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2025年10月 4日 (土)

今週の読書は新書が多くて計5冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、宮川勉[編]『日本経済の未来と生産性』(東京大学出版会)では、生産性に直接関係するマクロ経済だけではなく、産業構造や企業行動といったマイクロな経済学の対象とされるような企業や産業の動向、あるいは、労働や雇用といった人的資本などの幅広い観点から生産性に関する分析を行っています。額賀澪『天才望遠鏡』(文藝春秋)は、5話の短編から編まれた連作短編集であり、順調に歩みを進める天才とともに、かつては天才だったものの、やや輝きを失いつつある元天才も登場し、才能のあるなしや運のよしあしなどについて、さまざまな観点から天才観測の結果を示しています。中野剛志『基軸通貨ドルの落日』(文春新書)では、輸出主導国が貿易黒字を出す一方で、米国のような債務主導国が赤字となる国際的な不均衡に対して、関税政策を主要な政策手段として用いつつ、基軸通貨であるドルの地位の操作を通じて、不均衡是正を試みているのが現在のトランプ関税政策である、と結論しています。齋藤ジン『世界秩序が変わるとき』(文春新書)では、米国が新自由主義を放棄したトランプ政権に至って、世界の経済秩序が再編される中で、日本も周回遅れで世界経済にキャッチアップする可能性があると指摘しています。しかし、私はこの見方は間違っている可能性があると思っています。山下一仁『コメ高騰の深層』(宝島社新書)では、コメ価格高騰の原因として政府/農水省が持ち出したり、世間で考えられたりした原因、すなわち、インバウンド消費の増加といった需要サイドの要因、また、流通の目詰まりなどを否定し、減反政策の本格的な終了などが必要と結論しています。
今年2025年の新刊書読書は1~9月に237冊を読んでレビューし、10月に入って今週の5冊を加えると合計で242冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。また、これらの新刊書読書のほかに、瀬尾まいこ『幸福な食卓』(講談社文庫)も読んでいます。ただ、新刊書ではないので、本日のレビューには含めていません。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。

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まず、宮川勉[編]『日本経済の未来と生産性』(東京大学出版会)を読みました。編者は、学習院大学経済学部教授であり、日本における生産性研究の第1人者です。本書は、一般社団法人日本経済研究所の特別研究「社会の未来を考える」の一環として企画された「豊かさの基盤としての生産性を考える」シリーズの研究成果を取りまとめており、出版社からの容易に想像される通り、本格的な学術書と考えるべきです。各チャプターは一線の経済学研究者が担当しています。序章や終章のエディトリアルを別にして、3部8章から構成されています。日本では賃金の停滞が長らく続いており、その根本的な要因が生産性の停滞であると指摘されてからも長い期間が経過しています。本書の根本的な問題意識として、まず、政府のいわゆる産業政策が高度成長期における成長産業の育成や資本や労働の円滑な成長産業への移転を目指すものから、今では衰退産業の維持に多くの資源が費やされてきた、と指摘しています。すなわち、石油に代替されようとしていた石炭産業とか、途上国からの追上げを受けていた繊維産業などを念頭に置いています。加えて、生産性向上によってもたらされるはずの豊かさのイメージが拡散して共有されなくなった、とも指摘しています。単なる所得の向上だけではなく、いわゆるウェルビーイングの観点からも生産性を考える必要を強調しているわけです。そういった観点から、本書では、生産性に直接関係するマクロ経済だけではなく、産業構造や企業行動といったマイクロな経済学の対象とされるような企業や産業の動向、あるいは、労働や雇用といった人的資本などの幅広い観点から生産性に関する分析を行っています。特に、現在の日本経済では人口減少と高齢化が経済成長の阻害要因となっている点は明白ですから、生産性向上のためにIT技術にとどまらずにAIの活用によるデジタルトランスフォーメーション(DX)を進め、研究開発(R&D)投資の促進やオープンイノベーションの推進などの政策課題も分析し、さらに、企業の内部留保の活用まで幅広く企業活動を分析の対象としています。加えて、労働の観点からは、当然のように、女性や高齢者の雇用拡大に向けた政策課題も分析の対象となっています。もちろん、日本国内での閉じた動向だけではなく、国際比較の観点から日本経済の課題も浮き彫りにするよう試みられています。繰り返しになりますが、マクロ経済学的な分析にとどまらず、マイクロな企業活動の分析にも十分留意されています。基本的には学術書であると考えるべきですが、部分的には実務的なビジネスパーソンにも参考となる可能性もあります。ただ、やや気の長いお話が多くて、即効的な効果を期待するべきではない、という気もしました。もちろん、詳細は読んでいただくしかありません。

