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2025年8月30日 (土)

今週の読書は経済書やドキュメンタリーなど計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、クララ E. マッテイ『緊縮資本主義』(東洋経済)では、第1次世界大戦終了後の戦間期における欧州の経済史をひも解いて、勤勉や倹約を唱えて全体としてデフレを目指す政策運営である緊縮政策により、いかにしてイタリアがファシズムに至ったかを解明しようと試みています。チョン・キョンスク『玩月洞の女たち』(現代人文社)では、姉妹愛や親しみを込めてオンニと呼ばれる性売買に従事する女性の人権を守り、自立の道を考え、社会一般からの偏見や烙印に立ち向かい、サルリムという女性人権支援センターの活動をさまざまな角度から紹介しています。万城目学『あの子とO』(新潮社)は、前作『あの子とQ』に続いて、現代的なバンバイアの一家が繰り広げる学校や日常の生活とともに、江戸時代初期の寛永年間に生粋の吸血鬼となった男の動向を中編3話に取りまとめています。板バイアではない新たなキャラも登場し、続編が楽しみです。李舜志『テクノ専制とコモンへの道』(集英社新書)では、オードリー・タンとE.グレン・ワイルによる『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』の紹介となっており、AIの急速な進歩に伴う否定的な見方=「テクノ専制」などに対して、デジタル民主主義を考えています。川端道喜『和菓子の京都 増補版』(岩波新書)は、1990年出版の前版の増補版であり、「川端道喜」の当主であり第15代御所粽司の著者が、タイトル通りに、京都の和菓子、棹菓子、数菓子、餅菓子などの歴史とともに、御所や公家百官など京都の歴史を紹介しています。二宮和也『独断と偏見』(集英社新書)は、いくつかのメディアで少し話題になった本で、大学の図書館の新刊書として無造作に置かれていたので、ついつい手にとって読んでしまいましたが、良くも悪くも「芸能人の本」という印象で、それほどタメになった気はしませんでした。
今年2025年の新刊書読書は1~7月に189冊を読んでレビューし、8月に入って今週の6冊を加えると25冊、1月からの累計では合計で214冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。

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まず、クララ E. マッテイ『緊縮資本主義』(東洋経済)を読みました。著者は、米国タルサ大学経済学部教授、異端派経済学研究センター長なのですが、本書の執筆時は米国のニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ経済学部准教授だったそうです。経済史がご専門ではないかと想像しています。英語の原題は The Capital Order であり、2022年の出版です。本書では、戦間期欧州、特に、イタリアと英国の経済史をひも解いて、いかにしてイタリアがファシズムに至ったかを解明しようと試みています。その中で、特に、イタリアをファシズムに導いた大きな要因、経済政策上の要因のひとつとして緊縮政策を考えています。通常、緊縮政策といえば財政政策が思い浮かべられるわけで、歳出面では政府支出の削減、歳入面では増税、などの財政政策により財政赤字の削減ないし黒字化を目指すものと考えられていると思います。しかし、本書では緊縮政策をもっと広い次元で捉え、財政政策とともに金融政策と産業政策における緊縮も分析対象としています。勤勉や倹約を唱えて、全体としてデフレを目指す政策運営といえそうです。もちろん、現在でも緊縮を求める意見は世界中で根強く、日本でも「金融正常化」と称して金利引上げを求める意見が決して無視できないのは広く報じられている通りです。本書は2部構成であり、第Ⅰ部では、第1次世界大戦後の欧州において財政健全化を前面に押し出して労働運動を抑え込むとともに、階級支配を強化しつつ実質賃金を抑制し従順な労働力の確保を目指した点が強調されています。第Ⅱ部では、民主主義というよりはテクノクラートによる政策形成が強化され、公共財の私物化や格差の拡大が広がり、イタリアではファシズムに道を開いたと議論しています。これらの緊縮政策は、例えば、金本位制下での旧平価による金解禁を目指すという形での誤った政策ではなく、意図的ではないとしても、むしろ、資本主義体制を維持し階級支配を強化する戦略的意図で持って緊縮政策が進められた、という分析結果を明らかにしています。私も、現在の先進各国におけるポピュリズムやファシズムに近い右派や極右の伸長を見るにつけ、緊縮政策の果たした役割を改めて考えさせられるものがありました。ただ、疑問点が2点あります。第1に、国際金融システムとして金本位制や固定為替相場制であれば、緊縮政策による為替レートの維持がひとつの目標になり得ますが、現在のような変動相場制では大きな圧力にはならないような気もします。第2に、本書では英国もイタリアもともに緊縮政策を推し進めたという歴史的事実が取り上げられていますが、他方で、イタリアがファシズム体制に屈したものの、英国はファシズムには陥らなかった、というのも歴史的事実です。この違いはどこから来ているのか、私の読み方が悪いのかもしれませんが、イマイチ理解が進みませんでした。

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次に、チョン・キョンスク『玩月洞の女たち』(現代人文社)を読みました。著者は、韓国釜山にある女性人権支援センター「サルリム」の創設者・初代所長として、2016年まで所長を務めており、性売買に従事する女性=オンニたちと深く関わりながら支援活動を続けてきています。そういったフィールドワーク、というか、実際の経験を土台にして、オンニたちの声を直接伝えるルポルタージュです。ハングルによる原書は2020年に出版されています。最初に、タイトルにある「玩月洞」は「ワノルドン」と日本語のルビが振ってあり地名なのですが、行政上の住所というわけではありません。というのも、最初の漢字である「玩」は日本語でも玩具という言葉があるように、弄ぶという意味であり、次の「月」は女性を隠喩的に表していて、決していい意味の言葉ではないから、と私は理解しています。この地区は韓国釜山の一角にあり、専業及び兼業の性売買業者が集結しています。歴史的には、植民地時代に日本人男性が日本人女性を連れて来て、日本の遊郭と同じような公娼館を設置し、最近まで東洋一の性売買の地となっていました。その意味で、日本とも関わりの深いところです。多くの女性は前払金という借金を背負わされて、前近代的な債務奴隷のような形で性売買に従事させられている実態が明らかにされています。しかし、韓国では、旧法の淪落行為防止法に代わって、2004年に性売買防止法が制定・施行され、姉妹愛や親しみを込めてオンニと呼ばれる性売買に従事する女性の人権を守り、自立の道を考え、社会一般からの偏見や烙印に立ち向かい、様々な活動を繰り広げているのが、著者が初代所長を務めたサルリムという女性人権支援センターであり、その貴重な記録の一部が本書であるといえます。そういった活動の詳細については、ここでレビューするよりも、ぜひとも本書を読んでいただきたいので、詳しくはお伝えしません。ただ、私が読む前に想像していたよりもひどい実態が描き出されています。こういった性売買については、右派的な見方からすれば、あくまで営業の自由や職業選択の範囲内、とする意見がある一方で、前払金による借金を背負った債務奴隷に近い形で経済的に人権が奪われているとともに、暴力的にも人権をないがしろにされている、とする議論もあります。もちろん、私は圧倒的に後者に近いと考えています。最後に、本書の冒頭で、著者が大学の講義の中で、「売春も観光資源の一つになりうる」という教授の発言にびっくりした、というエピソードが言及されています。実は、日本でも万博からシームレスにカジノを営業して観光資源としようという考えがあります。決してインバウンドの外国人観光客向けだけではなく、一般的な観光資源と私は理解しています。売春はもちろん、カジノを観光資源とすることには、私は強く反対します。では、何が観光資源として適当であるか、という考え方について、私も観光経済学に関する論文「訪日外国人客数およびインバウンド消費の決定要因の分析」を書いたこともあるエコノミストですので一家言あります。それは、10才前後の小学生だったころの我が子あるいは我が孫に対して推奨できる観光活動であるか、という点につきます。やや狭い考えで、いわゆる「大人の付き合い」的なナイトライフが入る余地がない、あるいは、危険性の高いアドベンチャーはどうか、といった短所は理解しているつもりですが、観光資源を考える場合の私のひとつの見方です。

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次に、万城目学『あの子とO』(新潮社)を読みました。著者は、エンタメ作家であり、昨年、『八月の御所グラウンド』で直木賞を受賞しています。本書は前作『あの子とQ』の続編となっていて、短編というよりは少し長めの中編くらいのボリュームを3話収録しています。緩やかに関係性を持たせている連作中編集です。まず、「あの子と休日」では、主人公は高校生バンパイアの嵐野弓子の通う高校の新聞部員、「翌檜」の記者の須佐見です。嵐野弓子とヨっちゃんこと吉岡優と他にバレー部の部員2人と合わせて、同じ学校の高校生4人が乗ったバスが崖から転落したにもかかわらず、嵐野弓子以外はほぼほぼ無傷だった謎、これは前作で起きた事故であり、その謎を新聞のスクープとして探るため、同じ女子で接近しやすい嵐野・吉岡の2人が所属するバスケ部の新人戦に取材に行くと、ショッピングモールのイベントである高校生クイズ&ゲーム大会に嵐野・吉岡・須佐見の3人チームで出場することになります。地元ラジオ番組で人気のオカヤマオカの司会進行でクイズとゲームが繰り広げられますが、嵐野・吉岡・須佐見のチームが不自然な形で勝ち進みます。「カウンセリング・ウィズ・ヴァンパイア」では、前作『あの子とQ』後半に登場した江戸時代初期の寛永時代に吸血鬼に噛まれて吸血鬼化した生粋の吸血鬼である佐久が主人公です。佐久は病院の検査技師をしていて同じ病院でカウンセリングを受けます。佐久が吸血鬼になった江戸時代初期の寛永年間の夢見について相談します。この中編だけは、前作とつながるものの、本書の中でのつながりが不明ではないかと思って読み進んでいたのですが、実は、次の中編とキッチリとつながります。で、最後の表題作「あの子とO」は、小学生の双子吸血鬼・ルキアとラキアが主人公です。双子の両親も、もちろん、吸血鬼であり、山の上でピッツェリアを経営していて、カナダ人のオーエンさんも働いています。このオーエンさんが「O」なわけです。でも、よく日焼けしていて日光の苦手なバンパイアではありえず、双子はオーエンさんの見ているところではバンパイアの正体がバレないように気をつかっています。春休みにアルバイトで嵐野弓子がピッツェリアで働きに来ますし、双子の父親の兄は、同じくピッツェリアを経営していましたが、今では地元ラジオ番組にでていて、オカヤマオカとして活躍していますので、第1話の「あの子と休日」と強く関連付けられています。双子がマンガ創作に行き詰まって、オーエンとキャンプに行った際に熊に襲われて、オーエンの正体が明らかになります。そして、オーエンを通して第2話の「カウンセリング・ウィズ・ヴァンパイア」と関係します。繰り返しになりますが、本書は前作『あの子とQ』の続編となります。ですので、出来うることであれば前作を読んでおいた方がより楽しめます。しかも、明らかに、さらに続編がある終わり方です。この作者は今までシリーズものを書いたという記憶が私にはないのですが、前作も本書も、この作者らしい軽快かつ奇想天外、そして、コミカルな展開が楽しめます。吸血鬼という恐ろしげな存在を身近なJKやピッツェリアにいる存在として描きつつ、佐久のようなおどろおどろしい旧来型の吸血鬼も登場させたりして、単に軽妙で明るいだけの小説ではありません。同じ京都大学の卒業生というだけでなく、私はこの作家のファンですし、続編も読みたいと思います。

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次に、李舜志『テクノ専制とコモンへの道』(集英社新書)を読みました。著者は、法政大学社会学部准教授です。博士号は教育学で取得しているようですし、たぶん、エコノミストではありません。本書は、現在進行形でものすごいスピードで進んでいるAIテクノロジーについて、著者独自の理解や考えを示しているわけではなく、というのもヘンなのですが、オードリー・タンとE.グレン・ワイルによる『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来(サイボウズ式ブックス)』(ライツ社)を取りまとめて紹介しています。私も注目していた本ですが、本書を読むだけではなく『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来(サイボウズ式ブックス)』の方も早速に入手して読んでみたいと思います。ということで、本書では、AIテクノロジーが急速に進歩し、シンギュラリティが近づいていて、人間労働が不要になって大量の失業が発生したり、あるいは、私も賛成している見方で、人間がAIのペットとなったりするのではないか、はたまた、AIが能力的に凌駕した人間に反旗を翻して社会不安が増大するのではないか、といった否定的な見方=「テクノ専制」などに対して、ひとつの見方を示すものです。すなわち、否定的な見方の一方には、テクノ封建主義やデジタル・レーニン主義といった統合テクノクラシーがありますが、その真逆な思想として企業リバタリアニズムを対置します。統合テクノクラシーでは社会や経済を統治するエージェントが人間ではなく、おそらくは、AIが代替し、生産性が飛躍的に向上して財サービスの希少性が大きく低下する一方で、大量の人間労働を必要としなくなり、失業への対策としてベーシックインカムを取り入れる可能性が高まる、と要約されています。他方で、企業リバタリアニズムでは、暗号技術やブロックチェーンの発達により、国家=政府による規制が意味をなさなくなり、個人や企業は弱肉強食の野放図な世界で利益を追求するようになる可能性を示唆します。とても極端に考えれば、前者の統合テクノクラシーが左派リベラルから極左の、そして、企業リバタリアニズムが極右の方向を示唆しているというのが、私が読んだ範囲での理解です。それに対して、タン&ワイルは第3の道としてデジタル民主主義、リーダーを置かずに参加者が自発的に協働する組織(DAO=Decentralized Autonomous Organization)を考えます。グラノヴェッター的な就職先の紹介をしてくれるような弱い紐帯に基づく多元主義、すなわち、全体主義でも極端な個人主義でもない緩やかな家族的あるいは共同体的な組織を基に、見知らぬ不特定多数を相手に見返りを期待しない関係を結ぶ、ということを目指します。第2章まではこういった議論の流れで、第3章あたりから、そういった第3のデジタル民主主義を支え基本となるソフトとハードの技術のお話が中心になります。それらのうち、私はポズナー&ワイルによる共同所有を明らかにした『ラディカル・マーケット』を5年ほど前に読んでいますので理解しているつもりですが、それ以外の技術的な基礎は十分に理解しているとは考えておらず、読んでみてのお楽しみ、ということにしておきます。最後に、私は今まではどちらかといえば、統治の面というよりは経済や生産力の面から、統合テクノクラシーに近い考え方をしていたのですが、本書の議論には心動かされるものがありました。ただ、繰り返しになりますが、本書はタン&ワイルによる『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』の解説ないし紹介ですので、原典を当たってみたいと思います。

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次に、川端道喜『和菓子の京都 増補版』(岩波新書)を読みました。著者は、御所粽司である川端道喜第15代です。増補版になる前の版は1990年に出版され、その年に15代目は亡くなっています。15代目は中退ながら、我が勤務校の立命館大学に学んだ経験を持っていたりします。ただ、私も含めて、京都の和菓子を知っているなら、「川端道喜」とは粽をはじめとする京都の和菓子を売っているお店、というか、ひとつのブランドとしての方が知られているような気がします。ということで、本書の冒頭第1章ではその粽について取り上げられています。粽に限らず、京菓子は御所の周辺に居住していた公家百官を相手にするビジネスだったのですが、明治維新とともに大部分が東京に移ってしまって、販売対象を茶道の方に傾倒していった、と指摘しています。第2章では花びら餅に焦点を当てています。はい、裏千家の初釜で供される花びら餅です。私は裏千家の初釜で花びら餅が供されるというのは知っていましたが、不勉強にして「葩餅」という漢字は知りませんでした。第3章では、御所宮中の歳時記や四季について紹介されています。その昔は、粽などの餅菓子の川端道喜のほかに、羊羹などの切って出す棹菓子は二口屋、饅頭などのひとつひとつ個別に出す数菓子は虎屋と決まっていたと書かれていますが、これまた、私は不勉強にして「虎屋の羊羹」と覚えていて、虎屋が棹菓子ではなく数菓子だったとは知りませんでした。ただ、御所や公家百官も内証が苦しくて、注文しても払えない分は献上品にされてしまったりして、結局、公家百官からお茶菓子、さらに、観光客のお土産と手を広げていった歴史があるのも事実、という指摘です。京都の歳時記と粽といえば、祇園祭で粽が使われるようになった経緯や歴史については、「さっぱりわからん」と正直に記されています。第4章と第5章では京菓子の歴史がひも解かれていて、戦争中は不要不急の贅沢品と見なされた上に、原材料の入手ができず、ほとんど開店休業状態だったということです。まあ、そうなんでしょう。最後に、茶道について、繰り返しになりますが、私は裏千家の初釜に花びら餅が供されることは知っているものの、裏千家の作法は知っているとしても初釜には行ったことがなく、実際に行ったことがあるのは表千家の初釜だけで、裏千家との真逆なお作法に戸惑ったことがあります。デコから茶室に入ったりすれば、スパッと首を切り落とされそうな気がして、ホントに武士の間で始まった茶道なのか、という気がしました。本書でも、武士の間で始まった茶の湯が、庶民にも愛好されるようになり、今では女性の間で広まっていると指摘していますが、歴史的に考えれば、茶道とは男のものであって、例えば、私が知る限りでも裏千家の業躰さんは男性ばかりではないかと思います。最後の最後に、京都の初釜におけるA級市民のお客さんの序列について、私が小学生のころに聞き及んだ範囲で書いておくと、まず、第1階級は神社仏閣の僧侶や神官です。次の第2階級は学者です。私の小学生時代というのは50-60年前ですが、京都では何を差し置いても湯川秀樹先生が京都を代表する文化人であると見なされていました。そして、A級市民最後の第3階級が政治家となります。当時の京都府知事は蜷川虎三先生でした。今では序列は変化しているのかもしれません。また、当時は裏千家家元の初釜に招待されれば10万円包む、と聞き及んでいましたので、今の相場はかなり上がっていることと思います。

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次に、二宮和也『独断と偏見』(集英社新書)を読みました。著者は、嵐のメンバーです。本書では何かの雑誌に連載されていた四文字熟語に関するエッセイを、かなり編集を加えているのか、よく判りませんが、基に編集されているようです。基本は、編集者と著者の対談で進行しています。まあ、何と申しましょうかで、いくつかのメディアで話題になった本であり、大学の図書館の新刊書として無造作に置かれていたので、ついつい手に取って読んでしまいましたが、良くも悪くも「芸能人の本」という印象しか持ちえませんでした。例えば、第9章は花鳥風月と題されていて、コロナ禍の緊急事態宣言の時期で、芸能は不要不急の分類されていたとか、緊急事態においてエンタメは特効薬にはならない、といった趣旨の主張がなされていますが、ある意味で、そういうことです。NHK朝ドラの「虎に翼」で、私の印象に残っているのは、新しい憲法が施行されて自由と平等とか、基本的人権とかがクローズアップされるようになっても、そんなのは安定した生活が送れている人だけの問題である、といったセリフが何回か繰り返されていたことです。ひょっとしたら、芸能とかスポーツなどもそうなのかもしれないという気がします。ただ、必要とする人は強烈に必要とするような気もします。かなり前に、テレビのワイドショーなんかで、働き方改革について、サラリーマン生活をしたことがないと考えられる芸能人やスポーツ選手がコメントしているのを見かけたことがあります。もちろん、そういった場に出ているので勉強はしていることと思いますし、私が聞いた範囲ではキチンとした回答であって、それなりに評価できると思うのですが、ワイドショーではなくニュースや報道番組であればコトと次第によっては専門家への取材が必要ではなかろうか、という気がしたことも確かです。芸能人本をすべて否定する気もありませんし、ファンであれば人柄なんかの理解を進めるために読んでおく値打ちはあると思います。でも、今回の場合、私の本書の読書は、たぶん、時間のムダだったような気がします。わずか1時間半か2時間くらいで済んでよかったです。

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2025年8月29日 (金)

減産に転じた鉱工業生産指数(IIP)と伸びが鈍化する商業販売統計と底堅い雇用統計

本日は月末閣議日ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が、さらに、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。いずれも7月の統計です。IIPのヘッドラインとなる生産指数は季節調整済みの系列で前月から▲1.6%の減産でした。2か月ぶりの減産となります。商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+0.3%増の13兆3350億円を示し、季節調整済み指数は前月から▲1.6%の低下となっています。雇用統計のヘッドラインは、失業率は前月から▲0.2%ポイント低下して2.3%、有効求人倍率は前月と同じ1.22倍を、それぞれ記録しています。まず、ロイターのサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

鉱工業生産7月は2カ月ぶり低下、予想下回る 自動車など下押し
経済産業省が29日公表した7月の鉱工業生産指数速報は前月比1.6%低下した。自動車や半導体製造装置の減産が響いた。2カ月ぶりのマイナスで、ロイターがまとめた民間予測の1.0%低下を下回った。
基調判断は「一進一退」で据え置いた。
<自動車は幅広く輸出向けが減産>
業種別で生産を最も下押ししたのは自動車工業で前月比6.7%の減産だった。経産省によると米国や中国、豪州、ドイツ、カナダ向けなど輸出用乗用車が幅広く減少したほか、ハンドルなどの自動車部品も減少した。半導体製造装置や化学機械などの生産用機械工業、コンベヤーやボイラー部品などの汎用・業務用機械工業も減産となった。半導体製造装置は中国向けが主に減少したという。
一方、ノートパソコンやロジック半導体などは伸びた。米マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウィンドウズ10」のサポート終了に伴う買い替え需要が寄与した。
企業の生産計画にもとづく予測指数は8月が前月比2.8%上昇、9月が同0.3%低下だった。生産計画は上振れ傾向があるため、これを補正すると8月の生産予測は前月比1.7%低下と試算している。
生産計画について弱気な企業の割合が29.0%と強気企業の23.7%を上回っており、「先行きの不透明感から慎重さは根強い」(幹部)と経産省ではみているが、 「慎重さが米関税に起因するのか、他の要因なのか分からない」とも指摘している。
小売業販売7月は前年比0.3%増、プラス幅縮小 食品好調・自動車不振
経済産業省が29日に発表した7月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比0.3%増となった。前月の同1.9%増から伸びが縮小した。食料・医薬品が好調な一方、自動車や家電・燃料が低調だった。
前年比で指数をもっとも大きく押し上げたのは飲食料品小売業で前年比1.5%増加した。経産省では増加が数量要因か値上げ要因か特定できないとしている。
このほか医薬品・化粧品小売業も前年比3.9%減と大きく伸びた。ドラッグストアで備蓄米や日焼け止めなどの販売が増えたのが寄与した。猛暑の影響で織物・衣服も8.0%増となった。
一方、自動車小売業は前年比2.6%減、ガソリン補助金効果で燃料小売り業も同4.9%減だった。
業態別では、インバウンド客減少で百貨店の販売額が6.6%減と低迷したが、スーパーは4.9%増と好調を維持した。コンビニエンスストアも3.6%増加した。エアコン不振で家電大型専門店は4.8%減、ドラッグストアは5.7%増加だった。
完全失業率7月は2.3%に改善、5年7カ月ぶり低水準 有効求人倍率は横ばい
政府が29日発表した7月の雇用関連指標は、完全失業率が季節調整値で2.3%と、前月から0.2ポイント改善した。2019年12月(2.2%)以来5年7カ月ぶりの低水準。より良い条件を求めて離職していた人が就職したとみられている。有効求人倍率は1.22倍で、前月から横ばいとなった。
ロイターの事前予測調査で完全失業率は2.5%、有効求人倍率は1.23倍が見込まれていた。
総務省によると、7月の就業者数は季節調整値で6831万人と、前月に比べて1万人減少。完全失業者数(同)は164万人で、前月から8万人減少した。
女性の正規の職員・従業員数(実数)は1362万人で、比較可能な2013年1月以降で過去最多。総務省の担当者は「売り手市場で雇用情勢は引き続き悪くない」との認識を示している。
<求人、求職ともにほぼ横ばい>
有効求人倍率に大きなトレンドの変化はみられず、有効求人数(季節調整値)は前月に比べて0.2%減少、有効求職者数(同)は0.0%減となった。厚労省の担当者は「引き続き1倍は上回っており、雇用情勢がものすごく悪くなっているわけではない」としている。
大和証券のエコノミスト、鈴木雄大郎氏は「米国の関税負担が日本企業の重荷となる状況は続き、インバウンド需要にも陰りがみられている。内外ともに需要が弱含む中、企業収益は下振れするリスクがある」と指摘。「求人数が一段と減少することで有効求人倍率は緩やかに低下していく可能性が高い」との見方を示している。

