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2025年9月30日 (火)

2か月連続の減産となった鉱工業生産指数(IIP)と42か月ぶりの前年比マイナスに転じた商業販売統計

本日は月末閣議日ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が、それぞれ公表されています。いずれも8月の統計です。IIPのヘッドラインとなる生産指数は季節調整済みの系列で前月から▲1.62%の減産でした。2か月連続の減産となります。商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比▲1.1%減:の12兆6830億円を示し、季節調整済み指数も前月から▲1.1%の低下となっています。まず、ロイターのサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

鉱工業生産8月は1.2%低下、PCや建材減産で2カ月連続マイナス
経済産業省が30日発表した8月鉱工業生産指数速報は前月比1.2%低下した。ノートパソコンや建材需要減が響き2カ月連続のマイナス。生産の基調判断は「一進一退」で据え置いた。
ロイターの事前予測調査では同0.8%低下と予想されており、これを下回った。
企業の生産計画に基づく予測指数は9月が前月比4.1%上昇、10月が同1.2%上昇だった。
生産を下押しした主な業種は電気・情報通信機械工業や金属製品、無機・有機化学など。品目別ではノートパソコン(30.1%減)や外部記憶装置(35.1%減)などの減産が響いた。米マイクロソフト(MSFT.O)の基本ソフト「ウィンドウズ10」のサポート終了に伴う買い替え需要の反動が影響した可能性がある。
このほかフェノールが48.3%減、アルミサッシなどのアルミニウム製建具は13.4%減、鉄骨・軽量鉄骨12.7%減だった。
一方、航空機用発動部品は前月比46.4%増、自動車工業6.5%増、電子部品・デバイス32.8%増だった。米国の「トランプ関税」などの影響で「8月の自動車輸出は低下方向だったが、生産と輸出にはタイムラグがある」としている。
小売販売、8月は予想外の前年比1.1%減 42カ月ぶりマイナス
経産省が30日公表した8月の商業動態統計速報によると、小売販売額は前年比1.1%減の12兆6830億円で、2022年2月以来42カ月ぶりのマイナスとなった。自動車や通信販売、ガソリンの販売減が下押しした。ロイターの事前予測調査では1.0%増が予想されていた。
業種別では自動車が前年比7.9%減、ガソリン価格の下落が影響した燃料が同7.2%減。インターネット通販などの無店舗小売りは7.3%減となったが、「原因は特定できていない」(経産省)という。
一方、家電などの機械器具、ドラッグストアなどの医薬品、織物・衣服は前年比プラスだった。
業態別では、スーパーが前年比3.6%増、百貨店2.4%増、コンビニ3.3%増、家電大型専門店5.4%増だった。ドラッグストアも、コメなどの食品や調剤医薬品が伸び3.3%増。ホームセンターは3.5%減だった。

ふたつの統計をまとめて取り上げましたので、とてつもなく長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事には、ロイターによる事前予測調査として▲0.8%の減産が言及されていますが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、まったく同様に▲0.8%の減産が予想されていました。いずれにせよ、実績である▲1.2%減は市場予想からやや下振れした印象です。ただし、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスのレンジ下限が▲1.5%でしたので、大きなサプライズというわけではありませんでした。ですので、だからかどうかは不明ながら、統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、「一進一退」で据え置いています。昨年2024年7月から1年余り連続で据え置かれています。先行きについては記事にもある通り、製造工業生産予測指数を見ると、足下の9月は補正なしで+4.1%の増産、翌10月も+1.2%の増産となっています。上方バイアスを除去した補正後では、9月の生産は+2.3%の増産と試算されています。
経済産業省の解説サイトによれば、8月統計における生産は、減産方向に寄与したのが、電気・情報通信機械工業が前月比▲5.7%減で△0.48%の寄与度、金属製品工業が▲7.8%減で▲0.33%の寄与度、無機・有機化学工業が▲5.2%減で△0.22%の寄与度、などとなっています。他方、増産方向に寄与したのは輸送機械工業(除、自動車工業)が前月比+20.0%増で+0.51%の寄与度、自動車工業が+2.5%増で+0.31%の寄与度、電子部品・デバイス工業が+0.4%増で+0.02%の寄与度、などとなっています。次に取り上げる商業販売統計とともに、引用した記事にあるように、Windows10のサポート終了に伴う減産が目立っている印象です。いくぶんなりとも、先月の反動があるんでしょうね。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない原系列の小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。小売業販売のヘッドラインは季節調整していない原系列の前年同月比で見るのがエコノミストの間での慣例なのですが、見れば明らかな通り、伸び率はとうとう▲1.1%と42か月ぶりのマイナスを記録しています。しかも、というか、何というか、すでに停滞感が明らかとなっていた季節調整済みの系列でも、本日公表の8月統計では猛暑による外出手控えなどの気候の効果があると考えられるものの、▲1.1%減のマイナスとなりました。引用した記事にある通り、伸びているのは家電などの機械器具、医薬品、織物・衣服となっており、これらは前年比プラスです。ただ、統計作成官庁である経済産業省では基調判断について、季節調整済み指数の後方3か月移動平均により機械的に判断していて、本日公表の8月統計までの3か月後方移動平均の前月比が▲0.6%の低下となりましたので、5月統計で下方修正した「一進一退」のまま据え置いています。加えて、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、8月統計ではヘッドライン上昇率が+2.7%、生鮮食品を除く総合のコアCPI上昇率でも同じく+2.7%となっていますので、前年同月比マイナスだった8月統計の実質消費はマイナスであることがほぼほぼ確実と考えるべきです。さらに考慮しておくべき点は、国内需要ではなく海外からのインバウンド観光客により、部分的なりとも小売業販売額の伸びが支えられている可能性です。このインバウンド消費を考え合わせると、国内消費の実態は本日の統計に示された小売業販売額のマイナス以上のマイナスとなっている可能性は考慮しておかねばなりません。

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2025年9月29日 (月)

明後日10月1日公表予定の日銀短観予想

明後日10月1日の公表を控えて、各シンクタンクから9月調査の日銀短観予想が出そろっています。いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、ネット上でオープンに公開されているリポートに限って、大企業製造業/非製造業の業況判断DIと全規模全産業の設備投資計画を取りまとめると下のテーブルの通りです。設備投資計画は今年度2025年度です。ただ、全規模全産業の設備投資計画の予想を出していないシンクタンクについては、適宜代替の予想を取っています。ヘッドラインは私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しましたが、可能な範囲で、先行き経済動向に注目しました。短観では先行きの業況判断なども調査していますが、より詳細な情報にご興味ある向きは左側の機関名にリンクを張ってあります。リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開くか、ダウンロード出来ると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちに Acrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名大企業製造業
大企業非製造業
<設備投資計画>
ヘッドライン
6月調査 (最近)+13
+34
<+6.7>
n.a.
日本総研+15
+35
<+6.9%>
先行き(12月調査)は、全規模・全産業で9月調査から▲2%ポイントの悪化を予想。製造業では、引き続きエネルギー安が素材業種の景況感を押し上げるものの、年末にかけて世界景気の減速が明確化するなか、輸出が多い加工業種を中心に景況感が弱含む見通し。
非製造業の景況感も小幅悪化する見通し。インフレ率の低下による家計の購買力改善が全体を押し上げるものの、今秋以降の最低賃金の引き上げなどに伴う人件費の増大が、中小の対面サービス業を中心に景況感を下押しする見込み。
大和総研+15
+32
<+7.5%>
大企業製造業では、「自動車」の業況判断DI(先行き)が低下するとみている。米国の対日自動車関税率は15%で決着したが、今後は関税負担の販売価格への転嫁に伴う米国向け輸出の減少や自動車部品の価格上昇といった要因で収益環境が悪化することへの警戒感が強まっているとみられる。
大企業非製造業については、「不動産」の業況判断DI(先行き)の低下を予想するほか、人件費高騰などを背景に「運輸・郵便」の業況判断DI(先行き)が低下するとみている。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+14
+34
<+7.7%>
大企業・製造業の業況判断DIの先行きは、2ポイントの悪化を予測する。前述のとおりトランプ関税の影響が国内の生産活動に一部影響を与え始めている可能性も否定できず、こうした影響が一段と顕在化するリスクが相応に高い。国内に目を転じてみても、足元生産増に寄与しているPCやエアコンなどは一時的な押し上げ要因であり、先行きについては反動減が見込まれる。 大企業・非製造業の業況判断DIの先行きは5ポイントの悪化を予測する。景気下振れ懸念がある状況では、企業は先行き慎重姿勢を維持する傾向がある。食料インフレの継続が個人消費の重石となることが懸念されるほか、関税影響が完全に払拭されたわけではない足元の状況を踏まえると、今回調査においても同様のパターンを予想するが、悪化幅は比較的小さいとみている。輸入物価の低下に伴うCPIの上昇ペース鈍化などを受け、実質賃金が徐々に改善することにより先行きの個人消費は緩やかながらも回復するとみられるほか、インバウンド消費は高水準での推移が続く公算が大きく、景況感を下支えする見込みだ。
ニッセイ基礎研+15
+32
<+7.2%>
先行きの景況感も総じて悪化が示されると予想。製造業では、引き下げられたとはいえ、高関税が続くことでその影響の広がりが懸念されるうえ、予測困難なトランプ政権の動向への警戒感が燻るだろう。非製造業では、長引く物価高による消費の腰折れや各種コストの増加、人手不足への懸念が反映されると見ている。
第一生命経済研+15
+35
<大企業製造業14.0%>
10月1日に発表される日銀短観では、大企業・製造業の業況判断DIが改善すると予想する。前回6月調査は13の「良い」超だったのが、9月は15へと前回比+2ポイントの改善が見込まれる。
三菱総研+14
+34
<+7.1%>
先行きの業況判断DI(大企業)は、製造業+12%ポイント(9月調査「最近」から▲2%ポイント低下)、非製造業は+31%ポイント(同▲3%ポイント低下)を予測する。製造業では今後関税影響が本格化し、輸出企業の収益を下押しすることが予想される。非製造業は、物価高の長期化やトランプ関税の国内経済への波及などに対する懸念が下押し要因となるほか、先行きに対して相対的に慎重な見方を示す傾向を織り込んだ。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+15
+33
<大企業全産業+11.7%>
大企業製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査から2ポイント改善の15と予測する。日米関税交渉の合意を受けて過度な警戒感が後退し、自動車等の加工業種を中心に業況感は改善しよう。一方、先行きは、トランプ関税による悪影響の本格化等がリスク要因として意識され、業況判断DI(先行き)は3ポイント悪化の12と慎重な見通しとなる可能性がある。
明治安田総研+14
+32
<+7.6%>
先行きDIについては、大企業・製造業が2ポイント悪化の+12、中小企業・製造業も2ポイント悪化の0と予想する。日米関税交渉は合意に至ったものの、交渉前と比べれば依然として高い関税が課されており、その影響は今後徐々に顕在化することが予想されている。加えて、関税政策を起因とした米国内の物価上昇が米国景気の下振れリスクを高め、海外経済へも波及する可能性があるとの警戒感から、先行きの業況判断は慎重な見方が示されるとみる。
農林中金総研+13
+33
<7.5%>
先行きに関して、製造業はトランプ関税による悪影響は今後強まると予想されるだろう。非製造業については物価沈静化による消費持ち直しが業績や景況を下支えするものの、人件費増が業績圧迫につながることへの警戒もあるほか、人手不足が深刻な業種では業務を順調にこなせないことへの不安も根強いとみられる。以上から、製造業では大企業が11、中小企業が▲3と、今回予測からいずれも▲2ポイントと予想する。非製造業では大企業が27、中小企業が9と、今回予測からそれぞれ▲6ポイント、▲4ポイントと予想する。

見れば明らかな通り、6月調査から設備投資計画こそ上方改定されると見込まれるものの、景況感については横ばい圏内で推移し、先行きは業況判断DIは低下すると見込まれています。大きな要因は米国のトランプ関税です。自動車の対米関税率15%が決着し、企業マインド、特に、製造業のマインドは安定すると考えられますが、決着したとはいえ、以前に比べて関税率はかなり高い水準となるわけですので、先行き業況感は低下する、という予想です。もっともらしく見えます。ただ、回答基準日は9月10日だと何かの報道で見ましたので、というかそもそも、自民党の総裁≅内閣総理大臣が未定なわけで、マクロ経済政策だけでなく、政策動向が政治空白のために大きな不透明感が残っているのも事実です。こういった場合、私のような大学教員は「不明」とか、「不透明」の一言で済ませてしまいますが、人ごととはいえ、ビジネス界のエコノミストはタイヘンなんだろうと想像しています。
下の画像は、三菱総研のリポートから引用しています。

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2025年9月28日 (日)

夏休みが終わる

先週から秋学期が始まっています。夏休みが終わったわけです。
何とか、年1本だけ夏休みに書いている論文も出来上がって。今週から本格的に授業も始まります。私の勤務する立命館大学経済学部は基準コマ数があって、定年前、というか、何というか、通常の場合は週5コマとなっているのですが、私のような665歳の定年を過ぎた特任教授は週4コマです。ただ、この秋学期の私の受持ちは6コマもあって、うち2コマは京都の衣笠キャンパスに出向かねばなりません。ずっと英語による修士論文の指導も続いています。私のような官庁エコノミスト出身で大学院には通ったこともない学卒の教員に修士論文指導を任せようというのは大胆な方針だと思うのですが、
ただし、この秋学期の楽しみは1年生の授業を担当できることです。「経済財政白書」を読む授業を考えています。他の学部では1年生の受講生も含まれている授業をやっているような気がしますが、経済学部の1年生を対象にした授業は5年ぶりです。来年度は、大学院の修士論文指導もさることながら、1年生の授業を春学期から担当したいと希望しています。

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日本総研「東京圏に住む大卒以上の元大企業OB・OGのキャリアに関するアンケート調査」

旧聞に属するトピックながら、9月16日に日本総研から「東京圏に住む大卒以上の元大企業OB・OGのキャリアに関するアンケート調査」の結果が明らかにされています。私はもう東京圏を離れて5年ほどになるのですが、よく似た境遇にあるかもしれないと思って、ただ1点「何歳まで働きたいか」だけ興味ありましたので、簡単に取り上げておきたいと思います。

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調査結果のリポートから、そのものズバリの質問「1.8 何歳まで働きたいか」に対する回答結果のグラフを引用すると上の通りです。論評はしませんが、私は再就職のために公務員を60歳で定年退職した後、郷里の関西に戻って大学教員になって、70歳までしか働きたくありません。70歳で仕事をやめて引退したいと思っています。「生涯現役社会」なんて、まっぴらごめんです。

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2025年9月27日 (土)

今週の読書は経済書のほか計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ダニエル・サスキンド『Growth』(みすず書房)は、サブタイトルにあるように、『「脱」でも「親」でもない新成長論』として、いわば第3の道を考えていますが、私が読んだ印象からいうと、脱成長と成長加速を足して2で割ったようで、ややあいまいな結論だったようです。武田淳『コーヒー2050年問題』(東京書籍)では、2050年には気候変動による気温上昇と降雨量の変化のため適作地が半減し、熱帯的気圧の大型化をはじめとする異常気象、さらに、病害虫などの被害により、コーヒー生産が大きく減少して、将来、コーヒー不足に陥る可能性があると指摘しています。笛吹太郎『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』と『コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く』(東京創元社)は、アシモフ『黒後家蜘蛛の会』シリーズのように、カフェに集まった仲間やゲストが持ち込んだ謎を、カフェのマスターが安楽椅子探偵として解き明かします。河野龍太郎・唐鎌大輔『世界経済の死角』(幻冬舎新書)は日本経済と世界経済について、きわめて幅広いトピックについて対談形式で分析を試みており、アベノミクスの否定的な評価などはうなずけるものが多々ありますが、きわめて多岐に渡るトピックだけに分析が表面的な気もします。太田肇『日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったか』(集英社新書)は、絶対君主型・官僚制型・伝統墨守型に分類した日本型組織の崩壊について、共同体的な受容と自治が重要であるにもかかわらず、自治が崩壊して物いわぬ共同体になったと指摘し、新しい組織形態と参加のあり方を考えています。なお、笛吹太郎『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』(東京創元社)は2021年刊で新刊書ではないのですが、続編の『コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く』とセットでレビューに含めています。
今年2025年の新刊書読書は1~8月に214冊を読んでレビューし、9月に入って先週までの17冊と今週の6冊を加えると合計で237冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。

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まず、ダニエル・サスキンド『Growth』(みすず書房)を読みました。著者は、ロンドン大学キングス・カレッジ研究教授であるとともに、オクスフォード大学AI倫理研究所シニア研究員やスタンフォード大学デジタル経済研究所デジタル・フェローも務めています。ご専門はテクノロジーの社会へのインパクト、とりわけ、AIの及ぼす影響だそうです。本書のサブタイトルは『「脱」でも「親」でもない新成長論』となっていますが、私が読んだ結論からいうと、脱成長と成長加速を足して2で割ったようで、ややあいまいな結論だったように受け止めました。本書は5部構成となっていて、第Ⅰ部では、産業革命前のいわゆる中世の時代はほとんど成長は見られず、人類が生存水準ギリギリで生き残ってきたと主張しています。はい、それはその通りだと思います。本書では、この長期の経済停滞を long stagnation と名付けています。第Ⅱ部では、GDP統計の成り立ち、すなわち、戦争遂行の観点からケインズ卿がマクロ経済を計測して、どれだけの戦費を調達できるかを考え、戦後の米国でクズネッツ教授がGDP統計を確立した、という歴史を指摘し、ただ、成長の加速によって気候変動や格差の拡大などの問題も同時に生じてきた点が強調されています。第Ⅲ部では、脱成長についての議論が展開され、幸福度などの指標についても言及されています。第Ⅳ部では、ただ脱成長とはいっても、まだまだ経済成長が必要であるとの議論が取り上げられます。そして、最後の第Ⅴ部で、経済成長とほかの経済あるいは経済外の政策目標との間のトレードオフについて議論され、要するに、アセモグル教授のいう「狭い回廊」かもしれないが、成長とトレードオフの関係にあるように見える政策目標の間でトレードオフを緩和するような方策を探る、という結論となります。要するに、いわゆる「第3の道」的な解決策であり、ハッキリいって、画期的なものではありません。今まで散々言い散らかされてきたようなものです。加えて、私が読んだ印象では、脱成長論に対する反論はかなりおざなりで、それほど強く脱成長を支持しているわけではなく、むしろ、成長継続の方に傾斜しているとの見方も出来る気がしています。ただ、資本や労働といった生産要素の蓄積に頼った成長から、本書でいうところの「アイデア」に基づく成長への切換えとそのための政策的なインプリケーション、特に、インセンティブ設計を強調しているのが、本書の大きな特徴のひとつといえるかもしれません。そのあたりの詳細は実際に読んでみてのお楽しみです。

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次に、武田淳『コーヒー2050年問題』(東京書籍)を読みました。著者は、静岡文化芸術大学准教授であり、ご専門は文化人類学だそうで、コーヒー栽培とかの農学ではありません。ただ、フィールドワークでパプアニューギニアやコスタリカなどでコーヒー生産者と生活をともにしてきたご経験があるということです。ということで、本書のタイトル通り、2050年をめどに気候変動が将来のコーヒー生産にどのような影響を及ぼすかについて考えています。結論としては、2050年には気候変動による気温上昇と降雨量の変化のためコーヒーの適作地が半減するとともに、ハリケーンなどの熱帯低気圧の大型化をはじめとする異常気象、さらに、病害虫などの被害により、コーヒー生産が大きく減少しかねず、将来、コーヒー不足に陥る可能性が十分ある、ということです。もちろん、コーヒー生産のためだけでなく、気候変動を緩和するために必要な方策はいっぱいあり、温室効果ガス排出削減などの根本対策は別としても、本書ではコーヒー生産に限定した対応策として、一般的なアラビカ種とロブスター種のほかに、「忘れられたコーヒー」といわれるリベリカ種に注目するなどの論点が議論されています。本書の特徴として、学術書のように詳細な参考文献を引用しつつ、コーヒー生産の将来について議論しているのもさることながら、税抜き2400円という価格にしてはきわめて多数のフルカラーの図版を収録している点も魅力です。もちろん、フィールドワークの結果ですので、供給サイドのコーヒー生産者の声を重視し、また、需要サイドの我々コーヒー愛飲家の間の文化などにも着目して、コーヒーに関するとてもいい情報を提供してくれています。今さらながら、気候変動に対する関心が深まる効果も見逃せません。私も、コーヒー生産はほとんどないながらコーヒー生産の中心地ブラジルに近い南米チリの大使館に勤務し、また、ベトナムに次ぐアジア第2のコーヒー生産国であり、ブラジルを含めても世界第3のコーヒー生産を誇るインドネシアにも3年ほど家族とともに暮らした経験がありますので、こういったコーヒーに関する情報には強い興味があり、本書も高く評価しています。たぶん、2050年には私自身は生きていたとしても90歳を超えますので、命長らえていない可能性が高いですし、気候変動やコーヒー生産に関する予測モデルの正確性にも疑問がないわけではありませんが、そういった観点や批判を考慮しても、多くのコーヒー愛飲家に本書を読んで欲しいと願っています。