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次に、額賀澪『天才望遠鏡』(文藝春秋)を読みました。著者は、小説家であり、本書はデビュー10周年記念作品だそうです。タイトル通りに、天才を観察する形の連作短編集であり、5話を収録しています。収録順に各短編のあらすじを取りまとめると、「星の盤側」では、すべての短編に登場するフリーカメラマンの多々良が、玉松書房のスポーツ雑誌「ゴールドスピリット (略して、ゴルスピ)」の編集部を訪れるところから始まります。多々良は新しく就任した女性の小倉香菜編集長から、「将棋をスポーツとして撮る企画」として、藤井聡太を上回る史上最年少でプロ入りした中学生棋士の明智昴の初対局の撮影を依頼されます。対局相手は、かつての天才中学生棋士だった座間隆嗣で、今は多々良と同い年だったりします。「妖精の引き際」では、可憐なフィギュアスケート選手であり、冬季オリンピックで金メダルにも輝いた萩尾レイナが、かつていっしょにスケートを習っていた2歳年上の野森律をパリに訪ね、今ではすっかりスケートから遠のいた幼馴染と引き際について考えます。「エスペランサの子供たち」では、貧困家庭のための無料塾に通っている中学生の天羽勇仁が、カラオケの歌で無料塾の講師から才能を見出され、オーディションに挑戦することになります。貧困から抜け出せる可能性がありつつ、家族に反対されたり、同じような境遇にいた親友との関係に悩みます。「カケルの蹄音」では、スポーツ強豪の農業高校に陸上選手として推薦入学した志木翔琉がケガで競技を断念した後、目標を失ってだらけた生活を送るのですが、担任で馬術部顧問の教師の指導で引退した競走馬ズットカケルと出会い、自分の居場所や再生の糸口を探ります。「星原の観測者」では、同期で新人賞を受賞してデビューした釘宮志津馬と星原イチタカの2人の作家が登場し、社会性や社交性に欠けるものの釘宮は大人気作家として成功する一方で、星原は地味ながら忠実に仕事をこなす中堅作家として活動を続ける中、釘宮の作品が直木賞候補に入り、2人で飲んだ帰りに星原が事故で亡くなったため、釘宮は星原の母が経営するペンションを出版社の編集者とともに訪れます。あらすじには明記しませんでしたが、もう一度確認で、すべての短編にカメラマンの多々良が何らかの形で登場ないし言及されます。その意味で連作短編集といえます。順調に歩みを進める天才とともに、かつては天才だったもののやや輝きを失いつつある元天才も数多く登場し、才能のあるなしや運のよしあしなどについて、さまざまな観点から天才観測の結果を示し、なかなかに味わい深い短編集に仕上がっています。

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次に、中野剛志『基軸通貨ドルの落日』(文春新書)を読みました。著者は、本書のご紹介では評論家となっています。私の記憶が正しければ、経済産業省にお勤めのキャリア公務員ではないかと思います。ひょっとしたら、すでにお辞めになったのかもしれません。本書では、米国トランプ大統領の関税政策などのトランプ・ショックについて考えています。それを基軸通貨制をキーワードに読み解こうとしているわけです。ですので、冒頭の第2章で、通貨について考え、商品貨幣論を廃して信用貨幣論の立場を鮮明にし、ついでに機能的財政論も議論し、さらに第3章では基軸通貨制の特徴のひとつとして通貨の階層秩序を考えています。現代貨幣理論(MMT)的な通貨理論に基本を置いているといえます。通貨の階層秩序については、日本をはじめとする先進国のように、交換可能性の高いハードカレンシーを持つ国と違って、途上国などの場合は自国通貨よりも国際取引で用いられる、というか、輸入の際の支払いに用いられる基軸通貨の方がローカルな自国通貨よりも階層において上に位置するハイアラーキーがあり得ることを示しています。こういった通貨に関する議論を踏まえて、経済が輸出を軸に成長する輸出主導国と債務を軸に成長する債務主導国に分類される点を明らかにしています。前者の典型は中国であり、かつての日本やドイツもそうであったわけです。後者の典型が米国となるわけです。したがって、中国のような輸出主導国が貿易黒字になる一方で、米国のような債務主導国が赤字を出す国際的な不均衡が生じると指摘しています。その米国からの貿易赤字に伴う通貨流出に対して、関税政策を主要な政策手段として用いつつ、基軸通貨であるドルの地位の操作を通じて、不均衡是正を試みているのが現在の米国の通商政策である、という結論です。その結論に付随して、暗号資産やデジタル通貨なども視野に入れつつ、今後の世界経済が多極化し通貨秩序の再編につながる可能性を議論しています。ですので、ドルの基軸通貨制が終焉する可能性も見据えて、その際に生じる可能性のある危機的状況などへの目配りもなされています。ただ、私はもっとも注目すべき点は同種の新書である齋藤ジン『世界秩序が変わるとき』と対比して、本書ではトランプ政権は新自由主義的な政策を取っている、と結論している点です。齋藤ジン『世界秩序が変わるとき』は真逆の結論であり、トランプ政権は新自由主義から脱却し、したがって、日本経済は周回遅れでキャッチアップする可能性がある、という結論です。トランプ政権は新自由主義的な政策を採用している、という本書の方が圧倒的に正しいと私は受け止めています。そのあたりの詳細は、本書をお読みいただくしかありません。

