合、日本メーカーは単価の低い車種の輸出停止(一部を現地生産に切り替え)を余儀なくされる可能性があるだろう。みずほリサーチ&テクノロジーズは、仮に自動車について25%の関税が課せられ対米自動車輸出が(低単価の車種を中心に)4割減少すると想定した場合は日本のGDPが▲0.3%程度下押しされると試算している(いずれも産業連関表により国内生産への波及効果も加味した試算であるが、輸出(▲0.5兆円)と生産波及効果(▲1.3兆円)を合わせ、輸送用機械が生産する付加価値の10%超が吹き飛ぶ計算となる)。こうしたリスクも頭に入れた上で、引き続きトランプ大統領の政策運営や日米交渉の動向に注視していく必要があるだろう。
国内に目を転じると、物価高の継続を受けた実質賃金の改善の鈍さが個人消費の重石になるだろう。野菜・米類の価格高騰が続いていることに加え(1月の消費者物価指数では生鮮野菜が前年比+36.0%、米類が同+70.9%と高騰)、既往の円安、人手不足に起因する物流費・人件費の上昇を受けた幅広い食料品の価格上昇が家計の節約志向を強めることが予想される。帝国データバンク「「食品主要195社」価格改定動向調査(2025年3月)」によれば、2025年前半は前年を上回るペースで飲食料品値上げが予定されている。エネルギー分野でも、政府による電気・ガス代補助が再開される一方、燃料油価格の激変緩和措置が縮小されることが物価の押し上げ要因となる。冬のボーナスによる賃金上昇率の押し上げは一時的なものであり、2025年1月以降の名目賃金は前年比+3%程度での推移が見込まれるが、CPI(持家の帰属家賃を除く総合)の伸びが上回り、1~3月期の実質賃金は再び前年比マイナスでの推移が見込まれる(1月の全国の持家の帰属家賃を除く総合CPIの前年比をみても+4.7%と伸び幅が拡大している)。1月の消費者態度指数をみても「暮らし向き」を中心にさらに低下しているほか、1月の景気ウォッチャー調査でも家計動向関連の現状判断DIは小売や飲食を中心に低下しており、消費マインドの弱さが目立つ。1月の商業動態統計の小売業販売額(実質・季節調整値)をみると、自動車の国内販売が回復する一方、節約志向の高まりを受けた衣類・飲食料品の不振が下押ししたことで全体では前月比▲0.5%と低下しており、1~3月期の個人消費は弱い動きとなる可能性が高いだろう。一方、設備投資については、引き続き増加を見込んでいる。先行指標をみると、10~12月期の機械受注(実質ベース)、受注ソフトウェア売上高(実質ベース)はいずれも増加傾向で推移している。建設着工床面積(非居住用)が減少するなど建設投資は弱い動きが続く一方で、特にソフトウェア投資が全体をけん引する構図が続いている。前述したように価格転嫁の進展やインバウンド需要の増加が企業の投資余力を下支えしているほか、DX・GX関連投資や人手不足対応の省力化投資も設備投資の押し上げ要因になっているとみられる。グローバル・サプライチェーンの見直しや近年の円安進行、政府による補助等を受けて半導体関連・電池業種等では国内生産拠点強化の動きがみられることも持続的な押し上げ要因になろう。ただし、前述したようなトランプ大統領の政策運営等を巡る不確実性が先行きの設備投資を下押しする可能性もある点には留意が必要だ(1月の景気ウォッチャー調査をみても、「米国の動静によっては設備投資が止まるため、予断を許さない状況(一般機械)」等のコメントが見られる)。
以上を踏まえ、1~3月期の日本経済は現時点でゼロ成長近傍にとどまる可能性が高いと予測している。外需に景気の牽引役は期待しにくい中、高水準の企業収益が賃金や設備投資に回ることで内需を中心に日本経済は回復基調で推移するとの見方を維持しているが、当面は実質賃金の低迷が引き続き個人消費の重石になることに加え、トランプ大統領の強硬な政策運営がリスク要因になる点には留意が必要だ。
ニッセイ基礎研+0.6%
(+2.5%)
3/11公表予定の24年10-12月期GDP2次速報では、実質GDPが前期比0.6%(前期比年率2.5%)となり、1次速報の前期比0.7%(前期比年率2.8%)から下方修正されると予想する。
第一生命経済研+0.7%
(+2.8%)
2024年10-12期実質GDP(2次速報)は前期比年率+2.9%(前期比+0.7%)を予想する。
三菱総研+0.7%
(+2.9%)
2024年10-12月期の実質GDP成長率は、季調済前期比+0.7%(年率+2.9%)と、1次速報値(同+0.7%(年率+2.8%))から概ね不変と予測する。
明治安田総研+0.7%
(+2.9%)
先行きの日本の景気は緩やかな回復傾向が続くと予想する。個人消費は、今年も春闘における高い賃上げ率が実現する可能性が高まっているものの、食品価格の上昇が引き続き足枷となるが、底堅いデジタル関連投資が追い風になると見込む。輸出は、サービス輸出についてはインバウンド需要が引き続き下支え要因いなるとみる。一方、財輸出については中国景気の停滞が長期化すると見込まれることに加え、トランプ政権の関税政策がどの程度の広がりと深さを見せるのか現状では不透明感が強く、停滞気味の推移が続くと予想する。

