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2025年3月15日 (土)

今週の読書はピケティ教授とサンデル教授の対談本をはじめ計10冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、トマ・ピケティ & マイケル・サンデル『平等について、いま話したいこと』(早川書房)は、不平等に関してフランスのエコノミストであるピケティ教授と米国の政治哲学者であるサンデル教授が、お互いをリスペクトした穏やかな口調ながら、火の出るようなディスカッションをしています。ややピケティ教授の言い分に分がありそうに読みました。松井暁『社会民主主義と社会主義』(専修大学出版局)は、マルクス主義の観点から、経済成長や生産力、生存のための非自発的ないし強制的な労働、国家の役割、グローバル化の4点を考え、社会民主主義と社会主義について考察しています。荻原浩『笑う森』(新潮社)は、5歳のADS児が広大な樹海で行方不明となったものの、1週間後に無事に健康で救助されます。その1週間の間に、何があったか、また、母親をネットで激しくバッシングした誹謗中傷の真実を明らかにします。逸木裕『彼女が探偵でなければ』(角川書店)では、高校時代に探偵の真似ごとをして以来、人の本性を暴くことに執着して生きてきて、父親の経営するサカキ・エージェンシーという探偵社で働く主人公が、さまざまな人間の本性を明らかにします。小川哲ほか『これが最後の仕事になる』(講談社)は、24人のミステリ作家などが、ショート・ショートの冒頭をタイトルと同じ文句で書き出す短編集です。ラストの方に佳作が置かれています。荻原博子『65歳からは、お金の心配をやめなさい』(PHP新書)は、「老後資金は2000万円必要」ではない、という事実を明らかにし、プロでない限り「貯蓄から投資へ」という政府の甘言に乗ってはいけないと経済ジャーナリストが主張しています。上橋菜穂子『香君』1・2・3・4巻(文春文庫)は、嗅覚に人並み外れた能力を持つ主人公が稲と肥料による帝国の繁栄を危うくする虫害の克服に挑みます。
今年の新刊書読書は先週までに53冊を読んでレビューし、本日の10冊も合わせて63冊となります。上橋菜穂子『香君』については、単行本では上下巻の2冊だったのですが、文庫本で4分冊とされたので、ここでは4冊とカウントしています。なお、Facebookやmixi、mixi2、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアするかもしれません。

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まず、トマ・ピケティ & マイケル・サンデル『平等について、いま話したいこと』(早川書房)を読みました。著者は、フランスのエコノミスト、パリ経済学校教授と米国の政治哲学者、ハーバード大学教授です。はい、火の出るようなディスカッションです。ていねいな口調でお互いをリスペクトしてはいますが、極めて鋭く批判的な論調で相手の論調に対する反論を繰り出しています。でも、私の目からはピケティ教授の方が道理を踏まえていて、まあ、何と申しましょうかで、議論は優勢であったような気がします。冒頭章でサンデル教授の問いに答えて、ピケティ教授が不平等の弊害について、経済的な財の取得の不平等の弊害、政治的権利行使の不平等の弊害とともに、人間としての尊厳の問題を上げています。私はサンデル教授と同様にまったく賛成です。特に経済的な財の取得に関しては、本書では食料などの生存に必要な財はもちろん、不平等の是正に大いに役立つ医療や教育も重視しています。私は加えて、住宅も注目して欲しいと願っています。それ以降、両教授の対談ですから、現状の不平等がどうなっているかについての記述的な分析ではなく、むしろ、不平等についてどう考えるか、先行きどのように修正を図るか、についての議論が主になっています。火の出るようなディスカッションというのは、特に、「課税、連帯、コミュニティ」と題した第7章がハイライトとなっています。ピケティ教授は不平等の是正のために累進課税の果たす役割を強調しています。そして、サンデル教授が左派ポピュリストという用語を用いている点をやんわりと批判しています。はい、私もそう思います。その昔にソ連型の共産主義がまだ一定の影響力を持っていた時代に、「左右の全体主義」という表現がありました。私は決して好きな表現ではありませんでしたが、サンデル教授は未邦訳の Democracy's Discontent の第2版で、左右のポピュリズムといった表現を用いているらしいです。ピケティ教授は「左派ポピュリスト」と呼ばれることを嫌っているような印象でした。私の感想ですが、スペインのPodemos、ギリシアのSYRIZA、あるいは、ΣYPIZA、はたまた、ドイツのBSWとか、日本のれいわ新選組なんかは、自らを左派ポピュリストであると自称しているような気がしないでもないんですが、ピケティ教授はお嫌いなようでした。経済面のみならず、人間としての尊厳の問題も含めて、不平等について考えさせられる読書でした。ひょっとしたら、今年の経済書のベストかもしれません。