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次に、齋藤ジン『世界秩序が変わるとき』(文春新書)を読みました。著者は、在ワシントンの投資コンサルティング会社共同経営者だそうです。ニューヨークではなくワシントンだそうで、私はこの著者の本は初めて読みます。ハッキリいって、知らない著者の本でタイトルは興味あるタイトルながら、詳細は忘れてしまったものの、どこかの経済週刊誌でエビデンス不足との書評を、たぶん、3月か4月くらいに見た記憶もあり、半ば無視していたのですが、世間的に話題になっているようなので読んでみた次第です。ただ、なかなかに難しい感想です。まず、同じ文春新書で出版されている中野剛志『基軸通貨ドルの落日』では、米国のトランプ政権の経済政策は新自由主義に基づいていると結論していますが、本書は真逆の見方であり、トランプ政権は新自由主義的な経済政策とは異なる政策を実行しようとしている、と見ています。すなわち、我が国も含めた本書の経済観を大雑把に示すと、日本の失われた20年とか30年とかは、新自由主義的な政策を採用せずに雇用を維持するために賃金引上げを犠牲にし、同時に、企業の効率性も雇用維持のために犠牲にして悪化させた結果である、という指摘です。しかし、米国が新自由主義を放棄したトランプ政権の経済政策に至って、ゲームのルールが変更されたり、あるいは、世界の経済秩序が再編されたりする中で、日本も周回遅れで世界経済にキャッチアップする可能性、というよりも、再逆転できるチャンスが出てきた、という点を強調しています。いわゆる「大きな政府」の利点が再確認され、新自由主義的な制度や思想が大いに変更される可能性があり、多元的な制度の可能性を見出しているわけです。そういった新自由主義の終焉をトランプ政権の関税政策、あるいは、英国のブレグジット、大陸欧州のポピュリズムの台頭、そして、ロシアのウクライナ侵攻などから読み取ろうと試みています。要するに、本書のエッセンスはそれだけであり、残りは著者の自慢話とかで埋め尽くされています。投資家向けに書いたリポートでいろんな動きを予言して予測がよく当たった、などです。ディスクローズされていないそういった情報を本書で示されても確認のしようがなく、私は眉に唾つけて読み進んでいました。ということで、繰り返しになりますが、私はエコノミストとして明らかに現在のトランプ政権の経済政策は新自由主義的であると考えています。本書がトランプ政権が「脱新自由主義」であると結論している点について、私も経済週刊誌の書評と同じように根拠を発見できなかったのですが、少なくとも、DOGEによる連邦政府への対応については、まったくその昔のレーガン政権と同じものを感じます。現時点で、新年度予算が成立せずに政府機能がシャットダウンしていますが、この先のトランプ大統領の政府に対する行動を見れば、さらに、新自由主義的な動きを発見することができると私は考えています。ですので、新自由主義が放棄されて、あるいは、それにより日本経済が復活する、ましてや、再逆転する可能性は小さいと思っています。

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次に、山下一仁『コメ高騰の深層』(宝島社新書)を読みました。著者は、農林水産省勤務の公務員ご出身で、現在はキャノングローバル戦略研究所の研究主幹、経済産業研究所の上席研究員(特任)だそうです。本書では、昨秋からのコメ価格の高騰に際して、さまざまな観点から農政を批判し、現状の解説を試みています。表紙画像のサブタイトルにあるように、まあ、何と申しましょうかで、JA=農協を悪役に祭り上げるように試みられています。まず、コメ価格高騰の原因として政府/農水省が持ち出したり、世間で考えられたりした原因、すなわち、インバウンド消費の増加、南海トラフ地震に備えた買占め、といった需要サイドの要因、また、流通の目詰まりなどを否定します。はい、これについては私も同意します。価格が変動する要因は需要サイドか供給サイドのどちらかにあるわけで、需要サイドの原因は可能性が低いと考えるべきです。ですので、供給サイドの原因、それも単なる流通の目詰まりではなく、生産量の減少が原因と考えるしかありません。ただ、本書では、この供給=生産不足について、減反政策がJAという生産者の圧力によって維持されてきていると主張しています。私も一定の部分は合意し、加えて、減反政策は安倍内閣で廃止という結論が出たにもかかわらず、実際上は継続されていた、という見方にも賛成なのですが、それではなぜ昨秋からここまで急速なコメ価格高騰が生じたのか、という説明には何かが不足するような気がします。したがって、ピンポイントで昨秋、というか、2025米穀年度の終了間際にコメ価格が高騰、きわめて大幅な上昇を見せた要因は本書では十分に解明されていない恨みがあります。また、コメ価格の先行き見通しについても来年2026年秋まで解消しない、という見方についてもややエビデンスに欠けていて、現状維持バイアスを感じます。また、さらに先を見据えた農政改革についても、実際的な面も含めた減反廃止はいいとしても、主要農家への耕作地集積とその主要農家への直接支払制度については、どこまで効果があるのか、決して十分な論証がなされているようには見えません。もちろん、専門外の私の見方が浅いだけかもしれませんが、実際に、本書の方策を取るには具体的にどうすればいいのかについて、もっとある説得的な議論が必要ではないか、という気がします。

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