いくつかの統計をまとめて取り上げましたので、とてつもなく長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事には、ロイターによる事前予測調査として▲1.0%の減産が示されていますが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、▲1.3%の減産が予想されていました。いずれにせよ、実績である▲1.6%減は市場予想から下振れした印象です。ただし、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスのレンジ下限が▲2.3%でしたので、大きなサプライズというわけではありませんでした。ですので、だからかどうかは不明ながら、統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、「一進一退」で据え置いています。昨年2024年7月から13か月連続で据え置かれています。先行きについては記事にもある通り、製造工業生産予測指数を見ると、足下の8月は補正なしで+2.8%の増産、ただし、翌9月は▲0.3%の減産となっています。上方バイアスを除去した補正後では、8月の生産は▲1.7%の減産と試算されています。
経済産業省の解説サイトによれば、7月統計における生産は、減産方向に寄与したのが、自動車工業が前月比▲6.7%減で▲0.87%の寄与度、生産用機械工業が▲6.2%減で▲0.55%の寄与度、汎用・業務用機械工業が▲4.5%減で▲0.34%の寄与度、などとなっています。他方、増産方向に寄与したのは、電気・情報通信機械工業が前月比+1.8%増で+0.15%の寄与度、化学工業(除く、無機・有機化学工業・医薬品)が+3.2%増で+0.14%の寄与度、電子部品・デバイス工業が+2.4%増で+0.14%の寄与度、などとなっています。次に取り上げる商業販売統計とともに、引用した記事にあるように、Windows10のサポート終了に伴う増産が目立っている印象です。先行きで反動があるんでしょうね。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない原系列の小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。小売業販売のヘッドラインは季節調整していない原系列の前年同月比で見るのがエコノミストの間での慣例なのですが、見れば明らかな通り、伸び率はまだギリギリで+0.3%増とプラスを維持しているものの、伸びが大きく鈍化している上に、季節調整済みの系列では停滞感が明らかとなっていて、本日公表の7月統計では早期の梅雨終了や猛暑による気候の効果があると考えられるものの、▲1.6%減のマイナスとなりました。引用した記事にある通り、伸びているのは飲食料品小売業であり、引用した記事では「経産省では増加が数量要因か値上げ要因か特定できない」と報じているものの、実感として価格高騰の影響を感じます。統計作成官庁である経済産業省では基調判断について、季節調整済み指数の後方3か月移動平均により機械的に判断していて、本日公表の7月統計までの3か月後方移動平均の前月比が▲0.5%の低下となりましたので、先々月の5月統計で下方修正した「一進一退」のまま据え置いています。加えて、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、7月統計ではヘッドライン上昇率が+3.1%、生鮮食品を除く総合のコアCPI上昇率でも同じく+3.1%となっていますので、小売業販売額の7月統計の前年同月比+0.3%の増加は、明らかにインフレ率を下回っており、実質消費はマイナスの可能性が高いと考えるべきです。さらに考慮しておくべき点は、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより、部分的なりとも小売業販売額の伸びが支えられている可能性です。したがって、小売業販売額の伸びが国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性は考慮しておかねばなりません。

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続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。引用した記事にあるように、ロイターによる事前予測調査では、失業率が前月から横ばいの2.5%、有効求人倍率は前月から0.01ポイント改善して1.23と予想されていましたし、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、失業率が2.3%有効求人倍率は1.22倍でした。本日公表された実績で、失業率2.3%、有効求人倍率1.22倍に比べても、大きなサプライズはなかった印象です。ただし、いずれも予想のレンジ内ですから、人口減少局面下の人手不足を背景に、失業率・有効求人倍率ともに雇用の底堅さを示す水準が続いているように見えます。私の印象も引用した記事の厚生労働省のコメント通りです。他方で、もちろん、そろそろ景気回復局面は後半期に入っている可能性が高いと考えるべきですし、その意味で、いっそうの雇用改善は難しいのかもしれません。ただし、春闘賃上げ率に見られるように、労働条件の改善は不十分とはいえ一定程度は進んできており、求職者の就職が進む一方で、職場にとどまる雇用者の増加も見られると聞き及んでおり、いつまでも雇用の改善が続くわけではないながら、一気に悪化する従来の景気後退局面とは異なるように見えます。

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最後に、本日、内閣府から8月の消費者態度指数が公表されています。消費者態度指数のグラフは上の通りです。ピンクで示したやや薄い折れ線は訪問調査で実施され、最近時点のより濃い赤の折れ線は郵送調査で実施されています。影を付けた部分は景気後退期となっています。8月統計では、2か月ぶりの改善を示し前月から+1.2ポイント上昇して34.9を記録しています。また、消費者態度指数を構成する4項目の指標について前月差で詳しく見ると、「雇用環境」が+1.7ポイント上昇して39.3、「暮らし向き」が+1.3ポイント上昇し32.7、「収入の増え方」も+0.9ポイント上昇して39.4、「耐久消費財の買い時判断」が+0.6ポイント上昇して28.0と、4項目すべてが上昇しました。統計作成官庁である内閣府では、基調判断を6月統計で上方修正された「持ち直しの動きがみられる」で据え置いています。さらに、物価上昇に伴って注目を集めている1年後の物価見通しは、5%以上上昇するとの回答が49.8%を占める一方で、2%以上5%未満物価が上がるとの回答も34.0%に上っており、これらも含めた物価上昇を見込む割合は93.4%と高い水準が続いています。ただし、5%以上上昇するとの回答比率は前月の51.3%から49.8%に下がっています。今日は、総務省統計局から東京都区部の消費者物価指数(CPI)も公表されており、生鮮食品を除く総合のコアCPI上昇率が+2.5%と落ち着き始めていますので、インフレ期待の今後の動向も注目です。

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今日は下の倅の誕生日

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今日は、下の倅の誕生日です。大学を出て、フツーにサラリーマンやっているわけですが、まだ30歳には間があるとはいえ、出来ることであれば、早く結婚して欲しいと願っています。親として考えているのはそれだけです。

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2025年8月28日 (木)

Global Gender Distortions Index (GGDI) に見る日本の男女格差

全米経済研究所(NBER)からワーキングペーパーとして "The Global Gender Distortions Index (GGDI)" と題する論文が明らかにされています。世界経済フォーラムによる「ジェンダーギャップ・リポート」などでも明らかなように、日本の男女格差は大きなものとなっていますが、新たに研究者により構築されたデータセットも確認しておきたいと思います。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、NBERのサイトから論文のABSTRACTを引用すると以下の通りです。

ABSTRACT
The extent to which women participate in the labor market varies greatly across the globe. If such differences reflect distortions that women face in accessing good jobs, they can reduce economic activity through a misallocation of talent. In this paper, we build on Hsieh et al. (2019) to provide a methodology to quantify these productivity consequences. The index we propose, the "Global Gender Distortions Index (GGDI)", measures the losses in aggregate productivity that gender-based misallocation imposes. Our index allows us to separately identify labor demand distortions (e.g., discrimination in hiring for formal jobs) from labor supply distortions (e.g., frictions that discourage women’s labor force participation) and can be computed using data on labor income and job types. Our methodology also highlights an important distinction between welfare-relevant misallocation and the consequences on aggregate GDP if misallocation arises between market work and non-market activities. To showcase the versatility of our index, we analyze gender misallocation within countries over time, across countries over the development spectrum, and across local labor markets within countries. We find that misallocation is substantial and that demand distortions account for most of the productivity losses.

まあ、もはや言及するのもスペースのムダくらいに思うので、以下に論文から分析結果などではなく、生データであるデータセットのジェンダーギャップの推計結果 FIGURE B-1: RAW GENDER INCOME GAP ACROSS COUNTRIES を引用すると下のグラフの通りです。

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"JPN"のマークで日本が示されていて、上向きの赤い矢印を私の方で付加しておきました。グラフに示されているように、横軸は1人当たりGDPそのもので判りやすいと思います。縦軸は、グラフの注に "Gender income gap is the ratio of weekly income of women relative to men." とあります。ですから、男性賃金を1とした時の女性賃金の比率ですので、低いほど男女の賃金格差が大きいことになります。日本よりも右方にあって、1人当りGDPが大きくて豊かな国はいっぱいあるようですが、日本より下方で男女格差が大きい先進国はほぼほぼないようで、UGAはウガンダ、NGAはナイジェリアのようです。

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2025年8月27日 (水)

東京商工リサーチによる「外国人労働者に関するアンケート調査」

先週8月19日、東京商工リサーチから「外国人労働者に関するアンケート調査」の結果が明らかにされています。全国の企業6,459社にアンケートを行った結果、フルタイム直接雇用の外国人労働者が「いない」企業は78.2%と圧倒的に多い一方で、フルタイムではないアルバイトなどの非正規の外国人労働者の需要は根強いものがあると指摘しています。また、中小企業では外国人労働者の受入れ制限が実施されるとすれば、受入れ企業の52.6%が「業績にマイナス」と回答したことが明らかになっています。いくつかグラフを引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、東京商工リサーチのサイトから 産業別回答状況 のグラフを引用すると上の通りです。回答企業の総計で見ると、外国人労働者が10%以上が9.13%、10%未満は12.58%となっています。やはり、外国人労働者を受け入れている企業の割合が高いのは製造業で、逆に、低いのは不動産業となっています。私のような産業経済のシロートが考えても、製造業ではマニュアル化された作業が大くて外国人労働者を受け入れやすいと想像されますが、地域密着で定型化出来ない業務の割合が高い不動産業では難しい、という結果なのだろうと思います。私なんかが日常的に働く外国人をよく見かけるファストフードが入っていると思われるサービス業他で外国人を受け入れいている企業の比率が平均的な割合よりも低いのは、フルタイム直接雇用という正規に近い待遇ではなくアルバイトだからなんだろうと想像しています。

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続いて、東京商工リサーチのサイトから 外国人労働者を雇用する理由 のグラフを引用すると上の通りです。大企業と中小企業とで外国人労働者を受け入れている理由がかなりハッキリと分かれています。すなわち、「有能な経営人材を確保するため」、「専門的な技能や知識を持つ人材を確保するため」、「グローバル展開への対応力を強化するため」といった回答が大企業で多くなっている一方で、「人手不足を補うため」は中小企業で多くなっています。もっとも、「人手不足を補うため」は中小企業と比較すれば大企業では少ないのですが、それでも、60%を占めてもっとも大きな外国人労働者受入れの理由となっている点は変わりありません。でも、人手不足というのも、どういう人材が不足しているかによるわけで、専門知識を持っていたり、経営能力が高かったりする外国人なのか、単に賃金が安い外国人なのか、という違いは重要です。ですので、「比較的賃金が安いため」というのが、実は企業の本音なのではないか、と私は邪推していたりします。

外国人労働者については、厚生労働省が毎年10月末時点での「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」を調査の翌年1月ころに公表していて、最新情報は2024年10月末時点での「外国人雇用状況」の届出状況まとめとなります。また、昨年2024年の「経済財政白書」第2章第3節では、さまざまな統計からより詳細な分析がなされています。こういった政府の統計や分析に加えて、民間調査機関でも注目されている現実が浮き彫りとなっています。

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2025年8月26日 (火)

10か月ぶりに+2%台の上昇率まで鈍化した7月の企業向けサービス価格指数(SPPI)

本日、日銀から7月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月6月の+3.2%から、7月は+2.9%と10か月ぶりの+2%台を記録しています。変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIの上昇率は前月から鈍化しつつも+3.0%の上昇となっています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

7月の企業向けサービス価格2.9%上昇 10カ月ぶり2%台
日銀が26日に発表した7月の企業向けサービス価格指数(速報値、2020年平均=100)は111.0となり、前年同月と比べて2.9%上昇した。伸び率は前月(3.2%上昇)を下回り、2024年9月以来10カ月ぶりの2%台となった。前年に実施した値上げの影響が一部にみられるものの、人件費の上昇をサービス価格に反映する動きは続いている。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格動向を表す。例えば貨物輸送代金やソフトウエアの開発料金などで構成される。モノの価格の動きを示す企業物価指数とともに、今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。
日銀は今回の発表で5月分の前年同月比上昇率を3.4%から3.5%に遡及修正した。
7月分の内訳をみると、諸サービスは前年同月比で3.3%上昇し、伸び率は6月から0.8ポイント下落した。なかでも機械修理は前年同月比で1.1%上昇と、6月から5.1ポイント鈍化した。前年に実施した値上げ改定の反動とみられ、諸サービス全体の伸び率を押し下げた。
宿泊サービスは前年同月比で5.4%上昇し、伸び率は6月から2.1ポイント下落した。大阪・関西万博の開催に伴うインバウンド(訪日外国人)需要があるものの、増加ペースがやや鈍化したため、伸び率は縮小した。
不動産も前年同月比で2.2%上昇と、伸び率は6月から0.3ポイント下落した。インバウンド需要の勢いが落ち込み、ホテル賃貸などの賃料が下落した影響を受けたもようだ。
情報通信は前年同月比で2.9%上昇し、伸び率は6月から横ばいだった。特にソフトウエア開発は前年同月比3.2%上昇と、6月から0.4ポイント拡大した。人件費などを転嫁する動きが継続している。
調査品目のうち、生産額に占める人件費のコストが高い業種(高人件費サービス)は3.7%上昇した。6月から横ばいとなっており、引き続き高い伸び率となっている。
調査対象の146品目のうち、価格が上昇したのは111品目、下落したのは19品目だった。16品目では価格が変わらなかった。

注目の物価指標だけに、やや長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルから順に、ヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、真ん中のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格とサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。一番下のパネルはヘッドラインSPPI上昇率の他に、日銀レビュー「企業向けサービス価格指数(SPPI)の人件費投入比率に基づく分類指数」で示された人件費投入比率に基づく分類指数のそれぞれの上昇率をプロットしています。影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、今年2025年4月統計まで+4%超の上昇率が続いた後、5月統計で+3.3%に減速し、6月統計でさらに+2.9%に、7月統計でも+2.6%へと急速に上昇幅を縮小させています。他方、本日公表された企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準としてコンスタントに上昇を続けている一方で、今年2025年年央までは国内企業物価指数ほど上昇率が大きくなかったのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、今年2025年3-5月に3か月連続で+3.5%の上昇率のピークを記録してから、先月6月統計で+3.2%、さらに、本日公表の2025年7月統計では、引用した記事にもあるように、+2.9%と10か月ぶりに+2%まで減速しています。しかし、まだまだ、日銀物価目標の+2%を大きく上回って高止まりしています。もちろん、日銀の物価目標+2%は消費者物価指数(CPI)のうち生鮮食品を除いた総合で定義されるコアCPIの上昇率ですから、本日公表の企業向けサービス価格指数(SPPI)とは指数を構成する品目もウェイトも大きく異なるものの、+3%近い上昇率はデフレに慣れきった国民や企業のマインドからすれば、かなり高い物価上昇と映っている可能性が大きいと考えるべきです。人件費投入比率で分類した上昇率の違いをプロットした一番下のパネルを見ても、低人件費比率のサービス価格であっても+2%近い上昇率を示しており、高人件費率のサービスでは+3%台後半の上昇率となっています。すなわち、人件費をはじめとして幅広くコストアップが価格に転嫁されている印象です。その意味では、政府や日銀のいう物価と賃金の好循環が実現しているともいえますが、実態としては、物価上昇が賃金上昇を上回っており、国民生活が実質ベースで苦しくなっているのは事実と考えざるをえません。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて本日公表された7月統計のヘッドラインSPPI上昇率+2.9%への寄与度で見ると、土木建築サービスやその他の技術サービスや建物サービスといった諸サービスが+1.29%ともっとも大きな寄与を示していて、ヘッドライン上昇率の半分近くを占めています。ただし、諸サービスのうち、引用した記事にもあるように、機械修理は6月統計の+6.2%から7月には+1.1%に鈍化し、宿泊サービスも6月の+7.5%の上昇から7月には+5.4%に縮小しています。加えて、ソフトウェア開発や情報処理・提供サービスやアクセスチャージなどといった情報通信が+0.63%、さらに、SPPI上昇率高止まりの背景となっている項目として、昨年2024年10月から郵便料金が値上げされた郵便・信書便、石油価格の影響が大きい道路貨物輸送、さらに、国内航空旅客輸送などの運輸・郵便が+0.51%、ほかに、不動産+0.20%、リース・レンタルも+0.12%、金融・保険が+0.07%、広告も+0.09%などとなっています。

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2025年8月25日 (月)

The New Economic Geography

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Foreign Affairs の September/October 2025 に掲載された Adam S. Posen による "The New Economic Geography" の記事がエコノミストの間などで注目されています Mr.Posen はピーターソン国際経済研究所(Peterson Institute for International Economics: PIIE)の所長であり、PIIEは民主党系のシンクタンクと考えられていますので、まあ、概要は容易に想像できるのですが、簡単に私なりの見方も示しておきたいと思います。
まず、冒頭のセンテンスが "The post-American world economy has arrived." で始まっています。はい、そうなんでしょう。そのうえで、3パラで "In essence, the global public goods that the United States provided after the end of World War II-among others, the ability to securely navigate the air and seas, the presumption that property is safe from expropriation, rules for international trade, and stable dollar assets in which to transact business and store money-can be thought of, in economic terms, as forms of insurance." 戦後、米国が海と空の安全などを保険として国際公共財を提供してきた事実を指摘した上で、続く4パラめで "But particularly in his second term, Trump has switched the United States' role from global insurer to extractor of profit. Instead of the insurer securing its clients against external threats, under the new regime, the threat against which insurance is sold comes as much from the insurer as from the global environment." と第2期トランプ政権で、米国は世界的な保険引受人から利益の搾取者に転換した、と結論しています。
後は、基本的にお読みいただきたいのですが、結論は最後から3つ目のパラであり、"If they want to sustain some fraction of the global economy's prior openness and stability, however, these countries will have to build blocs with a selective membership rather than pursue a strictly multilateral approach. This would be a poor substitute for the system over which the United States had presided. But it would be much better than simply accepting the economy that the Trump administration is now creating." ということになります。もはや、マルチラテラルな戦後の経済レジームに戻ることはなく、限定的な友好国と経済ブロックを形成することになる可能性を示唆しています。そのブロック化の方が単純なトランプ政策の受入れよりはいいという結論です。はい、私は日本政府が "simply accepting the economy that the Trump administration is now creating" 「単純にトランプ政策を受け入れる」ことになるだろうという点について確信を持っています。とても強い確信です。

現在の第2期トランプ政権の米国の政策については、さまざまな見方が報じられていて、私も何とも包括的な見方は確定していません。例えば、戦前のTariff Act of 1930=1930年関税法(Smoot-Hawley Tariff Act: スムート-ホーリー法)などに言及しつつ、米国が世界的な規模で安全保障や経済で公共財を提供したのは戦後80年だけであり、それまでは西半球での孤立主義が米国の基本であったし、そのため、戦前の国際連盟にも加盟していなかったのだから、この80年が例外であった、と論ずる向きもあります。私はそうではなく、米国が国際公共財を提供した戦後80年は歴史的な進歩の結果であったと考えています。ぎゃくに、現在の米国の政策は一時的な反動である可能性が高い、と考えています。ただ、もう70歳近い我が身としては、この歴史を見届けることが可能かどうかは、残された寿命を考えれば、それほど自信はありません。

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2025年8月24日 (日)

猛暑が生産性を低下させる

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世界保健機関(WHO)と世界気象機関(WMO)の共同研究結果が Climate change and workplace heat stress と題するリポートに取りまとめられ、一昨日8月22日に公表されています。まず、両機関のプレスリリースへのリンクは以下の通りです。プレスリリースのサイトにpdfの全文リポートへのリンクがあると思います。上の画像はその表紙です。

リポートは英文で100ページ近いものですし、私の専門外でもあり、簡単にWHOのサイトから Key findings を4点、Recommended actions を7点、引用しておきます。後者の Recommended actions はWMOのサイトにはありません。まあ、そうなんでしょう。

Key findings
  • The frequency and intensity of extreme heat events have risen sharply, increasing risks for both outdoor and indoor workers.
  • Worker productivity drops by 2-3% for every degree above 20℃C.
  • Health risks include heatstroke, dehydration, kidney dysfunction, and neurological disorders, all of which hinder long-term health and economic security.
  • Approximately half the global population suffers adverse consequences of high temperatures.

Recommended actions
  • Develop occupational heat-health policies with tailored plans and advisories that consider local weather patterns, specific jobs, and worker vulnerabilities;
  • Focus on vulnerable populations with special attention given to middle-aged and older workers, individuals with chronic health conditions, and those with lower physical fitness who can be more susceptible to the effects of heat stress;
  • Education and awareness raising for first responders, health professionals, employers, and workers to recognize and properly treat heat stress symptoms, which are often misdiagnosed;
  • Engage all stakeholders from workers and trade unions to health experts and local authorities in the co-creation of heat-health strategies that are locally relevant and widely supported.
  • Design solutions that are not only effective but also practical, affordable and environmentally sustainable, ensuring policies can be implemented at scale.
  • Embrace innovation by adopting technologies that can help safeguard health while maintaining productivity.
  • Support further research and evaluation to strengthen the effectiveness of occupational heat-health measures and ensure maximum protection for workers worldwide.

Key findings の2番目、気温が20℃Cを超えると1℃C上昇するごとに2-3%もの生産性が低下する、というのが、特に、エコノミストとして気にかかっています。Recommended actions の中では、個人的には、2番目の中高年労働者が熱中症の影響を受けやすい、との指摘は十分理解していますが、エコノミストとして、6番目のイノベーションは生産性を維持しつつ健康を守るという観点もさることながら、WHOの管轄外ではありましょうが、気候変動を抑制ないし防止するイノベーションが根本的に必要だという気がしています。

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2025年8月23日 (土)

今週の読書は新書中心に計6冊

今週の読書感想文は以下の通り計6冊です。
まず、阿部太郎ほか『資本主義がわかる経済学』(大月書店)は、初学者向けのマルクス主義経済学の入門書であり、特に、マクロ経済学については基本的にケインズ経済学と同様の分析が紹介されていて、主流派経済学と大きな違いはないようですが、搾取の概念を取り入れた企業利潤の発生については特徴を感じます。高橋洋一『お金のニュースは嘘ばかり』(PHP新書)では、総じて、経済理論に基づいて学術的な解説をするというわけではなく、現在の日本における経済報道や政策議論に関して、その裏側にあって必ずしも明らかにするのが適当ではない事実を暴いてみせるという意図が込められている気がします。三橋貴明『財務省と国に騙されない! テレビ・新聞が報じない経済常識』(宝島社新書)では、輸出補助金の形を避けつつ、実質的に輸出の補助になる輸出戻し税の還付が可能になる消費税のシステムを指摘しつつ、株主資本主義による賃金が上がらない実態を明らかにしています。友松夕香『グローバル格差を生きる人びと』(岩波新書)では、西アフリカにおけるフィールドワークなどを通じて、先進国を主体とし途上国を客体とした「善意の国際協力」は終了しつつあり、アフリカの人びとは国際協力に欺瞞を感じ、抵抗を試みている、という実感を表明しています。竹村牧男『はじめての大乗仏教』(講談社現代新書)では、釈迦の悟りに基づく原始仏教から部派仏教を経て大乗仏教へと展開する流れを示して仏教の歴史をたどりつつ、大乗仏教の思想上の特質と歴史的な展開について一般向け、初学者向けに示された入門書なのですが、私にはかなり難しかったです。C.S. ルイス『ナルニア国物語7 さいごの戦い』(新潮文庫)は、ナルニア国物語のシリーズ最終巻であり、キリスト教的な「最後の審判」あるいはハルマゲドン的な要素を含み、偽アスランが現れて混乱と絶望、さらに、滅亡の危機に陥るナルニアにおけるさいごの戦いを経て、驚愕のラストを迎えます。
今年の新刊書読書は1~7月に189冊を読んでレビューし、8月に入って先週までに19冊を読み、今週の6冊を加えて、合計で214冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。また、本日の読書感想文とは別に、泡坂妻夫『煙の殺意』(創元推理文庫)と須賀しのぶ『夏空白花』(ポプラ文庫)も読んでいて、いくつかのSNSでシェアする予定ですが、新刊書ではありませんので、本日の読書感想文には含めていません。逆に、阿部太郎ほか『資本主義がわかる経済学』(大月書店)は、2019年の出版で新刊書ではありませんが、諸事情により、例外的に本日の新刊書のブックレビューに取り入れています。