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次に、笛吹太郎『『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』『コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く』(東京創元社)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』で本格デビューしています。タイトルからも理解できるように『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』と『コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く』はシリーズとなっていて、前者は4年前の2021年の出版で、すでに文庫化されています。後者は今年2025年の出版の新刊です。ミステリとしては、アシモフ『黒後家蜘蛛の会』シリーズとまったく同じ形式を取っていて、荻窪にあるカフェであるアンブルに4人が集まって謎解きに挑むのですが、集まった4人ではなくカフェのマスターである茶畑がすべて解決する、という安楽椅子探偵ミステリです。アンブルに集まる4人は、ミステリ作家の福来晶一、評論家にして古書店2代目の伊佐山春嶽、同人誌主幹の歌山ゆかり、そして、主人公というか、視点を提供する編集者の夏川ツカサ、となります。謎はこの4人から提供される場合もありますが、『黒後家蜘蛛の会』シリーズのように、ゲストが披露する場合もあります。2冊合わせて14話もの短編が収録されていますので、ものすごく大雑把にあらすじを紹介します。まず、1冊目の『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』の表題作である「コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎」では、アリバイを証明してくれる居酒屋を探します。「コージーボーイズ、あるいはありえざるアレルギーの謎」では、ナッツを使っていないのにアレルギーが出た謎を解きます。「コージーボーイズ、あるいはコーギー犬とトリカブトの謎」では、30年前に飼い犬がトリカブトで毒殺された謎を解明します。「コージーボーイズ、あるいはロボットはなぜ壊される」では、子供だけで留守番していた際に、おにいちゃんが宝物にしていたロボットが壊されている謎を解明します。「コージーボーイズ、あるいは謎の喪中はがき」では、誰も死んでいないのに姉が喪中ハガキを年末に出した謎に挑戦します。「コージーボーイズ、あるいは見知らぬ十万円の謎」では、作家の仕事場の引出しに入れておいた封筒に入った5万円ほどの現金が、なぜか10万円に増えている謎を解きます。「コージーボーイズ、あるいは郷土史症候群」では、大学生が特段の理由もなく急に郷土史に興味を持ち始める謎を解きます。2冊目の『コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く』の「コージーボーイズ、あるいは笛吹き男の怪」では、中荻で夜中にリコーダを吹く男の正体や目的を探ります。「コージーボーイズ、あるいは猫形クッキーの謎」では、娘が焼いたキャラ・クッキーのひとつをつまみ食いしてしまった父親が、食べてしまったクッキーが何のキャラかを考えます。表題作の「コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く」では、純文学作家の祖父とミステリ作家の父を持つ娘が、父親のデビュー作で4度ドアを開くという意味を探ります。「コージーボーイズ、あるいは屋上庭園の密室」では、事故にあってトリックを忘れてしまった漫画家がいて、密室状態の屋上庭園のトリックを考えます。「コージーボーイズ、あるいはふたたび消えた居酒屋の謎」では、居酒屋チェーン店の経営者から出された謎、すなわち、阿佐ヶ谷商店街にある居酒屋を特定する謎に挑戦します。この短編のみ、アンブルのマスターである茶畑ではなく、アルバイトの黒木が謎解きを披露します。「コージーボーイズ、あるいは予言された最悪の一日」では、湯島にあるスナックのママが予言した「明日は最悪」がなぜ当たったかを解明しようと試みます。「コージーボーイズ、あるいはヤンキー・パズル」では、東京のヤンキー高校生が修学旅行先の京都で現地高校生と乱闘事件を起こした翌日に、なぜかリーダー格の生徒が相手の高校に詫びを入れに行った謎を解きます。ということで、少なからず後味の悪い謎解きがあります。特に、「コージーボーイズ、あるいは笛吹き男の怪」の真相はゾッとしません。でも、中には、「コージーボーイズ、あるいは猫形クッキーの謎」のように、見事などんでん返しが用意されていて、とても読後感がいい短編もあります。ともあれ、短い短編集ですので中途半端な時間潰しにはピッタリです。

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次に、河野龍太郎・唐鎌大輔『世界経済の死角』(幻冬舎新書)を読みました。著者は、BNPパリ場所受けのチーフエコノミストとみずほ銀行のチーフマーケットエコノミストです。本書は、ご著者からご寄贈いただきました。誠に有り難いことです。本書はご著者2人の対談形式で進められていて、序章と最終章を別にして5章構成となっています。第1章では賃金の停滞や雇用労働について論じ、第2章では米国のトランプ政権下での世界経済のについて論じ、第3章で為替、第4章でキャピタルフライトをそれぞれ議論し、第5章で日本の中間層の崩壊についてAIや外国人を言及しています。まず、河野龍太郎『日本経済の死角』もそうだったんですが、アベノミクスについて実に的確な評価を下しています。すなわち、賃金が上がらないのはアベノミクスに起因すると結論していて、アベノミクスでマクロ経済の分配率が労働から資本に大きく傾斜し、要するに、それなりに成長をしたものの、付加価値のうち労働者の取り分が減少した、という結論です。私は少し前までトリクルダウンが少しくらいはあるだろうと考えていたのですが、ほぼほぼなかったことは明らかです。資本分配率が上昇したことを受けて株価も上がったわけで、株式なんてそれほど保有していないにもかかわらず、株価にシンクロする形で国民は安倍内閣を支持したといえます。そして、その労働分配率の低下は雇用の非正規化に起因していることも明らかです。ただし、疑問が残る論点はAIと外国人労働者による中間層の破壊です。私は、現在の技術革新のタイプが、いわゆるスキル偏重型なのが大きな原因と考えていて、本書ではそれを「収奪的なイノベーション」と位置づけ、「包摂的なイノベーション」と対比させています。そういう考えがないとはいえませんが、イノベーションの本質は労働代替あるいは原材料や燃料の節約であり、労働代替については、どういった労働を代替するかを考えるべきです。現在のAIをはじめとしてIT化を進めるイノベーションは、労働者の中間層を切り崩すような形で進んでおり、それを「収奪的」と位置づけることは不可能ではありませんが、おそらく、中間的なスキルを代替するイノベーションというのが正しいのだろうと私は思います。トップスキルが近い将来に代替される可能性は否定しませんが、低スキル労働の代替が起こるかどうかは私には不明です。最後に、著者おふたりはマーケットを見ているエコノミストで、たぶん、2-3ページの短いリポートを高い頻度で提供することが主眼でしょうから、ハッキリいって、多岐にわたるトピックを取り上げているにしても、分析の深みに欠け焦点がボケているきらいがあります。大学生くらい、特に入学したばかりの1-2年生の学生が読む分にはいいでしょうが、ビジネスパーソンには、得意分野の分析に物足りない思いをする人がいそうです。逆に、本書のすべての分析が全部勉強になったと思うようでは、得意分野がない、あるいは、勉強不足といわれかねないような気もします。

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次に、太田肇『日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったか』(集英社新書)を読みました。著者は、同志社大学政策学部の教授です。組織論・日本人論の第1人者だそうです。著者のご著書の中で、私も『「ネコ型」人間の時代』(平凡社新書)、『同調圧力の正体』(PHP新書)、『何もしないほうが得な日本』(PHP新書)といった新書を拝読しています。まず、最近時点での日本型組織の崩壊を3タイプに分類していて、トップがワンマンの絶対君主型は、ジャニーズ事務所やビッグモーターなどです。組織運営がブラックボックスになってしまった官僚制型は、ダイハツや東芝、自民党の派閥などが相当します。旧来の価値観にしがみつく伝統墨守型は、パワハラで自殺者の出た宝塚歌劇団や白鵬の宮城野部屋など、と判りやすく説明しています。その上で、組織としては自然に集まる基礎集団、町内会や学校のPTAなどがある一方で、特定の目的達成のための目的集団があると分類し、日本固有ではないとしても共同体的要素を考えています。共同体としては、権利と義務の関係に近い受容と自治が車の両輪として重要であるにもかかわらず、自治が崩壊して物いわぬ共同体になってしまっている、と指摘しています。しかも、小さな共同体ほど同質性が高いがゆえに同調圧力が強く、崩壊のリスクも大きいと結論しています。この日本的な組織の崩壊に際して、本書ではタン&ワイルの『Plurality』でも主張されていたDAOなどのインフラ型の組織を考え、そこに加わる個人を企業でいうところのジョブ型でもメンバーシップ型でもない自営型として独立性高く活動する形を考えています。詳細は読んでいただくしかないのですが、私のような大学教員は、まさに本書で指摘している通りの活動をして、大学という組織に参加していると感じました。今までのご著書に比べて、著者ご本人も書いている通り、かなり率直な物いいで明確なお考えを示しています。私は大学院生の修士論文指導をする際には、学術論文なのだから極端な表現は避けるべし、例えば、欠如=lackではなく、不足=shortageと表現する方がいい、といっているのですが、その意味で、本書は学術的というよりも、かなりジャーナリスティックな表現といえます。ただ、どうしても精神論的な部分が多くを占める点は不満が残ります。新書なのですから、「無責任に」とまではいいませんが、単なる組織論の分析に終わるのではなく、もっと実践的な組織運営の指針といった部分まで踏み込んでほしかった気もします。

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2025年9月26日 (金)

明治安田総研リポート「消費税と社会保険料、逆進性の構造を解剖」

ちょうど1週間前の先週金曜日の9月19日に明治安田総研から「消費税と社会保険料、逆進性の構造を解剖」と題するリポートが明らかにされています。タイトル前半の消費税が逆進的であることは、今さら特に考えるまでもありませんので、後半の社会保障について少し考えたいと思います。まず、リポートからポイントを3点引用すると下の通りです。

ポイント
  • 社会保障財源である消費税・社会保険料は低所得者ほど所得に対する負担割合が大きくなる逆進性を有する。もっとも、社会保険料は給付時に所得再分配機能を組み込むことで、負担時の逆進性を緩和
  • 日本では、累進性のある所得税の税収全体に占める割合が低下するなか、消費税の割合が増えてきたため、税による再分配機能は弱い。再分配効果を高める観点からは消費税の逆進性対策は支持される
  • 消費税の逆進性対策としては食料品税率0%より給付付き税額控除が有効 。実施に伴う代替財源確保や所得再分配の強化に向けては、所得税の課税ベース拡大や税額控除への移行も選択肢

まあ、第1点目の消費税が社会保障の財源であるかどうかはきわめて疑わしく、加えて、第3点目の給付付き税額控除については本日の段階では言及しませんが、重要なポイントは第1点目にあり、社会保障負担は逆進性がある。ということです。ただ、給付の方で所得再分配機能があるので、その逆進性が緩和されている、という分析結果なのですが、通常のエコノミストであれば、反対に表現すると思います。すなわち、社会保障には所得再分配機能があるのですが、その機能が社会保険料の負担で減殺されている、ということです。この点は、少し古いんですが、経済協力開発機構(OECD)のリポート Growing Unequal? でも指摘されていて、リポートの p.112 Figure 4.6. Reduction in inequality due to public cash transfers and household taxes で日本の税による所得再分配機能がほとんどゼロであることが明らかにされています。最後に、明治安田総研のリポートから (図表4)厚生年金保険の保険料と月収に対する割合 及び (図表5)厚生年金における月収と給付の関係 を引用すると下の通りです。上のパネルの保険料負担が月収70万円から負担割合が低下する逆進性を示している一方で、下のパネルでは現役時の月収が半分でも引退後の年金額が半分になるわけではない、という点が示されていると思います。引退した後に政府から国民がもらう年金給付は所得再分配機能により格差縮小的なのですが、現役の時に国民が政府に支払う負担の方では逆進的で格差拡大の方向に作用しているわけです。ですから、リポートには一言も書かれていませんが、特に格差の下の方の階層では現役の時の生活が苦しくなるわけです。

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2025年9月25日 (木)

6月から3か月連続で+2%台の上昇が続く8月の企業向けサービス価格指数(SPPI)

本日、日銀から8月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月7月の+2.6%から、8月は+2.7%と3か月連続で+2%台を記録しています。変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIの上昇率も+2.8%の上昇となっています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

8月の企業向けサービス価格2.7%上昇 人件費反映続く
日銀が25日に発表した8月の企業向けサービス価格指数(速報値、2020年平均=100)は111.2となり、前年同月と比べて2.7%上昇した。前月から伸び率は微増した。人件費の上昇をサービス価格に反映する動きは続いている。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格動向を表す。貨物輸送代金やソフトウエアの開発料金などで構成される。モノの価格の動きを示す企業物価指数とともに、今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。
日銀は今回の発表で7月分の前年同月比上昇率を2.9%から2.6%に遡及修正した。
8月の内訳をみると、諸サービスは前年同月比で3.0%上昇した。人件費を価格に転嫁する動きが広がり、建物サービスは3.3%、労働者派遣サービスは2.8%上昇した。情報通信は前年同月比で2.7%上昇した。人件費の高騰でソフトウエア開発が3.4%上昇し、伸び率を押し上げた。
運輸・郵便は前年同月比で3.3%上昇した。郵便料金の値上げを背景に郵便・信書便が24.5%上昇した。不動産は2.3%上昇し、特に事務所賃貸はオフィス需要が回復した影響で3.4%上昇した。
調査品目のうち、生産額に占める人件費のコストが高い業種(高人件費率サービス)は前年同月と比べて3.3%上昇した。7月からは横ばいで、伸び率は高水準で推移している。
調査対象の146品目のうち、価格が上昇したのは111品目、下落したのは18品目だった。17品目では価格が変わらなかった。

注目の物価指標だけに、やや長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルから順に、ヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、真ん中のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格とサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。一番下のパネルはヘッドラインSPPI上昇率の他に、日銀レビュー「企業向けサービス価格指数(SPPI)の人件費投入比率に基づく分類指数」で示された人件費投入比率に基づく分類指数のそれぞれの上昇率をプロットしています。影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、今年2025年4月統計まで+4%超の上昇率が続いた後、5月統計で+3%台に縮小し、6月統計でさらに+2%台に減速し、6~8月の3か月連続で+2%台を記録しています。他方、本日公表された企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準としてコンスタントに上昇を続けている一方で、今年2025年年央までは国内企業物価指数ほど上昇率が大きくなかったのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、今年2025年3月に+3.4%の上昇率でピークを記録してから、PPI国内物価と同様に6~8月統計で3か月連続で+2%台後半となっています。本日公表の2025年8月統計では+2.7%です。しかし、まだまだ、日銀物価目標の+2%を大きく上回って高止まりしています。もちろん、日銀の物価目標+2%は消費者物価指数(CPI)のうち生鮮食品を除いた総合で定義されるコアCPIの上昇率ですから、本日公表の企業向けサービス価格指数(SPPI)とは指数を構成する品目もウェイトも大きく異なるものの、+3%近い上昇率はデフレに慣れきった国民や企業のマインドからすれば、かなり高い物価上昇と映っている可能性が大きいと考えるべきです。人件費投入比率で分類した上昇率の違いをプロットした一番下のパネルを見ても、低人件費比率のサービス価格であっても+2%超の上昇率を示しており、高人件費率のサービスでは+3%台の上昇率となっています。すなわち、人件費をはじめとして幅広くコストアップが価格に転嫁されている印象です。その意味では、政府や日銀のいう物価と賃金の好循環が実現しているともいえますが、実態としては、物価上昇が賃金上昇を上回っており、国民生活が実質ベースで苦しくなっているのは事実と考えざるをえません。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて本日公表された8月統計のヘッドラインSPPI上昇率+2.7%への寄与度で見ると、建物サービスや労働者派遣サービスや土木建築サービスといった諸サービスが+1.17%ともっとも大きな寄与を示していて、ヘッドライン上昇率の半分近くを占めています。加えて、ソフトウェア開発や情報処理・提供サービスやインターネット附随サービスなどといった情報通信が+0.61%、さらに、SPPI上昇率高止まりの背景となっている項目として、昨年2024年10月から郵便料金が値上げされた郵便・信書便、石油価格の影響が大きい道路貨物輸送、さらに、鉄道旅客輸送などの運輸・郵便が+0.53%、ほかに、不動産+0.21%、リース・レンタルも+0.12%、広告が+0.09%、金融・保険も+0.04%などとなっています。

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2025年9月24日 (水)

経済協力開発機構「OECD中間経済見通し」

昨日9月23日、先進国が加盟する国際機関である経済協力開発機構(OECD)から「OECD中間経済見通し」OECD Economic Outlook, Interim Report September 2025 が公表されています。もちろん、pdfの全文リポートもアップロードされています。まず、リポートから、15項目あるSummaryのうち最初の5項目だけ引用すると下の通りです。

Summary
  • Global growth was more resilient than anticipated in the first half of 2025, especially in many emerging-market economies. Industrial production and trade were supported by front-loading ahead of higher tariffs. Strong AI-related investment boosted outcomes in the United States and fiscal support in China outweighed the drag from trade headwinds and property market weakness.
  • US bilateral tariff rates have increased on almost all countries since May. The overall effective US tariff rate rose to an estimated 19.5% at the end of August, the highest rate since 1933.
  • The full effects of tariff increases have yet to be felt - with many changes being phased in over time and companies initially absorbing some tariff increases through margins - but are becoming increasingly visible in spending choices, labour markets and consumer prices.
  • Signs of softening are appearing in labour markets, with rising unemployment rates and declining job openings as a share of the unemployed in some economies, including the United States.
  • Disinflation has levelled off in many economies, with rising food prices behind a resurgence of goods inflation and services inflation generally remaining persistent.

続いて、見通しのヘッドラインとなる成長率見通しをOECDのツイッタのサイトから引用すると下の通りです。

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ヘッドラインの成長率について、世界経済の成長率は昨年2024年には実績として+3.3%だったのですが、今年2025年は+3.2%、来年2026年は+2.9%に鈍化すると見込まれています。ただし、世界の2025年成長率は4月時点の見通しで+2.9%だったのですが、+0.3%ポイント上方修正されていることも確かです。日本の成長率見通しについても、2025年は+1.1%と4月時点から+0.4%ポイント上方修正されています。ただ、来年2026年の日本経済は+0.5%成長に減速すると予想されています。成長率見通しの総括表のタイトルが Global growth is projected slow で、リポートのサブタイトルが Finding the Right Balance in Uncertain Times ですので、まあ、それほど明るい内容ではないことが容易に想像されます。
今年の成長率見通しが上方修正されて、来年には減速する、と予想されている最大の要因は、引用したSummaryの2点目にある米国の関税政策であり、1933年のストーム-ホーリー関税法の時代以来の高い関税率が世界経済に影を落としているわけです。Summary3点目にあるように、日本の自動車会社とご同様に、輸出企業が収益を圧縮する形で米国の関税を吸収していますので、現時点では目立った影響は出ていないように見えますが、決してサステイナブルではないことはいうまでもありません。この3点目が今年の成長率見通しの上方修正と来年にかけての減速をよく説明していると考えるべきです。
加えて、Summary4点目で指摘しているように、雇用が軟化しているにもかかわらず、Summary5点目のように、インフレの沈静化は進んでおらず、特に、食品価格上昇が再燃しています。世界の先進各国で、日本と同じような経済状態にあるわけです。最後に、そのインフレ沈静化の停滞を示すグラフ Figure 6. Disinflation has stalled in some OECD economies をリポートから引用すると下の通りです。

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2025年9月23日 (火)

大学院学位授与式に出席する

今日は、本学立命館大学の大阪いばらきキャンパスに出向いて、大学院学位授与式に出席しました。立命館大学の経済学部には外国語教員もいらっしゃいますので、大学院経済学研究科の院生の論文指導をして学位授与式に出席している教員は半分にも満たない数です。通常、秋卒業の院生はほとんどが外国人留学生で、中央アジアからの留学生を英語で修士論文指導していましたので、私も出席した次第です。ほぼ全員が外国人留学生ですので、いつも、教員からは英語でスピーチ、はなむけの言葉を送っています。
下の写真は、指導院生と私のツーショットです。

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2025年9月22日 (月)

キャンパスの銀杏が色づき始める

このところ、急に気温が下がった気がしますが、キャンパスの銀杏も色づき始めました。写真の銀杏は雌株らしく、もうギンナンがなっていました。臭いにより好き嫌いはありますが、秋の風物詩だろうと思います。
本日午前10時くらいの通勤時の写真です。

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政府のデジタル化は進んでいるか?