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次に、松井暁『社会民主主義と社会主義』(専修大学出版局)を読みました。著者は、専修大学経済学部教授であり、ご専門は社会経済学、経済哲学です。はなはだ専門外ながら、私は以前に同じ著者の『ここにある社会主義』を読んだことがあります。本書はマルクス主義の観点から、経済成長や生産力、生存のために必要な非自発的ないし強制的な労働、国家の役割、グローバル化を考え、社会民主主義と社会主義について考察し、私をはじめとするリベラルなエコノミストがとても受け入れやすい結論を導いています。まず、生産力については、従来からのマルクス主義的な永遠に生産力が拡大するという私のようなシロートの考えを排して、マルクス主義は定常状態を志向する、と結論しています。斎藤幸平の脱成長と同じと考えてよさそうです。私の理解ははかどりませんでした。成長ゼロの定常状態、そんなんで、「必要に応じて受け取る」ことのできる共産主義まで行き着くんでしょうか。疑問です。そして、非自発的ないし強制的な労働と国家は廃止されると考えますが、国家には2段階の廃止を予定し、いかにもマルクス主義的な階級支配の機構としての国家が先に廃止され、さらに、労働の分業に起因し、特殊な利益と共通の利益の疎外を調整する疎外国家はもう少し残る可能性を示唆しています。そして、福祉と労働をデカップリングするベーシックインカムの導入に労働の廃止、非自発的ないし強制的労働の廃止の未来を見ています。はい。この部分には全面的に私も同意します。そして、ソ連型の社会主義が崩壊し、グローバル化が進んだ現在においては、先進諸国で福祉国家を推進してきた社会民主主義が、もっとも期待できる社会主義の潮流であって、当たり前ですが、旧来型の暴力革命は否定され、1980年ころからの新自由主義によって縮小ないし破壊されてきた福祉国家を再建し、押し進めることが社会主義実現のための課題である、と結論しています。この部分、というか、結論も私は大いに同意します。最後にお断りですが、マルクス主義について、まったく詳しくもない主流派経済学に立脚するエコノミストである私の読書感想ですので、間違って解釈している部分がありそうな気がします。大いにします。

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次に、荻原浩『笑う森』(新潮社)を読みました。著者は、小説家であり、私は『ワンダーランド急行』ほかを読んでいます。「ほか」とは、アンソロジーに収録されたいくつかの短編です。あらすじは、5歳の男児である山崎真人、ADS=自閉症スペクトラム障害を持つ5歳児が富士山の樹海に匹敵するような神森の樹海で行方不明となります。山崎真人の母の山崎岬はシングルマザーで夫と死別しています。SNSでは母親の山崎岬をバッシングする誹謗中傷の書込みであふれます。幸いなことに、1週間後に山崎真人が無事に地元消防団員により発見されます。しかし、小学校に通う前の5歳のADS児である山崎真人は、「クマさんが助けてくれた」と語るのみで、樹海で何があったのかは不明のままとなります。そして、山崎真人発見後もネットでのバッシングは続きます。山崎岬の死んだ夫の弟で山崎真人の叔父に当たる山崎冬也は保育士をしていますが、姉の山崎岬に協力して、樹海で何があったのかの真相解明とネットの誹謗中傷の書込みをしている人物の特定などに挑みます。真相解明は驚愕の事実、特に、山崎真人を助けた最後の関係者が明らかにされるラストはびっくりします。小説ですから、現実にはありえない展開ですが、5歳男児が森をさまよって1週間後に救助される、そして、事実関係が明らかにされるとともに、ネットの誹謗中傷者も突き止められて、適切なペナルティを受ける、という極めて小説らしいハッピーエンドですので、安心して読めます。ただ、最後に1点だけ指摘しておくと、私は詳しくないのでややバイアスあるかもしれませんが、ADS=自閉症スペクトラム障害について少しネガな書き振りが気にかかります。すなわち、コミュニケーション能力に難があって、森で何があったかを語ることが出来ないとか、自分の殻に閉じこもってしまう、とかの面がやけに強調されていて、サヴァンではないとしても、通常の5歳時にはない特殊な能力、というか、特別な何かが森での1週間のサバイバルに役立った、という面も何かあった方が、さらに、いかにも非現実的な小説っぽくなりますが、読者には受け入れられやすい気がしました。まあ、最後の第5番目の関係者の存在がそうなのかもしれませんが、もう少しサヴァン的に盛ってもいいような気がします。

