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2025年6月 3日 (火)

リモートワークは何をもたらすのか?

トルコの大規模コールセンターのデータを用いた "Remote Work, Employee Mix, and Performance" が NBER Working Paper として明らかにされています。コロナからオンラインによるリモートワークが大いに普及して、いわゆるヒステリシス効果により、ポストコロナでも完全にプレコロナに戻ることはなく一定割合のリモートワークが実施されているところ、興味ある結果が示されています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、AbstractをNBERのサイトから引用すると以下の通りです。

Abstract
We study the shift to fully remote work at a large call center in Turkey, highlighting three findings. First, fully remote work increased the share of women, including married women, rural and smaller-town residents. By accessing groups with traditionally lower labor-force participation the firm was able to increase its share of graduate employees by 14% without raising wages. Second, workforce productivity rose by 10%, reflecting shorter call durations for remote employees. This was facilitated by a quieter home working environment, avoiding the background noise in the office. Third, fully remote employees with initial in-person training saw higher long-run remote productivity and lower attrition rates. This underscores the advantages of initial in-person onboarding for fully remote employees.

本論文は、完全リモートワークを対象にしていて、ハイブリッドとか、完全ではないリモートワークではない点は注意が必要かもしれません。その上で、3点のファクトファインディングを列挙しています。まず第1に、それまで労働参加率が低かったグループ、例示としては既婚女性、地方など在住の女性の労働市場への参加を促しています。第2に、オフィスのような雑音のない執務環境により通話時間が短縮されて、労働生産性が10%向上しています。そして、第3に、初期に対面での研修を受けると、生産性の向上と離職率の低下が観察されています。第1のリモートワークにより地理的な条件に左右されることなく労働参加率が低かったグループの労働市場参入が拡大した、というのは当然です。第3の研修を受けると生産性が向上し離職率が低下した、というのも常識的にそうだろうと判断できます。やや不明なのは、第2の生産性の向上です。私が知る限り、森川正之「新型コロナと日本経済: 回顧と展望」などに見られるように、リモートワークは生産性が低下すると理解されています。森川論文では、主観的な生産性ながら、職場での生産性を100とすれば、自宅では62にまで低下する、との結論が示されています。

photo

続いて、生産性向上をビジュアルに確認するため、上のグラフは論文から Figure 4: Productivity rose after the shift to remote work, with more calls per hour and shorter call durations のうちの A: Number of calls, per hr と B: Call duration, sec per call の2枚のパネルを引用しています。見にくいのですが、横軸に年月が取られており、縦軸はそれぞれのパネルの表示の通りです。1時間あたりの通話数とそれぞれの通話時間の推移は、それぞれのパネルの青い折れ線グラフで示されており、その上下のエリアは95%の信頼区間です。縦に2本ある赤いラインはコロナによるロックダウンの開始時期と終了時期を表しています。ですので、左のパネルAに見られるように、コロナのパンデミックが始まった時期に1時間あたり10分ほどの通話が11本ほどに10%増加し、したがって、労働生産性は+10%上昇し、その要因は右のパネルBに見られるように、1通話当たりに要する通話時間が短くなったからです。
こういった形での労働生産性の向上は、コールセンター労働に特有なものである可能性は否定できません。各労働者が独立した、というか、明確にいえば、チームプレーとして組織だった労働をこなすのではなく、「孤立」した形で何らかのマニュアルを基に通話に対応するのでしょうから、職場でなくても自宅でも生産性が低下しない、さらに、静寂性が確保されるのであれば生産性が向上することもあり得る、ということなのだろうと私は理解しました。業務としてのコールセンター勤務の例外的な生産性向上であり、リモートワーク一般に拡大して解釈するのはムリがあるかもしれません。特に、日本の労働環境ではいわゆる「横のつながり」が生産性を支えている面があり、この論文の研究成果の一般化は難しいかもしれません。

最後の最後に、ややアサッテの方向ながら1点だけ指摘しておきたいと思います。すなわち、リモートワークは、ある意味で、マルクス主義経済学的にいえば、新たな「産業予備軍」を生み出すことに成功しています。したがって、賃上げを抑制する効果を持つ可能性があリそうな気がします。この点は忘れるべきではありません。

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