先週9月18日、経済開発協力機構(OECD)から Governing with Artificial Intelligence と題するリポートが公表されています。もちろん、pdfの全文リポートもアップロードされています。リポート冒頭に Figure 1.1. OECD 2023 Digital Government Index, composite results by country が政府のデジタル化指数として明らかにされています。下の通りです。なお、私もほとんど注目していませんでしたが、昨年のリポートはそもそも30ページほどのボリュームで、こういった加盟各国比較の指数は見当たりませんでした。今年のリポートは、何と、全部で300ページほどに達しています。

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日本のポジションは下向きの赤い▼マークで示しておきました。はい、今さら確認するまでもなく、OECD加盟国平均にははるかに及ばず、非加盟国であるペルーやブラジルの水準にも達せず、日本政府のデジタル化指数は先進国中できわめて低位にあります。
私は2020年に官界から学界に転じて早や5年余りとなります。もちろん、私が国家公務員をしていたころから日本政府は低空飛行を続けていたのですが、もはや、政府も企業も、政治も経済も、そして、ひょっとしたら、国民も、日本は先進国のレベルから脱落し始めているのかもしれません。

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2025年9月21日 (日)

日銀のリスク性資産の含み益

先週の日銀金融政策決定会合を受けて、日本経済研究センター(JCER)「金融政策ウオッチ」のリポートが明らかにされています。
世間で注目されたのは、金利据え置きよりも、リスク性資産である上場投資信託(ETF)と不動産投資信託(J-REIT)の処分出会ったかと思います。ETFは年間6,200億円(簿価ベースでは3,300億円)程度、J-REITは55億円同50億円)程度を市場で売却するということです。これに関して、JCERリポートでは、ETFに30兆円超の含み益があると推計しています。下のグラフの通りです。

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世間一般では、ETFの売却に100年超かかる、というのに着目していて、黒田日銀がそこまで大幅な金融緩和を実施してきた点を批判的に報じているような気がします。私は反対の見方です。結局、黒田日銀の異次元緩和でデフレ脱却は成功しなかったわけですが、ここまでの大規模な金融緩和を必要とした従前の日銀の無策ぶりが批判されるべきだと考えています。まあ、いずれにせよ、30兆円の含み益で公的債務残高の圧縮に寄与した点は評価していいんではないか、とも思います。

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2025年9月20日 (土)

今週の読書は経済書や話題の『Plurality』をはじめ計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、石水喜夫『経済学と経済政策』(新評論)は、出版社のサイトで、著者は「行政内部から主流派経済学の誤りを指摘し続けてきた」という紹介で、歴史を解釈して経済理論と政策を考察している経済書ですが、ご自分の考えを延々と書き続けていて根拠となる参考文献などがないのは物足りません。オードリー・タン & E. グレン・ワイル『Plurality』(サイボウズ式ブックス)では、IT技術進歩の否定的な見方である統合テクノクラシー、あるいは、企業リバタリアニズムに対する第3の道としてデジタル民主主義、リーダーを置かずに分散的なメンバーが自発的に協働するDAO=Decentralized Autonomous Organizationを考えます。岡本好貴『電報予告殺人事件』(東京創元社)は、19世紀英国のヴィクトリア朝時代の電信局を舞台に、密室状態の局長室においてウィスキーで毒殺された局長の死について、電信士の女性が知識や技術を駆使して、他局の電信士の協力も得つつ調査を進めますが、警察に事件を予告するかのような電報が届きます。新名智『霊感インテグレーション』(新潮社)では、呪われた家系の末裔である女性を主人公にして、最先端技術であるITテクノロジーとオカルトを組み合わせて、さらに、ホラー的な要素も入れた上でミステリとしての謎解きに仕上げています。読みこなすのにかなりの読解力が必要かもしれません。宇田川敦史『アルゴリズム・AIを疑う』(集英社新書)では、入力=インプットと出力=アウトプットの間をつなぐ処理=プロセッシングであるアルゴリズムについて、もはや国民生活や経済活動に不可欠な一方でブラックボックスとなっており、国民が真に自由な選択を出来ているかについて疑問を呈しています。井上悠宇『あなたが犯人だったらよかったのに』(ハヤカワ文庫JA)は、心臓にあながあいている女子高生が文芸部の先輩と親友となるのですが、その先輩女子高生が自殺した後、生前に手配されていたSDカードに収納されたパスワードで保護された圧縮ファイルを解凍して、真相の解明に挑みます。
今年2025年の新刊書読書は1~8月に214冊を読んでレビューし、9月に入って先週までの11冊と今週の6冊を加えると合計で231冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。

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まず、石水喜夫『経済学と経済政策』(新評論)を読みました。著者は、労働省ご出身で現在は京都橘大学教授です。あとがきに2020年12月に役所を辞めたとの記述がありますので、私から半年余り遅れて官庁を出て関西の大学に職を得ているような印象を受けました。出版社のサイトでは、著者は「行政内部から主流派経済学の誤りを指摘し続けてきた」ということになっています。ただ、本書で著者のご主張はご自分の経済学はケインズ経済学に立脚している、といったような記述も見かけました。それはともかく、本書は3部構成となっているのですが、ハッキリいって、第Ⅰ部を中心に読むべきです。第Ⅱ部と第Ⅲ部は、何を主張したかったのかがやや不明な点が気にかかりました。というか、私の読解力では不明な点が残されてしまいました。第Ⅰ部では、戦後復興から始まって、戦後日本経済の歴史を詳述しており、それなりによく出来た経済書だと思います。繰り返しになりますが、要するに、私の読み方がそうだということなのでしょうが、歴史を解釈して経済理論と政策を考察している、ということなのだろうと思います。私の感覚ではエッセイに分類されるのではないかという気がします。ただ、エッセイは学術書のひとつのカテゴリーですので、本書も学術書と考えるべきです。ただし、ご自分の考えを延々と書き続けている印象で、根拠となる参考文献などがいっさいありません。その点は、学術書としては私には少し物足りない気がします。なお、本書では明確に新自由主義的な経済理論や経済政策を批判しています。特に、1995年の日経連による『新時代の「日本的経営」』に対する見方とアベノミクスの評価には目を見張るものがあります。アベノミクスについては、分配率を労働から資本にシフトさせ賃金の停滞を招いたという主張はまさにその通りです。私が付け加えるに、ですので、アベノミクス期には株価の上昇が見られた、ということになります。いずれにせよ、ここまで明確にアベノミクスを主流派マクロ経済学の観点から批判した経済書は少ないと思います。学術書に限定しなくても、おそらく、アベノミクスの円安に対する経済学的ではない怨嗟の声はいっぱい聞きますが、分配率に着目した議論は少ない気がします。まあ、マルクス主義的な経済学の観点からは、そういったアベノミクス批判がありそうな気がするのですが、不勉強にしてその方面の情報は私はそれほど持ち合わせていません。当然ながら、労働省のご出身ですから、労働や雇用関係に見るべき主張がたくさんあります。ただし、その労働と雇用についても、細かな点ですが、長期雇用が第1次大戦後の工業化過程で始まった、というのはそれはその通りだと思いますが、人手不足の中で高度成長期に完成したわけで、雇用流動化に関する考え方とともに、人手不足に関する認識が私とかなり違っている気がします。雇用流動化については、私はいわゆる高圧経済下で人手不足になれば本来の経済学的な効果が望めると考えています。すなわち、人手不足の前の段階では雇用の流動化とは、典型的に多くの経営者が目指しているように、首切り合理化を進めよう、あるいは、職に必要なレイバーサーチを行おうとする使用者サイドに有利となります。しかし、高圧経済が進んで人手不足になれば、雇用者がスキルに応じた職や給与を目指して流動化した労働市場で、雇用者の意向によるジョブサーチが出来るようになります。現時点では、「雇用流動化」というのは前者のみで考えられているフシがあり、後者の高圧経済下の雇用流動化についてもっと研究の蓄積が必要、と私は考えています。本書はまだ物足りませんが、本書の著者はそういった研究を進める上で積極的な役割が果たせるのではないか、と私は勝手に期待しています。

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次に、オードリー・タン & E. グレン・ワイル『Plurality』(サイボウズ式ブックス)を読みました。著者は、というか、タン&ワイルの2人は、どうも、いわゆる学術論文でいうところのファーストオーサーであり、数多くのスタッフが本書の成立に貢献しているようです。タン氏は台湾のデジタル大臣を務めたことがあり、ワイル博士はマイクロソフトの研究員で、私はポズナー判事との共著である『ラディカル・マーケット』を5年ほど前に読んでいます。集英社新書の李舜志『テクノ専制とコモンへの道』は本書の要約をしている、ということになります。本書は注などを含めれば600ページを大きく超えるボリュームですが、新書の要約ではなく本書を読むことを私は強くオススメします。ということで、本書ではAIやITのテクノロジーがとてつもないスピードで進んでいて、シンギュラリティが近づいている中で、悲観論が強まっていることに対する楽観論からの反論となっています。すなわち、人間労働が不要になって大量の失業が発生したり、あるいは、私も賛成している見方で、人間がAIのペットとなったりするのではないか、はたまた、AIがさまざまな面で能力的に大きく上回って、人間に反旗を翻して社会不安が増大するのではないか、といった否定的な見方などに対して、ひとつの見方を示すものです。すなわち、否定的な見方の一方には、テクノ封建主義やデジタル・レーニン主義といった統合テクノクラシーがあり、他方で、すべてを市場に委ねようとする真逆な思想として企業リバタリアニズムを対置します。しかし、本書では第3の道としてデジタル民主主義、リーダーを置かずに分散的なメンバーが自発的に協働する DAO=Decentralized Autonomous Organization を考えます。詳細については、読んでいただくしかないのですが、中心は7章構成のうち、第3章のプルラリティ(多元性)、第4章の自由、第5章の民主主義、第6章の影響分析などです。私の方から、いくつか補足したい点があります。まず、きわめて細かい点をエコノミストとして指摘すると、第3章の20世紀の科学の進歩について、数学の不確定性定理や物理学の相対性理論とともに、社会科学の代表として経済学のケインズによるマクロ経済学に言及してほしかった気がします。そして、その中心的な影響は単にミクロを足し合わせるというだけではない合成の誤謬にあると私は考えています。より根源的な指摘として、第4章の民主主義では、私が従来から主張しているように、現時点での自由とは質的に次元の異なる自由を本書でも考えています。すなわち、現時点での自由はまだ十分ではない、ということです。私の独特の表現ですが、池井戸潤の小説に登場する花咲舞のような自由です。そして、第5章の民主主義では、現在の官僚制を硬直的としか見なしていませんが、時代背景からして効率性が無視されている気がします。なお、(遠隔)没入型共有現実というのも実によく考えられた概念だという気がします。第6章の影響分析に関しては、生成基盤モデル(GFM)を用いて、分断の修復が期待されているという主張は私も同じです。ただ、悲しいかな、私にはGFMの技術的基礎が十分理解できませんでした。最後の最後に、本書は必ずしも経済書ではないかもしれませんが、私は今年のベスト経済書に推そうかと考えています。

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次に、岡本好貴『電報予告殺人事件』(東京創元社)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、一昨年の2023年の第33回鮎川哲也賞を受賞し、受賞作を改題した『帆船軍艦の殺人』でデビューしています。私はデビュー作を読んでいます。本作品が第2作となるのではないかと思います。時代は英国ヴィクトリア朝の1870年代ではないかと思います。タイトルにある電信・電報が世界に普及しつつある時代背景であり、英国では民営で運営されていた電信会社が国営化されて間もなくということになっています。地理的には、たぶん、ロンドンからそれほど遠くない地方都市、首都ロンドンではないものの日帰りができるくらいの距離感ということになります。主人公はその地方都市の電信局に勤務する電信士のローラ・テンパートン、30歳近い独身女性です。当時は女性が職業を持って外で働くことに対する偏見が大きく、ローラの父も同じで結婚して仕事を辞めるよう意見されています。事件は電信局内で起こります。すなわち、ある晩、ローラは電信局を訪れたモンタギュー・アクトン局長の甥ネイト・ホーキンスを局長室に案内するのですが、アクトン局長は施錠されて密室状態となっていた局長室で毒殺されていました。いつも退勤前に飲むウィスキーから毒物が検出されます。警察は遺産がかなりあることから、甥のネイトに疑いをかけます。ネイトはカナダ在住でしたが、両親をなくしてアクトン局長に引き取られて英国に戻っています。いずれにせよ、密室で毒殺されていますので、もしもネイトでないと仮定すれば、電信局内の同僚の犯行の可能性がきわめて高いわけです。ローラはネイトの無実を信じて、電信士としての知識や技術を駆使して、他局の電信士の協力も得つつ調査を進めます。局内には、アクトン局長に人事で先を越された主任電信士のユージン・ギャリバンや競馬にうつつを抜かしているフィリップ・ロックフォード電信士など、動機のありそうな同僚もいます。しかし、事件の翌日、警察に事件を予告するかのような電報が届きます。被害者のアクトン局長だけではなく、別の名も記されており、その人物がアクトンの次に殺害されます。ということで、ミステリですのであらすじはここまでとします。評価については、何ともいえません。主人公のローラの人物造形はとてもすばらしく、魅力的な女性に描かれています。ただ、ミステリとしてはアリバイ、密室、複雑な背景構図などなど、決して魅力的でないことはないのですが、謎解きとしてはやや底が浅い気がします。というのも、かなりの長編であるにもかかわらず、登場人物が少ない上に、各人物の背景が単純きわまりなく、何と申しましょうかで、犯人候補がそれほどおらず、自ずと犯人が誰なのかが判ってしまう構図となってしまっています。前作からの流れで舞台を英国に設定するのはいいのですが、繰り返しになるものの、密室殺人、アリバイトリック、殺人予告電報などなど、王道ミステリの要素をいっぱい詰め込みながら、謎解きが拍子抜けするくらいに単純です。この謎解きなら、ホームズのシリーズくらいの短編でいいんではないか、という気もします。したがって、やや厳しいかもしれませんが、この作者の次回作は読まないかもしれません。

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次に、新名智『霊感インテグレーション』(新潮社)を読みました。著者は、たぶん、ミステリ作家と考えていいのだと思います。本作品は最先端技術であるITテクノロジーとオカルトを組み合わせて、さらに、ホラー的な要素も入れた上でミステリとしての謎解きに仕上げています。私は前作の『雷龍楼の殺人』を読んでいて、本作も読もうという気になりました。本書はプロローグとエピローグのほかに6話の連作短編から編まれています。主人公は、基本的に、多々良カズキです。下の名をカタカナにしているのには理由がありますが、その理由はネタバレに属する情報ですので明らかにはできません。主人公は五反田にあるITベンチャー「ピーエム・ソリューションズ」に勤めています。会社ではITエンジニアではなく、工程管理などの事務職を務めています。もちろん、クライアントのところに出向くことがしばしばあります。ピーエム・ソリューションズの社長は土岐順一郎、CTOはChief Technology Officerではなく、Chief Thaumaturgy Officer=最高魔術責任者を務める羽鳥のほか、ITエンジニアとして奥田とか和泉が勤務しているようです。多々良カズキは呪われて次々と死んでいく多々良家の最後の生き残りであり、ピーエム・ソリューションズの会社は、土岐社長の方針により、オカルトめいた呪い、霊感、あるいは、オカルトに近いマインドフルネス≅瞑想などのITやデジタルとは対局に位置するように見えるコンテンツを、直接開発するのではなく、そういったアプリを開発する企業を支援しています。6話の短編のあらすじ、というかストーリーの最初の部分だけを簡単に収録順に紹介すると、以下の通りです。すなわち、表題作の「霊感インテグレーション」は、幽霊から届くプッシュ通知を売り物にするアプリ開発企業の不具合からストーリーが始まります。多々良カズキの独白も含んでいて、本書の骨格を明らかにするパートがあります。「邪眼コントリビューター」では、インドネシアのとある島に伝わる複雑な幾何学模様をヘルスケア・ビジネスに取り入れた企業のマインドフルネスの画像をチェックしていた和泉が体調を崩すところからストーリーが始まります。「天罰ディペンデンシー」では、東証プライム上場の産業機械会社の情報システム部門で社内ポータルに不具合が生じて、一部スタッフに崇拝されているサーバー神社との関係が緊張感を生み出します。「焦熱ダーティ・リード」では、和泉が主人公となって視点を提供します。和泉は奥田とともに、土岐社長の婚約者が焼死したホテル跡地に土岐社長に代わって献花に出向き、廃墟マニアの動画配信者と出会うところからストーリーが始まり、とても意外な火事の原因に気づきます。「異形スナップショット」では、土岐社長とともにレンタカーで地方に向かった多々良カズキが心霊写真めいた不思議な写真の謎とか、一体だけ動き回る石像の六地蔵の謎に遭遇します。この短編と次の短編は部分的ながら連続しており、短編集の総まとめの位置づけです。最後の短編「怨念インプリメンテーション」は、両親を亡くした10歳の多々良カズキが親戚に引き取られ、次々と周囲の人が亡くなっていくところからストーリーが始まり、最後に、本書の謎が一挙に解き明かされますが、決して、後味のいい読後感ではありません。最後の繰り返しになりますが、ITやデジタル技術と相容れなさそうなオカルトや超常現象を組み合わせて、さらにホラーの味付けをしつつミステリの謎解きに仕立てています。ただ、読者によっては逆にミステリの要素を含めたホラーであると考える人がいても不思議ではありません。ですので、いろんな要素をいっぱい含んでいて、ある意味で複雑なキメラのような構造になっていると感じる読者もいそうですし、私自身はこの作品は高く評価しますが、読後感も含めて評価が分かれる可能性もあるような気がします。私は十分な自信がありませんが、この作品を読みこなせる読者はそう多くないように考えます。最後の最後に、米国のミステリ作家エドワード D. ホックの短編集に『サイモン・アークの事件簿』のシリーズがあって、オカルトめいた不可解な事件ながら、近代物理学に則った科学的な解明がなされるミステリ作品があります。ITやデジタルの21世紀的な科学的要素を導入しつつ、同じ趣向の短編集であると私は考えてます。

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次に、宇田川敦史『アルゴリズム・AIを疑う』(集英社新書)を読みました。著者は、武蔵大学社会学部メディア社会学科の准教授です。ご専門はメディア論、メディア・リテラシーということです。まず、本書でも指摘されているように、アルゴリズムとは入力=インプットと出力=アウトプットの間をつなぐ処理=プロセッシングを指します。条件により分岐したり、ループしたりするわけです。本書でも指摘しているように、アルゴリズムとは決してデジタルやコンピュータに限定されているわけではなく、その昔から考え方としてはあります。本書のタイトルではそのアルゴリズムとAIを並列に並べていますが、これまた、本書で指摘している通り、アルゴリズムはほぼほぼ不変のプロセッシングであり、人間が意図的に変更しない限り同じ入力に対しては同じ出力が得られます。その昔、サンリオのサイトにオセロゲームが置いてあり、とても強かったのですが、ちゃんと棋譜を取って同じ手順で進めれば必ず勝てました。そういうものです。AIはそうではなく何らかの学習をします。ですから、オセロの例を持ち出すと、たぶん、何度も同じ負け方はしません。そして、本書ではプロセッシングがモジュール化されている点を重視しているようですが、そのあたりはすっ飛ばして、このプロセッシングがブラックボックスになっている点が重要だという本書の考えに、私は激しく同意します。もちろん、アルゴリズムが公開されているケースもなくはないのですが、基本的に、我々一般国民が触れるアルゴリズムは、例えば、Amazonのレコメンドなどはブラックボックスである上に、我々の消費者としての効用を最大化するようには設計されていません。逆に、ではないのですが、消費者の財やサービスを供給する企業の利潤を最大化するように設計されていると考えるべきです。当然です。もちろん、さまざまなアルゴリズムの中には我々国民サイドの利便性を最大化するものも含まれているように見えます。例えば、何らかの交通機関の乗継をアルゴリズムによって検索した人は少なくないと思います。決して交通機関の運賃収入を最大化するようにはなっていないと思います。そして、本書ではいわゆる「企業悪玉論」に立脚しているわけではありません。そもそも、本書で対象としているアルゴリズムを離れても、例えば、私がエコノミストとして消費を考える場合、消費者が真に自由な選択を出来ているかどうかは怪しいと考えています。消費行動でもそうなのですから、投票行動なんてのはもっと自由な選択から外れている気がします。ですから、私は古典派ないし新古典派的な市場に対する信頼感については、それほど持ち合わせません。それはともかく、もはやインターネット上のものも含めて、デジタルなアルゴリズムやさらに学習するAIは社会のインフラとなっているわけですので、本書の最終章第5章では、そういったアルゴリズムのメディア・リテラシーを身につけ、さらに向上させる点を力説しています。当然ですが、それが難しいのだろうと思います。