見れば明らかな通り、1次速報の季節調整済み系列の前期比+0.7%、前期比年率+2.8%成長から大きな変更はないとの予想が多くなっています。従って、日本経済は緩やかな回復局面にある、という現状認識も変更する必要はないものと考えられます。法人企業統計の結果に従った設備投資の修正の方向がシンクタンクによってマチマチに見えるのですが、私は下方修正だと考えています。ですから、GDP成長率もこの下方修正に従って、同じ方向、すなわち、下方修正されるのだろうと見込んでいます。
最後に、ニッセイ基礎研究所のリポートから 2024年10-12月期GDP2次速報の予測 のテーブルを引用すると以下の通りです。

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2025年3月 5日 (水)

猛暑の医療コストはどれくらいか?

気候変動については、米国のトランプ大統領が否定的な態度を示しているものの、着実に科学的なエビデンスが積み上げられています。経済学については、"Killer Congestion: Temperature, Healthcare Utilization and Patient Outcomes" と題する学術論文が全米経済調査会(NBER)のワーキングペーパーとして取りまとめられており、猛暑のダメージを算出しています。引用情報は以下の通りです。

まず、ワーキングペーパーからABSTRACTを引用すると以下の通りです。

ABSTRACT
Extreme heat imperils health and results in more emergency department (ED) visits and hospitalizations. Since temperature affects many individuals within a region simultaneously, these health impacts could lead to surges in healthcare demand that generate hospital congestion. Climate change will only exacerbate these challenges. In this paper, we provide the first estimates of the health impacts from extreme heat that unpacks the direct effects from the indirect ones that arise due to hospital congestion. Using data from Mexico’s largest healthcare subsystem, we find that ED visits rise by 7.5% and hospitalizations by 4% given daily maximum temperatures above 34℃. As a result, more (and sicker) ED patients are discharged home, and deaths within the hospital increase. While some of those hospital deaths can be directly attributed to extreme heat, our analysis suggests that approximately over half of these excess deaths can be viewed as spillover impacts due to hospital congestion. Additional analyses also reveal an increase in the share of deaths occurring outside hospitals, consistent with congestion-related health harms arising from the discharge of sicker patients from the ED. Our findings highlight an important new avenue of adaptation to climate change. If hospital congestion contributes to excess health damages from a changing climate, then expanding labor and capital investments and improving surge management tools can help reduce those damages.

メキシコのデータを基に、猛暑の健康への影響を初めて推定しています(the first estimates of the health impacts from extreme heat)。結果として、気温が34℃を超えると、緊急外来(ED visits)が+7.5%、入院が+4%増加するという推計が示されています。なお、どうでもいいことながら、日本ではテレビドラマの影響から、緊急医療について Emergency Room の略であるERとすることが多く、このワーキングペーパーのように Emergency Department の略のEDを使うのはレアケースであり、EDはむしろ違う意味で男性のある種の機能障害で使われる用語になっていますが、まあ、しょうがないと諦めて下さい。

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ワーキングペーパーから Figure 2: Descriptive statistics を引用すると上の通りです。(a) 最高気温、(b) 日次緊急外来、(c) 日次入院、のそれぞれをパーセンタイルによる記述統計で示しています。当たり前ながら、最高気温が上がれば、緊急外来も入院もどちらも増えています。さらに、病院での死亡数、というか、超過死亡の分析もなされており、直接の猛暑による超過死亡とともに、こういった外来や入院の増加による混雑による超過死亡が半分以上を占める、との分析結果が示されています。こういった科学的な実証結果を示しつつ、早急に気候変動対策を講じる必要があるのではないかと私は考えています。

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2025年3月 4日 (火)

好調な企業業績を反映する法人企業統計と人手不足下で堅調な動きが続く雇用統計と高い物価上昇を見込む消費者態度指数

本日、財務省から昨年2024年10~12月期の法人企業統計が、また、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。法人企業統計のヘッドラインは、季節調整していない原系列の統計で、売上高は前年同期比+2.5%増の398兆38億円、経常利益も+13.5%増の28兆6919億円に上っています。ただし、設備投資は▲0.2%減の14兆4518億円を記録していて、15四半期ぶりの減少となっています。しかし、この設備投資を季節調整済みで見ると、GDP統計の基礎となる系列については前期比+0.6%増となっています。また、雇用統計では、失業率は前月から横ばいの2.5%、有効求人倍率はわずかに改善して1.26倍を記録しています。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