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まず、阿部太郎ほか『資本主義がわかる経済学』(大月書店)を読みました。著者は、さまざまな大学の経済学研究者です。我が勤務校の経済学部長もいくつかのチャプターを執筆しています。ですので、いわゆるマルクス主義経済学の初学者向けのテキストと考えてよさそうです。初学者向けとはいいつつも、多くのチャプターで詳細な数式を用いたモデルの展開がなされていて、いくつかのチャプターに数学注がついています。基本的にそう難しい数学は用いられておらず、中学校レベルの連立方程式を解ければ十分という気がしますが、例外的に、第6章の数学注2では偏微分が登場しています。私は本学経済学部の1-2年生には難しそうな気がします。ということで、私は官庁エコノミストの出身ですので、いわゆる「御用学者」以上に政府の公式の経済学を用いた経済分析をしていたわけですので、マルクス主義経済学にはほとんど素養を持ち合わせません。ただ、直感的に、もっとも違いが大きい点のひとつは市場における価格をシグナルとする資源配分を分析するミクロ経済学、というか、市場や価格決定の不完全性を強調する見方なのではないか、と理解しています。本書でも長期的な市場の価格決定をていねいに解説しています。マルクス主義経済学は、基本的に、スミスやリカードに基づく古典派経済学と同じで労働価値説を取っていて、それでも、需要と供給の関係で価格が決定されるというのは同じです。また、マクロ経済学については基本的にケインズ経済学と同様の国民所得ないしGDPの分析が紹介されていて、乗数理論なんてケインズ経済学そのものでした。ただ、マルクス主義経済学ではマクロ経済のうちでは景気循環理論が主流派経済学とやや異なっています。でも、私が想像したほどには異なっていません。ハロッド的な不安定性はそう大きな違いはありません。もっとも違っているのは、短期的な経済学では利潤に対する考え方であり、主流派経済学でも搾取や収奪、あるいはレントの追求は否定しませんが、企業の利潤が搾取の存在そのものであるという置塩の定理はさすがに使いません。本書では置塩の定理ではなく、マルクスの基本定理と呼んでいますが、剰余労働が存在するがゆえに、企業利潤が発生するということですから、同じことだと思います。最後に、私は党派的な違いを無視すれば、政府が経済分析に用いている主流派の経済学とマルクス主義経済学には大きな違いはないと考えています。その昔は、資本主義経済では資本家=ブルジョワジーと労働者=プロレタリアートの間で格差が拡大し、それが革命を引き起こして生産手段が公有ないし共有される社会主義にたどり着く、という理解でしたが、暴力革命が先進国で近い将来に起こるという可能性はほぼほぼゼロと考えるエコノミストがほとんどでしょうし、選挙による政権交代すらそう近い将来のことではない、と考える国民が多いという実感が私にはあります。しかし、現在の資本主義経済の限界についても、さまざまな角度から分析する経済学は常に必要です。

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次に、高橋洋一『お金のニュースは嘘ばかり』(PHP新書)を読みました。著者は、大蔵省・財務省の公務員から学界に転じて、嘉悦大学の教授です。経済政策を巡る政治的な駆引き、というか、昨年の総選挙後の政党間の合従連衡から説き起こして、裏で仕切っていたのは財務省であると指摘しています。すなわち、財政負担のより少ない主張をしている維新を、国民民主党に代わる形で、自公政権に取り込むような動きを指しています。さらに、消費税減税に関しては、自公政権と立憲民主党が「プロレスごっこ」をしているという見立てを示しています。その上で、経済学的な解説に移って、政府が国民に奨励すべき投資先は株式ではなく国債であるとか、NISAについても結局もうかるのは国民ではなく金融機関であるとか、まあ、判りやすい議論を展開しています。加えて、経済政策以外にも、教育政策は米国タイプを志向しているとか、テレビ局と新聞社が一体化している日本の現状を批判したり、といった主張も見られます。政策議論から少し距離を置きますが、日産とホンダの経営統合についても独自の見方を示したりもしています。もちろん、トランプ関税に関する独特の見方も含まれています。例えば、国債に関する議論などが典型的ですが、総じて、経済理論に基づいて学術的な解説をするというわけではなく、現在の日本における経済報道や政策議論に関して、その裏側にあって必ずしも明らかにするのが適当ではない事実を暴いてみせるという意図が込められている気がします。消費税が社会保障の財源になっているというのは事実と異なるわけで、本書の指摘を待つまでもありませんが、その事実とは異なる見方を財務省や政府がどうして主張しているのか、その裏側の真意には何があるのか、といった点を一般読者に判りやすく解説しようとしている姿勢について、私はいいと思いますが、ややトリッキー、というか、強調すべき部分が違っているのではないか、という気も同時にしています。ただ、内容をきちんと読めば正しい方向を向いていることは確かでが、本書で経済学的にどこまで意味のある議論を展開しているかは疑問なしとしません。経済政策や経済以外の政策決定の裏事情について、経済学の範囲から考えて、どこまでの議論が必要かは、私にはイマイチよく理解できていませんが、政府、というか、「お上」のいうことを素直に信じるだけではいけない、ということは知っておいて損はないかもしれません。

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次に、三橋貴明『財務省と国に騙されない! テレビ・新聞が報じない経済常識』(宝島社新書)を読みました。著者は、中小企業診断士として独立しネットを通じた情報発信を行っています。やや煽動的な表現が気にかからないわけではありませんが、私は本書の経済学的な主張は大筋で正しいと感じています。本書は編集者との対談で進行していて、私には必ずしも好みの形式ではありませんが、書くよりも話す方が得意な人も少なくないものと想像します。ということで、まず、バブル経済崩壊後の30年に及ぶ失われた時代が、インフレに突入したことにより終焉を迎え、日本経済は新たなフェーズに入ったと主張し、冒頭では消費税の由来、というか、フランスにおける発祥の歴史を明らかにしています。すなわち、国際ルールで許されていない輸出補助金の形を避けつつ、実質的に輸出の補助になる輸出戻し税の還付が可能になる消費税のシステムです。その上で、もっとも多額の輸出戻し税を受け取っているのはトヨタであり、年6000億円くらいではないか推測を示しています。年間33兆円の消費税収入のうち、9兆円が輸出戻し税として、輸出している大企業などに還付される実態を明らかにし、消費財が社会保障の原資となっているという怪しげな説を論破しているわけです。その上で、株主資本主義が増加の一途をたどる社会保障保険料負担や一向に上がらない実質賃金の原因であるとの議論を展開しています。私も賃金が上昇しない大きな要因、すべてではないとしても、大きな要因は外国人投資家が株主シェアの一定部分を保有している背景があり、株主資本主義であると考えますから、大いに同意しています。米価高騰やトランプ関税などについて論じた後、最後の方の2章では、財政破綻論や財務省の政策志向などを批判して結論としています。繰り返しになりますが、私から見て、本書の主張は経済学的にほぼ正しいと受け止めています。株主資本主義が安価な労働力を求め、したがって、ではないとしても、外国人労働者の安易な導入には反対、また、グローバル化の野放図な進行には批判的、というのは、政策志向としても私と方向性を同じくしている、という気がします。ただ、願わくは、「日本人ファースト」といった誤った外国人に対する差別や偏見につながらないことを望みます。

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次に、友松夕香『グローバル格差を生きる人びと』(岩波新書)を読みました。著者は、国際協力機構(JICA)の協力隊員の経験もある法政大学経済学部准教授です。学位は農学博士のようです。ご経験からして、ガーナとその北方に位置するブルキナファソを中心とする西アフリカを中心に、国際開発援助の実態について議論しています。私も数少ないながら開発経済学に関する論文は書いたことがあり、経済学一般や開発経済学、さらに、心理学などにおいては、マクロの領域とマイクロの領域の両方があり得ますが、本書はマイクロな領域でフィールドワークに基づくケーススタディを中心に議論を進めています。ですので、どこまで幅広い一般性があるかどうかは検証のしようがありませんが、私が読んだ範囲では決して大きく的を外れているわけではないと思います。ということで、本書冒頭では、まず、国際援助というものについて、明記はしていませんが、おそらくは経済開発協力機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)に集まる先進国を主体とし、途上国を客体とした「善意の国際協力」は終了しつつあり、アフリカの人びとは国際協力に欺瞞を感じ、抵抗を試みている、という実感を表明しています。途上国の実態として、大学での高等教育を受けても適切な職はなく、識字教育を受けてそれなりの教養ある英語を話せる階層は欧米の白人相手の国際ロマンス詐欺に走るケースもあると指摘しています。欧米からの開発援助は資源や利権目当ての先進国の国益を眼目とするもので、逆に、OECD/DACに属さない中国やロシアからの国際協力にはそれなりの親近感を感じている、との見方を示しています。日本で報じられている限り、ロシアはともかく、中国の対外援助はOECD/DACの先進国よりもひどい利権目当てであり、中国への債務返済に窮したスリランカ政府がハンバントタ港の99年間の運営権を中国に差し出した、なんてニュースも見かけますが、アジアならぬアフリカでは逆の味方がなされているようです。西アフリカの植民地時代の旧宗主国であるフランスをはじめとする先進国の世論やメディア報道、国際援助に疑問の目が向けられている実態も詳細にリポートされています。農業においては、アフリカの伝統農法から「緑の革命」に基礎を置く化学肥料に依存する農業への転換により、むしろ土地生産性が低下したとも指摘しています。最後に、繰り返しになりますが、フィールドワークによるケーススタディですので、著者ご本人以外からの反論のしようがありませんが、それほど大きく的を外しているわけではないと私も受け止めています。私自身はチリの首都サンティアゴの大使館で外交官として、また、ジャカルタのインドネシア官庁でのJICA専門家として、南米と東南アジアにはそれぞれ3年間に及ぶ直接の経験ありますが、東欧はワルシャワにJICA短期専門家として2週間の滞在しか経験なく、アフリカについては出張などの短期滞在すら経験ありません。アフリカの、特に西アフリカの旧宗主国たる英国やフランスといった「白人の国」に対する一種のあこがれと反発、そのあたりは複雑なものがあるのだろうと想像します。

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次に、竹村牧男『はじめての大乗仏教』(講談社現代新書)を読みました。著者は、東洋大学の学長を務めていた筑波大学名誉教授、東洋大学名誉教授です。ご専門は、仏教学、大乗仏教思想だそうです。本書は、新書で出版されていることからも理解できる通り、大乗仏教の思想上の特質と歴史的な展開について一般向け、初学者向けに示された入門書と考えるべきなのですが、はい、私にはかなり難しかったです。まず、仏教の歴史をたどり、釈迦の悟りに基づく原始仏教から部派仏教を経て大乗仏教へと展開する流れを示し、中国における浄土宗や禅宗の発生、さらに、それらが日本にもたらされてきた経緯を明らかにします。冒頭2章くらい、このあたりまでは、私もそれなりに理解できなくもありません。第3章あたりから難しくなり、生病老死の人生一切皆苦を超えて、唯識論から世界を分析したりすることになると、悲しいことに、私ではもうついて行けませんでした。涅槃が3つあるといわれると、「何それ」となるのは私だけではないと思います。仏になるための発菩提心から修行を始めたりすると、他力本願の浄土真宗の門徒である私には理解を超えます。このような私のためか、最終第10章では自力と他力について説き起こされていますが、一向門徒の私にはいっさい自力という観念はなく、「南無阿弥陀仏」と唱える念仏でさえも、自力でやっているわけではなく、阿弥陀さまからの回向によると考えています。私は大学の授業の合間の雑談で、学生諸君に「徳を積む」という表現を教えていたりするのですが、それですら、自力という意識はありません。世間虚仮であり、私は阿弥陀さまによって動かされていると考えており、ある意味で、運命論者のアカシックレコードも暗黙のうちに認めている気がします。そして、その基本的なラインは本書も同じであり、大乗仏教とは単なる宗教の教義にとどまらず、人間の苦しみを救済しようとする実践的あるいは運動論としての受け止めがなされている、と強く感じました。本書のどこかで言及していた記憶がありますが、「衆生救済の宗教運動」という考えです。人間に関する苦である限り、どんな問題でも解決できる、という正しくかつ強い信念です。最後の最後に、私は浄土宗や浄土真宗により、念仏で阿弥陀仏を信じるのは末法の世だからであり、弥勒が現れても現れなくても、念仏する重要性が末法の世にはあると考えているのですが、本書では、末法についてまったく言及がありません。大乗仏教とは関係ないのでしょうか。少し不思議に感じました。

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次に、C.S. ルイス『ナルニア国物語7 さいごの戦い』(新潮文庫)を読みました。著者は、アイルランド系の英国の小説家であるとともに、長らく英国ケンブリッジ大学の英文学教授を務めています。英語の原題は The Last Battle となっています。1956年の出版です。本書も、小澤身和子さんの訳し下ろしにより新潮文庫で復刊されているナルニア国物語のシリーズであり、第7巻となります。出版順でいっても、ナルニア国物語の歴史的あるいは時系列的にも、どちらの意味でも最終巻です。時系列的に考えて本書の直前のナルニア国物語は第6巻の『魔術師のおい』ではなく、第4巻の『銀の椅子と地底の国』となります。本書は、タイトルから容易に想像されるように、キリスト教的な「最後の審判」あるいはハルマゲドン的な要素をたっぷりと含んでいます。ということで、あらすじは、ナルニアに偽の預言者猿シフトが現れ、お人好しのロバのパズルに、滝から流れ落ちてきたライオンの毛皮を着せて偽アスランを仕立て、ナルニアの民を欺き支配するようになります。木々は無惨に切り倒され、しゃべることが出来るナルニアの動物たちが奴隷のようにカロールメン人の下で働かされたりします。しかも、隣国カロールメンの兵士が侵攻し、邪神タシュまでも現れ、ナルニアは混乱と絶望、さらに、滅亡の危機に陥ります。ティリアン王の下にユースティス、ジル、ルーシーをはじめとする仲間が駆けつけて、最後のたたかいが展開されます。ナルニアは終焉を迎えるのですが、そのラストは何ともいえません。人により評価が分かれることと思いますし、英語の原書出版当時ですら大いに議論を巻き起こしたとの記録もあるやに聞き及びます。そのあたりは読んでみてのお楽しみです。私個人の評価では、キリスト教的、あるいは仏教的な意味でも、よく考えられた結末だと評価しています。

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2025年8月22日 (金)

7月の消費者物価指数(CPI)上昇率は+3%超ながらピークアウトの兆し

本日、総務省統計局から7月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の前年同月比で見て、前月の+3.3%からやや減速して+3.1%を記録しています。伸び率鈍化とはいえ、まだまだ+3%台のインフレが続いています。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は2022年4月から40か月、すなわち、3年余り続いています。ヘッドライン上昇率も+3.1%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+3.4%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

7月の消費者物価3.1%上昇 2カ月連続で伸び縮小
総務省が22日発表した7月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合が111.6となり、前年同月と比べて3.1%上昇した。6月の3.3%を下回り、2カ月連続で伸び率が鈍化した。チョコレートや鶏肉などの食料が上昇した一方、エネルギー価格がマイナスに転じた。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は3.0%の上昇だった。
生鮮食品を除く食料は8.3%の上昇だった。前月は8.2%上昇で、12カ月連続で前月の伸びを上回った。ブラジルの天候不良などによりコーヒー豆が44.4%上昇した。鳥インフルエンザの影響で出荷が一時停止した鶏肉は9.3%上がった。価格改定があったチョコレートは51.0%値上がりした。
コメ類は90.7%上がった。6月の100.2%と比べると高騰は一服したが、引き続き1年前の2倍弱の水準だ。CPI上のコメ類には備蓄米は含まれず、コシヒカリといった銘柄米の値動きを反映する。
コメを使ったおにぎりは18.9%、外食のすしは7.0%それぞれ上昇した。
エネルギー価格全体は0.3%下がった。24年3月以来、1年4カ月ぶりに前年同月比マイナスとなった。ガソリン価格は1.3%下がった。5月から1リットルあたり最大10円の定額補助が始まったことが影響した。足元の原油高により、6月の1.8%低下から下落幅は縮小した。
電気・ガス料金も前年同月比で下がった。前年6月使用分は政府の負担軽減策がいったん中断していた。足元の燃料価格の下落も反映し、電気代は0.7%、都市ガス代は0.9%下落した。
訪日客による需要の増加で宿泊料は6.0%プラスだった。通信大手による新料金プランの導入などが影響し、携帯電話の通信料は11.8%上昇した。
東京都の水道基本料金の無償化により、水道代は前月に続き2.3%下がった。高校授業料の実質無償化に伴い、公立の高等学校授業料は94.1%下落した。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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引用した記事にもある通り、7月のコアCPI上昇率の日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは+3.0%ということでした。したがって、実績の+3.1%上昇はやや上振れした印象ですが、大きなサプライズはありませんでした。また、エネルギー関連の価格については、引用した記事にもある通り、5月22日から始まった「燃料油価格定額引下げ措置」によるガソリン価格の引下げなどが反映されています。現時点の8月21~27日の支給額はガソリン・軽油で10.0円/Lとなっています。この制度の詳細については、資源エネルギー庁の資料「新たな燃料価格支援策 (燃料油価格定額引下げ措置) について」などが詳しいです。ということで、品目別に消費者物価指数(CPI)の前年同月比上昇率とヘッドライン上昇率に対する寄与度を少し詳しく見ると、まず、食料価格の上昇が引き続き大きくなっています。すなわち、先月6月統計では生鮮食品を除く食料の上昇率が前年同月比+8.2%、ヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度+1.96%であったのが、本日公表の7月統計ではそれぞれ+8.3%、+1.98%と、一段と高い上昇率と寄与度を示しています。寄与度差は+0.03%ポイントあります。他方で、政府の燃料油価格定額引下げ措置により、エネルギー価格の上昇率は7月統計からマイナスに転じました。すなわち、エネルギー価格については6月統計で+2.9%の上昇率、寄与度+0.23%でしたが、直近の7月統計では上昇率▲0.3%、寄与度▲0.26%となっています。2024年3月以来、1年4か月ぶりに前年同月比でマイナスに転じています。したがって、生鮮食品を除く食料だけで7月のヘッドラインCPI上昇率3.1%のうちの⅔近くを占めることになります。特に、食料の中で上昇率が大きいのはコメであり、生鮮食品を除く食料の寄与度+1.98%のうち、コシヒカリを除くうるち米だけで寄与度は+0.36%に達しています。引用した記事にもあるように、上昇率は前年同月比で+90.7%ですから、昨年から2倍近く値上げされている、ということになります。コメが値上げされれば、当然に、おにぎりやすしの価格も上がります。ただ、上昇率としてはまだ+3%を超えているものの、物価上昇がピークアウトした可能性もあります。
多くのエコノミストが注目している食料の細かい内訳について、前年同月比上昇率とヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度で見ると、繰り返しになりますが、生鮮食品を除く食料が上昇率+8.3%、寄与度+1.98%に上ります。その食料の中で、これも繰り返しになりますが、コシヒカリを除くうるち米が2倍近くに値上がりしていて、寄与度も+0.36%あります。備蓄米が出回り始めたとはいえ、銘柄米はまだまだ高止まりしています。うるち米を含む穀類全体の上昇率は+27.4%、寄与度は+0.63%に上ります。コメ価格の推移は下のグラフの通りです。主食のコメに加えて、カカオショックとも呼ばれたチョコレートなどの菓子類も上昇率+10.8%、寄与度+0.29%に上っています。特に、その中でも、チョコレートは上昇率+39.2%、寄与度0.14%に達しています。コメ値上がりの余波を受けたおにぎりなどの調理食品が上昇率+7.1%、寄与度+0.27%、調理食品の中でもおにぎりが上昇率+18.9%、寄与度0.03%に上っています。同様にすしなどの外食も上昇率+4.5%、寄与度+0.21%を示しています。ほかの食料でも、コーヒー豆などの飲料も上昇率+9.2%、寄与度0.16%、鶏肉などの肉類が上昇率+5.2%、寄与度+0.14%、などなどと書き出せばキリがないほどです。食料やエネルギーは国民生活に欠かせない基礎的な財であり、実効ある物価対策とともに、価格上昇を上回る賃上げや最低賃金の大幅な引上げを期待しています。
最後に、総務省統計局の小売物価統計を元にした農林水産省資料「小売物価(東京都区部)の推移(総務省小売物価統計)」から引用した コメの小売価格 のグラフは下の通りです。昨年2024年年央くらいまで長らく5キロで2000~2500円のレンジにあったのですが、最近時点ではコシヒカリは5000円を超えており、コメの猛烈な価格上昇が見て取れると思います。

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2025年8月21日 (木)

目についた最近の経済情報

厚生労働省から地域別最低賃金額改定の目安が公表されています。それに合わせて、各都道府県で答申が出始めており、本日の日経新聞の記事では、「日本経済新聞の19日時点の集計で、22都道府県のうち16道県が上乗せを決めた。」と報じています。東京都なんぞは別格でしょうが、各県からすれば、低めの最低賃金を設定したりすれば労働力の流出につながりかねませんから、目安超えの高めの最低賃金を追求するのは当然に経済合理性があると私は受け止めています。下の画像は、自治労だか、国公労連だか、忘れましたが、そういった労働組合のツイッタ(X)から引用しています。

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次に、How Congress Designed the Federal Reserve to Be Independent of Presidential Control と題する論文が、米国の経済学の学術誌である Journal of Economic Perspectives の最新号に掲載されています。タイトルから容易に想像できるように、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FED)の独立性について、議会が1935年銀行法において中央銀行の独立性を保証するに至ったかについて、歴史的な視点も含めて論じています。論文の引用情報は以下の通りです。

それほど、ちゃんと読んでいるわけではないので、ジャーナルのサイトからAbstractだけ引用しておきます。なお、この論文はpdfでダウンロードできます。

Abstract
Conventional wisdom traces the origins of the Federal Reserve's independence to the 1951 Treasury-Fed Accord. That rendition of history is inaccurate. The principal source of the Fed's monetary-policy independence is the Banking Act of 1935, which created the Fed's modern leadership structure and placed monetary-policy decisions beyond Presidential control. Congressional intent is clear in this case because the initial draft of the bill vested control of monetary policy with the President. After extensive debate, Congress amended the legislation and crafted the institutional features that enshrine the Fed's independence. The central role of the Banking Act of 1935 suggests that only an act of Congress or a Supreme Court ruling could fundamentally strengthen presidential influence over monetary policy.