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次に、逸木裕『彼女が探偵でなければ』(角川書店)を読みました。著者は、ミステリを中心とする小説家なのですが、多分、もっとも有名な作品は『電気じかけのクジラは歌う』ではないかと思います。私も読もう、読もうと考えつつ、まだ読めていません。また、本書は同じ主人公の活躍するミステリ『五つの季節に探偵は』の続編となるらしいです。私は詳細を知らなかったりします。したがって、というか、なぜならば、というか、何というか、本書が私のこの作家の初読となります。主人公は、森田みどりです。タイトル通りに探偵なのですが、高校時代に探偵の真似ごとをして以来、人の本性を暴くことに執着して生きてきて、今では2児の母となっています。父親の経営するサカキ・エージェンシーという探偵社で働き、もう部下を育てる立場になっています。本書は5話からなる短編集であり、各話は特に連作というわけではなく比較的独立しています。冒頭に書いたように、主人公は人間の本質を暴くことに執着していますので、バッドエンドの嫌な終わり方をする短編も少なくありません。順にあらすじを紹介すると、まず、「時の子」では、時計職人であった父親をなくした高校生男子から聞いて、親子2人で3年前に防空壕に閉じ込められた際の脱出劇の謎解きをします。「縞馬のコード」では、部下と行方不明人を探す仕事で議論しているところに、千里眼を自称する高校生に出会いますが、その実態を暴きます。「陸橋の向こう側」では、ショッピングモールのイートインスペースで父親を殺すとノートに書いていた男子中学生を森田みどりが尾行します。「太陽は引き裂かれて」では、トルコ料理店のシャッターに赤いXがマークされていた事件から、在日クルド人社会の謎に迫ります。「探偵の子」では、森田みどりは夫の司、長男の理、次男の望、それに、父親の榊原誠一郎の5人で、榊原誠一郎の出身地を休暇旅行します。そこで、母親が著名な陶芸家だった榊原誠一郎の友人の家に泊めてもらった際、長男の理が行方不明になります。最後の最後に、繰り返しになりますが、やや嫌な終わり方をするイヤミスの短編がかなりあります。

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次に、小川哲ほか『これが最後の仕事になる』(講談社)を読みました。編者は出版社となっていますが、著者は24人いて、たぶん、収録順に、小川哲、五十嵐律人、秋吉理香子、呉勝浩、宮内悠介、河村拓哉、桃野雑派、須藤古都離、方丈貴恵、白井智之、潮谷験、多崎礼、真下みこと、献鹿狸太朗、岸田奈美、夕木春央、柿原朋哉、真梨幸子、一穂ミチ、三上幸四郎、高田崇史、金子玲介、麻見和史、米澤穂信、となります。ショート・ショートの短編集です。前に読んだ『黒猫を飼い始めた』と同じで、最初の1センテンスが「これが最後の仕事になる」で始まっています。ミステリ作家が多いと直観的に感じましたが、ほとんど、何の統一感もないショート・ショートが並んでいて、レベルもさまざまです。ただ、最後の方の数話のレベルが高いと感じました。特に、ラストの2話、すなわち、麻見和史「あの人は誰」と米澤穂信「時効」はミステリとしていい出来だと感じました。そこは作家さんの実力なんだろうと思います。ほかは、私の好みで、方丈貴恵「ハイリスク・ハイリターン」はなかなか見事なパズルとなっていて、さすがに、京大ミス研ご出身と感心しました。また、呉勝浩「半分では足りない」も兄弟の会話をパラグラフごとに逆の順で読む、という趣向が素晴らしいと感じました。でも、お話の中身はそれほどでもありません。タイトル、というか、書き出しの「これが最後の仕事になる」から、闇バイトのお話がもっと多いかと予想していましたが、そのものズバリのタイトルの柿原朋哉「闇バイト」は、実は、闇バイトでもなんでもないという落ちでした。また、YouTuberの最後の配信、というのもいくつかありました。