全産業の経常利益、10-12月13.5%増 法人企業統計
財務省が4日発表した2024年10~12月期の法人企業統計によると、全産業(金融・保険業を除く)の経常利益は28兆6919億円で、前年同期と比べて13.5%増えた。2四半期ぶりにプラスに転じ、10~12月期として過去最高だった。価格転嫁の進展などで売上高も過去最高となった。
製造業の経常利益は26.7%増の11兆2203億円だった。国内外の需要増や円安基調が続いたことを受け、電気機械が88.5%増と大きく伸びた。人工知能(AI)関連の需要が増え情報通信機械も163.7%増と大幅な増益となった。
非製造業は6.4%増の17兆4716億円だった。商社などの業績が好調で卸売業・小売業が9.4%増だったほか、運輸・郵便業も34.4%増と増加に寄与した。インバウンド(訪日外国人)の増加で旅客数が増えたことや、コンテナ船の運賃上昇が影響した。
売上高は2.5%増の398兆38億円で、比較可能な1954年4~6月期以降で最も高かった。半導体市況の好調などで化学と電気機械を中心に製造業の売り上げが増えた。非製造業でも、サービス業や建設業で価格転嫁が進んだことなどが全体を押し上げた。
一方、設備投資は0.2%減の14兆4518億円と、21年1~3月期以来、15四半期ぶりに減少に転じた。情報通信業などで前年同期に大型の投資があった反動でマイナスに転じた。「設備投資の基調は堅調だ」(財務省)といい、自動車など輸送用機械や食料品などで新たに投資があったという。
財務省は「景気が緩やかに回復している状況を反映したものと考える」と総括した。
1月の有効求人倍率、1.26倍に上昇 失業率は2.5%
厚生労働省が4日発表した1月の有効求人倍率(季節調整値)は1.26倍と、前月から0.01ポイント上昇した。求人数が増え、仕事を探す人が減った。賃上げが広がり、転職活動をやめて今の仕事にとどまる動きがあった。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人について、1人あたり何件の求人があるかを示す。1月の有効求人数は前月比で0.2%増えた。有効求職者数は0.3%減った。
景気の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月と比べ0.4%減った。産業別で減少が目立ったのは、教育・学習支援業(5.3%減)、生活関連サービス業・娯楽業(5.0%減)だ。それぞれ少子化や物価高が響いた。
一方、警備業などを含むサービス業は5.0%増えた。厚労省の担当者によると「大学入試の警備で人手が不足したことが影響しており、他県から派遣し対応した例も聞いている」という。
総務省が同日発表した1月の完全失業率(季節調整値)は2.5%で、前月比で横ばいだった。就業者数(原数値)は6779万人で、30カ月連続で増加した。完全失業者数は前年同月と同じ163万人だった。
15歳以上人口の就業率は前年同月比0.6ポイント上昇し、61.7%。職に就かず求職活動もしていない非労働力人口は4032万人と35カ月連続で減少した。

長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、法人企業統計のヘッドラインに当たる売上高と経常利益と設備投資をプロットしたのが下のグラフです。色分けは凡例の通りです。ただし、グラフは季節調整済みの系列をプロットしています。季節調整していない原系列で記述された引用記事と少し印象が異なるかもしれません。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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法人企業統計の結果について、基本的に、企業業績は好調を維持していると考えるべきです。まさに、それが昨年来の株価に反映されているわけで、東証平均株価については、少しならして見れば、現時点でも4万円前後の水準に回帰しています。ただ、他方で、株価はまだしも、住宅価格が大きく高騰しているのも報じられている通りです。東京では「億ション」を軽く超えて、「2億ション」というのも決してめずらしくはないようです。もちろん、法人企業統計の売上高や営業利益・経常利益などはすべて名目値で計測されていますので、物価上昇による水増しを含んでいる点は忘れるべきではありません。ですので、数量ベースの増産や設備投資増などにどこまで支えられているかは、現時点では明らかではありません。来週のGDP統計速報2次QEを待つ必要があります。もうひとつ私の目についたのは、設備投資の動向です。上のグラフのうちの下のパネルで見て、前々から企業業績に比べて設備投資が出遅れているという印象があり、最近時点での堅調さは、人手不足に対応した本格的な設備投資増であることを私は期待しています。設備投資に限らず、売上げや利益も含めて、売上高、経常利益、設備投資とも非製造業の中ではサービス業や卸売業・小売業がトップに名を連ねています。人手不足による影響が大きい非製造業、中でもサービス業の動向に注目しています。