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次に、井上悠宇『あなたが犯人だったらよかったのに』(ハヤカワ文庫JA)を読みました。著者は、ミステリ作家です。本書の舞台は高校であり、主人公は高校1年生の内海夕凪です。心臓にあながあいていて、食事や生活や行動に制限を抱えて生きています。体育の授業なんかが典型です。母親は「心臓をドキドキさせると、止まってしまう」といい、父親は夕凪が高校の写真部に入ると高級一眼レフカメラを買い与えて、他の部員がドン引きする原因を作ります。高校で図書室にいた時、1年上の先輩の文芸部の葛城才華と出会い、太宰の『人間失格』を念頭に、「物語に殺されることってあると思う?」と問われます。夕凪と才華はいつしか親友関係を築くことになります。しかし夏休み明け、才華は自殺してしまいます。当然に、夕凪は才華の自殺の動機・原因、というか、自殺ではなく殺人である可能性も含めて、真相を知りたいと考えるわけですが、そんな夕凪に才華から生前に手配されたものとしてSDカードが届きます。SDカードには、2つのファイル「この物語の作者の名前」と「私と彼の罪」が収録されています。ただし、パスワードで保護された圧縮ファイルになっていて、すぐには読むことが出来ません。夕凪はその圧縮ファイルを開くためにパスワードの手がかりを追いながら、才華の所属していた文芸部の教師や生徒の人間関係、さまざまな会話の断片を探り、才華の残した文芸作品「天使失格」を読み、日々の交流のなかに隠された「罪」とは何か、またその「罰」とは誰が何がもたらすものかを追っていくことになります。そうしているうちに、夕凪と才華の通う高校には独特の都市伝説があり、高校を卒業した作家の渕見央人が高校に残した「読むと死ぬ物語」があることを知り、作者の渕見央人と会ったりもします。タイトルを解題するとネタバレになりますし、何といってもミステリですのであらすじはこのあたりまでとします。ということで、一応、ミステリですし、才華のほかにも何人かの死が取り上げられています。そういう意味で、高校を舞台にした切ない青春ミステリ、という世間的な評価は当てはまる気がします。ただ、単なるミステリの謎解きを超えて、登場人物の心理描写もていねいでストーリに引き込まれてしまう読者が多いのではないか、という気がします。

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2025年9月19日 (金)

昨年2024年11月以来の+2%台を記録した8月の消費者物価指数(CPI)

本日、総務省統計局から8月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の前年同月比で見て、前月の+3.3%からやや減速して+3.1%を記録しています。伸び率鈍化とはいえ、まだまだ+3%台のインフレが続いています。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は2022年4月から40か月、すなわち、3年余り続いています。ヘッドライン上昇率も+3.1%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+3.4%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

8月の物価2.7%上昇、3カ月連続で伸び縮小 政府エネ補助が背景
総務省が19日発表した8月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合が111.6となり、前年同月と比べて2.7%上昇した。政府が電気・ガス料金の補助を7月に再開し、3カ月連続で伸び率は縮んだ。エネルギー価格は3.3%低下した。
8月も2.7%伸び、上昇は48カ月連続となった。QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値も2.7%の上昇だった。伸びが2%台になったのは2024年11月以来となる。
伸び率の3カ月連続の縮小は政府補助を背景にしたエネルギー価格の低下がある。電気代は7.0%、都市ガス代は5.0%それぞれ下がった。政府はエアコン利用が増える7~9月の電気・ガス料金を補助しており、一般家庭で合計月1000円程度の負担を軽減している。
生鮮食品を除く食料は8.0%上昇と高止まりが続く。原材料高を受け、チョコレートが49.4%、コーヒー豆が47.6%それぞれ上がった。鶏卵は16.4%上昇している。これまで高騰が際立っていた米類の伸びは7月の90.7%から8月は69.7%に低下した。
全体を商品などのモノと旅行や外食といったサービスに分けて見ると、上昇率はモノが3.7%、サービスが1.5%だった。公共サービスを除いた「一般サービス」のうち、外食は4.8%上昇し、これまでほとんど動かず「岩盤物価」とされていた民営家賃は0.5%上がった。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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引用した記事の2パラめにもある通り、8月のコアCPI上昇率の日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは+2.7%ということでした。したがって、実績とジャストミートしました。また、エネルギー関連の価格については、引用した記事にもある通り、「電気・ガス料金負担軽減支援事業」により、低圧電気料金は8月2.4円/kWh、9月2.0円/kWhの補助がなされています。また、都市ガスについては8月10.0円/㎡、9月8.0円/㎡の補助が、9月使用分まで実施されます。加えて、「燃料油価格定額引下げ措置」によるガソリン価格の引下げ、額としては、現時点の9月4日以降の支給額はガソリン・軽油で10.0円/Lとなっています。ということで、品目別に消費者物価指数(CPI)の前年同月比上昇率とヘッドライン上昇率に対する寄与度を少し詳しく見ると、まず、繰り返しになりますが、政府補助金などによりエネルギーの寄与度は先月7月統計からマイナスに転じています。ヘッドラインCPI上昇率に対するエネルギーの寄与度は7月▲0.03%、8月▲0.24%となっています。したがって、というか、何というか、食料価格の上昇が大きくクローズアップされています。すなわち、先月7月統計では生鮮食品を除く食料の上昇率が前年同月比+8.3%、ヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度+1.98%であったのが、本日公表の8月統計ではそれぞれ+8.0%、+1.90%と、高止まりしています。したがって、生鮮食品を除く食料だけで8月のヘッドラインCPI上昇率2.7%のうちの⅔超を近くを占めることになります。特に、食料の中で上昇率が大きいのはコメであり、生鮮食品を除く食料の寄与度+1.90%のうち、コシヒカリを除くうるち米だけで寄与度は+0.30%に達しています。引用した記事とは少し分類が異なりますが、上昇率は前年同月比で+68.8%ですから、一時のピークは超えた可能性がありますが、まだまだきわめて高い上昇率と考えるべきです。コメが値上げされれば、当然に、おにぎりやすしの価格も上がります。ただ、消費者物価の全体、というか平均として上昇率としてはまだ日銀の物価目標である+2%を超えているものの、物価上昇がピークアウトした可能性もあります。
多くのエコノミストが注目している食料の細かい内訳について、前年同月比上昇率とヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度で見ると、繰り返しになりますが、生鮮食品を除く食料が上昇率+8.0%、寄与度+1.90%に上ります。その食料の中で、これも繰り返しになりますが、コシヒカリを除くうるち米が大きく値上がりしていて、寄与度も+0.30%あります。新米が出回り始めたとはいえ、銘柄米はまだまだ高止まりしています。うるち米を含む穀類全体の上昇率は+22.7%、寄与度は+0.54%に上ります。コメ価格の推移は下のグラフの通りです。主食のコメに加えて、カカオショックとも呼ばれたチョコレートなどの菓子類も上昇率+11.5%、寄与度+0.31%に上っています。特に、その中でも、チョコレートは上昇率+49.4%、寄与度0.18%に達しています。コメ値上がりの余波を受けたおにぎりなどの調理食品が上昇率+6.8%、寄与度+0.26%、調理食品の中でもおにぎりが上昇率+18.5%、寄与度0.03%に上っています。同様に、すしなどの外食も上昇率+4.4%、寄与度+0.21%を示しています。ほかの食料でも、コーヒー豆などの飲料も上昇率+9.0%、寄与度0.15%、鶏肉などの肉類が上昇率+4.8%、寄与度+0.13%、などなどと書き出せばキリがないほどです。食料はエネルギーとともに国民生活に欠かせない基礎的な財であり、実効ある物価対策とともに、価格上昇を上回る賃上げや最低賃金の大幅な引上げを期待しています。
最後に、総務省統計局の小売物価統計を元にした農林水産省資料「小売物価(東京都区部)の推移(総務省小売物価統計)」から引用した コメの小売価格 のグラフは下の通りです。昨年2024年年央くらいまで長らく5キロで2000~2500円のレンジにあったのですが、最近時点ではコシヒカリは5000円前後となっており、猛烈なコメの価格上昇が見て取れると思います。

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2025年9月18日 (木)

2か月ぶりの前月比マイナスとなった7月の機械受注

本日、内閣府から7月の機械受注公表されています。民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注は、季節調整済みの系列で見て前月から▲4.6%減の8980億円と、2か月ぶりの減少を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

7月の機械受注、4.6%減 基調判断は据え置き
内閣府が18日発表した7月の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる船舶・電力を除く民需(季節調整済み)は前月比で4.6%減の8980億円だった。2カ月ぶりにマイナスとなった。製造業が3.9%増、非製造業が3.9%減だった。
基調判断は「持ち直しの動きがみられる」と据え置いた。QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は1.4%減だった。
製造業は3.9%増の4284億円だった。運搬機械などが伸び、汎用・生産用機械が16.7%増とけん引した。自動車・同付属品は2.9%増だった。
自動車・同付属品の受注額の水準は自動車関税が課され始めた4月以前の水準には戻っていない。内閣府の担当者は7月下旬にまとまった日米の関税合意の影響は「現時点で確認できない」と説明する。
非製造業(船舶・電力を除く)が3.9%減の5011億円だった。金融・保険業で電子計算機などデジタル関連の受注に反動減があり7月はマイナスとなった。
民需(船舶・電力除く)について毎月のぶれをならした3カ月移動平均は0.8%減と小幅なマイナスにとどまり、基調に大きな変化はみられない。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、機械受注のグラフは上の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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引用した記事の2パラめにある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは前月比▲1%を超える減と見込まれていました。実績の▲4.6%減はやや下振れした印象ながら、レンジ下限が▲5.5%減ですし大きなサプライズはありませんでした。いずれにせよ、3月統計で前月比+13.0%増を記録した後の4月統計は反動で▲9.1%減、5月統計でも▲0.6%減と、3月の大幅増の反動も終わって、6月統計で+3.0%増の後、本日公表の7月統計では▲4.6%減となっています。また、この統計では発注が取り消された場合、その取消しが生じた月で調整することになっていますので、あるいは、ひょっとしたら、トランプ関税による発注取消しがここ何か月かで不連続に生じている可能性は否定できません。4~6月期の四半期ベースでは前期比+0.4%と3期連続のプラスでしたし、統計作成官庁である内閣府では、基調判断を「持ち直しの動きがみられる」との基調に変化は見られないとして据え置いています。7月統計を業種別に季節調整済みの前月比で見て、製造業が+3.9%増の一方で、船舶・電力除く非製造業は▲3.9%減となっています。4~6月期までのコア機械受注は3期連続のプラスでしたが、7~9月期見通しでは▲4.0%の減少に転ずると見込まれています。しかも、製造業・非製造業ともに前期比マイナスの見通しです。
日銀短観などで示されたソフトデータの投資計画が着実な増加の方向を示している一方で、機械受注やGDPなどのハードデータで設備投資が増加していないという不整合があり、現時点ではまだ解消されているわけではないと私は考えています。人手不足は見込み得る範囲の近い将来にはまだ続くことが歩く予想されますし、DXあるいはGXに向けた投資が盛り上がらないというのは、低迷する日本経済を象徴しているとはいえ、大きな懸念材料のひとつです。かつて、途上国では機械化が進まないのは人件費が安いからであるという議論が広く見受けられましたが、日本もそうなってしまうのでしょうか。でも、設備投資の今後の伸びを期待したいところですが、先行きについては決して楽観はできません。特に、海外要因としては、米国のトランプ政権の関税政策が決着したとはいえ、米国連邦準備制度理事会(FED)は連邦公開市場委員会(FOMC)において、"the Committee decided to lower the target range for the federal funds rate by 1/4 percentage point to 4 to 4-1/4 percent." と金利引下げを決定し、為替が円高に振れる可能性が高まっており、いくぶんなりとも、輸出にマイナスの影響を及ぼす可能性がありますし、したがって、製造業の設備投資にはマイナスのインパクトがあると考えるべきです。国内要因として、日銀が金利の追加引上げにご熱心ですので、すでに実行されている利上げの影響がラグを伴って現れる可能性も含めて、為替への影響を別にしても、金利に敏感な設備投資には悪影響を及ぼすことは明らかです。どう考えても、先行きについてリスクは下方に厚いと考えるべきです。

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2025年9月17日 (水)

とうとうトランプ関税が輸出数量に現れた8月貿易統計

本日、財務省から8月の貿易統計が公表されています。統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比▲0.1%減の8兆4251億円に対して、輸入額は▲5.2%減の8兆6676億円、差引き貿易収支は▲2425億円の赤字を計上しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

8月の対米輸出13.8%減 トランプ関税で落ち込み続く
財務省が17日発表した8月の貿易統計速報によると、米国向けの輸出額は1兆3854億円と、前年同月に比べ13.8%減った。減少は5カ月連続。対米貿易黒字は50.5%減の3239億円と、2023年1月以来の低水準だった。トランプ米政権の関税政策の影響が続き、自動車の輸出額が減少した。
米国向け自動車の輸出額は28.4%減の3076億円で、台数は9.5%減の8万6480台だった。輸出額を台数で割った平均単価は20.9%減の355万円だった。6カ月連続で前年同月を下回った。国内メーカーが低価格の車種を優先して輸出したり、関税影響を和らげるために輸出価格を引き下げて自社で関税コストを吸収したりする動きが続いた可能性がある。
全世界に対しての輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は2425億円の赤字だった。赤字は2カ月連続。
輸出額は0.1%減の8兆4251億円だった。
中国向けの輸出は0.5%減の1兆5007億円だった。減少は6カ月連続。半導体製造装置や自動車部品などの輸出が落ち込んだ。
欧州連合(EU)向け輸出は5.5%増の7804億円で、2カ月ぶりに増加した。建設用・鉱山用機械やハイブリッド車などの輸出が増えた。
全世界からの輸入額は5.2%減の8兆6676億円だった。中東からの原粗油や韓国からの軽油などが減少した。原粗油は金額ベースで21%減と、7カ月連続で減少した。数量は2.5%減だった。8月の平均為替レートは1ドル=147円73銭で、前年同月から2.1%の円高だった。
EUからの輸入額は18.2%減の9013億円と4カ月ぶりに減った。医薬品や航空機類の輸入が減少した。
中国からの輸入額は2.1%増の1兆9264億円だった。パソコンやスマートフォンの輸入が増えた。米国からは11.6%増の1兆614億円だった。航空機類などの輸入が増加した。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは▲5000億円超の貿易赤字が見込まれていたところ、実績の▲2400億円を超える赤字はややや上振れした印象です。予測レンジの上限が▲2476億円でしたので、このレンジ上限付近ということになります。季節調整済みの系列でも、8月統計では▲1500億円ほどの赤字を記録しています。ただし、いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、輸入は国内の生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。固定為替相場制度を取っていた1950-60年代の高度成長期のように、「国際収支の天井」を意識した政策運営は、現在の変動為替制度の下ではまったく必要なく、比較優位に基づいた貿易が実行されればいいと考えています。それよりも、米国のトランプ新大統領の関税政策による世界貿易のかく乱によって資源配分の最適化が損なわれる可能性の方がよほど懸念されます。すなわち、引用した記事のタイトルのように、トランプ関税で日本の輸出が減少したり、貿易収支が赤字の方向に振れることではなく、貿易を含めた資源配分の最適化ができなくなってしまう点が問題と考えるべきです。ただ、私のような考え方は、政府でも、経済界でも、メディアでも少数派なんだろうということは理解しているつもりです。ひょっとしたら、学界ですら少数派なのかもしれません。
本日公表された8月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により主要品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油が数量ベースで▲2.5%減、金額ベースでも▲21.0%減と大きく減少しています。石油価格が大きく下落している商品市況を反映しています。さらに、エネルギーを上回る注目を受けている食料品は金額ベースで▲0.2%減となっているのですが、輸入総額の前年同月比伸び率が▲5.2%に達している中で、ほぼ横ばいの印象です。特に、食料品のうちの穀物類は数量ベースで▲1.5%減、ただし、金額ベースでは▲8.2%減となっています。原料品のうちの非鉄金属鉱は数量ベースで+8.3%増、金額ベースでも+19.6%増を記録しています。輸出に目を転ずると、トランプ関税で注目の自動車が数量ベースで+0.2%増となったものの、金額ベースでは▲7.9%減となっています。引用した記事にもあるように、自動車輸出のうちの米国向けは、数量ベースで▲9.5%減、金額ベースで▲28.4%減となっています。自動車輸出において数量ベース減を上回る金額ベース減は明らかに、日本のメーカーあるいは輸出商社の方で関税の一部を相殺するような価格設定により、販売台数の減少を食い止めようとしていることを表していると考えるべきです。どこまでこういった関税負担がサステイナブルであるかは私には不明です。ただ、すでに、米国向け自動車関税は27.5%から15%に引き下げられている点には注意が必要です。電気機器も金額ベースで▲12.0%減、一般機械も▲17.6%減と大きく落ち込んでいます。輸出だけは国別の前年同月比もついでに見ておくと、引用した記事にもあるように、中国向け輸出が前年同月比で▲0.5%減となったにもかかわらず、中国も含めたアジア向けの地域全体では+1.7%増を記録しています。また、他方で、EU向けは+5.5%増ながら、米国向けは▲13.8%減と大きく落ち込んでいます。

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2025年9月16日 (火)

日本に財政拡大余力はどれくらいあるのか?

先週9月12日に、第一生命経済研究所から「日本の財政状況と財政余力」と題するリポートが明らかにされています。もちろん、pdfでもアップロードされています。まず、とても長くなりますが、リポートから要旨を4点引用すると下の通りです。

要旨
  • 日本の財政収支は過去30年で最も改善しており、ストック面から見た財政状況も改善している。背景には、インフレ経済に移行したことにより名目GDPが拡大し、税収弾性値も政府想定よりも高水準のためである。こうしたことからすれば、まず最優先に必要なのは、日本も90年代前半まで行っていたインフレ調整減税といえる。
  • インフレ調整減税を加味しても公債残高対GDP比を上昇させないことを条件とすると、足元の状況に最も近い内閣府「中長期の経済財政に関する試算(25年8月)」の成長移行ケースに基づけば、2034年度までに年10兆円を大きく上回る財政余地があると計算される。
  • 仮により慎重に財政運営すべきだとしても、毎年10兆円程度の範囲内での追加的な財政支出であれば、財政支出の拡大と公債残高対GDP比の低下の両立が可能となる。
  • アベノミクス前後の財政状況を考えると、それ以前のデフレが日本の財政を悪化させたことは明らかである。財政悪化がデフレから生じたことを勘案すれば、名目GDPを成長させることが最も重要であり、そのためには2%の物価安定目標は必達といえる。

私が紀要論文で "An Essay on Public Debt Sustainability: Why Japanese Government Does Not Go Bankrupt?" を書いたのは一昨年2023年9月でしたが、その後、日本の財政については、大きな変化はないと私も認識しています。ですので、私の紀要論文の Figure 2: actual and projection of general government primary balance as a percentage of GDP と同じ趣旨のグラフ 一般政府の資金過不足 をリポートから引用すると下の通りです。

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2020年からのコロナ・ショックに伴って、一般国民向けの特定給付金の支給やワクチン費用負担、もちろん、事業者向けの持続化給付金などの財政支出とともに、税収も伸び悩んだことから財政は一気に赤字幅を拡大しましたが、一般的な傾向として一般政府の財政赤字や資金不足が緩和されてきているのは誰が見ても明らかです。

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続いて、リポートから 名目GDP成長率と税収伸び率 を引用すると上の通りです。内閣府「中長期の経済財政に関する試算 (2025年8月)」で用いられている税収弾性値2.13で修正した税収と中長期試算が前提とする支出を用いて、政府債務残高対GDP比を上昇させない財政余力を考えると、財政余力は少なくとも12兆円以上に拡大すると結論しています。最後に、リポートから 国の公債残高/GDPを上昇させない範囲の財政余力と税収上振れ額 のグラフを引用すると下の通りです。

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2025年9月15日 (月)

佐藤輝の5打点で中日に完勝

  RHE
中  日001000100 270
阪  神20202000x 680

【中】松葉、近藤、梅野、伊藤、メヒア - 石伊
【神】ネルソン、伊原、畠、ドリス - 坂本、梅野

佐藤輝選手の3安打5打点と先発ネルソン投手の好投で中日に完勝でした。佐藤輝選手はシーズン40ホームランが大いに現実味を帯びてきた気がします。
先週日曜日に早々とリーグ優勝を決めてから、ジャイアンツのの乱打戦で逆転サヨナラ負けを食らったりして、5試合で1勝4敗と冴えない展開の試合が続いていましたが、久しぶりにスッキリと勝った気がします。一昨年2023年よりもさらに長い調整期間となってしまったので、体調を整えてポストシーズンに臨んで欲しいと思います。

クライマックスシリーズと日本シリーズも、
がんばれタイガース!