米国のトランプ大統領が、米国労働省で雇用統計を担当する局長を更迭し、中央銀行であるFEDのパウエル議長に対しても、利下げを求めて圧力をかけていることは広く報じられている通りです。この論文で対象としているのは基本的に米国の法制度だけですが、他の多くの先進国にも共通の要素が含まれていて、とてもタイムリーな論文掲載と私は受け止めています。下の画像は論文の1ページ目です。

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2025年8月20日 (水)

輸出が振るわない貿易統計とまずまず堅調な機械受注

本日、財務省から7月の貿易統計が、また、内閣府から6月の機械受注が、それぞれ公表されています。貿易統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比▲2.6%減の9兆3591億円に対して、輸入額は▲7.5%減の9兆4766億円、差引き貿易収支は▲1176億円の赤字を計上しています。また、機械受注のうち民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注は、季節調整済みの系列で見て前月から3.0%増の9412億円と、3か月ぶりの増加を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

7月の対米輸出4カ月連続減 トランプ関税で自動車落ち込む
財務省が20日発表した7月の貿易統計速報によると、米国向けの輸出額が1兆7284億円と、前年同月比10.1%減った。減少は4カ月連続。自動車の輸出額が減少しており、トランプ米政権の関税政策の影響が続いたとみられる。
米国向け自動車の輸出額は28.4%減少の4220億円だった。台数は3.2%減の12万3531台だった。輸出額を台数で割った平均単価は26.1%減の341万円だった。5カ月連続で前年同月を下回った。財務省の担当者は「大型車の輸出台数が減る一方、小型車が増えている」と説明する。
メーカーが低価格の車種を優先して輸出したり、関税影響を和らげるためにコストを吸収したりする動きが続いた可能性がある。
全世界に対しての輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は1175億円の赤字になった。赤字は2カ月ぶりだった。輸出額は前年同月に比べ2.6%減の9兆3590億円だった。減少は3カ月連続。
中国向けの輸出は3.5%減の1兆5966億円だった。減少は5カ月連続。ハイブリッド車や非鉄金属などの輸出が落ち込んだ。欧州連合(EU)向け輸出は3.4%減の8668億円と3カ月ぶりに減少した。鉄鋼や有機化合物が減った。
世界全体からの輸入額は7.5%減の9兆4766億円だった。主にサウジアラビアからの原粗油やオーストラリアからの石炭、液化天然ガスの輸入額が減った。
原粗油は輸入量が11%増えた一方、原油価格の下落や円高による輸入コストの減少で輸入額は18%減った。7月の平均為替レートは1ドル=145.56円で、前年同月から8.9%の円高だった。
中国からの輸入額は3.9%減の2兆2057億円だった。スマホなどの通信機が減少した。米国からは0.8%減の1兆1433億円だった。医薬品や航空機類の輸入が減った。
機械受注、4-6月0.4%増 7-9月はマイナス見通し
内閣府が20日発表した4~6月期の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる船舶・電力を除く民需(季節調整済み)は前期比0.4%増の2兆7737億円だった。3四半期連続でプラスを確保した。6月末時点の7~9月期の受注見通しは前期比4.0%減だった。
4~6月期は製造業が1.5%増だった。非鉄金属や石油製品・石炭製品からの受注増が寄与した。大型案件の発注があった化学工業も押し上げた。
自動車・同付属品からの受注は11.3%減った。マイナスは2四半期連続となる。内閣府の担当者は足元の受注動向について「調査対象企業から米関税措置の影響が出ているとの声があった」と述べた。
非製造業は0.9%増えた。運輸業・郵便業や通信業から電子計算機の受注が伸びた。農林漁業からトラクターなど農林用機械の受注も堅調だった。
7~9月期が見通し通りなら4半期ぶりのマイナスとなる。内閣府の担当者は調査時期が7月の日米関税合意や8月に米中が追加関税の一時停止期間を延長する前だったとし、米トランプ政権による関税措置の実際の影響は「7月以降の実績を確認する必要がある」と述べた。
6月単月の民需は前月比3.0%プラスと3カ月ぶりに増えた。非製造業が8.8%増と全体をけん引した。製造業は8.1%マイナスだった。内閣府は6月の基調判断を「持ち直しの動きがみられる」で据え置いた。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+2000億円近いの貿易黒字が見込まれていたところ、実績の▲1000億円を超える赤字はや大きく下振れした印象です。予測レンジの下限が▲800億円ほどでしたので、そのレンジを越えています。季節調整済みの系列でも、7月は▲3000億円超の赤字を記録しています。ただし、いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、輸入は国内の生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。固定為替相場制度を取っていた1950-60年代の高度成長期のように、「国際収支の天井」を意識した政策運営は、現在の変動為替制度の下ではまったく必要なく、比較優位に基づいた貿易が実行されればいいと考えています。それよりも、米国のトランプ新大統領の関税政策による世界貿易のかく乱によって資源配分の最適化が損なわれる可能性の方がよほど懸念されます。すなわち、引用した記事のタイトルのように、トランプ関税で日本の輸出が減少して貿易収支が赤字の方向に振れることではなく、貿易を含めた資源配分の最適化ができなくなってしまう点が問題と考えるべきです。
本日公表された7月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により主要品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油が数量ベースで+11.0%増ながら、金額ベースで▲18.0%減となっています。石油価格が大きく下落している商品市況を反映しています。さらに、エネルギーよりも注目されている食料品は金額ベースで▲2.8%減となっているのですが、輸入総額の前年同月比伸び率が▲7.5%に達している中で、それほどの減少とはなっていません。特に、食料品のうちの穀物類は数量ベースで+0.4%増、ただし、金額ベースでは▲8.7%減となっています。原料品のうちの非鉄金属鉱は数量ベースで▲29.3%減、金額ベースでも▲22.3%減を記録しています。輸出に目を転ずると、輸送用機器のうちの自動車が数量ベースで+3.2%増となったものの、金額ベースでは▲11.4%減となっています。自動車輸出における数量ベース増の金額ベース減は明らかに、日本のメーカーあるいは輸出商社の方で関税を相殺するような価格設定により、販売台数の維持・拡大を図っていることを表していると考えるべきです。どこまでこういった関税負担がサステイナブルであるかは私には不明です。電気機器も金額ベースで+0.4%増、一般機械も+1.2%増とプラスの伸びを示しています。輸出だけは国別の前年同月比もついでに見ておくと、中国向け輸出が前年同月比で▲3.5%減となったにもかかわらず、中国も含めたアジア向けの地域全体では▲0.2%減にとどまっています。他方で、引用した記事の冒頭にもある通り、米国向けは▲10.1%減と大きく落ち込んでいます。ただ、西欧向けは+0.3%増となっています。いうまでもありませんが、今後の輸出については、米国トランプ政権の関税政策による撹乱が懸念されます。

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続いて、機械受注のグラフは上の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは前月比▲1%を超える減と見込まれていました。実績の+3.0%増はやや上振れした印象ながら、レンジ内ナスですし大きなサプライズはありませんでした。いずれにせよ、3月統計で前月比+13.0%増を記録した後の4月▲9.1%減、5月▲0.6%減と、3月の大幅増の反動も終わって、6月統計では増加となっています。また、この統計では発注が取り消された場合、その取消しが生じた月で調整することになっていますので、あるいは、ひょっとしたら、トランプ関税による発注取消しがここ何か月かで生じている可能性は否定できません。4~6月期の四半期ベースでは前期比+0.4%と3期連続のプラスでしたし、統計作成官庁である内閣府では、基調判断を「持ち直しの動きがみられる」で据え置いています。6月統計を業種別に季節調整済みの前月比で見て、製造業が▲8.1%減の一方で、船舶・電力除く非製造業は+8.8%増となっています。4~6月期までのコア機械受注は3期連続のプラスでしたが、7~9月期見通しでは▲4.0%の減少に転ずると見込まれています。しかも、製造業・非製造業ともに前期比マイナスの見通しです。さらに、トランプ関税次第では下振れする可能性も否定できません。
日銀短観などで示されたソフトデータの投資計画が着実な増加の方向を示している一方で、機械受注やGDPなどのハードデータで設備投資が増加していないという不整合があり、現時点ではまだ解消されているわけではないと私は考えています。人手不足は見込み得る範囲の近い将来にはまだ続くことが歩く予想されますし、DXあるいはGXに向けた投資が盛り上がらないというのは、低迷する日本経済を象徴しているとはいえ、大きな懸念材料のひとつです。かつて、途上国では機械化が進まないのは人件費が安いからであるという議論が広く見受けられましたが、日本もそうなってしまうのでしょうか。でも、設備投資の今後の伸びを期待したいところですが、先行きについては決して楽観はできません。特に、繰り返しになりますが、米国のトランプ政権の関税政策や中東の地政学的リスクなどにより先行き不透明さが増していることは設備投資にはマイナス要因です。加えて、国内要因として、日銀が金利の追加引上げにご熱心ですので、すでに実行されている利上げの影響がラグを伴って現れる可能性も含めて、金利に敏感な設備投資には悪影響を及ぼすことは明らかですどう考えても、先行きについては、リスクは下方に厚いと考えるべきです。

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2025年8月19日 (火)

戦間期イタリアにおけるファシズムと不平等

経済史の学術誌に "Wars, Depression, and Fascism: Income Inequality in Italy, 1901-1950" と題する論文が掲載されています。イタリアにおけるファシズムが所得不平等に対する不満を背景に政権を取っておきながら、実は、ファシズム政権下で不平等はかえって拡大した、という主張です。pdfの論文本体もダウンロード可能です。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、ジャーナルのサイトからAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
This paper presents yearly estimates of income inequality in Italy from 1901 to 1950. By constructing dynamic social tables, we comprehensively assess inequality across all elements of Italian society and compare Italy with other countries over the same period. In a context of declining inequality across Europe, interwar Italy reveals a trajectory at odds with consolidated narratives: a sharp increase of inequality during World War I, a reversal during 1918-1922, a renewed rise after the Fascist takeover, and new peaks during World War II. Our results allow us to identify sizeable short-term distributive shocks and discuss the political economy of fascist Italy, reinforcing a reinterpretation of interwar inequality trends in Europe and the regressive nature of fascist regimes.

続いて、論文から Fig. 7. Inequality in Europe, 1900-1950. を引用すると下の通りです。縦軸は不平等指標としてジニ係数を取っています。

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見れば判ると思いますが、英国以外の3国、すなわち、本論文でフォーカスしているイタリアはもちろん、ドイツもスペインもファシスト政権が成立した国です。そして、その3国に共通していることに、第1次世界大戦の終了、というか、戦間期に入って急速に不平等が解消されるのですが、その反動から再びイタリアとスペインでは1920年代から、ドイツでは1930年代から、それぞれ、ジニ係数で計測した所得不平等の度合いが高まります。そういった国民の格差拡大に対する不満の高まりも背景に、ほかの要因も相まってファアシスト政権が成立するのですが、少なくとも第2次世界大戦に枢軸国として参戦するドイツとイタリアではファシスト政権下で所得不平等は決して解消されていません

経済史から見出すべき歴史の教訓は、不平等だけが要因ではありませんが、そういった国民の不満を背景にしてポピュリスト政党が得票を伸ばして、あるいは、極右またはファシスト的な政権が成立したとしても、決して、不平等は解消されない可能性が示唆されている点です。引用したAbstractの最後のセンテンスでも "the regressive nature of fascist regimes"=ファシスト政権の逆進的な本質、という言葉が見えます。「新しい戦前」とすら考えられる時期の8月に、エコノミストとして、そして、ヒストリアンとして、ぜひとも考えておきたいポイントです。

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2025年8月18日 (月)

運転免許更新のついでに琵琶湖岸を走る

今日は午後から、運転免許の更新に行って来ました。
実は、運転免許センターは琵琶湖岸の琵琶湖大橋東詰めの近くにあり、どう考えても鉄道では行けません。ですので、ついでに、琵琶湖岸を少し走ってみました。下の写真は第2なぎさ公園にあるモニュメントです。ビワイチの途中で写真に収められていることが多いと思いますが、ハッキリいって、ちゃちい作りです。

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湖岸道路は、ビワイチ推奨で反時計回りの自転車通行路はまずまずよく整備されています。上級者向けは車道、初級者向けには歩道に自転車通行路が設けてあります。でも、車道の自転車通行帯は反時計回りだけで、時計回りで走ろうとすると、歩道の初級者向けを通ることになります。まあ、好き好きでしょうが、滋賀県下では地元民のロードバイクであればほぼ漏れなく歩道を走っていますので、他府県から来た場合には戸惑うかもしれません。
それにしても、私はやっぱりビワイチはムリだと感じました。とても景色が単調だからです。反時計回りに走ると、左側が琵琶湖で右側は延々と水田が続きます。ここまで単調だと、私は眠くなるかもしれません。

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独裁政権におけるGDPの過大評価はどれくらいか?

専制政治の下では成長率が過大に報告されるという問題について、"Overstatement of GDP growth in autocracies and the recent decline in global inequality" と題する論文が不平等の拡大とともに明らかにしています。pdfの論文本体もダウンロード可能です。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、ジャーナルのサイトから論文のAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
After rising for almost two centuries, global income inequality declined substantially after 2000. While past scholarship on global inequality has explored several causes for this recent decline in inequality, these studies take for granted the official GDP figures released by national governments. A parallel social science literature has documented the manipulation of official data to exaggerate economic performance in autocratic countries, but this work has stopped short of examining the broader implications of this phenomenon. In this study, I explore the overstatement of GDP growth figures in autocracies as another contributor to the recent decline in estimates of global inequality based on officially reported GDP figures. Drawing on satellite-based night-time lights data and an empirical strategy from recent research, I compute model-based estimates of GDP overstatement in autocracies. I then combine this information with data on within-country income inequality to arrive at adjusted estimates of global income inequality in a sample of 109 countries constituting 92 percent of the world's population. I find that between 1995 and 2014, -20 percent of the decline in global inequality can be explained by the overstatement of GDP growth in less democratic countries. I conclude by discussing the broader implications of these findings for our understanding of global inequality and its political economy.

独裁国家においてGDP成長率が過大に報告されている問題については、少し前ですが、インパクト・ファクターの極めて高い経済学の学術誌である Journal of Political Economy にて、以下の論文で実証されており、"night-time light recorded by satellites from outer space"=宇宙から衛生で記録された夜間光との比較により、"autocracies overstate yearly GDP growth by approximately 35%"=独裁政権がGDP成長率を約35%過大評価している、と結論しています。

本日フォーカスしている論文でも、"satellite-based night-time lights data"=衛星による夜間光データを用いて、独裁政権におけるGDP統計を修正し、その結果、1995-2014年の約20年間で世界的な所得の不平等の是正分のうちで20%は非民主主義国におけるGDP成長率の過大評価によってもたらされており、したがって、世界の所得不平等の縮小は公式統計ほど進んでいるわけではない、との評価を示しています。そうなのかもしれません。下のテーブルは論文から Table4. Percent of global inequality decline explained by GDP overstatement,1995-2014. を引用しています。ヘッダは不平等指標であり、Giniはジニ係数、Theilはタイル指標、MLDは平均対数偏差、CV/2は変動係数です。各不平等指標とも20%くらい過大に改善の報告がなされている可能性が示唆されています。

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テーブルを見れば明らかな通り、地域として West+Japan ではほぼほぼGDP統計と夜間光による推計値との差がなく、それなりに夜間光による推計の正確性が確認されている一方で、一番右の列の GDP Overstatement in 2014 で過大評価が見られるのは、スーダン、エチオピア、ベトナム、中国といった国々です。まあ、何と申しましょうかで、それなりに実感に即した結果ではないかという気もします。

米国でトランプ大統領が米国労働省の労働統計担当局長を更迭したというニュースは世界を震撼させました。このさき、同じようなことがトランプ政権下の米国でも生じる可能性を私は否定できません。

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2025年8月17日 (日)

40試合連続無失点の石井投手が8回を抑えてマジック22

  RHE
阪  神000300000 370
読  売000010000 1102

【神】才木、ドリス、及川、石井、岩崎 - 坂本
【読】赤星、石川、田中瑛、中川、船迫 - 岸田

石井投手が40試合連続無失点で8回を抑えてマジック22でした。
4回に高寺選手のタイムリーにジャイアンツのエラーもあって2点を先制し、さらに、坂本捕手のタイムリーで加点して3点を上げ、そのままジャイアンツを押し切りました。さすがに、一昨日のような気の抜けた継投ではありませんでした。相変わらず球数の多い先発才木投手が5回を投げ切った後、6回はドリス投手、7回は及川投手、8回に石井投手が40試合連続無失点の日本記録を樹立した後、9回は岩崎投手が久々の岩崎劇場を演出しましたがゼロに抑えました。ただ、佐藤輝選手が3試合ノーヒットでした。今後の懸念材料です。
最後に、横浜の藤波投手が中日戦に先発し、5回1失点とまずまずの投球を見せています。

次の中日戦も、
がんばれタイガース!

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ようやく反転した帝国データバンクによる6月のカレーライス指数

やや旧聞に属するトピックながら、8月8日に帝国データバンクから今年2025年6月の「カレーライス物価指数」が明らかにされています。カレーライス1食当たり440円となり、1年前の2024年6月の329円からは+111円、+33.7%増と、大幅な上昇となっているものの、前月5月の441円からは△1円の下落と、わずかながら2024年3月以来1年3か月ぶりの価格低下を示していますした。まず、帝国データバンクのサイトからSUMMARYを2点引用すると以下の通りです。

SUMMARY
  • 2025年6月のカレーライス物価は1食440円(前年同月329円)となった。
  • 最新の物価動向に基づく2025年7月の予測では1食436円となり、2024年以降続いた急激な値上がり局面はピークを超えたとみられる。

帝国データバンクのリポートでは、カレーライス物価を構成する費用の内訳を見ると、全体の約5割を占める「カレー具材(肉・野菜)」が214円と前年同月の203円から+11円上昇したものの、前月からは△5円低下し、5カ月ぶりに前月を下回った、と報告されています。ジャガイモ・ニンジン・タマネギのいずれも価格が安値に転じたほか、輸入牛肉の価格上昇が落ち着いたことも背景に、価格面で一服感が強まった点を指摘しています。ただし、「ごはん(ライス)」価格は、足元でコメの店頭価格が高止まりしていることを背景に、前年同月2024年6月の97円からは+98円アップし、約2倍の195円と大幅に上昇し、過去最高値を更新した一方で、前月からは+3円増にとどまり、6か月ぶりに上昇幅が5円以内に収まった、としています。ほかに、「カレールー」は27円と市販ルーや食用油が値上げされたことが要因で、前月に続き2か月連続で上昇したものの、炊飯器での炊飯やガス調理などの「水道光熱費」の4円は変動がなかった、としています。
最後に、帝国データバンクのサイトから 「カレーライス物価」推移 (全国、月別推移) を引用すると下の通りです。

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2025年8月16日 (土)

村上投手が巨人打線を完封してマジック24

  RHE
阪  神201000000 370
読  売000000000 020

【神】村上 - 坂本
【読】井上、菊地、ケラー、船迫、宮原 - 甲斐、岸田

村上投手が巨人打線を完封してマジック24でした。
わずかに2安打、フォアボールもひとつだけの見事な完封でした。岡本選手がジャイアンツの4番に復帰しようと、長嶋茂雄さんの追悼試合であろうと、何の関係もありません。打っては、初回に森下選手の先制ツーラン、3回にも大山選手のタイムリーで、序盤にリードし、今日の村上投手には3点でも十分お釣りが来ました。
森下選手が昨夜のスリーベースから復調の兆しが見える一方で、佐藤輝選手が打てなくなった気がします。大山選手は規定打席に達してコンスタントに打ってくれています。

明日も、
がんばれタイガース!

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今週の読書はお盆休みでいろいろ読んで計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、小塩隆士『健康の社会的決定要因』(岩波書店)では、所得要因などの経済ではなく、社会的な決定要因、特に「つながり」と地域に焦点を当てて、かなり大きなサンプルを有するデータを基にした定量分析を実施しています。大湾秀雄『男女賃金格差の経済学』(日本経済新聞出版)では、先進国の中でも男女格差の是正の点でもっとも遅れた我が国の男女の賃金格差について、単に、経済学の最新の研究成果だけでなく、企業の人事部門の対応についても、いわば、コンサルタント的なアドバイスも含めています。ナオミ・ザック『民主主義』(白水社)では、古典古代のギリシアは参加型の民主主義、ローマは代表型の民主主義といった歴史から始めて、中世からルネサンス期、さらに、近代における社会契約論に加えて、市民革命からマルクス主義まで民主主義が拡大してきた議論を展開しています。長沼伸一郎『世界史の構造的理解』(PHP研究所)では、基本となっている視座は、ルソーの一般意志と全体意志を、長期的願望と短期的願望に置き換えて、短期的願望を抑えつつ長期的願望を実現させる方策を考えようとしていますが、完全に失敗していて、歴史的なイベントを恣意的に解釈することに終止しています。伊坂幸太郎『パズルと天気』(PHP研究所)は5話から構成された短編集であり、凝った伏線やその伏線回収などはそれほどでもありませんが、ファンタジーに仕上げてあったり、あるいは、とても意外な終わり方や温かみある物語だったり、伊坂幸太郎作品らしく広くオススメできます。成田悠輔『22世紀の資本主義』(文春新書)では、AIとブロックチェーンによって政府の再配分機能が市場で代替される可能性が議論されるとともに、完全情報に基づく市場ではなく個人ごとの信用や行動分析に基づく差別価格が普及して、一物一価が崩壊する可能性も示唆しています。星友啓『なぜゲームをすると頭が良くなるのか』(PHP新書)では、世間一般の常識に反して、ゲームについて肯定的な研究成果を引いて、脳科学的には、アクションゲームやシューティングゲームが海馬の活性化や増大、ワーキングメモリー・短期記憶・空間認識能力の向上などに寄与すると指摘しています。
今年の新刊書読書は1~7月に189冊を読んでレビューし、8月に入って先々週5冊、先週7冊に今週の7冊を加えて、合計で208冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。また、アンソニー・ホロヴィッツ『007 逆襲のトリガー』(角川文庫)も読んでいて、すでにいくつかのSNSでシェアしていますが、新刊書ではありませんので、本日の読書感想文には含めていません。

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まず、小塩隆士『健康の社会的決定要因』(岩波書店)を読みました。著者は、経済企画庁から一橋大学に転じたエコノミストです。はい、私も面識あったりします。本書は「一橋大学経済研究叢書 68」として出版されています。タイトル通りに日本における健康について、所得要因などの経済ではなく、社会的な決定要因に応じて定量的な分析を試みています。ただ、そうはいっても、著者自らが言及しているように、今まで山のように研究上の蓄積があるわけで、本書では社会的な決定要因のうちで、サブタイトルにあるように「『つながり』と地域」に焦点を当てて分析を進めています。まず、つながりについては、社会参加活動という観点からLavasseurらの先行研究で示された6段階の活動を上げ、大規模データを基にした定量分析を試みています。そして、地域属性については、Wilkinsonの先行研究により所得格差の大きな地域属性が平均寿命のが短かさと相関しているというのと同じ形で、個人レベルの健康が所属する社会属性と相関している点を取り上げ、これまたかなり大きなサンプルを有するデータを基にした定量分析を実施しています。とても興味ふかい結果だと私は受け止めています。しかも、社会的活動が健康によい影響を及ぼすとしても、どうやら、趣味やレジャー的な活動だけのようで、社会貢献活動はそれほど効果的ではないようだというのは、まさに、人間としての本質をついているような気がします。ただ、地域の属性の研究からは、そこまで人間としての利己的な側面が出ているわけではなく、おそらく、代理変数をもってしても計測できないような外部効果があるんだろうと私は想像しています。例えば、失業率が低いという地域属性が個人の健康によい影響を及ぼすのは、失業率が低いという事実に共感しているというよりは、治安や所得の点から経済活動が活発化するとか、そういったほかの社会的なあり方が迂回して個人の健康によい影響を及ぼしている可能性があります。また、パンデミック期に孤立していた個人が感染症に神経をとがらせていたという分析結果もあり得ることだという気がします。最後に、分析方法として、いくつかの調査でリッカート・スケールを取っているにもかかわらず、バイナリの2値変数、すなわち、「よい」か「悪い」の2値に変換して定量分析しているものがいくつか見かけました。そういった2値変換しないと統計的有意性が出ないんだろうとは思いますが、少し疑問に感じます。私が大学院生を指導した際には、リッカート・スケールを指数化して、例えば、「とてもよい」を5点、「まあよい」を4点、「普通」を3点、「少し悪い」を2点、「とても悪い」を1点、とかで数値化するような処理をさせて分析してみたことがあります。2値変換ではなく、そういった指数化はどういう結果をもたらすのかは少し気にかかります。それと、データの制約上仕方ないのかもしれませんが、主観的な健康のソフトデータと実際の入院日数や罹患率などのハードデータの関係をどう考えるかは少し悩ましいところです。また、社会的なつながりや参加とSNSの関係については発展途上の研究課題なのだろうという気がします。

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次に、大湾秀雄『男女賃金格差の経済学』(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、早稲田大学政治経済学術院教授であり、ご専門は、人事経済学、組織経済学、労働経済学だそうです。本書のテーマはタイトル通りに男女の賃金格差なのですが、日本ではジェンダー・ギャップがきわめて大きく、その意味で、先進国の中でも男女格差の是正の点でもっとも遅れた国のひとつである事実は広く認識されていることと思います。本書では、この男女の賃金格差について、単に、経済学の最新の研究成果だけでなく、企業の人事部門の対応についても、いわば、コンサルタント的なアドバイスも含められていて、その意味で、学術書よりも幅広い読者を対象に意図している印象です。私は、最初の序章の脚注がパーセントとパーセントポイントの違いを解説しているのを見て、学術書ではなく一般向けという判断を下したくらいです。ということで、冒頭で、政府が2020年7月に男女賃金差の開示義務化を発表した点に言及して、単に、男女の平均賃金だけを比較しても、実態把握や改善方策にはつながらないと指摘しています。はい、その通りで、本書では男女の属性の差、すなわち、年齢、勤続年数、学歴、などなどによって要因分解して回帰分析するミンサー型の賃金関数を紹介しています。私も、役所に勤務して官庁エコノミストをしていた時に、「ミンサー型賃金関数の推計とBlinder-Oaxaca分解による賃金格差の分析」というディスカッションペーパーを書いたことがありますし、それのは男女間の賃金格差分析も含まれていますので、そのあたりの理解は十分あるつもりです。その上で、ゴルディン教授がノーベル経済学賞を授賞された功績として、時間的な制約が厳しい、というか時間的に柔軟な働き方が難しい職種に男性の比率が高く高賃金であるという点を上げています。加えて、社会的あるいは企業におけるジェンダー・バイアスの存在、AIやアルゴリズムの活用によって増幅されかねない統計的差別の実態、女性のリスク回避度が高く、交渉や自己アピールのスキルが不足している点などを紹介しています。加えて、男性中心の「オールド・ボーイ・ネットワーク」の存在など、構造的・行動的要因が複合的に格差を生んでいる背景に注目し、かつ、各企業における男女格差解消の行動指針などを上げています。私は、本書でも指摘しているように、性別も含めた多様性の拡大が日本企業の生産性向上の大きな手段であると考えており、本書についても、エコノミストが学術的な観点から参考にするというよりは、企業の人事部門で参照されるべき内容を多く含んでいると考えています。加えて、環境への配慮は典型的にグリーン・ウォッシュでごまかされかねないのですが、男女格差については、かなり定量的に把握できる指標があり、本書でもKPIの適切な設定を解説していて、ホントに企業がヤル気になれば解決可能な課題だと思っています。環境配慮やサステイナビリティの向上と違って、おそらく、男女が不平等な方がトクをする人がいっぱい、というか、マジョリティなので進んでいないんだろうと私は考えています。はい、ひょっとしたら、私も属性的にはそのグループに入るかもしれません。