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続いて、上のグラフは私の方で擬似的に試算した労働分配率及び設備投資とキャッシュフローの比率、さらに、利益剰余金、最後の4枚目は人件費と経常利益をそれぞれプロットしています。労働分配率は分子が人件費、分母は経常利益と人件費と減価償却費の和です。特別損益は無視しています。また、キャッシュフローは法人に対する実効税率を50%と仮置きして経常利益の半分と減価償却費の和でキャッシュフローを算出した上で、このキャッシュフローを分母に、分子はいうまでもなく設備投資そのものです。人件費と経常利益も額そのものです。利益剰余金を除いて、原系列の統計と後方4四半期移動平均をともにプロットしています。見れば明らかなんですが、コロナ禍を経て労働分配率が大きく低下を示しています。もう少し長い目で見れば、デフレに入るあたりの1990年代後半からほぼ一貫して労働分配率が低下を続けています。いろんな仮定を置いていますので評価は単純ではありませんが、デフレに入ったあたりの1990年代後半の75%近い水準と比べて、最近時点では▲20%ポイント近く労働分配率が低下している、あるいは、コロナ禍の期間の65%ほどと比べても▲10%ポイントほど低下している、と考えるべきです。名目GDPが約600兆円として50-100兆円ほど労働者から企業に移転があった可能性が示唆されています。ただ、さすがに分配については昨年2024年春闘では人口減少下の人手不足により賃上げ圧力が高まった結果として、労働分配率が下げ止まった可能性が示唆されています。すなわち、GDP統計で把握される国内の総付加価値のうち、今までは猛烈な勢いで企業業績、というか、資本分配率の方に流れ込んでいた部分が、極めてわずかな部分ながら、昨年2024年央くらいから労働・雇用の方に回帰している可能性が見られ、もしそうであれば日本経済の成長にはプラスだと私は考えています。設備投資/キャッシュフロー比率も底ばいを続けています。設備投資の本格的な増加が始まったことが期待される一方で、決して楽観的にはなれません。他方で、ストック指標なので評価に注意が必要とはいえ、利益剰余金はまだまだ伸びが続いています。また、4枚めのパネルにあるように、直近統計でデータが利用可能な10~12月期については、人件費の伸びが高まっている可能性が見て取れます、というか、そのような可能性があります。もっとみ、人件費以上に経常利益が伸びているのがグラフから明らかです。ただ、現時点では人件費の伸びが続くかどうかは不明です。アベノミクスではトリックルダウンを想定していましたが、企業業績から勤労者の賃金へは滴り落ちてこなかった、というのがひとつの帰結といえます。勤労者の賃金が上がらない中で、企業業績だけが伸びて株価が上昇する経済が終焉して、資本分配率が低下して労働分配率が上昇することにより、決して高いインフレにならずに日本経済が成長するパスが実現できる可能性が生じており、それは中期的に望ましい、という私の考えは代わりありません。

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続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、失業率が2.4%有効求人倍率は1.25倍でしたし、ロイターによる事前コンセンサスでも失業率は2.4%、有効求人倍率は1.25倍が見込まれていました。本日公表された実績で、失業率が2.4%、有効求人倍率が1.25倍、というのは、やや下振れした印象ながら、大きなサプライズはありませんでした。人口減少局面下の人手不足を背景に、失業率・有効求人倍率ともに雇用の底堅さを示す水準が続いています。ただし、そろそろ景気回復局面は後半期に入っている可能性が高いと考えるべきですし、その意味で、いっそうの雇用改善は難しいのかもしれません。ただ、あくまで雇用統計は最近の失業率と有効求人倍率のように横ばいや改善と悪化のまだら模様である一方で、人口減少下での人手不足は続くでしょうし、米国がソフトランディングの可能性を高めている限り、それほど急速な雇用や景気の悪化が迫っているようにも見えません。

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最後に、本日、内閣府から2月の消費者態度指数が公表されています。2月統計では、前月から▲0.2ポイント低下して35.0を記録しています。消費者態度指数を構成する4項目の指標について前月差で詳しく見ると、「雇用環境」こそ+0.1ポイント上昇し41.1となったものの、ほかの項目は軒並み低下を示し、「耐久消費財の買い時判断」と「暮らし向き」がともに▲0.3ポイント低下し、それぞれ31.9、27.2を記録し、「収入の増え方」も前月から▲0.2ポイント低下して39.7を示しています。統計作成官庁である内閣府では、1月統計で基調判断を「改善に足踏みがみられる」から「足踏みがみられる」に明確に1ノッチ下方修正した後、2月統計でも「足踏みがみられる」で据え置いています。8か月連続の据え置きです。従来から主張しているように、いくぶんなりとも、消費者マインドは物価上昇=インフレに連動している部分があると考えるべきです。1970年代前半の狂乱物価の時期は異常な例としても、デフレ前であれば、インフレになれば価格が引き上げられる前に購入するという消費者行動だったのですが、長いデフレ期を経て所得が伸び悩み、物価上昇により実質所得が短期的に停滞することから、逆に、消費者が買い控えをする行動が目につきます。
また、インフレに伴って注目を集めている1年後の物価見通しは、5%以上上昇するとの回答が1月統計の52.3%から本日公表の2月統計では53.9%に上昇する一方で、2%以上5%未満物価が上がるとの回答は32.5%から30.5%に低下し、物価上昇を見込む割合は93.3%と9割を超える高い水準が続いています。

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2025年3月 3日 (月)

ドクターイエローを初めて見る

今日、雨の中を大学から帰路に着いていると、ドクターイエローの新幹線を70年近い人生で初めて生で見た。ホントかウソか知りませんが、鉄道ファンの間では「見ると幸福になる」ともいわれていますし、そうでなくても、近く引退と報じられていますので、とってもラッキーだった気がしました。
私の住んでいるところは、その昔の東海道と中山道の分かれ道に位置する交通の要衝ですし、今でも、大学から最寄りの駅まで歩くと、名神高速、東海道新幹線、国道1号線を突っ切ってJR東海道線に出るというルートとなっています。
何はともあれ、確定申告も無事に終わって、今夜は、一息ついています。

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生成AIベースの会話型アシスタントは生産性向上にどれくらい役立つか?