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帝国データバンクによる2025年7月「カレーライス物価指数」

先週9月10日に、帝国データバンクから2025年7月「カレーライス物価指数」2025年7月が明らかにされています。2か月連続の低下となっています。まず、帝国データバンクのサイトからSUMMARYを3点引用すると下の通りです。

SUMMARY
  • 2025年7月のカレーライス物価は1食438円(前年同月342円)となった。
  • 前月からは▲2円と2カ月連続で値下がり(低下)した。
  • 最新の物価動向に基づく2025年8月の予測では1食437円となり、2024年以降続いた急激な値上がり局面は一旦ピークを越えたとみられる。

続いて、同じく帝国データバンクのサイトから 「カレーライス物価指数」推移 (全国、月別推移) のグラフを引用すると下の通りです。

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続いて、同じく帝国データバンクのサイトの情報を取りまとめると以下の通りです。「カレーライス物価」は、2025年7月時点で1食あたり438円となっています。ただし、前年同月の342円で比べると+96円、28.1%の値上がりとなっています。13か月連続で前年同月比2ケタを超える大幅な上昇が続いたのですが、上昇ペースは明らかに鈍化しています。また、前月の440円からは▲2円と、わずかながら3年ぶりに2カ月連続で前月を下回り、3か月ぶりに1食440円の水準を下回る水準となしました。銘柄米を中心にコメ価格の急激な上昇ペースが一服したほか、ニンジンなど野菜類の価格も落ち着いたことが要因です。来月2025年8月は1食437円と予想されており、急激な値上がりはピーク越えたものの値下げは緩やかであろう、と結論しています。
もちろん、生産者目線で考えると再生産可能な価格水準を維持する必要はありますが、消費者目線からすればコメ価格はまだまだ高止まりしており、何とかならないものでしょうか。

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2025年9月14日 (日)

今日は私の誕生日

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今日は、私の誕生日です。
前期高齢者も立派な67歳になりました。
高校あたりの同級生では、すでに年金生活に入っている友人も少なくないもですが、悲しくもまだ私は働いています。
父親の死んだ年齢を考えると、残すところ後5年ほどなのですが、さすがに、もう少し命長らえそうな気がしています。でも、残り寿命が10年あるというほどには楽観はしていません。それだけに充実した残り人生を楽しみたいと思います。

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2025年9月13日 (土)

今週の読書は開発経済学の経済書をはじめ計5冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、高野久紀『開発経済学』(日本評論社)は、開発経済学について、理論とともに実証手法についても詳細な解説がなされています。特に、開発経済学を幅広く、というか、狭義の開発経済学の範囲を超えて一般的なミクロとマクロの経済学の理論や実証にまで及んでいる印象です。片野秀樹『休養学』(東洋経済)では、健康のために重視されるのは栄養・運動・休養なのですが、栄養と運動については学問的な体系化が進んでいる一方で、休養についてだけは学問として確立していないため、疲労を軽減・緩和するため、7つの休養モデルを定義し、取り入れることにより疲労回復の促進を提案しています。横山勲『過疎ビジネス』(集英社新書)は、河北新報のジャーナリストが幅広い取材により、過疎にあえぐ小さな自治体に近づき公金を食い物にする「過疎ビジネス」と、地域の重要施策を企業に丸投げし、問題が発生すると責任逃れに終始する「限界役場」の実態を明らかにしようと試みています。海野和男『不登校を克服する』(文春新書)では、不登校を「克服」した事例が数多く収録されていますが、不登校の原因はさまざまであって、どこまで過去の成功例を語るのに意味があるかは不明でした。また、最近のSNSが何らかの原因となる事例には言及がありません。友井羊ほか『おいしい推理で謎解きを』(双葉文庫)は、表紙画像に見られるように、4人の作家による4話のミステリ短編を編んだアンソロジーです。食べ物やお料理などに関連したお話の謎解きが展開されます。すべて佳作ぞろいですが、食べ物やお料理に関心ある読者はさらに楽しめそうです。
今年2025年の新刊書読書は1~8月に214冊を読んでレビューし、9月に入って先週の6冊と今週の5冊を加えると合計で225冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。

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まず、高野久紀『開発経済学』(日本評論社)を読みました。著者は、京都大学経済学部准教授です。タイトル通りに、開発経済学について、理論とともに実証手法についても詳細な解説がなされています。特に、本書については開発経済学を幅広く、というだけではなく、狭義の開発経済学の範囲を超えて一般的なミクロとマクロの経済学の理論や実証にまで及んでいる印象です。私も開発経済学の中でもマクロの開発経済学を研究したことはあり、何年か前に "Mathematical Analytics of Lewisian Dual-Economy Model: How Capital Accumulation and Labor Migration Promote Development" なんて紀要論文も書いたりしたのですが、マクロの開発経済学の範囲にとどまっており、例えば、開発政策の案件選択といったマイクロな開発経済学はサッパリです。しかし、本書はランダム化比較試験=Randomized Controlled Trial (RCT)まで踏み込んで取り扱っています。ただし、アフリカが主たる対象とも思いませんが、やや初期の開発段階が意識されている印象があります。というのは、第1章と第2章で開発経済学や実証研究の基礎を解説した後、マイクロな開発経済学としては第3章で医療や衛生、第4章で教育に焦点が当てられています。第5章からは、引き続きマイクロな視点を主としつつも、マクロの開発経済学の要素も入れて、第5章でリスク、第6章でマイクロファイナンス、最後の第7章ではさらにマクロの発展理論などに進んでいます。私が数学的に展開したルイスの2部門モデルなんかは最後の第7章に含まれています。ということで、もう一度繰り返しますが、開発経済学のみならず広くミクロとマクロの経済学、さらに、実証研究までを含んだ幅広い開発経済学ないし経済学のテキストといえます。ただ、初学者や一般ビジネスパーソン向けではなく、相当ハイレベルな大学でも学部3-4年生向け、通常であれば大学院向けのテキストと考えるべきです。しかも、大学院向けのテキストとしても、教える教員のレベルにもよる可能性はありますが、私なんぞであれば、セメスターの14-5回の授業ではすべてをカバーするのはムリで、1年間に渡って30回近い授業回数を必要とすると思います。ただ、それなりのレベルの大学院であれば、自習用のテキストには十分な内容です。最後に、私は最近の経済開発案件で気候変動や地球環境に配慮すべき方向性が打ち出されている点に少し疑問を持っているのですが、本書では気候変動や地球環境にはそれほど大きな力点を置いていません。私が読み通した印象でもそうですし、索引にも、「気候変動」、「環境」、「地球環境」といった用語は現れません。はい、繰り返しになりますが、先進国政府や国際機関では経済開発を進める際に気候変動や地球環境への配慮を重視する傾向を強めていて、特に、国連がSDGsを打ち出してからの最近10年間ではさらにその傾向を強めている気がしている一方で、私は途上国や新興国では環境問題についてはほぼほぼ無視されている印象を持っています。だからこそ、先進国や国際機関が、まあ、何と申しましょうかで、「家父長的」な配慮でもって気候変動や地球環境への配慮の重要性を経済開発政策に盛り込むべき、という議論は理解します。理解しますが、開発経済学のそれほど大きな要素と考える根拠は、私は現時点では見出だせていません。その意味で、気候変動や地球環境への配慮にそれほど大きな重きを置いていない本書の構成にチョッピリ共感しています。逆の見方をするエコノミストが多い点は理解しています。

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次に、片野秀樹『休養学』(東洋経済)を読みました。著者は、たぶん、医師ではないかと思うのですが、日本リカバリー協会の代表理事を務めています。というのも、健康のために重視されるのは栄養・運動・休養なのですが、栄養と運動については学問的な体系化が進んでいる一方で、休養についてだけは学問として確立していない、と主張しています。ということで、本書では、最近25年間で疲れている人が6割から8割に増加し、疲労による経済的損失が1.2兆円に上るという調査結果を基に書き起こしています。日本では他の先進国に比較しても、決して休養が少ないわけではないものの、休み方に違いがあると指摘しています。すなわち、日本では単に睡眠を取るだけでよしとし、運動・スポーツや家族・友人・知人との交流が少ないという主張です。そして、疲労の原因となるストレッサーには5種類あると指摘し、物理的ストレッサー、化学的ストレッサー、心理的ストレッサー、生物学的ストレッサー、社会的ストレッサーを上げています。そして、これらのストレッッサーが引き起こす疲労を軽減・緩和するための休養を生理的休養、心理的休養、社会的休養の3種類に分類し、さらに、その下に7つの休養モデルを定義し、これらを日常的に取り入れることにより疲労回復の促進を提案しています。まず、生理的休養においては、休息タイプ、運動タイプ、栄養タイプのそれぞれのモデルが対応します。次の心理的休養に対しては、親交タイプ、娯楽タイプ、造形・想像タイプの3タイプのモデルがあります。社会的休養については転換タイプのモデルを考えています。まあ、ネーミングである程度の想像はできると思いますが、本書のメインと考えられる第3章で、こういった休養モデルが展開されています。詳細は読んでみてのお楽しみです。そして、第3章の先では補足的に日常の心がけなどを議論しています。はい、私も常識の範囲で知っていることが多かった気がします。例えば、人口に膾炙したところで、食事は「腹八分目」に抑える、といったことです。ですので、問題はそういった常識的にすでに理解していることを、休養のためにいいと見なされていることを、いかにして実行するか、という点が重要です。この実践的な面で課題が残りそうです。例えが悪いのですが、知り合いからゴルフのレッスンに関して文句を聞いたことがあって、「ドライバーを振って250ヤード先のフェアウェイ真ん中にボールを進めて下さい」では、何のレッスンにもなりません。それが出来ないから困っているわけです。

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次に、横山勲『過疎ビジネス』(集英社新書)を読みました。著者は、河北新報のジャーナリストです。出版社のサイトから引用すると、「著者の取材から浮かび上がったのは、過疎にあえぐ小さな自治体に近づき公金を食い物にする『過疎ビジネス』と、地域の重要施策を企業に丸投げし、問題が発生すると責任逃れに終始する『限界役場』の実態だった。」ということになります。出版社のサイトでは、福島県国見町、宮城県亘理町、北海道むかわ町といった地方公共団体名も明らかにされています。その中でもっともボリュームが割かれているのが福島県国見町の事案、というか、事件であり、東洋経済オンラインの記事『過疎ビジネス』にすがった福島・国見町の過ち」で明らかにされているように、企業版ふるさと納税で国見町に寄せられた計4億3200万円を財源に、高規格救急車12台を町で所有し、他の自治体などにリースするという事業を詳細に取材した結果を本書で明らかにしています。この事業は、宮城県の備蓄食品製造のワンテーブルが受託し、救急車ベンチャーのベルリング(東京)が車体製造を担い、そして、大元の匿名で財源を寄付したのは、ベルリングの親会社であるDMM.comとそのグループ2社であると企業名も東洋経済オンラインは明らかにしています。なお、東洋経済オンラインの記事は本書の著者による寄稿です。はい、私は関西出身で、京都大学を卒業した後に東京で国家公務員を60歳の当時の定年まで勤め、定年後に関西に戻って立命館大学の教員をしていますので、やや地域的に馴染みはないのですが、本書で取り上げている事案、というか、事件は東北に限定されるものではないと認識しています。もちろん、地方公共団体に限定されるものでもなく、中央政府、というか、形式的にはオリンピック委員会が舞台でしたが、電通による大きな汚職事件の裁判が進められているのは広く知られているところかと思います。さらに進んで、国際協力、というか、円借款の事業選択が商談ベースで進められている実態も決して見逃すべきではありません。ということで、日本では政府を小さくし過ぎて、地方政府だけではく中央政府まで大きな能力不足に陥り、本誌に登場するようなコンサル、電通などの広告代理店、パソナなどの人材派遣会社、果ては商社や銀行までが地方公共団体や中央政府から事業を丸投げされて、公金ビジネスに群がり、汚職や腐敗が進んだ末期症状すら呈し始めている気がします。何だったのかすっかり忘れましたが、そのうちに、東大卒業生が政府の国家公務員ではなくコンサルへの就職を進め、国家公務員はMARCH卒業生で占められるようになる、という見込みを示していた何かの記事か、本を読んだ記憶があります。たぶん、私の勤務校の立命館大学が国家公務員総合職試験で東大と京大についで3番目にランクインした時の何かだったと思います。はい、そうなったら、ますます公務員はコンサルに依存する可能性が高まるんでしょう。

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次に、海野和男『不登校を克服する』(文春新書)を読みました。著者は、たぶん、福島県内で小学校と中学校の校長を4校務めた教育者であり、臨床心理士・学校心理士・家族心理士などとして教育相談にも従事していたそうです。出版社のサイトでは「不登校問題の解決バイブルの決定版」と宣伝されており、本書のメインとなる部分はⅤ 教師と学校の対処、Ⅵ カウンセリング(教育相談)の実際、の2章における膨大な実例だと思います。実際に、私も大学教員として直前の高校の実態には十分な情報把握の日つ用があると考えています。高校段階では、通信制や単位制の高校が増えていて、学校に通っていない高校生も少なくない、というか、最近は増えている、と聞き及んでいます。ただ、私が勤務しているのは大学であって、18歳以上の成人を対象にした高等教育機関ですので、高校のように、実際には義務教育と大きな違いがなく、ほぼほぼ全入制の学校とは違って、自己責任の部分は決して無視できませんから、大学への不登校というのは、それほど問題視されていないのではないか、と受け止めています。ただ、本書に関して私はいくつか疑問があって、第1に、不登校とは一種の異常な状態であって、本書のタイトル通りに「克服」すべきものかどうかです。私は本書ほど強い判断はしませんが、不登校ではく、投稿して教室で教師や同級生と時間も空間も共有して、いっしょに勉強を進める方が、あくまで一般論ながら、好ましいと考える人が多いのは確かであろうと受け止めています。第2に、不登校の原因を考えるべきなのは当然ですが、本書の事例がどれほど応用されるべきか、私には疑問です。特に、画一的な解決策はムリがあり、かつては、社会問題にもなった戸塚ヨットスクールなんてのが、不登校というよりも、非行や情緒障害を「克服」するのに一定の有効性があると考えられていたような気がしますが、現在では、本書も含めて、少なくとも、不登校に対して「罰」を持って当たることはなくなったと私は考えています。第3に、ゼロではありませんが、何らかの意味で原因の一部をなすケースも少なくないSNSについては、とても言及が少なくなっています。ただ、繰り返しになりますが、私は本書の趣旨や内容にすべて賛成するわけではないものの、少なくとも現時点では学校の必要性が低下したわけではありませんし、学校の場での学習が一般的には望ましい、と考えられていることも事実ですから、不登校を「克服」して、通学して学校で勉強を進める、というのは追求すべきひとつの目的である点は認める必要があります。

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次に、友井羊ほか『おいしい推理で謎解きを』(双葉文庫)を読みました。著者は、小説家であり、本書のタイトル通りに謎解きのミステリ短編集ですので、ミステリ作家も多く含まれています。表紙画像に見られるように、4人の作家による4話のミステリ短編を編んだアンソロジーです。食べ物やお料理などに関連したお話の謎解きが展開されます。収録順に、友井羊「嘘つきなボン・ファム」では、フリーペーパーの編集をしている女性が主人公となり、早朝にひっそりと開店する「スープ屋しずく」を舞台に、主人公がなくした化粧ポーチの盗難事件の謎解きがテーマとなります。ラストでは、結果として、人間関係の誤解が解消され、とても心温まる結末です。矢崎存美「レモンパイの夏」では、連絡の取れない同級生を探す男子高校生が主人公です。友人を探して、入った海近くの店でぶたのぬいぐるみからオススメされたかき氷を食べ、その店の人の協力も得て、SNSに投稿された写真の一部から友人を発見し、無事に連絡が取れますが、友人が行方をくらませた原因が、今どきの社会性や社会問題を感じさせます。深緑野分「大雨とトマト」は、古びた料理店の店主が主人公です。大雨の日に少女が現れてトマトのサラダを注文するシーンから始まります。店主と少女の会話からさまざまな複雑な事情を読み取る読解力を必要とする作品です。近藤史恵「割り切れないチョコレート」は、ビストロ・パ・マルのシリーズであり、ホールを担当する青年が主人公です。客からコース最後のボンボン・オ・ショコラにクレームがつきます。実は、その客が近くに店を開店したばかりのショコラティエであり、なぜか、その店ではチョコレートの詰合せが素数になっていて、割り切れない個数に設定されている謎を解き明かそうと試みます。私の感想としては、読み慣れたシリーズでしたので、最後の近藤史恵「割り切れないチョコレート」がよかったと感じたのですが、それ以外もすべて佳作といえるいい出来のミステリです。ただ、悲しいかな、私は普段から着るものと食べるものにはこだわりがなく、衣類はユニクロで十分、お料理はまったくせず、マクドナルドや吉野家のファストフードで、これまた十分、という不調法な人間ですので、お料理や食べ物に詳しい読者であれば、本書をもっと楽しむことができそうな気がします。

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2025年9月12日 (金)

どうして生成AIはハルシネーションを起こすのか?

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9月5日に、OpenAIからどうして生成AIはハルシネーションを起こすのかについて、そのものズバリのタイトル "Why Language Models Hallucinate" が明らかにされています。まず、引用情報は下の通りです。もちろん、pdfフォーマットの論文もアップロードされています。

次に、論文からAbstractを引用すると下の通りです。

Abstract
Like students facing hard exam questions, large language models sometimes guess when uncertain, producing plausible yet incorrect statements instead of admitting uncertainty. Such "hallucinations" persist even in state-of-the-art systems and undermine trust. We argue that language models hallucinate because the training and evaluation procedures reward guessing over acknowledging uncertainty, and we analyze the statistical causes of hallucinations in the modern training pipeline. Hallucinations need not be mysterious-they originate simply as errors in binary classification. If incorrect statements cannot be distinguished from facts, then hallucinations in pretrained language models will arise through natural statistical pressures. We then argue that hallucinations persist due to the way most evaluations are graded-language models are optimized to be good test-takers, and guessing when uncertain improves test performance. This "epidemic" of penalizing uncertain responses can only be addressed through a socio-technical mitigation: modifying the scoring of existing benchmarks that are misaligned but dominate leaderboards, rather than introducing additional hallucination evaluations. This change may steer the field toward more trustworthy AI systems.

