今週の読書は単行本のミステリをよく読んで計6冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、肥後雅博『経済統計への招待』(新世社)は2部構成であり、第1部が総論として経済統計の作成方法と利用方法に着目し、各論として第2部で経済統計の利用方法を取り上げています。私なんかが、もしも、本書を教科書にした授業をすれば、学生諸君は退屈で仕方ないだろうと思います。酒井隆史・山下雄大[編著]『エキストリーム・センター』(以文社)では、フランス革命史がご専門のフランスのパリ第一大学のピエール・セルナ教授のいうエキストリーム・センター=極中道が、実は極右に甘く、場合によっては共謀すらしかねない存在として、いくつかの論考や対談を収録しています。伏尾美紀『百年の時効』(幻冬舎)は、昭和100年を意識したミステリであり、1974年(昭和49年)に東京の佃島で起こった一家4人殺傷事件を起点に、昭和初期の満州開拓団に源流を求め、令和となった現在の時点から解き明かされます。謎解きだけでなく、歴史的な暗い影が言及されています。逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)では、自動車のブレイクショットの軌跡をたどりつつ、ヘッジファンド会社副社長、板金工、不動産会社営業、投資塾の経営者や講師、さらにその背景にいるさまざまな人々の遍歴から、日本だけでなくアフリカまで幅広くストーリーが展開します。野宮有『殺し屋の営業術』(講談社)では、殺し屋の殺人現場をセールスで訪れてしまった営業マンが、口封じで殺されるのを回避するため、きわめて高度な営業能力を殺し屋のために駆使し、ライバルともしのぎを削りつつ、上部組織の暴力団へのノルマ達成の目標に立ち向かいます。マーティン・エドワーズ[編]『本好きに捧げる英国ミステリ傑作選』(創元推理文庫)は、大英図書館の出版部門が手がけるブリティッシュ・ライブラリ・シリーズの1冊として、ビブリオミステリ bibliomystery という本や作家に関する英国ミステリを17話収録したアンソロジーです。
今年2025年の新刊書読書は1~10月に261冊を読んでレビューし、11月を迎え先週の6冊と今週の6冊を加えて合計273冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。
まず、肥後雅博『経済統計への招待』(新世社)を読みました。著者は、東京大学経済学部教授であり、その前は日銀のご出身です。私が国家公務員を定年退官して関西に移り住んだ際には、日銀京都支店長であったと記憶しています。公務員のころ、私は総務省統計局の勤務経験があるのですが、本書の著者も日銀から総務省に出向していたことがあり、私はいっしょにシェアリング・エコノミーの計測という仕事に取り組んだ記憶があります。統計局出向時に消費統計の担当課長だったとはいえ、私は根っからの統計ユーザなのですが、本書の著者は日銀でいくつかの統計作成の実務にも携わっていたと承知しています。本書は2部構成であり、第1部が総論として経済統計の作成方法と利用方法に着目し、各論として第2部で経済統計の利用方法を取り上げています。東大の3-4年生向けのテキストであったような記述を見かけたのですが、私はそれほど教師の力量がないので、もしも、本書を教科書にした授業を担当したりすれば、学生諸君は退屈で仕方ないだろうと思います。特に、第1部では、統計作成におけるテクニカルな内容が満載で、統計作成方法による分類の調査統計、業務統計、加工統計とか、作成主体による公的統計と民間統計とか、学生諸君の興味を向けてもらう努力をがんばらないと、私なんぞでは苦しそうな気がします。ただ、第2部の各論編ではマクロ経済学のそれぞれの部門ごとに、企業、労働、家計、物価、対外バランス、財政・金融と進んで、最後に国民経済計算の章を置いていますので、統計利用者への一定のガイダンスにはなるのだろうという気はします。日本の公的統計は、総務省の統計委員会でいろいろと議論されていますが、良し悪しは別として、私の印象ではSNA統計至上主義に見えます。すなわち、正確なGDPを算出するために、その基礎統計である各統計を整備する、というのが大きな眼目のひとつです。その意味で、本書ではSNA統計をラストの章に置いていて、順次、各統計を解説するという構成も一案かもしれません。統計を読み解いたりする業務に携わっているビジネスパーソンも本書のレベルまで詳細を収録していると、役に立つ人は少なくないものと思います。逆に、大雑把に経済統計を概観したいビジネスパーソンや1-2年生といった大学生でも低学年のうちは、本書で本格的に統計を勉強するのは、あまりに詳細すぎて少しまごつくかもしれません。私は来年度に2年生向けに授業を担当することになり、英文リポートの輪読か、統計指標を基礎にしたプレゼン資料の作成で迷っているところです。ただし、本書を基にした授業は私にはムリそうな気がしています。