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次に、ナオミ・ザック『民主主義』(白水社)を読みました。著者は、訳者によるあとがきによれば、米国ニューヨーク市立大学リーマン校哲学教授です。ご専門は、批判的人種理論、アイデンティティ哲学、フェミニスト理論だそうです。本書は、英国オックスフォード大学の Very Short Introduction (VSI) のシリーズの1冊であり、英語の原題は Democracy: A Very Short Introduction となっていて、2023年の出版です。本書冒頭では、まず、民主主義について、抽象的な概念と具体的な構想の両方を指すと指摘し、後者の構想には多様性があるとしています。はい、ノッケから難しいです。民主主義には多様性がありますから、直接もしくは参加型民主主義と間接もしくは代表型の民主主義がありますし、連邦制か中央集権型か、はたまた、その他さまざまな違いがあります。それをまずは歴史的に概観し、古典古代のギリシアは参加型の民主主義、ローマは代表型の民主主義とし、中世からルネサンス期に市民と政府の関係が再構築されるという流れを考えています。その上で、近代における社会契約論、さらに、実際のフランス革命や米国の独立革命、加えて、マルクス主義的な社会運動を通じた進歩主義を考えて、民主主義が拡大してきたと議論しています。民主主義は投票に限定されるものではありませんが、投票の権利を見ても、近代初期には財産の制約がありましたし、そして、女性が投票権を持つのは早くても20世紀を待たねばなりませんでした。米国の民主主義とはいっても、アフリカ系米国人が参加できるようになったのは、せいぜいがここ数十年のことです。私は知り合いのアフリカ系米国人から、1960年代までバスでは白人に席を譲らねばならず、遠くてキャパも小さい有色人種向けトイレで用を足す必要があるのに、それでも生産性が低いと見なされていた不平等を嘆く親を見てきたといわれて、大いに納得した記憶があります。そして、現在は欧米にとどまらず日本でもポピュリズムの台頭、社会的分断と排外主義的傾向の広がりといった民主主義の危機的な状況が現れてきています。本書の第8章のテーマです。本書でも言及していますが、民主主義とは民主主義に反対する言説や勢力を許容するシステムであり、ワイマール共和国で民主主義からファシズムに移行したという歴史的事実もあります。本書では、そういった民主主義の危機に対して、古典古代から中世やルネサンス期を経て近代に至る歴史的な時間軸を明らかにしつつ、民主主義の理念と拡大の両方の議論を展開し、未来へのヒントを得ようと試みています。

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次に、長沼伸一郎『世界史の構造的理解』(PHP研究所)を読みました。著者は、組織には属さず仲間といっしょに研究生活を送っている、と紹介されています。本書は、物理学の観点から世界史を構造的に読み解こうと試みている、ということになっています。というか、出版社ではそう考えているようです。そして、最後の第10章のタイトルは「日本の出口はどう拓かれるか」となっていて、日本の経済社会を何らかの意味で進歩ないし前進させようという考えが垣間見えます。もしもそうだとすれば、その試みは失敗しているか、私の理解が及んでいないか、のどちらかだと思います。本書で基本となっている視座は、ルソーの一般意志と全体意志を、長期的願望と短期的願望に置き換えて、短期的願望を抑えつつ長期的願望を実現させるパスを考えることであり、どうも、イスラムはそういうことを上手にやっているように見ているフシがあります。加えて、短期的願望が大きくなりすぎるとコラプサー化が起こり、人類は快楽カプセルに閉じこもり世界史が終焉を迎える可能性も指摘しています。私の見方からすれば、まず、イスラム教については、たぶん、ラマダンの時期における断食や礼拝の回数などからストイックな印象を持って誤解を生じているような気がします。宗教的な意味でストイックな方法により経済的に成功しているのは、私はイスラムではなくユダヤだと思います。たぶん、著者はほとんどユダヤに関する情報がないのではないかと想像しています。長期的願望と短期的願望についても、アセモグル教授らが『自由の命運』でいう Power of State と Power of Society の間の Narrow Corridor「狭い回廊」的な発想なのかと思って読み進むと、どうも違うようです。歴史観としても、私は西欧的な、あるいは、マルクス主義的な一直線に進む歴史観を持っているのですが、本書の歴史観はやや東洋的な円環的あるいは循環的な歴史観に近いような印象を持ちました。でも、そこまでの歴史観はないような気もします。そして、最終章の日本に対する知的制海権とか、予備戦力とかがかなり強引に歴史的な教訓めいた文脈から導き出されますが、別の方策がいっぱいありそうな気もします。ですので、本書のタイトルになっている「構造的」という点は、むしろ、かなりご都合主義的に歴史上のイベントをつまみ食いしている印象しか残りませんでした。ただ1点だけ、コラプサー的な世界史の終末で人類が快楽カプセルに閉じこもる、というのは、光瀬龍の小説の方ではなく、萩尾望都による『百億の昼と千億の夜』のA級市民のコンパートメントのようなものだとすれば、トランス・ヒューマンの世界ではあり得るような気がします。そこだけは合意します。

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次に、伊坂幸太郎『パズルと天気』(PHP研究所)を読みました。著者は、我が国でも指折りの人気エンタメ作家です。私も多くの作品を読んでおり、ここ10年以内くらいの単行本はほとんど読んでいると思います。本書は5話から編まれた短編集であり、うち、2話は独立の作品ですが、3話は登場人物が重なっているという意味で、緩やかな連作短編とみなすことができます。収録順に、タイトルとあらすじは以下の通りです。「パズル」は、マッチングアプリで名探偵に謎解きを依頼する秀真が主人公で、そのマッチングアプリでマッチングされた相手の女性の不審な行動に考えられ得る解釈をしてもらいますが、真相はまったく別のところにありました。完全数に関する蘊蓄が数多く披露されますが、完全数を取り上げた小説はほかに『博士の愛した数式』しか私は知りません。「竹やぶバーニング」では、酒屋を継ぎながら探偵まがいの仕事も受ける松本が、何と、仙台七夕まつりの竹の中に混入してしまった「かぐや姫」を探す依頼を受け、美女を見つけ出す独特の能力「美女ビジョン」を持つ友人の竹沢とともに、仙台中でかぐや姫を探し回ります。「透明ポーラーベア」では、主人公の優樹は転勤を控えて恋人との関係がギクシャクしていましたが、動物園でのデート中に行方不明になった姉の元恋人の富樫とその婚約者に遭遇します。姉は失恋するたびに自宅を離れて出かけてしまい、時とともに長距離かつ長期間になっていったのですが、富樫との失恋で家を出たきり7年に渡って戻ってきていません。富樫らとともに動物園での花火を見ながら、優樹は姉を思い出したりします。「イヌゲンソーゴ」はイヌ3匹、飼いイヌのムサシとポチ、そして、野良のジョーが主人公なのですが、それぞれに、輪廻転生する前の前世の記憶を保持していたりします。その前世では、渋谷駅前に銅像の残るハチ公の物語だったり、あるいは、昔話の「花咲かじいさん」、「ブレーメンの音楽隊」を思い起こさせるものだったりします。「Weather」では、友人である清水の結婚式に出席した大友が主人公なのですが、結婚式前に新婦から交友関係がド派手だった清水の女性関係を調査してほしいと依頼されます。結婚式でのあらゆるものが怪しく見える中で、結婚式ラストにびっくりする展開が待っています。最後に、短編集ながら、本書はいかにも伊坂幸太郎の小説です。繰り返しになりますが、「竹やぶバーニング」と「イヌゲンソーゴ」以外の3話、すなわち、「パズル」と「透明ポーラーベア」と「Weather」は登場人物が重なるという形で緩やかな連作っぽく仕上げてあります。短編ですので、凝った伏線やその伏線回収などはそれほどでもありませんが、ファンタジーに仕上げてあったり、あるいは、とても意外な終わり方や温かみある物語だったり、私のような伊坂幸太郎のファンだけではなく、広くオススメできる小説です。

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次に、成田悠輔『22世紀の資本主義』(文春新書)を読みました。著者は、米国の大学で経済学の博士号を取っているエコノミストです。私はこの著者が邦訳した『挫折しそうなときは左折しよう』というタイトルの絵本を読んだことがあります。本書のサブタイトルの「やがてお金は絶滅する」が注目されていますが、些末な点だと私は考えています。まず、マクロ経済について重要なポイントは、生産と分配がどのように変化していくかという動向であり、本書では、資本主義が加速すると見通している点が重要であり、技術が進歩し、資本主義があらゆるものを商品化して市場が政府を代替する可能性を示唆しています。すなわち、マクロ経済では、AIとブロックチェーンによって政府の再配分機能が市場で代替される可能性です。同時に、ミクロ経済については、完全情報に基づく市場での資源配分から、ダイナミック・プライシングの活用が進み、個人ごとの信用や行動分析に基づく差別価格が普及して、一物一価が崩壊する可能性も示唆しています。ただ、バックグラウンドの生産についても大きく拡大しているハズであり、その意味では、価格が資源配分の効率性を必ずしも保証するわけではなく、むしろ、資源配分よりも売上や利潤の極大化が容易になる可能性があります。第1章と第2章の基礎的なパートは以上のような感じであり、サブタイトルの「やがてお金は絶滅する」は第3章でフォーカスされて、貨幣に変わって「アートトークン」が経済で使用され、招き猫アルゴリズムで分散的な経済が実現され、データやアクションが価値を示して、例えば、貨幣=稼ぐではなく、アクション=踊るという各個人が自分自身にとって意味のある活動となり、そういった価値観に基づく社会に移行する、という見通しをしています。なかなか、興味深い将来見通しだと思います。私は、本書の著者とは大きく違う視点で将来を考えているのですが、資本主義が突き詰められると、従来のソ連や中国のタイプではなく、マルクス主義的な先進国から移行する共産主義に近づく、と考えています。「稼ぐ」より「踊る」というのは、労働が付加価値で測られるのではなく、社会的な働きかけや影響力により評価されるわけで、その意味でも測度としての貨幣の意味は減少するだけでなく、労働の生み出す価値というものが変容する可能性が大きいと考えるべきです。近代資本主義的で制度学派が重視する所有権ではなく、アクセス権の方が重きをなす経済というのも判る気がします。いずれにせよ、『ゴータ綱領』的な社会主義・共産主義との関係が垣間見える気がするのは私だけでしょうか。

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次に、星友啓『なぜゲームをすると頭が良くなるのか』(PHP新書)を読みました。著者は、スタンフォード大学オンライン・ハイスクールの校長であり、最新の脳科学・心理学に基づいてゲームがもたらす多面的な効果を研究成果に基づきつつ示しています。通常、ゲームは認知能力にはネガな影響を及ぼし、学力低下の要因のひとつと考える向きが一般的な気がしますが、本書ではその真逆な分析結果を示しているわけです。脳科学的には、アクションゲームやシューティングゲームが海馬の活性化や増大、ワーキングメモリー・短期記憶・空間認識能力の向上などに寄与するという研究成果を示すとともに、RPGやパズル、ストラテジーなどのゲームは問題解決能力や創造性=クリエイティビティを高める効果があると指摘し、特に、マインクラフトなどのサンドボックス型ゲームは思考力や表現力を刺激するとの研究成果を引用しています。また、ゲーム一般について、適度な時間でやる限り、メンタルヘルスや人間関係、自己肯定感にも良い影響をもたらすという研究成果を示して、「やらないより、やったほうが良い」と結論しています。私自身のゲーム体験は貧困なもので、海外の大使館勤務を終えて、バブル崩壊後の1990年代なかばに帰国し、パソコンと同じように16bit機から、ゲームのハードウェアも32bit機に移行する中で、セガ・サターンを購入してゲームを楽しんでいた時期があるのですが、ハードウェアではなくソフトウェアでソニーのプレステがセガ・サターンを圧倒し、それ以降はゲームには手を出していません。スマホやタブレットのゲームもしていません。ですから、ゲームの実態にはそれほど詳しくないのですが、少なくとも一時の米国のゲームはひどいものがあったという事実は知っており、ゴン所とは違って、というか、世間一般と同じように、ゲームに関しては必ずしも肯定的には考えていません。ただ、そういった世間一般のゲームに対する評価に一石を投じる意図があるのかもしれません。もちろん、ゲーム依存的な「やりすぎ」には時間のムダを生じて、成績低下などのリスクがあるため、本書でも適切なゲーム時間や無理なく時間を減らす方法、親や教育者がどう向き合えばよいかについて科学的データに基づいた分析結果が示されています。私の総合的な本書の評価としては、本書の結論は疑わしいと受け止めています。すなわち、ゲームがいい効果を持つ可能性を示唆した結論については、「好きなことをやっているから」という面が強く作用している可能性があります。多くの中高生はゲームが好きで、その好きなことを適度にやっている、その結果としていい影響が現れている、というのに過ぎない可能性があります。ですから、ゲームの好き嫌いという2種類の中高生におけるゲームの効果を考えれば、より正確なゲームの影響を理解することができる気がします。ゲームを嫌いな中高生がゲームをした効果について、私は大きな興味を持っています。ゲームが決して好きではない人にもゲームがいい影響を及ぼしているのであれば、ホントにゲームがいい影響を持つという結論が支持されるのではないか、と思います。

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2025年8月15日 (金)

4-6月期GDP統計速報1次QEは年率+1%と予想を超える高成長

本日、内閣府から4~6月期GDP統計速報1次QEが公表されています。季節調整済みの系列で前期比+0.3%増、年率換算で+1.0%増を記録しています。プラス成長は5四半期連続です。なお、GDPデフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+3.0%、国内需要デフレータも+2.2%に達し、2年あまり9四半期連続のプラスとなっています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

4-6月期実質GDP、年率1%増 市場予想上回り5四半期連続プラス
内閣府が15日発表した4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.3%増、年率換算で1.0%増だった。過去の数値も見直しとなり、5四半期連続でプラスとなった。
QUICKが事前にまとめた民間予測の中心値は年率0.3%増だったが、これを上回った。
個人消費は前期比0.2%増となり、1~3月期と同じ伸び率になった。暑かったことで夏物の衣服が好調だった。自動車の消費も増加した。食料品ではお菓子や野菜、パン・穀物がプラスだった。価格改定の影響もありアルコールなどの飲料の消費は減少した。
設備投資は1.3%増だった。ソフトウエアの投資が目立った。公共投資は0.5%減、政府消費は横ばいだった。民間在庫は成長率を0.3ポイント押し下げた。
民間住宅は0.8%増だった。4月から住宅の省エネルギー基準が厳しくなり、新設住宅の着工戸数は法改正前の駆け込み需要の反動で4月、5月に落ち込んでいた。ただGDPでは工事の進捗状況をもとに計上するため、4~6月時点ではマイナスの影響は表れなかった。
輸出は電子部品・デバイスなどが増加に寄与し、2.0%増だった。輸入は原油や天然ガスなどが増え0.6%増だった。輸入の増加はGDPの計算上、成長率にはマイナスとなる。
前期比の実質成長率に対する寄与度をみると、内需が実質でマイナス0.1ポイントと2四半期ぶりのマイナスとなった。在庫のマイナス寄与が大きかった。外需は0.3ポイントのプラスだった。
1~3月期の実質GDPについて、見直し後は前期比0.1%増で、改定前のマイナスからプラスに転じた。基礎統計の改定を踏まえ、季節調整も更新した。これに伴いGDPは5四半期連続でプラスだった。
GDP成長率は2016年7~9月期から18年4~6月期まで8四半期連続でプラスだった。足元の5四半期連続プラス成長はそれ以来の長さとなる。
物価上昇分を含んだ25年4~6月期の名目GDPは前期比で1.3%増、年率換算で5.1%増だった。年換算の実額では過去最高の633兆3047億円だった。実質の実額は562兆9878億円でこちらも過去最高だった。

ということで、いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事なんですが、次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。なお、雇用者報酬については2種類のデフレータで実質化されていてる計数が公表されていますが、このテーブルでは「家計最終消費支出(除く持ち家の帰属家賃及びFISIM)デフレーターで実質化」されている方を取っています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2024/4-62024/7-92024/10-122025/1-32025/4-6
国内総生産GDP+0.7+0.3+0.6+0.1+0.3
民間消費+0.9+0.7+0.1+0.2+0.2
民間住宅+1.5+0.8▲0.1+1.4+0.8
民間設備+1.2+0.1+0.5+1.0+1.3
民間在庫 *(+0.1)(+0.0)(▲0.3)(+0.6)(▲0.3)
公的需要+1.3+0.1▲0.1▲0.2▲0.3
内需寄与度 *(+1.2)(+0.5)(▲0.2)(+0.9)(▲0.1)
外需(純輸出)寄与度 *(▲0.5)(▲0.2)(+0.8)(▲0.8)(+0.3)
輸出+1.1+1.3+1.9▲0.3+2.0
輸入+3.1+2.0▲1.5+2.9+0.5
国内総所得 (GDI)+1.4+0.3+0.8▲0.1+0.8
国民総所得 (GNI)+1.8+0.4+0.3+0.3+0.3
名目GDP+2.2+0.7+1.3+1.0+1.3
雇用者報酬 (実質)+1.4▲0.1+1.4▲1.5+0.8
GDPデフレータ+3.1+2.4+2.9+3.3+3.0
国内需要デフレータ+2.6+2.2+2.4+2.7+2.2

上のテーブルに加えて、いつもの需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された4~6月期の最新データでは、前期比成長率がプラス成長を示し、内需では水色の民間設備がプラス寄与し、黒の純輸出も大きなプラス寄与しているのが見て取れます。他方で、灰色の民間在庫がマイナス寄与しています。

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引用した記事にある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前期比年率で+0.3%のプラス成長であり、予想レンジの上限が+1.2%ということでしたのでレンジ内ながら、実績の年率+1.0%成長はやや上振れした印象です。ただし、引用した記事のあるように、内需のうちの消費が猛暑効果で伸びていて、設備投資も増加しているのはその通りなのですが、国内需要全体としては公的需要と民間在庫によるマイナス寄与が大きく、内需寄与度は△0.1%となっていて、純輸出=外需寄与度の+0.3%でGDP成長率としてはプラス成長を記録している点は忘れるべきではありません。すなわち、外需依存のプラス成長ということです。ただ、内需寄与度の△0.1%の中で、△0.3%は民間在庫の減少が占めていますので、在庫調整が進んでいると評価できます。
そして、季節調整していない原系列の前年同期比でGDPデフレータが+3%、国内需要デフレータも+2%超の上昇を示しており、特に、消費に関してはコメをはじめとする食料の値上がりが続いている中で、消費が堅調な伸びを示している点も印象的です。引用した記事にある猛暑効果に加えて、春闘の賃上げに支えられた雇用者報酬の堅調な伸びが消費の伸びに寄与していると考えるべきです。ただ、その猛暑も足元の7~8月には、梅雨が早く終わったこともあって、ここまでの高温が続けば、逆に外出の手控えなどから消費にマイナスの影響を及ぼしている可能性も否定できません。他方、民間設備は前期比+1.3%増、前期比年率+5.5%増ですから、現時点で詳細は不明であるとしても、引用した記事で推測されているように、ソフトウェアなどのデジタルトランスフォーメーション(DX)関連の設備投資が出始めているのであれば、将来の日本経済にとって好材料と考えられます。
最後に、プラス成長の牽引役となった輸出については、米国のトランプ関税を相殺する形で自動車の価格引下げなどを実施して輸出数量が維持されたと見るべきであり、決してサステイナブルではありません。足元の7~9月期には輸出が減少することも十分予想されます。したがって、こういった消費や輸出の動向を考慮すれば、7~9月期はマイナス成長に陥る可能性が高まったと考えるべきです。

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2025年8月14日 (木)