あまりにも専門外なのですが、私が論文を読んだ範囲で、以下の2点が原因として指摘されていたように感じました。

  1. 生成AIは問いに対する正解が不確実なときでも、「知らない」と答えるよりも「とりあえず推測する」ことで、評価指標上は高得点を取りやすい設計がなされている点が、ハルシネーションの構造的原因と考えられます。
  2. 同時に、ハルシネーションは予測誤差の統計的帰結でもあると分析されています。すなわち、ある命題を正誤だけで判断できない設問に対し、誤答と正答を区別するための十分な根拠がなければ、「もっともらしいが誤り」の生成は避けられないモデルの性質があります。モデルの規模や推論力が向上しても、すべてを正確に予測することは統計的に不可能といえます。

いかにも、昔の役所の公務員的な無謬性が設計に込められているように感じます。ですので、最後に、この論文では、「既存のベンチマーク評価を変更し、『不確実性を適切に表明する回答』にも評価ポイントを与える」というソシオテクニカルな介入が提示されています。つまり、モデルが「知らないことは知らないと答える」よう促す評価設計への転換を行う、という解決策が提示されています。まあ、判ってるんなら、さっさとやってくれ、と思うのは私だけではないと思います。

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2025年9月11日 (木)

上昇率が加速した8月の企業物価指数(PPI)と企業マインドの回復を示す7-9月期法人企業景気予測調査

本日、日銀から8月の企業物価 (PPI) が公表されています。統計のヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+2.7%の上昇となり、3月+4.3%、4月+3.9%、5月の+3.1%、6月+2.7%、7月+2.5%と7月まで上昇率が減速していましたが、8月統計では再び加速を見せており、高い伸びが続いています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

国内企業物価指数8月は前年比+2.7%に加速、市場予想と一致
日銀が11日に発表した8月の企業物価指数(CGPI)速報によると、国内企業物価指数は前年比2.7%上昇した。伸び率は前月の2.5%(改定値)から拡大、ロイターがまとめた市場予想に一致した。
前月比は0.2%下落と、2カ月ぶりのマイナスだった。
政府の電気・ガス料金負担軽減策により電力・都市ガス・水道が前年比2.9%下落と、7月の0.1%からマイナス幅が大きく拡大した。
ただ、農林水産物は前年比40.1%上昇と、前月の42.5%上昇から減速したものの、コメ・鶏卵などの高騰の影響で高い伸びが続いている。また、8月は銅などの非鉄金属が市況を反映して、同6.2%上昇と、前月の0.3%から伸びが加速した。
SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは「今後は前年の反動から、2%を割らないまでも、減速気味で推移するのではないか」とみている。
企業物価指数を構成する515品目中、上昇は375、下落は117。差し引き258品目と7月の240から増加した。
北米向けの乗用車の輸出価格(契約通貨ベース)は20.9%下落し、下落率は前月の18.8%を上回った。米国の高関税への対応で日本の自動車メーカーが輸出価格を大幅に引き下げる動きが続いてきたが、日銀の担当者によると、関税率25%への対応が広がっているという。
トランプ米大統領は4日、日本から輸入する自動車の関税を15%に引き下げる大統領令に署名した。同担当者は、今後時間差を伴って日本からの自動車の輸出価格が引き上げられる可能性があると話した。

インフレ動向が注目される中で、長くなってしまいましたが、いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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ヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率について、引用した記事にある通り、ロイターによる市場の事前コンセンサスは実績と同じ+2.7%でしたし、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも同じく+2.7%でした。ただ、これでも日銀物価目標の+2%を大きく上回っていることは事実です。上昇率が高止まりしている要因は、農林水産物とそれに連動した飲食料品の価格上昇です。引き続き、コメなどが高い上昇率を示しています。ただ、引用した記事にも「政府の電気・ガス料金負担軽減策」と言及している通り、電気・ガス料金負担軽減支援事業が実施されており、「7月、8月、9月の使用分について電気・ガス料金補助を行い、家計・企業等の負担を軽減することを目指す」とされています。また、対ドル為替相場は7月+1.5%の円安に続いて、8月もわずかながら+0.7%の円安となっています。私自身が詳しくないので、エネルギー価格の参考として、日本総研「原油市場展望」(2025年8月)を見ておくと、7月中旬にかけて60ドル台後半で推移していたWTI原油先物価格は、「本年末にかけて50ドル台後半に下落する見通し」とされています。ただ、円ベースの輸入物価指数の前年同月比は、5月から7月まで3か月連続で2ケタの下落を続けていましたが、8月には△3.9%と大きく下落幅を縮小させています。いずれにせよ、国内物価の上昇は政策要因も含めた国内要因による物価上昇であることは明らかです。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇率・下落率で少し詳しく見ると、まず、農林水産物は7月の+42.5%から8月も+40.1%と高止まりしています。これに伴って、飲食料品の上昇率も7月の+4.7%から8月は+5.0%と高い伸びが続いています。電力・都市ガス・水道は7月の▲0.1%から、8月は▲2.9%と電気・ガス料金負担軽減支援事業により下落幅を拡大しています。

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物価から目を転ずると、本日、財務省から7~9月期の法人企業景気予測調査が公表されています。ヘッドラインとなる大企業全産業の景況感判断指数(BSI)は足元の7~9月期は+4.7、先行き10~12月期には+4.3、来年2026年1~3月期にも+4.7と、企業マインドは順調に回復する見通しが示されています。ただし、足元も先行きもともに、米国の通商政策の影響を受けやすい大企業製造業は、大企業非製造業よりもBSIのプラス幅が小さくなっていることも事実です。また、雇用人員は引き続き大きな「不足気味」超を示しており、大企業全産業で見て9月末時点で+26.8の不足超、12月末で+23.6、来年2026年3月末でも+21.2と大きな人手不足が継続する見通しです。設備投資計画は今年度2025年度に全規模全産業で+6.8%増が見込まれています。期待していいのではないかと思いますが、計画倒れに終わらないように願っています。
果たして、10月1日公表予定の日銀短観やいかに?

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2025年9月10日 (水)

OECD Education at a Glance 2025 に見る日本政府の大学補助

昨日9月9日に、主要先進国が加盟する経済協力開発機構(OECD)から OECD Education at a Glance 2025 が公表されています。もちろん、英文ながら、pdfの全文リポートもアップロードされています。これに関して、本日の朝日新聞に「大学への公的支出、国際平均の半分 OECDが報告書 『社会格差生む』指摘も」と題する記事が掲載されています。朝日新聞の画像ビューアーのスクリーンショットで引用すると下の通りです。

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見れば明らかですが、先進国平均とも見なしうるOECD平均が大高等教育学生≅大学生1人あたりで15,102ドルであるのに対して、日本はその半分ほどの8,184ドルにとどまっています。大雑把に、ドイツと米国の間に平均がありそうです。ノルウェー、デンマーク、スェーデンなどの北欧各国は20,000ドルを超えている国も少なくありません。その北欧レベルとまではいいませんし、米国まで達せず、OECD平均が平均レベルを下回ってもいいので、せめて、大学生1人あたりあと5,000ドル、すなわち、75万円政府からの補助があれば、国立大学は学費を無償化出来ます。私が教えている私学なんかも社会科学系の学部の学費相場は100万円ですから、大幅に学費を低下させることが出来ます。大学への政府支出が増加して大学の学費が大きく低下すると大学進学率がさらに上昇し、特に、貧困層の大学進学が増加すると考えられ、大きな問題となっている貧困や格差の是正、ひいては、日本の労働者の生産性向上と賃金上昇につながる可能性が高い、と期待されます。
なお、この記事のグラフのデータの元は、私が見たところ、OECDのリポートの p.284 Table C1.1. Expenditure on educational institutions per student, by level of education (2022) となっているようです。記事の指摘にあるように、高等教育(tertiary)以前の Primary, secondary and post-secondary non-tertiary への日本の政府支出は1人あたりで10,993ドルと示されています。高校の次は大学も無償化に向けて学費の低下を進めることが必要です。

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2025年9月 9日 (火)

緊縮財政の結果として経済的に脆弱な有権者の間でポピュリスト政党支持が増えるのか?

最近ではなく、昨年2024年の American Journal of Political Science (AJPS) で "Austerity, economic vulnerability, and populism" と題する論文を見かけました。まず、引用情報は以下の通りです。

続いて、ジャーナルのサイトからAbstractを引用すると下の通りです。

Abstract
Governments have repeatedly adjusted fiscal policy in recent decades. We examine the political effects of these adjustments in Europe since the 1990s using both district-level election outcomes and individual-level voting data. We expect austerity to increase populist votes, but only among economically vulnerable voters, who are hit the hardest by austerity. We identify economically vulnerable regions as those with a high share of low-skilled workers, workers in manufacturing and in jobs with a high routine-task intensity. The analysis of district-level elections demonstrates that austerity increases support for populist parties in economically vulnerable regions, but has little effect in less vulnerable regions. The individual-level analysis confirms these findings. Our results suggest that the success of populist parties hinges on the government's failure to protect the losers of structural economic change. The economic origins of populism are thus not purely external; the populist backlash is triggered by internal factors, notably public policies.

主として欧州における地域レベルでの緊縮財政と投票行動を分析した結果であり、社会保障給付の増加に従って緊縮財政が実施された上、その緊縮財政は経済的に脆弱な有権者の投票行動に影響を及ぼす、との分析結果を示しています。経済的に脆弱=economically vulnerable とは、低スキル労働者、製造業従事者、および定型業務の強度が高い職種に従事する労働者=low-skilled workers, workers in manufacturing and in jobs with a high routine-task intensityと考えられています。下のグラフは論文から FIGURE 3 Austerity and populism: Share of low-skilled workers を引用しています。

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先に上げた経済的に脆弱なカテゴリーのうちの最初の低スキルを考えています。低スキル労働者の割合が高いほどポピュリズムのスコアが高くなっているように見えます。確かにそうなのですが、社会保障に起因してとして緊縮財政によって経済的な閉塞感があるからといって、経済的な下部構造がポピュリズムやポピュリズムによる排外主義やヘイトといった上部構造を規定するだけではなく、もっと両者のインタラクティブな関係もあるのではないか、という気がしないでもありません。その意味で、計測対象としているモデルがやや単純化のしすぎのような気もします。ただ、専門外ですので、それほど自信はありません。
あくまで、ご参考まで。

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2025年9月 8日 (月)

上方修正された4-6月期GDP統計速報2次QEと景気ウォッチャーと経常収支

本日、内閣府から4~6月期GDP統計速報2次QEが公表されています。季節調整済みの系列で前期比+0.5%増、年率換算で+2.2%の伸びを記録しています。マイナス成長は4四半期連続ぶりです。1次QEから上方改定されています。なお、GDPデフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+3.0%、国内需要デフレータも+2.3%に達し、2年余り9四半期連続のプラスとなっています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

猛暑癒やす飲食消費、日本経済に恵み4-6月GDP年率2.2%に上方修正
内閣府が8日発表した4~6月期の国内総生産(GDP)改定値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.5%増、年率換算で2.2%増だった。8月発表の速報値(前期比0.3%増、年率1.0%増)から上方修正した。最新の経済指標を反映した結果、個人消費などが上振れした。
1次速報時と同様、実質ベースでは5四半期連続でプラスだった。QUICKが事前にまとめた民間予測の中心値(前期比0.3%増、年率1.0%増)を上回った。民間予測の幅は年率0.8%増から1.9%増で、改定値は予測よりも高い結果となった。
GDPの過半を占める個人消費が速報値の前期比0.2%増から0.4%増に上振れした。「サービス産業動態統計調査」などの最新の統計を反映した結果、外食やゲームソフト、パソコンなどの消費が好調だった。
民間在庫の成長率への寄与度は速報値のマイナス0.3ポイントからマイナス0.04ポイントに上方修正した。仕掛かり品や原材料在庫が上振れした。
一方、設備投資は1.3%増の速報値から0.6%増に下方修正した。サービス関連の統計を反映した結果、ソフトウエアなどへの投資が下振れした。民間住宅も0.8%増から0.5%増に下振れた。住宅のリフォームやリニューアル需要が下振れ、下方改定となった。
輸出は2.0%増、輸入は0.6%増といずれも速報時と変わらなかった。

ということで、いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事なんですが、次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。なお、雇用者報酬については2種類のデフレータで実質化されていてる計数が公表されていますが、このテーブルでは「家計最終消費支出(除く持ち家の帰属家賃及びFISIM)デフレーターで実質化」されている方を取っています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で最初にお示しした内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2024/4-62024/7-92024/10-122025/1-32025/4-6
1次QE2次QE
国内総生産 (GDP)+0.5+0.6+0.5+0.1+0.3+0.5
民間消費+0.8+0.7+0.1+0.0+0.2+0.4
民間住宅+1.6+0.8▲0.1▲0.2+0.8+0.5
民間設備+1.6▲0.1+0.6+0.7+1.3+0.6
民間在庫 *(▲0.1)(+0.3)(▲0.4)(+0.7)(▲0.3)(▲0.0)
公的需要+1.3+0.1▲0.1▲0.2▲0.3▲0.3
内需寄与度 *(+0.9)(+0.8)(▲0.3)(+0.8)(▲0.1)(+0.2)
外需寄与度 *(▲0.5)(▲0.2)(+0.8)(▲0.8)(+0.3)(+0.3)
輸出+1.1+1.3+1.9▲0.3+2.0+2.0
輸入+3.1+2.0▲1.5+2.9+0.6+0.6
国内総所得 (GDI)+0.9+0.6+0.7▲0.1+0.8+1.1
国民総所得 (GNI)+1.5+0.6+0.2+0.3+0.3+0.5
名目GDP+2.0+0.9+1.2+0.9+1.3+1.6
雇用者報酬+1.3▲0.1+1.4▲1.4+0.8+0.9
GDPデフレータ+3.1+2.4+2.9+3.3+3.0+3.0
内需デフレータ+2.6+2.2+2.4+2.7+2.2+2.3

上のテーブルに加えて、需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された4~6月期のGDP統計速報2次QEの最新データでは、前期比成長率が小幅ながらマイナス成長を示し、黒の純輸出が大きなマイナスの寄与度を、赤の消費と水色の設備投資が小幅なプラスの寄与を、それぞれ示しているのが見て取れます。

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先月8月15日に公表された1次QEでは季節調整済みの系列で前期比+0.3%、前期比年率で+1.0%の成長であったところ、繰り返しになりますが、本日の2次QEではそれぞれ+0.5%、+2.2%に上方修正されています。内需、特に消費が大きく上方修正されています。内需も外需もいずれもプラス寄与で、やや外需の用が大きな寄与なのですが、いずれにせよ、現在の景気認識に大きな変更を加えるべき修正ではない、と考えています。在庫のプラス寄与幅が拡大していますが、成長率を少し押し上げた一方で在庫調整の停滞でもありますので、決してめでたい話ではありません。ただし、先行きに関しては、決着を見たとはいえ、米国の自動車関税が15%に設定されますので、その影響はジワジワと出てくると考えるべきです。先行きの景気に関して、米国の関税による影響のほかに、特に、景気後退の見通しについて簡単に付け加えておきたいと思います。2点あり、私は日本は米国とともに今年2025年終わりか来年2026年早々には景気後退局面に入る可能性が十分あると考えています。まず、本日公表の4~6月期のプラス成長は米国の関税率引上げに対して、主として自動車メーカーがコストアップ分を価格引下げで応じた結果であり、足元の9~9月期はこの反動によりマイナス成長を記録する可能性が十分あります。ただし、その後はいったん持ち直す可能性も十分あると見ています。ただし、第2に、景気後退ともなれば急激な景気の悪化が見られるのが通常であり、それ故に景気後退については回避できれるのであれば回避すべきという考えがエコノミストの間では強いのですが、直前のリーマン証券破綻後の金融危機とか、コロナのパンデミックとか、きわめて厳しい景気の悪化に比べれば、今回の景気後退局面はそれほどではない可能性も十分あるのではないか、と私は考えています。要するに、景気後退に陥る可能性は高いが、やたらと深刻な景気後退ではない可能性も十分ある、といったところです。

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また、本日、内閣府から8月の景気ウォッチャーが公表されています。統計のヘッドラインを見ると、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から+1.5ポイント上昇の46.7で4か月連続の前月差プラスとなり、先行き判断DIも+0.2ポイント上昇の47.5を記録しています。米国の関税政策への過度な懸念が和らいだと見られています。コメの備蓄米放出も効果あったような気がします。ただ、統計作成官庁である内閣府では、基調判断を「持ち直しの動きが見られる」で据え置いています。

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さらに、本日、財務省から7月の経常収支が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、季節調整していない原系列の統計で+2兆6843億円の黒字を計上しています。6か月連続の黒字です。

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2025年9月 7日 (日)

阪神タイガース優勝おめでとう

  RHE
広  島000000000 050
阪  神01000100x 291

【広】アドゥわ、ハーン、栗林、森浦 - 石原
【神】才木、湯浅、桐敷、及川、石井、岩崎 - 坂本

阪神タイガース優勝おめでとう
ただただ、うれしいです。ここまで圧倒的でぶっちぎりの優勝は、70年近い人生で初めての経験です。貰いもののコニャックをちびちびやりながらの観戦でした。黄金時代の到来かもしれません。今夜ばかりはビールかけを楽しんでください。

クライマックスシリーズもも、
がんばれタイガース!

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2025年9月 6日 (土)

今週の読書はSNA統計の経済書のほか文春文庫をたくさん読んで計6冊

今週の読書感想文は以下の通り計6冊です。
まず、菅幹雄[編著]『GDP推計の新たな展開』(日本評論社)は、SNA統計、すなわち、GDPなどの国民経済計算の推計方法が産業連関表(IO)から供給・使用表(SUT)に変更されるのに合わせて、SNA統計の作成方法を基礎から初学者向けに解説した入門書です。夏木志朋『Nの逸脱』(ポプラ社)では、ほとんど無関係の人の後をつけるという「逸脱」が3話のうちの2話を占め、その逸脱の結果がものすごく印象的なのは最初の第1話だけだと私は感じました。オチを求めるエンタメ小説好きには物足りないかもしれません。宮部みゆき・有栖川有栖・北村薫[編]『清張の牢獄』(文春文庫)は、十手を持った松本清張の表紙画像から理解できる通り、松本清張作品のうち時代小説の短編を9話収録しています。収録短編がすべてミステリというわけではありませんが、「大黒屋」と「蔵の中」は謎解きの要素が強くなっています。深緑野分『スタッフロール』(文春文庫)は、映画の裏方を務める視覚効果の世界に生きる2人の女性アーティスト/クリエイターに着目していて、前半はアナログ技術を用いる米国ハリウッドの特殊造形師マチルダ、後半はデジタル技術に基づくCGを駆使するアニメーターの英国人女性ヴィヴが主人公となります。高瀬乃一『貸本屋おせん』(文春文庫)は、江戸時代の文化年間が舞台となっていて、20代も半ばで千太郎長屋に住んでいて、浅草福井町で和漢貸本の梅鉢屋を営んでいるおせんが主人公となり、武士階層とは異なる江戸下町の庶民の生活を読書を通じて楽しめるとともに、出版界と権力との緊張関係も感じられます。青山文平『本売る日々』(文春文庫)は、江戸時代の文政年間を舞台とし、城下から村々に本を行商して歩く松月堂平助が主人公です。顧客は読書する上層階級であり、しかも、平助は物之本と呼ばれる漢籍や仏書や国学書などの教養書だけを扱っています。開板して出版業にも手を伸ばしたいと考え、「書林」を名乗っています。
今年2025年の新刊書読書は1~8月に214冊を読んでレビューし、9月に入って今週の6冊を加えると合計で220冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。なお、これらのほかに、瀬尾まいこ『強運のの持ち主』(中文春文庫)も読みましたが、2009年出版で新刊ではないと思いますので、SNSでシェアする予定ながら、本日のレビューには含めていません。

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まず、菅幹雄[編著]『GDP推計の新たな展開』(日本評論社)を読みました。編著者は、法政大学経済学部教授であり、政府の統計委員会の委員も務めています。本書は13章から構成されていて、表紙画像のほか、出版社のサイトに各章のタイトルが各チャプターの執筆者一覧とともに明らかにされています。私はこの執筆者の1人から本書を推薦されて読み始めました。基本的には、SNA統計、すなわち、GDPなどの国民経済計算の推計方法が産業連関表(IO)から供給・使用表(SUT)に変更されるのに合わせて、SNA統計の作成方法を基礎から初学者向けに解説した入門書です。各章末尾には演習までついています。本書冒頭のIO表とSUT表の違いをイモリとヤモリに例えているのは、まあ、何と申しましょうかで、判らない人には判らないと思いますが、本書ではごく簡単に、IO表は何らかのインパクトがあった際の経済各部門への波及とその合計を考えるのが産業連関表(IO)であり、経済各部門の算出や付加価値を考えてSNA/GDP統計の基礎となるのが供給・使用表(SUT)ということになっています。SUTの説明はトートロジーなのですが、ほかに説明のしようもない気がします。入門書として、十分な内容を備えていると私は受け止めました。コモディティ・フロー法による推計からSUTを用いた推計への変更がよく解説されています。私は国家公務員として、SUT表作成のごく初期の需要表の作成に段階で研究所の研究官として少しだけ関係しましたが、はい、ものすごく膨大な作業です。SUT表やIO表に限らず統計作成作業というものは、とても手間がかかるものなのですが、特に、国内初の統計を作成する場合は時間も手間もかかります。チャプターごとの執筆者は大学の研究者ばかりではなく、実務者もかなり含まれていますので、そのあたりのご苦労はあったものと推測しています。最後に、2点だけ指摘しておくと、まず、SNA/GSP統計の推計に関しては、国連マニュアル System of National Accounts 2008 とか、内閣府の解説書「国民経済計算推計手法解説書」とかで、学生や研究者には公共財として無料で提供されていたのですが、それなりの価格で市場化されるとすれば、もう少し付加価値が欲しいと考える向きはあるかもしれません。もっとも、私自身は役所の判りにくい表現ではなく、これだけの明快な内容を備えていれば、価格に見合った本だと考えます。もう1点、日本の統計、とういうか、公的統計については、SNA中心主義です。統計委員会の議論などでも、いかにGDP統計を正確に推計するか、という観点から、GDPはいわゆる2次の加工統計ですから、GDP統計で用いられる家計調査や貿易統計といった1次の基礎統計を設計するか、といった眼目で運営されているように私には見受けられました。しかし、世界の先進国ではSNA統計に基づいたGDPの大きさなども重視しつつ、いわゆるwell-beingあるいは幸福度といった指標の作成に取り組み始めているのも事実です。日本政府でも地域幸福度(Well-Being)指標を明らかにしていますが、あくまでデジタル田園都市国家構想実現に向けた地域指標という位置づけかと思います。その意味で、SNAGDP統計とともに、well-being統計についてもさらに調査や研究が必要、と感じてしまいました。