かなり、インパクトファクターの高い経済ジャーナルに "Generative AI at Work" と題する学術論文が掲載される予定となっています。人工知能=AIが実際に職場で活用されると、いったい何が起こるのか、極めて興味深いところですが、取りあえず、エコノミストとして生産性がどれくらい上がるのかについては実際の数量的な計測結果が欲しいところであり、その結果が報告されています。引用情報は以下の通りです。

まず、ジャーナルのサイトからAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
We study the staggered introduction of a generative AI-based conversational assistant using data from 5,172 customer-support agents. Access to AI assistance increases worker productivity, as measured by issues resolved per hour, by 15% on average, with substantial heterogeneity across workers. The effects vary significantly across different agents. Less experienced and lower-skilled workers improve both the speed and quality of their output, while the most experienced and highest-skilled workers see small gains in speed and small declines in quality. We also find evidence that AI assistance facilitates worker learning and improves English fluency, particularly among international agents. While AI systems improve with more training data, we find that the gains from AI adoption are largest for moderately rare problems, where human agents have less baseline experience but the system still has adequate training data. Finally, we provide evidence that AI assistance improves the experience of work along several dimensions: customers are more polite and less likely to ask to speak to a manager.

カスタマーサポート部門の5,000人超のデータから、解決された問題数(issues resolved per hour)で計測して、平均的に1時間当たり15%の生産性向上が認められています。ただし、生産性向上の効果は労働者により不均一性(heterogeneity)が大きく、低スキル労働者はスピードアップと結果の質の両方の向上が認められる一方で、高スキル労働者ではそれほどスピードアップ効果が大きくなく、仕事の質はかえって低下すると結論しています。まあ、そうかもしれません。15%の生産性向上はとても大きいのですが、スキルの高低による効果の不均一は、あり得る結果だろうという気がします。生産性向上について、論文からグラフを引用しておきたいと思います。

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まず、論文から FIGURE I Raw Productivity Distributions, by AI Treatment を引用すると上の通りです。3つのグループ Pre AI と Post AI と Never AI に分けて、(A) 1時間あたり生産性、(B) 平均処理時間、(C) 1時間当たりチャット数、(D) 解決率、(E) 顧客満足度、がそれぞれプロットしてあります。Pre AI と Post AI を単純に比較すれば、(E)の顧客満足度を低下させることなく、平均処理時間は短くなり、チャットは増え、解決率も上昇していて、平均的な生産性の向上が図られていることが読み取れます。

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続いて、論文から FIGURE II Event Studies, Productivity を引用すると上の通りです。イベントスタディにより、1時間当たり解決数の変化をAIの導入前後で分析しています。A導入当月ですでに一定の生産性向上効果が見られ、1か月経過時点でほぼほぼフルの効果が発揮されてて、半年くらいまではこの生産性向上効果が持続しています。

最後に、エコノミストの視点としてどうしようもないとは考えますが、AI導入について生産性向上だけがクローズアップされるのには違和感があります。決して、ラッダイト運動の昔を顧みるつもりはありませんが、労働強化につながりかねないことは明確ですし、もしも、AI導入によりホントに生産性向上が向上したとしても、最近の日本経済のように資本分配率の上昇によって労働者賃金の上昇にはつながらない可能性も十分あります。すなわち、AI導入のメリットが雇用者にはもたらされないで、すべて企業収益の増加に結実してしまうリスクです。AIの導入というグローバルレベルでの歴史的な流れは押し止めようもありませんが、ホントに国民のためになるAIの活用についてしっかり議論する必要があります。

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2025年3月 2日 (日)

今年の確定申告は特に腹立たしい、ほか本日の雑感

確定申告の作業を進めています。額が小さいものの複数の所得源がある上に、夫婦して60歳を大きく超えて医療費控除や何やかんやがあり、税理士に相談するまでもなく自分で申告資料を作成しています。
私の場合は、ゼミの卒業生から何人か国税専門官を送り出していますので、税務署にはそれなりに親近感がないわけでもなく、また、確定申告会場で声高に講義する人こそいませんが、今年の確定申告は自民党安倍派などの裏金疑惑をバックグラウンドにして、A級市民のみなさんがお咎めなしなのに、私のような一般ピープルに1円単位の申告書類を作成させる税務署に怨嗟の思いが募っているのは事実だろうと思います。

先週半ばには腰痛がひどくなり、取りあえず、ビタミン剤を飲み始めていて、年齢なりに体調もよくなく、ストレスが高まっています。何とか3月のうちに授業資料の新規作成をある程度は進めておきたいと考えている本日の雑感です。

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2025年3月 1日 (土)

今日はカミさんの誕生日

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今日は、カミさんの誕生日です。
夫婦2人して、しっかりと60歳を超えています。そのうちに、お誕生日は決してめでたくない年齢に達するのだろうと覚悟しています。