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次に、荻原博子『65歳からは、お金の心配をやめなさい』(PHP新書)を読みました。著者は、老後資金などに詳しい経済ジャーナリストです。マイナ保険証に強く反対するなど、経済に向き合う姿勢が私には好感が持てると考えています。本書はタイトル通りなのですが、基本的に、先日亡くなった森永卓郎さんの『投資依存症』や『新NISAという名の洗脳』と同じラインであると考えてよさそうです。ついでながら、私はどちらも読んでレビューしています。ということは、よほどのプロでない限り、「老後資金は2000万円必要」とか、「いや、4000万円必要」とかの流言飛語に惑わされず、政府の「貯蓄から投資へ」という甘言にも乗らず、投資に手を出すことに対して強い警戒心を持つべきであると警告しています。その根拠として、老後資金はそれほど必要なく、したがって、通常の範囲の預貯金で十分であり、生活をつましくしつつ、しかし、豊かな老後を送るべし、という内容です。特に、最終章の子供に相続財産を残すよりも人生を豊かに生きる、という点は私は大賛成です。そもそも、何かの心配ごと、特に、金銭面の心配や懸念を持ち出して人の行動を誘導しようとするのは、私はその昔の統一協会の霊感商法のような危うさを感じます。本書第4章のタイトルに含まれている「足るを知る」というのは重要なポイントであり、果てしなく心配ごとを広げるのは、とくに、65歳以降の老後にあってはヤメにしておいた方がいいと思います。

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次に、上橋菜穂子『香君』1・2・3・4巻(文春文庫)を読みました。著者は、川村学園女子大学特任教授にして、『精霊の木』で作家デビューを果たし、『精霊の守り人』、『獣の奏者』、『鹿の王』などなど数多くの文学作品があります。本書は7年ぶりの最新小説だそうです。単行本としては上下巻だったのですが、文庫本としては4巻構成で出版されています。私はこの作者のファンタジーについても、読もう、読もうと考えつつ、ついつい無精をしていましたが、大学の図書館で文庫版を見つけてサッサと借りて読んでみました。したがって、この作者の作品は不勉強にして本書が初読でした。期待にたがわぬ素晴らしいファンタジーです。できれば、さかのぼって、いくつかの作品に手を伸ばそうと思います。ということで、この『香君』は、匂いや香りに対する人並み外れた感覚を持つアイシャを主人公に、遥か昔に神郷から降臨した初代「香君」がもたらした奇跡の稲「オアレ稲」によって繁栄を誇ったウマール帝国を舞台にしています。アイシャは、そもそも、ウマール帝国の属領である西カンタル藩王国の藩王の孫でしたが、祖父の藩王がオアレ稲の導入に強硬に反対し、飢饉の際にオアレ稲を導入しなかった責任を問われて藩王の地位を追われてしまい、弟とともに逃げ延びます。ウマール帝国はオアレ稲の種籾と肥料をテコに帝国直轄地や属領の藩王国を支配していましたが、害虫がつかぬはずのオアレ稲に虫害が次々と発生し、この稲に過度に依存していた帝国は凄まじい食糧危機に見舞われることになります。アイシャは当代の香君らとともに、オアレ稲と肥料の謎に挑み、帝国の人々を救おうと努力します。何とも壮大なスケールであり、独特の世界観に圧倒されました。

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