明日公表予定の4-6月期GDP統計速報1次QEはゼロ近傍の成長率か

必要な統計がほぼ出そろって、明日8月15日に、4~6月期GDP統計速報1次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる1次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である4~6月期ではなく、足元の7~9月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。先行き経済について言及しているシンクタンクは大和総研やみずほリサーチ&テクノロジーズなどであり、特に後者は詳細に分析していますので長々と引用してあります。いずれにせよ、1次情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
日本総研▲0.1%
(▲0.5%)
7~9月期の実質GDP成長率はプラスに転じると予想。米関税引き上げが外需の重石となるものの、日米間の関税交渉の妥結を受けて不確実性が緩和し、機械投資を中心に設備投資が持ち直しへ。インフレ圧力の緩和を受けて購買力が改善し、個人消費も増加する見込み。
大和総研+0.3%
(+1.2%)
2025年7-9月期の日本経済は、おおむね横ばいで推移すると見込んでいる。所得環境の改善などを受けて個人消費が持ち直す一方、設備投資や輸出は4-6月期まで好調だった反動などもあり、減少に転じるとみられる。
個人消費は増加するとみている。2025年春闘で前年以上の高水準の賃上げが実施されたことや物価上昇率の鈍化などにより、所得環境の改善が進むとみている。日本労働組合総連合会(連合)が7月3日に公表した第7回(最終)回答集計結果では、定期昇給相当込みの賃上げ率(加重平均)が 5.25%と、前年(5.10%)を上回った。夏季賞与の支給額も大企業を中心に前年を上回るとみられ5、消費回復を後押ししよう。
設備投資は、4-6月期まで5四半期連続で増加した反動などから伸び悩むと予想する。ただし、企業の高い投資意欲を背景に小幅な減少にとどまり、高水準を維持しよう。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(日銀短観)によると、6月調査時点での 2025 年度の設備投資計画(全規模全産業、除く土地、含むソフトウェア・研究開発)は前年度比+8.7%と、比較的高かった。
住宅投資は、3月に着工額が上振れした影響が緩やかに剥落し、減少に転じるとみている。
公共投資は、建設業における人手不足などが重しとなり、横ばい圏での推移にとどまると予想する。政府消費は、高齢化に伴う医療費増などにより増加を続けよう。
輸出は減少に転じると予想する。一部で 4-6月期の反動減が生じるとみられるほか、対米輸出では関税引き上げ分の価格転嫁の動きが広がり、輸出数量が下押しされる可能性がある。なお、トランプ関税をめぐる日米協議は7月22日(米国時間)に合意に至り、「相互関税」率がこれまでの10%から15%(既存分含む)へと引き上げられ、自動車・同部品の関税率は25%から15%(同)へと引き下げられることになった。ただし、今後もトランプ政権の意向次第で関税率が引き上げられる可能性は否定できず、医薬品や半導体などへの追加関税の導入も予想される。
トランプ関税をめぐる動向や国内外の経済活動に及ぼす影響には引き続き警戒が必要だ。
みずほリサーチ&テクノロジーズ▲0.1%
(▲0.4%)
4~6月期の日本経済は2期連続のマイナス成長となり、いわゆる「テクニカルリセッション」となる可能性が高い。
もっとも、日本経済の潜在成長率が年度ベースで精々0%台半ば程度であると考えられる点を踏まえれば、四半期ベースでこの程度の幅のマイナス成長に陥ってしまうことは「多少の振れ」で実現してしまう面もある(近年でも2023年7~9月期から2024年1~3月期にかけて3期連続のマイナス成長となっている)。確かに日本経済は力強さを欠いており、現状は停滞局面(踊り場局面)にあると筆者はみているが、仮にヘッドラインの数字が2期連続のマイナス成長となり「テクニカルリセッション」と表現される格好になるとしても、それ自体を過度に悲観視する必要はないと考えられる。
足元では5月の景気動向指数(CI一致指数)の基調判断が速報時点でこれまでの「下げ止まり」から「悪化」へと下方修正されたことが話題になったが(改訂値で再び「下げ止まり」に上方修正されたが先行きは生産の落ち込み等で再び「悪化」に下方修正される可能性がある)、過去の景気後退局面と比較してCI一致指数の落ち込み幅は小さく、現時点では景気後退までには至っていないと筆者はみている。
7~9月期の経済活動については、米国のトランプ政権による関税政策を受けた下押し影響が徐々に拡大することが見込まれる。関税コストの上昇を日本の輸出企業が輸出価格引下げで吸収し続けることは(マージン圧縮による収益への負担から)難しいとみられ、現地販売価格が徐々に上昇することに伴い、需要減が先行きの輸出数量や生産を下押しする影響も次第に拡大していく可能性が高い。好調な夏のボーナス等を受けて個人消費は緩やかな回復が続くとみられる一方、住宅投資が前述した駆け込み着工の反動減で引き続き落ち込むことがマイナスに寄与し、7~9月期は横ばいでの推移となる可能性が高いと現時点でみている。
注目された日米交渉については、日米関税交渉が相互関税15%・自動車関税12.5%(既存税率含めて15%)で合意に至ったことは意外であった。筆者は、自動車(25%)など特定品目の関税率引き下げのハードルは高く、8月から相互関税25%が適用されるとすれば日本経済は景気後退入りの可能性が高まるとみていた。今回の合意のもとで、関税による追加的な下押し影響の拡大が回避されると同時に、関税を巡る不透明感が後退したことは設備投資等にとって好材料と言ってよいだろう。特に、自動車による輸出・生産の減少は他産業への波及効果も大きいほか、自動車は春闘の賃上げ動向に与える影響も大きいため、自動車の関税率が引き下げられたことは日本経済にとっても大きな意義があるだろう。
相互関税25%・自動車関税25%が賦課された場合、米国向け輸出数量減による日本の実質GDPの下押し影響(向こう1年間)は▲0.4%程度、雇用所得や設備投資への波及も含めれば▲0.5%以上の下押し影響となることを見込んでいた(短期的には米国内で代替生産が難しい面もあること等により価格上昇がそのまま輸出数量減に直結するわけではない点、自動車産業が輸出価格を引き下げることで輸出数量への影響を緩和させている点等を試算に反映している)。この場合、日本経済は景気後退入りする可能性は十分に考えられるところであった。今回の合意により、米国向け輸出数量減による日本の実質GDPの下押し影響(向こう1年間)は▲0.2%程度、雇用所得や設備投資への波及も含めて▲0.3%程度に縮小することを見込んでいる(相互関税25%・自動車関税25%を賦課された場合と比べ、実質GDPの下押し影響は▲0.2%Pt程度緩和される格好だ)。現時点では、日本経済が景気後退入りするリスクは後退したとみている。
企業収益への影響という点では、輸出企業の採算円レート(輸出企業全体で130.1円/ドル、輸送用機器で124.7円/ドル)対比でみて足元(本稿執筆時点)のドル円相場(1ドル=149円程度)は輸出企業全体で約15%、輸送用機器で約19%の円安水準であり、関税による企業収益への影響は(業種・企業にもよるが全体としてみれば)緩和されると考えられる。製造業への打撃は避けられないにせよ、企業全体としてみれば企業収益が持ち堪えることで賃上げ気運も継続される可能性が高いと現時点でみている(来年の春闘賃上げは、2025年対比では鈍化は避けられないものの、4%台半ば以上の伸びを維持できる可能性が高いとみている)。
もっとも、関税による下押し影響自体は発生するため、7~9月期も日本経済は停滞局面(踊り場)が続くとの見方は変わらない。今回の合意も米国側にとってメリットが大きく日米間で非対称な内容であり、日本企業としても米国への輸出依存からの脱却が求められることになろう(一方、対米投資の拡大は中期的にみた国内への投資余力を削いでしまう可能性がある点には注意したい)。さらに、合意の内容自体も詳細が不明な部分が多く、日本から米国への5,500億ドル(約80兆円)の対米投資等を巡って日米の説明に食い違いが生じているように見受けられる点は懸念材料だ。仮に、日本が合意内容を履行していないとトランプ政権が判断するような場合には、関税率の引き上げが再度議論されるリスクも否定できない点には留意が必要だろう。
ニッセイ基礎研+0.2%
(+1.0%)
米国向けの輸出価格引き下げは国内企業の収益悪化をもたらしており、このことが先行きの国内需要の下押し要因となることが懸念される。収益の大幅悪化を伴う値下げを長期間続けることは難しく、すでに日本の主要自動車メーカーは米国での販売価格の引き上げに踏み切っている。米国での値上げは日本車の価格競争力の低下につながるため、今後、米国向けの輸出は数量ベースでの下押し圧力が高まる。7-9月期は輸出の落ち込みを主因としてマイナス成長となる可能性があるだろう。
第一生命経済研+0.1%
(+0.4%)
7-9月期については現時点でマイナス成長の可能性が高いと予想している。前述のとおり米国での関税引き上げの影響から輸出が下押しされる可能性が高いことが足を引っ張るだろう。また、25年4月に実施された建築基準法・省エネ法改正に伴う駆け込み需要の反動から住宅着工が足元で激減しているが、この悪影響が7-9月期に本格化することも成長率の下押しに繋がるとみられる。
伊藤忠総研+0.3%
(+1.4%)
7~9月期は、個人消費が高い賃上げの継続と円安・エネルギー高の修正による物価上昇鈍化で伸びを高めるとみられる。加えて、設備投資は先行指標が増加基調にあるため、4~6月期の反動落ち含みの前期比マイナスからプラスに転じる可能性が高い。しかしながら、いよいよトランプ関税の影響が本格化、駆け込みの反動もあり輸出は前期比でマイナスに転じよう。そのため、7~9月期の実質GDP成長率は、プラス成長は維持するものの 4~6月期の前期比年率+1%(予測値)には及ばす、減速する見通し。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+0.1%
(+0.2%)
2025年4~6月期の実質GDP成長率(1次速報値)は、前期比+0.1%(前期比年率換算+0.2%)と予想される。
明治安田総研+0.0%
(+0.2%)
日米貿易交渉が合意に至り、日本に対する相互関税や自動車関税は当初の 25%から 15%へ引き下げられることとなった。先行きの日本景気の懸念材料となっていた米国の関税政策による不確実性は低下した形だが、それでも当面輸出の下押し要因であり続けることに変わりはない。複数の日本車メーカーが米国における車両販売価格引き上げの方針を表明しており、今後は輸出数量の減少が懸念される。設備投資は、省力化投資は底堅く推移するとみるが、外需の低迷が抑制要因になることが見込まれる。個人消費については、物価上昇率が年後半にかけて鈍化することで実質賃金はプラス圏に浮上するとみているが、上昇率は限定的なものになると予想される。住宅投資は、住宅価格の高止まりと住宅ローン金利の先高観が足枷となり、軟調な推移が続くとみる。これらを踏まえると、年後半の日本景気は緩慢な回復にとどまるというのがメインシナリオである。
農中総研▲0.0%
(▲0.2%)
4~6月期のGDPについて、実質成長率は前期比▲0.0%(同年率換算▲0.2%)と、微減ながらも2期連続のマイナスと予想する。
東京財団+0.19%
(+0.75%)
米国の通商政策への懸念の影響を受けたと考えられるデータを一部に反映しマイナス成長を予測した時期もあったが、最終的には、プラス成長を予測。

見れば明らかなように、10機関取り上げたうちで、7機関がプラス成長、3機関がマイナス成長と分かれています。ただし、よく見ると、絶対との成長率で年率±1%を超えると予想しているのは2機関に過ぎず、おおむねゼロ近傍の成長率予想であるということが出来ます。そして、4~6月期の成長率をプラスと見ている場合は7~9月期はマイナス成長、逆は逆となっていて、要するに、GDP統計速報の対象期間である4~6月期だけでなく、7~9月期まで合わせてならしてもゼロ近傍の成長率、というのが私の印象です。そして、私の直感では、4~6月期が小幅のマイナス成長で、逆に、7~9月期は小幅のプラス成長、という見通しを持っています。これは、物価が徐々に沈静化していくというインフレ期待が多くの国民によって共有されているという前提です。そうではなく、先行き物価上昇がさらに拡大するという期待がドミナントであれば、反対に、4~6月期がプラス成長、7~9月期がマイナス成長と考えるのも経済合理的だという気がします。最後に、多くのエコノミストが同意するところで、先行き不透明感の最大の要因は米国のトランプ政権の政策動向です。関税政策だけでなく、首都のワシントンDCに治安維持部隊を派遣したり、あるいは、ロシアのウクライナ侵略やイスラエルのガザにおける戦闘行為への対応も含めて、きわめて不確実性が高まっていると私は考えています。ロシアのウクライナ侵攻を引き金にして石油や穀物などの商品市況が跳ね上がったように、地政学的な要因で経済が混乱する可能性も十分あります。
最後に、4~6月期のマイナス成長と7~9月期のプラス成長を予想しているという意味で、私の直感にも合致する日本総研のリポートから 実質GDP成長率 のグラフを引用すると下の通りです。

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2025年8月13日 (水)

広島に勝ってマジック26

  RHE
阪  神002000000 220
広  島000000000 053

【神】高橋、及川、石井 - 坂本
【ヤ】大瀬良、栗林、島内、森浦 - 石原、坂倉

広島に勝ってマジック26でした。
わずかに2安打、タイムリーもホームランもなく、相手エラーでもらったチャンスに犠牲フライと投手の暴投で2点を上げて、最後は石井投手がプロ野球記録の39試合連続無失点で締めてくれました。龍虎同盟がまだ健在で、中日が巨人に勝ってくれて、マジックは26まで減りました。阪神も巨人戦や横浜戦は奮闘して、中日の順位アップに貢献せねばなりません。

次の巨人戦も、
がんばれタイガース!

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4か月連続で伸びが鈍化した7月の企業物価指数(PPI)

本日、日銀から7月の企業物価 (PPI) が公表されています。統計のヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+2.6%の上昇となり、4月の+4.1%、5月の+3.3%、6月+2.9%から4か月連続で上昇率が鈍化したものの、まだ日銀物価目標の+2%を上回る高い伸びが続いています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業物価7月は+2.6%に鈍化、北米向け自動車の輸出価格-18.4%
日銀が13日に発表した7月の企業物価指数(CGPI)速報によると、国内企業物価指数は前年比2.6%上昇した。伸び率は4カ月連続で縮小。農林水産物の伸び鈍化に加え、電力・都市ガス・水道の下落が重しとなった。一方、北米向け乗用車の輸出価格(契約通貨ベース)は18.4%下落。高関税下でも輸出数量を維持するため、自動車メーカーが引き続き輸出価格を大幅に引き下げているとみられる。
国内企業物価指数はロイターがまとめた民間調査機関の予測中央値、前年比2.5%上昇を上回った。前月比では0.2%上昇だった。
農林水産物は前年比42.2%上昇で、前月の43.1%上昇を下回った。このうち、精米は74.1%上昇。引き続き高い伸びながら前月の76.6%上昇からは伸びは鈍った。
電力・都市ガス・水道は0.1%下落で、前月の3.2%上昇から前年比下落に転じた。前年対比で原油市況が下落した影響が大きい。石油・石炭製品は0.8%下落。原油市況安に加え、政府のガソリン補助金が押し下げにつながった。
日銀の担当者は企業物価指数の伸び鈍化について、制度要因やこれまで上昇をけん引してきた産品の一時的な価格上昇の反動によるところが大きく、基調が変化したわけではないとの見方を示した。
企業物価指数を構成する515品目のうち、上昇は365、下落は127。その差は238で、6月の261を下回った。
輸入物価指数(円ベース)は10.4%下落。下落は6カ月連続。

インフレ動向が注目される中で、やや長くなってしまいましたが、いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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ヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率について、引用した記事にある通り、ロイターによる市場の事前コンセンサスは+2.5%でしたし、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも同じく+2.5%でしたから、4か月連続で上昇率が鈍化したとはいえ、実績の+2.6%はホンの少しだけ上振れた印象です。ただ、これでも日銀物価目標の+2%を大きく上回っていることは事実です。上昇率が鈍化した要因も、高止まりしている要因も、ともに、農林水産物とそれに連動した飲食料品の上昇です。引き続き、コメなどが高い上昇率を示しています。ただ、引用した記事にも「政府のガソリン補助金」と言及している通り、燃料油価格定額引下げ措置が5月22日から発動され、ガソリン・軽油などが前月比で下落しています。また、対ドル為替相場は5-6月には安定的に推移していましたが、7月には+1.5%の円安となっています。私自身が詳しくないので、エネルギー価格の参考として、日本総研「原油市場展望」(2025年7月)を見ておくと、「原油価格は50ドル台後半に向けて下落する」と見込んでいますが、他方で、「中東情勢が再び緊迫化する場合、原油価格は140ドル程度まで急騰するリスクも。」と指摘しています。円ベースの輸入物価指数の前年同月比は、5月から前年同月比で2ケタの下落を続けており、5月△10.3%、6月▲12.2%、本日公表の7月も▲10.4%となっており、国内物価の上昇は政策要因も含めた国内要因による物価上昇であることは明らかです。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇率・下落率で少し詳しく見ると、まず、農林水産物は6月の+43.1%から7月も+42.2%と高止まりしています。これに伴って、飲食料品の上昇率も6月の+4.5%から7月は+4.2%と高い伸びが続いています。電力・都市ガス・水道は6月の+3.2%から、7月は▲0.1%と一転して下落に転じています。
最後に、円ベースの輸出物価の前年同月比上昇率が今年2025年4月からマイナスを続けています。すなわち、4月▲4.1%、5月▲6.4%、6月▲6.9%に続いて、7月も▲5.4%となっています。引用した記事にも「高関税下でも輸出数量を維持するため、自動車メーカーが引き続き輸出価格を大幅に引き下げているとみられる。」とあるように、米国の関税率引上げコストを企業が出荷時に吸収する形となっています。米国への輸出にはこれが出来るのに、国内出荷時には出来ないという経済合理的な理由は私には考えられません。ですから、企業収益を削減する形でのインフレ率の圧縮は可能です。しかし、物価と賃金の好循環のために好ましくないのであれば、企業収益に適切に課税することが出来るハズ、と考えるエコノミストは私だけなんでしょうか?

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郷土の代表、京都国際高校、初戦勝利おめでとう

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2025年8月12日 (火)

異常気象はマクロ経済にどのような影響を及ぼすか

先週8月5日、先進各国が加盟する経済協力開発機構(OECD)から異常気象のマクロ経済への影響について論じたワーキングペーパー "The macroeconomic implications of extreme weather events" が公表されています。もちろん、pdfの論文全文もアップロードされています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、OECDのサイトからワーキングペーパーのAbstractを引用すると下の通りです。

Abstract
Extreme weather events are increasing in frequency and intensity, yet their macroeconomic impacts remain poorly understood. This paper provides novel regional-level evidence on the economic consequences of extreme weather events across OECD countries. Using a newly constructed dataset covering over 1,600 regions in 31 countries from 2000 to 2018, we estimate both the direct and spatial spillover effects of extreme weather shocks on regional GDP, employment, and migration. We find that the most severe events reduce regional GDP by 2.2%, with losses of around 1.7% persisting after five years. Spatial spillovers are negative and economically significant: a severe disaster occurring within 100 km of a region leads to a further 0.5% decline GDP-equivalent to almost a quarter of the direct impact. Aggregated across time and countries, extreme weather shocks are associated with average annual output losses of over 0.3% of GDP in OECD countries, with spillovers accounting for approximately half of the total impact. The capacity of regions to withstand and recover from disasters also varies significantly: richer, more economically diverse and regions with greater population mobility are more resilient as well as those in countries with greater fiscal space.

今年2025年7月の日本の猛暑を持ち出すまでもなく、異常気象は頻度と強度が増していることは明らかです。OECDでは、2000年から2018年までの31か国の1,600を超える地域を対象としてデータセットを新たに構築し、異常気象のショックがGDP、雇用、移住に及ぼす影響を直接的影響と空間波及効果の両方を推計しています。詳細はワーキングペーパーを読んでいただくしかありませんが、GDPへの影響についてだけ、ワーキングペーパーから Figure 2. Severe disasters lead to a large and persistent impact on GDP in OECD regions を引用すると下の通りです。

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自然災害を引き起こした異常気象イベントから5年を経過しても、まだ、ベースラインから△1%あまりのGDPの乖離が生じています。ワーキングペーパーでは、マクロ経済のいくつかの指標として、GDP以外にも、雇用、対外的な労働者の流出、物価ないし価格水準、産業別の影響、そして、空間的な波及効果などを推計しています。雇用が波及の主要なチャンネルであると強調し、産業別では、非製造業よりも製造業でより大きな影響が生じる可能性を示唆しています。もちろん、財政への影響も試算しています。豊かで経済的に多様化していて、人口の流動性が高い地域が、高いレジリエンスを示す=richer, more economically diverse and regions with greater population mobility are more resilient と結論しています。

私は従来から、中央政府あるいは国際的なレベルで対応すべきマクロ問題と個人で対応すべき問題を切り分けて考えることが必要と感じています。コメ不足も異常気象も、個人レベルでの対応には限界があります。とくに、気候変動に起因する異常気象については、中央政府や国際機関でキチンと考えて対応すべきレベルに達している気がします。

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2025年8月11日 (月)

奨学金の返済は結婚の障害になるのか?

東洋経済オンラインのサイトで、奨学金情報サイトを運営する「ガクシー」結婚相談所「パートナーエージェント」の協力によりアンケート、奨学金と結婚・婚活に関する意識調査を実施した結果が明らかにされています。アンケート調査ですから、いくつか設問があるのですが、まず、奨学金の返済が将来の結婚に悪影響を与えると思いますか? に対する回答yのグラフを東洋経済オンラインのサイトから引用すると下の通りです。

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見れば明のらかなのですが、奨学金を借りている当事者と同じ世代である大学生・大学院生の回答は、「強く思う(30.3%)」と「ある程度思う(42.5%)」の合計が72.8%、親の世代の保護者の回答は、「強く思う(52.4%)」と「ある程度思う(34.4%)」の合計86.8%で、それぞれ、奨学金の返済が将来の結婚に否定的な影響を認める結果となっています。やや、親世代のほうが割合が高くなっています。悪影響の理由としては、「借金だから」、「相手に迷惑をかけるから」、あるいは、「向こうの親の印象が悪いから」といった意見が多数であったとしています。
従来から、義務教育ではないとはいえ、高校進学が当たり前の全入に近くなった現在、私は大学進学は貧困の連鎖からの脱出に大きな助けとなると考えてきました。公務員を定年退職して大学の教員となった現在でも、その考えに変わりはありません。しかし、奨学金を借りて大学進学することに、少なくとも結婚という人生の大きなイベントが否定的な影響を受けかねないというアンケート調査結果はショックでした。大学進学がすべての解決策にはなり得ない、ということは理解していたつもりでも、改めて思い知らされた気がします。

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2025年8月10日 (日)

この7月の猛暑は地球温暖化の影響らしい

一昨日の8月8日、極端気象アトリビューションセンター(WAC)から、2025年7月下旬の記録的高温は「地球温暖化の影響がなければ発生しなかったレベル」との分析結果が明らかにされています。まず、WACのサイトからポイントを4点引用すると以下の通りです。

  • 7月22日~30日の日本全域および、北海道などで顕著な高温となった7月18日~26日の北日本の1500m平均気温は、7月の同時期としては1950年以降で観測された第1位の高温であった。
  • 日本全域の高温イベントは、2025年の気候条件下では、約31年に1度の割合で発生し得る(約3.2%の発生確率)が、人間活動による地球温暖化の影響がなければ発生し得ないレベルだった。
  • 7月18日~26日の北日本の高温イベントは、地球温暖化の影響によって発生リスクが約34倍に高まった。
  • 2025年の海面水温などの自然変動も高温イベントの発生リスクを高め、特に北日本ではその影響がより大きい傾向にあった。

続いて、下のグラフは、WACのサイトから 気温の確率分布 を引用すると下の通りです。なお、WACのオリジナルの表現では EAの結果 となっていますが、"EA"が何の略なのか、どこにも解説がありません。まあ、研究レベルが心配になります。

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何と申しましょうかで、気候変動モデルを用いた分析ではなく、確率的な「xx年に1度」といった分析で、その上、世界的な表現として定着した気候変動=climate chenge ではなく、いまだに地球温暖化=global warming という用語を用いていることから、私は現時点での日本の研究レベルを見透かされてしまいそうな気もするのですが、まあ、その点は置くとして、やっぱり、今年2025年7月の猛暑は異常だった、ということが身にしみて理解することが出来ました。今日は雨が降って、昨日から少し気温が下がったような気もするのですが、この先の気候やいかに?

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2025年8月 9日 (土)

今週の読書は経済学の学術書をはじめ計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、岩本康志『コロナ対策の政策評価』(慶應義塾大学出版会)では、科学的根拠に基づく政策形成あるいはEBPM=Evidence-Based Policy Making の視点から、経済学の知見も踏まえつつ初期のコロナ禍の政策対応の評価を試みています。しかし、行動経済学の視点はありません。ノア・スミス『ウィーブが日本を救う』(日経BP)では、日本のアニメ・漫画をはじめとする日本文化愛好者=ウィーブの視点から、途上国の経済的特徴を備えるようになった日本は、直接投資を受け入れて輸出を志向する経済モデルを加えるには完璧な条件を備えていると指摘しています。久坂部羊『絵馬と脅迫状』(幻冬舎)は、医療や病気を主たるテーマにしたり、医者が主人公の6話の短編を収録しています。とても怪奇でホラー、というよりは、ブラックな小説です。医学界の「不都合な真実」も明らかにされていたりします。寝舟はやせ『入居条件: 隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください』(角川書店)では、貯金を母親の借金返済に使われ住まいも希望も失っていた主人公が、「今すぐ人生がどうにかなってもいい人募集中」という月給15万円の求人広告に引かれて集合住宅に住み始め、人間ではない隣人から怪談を聞くことになります。新井素子ほか『すばらしき新式食』(集英社オレンジ文庫)では、「SF×食」のテーマの短編8話を収録したアンソロジーで、よく似た結末の短編が少なくなく、工場で製造された高栄養でコンパクトな食事ではなく、古き良き時代の素材から調理した食への郷愁を誘うストーリーが目立ちます。伊勢谷武『アマテラスの暗号』上下(宝島社文庫)では、主人公を訪ねてニューヨークに来た父親がホテルで銃撃されて殺害され、謎を解くためにゴールドマン・サックスの同僚だった友人らと日本を訪ね、神社や祀られている神々の由来などから日ユ同祖論に行き当たります。
今年の新刊書読書は1~7月に189冊を読んでレビューし、8月に入って先週の5冊と今週の7冊を加えて、合計で201冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。

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まず、岩本康志『コロナ対策の政策評価』(慶應義塾大学出版会)を読みました。著者は、東京大学経済学部教授です。本書は、出版社からして、完全な学術書であると考えるべきです。すなわち、学部学生では少し読みこなすのは難しい可能性があります。2部構成となっていて、タイトル通りに、コロナ禍への政策対応について、第Ⅰ部では、科学的根拠に基づく政策形成、あるいは、EBPM=Evidence-Based Policy Making の視点から、また、第Ⅱ部では、医学や疫学ではなく経済学の視点から、それぞれ評価を試みたものです。まず、第Ⅰ部では、感染拡大の予測に用いられたSIRモデルに基づいて、北海道大学西浦教授の打ち出した「人的接触の8割削減」が過大であり、7割削減で十分という試算結果を示しています。ただし、EBPMをいう割には、8割削減と7割削減に基づく経済的帰結の差が十分に示されていない気もします。はい、この第Ⅰ部で目についたのは、北海道大学西浦教授に対する激しい批判だけだったような気もします。Ⅱ部では、経済学の視点が提供されます。医学ではマイクロな視点が主となり、マクロの視点が希薄で、数値計算によるモデルのシミュレーションも十分な蓄積ないことから経済学の視点が必要、という趣旨です。その経済学の視点から、費用対効果などを勘案してコロナ対策が過大であった可能性が示唆されています。これは、第Ⅰ部と第Ⅱ部で共通した見方といえます。もっとも、本書の結論とは逆に、医学や疫学の観点から、不確実性が大きかった中で国民の生命を守る方にバイアスを掛けた政策はむしろ望ましい、という見方もできるような気が私はしています。ただ、年齢的な分断を煽る意図はありませんが、高齢者の生命を重視して、若年層の経済的な不便や非効率を軽視したという点は確かに肯定せざるを得ません。ひょっとしたら、高齢者の方が人数も多い上に投票率も高いというシルバー・デモクラシーの影響かもしれません。いずれにせよ、次のパンデミックがあるのかないのか、あるとしてもいつなのか、についてはエコノミストである私にはまったく不明なのですが、経済学の特徴からして、マイクロな選択とともに、マクロの影響も視野にいれることができるという分析が可能です。おそらく、こういったマイクロな視点とマクロな視点を両方併せ持つのは経済学のほかは心理学くらいだと私は思います。ですので、その視点を提供しつつ必要な分析を行うのは、エコノミストの果たすべき役割のひとつかもしれません。最後に、経済学のもうひとつの視点として行動経済学、ないし、行動科学の視点がありますが、本書ではまったく無視されています。私自身は行動経済学についてはとても大きな疑問を持っていますので、コロナ対策に行動経済学を持ち込まないという本書の意図は十分すぎるほど理解できるのですが、あるいは、行動経済学についてもパンデミックの際には確率的な行動変容に役立つ、と考えるエコノミストもいそうな気がします。