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次に、夏木志朋『Nの逸脱』(ポプラ社)を読みました。著者は、作家であり、2019年「Bとの邂逅」によりポプラ社小説新人賞を受賞し、改題された『ニキ』で作家デビューしています。本書は「受賞作なし」で終った第173回直木賞にノミネートされています。ということで、本書は3話の短編ないし中編からなる作品です。小説の舞台が同じ常緑市となっていて、最後の最後に、この3編が緩やかに連作短編・中編となっていることが明らかにされます。簡単に各話のあらすじを振り返ると、まず、「場違いな客」では、爬虫類ペットショップの店員である金本篤が主人公です。店主の喜屋武から爬虫類とは関係なさそうなのに紫外線ライトのみを買っていく客、特に、現金で買う客について注意を受けていて、その紫外線ライトだけ買っていく客が現れて後をつけることにしました。続いて、「スタンドプレイ」では、両親が軽度の知的障害であることなどから、生徒からひどい嫌がらせを受けている高校数学教師の西智子が主人公です。ラッシュアワーの混雑する車内で、西智子の後ろにいた若い女がスマホに夢中で車内の奥の方に詰めもせず、逆に、西智子に肘鉄をくらわしてきます。またまた、西智子はその女の後をつけることになります。これだけが短編くらいのボリュームです。最後の「占い師B」では、霊能力はサッパリだけれど、洞察力と知識や経験によるコールドリーディングによって、よく当たると評判の占い師の坂東イリスが主人公です。秋津という女性が弟子入りを志願してやってきます。見た目はパリッとしているのですが、それほど頭の回転はよくなくて、身の回りの世話などの雑用も満足には出来ません。ですので、坂東イリスはタロットカードなどの占い技術を短期間で教え込んで友人の店に追っ払おうとします。ということで、私の感想ですが、ほとんど無関係の人の後をつけるという「逸脱」、そして、弟子を取らない方針を翻して弟子を取ってしまうという「逸脱」があるにはあるのですが、その逸脱の結果がものすごく印象的なのは最初の「場違いな客」だけだと私は感じました。直木賞にノミネートされるくらいですので、何らの「オチ」のあるエンタメ小説を期待する向きには、それほどの意外性ある「オチ」ではない点は留意すべきかもしれません。すなわち、印象的なオチを求めるエンタメ小説好きには物足りない可能性が残ります。でも、すでに老齢期に入った私にとって、小説の読書は単なる暇つぶしのひとつなのですが、期待値が高い向きにはどうかなという気がして、評価は分かれそうな気がします。

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次に、宮部みゆき・有栖川有栖・北村薫[編]『清張の牢獄』(文春文庫)を読みました。編者はミステリ作家3人、著者は、日本でもっとも著名なミステリ作家の1人です。十手を持った松本清張のイラストをあしらった表紙画像から理解できる通り、松本清張作品のうち時代小説の短編を9話収録しています。出版社のサイトに各短編のタイトルなどが明らかにされています。松本清張作品のほかに、というか、冒頭に収録されている松本清張の短編「酒井の刃傷」と読み比べられるように、同じ事件をモチーフにした久生十蘭「無惨やな」と大佛次郎「夕凪」も収録しています。『清張の迷宮』に続く豪華アンソロジーの第2弾となります。9話と多くの短編を収録していますので、中でも松本清張作品に期待されるミステリの謎解きの要素の強い2話、すなわち、「大黒屋」と「蔵の中」だけ簡単にあらすじを紹介します。「大黒屋」は、穀物問屋の大黒屋を舞台に、主人の常右衛門と同郷の留五郎が常右衛門の妻のすてに横恋慕したかのように、何度も大黒屋に泊まりに来た挙げ句、殺されてしまいます。岡っ引きの惣兵衛の手下である幸八が殺人事件前から調べを始めていて、最後は極めて大がかりな犯罪を明らかにします。「蔵の中」は、畳表や花筵の問屋である備前屋が舞台となります。主人の庄兵衛は浄土真宗の信心が篤く、報恩講の夜のお斎の席で1人娘のお露に迎える婿養子を雇い人の手代である猪助とすることをみなに明らかにします。そのお斎の済んだ夜に事件が起こり、翌朝に神田駿河台下の岡っ引き錨屋平蔵親分に知らせが届きます。すなわち、蔵の中で手代の岩吉が絞殺されていて、番頭の半蔵も蔵の横に掘った穴に首を突っ込んで死んでおり、その穴には1人娘のお露が半死半生で横たわっていました。婿養子に選ばれた猪助は行方不明となっています。ということで、ほかの短編がミステリの要素をまったく欠いているというわけではありませんが、ミステリ作家としての松本清張の真骨頂を感じることが出来るのはこの2話だと思います。ちなみに、「大黒屋」は北村薫と宮部みゆきのイチ押し、そして、「蔵の中」は有栖川有栖のイチ押し、となっています。

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次に、深緑野分『スタッフロール』(文春文庫)を読みました。著者は、作家であり、私は少なくともデビュー作の『戦場のコックたち』と『ベルリンは晴れているか』については読んだ記憶があります。本書は2022年4月に単行本で出版されており、今年文庫本になっています。単行本で出版された際に、第167回直木賞にノミネートされています。ということで、本書は2部構成であり、いずれも映画の裏方を務める視覚効果の世界に生きる2人の女性アーティスト/クリエイターを主人公にしています。前半は、アナログ技術を用いる特殊造形師の米国女性マチルダ・セジウィック、後半はデジタル技術に基づくCGを駆使するアニメーターの英国人女性ヴィヴィアン(ヴィヴ)・メリルです。それぞれ国籍が違っていて、前半はマチルダの生まれる終戦直後から1980年代半ばのニューヨークないしロサンゼルス/ハリウッドが舞台となり、後半は2017年のロンドンを主にストーリーが展開されます。ただ、前半ではマチルダが誕生から40歳近い年齢を追っている一方で、後半のヴィヴの方は子供時代は追想されるだけです。前半では、マチルダの父親が戦争から復帰し、マチルダは父親の戦友であるロニーから映画の楽しさを教えられ、20歳で大学を中退して映画の特殊造形師を目指し、1970-80年代をハリウッドで過ごします。圧倒的な男性優位の世界で頭角を現すものの、仕事面でも生活面でもパートナーであったリーヴがデジタルのCGの可能性を追う中で別れてしまいます。映画の仕事は、「怪物X」の作品を最後に事実上の引退生活に入ってしまい、行方知れずとなってエンドロール/スタッフロールに名前を出すこともなく、「伝説」の存在となります。後半のロンドンを舞台にしたヴィヴはアニメーターとして、マチルダの最後の仕事の「怪物X」をCGでリメイクすることになります。マチルダと別れたリーヴが英国に渡って来ていてヴィヴの会社の社長となっています。マチルダからリーヴを奪ったCGのパイオニアであるモーリーン・ナイトリーがロンドンに現れて、なぜか、ヴィヴとマチルダの橋渡しをして、ヴィヴをマチルダに会わせようと試みます。ということで、およそ30年余りの断絶した前半と後半で、ともに映画の裏方の特殊造形ながら、アナログとデジタルで、必ずしも共通性のない世界となった特殊造形を舞台とした女性の活動・活躍を描き出そうと試みています。ただ、文庫本最後の著者のあとがきになりますが、作者のようにアカデミー賞視覚効果賞のマニアであれば、技術的な詳細も理解力があるものの、私のような技術系に弱い人間には難しい部分が少なくありません。そのあたりは覚悟して読んだ方がいいような気がします。最後の最後に、どうでもいいことながら、映画のエンドロール/スタッフロールに相当しそうな政府白書の執筆者について、最近入手した今年2025年版の「経済財政白書」には最後に作成担当者名簿があったりします。私が60歳の定年まで国家公務員をしていた際にも、一応、何とか白書の執筆も担当したりしたのですが、このような執筆担当者名簿なんてものはありませんでした。時代は変わって来ているのかもしれません。

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次に、高瀬乃一『貸本屋おせん』(文春文庫)を読みました。著者は、もちろん、小説家なのですが、2020年「をりをり よみ耽り」により第100回オール讀物新人賞を受賞し、本書により2022年にデビューしています。本書の単行本の出版は2022年であり、今年文庫化されましたので、読んでみた次第です。表紙・タイトルに見られる貸本屋のおせんが主人公です。おせんは20代も半ばで、千太郎長屋に住んでいて、浅草福井町で和漢貸本の梅鉢屋を営んでいます。幼馴染の豊と恋仲のようです。当時の貸本屋は本を貸すだけではなく、浮世絵を売ったり、写本を作ったりもしています。江戸時代の文化年間が舞台となっています。5話の短編から構成されており、冒頭に収録されている短編が第100回オール讀物新人賞を受賞した「をりをり よみ耽り」ということになります。以下、収録順にあらすじは、まず、「をりをり よみ耽り」では、本書短編集の導入部といえます。おせんの父親の平治は、読み物の挿絵や錦絵の版板を彫る職人でしたが、ご公儀を愚弄する内容の出版に関わった科により版板を廃棄され、職を失って酒浸りになり、女房に逃げられた挙げ句に父親自身も身投げして亡くなり、おせんは生涯孤独の身となってしまいます。第2話の「板木どろぼう」と第3話の「幽霊さわぎ」はややミステリの要素を含む謎解きに仕上げてあります。「板木どろぼう」は、滝沢馬琴の新しい本を出版することになって、今でいう共同出資の形で南場屋と伊勢屋が相板しているところ、南場屋の版木が盗まれてしまう謎をおせんが解こうとがんばります。「幽霊さわぎ」では、団扇問屋の七五三屋の主人の平兵衛が頓死した後、残された妻の志津が手代の新之助と亡骸のそばで浮気しそうになると、平兵衛の死体が目を開いてしまいます。いったい、何が起こったのか、おせんが解き明かそうと試みます。第4話の「松の糸」では、刃物屋のうぶけ八十亀の惣領息子で、とびっきりのイケメンの公之介が、老舗の料理屋の竹膳の出戻り娘のお松に言い寄ったところ、実在するかどうかも不明な『源氏物語』の「雲隠」の帖、「幻」と「匂宮」の間に存在すると伝承されている帖が欲しいといわれて、おせんが探し回ります。最後の第5話の「火付け」は、少しおどろおどろしいストーリーであり、吉原で針子をしている小千代が遊女として客を取らされそうになって足抜けします。連れ戻そうとする遊郭の若衆とともに、おせんも別の目的で小千代を探して、江戸の外に逃がそうと奮闘します。そういった中で、おせんは火事により千太郎長屋から焼け出されてしまいます。最後に、私は浅草近辺はそれなりに土地勘があり、お江戸の下町の雰囲気も知らないではありませんから、十分楽しめました。そういった武士階層とは異なる江戸下町のざっかけない庶民の生活を読書を通じて楽しめます。また、おせんの属する出版界と権力とは、現在だけではなく徳川期にもそれ相応に緊張関係にあったし、現在はもっと緊張感が高くなって然るべき、ということをよく理解できた気がします。本書の続編『往来絵巻 貸本屋おせん』もすでに出版されており、私はできれば読みたいと考えています。

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次に、青山文平『本売る日々』(文春文庫)を読みました。著者は、大御所の時代小説作家であり、私はミステリ仕立ての『半席』や『泳ぐ者』などを読んでいます。本書は2023年に単行本が出版されていて、今年2025年に文庫化されています。本書の舞台は江戸時代の文政年間であり、どこかの地方の城下から村々に本を行商して歩く松月堂平助が主人公です。出身は隣国で、その故郷では平助が始めた紙問屋を弟の佐助が継いでいます。本を売って歩いているので、顧客は読書する上層階級であり、しかも、平助は物之本と呼ばれる漢籍や仏書や国学書などの教養書だけを扱っています。浄瑠璃本や草双紙といった娯楽本を扱う草子屋や地本問屋とは違うと自負しています。そのうちに、開板して出版業にも手を伸ばしたいと考え、書肆、書房、書店などと違って、板行の意味が強く感じられる「書林」を名乗っています。弟からは、今をときめく十返舎一九の『東海道中膝栗毛』や曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』を売らないのはおかしいといわれていたりします。本書は3話の短編というよりはやや長めの中編を収録しています。収録順に、まず、表題作の「本売る日々」では、平助は上得意先である小曾根村の名主の惣兵衛を訪れます。70歳を超えた惣兵衛なのですが、最近、17歳の少女を後添えにもらったと聞いて、しかも、惣兵衛から妻の喜びそうな本を見せてやってほしいと依頼され、美しい絵がふんだんに使われた画譜(絵の教則本)を見せて席を外すと、別のところに収める予定であった2冊がなくなっています。第2話の「鬼に喰われた女」では、粉屋の正平は一度死んだものの、誰かに人魚の肉を食べさせてもらい生き返ったといい、平助が行商で行く東の隣国に「八百比丘尼伝説」があると知らされて、平助に相談を持ちかけます。ご当地では、歌学を教える女性と彼女を裏切った武士への復讐譚を聞き出します。第3話の「淇一先生」では、隣国に残って紙問屋の主人となっている弟の佐助が平助を訪ねてきて、平助からは姪に当たる佐助の娘の喘病の名医の紹介を頼まれ、城下の西島清順という医師を聞き出して、姪は快方に向かいます。平助は、西島清順がある時点で立派な医者になりおおせたことを聞き出し、その謎が惣兵衛が名主をしている小曾根村の医師である佐野淇一とのつながりであることを発見し、佐野淇一先生に会いに行きます。さすがに、時代小説の大家の作品だけあって重厚で上品な小説に仕上がっています。特に、最後の「淇一先生」は、佐伯泰英の居眠り磐音シリーズの最後の方の『竹屋ノ渡』で、主人公の坂崎磐音が倅の空也とともに、門人が見ている中で直心影流の奥義を稽古するシーンを思い出してしまいました。

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2025年9月 5日 (金)

明らかな減速を示す8月の米国雇用統計が追加利下げを促すか?

日本時間の今夜、米国労働省から8月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は、7月統計の+79千人増から8月統計では+22千人増と市場予想を下回り、失業率は7月の4.2%から+0.1%ポイント上昇して4.3%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を5パラ引用だけすると以下の通りです。

Economy adds disappointing 22,000 jobs in August, jobs report shows. Unemployment rises
U.S. hiring slowed further in August as President Donald Trump's aggressive trade, immigration and federal layoff policies took a widening toll on a rapidly softening labor market.
Employers added a disappointing 22,000 jobs and the unemployment rate rose from 4.2% to 4.3%, the Bureau of Labor Statistics said Sept. 5.
Also worrisome: Payroll gains for June and July were revised down by a total 21,000 and now reveals the economy shed 13,000 jobs in June - the first job losses since the depths of the pandemic in December 2020.
The report would appear to virtually cement a widely expected interest rate cut - the first since December - at the Federal Reserve's September 16-17 meeting.
Ahead of the report, economists surveyed by Bloomberg estimated that 75,000 jobs were added last month.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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米国の雇用は非農業部門雇用者の増加については、直近月の8月統計とともに、6-7月統計も注目を集めました。すなわち、6月統計では+14千人増から、何と▲13千人増に下方修正され、7月統計では+73千人増から+79千人増に、逆に、上方修正されました。でも、6-7月の2か月をならせば▲21千人減となるのは引用した記事でも主張しているところです。さらに、引用した記事の最後のパラにあるように、Bloombergによる市場の事前コンセンサスでは8月は+75千人増と予想されていただけに、これまた、引用した記事でも2パラ目に"disappointing"という形容詞を付けており、米国雇用は減速が鮮明になっています。ついでながら、失業率もわずかに上昇しています。引用した記事の最初のパラでは、"President Donald Trump's aggressive trade, immigration and federal layoff policies" すなわち、トランプ大統領の関税政策、移民政策、連邦政府職員のレイオフを3大要因として上げているようです。
次回9月17日からの連邦公開市場委員会(FOMC)では追加利下げが決定されるとの見通しが有力となっていますが、今後、雇用情勢がさらに悪化したとの指標が明らかになれば、年内に想定されている利下げの回数が増えたり、通常の2倍となる50ベーシスの利下げが実施されたりする可能性も排除できません。

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2か月ぶりの下降となった7月の景気動向指数

本日、内閣府から7月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から+0.8ポイント上昇の105.9を示した一方で、CI一致指数は▲2.6ポイント下降の113.3を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。ただ、統計発表直後の午後2時30分に引用しているので、現在はアップデートされている可能性があります。

景気動向一致指数2.6ポイント低下、2カ月ぶりマイナス=内閣府
内閣府が5日公表した7月の景気動向指数速報(2020年100)によると、指標となる一致指数は前月比2.6ポイント低下し113.3となった。2カ月ぶりの低下。投資財出荷指数や耐久消費財出荷指数、輸出数量指数が下押しした。
一致指数から機械的に決まる基調判断は「下げ止まりを示している」で据え置いた。
一方、先行指数は前月比0.8ポイント上昇の105.9と3カ月連続のプラスだった。新設住宅着工床面積や新規求人数に押し上げられた。

いつもながら、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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6月統計のCI一致指数は、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、前月から▲2.6ポイントの低下が見込まれていましたので、実績の▲2.6ポイントの下降にジャストミートしました。また、3か月後方移動平均は2か月ぶりの下降で前月から▲0.84ポイント下降し、7か月後方移動平均も前月から▲0.45ポイント下降しし、2か月ぶりの下降となっています。統計作成官庁である内閣府による基調判断は、先々月5月統計から「下げ止まり」に下方修正されましたが、今月7月統計でも「下げ止まり」に据え置かれています。私は従来から、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そう簡単には日本経済が景気後退局面に入ることはないと考えていて、それはそれで正しいと今でも考えていますが、米国経済に関する前提が崩れつつある印象で、米国経済が年内にリセッションに入る可能性はそれなりに高まってきており、日本経済も前後して景気後退に陥る可能性が十分あると考えています。理由は、ほかのエコノミストとたぶん同じでトランプ政権が乱発している関税政策です。米国経済において関税率引上げはインフレの加速と消費者心理の悪化の両面から消費を大きく押し下げる効果が強いと考えています。加えて、日本経済はすでに景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありませんし、多くのエコノミストが円高を展望して待ち望んでいる金融引締めは景気を下押しすることが明らかであり、引き続き、注視する必要があるのは当然です。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、 投資財出荷指数(除輸出数量指数)が▲0.80ポイントの寄与ともっとも大きなマイナスであり、次いで、耐久消費財出荷指数が▲0.60ポイント、輸出数量指数が▲0.48ポイント、生産指数(鉱工業)も▲0.30ポイントなどが下降の方向で寄与しています。逆に、上昇の方向の寄与はほとんどなく、トレンド成分の営業利益(全企業)の+0.16ポイントくらいのものです。ついでに、前月差+0.8ポイントと上昇したCI先行指数の上げ要因も数字を上げておくと、新設住宅着工床面積が+0.76ポイント、新規求人数(除学卒)が+0.30ポイントなどとなっています。

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2025年9月 4日 (木)