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今週の読書は不確実性に関する経済書のほか小説ばかりで計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、森川正之『不確実性と日本経済』(日本経済新聞出版)は、企業や家計、あるいは、労働の不確実性の影響を論じ、いかにして不確実性の負の影響を回避できるかを分析しています。東野圭吾『クスノキの女神』(実業之日本社)は、クスノキのある月郷神社に詩集を置いてくれと頼みに来た女子高生と脳腫瘍で記憶障害がある男子中学生の交流を軸に、神社近くの強盗傷害事件の真相解明を盛り込んでいます。恩田陸『spring』(筑摩書房)では、天才バレエダンサーであり、振付家である萬春を主人公に、彼が15歳で世界に飛び出して活躍を繰り広げるバレエ小説です。安堂ホセ『DTOPIA』(河出書房新社)は、ボラボラ島の恋愛リアリティショーから始まって、そのショーにモブとして参加したモモの視点から10年ほどさかのぼった東京での出来事を追います。鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版)は、日本でもトップクラスのゲーテ研究者である主人公がレストランでゲーテの名言と出会い、その原典を探求する軌跡を後付けます。なお、この『DTOPIA』と『ゲーテはすべてを言った』は第172回芥川賞受賞作品であり、単行本で読んだわけではなく、2月発売の『文藝春秋』3月号で読んでいます。原田ひ香『財布は踊る』(新潮文庫)は、ルイ・ヴィトンの財布がたどる持ち主の遍歴をたどり、お金にまつわるややブラックで怖い連作短編集です。
今年の新刊書読書は2月中に39冊を読んでレビューし、本日の6冊も合わせて45冊となります。なお、Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアするかもしれません。

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まず、森川正之『不確実性と日本経済』(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、経済産業省ご出身の官庁エコノミストですが、私とほぼ同世代の60代半ばであり、一橋大学経済研究所、経済産業研究所、機械振興協会経済研究所などで研究活動をしています。タイトルにあるように、不確実性の影響について分析していますが、冒頭に、100年以上も前の米国シカゴ大学のナイト教授のリスクと不確実性の峻別について、最近時点では幅広く不確実性でいいんではないか、として議論を始めています。すなわち、ナイト教授の議論では事前に確率分布が判っているものをリスクと呼び、そうでないものが不確実性、としていますが、大数の法則によってある程度の計算ができる交通事故や火災などの損害保険的なものは例外であり、ハッキリと確率分布が判るリスクなんてものは少ないでしょうから、私も幅広く不確実性という用語でいいと思います。もう5年近くも前ながら、宮川公男『不確かさの時代の資本主義』(東京大学出版会)を2021年に読んだ記憶がありますが、統計などのデータで不確実性を明らかにするわけではなく、時代を画するような名著をサーベイした上で1970年から2020年までの50年間の歴史の流れを明らかにしようと試みていたものであり、本書はもっと統計的・計量的な分析を紹介しています。冒頭でコロナや地政学的な不透明性、あるいは、経済安全保障などにおける不確実性への関心が高まっている現状を示した後、マクロ経済予想の不確実性、政策の不確実性、さらに、経済主体の企業や家計の直面する不確実性、労働市場の不確実性、世界経済の不確実性などを分析した後、不確実性への対応を論じています。本書でもさまざま紹介されているように米国のVIX指数をはじめとして、ボラティリティに関する統計など、多くの不確実性指標が明らかにされていて、それらが蓄積された現時点では定量的な分析の可能性が広がっています。あまりにも当たり前ですが、不確実性の高まりは成長率の抑制要因となり、経済活動を不活発化させます。では、どこまで不確実性を除去することが必要か、というか、政府として不確実性を低下させることが出来るかといえば、不確実性をゼロにすることは不可能であり、さらに、不確実性やリスクの許容度はマイクロな経済主体によって異なりますから、マクロの最適性の確保が難しいのはいうまでもありません。政策的な不確実性は政府の責任でミニマイズする必要があります。ですから、できるだけ裁量的な政策対応を少なくして、ルールに基づいた政策を私は志向していて、例えば、失業保険や社会保障をもっと手厚くして裁量的な公共事業の比率を低下させ、ビルト・イン・スタビライザーの役割を高める、などの財政政策が重要だと考えています。これは、そのまま、企業への財政リソースの配分を減じて、家計への配分を増やすことにもつながります。ですから、本書のような、というか、最近の経済産業省の講じようとしている政策のように、経済安全保障を企業に手厚くしたり、特定産業への補助金を増やす政策には大きな疑問をもっています。

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次に、東野圭吾『クスノキの女神』(実業之日本社)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、日本国内でも有数の知名度ではないかと思います。本書は、念を預けたり取り出したりできるクスノキのある月郷神社を管理する直井玲斗を主人公にしています。その月郷神社に、詩集を置かせてくれと女子高校生の早川佑紀奈が弟と妹ともに3人で訪れます。そして、直井玲斗の叔母である柳澤千舟が通う認知症カフェで知り合った中学生の針生元哉と早川佑紀奈の交流が始まります。針生元哉は脳腫瘍により、夜寝ついて翌朝起きると前日の記憶をなくしているという記憶障害を持っています。同時に、月郷神社近くの資産家宅で起こった強盗傷害事件の犯人が月郷神社に立ち寄ったことが明らかとなり、この事件の解明とともにストーリーが進みます。ラストは何ともいえない終わり方です。ただ、ストーリー展開を読めてしまう読者がいっぱいいそうな気がします。私もややそういう傾向がありました。伊坂幸太郎なんかと違って、この作者は違法性について厳しいですから、強盗傷害事件の犯人をウヤムヤにして終わらせることはしないし、明確に犯人や事実を明らかにした方が読者が喜ぶと思っているフシがあります。何だかんだで、私はそれほど本書は評価しません。ミステリ的には中途半端ですし、いかにもシリーズを終わらせたがっている雰囲気が読み取れます。ラストもやや暗くて、完結編のような色彩を感じ取る読者も少なくないと思います。