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次に、ノア・スミス『ウィーブが日本を救う』(日経BP)を読みました。著者は、米国のコンテンツサイト配信プラットフォーム Substack で人気のニュースレターを配信しているエコノミストです。本書は3部構成となっていて、第Ⅰ部がウィーブ・エコノミー、第Ⅱ部が変容する日本社会、第Ⅲ部がノーベル受賞者から見た経済学の現在、をそれぞれテーマにしています。第Ⅲ部はカリフォルニア大学バークレイ校のナカムラ教授との対談が印象的でしたが、ここでは省略し、主として第Ⅰ部に重点を置いてレビューしたいと思います。まず、タイトルになっているウィーブ=Weebとは、日本のアニメ・漫画オタクを指す意味から転じて、日本文化愛好者を示しています。著者自身も日本への留学経験と勤務経験からウィーブの1人であることを自任しています。そして、日本は直接投資を受け入れて、アニメやマンガをコンテンツとしつつ、輸出を志向する経済モデルを加えるには完璧な条件を備えていると指摘しています。すなわち、世界でももっとも優れた教育制度を持ち、労働者の質と量で優位を保っています。ある意味で、労働コストが安いともいえます。すなわち、本書でも指摘しているように、ひょっとしたら、まだ先進国の一員かもしれませんが、途上国の経済的特徴を備えるようになっていると考えるべきです。社会福祉やインフラをはじめとして行政などの制度的な面では先進国の強みがある一方で、労働力は安価で豊富に存在し、キャッチアップ型の成長が可能であるということです。キャッチアップ型成長が可能という視点は、私が2005年の時点で原田泰さんとの共著論文「日本の実質経済成長率は、なぜ1970年代に屈折したのか」で主張しています。本書では、戦後日本経済は産業政策の支配下にあった大企業だけでなく、市場の中で自由に行動していた中小企業の二重構造であったと主張しています。はい、普通は生産性の高い大企業と低い中小企業という二分法を取るのですが、本書は少し違います。ただ、ホンダやソニーといった戦後中小企業で始まって、今では大企業になった、というのはその通りです。ですから、本書では今でもハイテクでありながら低コストの生産プラットフォームに成り得る高付加価値産業はたくさんあると主張しています。ただ、それはマンガやアニメのウィーブとは違うような気がしますが、そこはご愛嬌です。第Ⅱ部は軽く流しておきますが、東京の商業的密度の高さを指摘し、雑居ビルなどを象徴的に考えれば、東京は「新しいパリ」であると強調しています。そういった写真も豊富に収録しています。残りの細かい部分とⅢ部は読んでみてのお楽しみとしておきます。最後に批判点をあげておくと、本書で考察の対象となっているのはあくまで東京だけであって、日本ではありません。熊本に進出するTMSCなどへの言及もありますが、東京以外はほぼほぼ無視されていると考えてよさそうです。私は60歳の定年までキャリアの国家公務員として東京在住でしたから、ある程度は理解しますが、今の住まいや大学の所在地は関西の中でも京阪神を外れ、県庁所在市でもないわけで、日本を東京基準で見ることの難しさを実感しています。

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次に、久坂部羊『絵馬と脅迫状』(幻冬舎)を読みました。著者は、大阪大学医学部ご卒業の医師・作家です。医療や病院をテーマにした小説を私も何冊か読んだ記憶があります。本書は短編集であり、医療や病気を主たるテーマにしたり、医者が主人公の6話の短編を収録しています。5話目だけが例外です。とても怪奇でホラー、というよりはブラックな小説です。収録順にあらすじは、まず、「爪の伸びた遺体」では、主人公は病院の勤務医です。学生時代に自殺した幼馴染にそっくりな新人医師が同じ病院に勤務し始め、病院内で不可解な事件や事故、あるいは、死亡事案が発生します。ラストはちょっとびっくりでした。「闇の論文」では地方大学医学部の研究者が主人公です。主人公の指導のもとで若手研究者ががんの生検の危険性に関する研究成果をまとめ、学内の反対意見を押し切ってジャーナルに投稿しますが、採択には至らず、逆に、医学界の不都合な事実が発覚します。「悪いのはわたしか」では、著名な精神科医で新聞の人生相談を担当したり、メディアへの露出も多い女性医師が主人公です。本書のタイトル後半の脅迫状が送りつけられて来て、「二度と人前に出られなくしてやる」と脅されます。本書のタイトル前半の「絵馬」では、神頼みの宗教を信ずることなく、科学的な医学を信条とする病院勤務医が、同じ病院の医師が近くの神社に奉納した絵馬を落として割ってしまい、得意としていた医療処置に失敗したりし始めます。「貢献の病」では、落ち目になり始めたエンタメ作家の秘書が主人公です。主人公が秘書をしている作家は文部科学省出身で、社会的貢献や文学的名声を重視するのですが、自身の文学作品のコミック化に続くアニメ化の際の3次著作権をめぐって出版社や別の大物作家とトラブルに巻き込まれます。「リアル若返りの泉」では、すでに小学校教員を定年退職した60代後半の男性が主人公です。ある日、突然髪の毛が増え始め、髪の毛以外にも肉体的に若返りし始め、メディアで取り上げられて、ちょっとした有名人=時の人として名が売れて、収入もアップしたりしますが、妻と離婚してしまいます。

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次に、寝舟はやせ『入居条件: 隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください』(角川書店)を読みました。著者についてはよく判りませんが、小説投稿サイト・カクヨム発の人気ホラー小説『入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください』を執筆していて、それが書籍化されています。主人公と視点を提供しているのは、最後の方のいくつかのパートを除いてタカヒロという20歳の男性ということになっています。貯金を母親の借金返済に充てられて、住まいも希望も失っていたところ、「今すぐ人生がどうにかなってもいい人募集中」という求人広告、しかも、住んで隣人と仲良くするだけで月給15万円という好条件に引かれて、10階建て集合住宅の7階702号室に住み始めます。過去には23人もの人間が脱落したという部屋だそうです。「隣に住んでいる友人」は701号室です。ただし、ほかにも、タカヒロはコンビニでのアルバイトも週何度かしています。このあたりは、村田沙耶香の芥川賞受賞作の前から一般的なアルバイトとして見なされているような気がします。一応、お給料をもらうわけですから採用の面談があり、雇用主の弟の神藤光基という30代半ばの男性が現れて、思いとどまるようさとされますが、結局、採用です。本来の雇用主は彼の兄・伊乃平なのですが、神藤伊乃平はこの小説には弟の神藤光基を通じた間接的な登場しかしません。タカヒロの住んでいる集合住宅は、1階から4階までが短期入居者に貸し出されていて、まあ、これはフツーの短期アパートと同じです。5階は電気回線の具合から電気が通じておらず、貸していないハズなのですが、人の気配がしたりします。もちろん、エレベーターも挙動不審なのですが、6階を通る際にはタカヒロは階段は使わないようにしています。そして、7階はタカヒロとその隣人のほかにも居住者がいます。701号室のタカヒロのお隣さんは、「明らかに人間ではない」わけで、タカヒロはベランダに出てお互いに姿を十分確認することなく、ついたて越しに隣人から怪談を聞く、というストーリーです。最後に、一般的な評価としては、「怖すぎないホラー」ということになっているようで、それはその通りです。また、コンビニでのアルバイトもこなしているという意味で通常の生活を送っている主人公の日常生活が、7階の別の居住者との交流などで、徐々に侵食されてゆきます。まあ、別世界に入り込むような違和感があります。繰り返しになりますが、思いっきり怖いホラーで、夜中におトイレに行けなくなるようなことはないと思います。

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次に、新井素子ほか『すばらしき新式食』(集英社オレンジ文庫)を読みました。著者は、エンタメ作家が多いように受け止めています。8話の短編から成るアンソロジーであり、タイトル通りに、食、食事、料理、などに関するSF短編を収録しています。出版社では「SF×食」といっています。短編ごとのあらすじは収録順に以下の通りです。まず、深緑野分「石のスープ」は、主人公の博士が煮るだけで栄養満点だがまずいスープが永遠に作れる石を発明し、上層部は食糧節約のため全住民に配給するのですが、味はまずいですし、ほかにも落とし穴がありました。続いて、竹岡葉月「E.ルイスがいた頃」は、タイトルにあるエディ・ルイスの孫のミカエラが主人公です。ミカエラは月面都市で工業的に作られた食品ばかりを食べて育ったのですが、離婚中の両親により地球に住む祖父ルイスのもとで一時的に過ごすよう送られ、初めて「土で育った野菜」を食べる体験を味わいます。続いて、青木祐子「最後の日には肉を食べたい」は、ステーキ店で働く村瀬美宇が主人公です。美宇の脳内には肉を愛し、肉を介して寄生主を替える寄生種族**のルカが共存していて、ある日、美宇に声をかけた客の佐野孝明とのやりとりから、ルカが孝明に移ることになります。奇妙な寄生関係の中で人間らしさや最後の食をテーマにしています。辻村七子「妖精人はピクニックの夢を見る」では、32歳の会社員である磐土仁が主人公です。代用食が当たり前になった一方で、新型ウイルス感染者は隔離されるのが日常化した世界で、主人公が感染者として隔離され、薬を服用しているうちに主人公の背中に羽が生えて妖精になってしまいます。続いて、椹野道流「おいしい囚人飯」では、古のマーキス島に召喚された現代人の西條遊馬が主人公です。現代の法医学の知識で王室に重宝されますが、ある日、地下牢で囚人体験のツアーの観光客に提供する囚人飯について、国王ロデリックとその弟の宰相フランシスから開発を依頼されます。須賀しのぶ「しあわせのパン」では、かつては流刑地であったヴィチノの国のパン工場で働くヒューです。ヴィチノでは人々が食べるのはしあわせのパンだけで、これにより全員が心身ともに健やかに暮らしているという理想郷となっています。しかしある日、クーデターが起こります。人間六度「敗北の味」の主人公は狙撃手のマレットです。舞台は、給仕ロボット「ウエイツ」が人類に離反してから400年が経過した未来であり、狙撃手のマレットはウエイツを狙撃する任務で遺跡に足を運び、コンパクトな高栄養食である「電池」ではなく、失われた料理を振る舞うウエイツに出会います。ウエイツという機械が守る「料理の記憶」と、人間が忘れつつある味への郷愁が交差します。最後に、新井素子「切り株のあちらに」の主人公はゆたかです。遠い未来、主流人類は少子化が進む地球から惑星間移民船でネオ・ジャパンへ移住しますが、他方、泡沫移民は飢餓に直面し、主流移民との交流もない中で、主流移民に主人公のゆたかは命を救われます。少子化や移民、食の不均衡など現代的ないくつかの課題を追求しています。最後に、「SF×食」という形で、二重の縛りをかけた短編のアンソロジーですので、よく似た結末の小説が少なくなかった気がします。すなわち、画一的な工場で製造されるコンパクトで高栄養な食事に対して、古き良き時代の食材から調理した食事への郷愁です。その意味で、「E.ルイスがいた頃」や「敗北の味」が記憶に残ります。

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次に、伊勢谷武『アマテラスの暗号』上下(宝島社文庫)を読みました。著者は、ゴールドマン・サックスのデリバティブ・トレーダーを経て、1996年に投資家情報関連の会社を設立して代表取締役だそうです。2019年3月にAmazon Kindleで発表した本作が話題を呼び、2020年10月に単行本として出版され、今年になって上下巻として文庫化されています。私はその文庫本を読みました。本書は、基本的に、日ユ同祖論を強く暗示しています。要するに、日本人とユダヤ人が同じルーツを持っているのではないか、という説で、それを宗教的あるいは祭祀的、はたまた、神社や歴史の系譜をたどって考えようとしています。特に、我が国古典古代の渡来人である秦氏がユダヤ人であるとする説を展開しています。まあ、義経は平泉で死んだのではなく、海を渡ってチンギス・ハーンとして世界を征服した、というのと似た面があります。ですので、歴史書ではなく、あくまでフィクションの小説として読むことを忘れるべきではないと考えます。ストーリーはそれほど複雑でもなく、主人公は日本人の父とイタリア系米国人の母を持ちニューヨーク在住で、ゴールドマン・サックスのトレーダーをしていたケンシ=賢司リチャーディーです。その主人公を訪ねてきた父親がニューヨークのホテルで銃撃されて殺害されたと警察から知らされます。父親は京都府北部にある籠神社の第82代宮司であり、その神社は伊勢神宮の主祭神であるアマテラスと豊受大神が発祥した地とされて両神が祀られていて、「海部氏系図」という日本最長の家系図が発見された歴史的拠点だという設定です。父親の死の謎を解くため、主人公はゴールドマン・サックスの同僚であった3人と日本を訪ねます。その元同僚の3人が、全員男ながら、バラエティ豊か、というか、何というか、日本語ができるユダヤ人、オカルト好きの中国人、そして、ムスリムです。主人公を加えて4人で日本を訪れ、日本にいる元恋人などの助力を得つつ、関係する土地を探訪します。歴史ミステリといえますが、写真や挿絵などが豊富に収録されていて、それはそれで楽しめる読者がいそうな気がします。

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2025年8月 8日 (金)

基調判断が上方改定された7月の景気ウォッチャーと1兆円を超える黒字を計上した6月の経常収支

本日、内閣府から7月の景気ウォッチャーが、また、財務省から6月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から+0.2ポイント上昇の45.2、先行き判断DIも+1.4ポイント上昇の47.3を記録しています。経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+1兆3482億円の黒字を計上しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから引用すると以下の通りです。

街角景気、7月は関税合意で上昇継続 ウオッチャーの見方引き上げ
内閣府が8日に発表した7月の景気ウオッチャー調査で、現状判断DIは45.2となり、3カ月連続の前月比プラスとなった。ウオッチャーの見方は「景気は、持ち直しの動きが見られる」に引き上げられた。引き上げは昨年8月以来。関税を巡る日米交渉が合意に達したことで不透明感が後退したとする声や、物価高が続く中でも消費者の値上げへの耐性が増しているとのコメントが出ている。
調査期間は7月25日から31日。日米関税交渉の妥結が発表された7月23日の直後に当たる。
現状判断DIのトレンドを見極める上で重視している3カ月移動平均は44.9で前月比プラス0.9ポイント。半年ぶりにプラスとなり、ウオッチャーの見方を引き上げる要因となった。
指数を構成する3部門では、家計動向関連が前月から0.4ポイント上昇して44.8と1月以来の高水準。一方、企業動向関連は0.1ポイント、雇用関連は0.4ポイントそれぞれ低下した。
家計動向関連では「客は物価高に慣れてきている様子で、スーパーやドラッグストアでも値上げが常態化しているため、高単価の商品でも抵抗なく購入する人が増えている」(北陸=コンビニ)、企業動向関連では「米国の関税問題が一段落し、若干ではあるが先行きの見通しが立つようになっている」(北陸=一般機械器具製造業)といったコメントが出ていた。
2-3カ月先の景気の先行きに対する判断DIは、前月から1.4ポイント上昇の47.3で1月以来の高水準。3カ月連続で前月を上回った。内閣府は先行きについて「価格上昇や米国の通商政策の影響を懸念しつつも、持ち直しの動きが続くとみられる」とまとめた。
家計動向関連では「物価高騰による旅行代金の値上げもあるが、旅行やイベントへの参加申し込みは順調に増えている」(東海=旅行代理店)、企業動向関連では「米国による自動車の関税問題が決着したため、今後の計画が立てやすくなり、荷動きも良くなる」(近畿=金属製品製造業)とのコメントが出ていた。
雇用関連でも関税合意の好影響を指摘する声があり、「米国による関税が15%に落ち着き、先送りになっていた案件が決まり始める」(近畿=人材派遣会社)とのコメントがあった。先行き判断DIのうち、雇用関連は前月比3.2ポイント上昇の50.2と、昨年11月以来の高水準となった。
経常収支、6月は1兆3482億円の黒字 予想をやや下回る
財務省が8日発表した国際収支状況(速報)によると、6月の経常収支は1兆3482億円の黒字だった。第二次所得収支の赤字拡大で、前年同月から黒字幅を縮小した。黒字幅は、ロイターの事前予測(1兆4800億円の黒字)を小幅に下回った。
経常収支のうち、貿易・サービス収支は3154億円の黒字だった。サービス収支の赤字縮小で前年同月比で黒字幅を広げた。貿易収支は輸出入とも減少した。
稼ぎ頭の第一次所得収支は1兆5007億円の黒字となった。ただ、前年同月との比較では黒字幅を縮小した。
一方、2025年6月までの暦年上期の経常収支は14兆5988億円と、前年上期に比べて1兆円余り黒字が積み上がった。

長くなりましたが、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気ウォッチャーのグラフは下の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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景気ウォッチャーの現状判断DIは、最近では4月統計で前月から大きく▲2.5ポイント低下して42.6となった後、5月統計で反発して+1.8ポイント上昇の44.4、6月統計でも+0.6ポイント上昇の45.0、そして、本日公表の7月統計ではさらに+0.2ポイント上昇して45.2を記録しています。先行き判断DIも同様に上昇を見せており、7月統計は前月から+1.4ポイント上昇の47.3となっています。7月統計の季節調整済みの現状判断DIをより詳しく前月差で見ると、家計動向関連のうちの住宅関連が+2.9ポイント、サービス関連が+1.3ポイント、飲食関連が+0.3ポイント、それぞれ上昇した一方で、小売関連だけが▲0.4ポイント低下しています。小売関連については基本的には物価上昇、特に食料の価格高騰の影響が家計関連のマインドに出ていると考えられます。企業関連では、製造業が前月から+1.9ポイント上昇した一方で、非製造業は▲1.5ポイントの低下を見せていますから、引用した記事にもあるように、調査時期から類推して、米国の関税政策の動向も影響している可能性が十分あります。中でも、コメ価格の高騰が大きな影響を及ぼしていると私は考えています。統計作成官庁である内閣府では、基調判断を「景気は、このところ回復に弱さがみられる。」から、「景気は、持ち直しの動きがみられる。」と、先月から明確に1ノッチ上方修正しています。国際面での米国の通商政策とともに、国内では価格上昇の懸念は大いに残っていて、今後の動向が懸念されるところです。景気判断理由の概要について、引用した記事にもいくつかありますが、内閣府の調査結果の中から、家計動向関連に着目すると、小売関連では「猛暑のため、接触冷感等機能のある夏物の売行きが好調である(九州=衣料品専門店)。」といった猛暑効果を上げた意見があったりしました。ただし、もう8月に入って、これだけ猛暑が続くと、逆に外出することを控えることにもなりかねず、猛暑が景気に悪影響を及ぼす可能性も否定できません。

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続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。引用した記事にもあるように、ロイターによる市場の事前コンセンサスは1兆4800億円の黒字でしたし、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、ほぼほぼ同じ水準の見込みでしたので、実績の+1.4兆円弱の黒字はやや下振れた印象です。季節調整していない原系列の統計では、引用した記事にもあるように、貿易・サービス収支が+3154億円の黒字を計上しています。ただし、私が注目している季節調整済みの系列に着目すると、2024年11-12月に2023年10月以来の黒字を計上した後、今年に入って、2025年1月から6月まで赤字に戻っています。ただ、直近でデータが利用可能な6月統計では速報段階ながら▲70百万円と極めて小幅な赤字にとどまっています。さらに、引用した記事にもある通り、日本の経常収支は第1次所得収支が巨大な黒字を計上していますので、貿易・サービス収支が赤字であっても経常収支が赤字となることはほぼほぼ考えられません。はい。トランプ関税によって貿易収支の赤字が拡大したとしても、第1次所得収支で十分カバーできると考えるべきです。ですので、経常収支にせよ、貿易収支・サービスにせよ、たとえ赤字であっても何ら悲観する必要はありません。エネルギーや資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常収支や貿易収支が赤字であっても何の問題もない、逆に、経常黒字が大きくても特段めでたいわけでもない、と私は考えています。ただ、米国の関税政策の影響でやたらと変動幅が大きくなるのは避けた方がいいのは事実です。

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2025年8月 7日 (木)

「下げ止まり」で基調判断が据え置かれた6月の景気動向指数

本日、内閣府から6月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から+1.3ポイント上昇の106.1を示し、CI一致指数も+0.8ポイント上昇の116.8を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。

景気一致指数6月は0.8ポイント上昇、2カ月ぶりプラス 半導体生産増で
内閣府が7日公表した6月の景気動向指数(速報値、2020年=100)は、足元の景気を示す一致指数が前月比0.8ポイント上昇し116.8となった。2カ月ぶりの上昇。半導体メモリの好調で輸出数量指数や鉱工業生産指数がけん引した。
一致指数を構成する鉱工業生産指数は、半導体メモリの生産増が寄与した。投資財出荷指数は半導体製造装置が好調だった。小売販売額もプラスだった。
<基調判断「下げ止まり」で据え置き、中小企業見通し悪化>
一致指数から一定の算出方式で決める基調判断は「下げ止まりを示している」で据え置いた。5月の基調判断は速報段階で「悪化」だったが、毎月勤労統計を反映して改定値で「下げ止まり」に上方修正していた。
先行指数は前月比1.3ポイント上昇の106.1で、2カ月連続で上昇した。規制強化の駆け込み需要からの反動減が一服した新設住宅着工床面積や、消費者態度指数の改善が寄与した。自動車部品の在庫増や、自動車・電機メーカーのマインド悪化で、鉱工業生産用在庫率指数や中小企業売上見通しは、指数を下押しした。

いつもながら、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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6月統計のCI一致指数は、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、前月から+0.7ポイントの上昇が見込まれていましたので、実績の+0.8ポイントの上昇は予想のレンジ内とはいえ、やや上振れた印象です。また、3か月後方移動平均は4か月ぶりの上昇で前月から0.34ポイント上昇し、7か月後方移動平均も前月から+0.23ポイント上昇し、11か月連続の上昇となっています。統計作成官庁である内閣府による基調判断は、先月5月統計から「下げ止まり」に下方修正されましたが、今月6月統計でも「下げ止まり」に据え置かれています。私は従来から、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そう簡単には日本経済が景気後退局面に入ることはないと考えていて、それはそれで正しいと今でも変わりありませんが、米国経済に関する前提が崩れつつある印象で、米国経済が年内にリセッションに入る可能性はかなり高まってきており、日本経済も前後して景気後退に陥る可能性が十分あると考えています。理由は、ほかのエコノミストとたぶん同じでトランプ政権が乱発している関税政策です。米国経済において関税率引上げはインフレの加速と消費者心理の悪化の両面から消費を大きく押し下げる効果が強いと考えています。加えて、日本経済はすでに景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありませんし、多くのエコノミストが円高を展望して待ち望んでいる金融引締めの経済へ影響は明らかに景気下押しであり、引き続き、注視する必要があるのは当然です。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、輸出数量指数が+0.49ポイントの寄与ともっとも大きく、次いで、生産指数(鉱工業)が+0.27ポイント、投資財出荷指数(除輸送機械)が+0.26ポイント、商業販売額(卸売業)(前年同月比)が+0.26ポイントなどが上昇した一方で、有効求人倍率(除学卒)が▲0.38ポイント、鉱工業用生産財出荷指数が▲0.19ポイント、耐久消費財出荷指数が▲0.18ポイント、などが下降の方向で寄与しています。ついでに、前月差+1.3ポイントと上昇したCI先行指数の上げ要因も数字を上げておくと、新設住宅着工床面積が+0.81ポイント、消費者態度指数が+0.66ポイント、マネーストック(M2)(前年同月比)が+0.35ポイントなどとなっています。

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2025年8月 6日 (水)

「経済財政白書」第3章 変化するグローバル経済と我が国企業部門の課題

先週7月29日に内閣府から「経済財政白書」2025年版が公表されています。昨日に続いて、「経済財政白書」第3章 変化するグローバル経済と我が国企業部門の課題を簡単に見ておきたいと思います。ただし、かなり荒っぽくしか読んでいませんので、「経済財政白書」2025年版に直接当たることを強くオススメしておきます。
まず、グローバル経済との関わりにおける変化と課題については、主要な工業製品の個別の比較優位を推計し、RSCA指数から我が国は家電・情報通信機器では競争力が低下した一方で、自動車や自動車部品、半導体製造装置や建機・工作機械で引き続き比較優位を維持しているとの分析を示しています。下のグラフの通りです。ただし、米国の高関税政策や保護主義の強化が、世界経済の不確実性を高め、日本の輸出環境を直撃していることも事実です。さらに、中国やアセアン諸国、インドなどの台頭で、従来のグローバルバリューチェーン(GVC)が再構築を迫られており、日本はGVCの中間・終点での参加度が上昇しており、基幹部品など中間財を他国に供給する構造から、生産コストが低い他国に中間財の生産拠点を移管し、それら国々で生産された中間投入財を用いて、さらなる財・サービスの生産を行う構造に変化しつつある、と強調しています。
我が国企業行動の長期的変化については、企業の売上高利益率が改善し過去最高水準になり、そのため、1990年代後半以降恒常的に資金余剰が続いており、他の先進国企業とは大きく異なる企業体質になっています。さらに、今後、資本投資や研究開発を進めることにより、DX・GXへの対応を進めることが重要、と強調しています。
最後に、下のグラフは 第3-1-8図 主要個別品目のRSCA指数 を引用しています。

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2025年8月 5日 (火)