4-6月期GDP統計速報2次QEは1次QEから大きな修正はない予想

今週9月1日公表の法人企業統計など必要な統計がほぼ出そろって、来週9月8日に、4~6月期GDP統計速報2次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる2次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である4~6月期ではなく、足元の7~9月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。先行き経済について言及しているシンクタンクは大和総研やみずほリサーチ&テクノロジーズなどであり、特に後者は詳細に分析していますので長々と引用してあります。いずれにせよ、1次情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
内閣府1次QE+0.3%
(+1.0%)
n.a.
日本総研+0.2%
(+0.9%)
2025年4~6月期の実質GDP(2次QE)は、設備投資が下方改定される見込み。この結果、成長率は前期比年率+0.9%(前期比+0.2%)と、1次QE(前期比年率+1.0%、前期比+0.3%)から下振れると予想。
大和総研+0.4%
(+1.6%)
2次速報では、トランプ関税が強化された中でも財輸出や設備投資がいずれも増加し、経済活動への影響が限定的であった姿が改めて示されるだろう。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+0.5%
(+1.9%)
8月にトランプ大統領は約70の国・地域に対して10~50%の相互関税を正式に発動した。貿易状況に応じた追加措置が盛り込まれているほか、トランプ大統領は半導体への高関税に言及するなど、継続協議となったメキシコ・中国の動向も含め不透明感は引き続き残存している状況だ。
日本は相互関税15%・自動車関税12.5%(既存税率含めて15%)で合意に至ったが、関税コストの上昇を日本の輸出企業が輸出価格引下げで吸収し続けることは(マージン圧縮による収益への負担から)難しいとみられる。日本政策投資銀行「全国設備投資計画調査(2025年6月)」によると、大企業の関税対応では「販売価格引き上げ」が20.2%とトップ(輸送用機器では約27%)となっている。日本企業の多くは関税政策による影響を見極め中とみられるが、見極めが進んだ大企業では販売価格引き上げの動きがみられる。7月時点では輸出価格引き下げを通じて関税による輸出数量の下押し影響が緩和される状況が継続し、対米輸出数量は横ばい圏で推移しているが、今後は乗用車やその他の品目で現地販売価格が徐々に上昇することに伴い、需要減が先行きの輸出数量や生産を下押しする影響も次第に顕在化する可能性が高いだろう。米国景気も(後述するように腰折れするとまでは筆者はみていないが)減速に向かうとみられ、財輸出に景気のけん引役は期待しにくい。インバウンド需要についても、7月訪日外客数は344万人(前年比+4.4%)と伸びが鈍化しており、地震を巡る情報のSNS等での拡散を受けて香港(前年比▲36.9%)や韓国(前年比▲10.4%)など一部で訪日旅行を回避する動きが続いているとみられる。こうした動きは今後縮小するとみられるが、7~9月期のサービス輸出についても一時的な訪日回避の動きが下押し要因になる点には留意が必要だ。
一方、内需については、住宅投資が前述した駆け込み着工の反動減を受けて進捗ベースで落ち込むことがマイナスに寄与することが見込まれる。7月の新設住宅着工は全体で前年比▲9.7%(6月同▲15.6%)と4カ月連続のマイナスで推移しており、駆込みの反動減から元のトレンド水準まで回復していない状態が継続している。さらに、個人消費・設備投資にも力強さを期待しにくい。7月の小売業販売額(実質ベース)は前月比▲2.0%と減少しており、6月の猛暑で夏物衣類やエアコン等の夏物需要が先食いされた反動が出ているとみられるほか、生鮮野菜価格の高騰など食料インフレが個人消費を下押しする構図が続いている。コメ価格(銘柄米)も高止まりしており、新米価格の動向(25年産の仮渡金が24年産を上回っている)も踏まえれば先行きもコメ価格の高騰が個人消費の重石になることが見込まれる。原油安に伴う輸入物価の低下(7月の輸入物価は円ベースで前年比▲10.4%と前年比2桁マイナスが継続している)や制度要因(電気・ガス料金の補助再開により8月以降のコアCPIが0.3%Pt程度押し下げられる)に伴うエネルギー価格の下落等を受けて消費者物価上昇率が徐々に鈍化することで、実質賃金は改善傾向で推移し、個人消費は増加基調を維持するとみているが、回復ペースは緩慢なものとなる可能性が高いだろう。設備投資も、交易条件の改善が企業収益を下支えすることに加え、省力化対応や脱炭素関連など持続的な投資需要が顕在化することが押し上げ要因になるとみているが、前述したように製造業では関税コストを輸出価格引下げで吸収することでマージンが圧縮されており、先行きの設備投資が下押しされる可能性が高い(機械受注(船舶・電力を除く民需)をみると、4~6月期は前期比+0.4%と減速しているほか、7~9月期の受注見通しは同▲4.0%となっている)。
以上を踏まえ、全体としてみれば、7~9月期は小幅なマイナス成長となる可能性が高いとみている。経済活動が腰折れするまでには至らないものの、当面は停滞局面(「踊り場」)となる可能性が高いとみている。
ニッセイ基礎研+0.2%
(+0.9%)
9/8公表予定の25年4-6月期GDP2次速報では、実質GDPが前期比0.2%(前期比年率0.9%)になると予想する。1次速報の前期比0.3%(前期比年率1.0%)からほぼ変わらないだろう。
第一生命経済研+0.3%
(+1.3%)
先行きについては不安が残る。今後、自動車メーカーが価格転嫁を進めることで輸出数量が減少する可能性があるほか、企業収益の悪化を受けて製造業の設備投資に下押し圧力がかかることも懸念される。日米交渉の大枠合意は前向きに受け止められるが、それでも15%という高い関税がかけられることは変わらず、日本経済への下押しも相応に大きい。4-6月期まで目立った悪影響が顕在化していないからといって、関税による悪影響を過小評価することは避けたい。
また、25年4月に実施された建築基準法・省エネ法改正に伴う駆け込み需要の反動から住宅着工が4-6月期に激減したが、この悪影響が7-9月期に本格化することにも注意が必要だ。悪化幅はかなりのものになるとみられ、7-9月期の成長率を押し下げるだろう。7-9月期の実質GDP成長率はマイナスになる可能性が高いと予想している。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+0.3%
(+1.1%)
2025年4~6 月期の実質GDP成長率(2次速報値)は、1次速報値から微妙に上方修正されるが、全体の伸び率自体は前期比+0.3%から修正はない見込みである(ただし、前期比年率換算値では1.0%から1.1%に上方修正)。このため、「景気は緩やかに持ち直しているものの、その勢いは弱い」との判断を修正する必要はないであろう。
明治安田総研+0.2%
(+0.9%)
4-6月期の実質GDP成長率は2次速報でもプラスになったとみるが、先行きの日本景気には不安材料が散見される。日米貿易交渉が合意に至ったことで米関税に対する不確実性は低下したが、複数の日本車メーカーが米国における車両販売価格引き上げに踏み切っており、輸出数量の下押し要因になると見込まれる。また、今年4月の建築基準法改正(省エネ基準の適合義務化など)を前にした住宅着工件数急増の反動から、住宅投資が大きく落ち込む可能性が高いことも踏まえると、7-9月期の実質GDP成長率はマイナスに転じると予想する。
東京財団▲0.47%
(▲1.85%)
新たに予測に反映したデータのうち、7月の出荷指数や輸出が減少したこと等を受け、前回の予測値(0.03%)から下方改定となった。モデルは、マイナス成長を予測しているが、こうした背景には、追加関税が課されている米国向け自動車輸出の落ち込みなどの動きがあり、米国の通商政策の影響によりGDPが下振れする可能性を示唆している。

一応、ご注意まで、私のテーブルの作成が判りにくくて申し訳ありませんが、最後の東京財団のナウキャスティングは4~6月期ではなく、足元の7~9月期の予想です。
今週月曜日9月1日に法人企業統計を取り上げた際の繰り返しになりますが、先月公表の1次QEから大きな変更はなく、少しだけ上方修正というにが私の直感なのですが、東京財団のナウキャスティングを別にすれば、上方修正が4機関、下方修正が3シンクタンクとなります。私は下方修正の可能性も排除できないものの、いずれにせよ、1次QEから大きな変更はなく景気判断にも変更の必要ないものと考えています。ただし、ただしなのですが、4~6月期が、そこそこ、+1%くらいの成長であった背景には米国のトランプ関税に対して、自動車輸出が予想された関税効果ほど減少しておらず、なぜなら、数量重視で関税による価格引上げ分をメーカーの方で利益を犠牲にして価格圧縮したことによる部分が無視できないと私は考えており、これは経済としても企業の経営としてもまったくサステイナブルではないため、逆に、足元の7~9月期に一定の反動が来るとすれば輸出の減少からマイナス成長も十分ありえる、と考えなければなりません。すなわち、米国の関税政策の効果は足元の7~9月ないしその先に出始める可能性がある、といえます。これは、東京財団のナウキャスティングで、実にまっとうに予測している通りです。
最後に、みずほリサーチ&テクノロジーズのリポートから 2025年4-6月期GDP(2次速報)予測 のグラフを引用すると下の通りです。

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2025年9月 3日 (水)

帝国データバンクによる「食品主要195社」価格改定動向調査の結果やいかに?

少し旧聞に属するトピックながら、先週8月29日に、帝国データバンクから「食品主要195社」価格改定動向調査の結果が明らかにされています。主要な食品メーカー195社における、家庭用を中心とした9月の飲食料品値上げは1422品目、値上げ1回あたりの値上げ率平均は14%となっています。なお、帝国データバンクによれば、「価格据え置き・内容量減による『実質値上げ』も対象に含む」としていて、ステルス値上げも見逃していないようです。まず、帝国データバンクのサイトからSUMMARYを3点引用すると以下の通りです。

SUMMARY
  • 2025年9月の飲食料品値上げは、合計1422品目となった。
  • 食品分野別では、たれ製品やソース、マヨネーズ、ドレッシング類を中心とした「調味料」(427品目)が最多となった。
  • 通年では、2025年の値上げは11月までの公表分で累計2万34品目となった。前年の実績(1万2520品目)を60.0%上回り、2023年(3万2396品目)以来、2年ぶりに2万品目を超えた。

続いて、帝国データバンクのサイトから 主要食品メーカー195社における飲食料品値上げ の推移を引用すると下の通りです。

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このリポートにもある通り、来月10月は今年2025年4月から半年ぶりに3,000品目の値上げが見込まれています。その直前ということで、昨日から始まった9月にも1,422品目の値上げ、平均14%の値上げ率との結果が示されています。テーブルは引用しませんが、今年2025年1月から11月までの期間を見込んだ値上げの要因に関しては、「原材料高」といったモノ由来の値上げが全体の97.3%を占めたほか、光熱費などの「エネルギー」が65.5%、「包装・資材」が60.0%、モノ由来ではなくサービス由来の「物流費」が80.3%、「人件費」が54.2%などとなっています。特に、「物流費」「人件費」はともに前年から大幅に増加した一方で、「円安」を要因とする値上げは12.0%にとどまり、前年から大幅に低下した、とリポートされています。

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続いて、帝国データバンクのサイトから 食品分野別の値上げ品目数 を引用すると上の通りです。今年1月から9月までの累積で20,000品目を超えており、食品分野別で見て、累積でもっとも多い品目数は6,000品目を超えている「調味料」ということになります。品目別で見る限り、9月単月でも同じです。ただし、値上げ率という観点では、「酒類・飲料」が+20%、「菓子」が+18%となっています。「酒類・飲料」については、税制の要因が無視できないと私は考えていますが、もちろん、コーヒーの価格上昇も含まれることと思います。「菓子」については、カカオショックのチョコレートの値上がりが主因ではないかとにらんでいます。コメ価格が高騰の影響を受けているおにぎりなんかが含まれるであろう「加工食品」も+16%の値上がりです。これに比べて、品目数は多いのですが、「調味料」の値上げ幅は13%となっています。

いずれにせよ、国内のインフレはエネルギーから食品に起因する部分が大きくなっています。来月10月はもっと多くの品目の食品価格改定が見込まれていますので、私も大いに注目しています。

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2025年9月 2日 (火)

帝国データバンク「女性登用に対する企業の意識調査」

やや旧聞に属するトピックながら、8月22日に帝国データバンクから「女性登用に対する企業の意識調査」の結果が明らかにされています。2013年に始めて以来、今回で13回目だそうです。まず、帝国データバンクのサイトからSUMMARYを引用すると以下の通りです。

SUMMARY
女性管理職の割合の平均は前年比0.2ポイント増の11.1%で過去最高も小幅の上昇にとどまった。女性役員割合の平均は13.8%と過去最高も、「役員が全員男性」の企業は依然50%を上回る。企業が行っている女性活躍推進策は「公平な評価」が6割台で最も高かった。また、「男性育休の推進」の伸びが目立つも、大企業が中小企業を大幅に上回った。男性の育休取得率の平均は2023年調査から8.6ポイント上昇し、20.0%となった。特に従業員数300人超の企業で取得率が高かった。

次に、帝国データバンクのサイトから 女性管理職の割合と女性役員の割合 のグラフを引用すると下の通りです。上の棒グラフ3本が女性管理職の割合であり、下が女性役員の割合となっています。

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女性の管理職も役員もジワジワと増加しているのは理解できると思いますが、もっと画期的に増やす必要があるような気がしてなりません。グラフは引用しませんが、業界別の女性管理職の割合については、業界全体で11.1%のところ、「小売業」が20.1%でトップ、続いて、「不動産業」16.7%、「サービス業」15.4%、「金融業」12.8%、「農・林・水産業」11.5%などとなっています。もっとも低いのは「建設業」で7.2%だったりします。日本経済の活性化のためには、低賃金の女性非正規雇用を増やすのではなく、管理職や役員への女性登用が不可欠だと私は考えています。何とかならないものでしょうか。

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2025年9月 1日 (月)

製造業のマイナスを非製造業でカバーした4-6月期の法人企業統計

本日、財務省から4~6月期の法人企業統計が公表されています。統計のヘッドラインは、季節調整していない原系列の統計で見て、売上高は前年同期比+0.8%増の371兆9112億円、経常利益も+0.2%増の35兆8338億円に上っています。さらに、設備投資も+7.6%増の12兆8214億円を記録しています。この設備投資を季節調整済みで見ると、GDP統計の基礎となる系列については前期比+1.6%増となっています。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

製造業の経常利益11.5%減 4-6月法人企業統計、関税の影響大きく
財務省が1日発表した4~6月期の法人企業統計によると、経常利益は製造業が前年同期比11.5%減と2四半期連続のマイナスとなった。米国の関税措置の影響が大きいとみられる。全産業(金融・保険業を除く)は3四半期連続のプラスで35兆8338億円と過去最高を更新した。伸び幅は0.2%にとどまった。
法人企業統計は上場企業以外も含む日本企業全体の動向を調べている。4~6月期分は第2次トランプ米政権の関税措置が本格的に発動してから初めての集計となる。
経常利益を業種別でみると、自動車などの輸送用機械が29.7%減と目立って落ち込んだ。財務省は米国の通商政策や為替の影響と説明した。化学も研究開発費の増加や為替の影響により、19.0%減だった。
非製造業は6.6%増えた。サービス業が17.2%の大幅なプラスだった。娯楽や宿泊業で客数が増え、客単価も上昇した。運輸業、郵便業はインバウンドを中心に顧客数が増え、20.3%伸びた。
全産業の売上高は0.8%増にとどまった。製造業は1.3%増、非製造業は0.6%増だった。いずれも伸び幅は新型コロナウイルス禍からの回復が進み始めた2021年以降で最小となった。
中長期の投資は堅調だ。設備投資は7.6%増え、12兆8214億円だった。2四半期連続でプラスとなった。製造業が16.4%増と2桁の伸びを記録した。輸送用機械は43.4%増えた。電動車の生産体制を強化する設備投資が目立った。
非製造業は3.0%増えた。データセンター向けが堅調で、情報通信業は19.9%伸びた。新規店舗や物流施設の建設投資などで卸売業、小売業は13.0%増だった。
財務省は4~6月期の結果について「景気が緩やかに回復している状況を反映した。物価上昇の継続、米国の通商政策などの影響を含め、企業の動向を注視したい」と総括した。
同日、24年度の法人企業統計も発表した。全産業の経常利益は前年度比7.5%増の114兆7288億円だった。「内部留保」にあたる利益剰余金は6.1%プラスの637兆5316億円で過去最高を更新した。

長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、法人企業統計のヘッドラインに当たる売上高と経常利益と設備投資をプロットしたのが下のグラフです。色分けは凡例の通りです。ただし、グラフは季節調整済みの系列をプロットしています。季節調整していない原系列で記述された引用記事と少し印象が異なるかもしれません。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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法人企業統計の結果について、基本的に、企業業績は好調を維持していると考えるべきです。まさに、それが昨年来の株価に反映されているわけで、東証平均株価については、トランプ関税で揺れた4月初旬は33,000円台まで落ちましたが、その後は回復して7月下旬からは4万円台の水準に回帰しています。ただし、個人消費などと違って、企業業績は基本的に好調を維持しているものの、引用した記事にもあるように、米国の関税政策により伸びは大きく減速しています。特に、輸出に依存する割合の高い製造業では停滞感が大きくなっているのも事実です。もちろん、法人企業統計の売上高や営業利益・経常利益などはすべて名目値で計測されていますので、物価上昇による水増しを含んでいる点は忘れるべきではありません。ですので、数量ベースの増産や設備投資増などにどこまで支えられているかは、現時点では明らかではありません。来週のGDP統計速報2次QEを待つ必要があります。先行きの景気への影響という点に関しては製造業、中でもトランプ関税の影響の大きい自動車産業の動向が今後一段と悪化する可能性が高いと考えられますから、こういった輸出産業に注目すべきであろうと考えます。4~6月期に関しては、自動車などの製造業の停滞を非製造業がカバーする形になりましたが、先行きの景気のサステイナビリティはそれほど高くないと覚悟しておくべきです。売上や利益といっtら景気動向から設備投資に着目すると、上のグラフのうちの下のパネルで見て、前々から企業業績に比べて設備投資が出遅れているという印象がありましたが、最近時点での堅調さは、人手不足に対応した本格的な設備投資増である可能性は無視できません。季節調整していない原系列の統計の前年同期比で見ても、売上高、経常利益、設備投資とも非製造業の中では、卸売業・小売業、サービス業、運輸業・郵便業といった労働集約的と考えられている産業が、情報通信業とともに、上位に食い込んでいる場合があります。景気動向に関しては自動車をはじめとする製造業に注目しつつ、設備投資動向に関しては人手不足による影響が大きい非製造業、中でも、こういった比較的労働集約的な業種の動向が注目されます。

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続いて、上のグラフは私の方で擬似的に試算した労働分配率及び設備投資とキャッシュフローの比率、さらに、利益剰余金、最後の4枚目は人件費と経常利益をそれぞれプロットしています。労働分配率は分子が人件費、分母は経常利益と人件費と減価償却費の和です。特別損益は無視しています。また、キャッシュフローは法人に対する実効税率を50%と仮置きして経常利益の半分と減価償却費の和でキャッシュフローを算出した上で、このキャッシュフローを分母に、分子はいうまでもなく設備投資そのものです。人件費と経常利益も額そのものです。利益剰余金を除いて、原系列の統計と後方4四半期移動平均をともにプロットしています。見れば明らかなんですが、コロナ禍を経て労働分配率が大きく低下を示しています。もう少し長い目で見れば、デフレに入るあたりの1990年代後半からほぼ一貫して労働分配率が低下を続けています。そして、現在でも労働分配率の低下は続いています。いろんな仮定を置いていますので評価は単純ではありませんが、デフレに入ったあたりの1990年代後半の75%近い水準と比べて、最近時点では▲20%ポイント近く労働分配率が低下している、あるいは、コロナ禍の期間の65%ほどと比べても▲10%ポイントほど低下している、と考えるべきです。名目GDPが約600兆円として50-100兆円ほど労働者から企業に移転があった可能性が示唆されています。ただ、さすがに分配については昨年2024年や今年2025年の春闘では人口減少下の人手不足により賃上げ圧力が高まった結果として、労働分配率が下げ止まった可能性が示唆されていしたが、決してそうはなっていません。昨年今年と春闘ではあれだけの賃上げがありながら、まだ労働分配率は低下し続けている可能性が高いと考えるべきです。これでは消費は伸びません。日本経済の成長には大きなマイナス要因だと私は考えています。設備投資/キャッシュフロー比率も底ばいを続けています。設備投資の本格的な増加が始まったことが期待される一方で、決して楽観的にはなれません。他方で、ストック指標なので評価に注意が必要とはいえ、利益剰余金はまだまだ伸びが続いています。また、4枚めのパネルにあるように、直近統計で2020年くらいからは、人件費の伸びが高まっている可能性が見て取れますが、人件費以上に経常利益が伸びているのがグラフの傾きから明らかです。労働分配率の低下と整合的なデータであると考えるべきです。加えて、トランプ関税などを考慮すると、現時点では人件費の伸びが続くかどうかは不明です。アベノミクスではトリックルダウンを想定していましたが、企業業績から勤労者の賃金へは滴り落ちてこなかった、というのがひとつの帰結といえます。勤労者の賃金が上がらない中で、企業業績だけが伸びて株価が上昇する経済が終焉して、資本分配率が低下して労働分配率が上昇することにより、諸外国と比べても高いインフレにならずに日本経済が成長するパスが実現できる可能性が生じており、それは中期的に望ましい、という私の考えは代わりありません。

本日の法人企業統計を受けて、来週9月8日に4~6月期のGDP統計速報2次QEが内閣府から公表される運びとなっています。私は1次QEから大きな変更なく少しだけ上方修正と考えていますが、日を改めて取り上げたいと思います。

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