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次に、恩田陸『spring』(筑摩書房)を読みました。著者は、作家であり、本書は本屋大賞にもノミネートされています。どうでもいいことながら、本屋大賞ノミネート作10冊のうち、私はわずかに『アルプス席の母』と『死んだ山田と教室』と『成瀬は信じた道を行く』と本書の4冊しか読んでいません。かつては過半のノミネート作を読んでいた気がしますが、小説の読書量がやや落ちているかもしれません。それはそうと、本書に関しては出版社も力を入れていて、特設サイトが開設されています。ということで、まず、本書は何よりもバレエ小説です。主人公は天才的なバレエのダンサーであり、振付家でもある萬春です。春の方は「2001年宇宙の旅」よろしく、Halと綴っていたりします。4章構成であり、第1章は萬春のライバルでもあり同僚でもある深津純の視点から、第2章は萬春の教養担当といわれた叔父の稔、この方の姓は不明、の視点から、第3章は振付家である萬春の舞踏に曲を提供する作曲家の滝澤七瀬の視点から、そして、最終第4章は萬春自身の視点から語られています。特に第3章については、少しばかりバレエや音楽の素養がないと読みこなすのに苦労する読者がいそうな気もします。萬春は長野出身で15歳まで地元のバレエ教室に通った後、世界へ飛び立ち欧州のバレエ学校で学んで、欧州を拠点に活躍します。その後も、振付家としても世界的なレベルでバレエを極めます。ギフテッドチャイルドってこんなカンジなのだろうか、と思って読んでいました。本書に関する感想の最後に、春の振付家としての師であるジャン・ジャメは、当然、本書の作り出した架空の人物なのですが、フランス人っぽい名前であるとはいえ、バレエにそれほど素養のない私の知る限り、ジョン・ノイマイヤー以外には思い浮かびませんでした。ハンブルク・バレエ団で芸術監督をしている、あるいは、していた、と思います。本書で登場するバレエのダンサーの名前のうち、私が実際に見たことがあるのは、DVDの画像であって生ではありませんが、ニジンスキーだけでした。さらに、感想を終えて、その昔、たぶん、高校卒業のころか大学の初めに読んだ岩波新書のランガー女史による『芸術とは何か』では、芸術のとっかかりとして舞踏を取り上げた後、絵画や彫刻を含む美術、オペラを含む音楽、詩をはじめとする文学の4ジャンルをもって「芸術」と定義していた記憶があります。たった4冊ながら、私が読んだ本屋大賞ノミネート作のうちではピカイチといえます。その意味で、バレエにほとんど素養ない私でも十分楽しめたことは特筆すべきかもしれません。ただし、1点だけ残念に思ったのは、初版限定本では巻末に2次元QRコードがあり、スピンオフのパートを読むことが期間限定で出来たようなのですが、なにぶん、図書館で時期遅れに借りているもので、スピンオフを読める有効期間を過ぎていました。ちょっとケチくさい気がしないでもなかったです。

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次に、安堂ホセ『DTOPIA』(河出書房新社)を読みました。著者は、小説家ですが、芥川賞を受賞したことに示されているように、キャリアが浅くて私はまだよく知りません。もちろん、初読の作家さんでした。一応、念のため、私は表紙画像にある単行本で読んだのではなく、2月発売の『文藝春秋』3月号で読んでいます。本書のタイトルである「DTOPIA」とは、ミスユニバースの女性に対して、主として先進国から集められた多様な10人の男性がこの女性を奪い合うという恋愛リアリティショーです。2024年にボラボラ島で開催されているという設定です。ここで男性は出身地で呼ばれ、日本人男性はMr.Tokyoなわけです。この冒頭シーンのショーの性描写はかなり強烈です。そして、Mr.Tokyoを「おまえ」と呼ぶモモが主人公になってから、舞台はショーの以前の東京に戻ります。モモは現地のモブ=その他大勢の群衆(?)の役目であって、日本人の父とポリネシア系フランス人の母を持つミックスルーツという設定です。そして、モモが「おまえ」と呼ぶ男性は本名が井矢汽水であり、通称キースと呼ばれ、そのキースの東京での、おそらく、ボラボラ島の冒頭シーンから10年ほど前の諸活動が語られます。はい、諸活動です。諸活動の詳細は読んでみてのお楽しみながら、ここでも、性描写は強烈であり、それ以上に事実描写も強烈です。ただし、ボラボラ島の冒頭シーンから文体、というか、ストーリー進行は極めて軽快であり、物語はテンポよく進みます。しかも、時折、というか、冒頭シーンでは特に視点を提供する人物がコロコロと交代し、私のような粗雑な読者には少し理解が進まなかった面があります。うまく表現するのが難しいのですが、テンポよくスラスラと読み進める割には、何が語られてストーリーがどう進んでいるのかの理解が進まない、という困った状況なわけです。初期の川上未映子の作品、『乳と卵』以前くらいがこんな感じではなかったかと記憶しています。しっかりとストーリーやプロットを把握するのではなく、軽快な文章を楽しむという目的での読書には適した小説です。ただし、その昔に芥川賞候補になった川上未映子の作品「わたくし率イン歯ー、または世界」について、当時まだご存命だった石原慎太郎がタイトルについて「いいかげんにしてもらいたい」と選評に記していたのを思い出します。タイチルだけでなく、そういう感想を持つ読者も決して少なくないように私は想像します。