「経済財政白書」第2章 賃金上昇の持続性と個人消費の回復に向けて

先週7月29日に内閣府から「経済財政白書」2025年版が公表されています。昨日に続いて、「経済財政白書」第2章 賃金上昇の持続性と個人消費の回復に向けてを簡単に見ておきたいと思います。ただし、かなり荒っぽくしか読んでいませんので、「経済財政白書」2025年版に直接当たることを強くオススメしておきます。
第2章では、個人消費の力強い回復と、物価上昇を上回る賃金上昇の定着に向けた課題と政策を分析しています。まず、個人消費については、名目所得の伸びに比べて消費の回復が弱く、実感される購買力回復には時間がかかっている現状を指摘しています。この背景には物価上昇があり、特に、高齢者ほど適応的期待形成を通じて予想物価上昇率が高まりやすい状況にあることに加え、予想物価の上昇が異時点間の代替効果を通じて消費を押し上げるメカニズムが働きにくい、典型的には耐久財の購入にこれが現れている、と指摘しています。下に引用するグラフの通りです。高齢化が進む日本では、こういった高齢者の消費行動も重要です。
続いて、現時点では名目賃金が安定的に物価上昇を上回る状況には至っていない、と指摘し、「物価上昇を上回る賃上げ」を起点にするため、中小・小規模事業者の賃上げを促進し、適切な価格転嫁や生産性向上、経営基盤を強化する事業承継やM&Aを後押しするなど、あらゆる施策を総動員する必要がある、と指摘しています。
さらに、労働市場の長期トレンドと課題を整理し、待遇改善を通じた転職促進、特に、非正規で働く者が正規雇用に転換できるよう政策支援を進める重要性、スポットワークや副業兼業の普及、そしてデジタル化・労務管理柔軟化を通じた働き方の多様化と流動性向上といった方向性が示されています。それと併せて、地域間格差の是正や人材不足業種への対応といった点が今後の重要課題として上げられています。
総じて第2章では、消費回復と持続的な賃金上昇が経済の好循環を生む鍵と位置づけられ、そのため、中小企業・地域経済・労働政策を支える政策対応の重要性を強調しています。
最後に、下のグラフは 第2-1-17図 予想物価上昇率と耐久財の購入 を引用しています。

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2025年8月 4日 (月)

「経済財政白書」第1章 日本経済の動向と課題

先週7月29日に内閣府から「経済財政白書」2025年版が公表されています。今日は、「経済財政白書」第1章 日本経済の動向と課題を簡単に見ておきたいと思います。ただし、かなり荒っぽくしか読んでいませんので、「経済財政白書」2025年版に直接当たることを強くオススメしておきます。
第1章では、2025年半ばまでのマクロ経済の現状と、今後の課題を多角的に分析しています。まず、輸出と製造業を中心に支えられた過去の景気回復局面と比較し、今回の回復は異質であることを強調しています。具体的には、コロナ禍からの景気回復局面であることも相まって、サービス消費がけん引しています。価格についてもサービス価格が相対的に財価格よりも上昇している点を国際比較で確認しています。最後のグラフの通りです。ただ、米国による2025年4月の関税引き上げが、日本の輸出・企業収益・価格転嫁環境に対して直接的・間接的なマイナス影響を及ぼしており、最大のリスク要因のひとつと考えるべき旨が指摘されています。
名目GDPは初めて600兆円を突破し、2024年春季の賃上げ率も1980年代以来の水準に達しました。 しかし、可処分所得等から推計される理論値よりも個人消費の回復は緩やかにとどまっています。物価上昇下での慎重姿勢や所得分配の偏りの存在があると分析されています。
さらに、賃金と物価の好循環が始まりつつある一方で、その定着には構造的な条件整備や制度的対応が不可欠であると指摘しています。企業の価格転嫁は商品交代を進めて低価格を維持するのではなく、ある意味で、素直な価格転嫁する傾向が強まっているなど、物価認識の変化を分析しています。財政の分析については省略しますが、この第1章全体を通して、日本経済はデフレ時の「コストカット型」から脱デフレに対応した「賃上げ・投資主導型の成長型」への大転換の局面にあると分析されており、ただし、その実現には米国関税政策などの外部リスクと国内構造課題を同時に克服する必要があることを強調しています。
最後に、下のグラフは 第1-2-10図 財とサービスの物価上昇率 (日米欧での比較) を引用しています。

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2025年8月 3日 (日)

夏の甲子園高校野球の組合せが決まる

第107回全国高校野球選手権大会、夏の甲子園高校野球の組合せが決定しました。下の画像は朝日新聞のサイトから引用しています。

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我が郷土の代表である京都国際高校は、昨春の選抜高校野球で優勝した健大高崎高校と対戦です。地元の綾羽高校は高知中央高校とぶつかります。


暑さに負けずに
がんばれ高校球児

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統計が気に入らないと担当局長が解雇される?

広く報じられているように、先週金曜日の8月2日に公表された米国雇用統計に関して、トランプ米国大統領は労働省のエリカ・マッケンターファー労働統計局長を解雇しています。USA Todayのサイトからニュースの最初のパラだけを引用すると以下の通りです。

President Trump orders firing of Labor statistics chief after weak jobs report
President Donald Trump said he ordered the firing of Erika McEntarfer, the U.S. commissioner of Labor Statistics, accusing her without evidence of manipulating data for "political purposes" after the Labor Department reported the U.S. added a disappointing 73,000 jobs in July.

ひどい話です。統計が気に入らないからといって、行政のトップである大統領や首相が統計担当局長や課長をアッサリと解雇できるという制度に驚かざるを得ません。そして、その制度を悪用して実際に解雇する行政トップの行動にはもっと驚きます。私がもっとも恐れるのは、そういう行政トップの意向を忖度して統計が歪められ不適切な政策につながることです。したがって、もっとも大きな被害を受けるのは、解雇される担当局長・課長ではなく、国民であることを忘れるべきではありません。
私は総務省統計局の家計調査担当課長として2年9か月にわたって統計結果を記者発表し、たぶん、総理大臣官邸のお気に召さない結果もあっただろうと思うのですが、何とか無事に60歳の定年まで勤め上げました。すでに定年退職した身としては、日本の行政府が米国のように劣化しないことを願うばかりです。
最後に、エリカ・マッケンターファー労働統計局長 Dr. Erika McEntarfer, Commissioner の紹介を掲載している米国労働省のサイトは下の通りです。そのうちに、削除されるのでしょうから、ご興味ある向きは早めにチェックすることをオススメします。

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2025年8月 2日 (土)

今週の読書はボリューム豊かな本が多くて計5冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ジョセフ E. スティグリッツ『スティグリッツ 資本主義と自由』(東洋経済)では、新自由主義を強く批判し、オオカミの自由よりもヒツジの命を守る重要性強調しており、無制限の自由では格差と不公正を招くことになるので、政府の積極的な役割を認め、進歩的な資本主義を目指す重要性を主張しています。島田荘司『伊根の龍神』(原書房)は、石岡が京都府北部の伊根に龍神が出現したという噂を元に、スェーデンにいる御手洗潔の反対を振り切って、女子大生の藤浪麗羅に誘われて現地に赴きますが、自衛隊が出動しており、失踪事件などの不可解な事態が連鎖的に起こります。宮部みゆき『気の毒ばたらき』(PHP研究所)は、2話から成り、「気の毒ばたらき」では主人公の北一が亡き親分の文庫屋の放火事件の謎解きを試み、「化け物屋敷」では28年前の貸本屋を営む治兵衛の妻のおとよの失踪・殺人事件の再捜査を始めます。青山美智子ほか『もの語る一手』(講談社)は、将棋小説の短編集のアンソロジーなのですが、単に将棋そのものではなく、タイトルの「一手」の方を象徴しているような決断も同時に重要なテーマとしている短編もあります。8話から成っています。松岡圭祐『令和中野学校』(角川文庫)は、東大受験に失敗した高校3年生の燈田華南が、諜工員=スパイ要員を養成する特別施設である令和中野学校にスカウトされ、東京都内の異臭騒動、インフラの整備不良による道路陥没、飲酒運転による交通事故、闇バイトによる犯罪の多発など、学校の仲間とともに諜工員活動を展開します。
今年の新刊書読書は1~7月に189冊を読んでレビューし、8月に入って今週の5冊を加えて、合計で194冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。なお、これら4冊のほかに、星新一『午後の恐竜』(新潮文庫)とイアン・フレミング『007カジノ・ロワイヤル』(創元推理文庫)も読んで、すでにSNSにポストしていますが、新刊書ではないと考えられますので、本日の読書感想文には含めていません。

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まず、ジョセフ E. スティグリッツ『スティグリッツ 資本主義と自由』(東洋経済)を読みました。著者は、ノーベル賞経済学者であるとともに、世銀のチーフエコノミストなどの実践的な活動にも熱心です。本書の英語の原題は The Road to Freedom であり、2024年の出版です。一応、私は英語の原書も購入して研究室に置いてあります。邦訳書がありますので、通読することはないと思うものの、論文を書く際などに英語で引用する必要があり、手元に置いています。本書は注を含めると500ページ超の大作です。冒頭でアイザイア・バーリンの有名な箴言「オオカミにとっての自由は、往々にしてヒツジにとっての死を意味する」Freedom for the wolves has often meant death of the sheep. を引用し、誰の、また、何のための自由かを強く読者に意識させるところから始めています。その上で、現在の米国が建国時の理想からかなり離れてしまい、経済面での深刻な格差の拡大、政治面での腐敗、あるいは、大企業の余りに巨大なパワーにより、自由な市場が失われたにもかかわらず、1980年代からの新自由主義により歪められた形での「自由」の拡大を憂慮しています。すなわち、自由市場と経済的自由、さらに、経済的自由と政治的自由を意図的に混同していると指摘しています。例として、1941年のルーズベルト大統領の一般教書演説の4つの自由として、言論や表現の自由、宗教の自由、不足からの自由、恐怖からの自由を上げています。その上で、ハイエクやフリードマンといった新自由主義のイデオローグ、すなわち、規制や束縛のない市場を批判しています。加えて、研究者としてのノーベル賞の貢献に上げられている情報の非対称性、あるいは、外部経済などの議論を展開して、古典的な意味での市場の効率性に対して疑問を投げかけ、進歩的資本主義、あるいは、再生された社会民主主義を提唱しています。すなわち、政府の積極的な役割を認め、格差の是正や社会的な包摂を進め、独占や巨大企業への民主的な規制の拡大を必要な措置として考えているように見えます。特に、政府の役割は決定的に重要で、社会政策、医療・年金をはじめとする社会福祉政策だけでなく、教育はもちろん、環境政策やインフラ整備なども含めた政府の役割の見直しの必要性を論じています。さらに、かなり難しいのですが、市場の失敗がなくても市場の効率性は疑問であると主張しています。私はこれに賛成で、少なくとも市場の効率性とはきわめて短期の現象でしかありえず、気候変動問題などを見ていると化石燃料をはじめとするカーボンの価格付けに市場は明らかに失敗していると考えるエコノミストは私だけではないと思います。いずれにせよ、1980年代の英国サッチャー内閣や米国レーガン政権などの新自由主義政策から、政府は非効率的であり、市場に従う民間企業こそ効率的、というイデオローグは日本では今世紀初頭の小泉内閣のころにピークに達し、おそらく、アベノミクスまで継続していました。経済の面から日本を考え直す本になって欲しいと思います。年末のベスト経済書では、私は本書を推したいと考えています。

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次に、島田荘司『伊根の龍神』(原書房)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、綾辻行人や法月綸太郎のデビューにも関わった重鎮です。本作はこの作者による御手洗潔シリーズの書下ろし最新刊です。450ページを超える大作です。しかしながら、このシリーズの前作である『ローズマリーのあまき香り』を私も読んだのですが、かなり出来が悪くてノックスの十戒に合致しない作品だという印象を持ちましたので、本作もやや躊躇していたのですが、まあ、腹をくくって図書館で借りました。視点を提供するのは御手洗潔のワトソン役である石岡和己です。スウェーデンのウプサラ大学にいる御手洗潔からは「命を落す」とまで強く止められたにもかかわらず、「大学院」という喫茶店で知り合い、UMA研究会に所属している女子大生の藤浪麗羅に誘われてホームグラウンドの横浜馬車街からタイトルにある京都府北部の伊根に出かけます。船宿の民宿に宿泊して、これまた、タイトルにある「龍神」、あるいは、それ以外のUMAを探し始めます。そして、中盤からは伝説の龍神やUMAを探す冒険談が一転して国際的な陰謀や現代社会の深い闇と結びついた壮大なスケールのストーリーに発展します。最後には、御手洗潔が安楽椅子探偵として、様々な謎、すなわち、龍神によって屋根に乗せられた車、怪物の目撃情報、船乗りが経験した奇妙な出来事、住民などの失踪といった不可解な謎を一気に解き明かします。何といってもミステリの謎解きですから、そのあたりは読んでみてのお楽しみです。御手洗潔の本領発揮の場面なのですが、『アトポス』で最後に白馬に乗って松崎レオナを助けにやって来る御手洗潔を彷彿とさせる場面もあります。最後に、前作の『ローズマリーのあまき香り』ほどひどくはありませんが、ミステリとしての出来はイマイチといわざるを得ません。ハッキリいって、現代的な時事ネタを取り入れているのは悪くない気もしますが、お話としてはつまらないと感じるのは私だけではないと思います。私のようなヒマ人でこの作者の御手洗潔シリーズが好きな読者は押さえておきたいところですが、世の中にはもっと面白いミステリはいっぱいあります。御手洗潔が日本に帰国する伏線っぽい部分は見かけましたが、次回作か、その次あたりで御手洗潔を帰国させて、このシリーズも終幕する、というのも一案ではないかと思います。

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次に、宮部みゆき『気の毒ばたらき』(PHP研究所)を読みました。著者は、日本を代表する売れっ子のミステリ作家の1人です。本書は「きたきた捕物帳」の最新刊シリーズ第3作です。500ページ近い大作で、十分に長編といっていいボリュームの2話から成っています。第1話の「気の毒ばたらき」は、主人公北一の育ての親でフグ毒により急死した千吉親分の跡を継いだ万作・おたま夫婦の文庫屋が放火による火事に見舞われます。放火犯は長年千吉親分の女中をしていたお染めが疑われますが、水死体で発見されます。他方で、焼け出された人々の仮住まいでは窃盗事件が起こります。北一と喜多次が捜査に乗り出します。第2話の「化け物屋敷」では、28年前におきた貸本屋を営む治兵衛の妻のおとよの失踪・殺人事件の再捜査を北一が始めます。「おでこ」の記録や各方面の協力を得つつ、北一と喜多次が、表紙画像に見られる野良犬2匹を使って真相解明に挑みます。いくつか、謎解きの本筋とは関係のないうんちくを披露すると、前作で、千吉親分の未亡人のおかみさんにつかえる女中のおみつの恋仲の相手が第1話で登場します。青果問屋の番頭を務める松吉郎で、おみつと結婚しても冬木町のおかみさんの家に住むという段取りまで紹介されます。もうひとつは、第2話で、明示的には登場しませんが、『桜ほうさら』の古橋笙之介に言及があります。すなわち、末三じいさんが治兵衛の妻殺しの一件に関して、治兵衛と深いかかわりのあった浪人が闇討ちにあって死んでしまった一件に言及しますが、この浪人は北一の部屋の前の住人である古橋笙之介その人です。ただし、末三じいさんがいうように、古橋笙之介は死んでしまったのではなく、大怪我を負ったものの死んではおらず、長屋の差配である富勘の計らいにより名前と住まいを変えて生きています。でも、そこまでの言及はありません。今のところ、このシリーズに登場する侍は岡っ引きに手形を与えた八丁堀のお役人、沢井蓮太郎と先代の蓮十郎、さらに、検視役の栗山周五郎のほかは、欅屋敷の用人である青海新兵衛くらいで、基本的に深川の町人・庶民の物語なのですが、名を変えた古橋笙之介もそのうちに登場する可能性が残されていると私は考えています。

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次に、青山美智子ほか『もの語る一手』(講談社)を読みました。著者は、多くはエンタメ作家です。基本的に、表紙画像に見るように将棋小説の短編集のアンソロジーなのですが、単に将棋そのものではなく、タイトルの「一手」の方を象徴しているような決断も同時に重要なテーマとしている短編もあります。収録されていうのは作者とともに収録順に、青山美智子「授かり物」は、藤井聡太を思わせるような20歳の天才棋士と同じ誕生日に生まれ、それにしては、ごく普通に育った息子の利樹を持つ母の芳枝を主人公に、息子から東京へ出て漫画家を目指すと告げられたことで、母は自身の価値観や家族観を揺さぶられます。葉真中顕「マルチンゲールの罠」では、将棋道場に通う少年を巡る物語であり、作者自身も語り手となって、「天才」とされる少年を道場から排除するように頼まれながら、毎回引分けに持ち込まれた過去を回想します。白井智之「誰も読めない」は、名人戦5局目の初日を終えた挑戦者の千代倉が夕刻の休憩中に突如拉致され、「ある殺人事件の犯人を見つけてほしい」と依頼されるミステリです。ミステリとしてはとてもいい出来だと思います。橋本長道「なれなかった人」は、かつてもっとも失敗に終わった中学生棋士だった青柳と、当時、その青柳に蹴落とされた相手だった主人公が、30年の時を経て対局が実現します。私自身はこの作品がもっとも好きでした。貴志祐介「王手馬取り」は、結婚式で将棋に深く関係する両家の父親がそろわず、家族に深い謎を抱える井上家なのですが、その謎を解決しようと関与するのは、かつて賭け将棋の真剣師を自称していた老人であり、棋譜に隠された王手馬取りの一手とともに、両家の父親が欠席した理由をはじめとして家族の秘密を解き明かすサスペンスです。芦沢央「おまえレベルの話はしてない(大島)」は、奨励会員の息子を持つ男性が、自己破産申請の際にも息子を巻き込まないよう腐心しつつも、主人公の担当弁護士大島は自身も元奨励会員の経験から深く理解している一方で、その息子の意外な行動から親子と弁護士の関係に将棋的な駆引きが表れる心理ドラマです。綾崎隼「女の戰い」は、女性奨励会員として将棋界で孤高に立つ倉科朱莉を巡るストーリーであり、厳しい男性優位の世界で差別や期待を背負いながら成長を模索する姿が描かれます。なぜか旧漢字にしてあるタイトルが示すように、戦いとしての将棋と、その裏側にある精神的決断、葛藤、そして自らを貫く強さがテーマとなっています。奥泉光「桂跳ね」は、この短編集で唯一の時代小説っぽい仕上がりで、主人公の菅原香帆は現代の高校生で日記を通じて語られるのですが、今でいう郵便将棋の江戸時代版である通信による将棋の棋譜をして語らせています。タイトル通りに、桂跳ねという一手に込められた友人の悲壮な決意が印象的です。

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次に、松岡圭祐『令和中野学校』(角川文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家ですが、まるで覆面作家のように正体は明らかにされていません。あらすじは、以下の通りです。すなわち、主人公の燈田華南は高校3年生の最後に東大受験に失敗します。その帰り道で静かな住宅に押し入ろうとする強盗4人組に遭遇します。住人の高齢者を助けるべく強盗を阻止しようとするも、鋭いナイフを見て固まり絶体絶命となってしまいます。その時、チェスターコートの細身の男が現れて強盗を撃退してしまいます。そして、華南に対してタイトルとなっている令和中野学校へのスカウトが告げられます。その学校は諜工員=スパイ要員を養成する特別施設であり、椿施設長がトップとなっています。ということで、ミステリの要素もありますので、後は読んでみてのお楽しみとします。全体として、時事ネタがキワモノ的にならない範囲で取り込まれています。すなわち、東京都内の異臭騒動、インフラの整備不良による道路陥没、飲酒運転による交通事故、闇バイトによる犯罪の多発、自動車盗難とヤードでの解体などなど、といった社会問題や犯罪問題です。さらに、何と世界的な関心事である台湾有事などの多彩な社会問題た国際問題が次々と登場し、胡散臭いキワモノ趣味的、あるいは、荒唐無稽なフィクションを突き抜けて読ませる展開となっています。最後に、それほどの強いつながりではありませんが、この作者の同じ出版社からの『タイガー田中』と『続タイガー田中』にビミョーにリンクしています。決して、読み逃しないように。

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2025年8月 1日 (金)

悪化の兆しを見せる7月の米国雇用統計と米国金融政策の行方

日本時間の今夜、米国労働省から7月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は、6月統計の+14千人増から6月統計では+73千人増とやや加速し、失業率は5月の4.1%から+0.1%ポイント上昇して4.2%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事をコンパクトに4パラ引用だけすると以下の通りです。

July jobs report reveals employers added 73,000 jobs; unemployment rises
U.S. employers added a disappointing 73,000 jobs in July as payroll growth slowed amid President Donald Trump's sweeping import tariffs, intensifying immigration crackdown and massive federal layoffs.
Even more concerning: Job gains for May and June were revised down by a whopping 258,000, portraying a much weaker labor market than believed in late spring and early summer and raising the odds the Federal Reserve will cut interest rates in September.
The unemployment rate rose from 4.1% to 4.2%, the Labor Department said Friday.
Before the report was released, economists had estimated that 105,000 jobs were added in July.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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米国の雇用は非農業部門雇用者の増加については、直近月の7月統計だけではなく、5-6月統計も注目を集めました。すなわち、5月統計では+144千人増から+19千人増に、6月統計でも+147千人増から+14千人増に、それぞれ大きく下方修正されました。さらに、引用した記事の最後の4パラ目にあるように、Bloombergによる市場の事前コンセンサスでは7月は+105千人増と予想されていただけに、これまた、引用した記事でも"disappointing"という形容詞を付けており、米国雇用は悪化の兆しを見せています。ついでながら、失業率もわずかに上昇しています。引用した記事では、"President Donald Trump's sweeping import tariffs, intensifying immigration crackdown and massive federal layoffs"を3大要因として上げています。
7月30日に公表された連邦公開市場委員会(FOMC)のステートメントでは、2票の金融緩和を目指した反対票があったのですが、多数決で政策金利水準の据置きが決定されました。しかし、この雇用統計を受けて、2年もの国際価格が上昇し、金利が低下を見せています。次回9月17日からのFOMCでは追加利下げが決定されるとの見通しが有力となり、外国為替市場では円高が進んでいるようです。

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6月の雇用統計は改善から悪化に向かう転換点かも

本日、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が公表されています。いずれも6月の統計です。統計のヘッドラインは、失業率は前月から横ばいで2.5%、有効求人倍率は▲0.02ポイント悪化して1.22倍を、それぞれ記録しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

6月の有効求人倍率1.22倍、2カ月連続で低下 失業率は2.5%
厚生労働省が1日発表した6月の有効求人倍率(季節調整値)は1.22倍と、前月から0.02ポイント低下した。2カ月連続の低下となった。卸売業・小売業での求人減が響いた。
総務省が同日発表した6月の完全失業率(季節調整値)は2.5%だった。前月と同じだった。
有効求人倍率は全国のハローワークで職を探す人について、1人あたり何件の求人があるかを示す。有効求人数は1.2%減った。有効求職者数は0.4%増だった。
厚労省の担当者は「物価高で新たな収入を求める人もいる一方で、今後の経済情勢の不安感と賃金上昇の期待感から転職を控える動きもある」とみる。
景気の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月と比べて2.5%減った。産業別では卸売業・小売業が11.7%減と最もマイナス幅が大きかった。生活関連サービス業・娯楽業も9.1%減った。
情報通信業は5.2%増となった。大手ECサイトの運営事業者が新たな拠点開設に伴って営業スタッフなどを募集したことが押し上げた。

的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、雇用統計のグラフは下の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、失業率が2.5%有効求人倍率は1.25倍でしたし、ロイターの記事でもまったく同じで、失業率は2.5%、有効求人倍率は1.25倍が見込まれていました。本日公表された実績で、失業率が2.5%、有効求人倍率が1.22倍、というのは、市場の事前コンセンサスに比べると、有効求人倍率についてはやや下振れした印象です。しかも、日経・QUICKではレンジ下限が1.22でしたので、まさに、有効求人倍率については予想の下限でした。いずれにせよ、人口減少局面下の人手不足が背景にありながらも、いつまでも雇用の改善が続くわけではないと考えるべきです。ただ、現在の雇用改善鈍化の状態は、従来のように一気に悪化する景気後退局面とは異なるように見えます。従来の景気後退局面での雇用の経験則では、正のフィードバックを持って雇用は一気に悪化するのですが、まだ、徐々に悪化している段階であるように見え、この先に急速な悪化に見舞われる景気後退局面が待っている可能性は十分あるものの、まだ、景気の踊り場にあってさらなる改善がないわけではない、という感じかと思います。7月29日に公表されたばかりの「経済財政白書」2025年版でも指摘されているように、従来は輸出や生産が景気回復の出発点となっていましたが、現在の景気拡大における消費の動向は少し違って見えます。さまざまな要因によって景気循環が変容した可能性もゼロではありません。来週は、少し「経済財政白書」を取り上げたいと予定しています。

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