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次に、鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版)を読みました。著者は、小説家ですが、芥川賞を受賞したことに示されているように、キャリアが浅くて私はまだよく知りません。もちろん、初読の作家さんでした。一応、念のため、私は表紙画像にある単行本で読んだのではなく、2月発売の『文藝春秋』3月号で読んでいます。この作品は、冒頭で、日本でもトップクラスのゲーテ研究者である博把統一がゲーテの言葉を巡り探求してきた軌跡を、娘婿である「私」が小説の形態としてまとめていく、と明らかにしています。しかしながら、冒頭から視点を提供するのは、この博把統一の娘婿ではありません。はい、博把統一の娘である徳歌が結婚する前からストーリーが始まるからです。この冒頭にいう博把統一が探求してきたゲーテの言葉は、夫婦の銀婚式の記念にイタリア料理店での一家団欒の最後に提供された紅茶のティーバッグのタグに記されていました。娘の徳歌には英文学専攻の彼女にふさわしくミルトン、妻の義子にはプラトンで、博把統一ご本人には、これまた、ゲーテ研究者にふさわしくゲーテの言葉でした。しかし、ゲーテに関しては博覧強記なはずの博把統一ご本人がこのティーバッグのタグにあるゲーテの名言、英訳された "Love does not confuse everything, but mixes." について心当たりがなく、その原典を探求するわけです。なお、サイドインフォメーションながら、博把統一がドイツのイェーナ大学に留学していた際、同じ下宿の画学生ヨハンから、ドイツ人は何かを名言っぽく引用する際には「ゲーテ曰く」と称して誤魔化しておく、と教わっていたりします。そして、本書はなかなかにペダンティックな内容でもあります。ゲーテだけではなく、聖書はもちろん、カミュやドストエフスキーといった欧州の文豪の言葉、さらには、日本の漫画である手塚治虫作品、果ては、『マカロニほうれん荘』まで引用元になっていたりします。『マカロニほうれん荘』なんて、私の高校生のころの50年前にはやった漫画ですので、少なくとも作者は週刊漫画雑誌に掲載されていたころにリアルタイムで読んでいたわけではないと思います。それほど、多くの日本人が読んでいるような漫画でもないと思います。やや脱線しましたが、『マカロニほうれん荘』は別としても、アカデミックでペダンティックな視点を強く打ち出したキャンパスノベルの面も本書にはあります。

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次に、原田ひ香『財布は踊る』(新潮文庫)を読みました。著者は、小説家であり、私はアンソロジーに収録された短編はかなり読んでいますが、一番最近に読んだ長編は『一橋桐子(76)の犯罪日記』ではないかと思います。なかなかの人気作家だと聞き及んでいますが、いちばん有名な作品ではなかろうかと思っている『三千円の使いかた』すら私は読んでおらず、それほど手が伸ばせていません。なお、出版社により本書の特設サイトが開設されており、主要な登場人物のキャラが紹介されています。ということで、本書は、有吉佐和子『青い壺』と同じ趣向で、ルイ・ヴィトンの財布の遍歴、というか、その財布を入手した人にまつわる連作短編集です。各短編すべてに登場するわけではありませんが、マネー系のライターであり、そういったアドバイスもしている善財夏美です。そして、冒頭短編に登場する葉月みずほは生活を切り詰めてやりくりしている専業主婦であり、新品のルイ・ヴィトンの財布にイニシャルを入れて買います。でも、夫の借金のためにフリマアプリでこの財布を売らざるを得ないことになり、ここから財布の遍歴が始まります。繰り返しになりますが、フリマアプリで売られたり、盗まれたり、拾われたり、鉄道忘れ物市で買われたりします。そして、その財布の持ち主に関して、クレジットカードのリボ払い、FX商材を売りつけるマルチ商法、株投資に関する情報を元にしたセミナー商法、また、いつまでも終わらないように見える奨学金返済地獄、などなど、お金にまつわる暗いトピックが明らかにされます。ただし、たぶん、ごく一部ながら借家のオーナーとなって成功する女性も最後には取り上げられています。財布にまつわって悲惨でブラックなトピックとともに、成功者も描き出されており、ある意味で、格差社会ニッポンの現実も反映しているところがあります。ただし、こういった小説はともかく、決して、自己責任で終わらせる経済社会であってはいけない、と考える人も少なくないことを願っています。

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