次に、酒井隆史・山下雄大[編著]『エキストリーム・センター』(以文社)を読みました。編著者おふたりは、大阪公立大学教授で、ご専門は社会思想や都市史、および、中央大学ほか非常勤講師で、ご専門は政治哲学や政治思想史だそうです。本書のタイトルである「エキストリーム・センター」あるいは極中道、または省略したエキセンとかは、フランス革命史がご専門で、フランスのパリ第一大学のピエール・セルナ教授の著書「21世紀の最初の四半期にあって極中道をいかに定義すべきか」L'extrême centre ou le poison français などに由来するようです。ただ、「センター」とはいいつつも、偏向や偏りを廃するという意味での中道 centre であり、左右両極のポピュリズムを排するといった志向から、実は、エキストリーム・センターは極右に甘く、場合によっては共謀すらしかねない存在と考えられています。ですので、中道 centre を標榜しながらも、実質的には既存体制の延長・強化を通じてファシズム的・抑圧的な政治を準備したり支えたりする構図を批判することを本書は目的としています。そういった観点から、エキストリーム・センターを発案したセルナ教授の小論をはじめとして、多くの論文や対談が寄せられて、本書に収録されています。フランス発祥の概念ながら、今となっては米国のトランプ政権や大陸欧州などで極右ないし極右ポピュリズム政権が成立しているのは、多くの識者が認めているところだと思います。本書では、繰り返しになりますが、セルナ教授の寄稿をはじめとして、そもそものエキストリーム・センターに関する解説、ファシズムの準備としてのエキストリーム・センター論、フェミニズムとの関連性、英国のEU離脱=BREXIT、大阪・関西万博におけるパソナ・パビリオンの脱政治実践、というか、パソナ・パビリオンにおけるパソナの不存在、などなどの観点からエキストリーム・センターが論じられています。そのあたりの詳細は読んでみてのお楽しみです。最後に私の方から付け加えておくと、思い出したのが、はるか昔の民社党の政治姿勢です。これまた、さらに昔の社会党から分派した右派勢力だったのではないか、と不確かながら記憶していますが、この民社党というのは、まさに「左右の全体主義」に反対し、おそらく、当時の与党自民党よりも右派に位置する政党ではなかったか、と思います。本書では、フランス政治史や思想史が長々と編集部に対して語られるていたりして、何とも難解な部分を含んでいるのですが、ただ、従来からの右派と左派、あるいは、古い見方の保守と革新、といった対立を中和・緩和して、分断を抑止するかのごとき中道は、安易に信頼を置くべき対象であるかどうか、改めて考えるに当たって、多くの読者に大いに参考になる読書だと私は考えます。
次に、伏尾美紀『百年の時効』(幻冬舎)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、『北緯43度のコールドケース』により第67回江戸川乱歩賞を受賞してデビューしています。そのデビュー作とその続編である『数学の女王』まで私は読んでいます。ただ、第3作の『最悪の相棒』は未読ですが、この『百年の時効』がとてもいい出来だと感じましたので、さかのぼって読んでみようかと考えているところです。私が見ている範囲では、この『百年の時効』は最近のSNSの読書アカウントからもっとも多く取り上げられている本のひとつだと思います。タイトル通りに昭和100年を意識したミステリ作品です。起点となる事件は、1974年(昭和49年)に東京の佃島で起こった一家4人殺傷事件であり、葛飾警察署に所属する28歳の藤森菜摘が兜町の異端児と呼ばれた相場師の孤独死に駆けつけるところからストーリーが始まります。藤森菜摘は警視庁本庁に呼び出されて、捜査一課管理官草加文夫から1年を期限に佃島事件の再捜査を命じられます。孤独死した人物は佃島事件の重要参考人の1人でした。藤森菜摘は先輩刑事の捜査ノートなどを引き継いで捜査に当たり、小説のストーリーとしては、1950年(昭和25年)に起きた函館の惨殺事件、横須賀にあった児童養護施設の火事、さらに、その背景にあった昭和初期の満州開拓団の人間関係などなど、単行本で550ページを超える大作にふさわしく時代的にも、地理的にも、大きなスケールで展開されます。さまざまな事件の真犯人を探るだけでなく、新たに技術的に可能となった科学的な捜査手法も導入され、共犯者、動機、証拠などなど幅広い要素が盛り込まれた重厚なミステリに仕上がっています。単なるミステリの謎解きではなく、1974年に起きた過激派による三菱重工ビル爆破事件やオウム真理教の一連の事件をはじめ、実際の歴史的な出来事が暗くて影の部分の背景として、仮名や偽名を使うことなく実名で言及され、事実関係が少しずつ明らかになっていきます。最後には、そういったものがすべて藤森菜摘により明らかにされ、読者もおそらくは大いに納得させられるのですが、真実が明らかになったからといっても、決して「それでよかった」という安易な結末ではありません。ある意味で清々しい結末ながら、重い読後感が残ります。最後に、この作者のデビュー作『北緯43度のコールドケース』を読んだ私の感想は、「いっぱいのトピックを詰め込み過ぎたので、謎解きを主眼とするミステリ小説としてはいいとしても、書物、というか、小説としてはそれほど評価できなかった」というものでした。要するに、詰め込み過ぎ、ということです。他方で、本書のような長い歴史を対象にしたミステリは、この作者に向いていそうな気がします。
次に、逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、2021年に『同志少女よ、敵を撃て』で第11回アガサ・クリスティー賞を受賞してデビューし、翌2022年にも同じ作品で本屋大賞しています。私はこのデビュー作は読んでいます。デビュー作が第2次大戦時の欧州を舞台にしていたのに対し、本書は現在の日本が舞台になっています。本田昴という自動車会社を姓と名の両方に持つ若者が、まさに、自動車会社の期間工の2年と11か月に渡る就業期間を終えたところからストーリーが始まります。タイトルのブレイクショットというのは、自動車の車名であるとともに、ビリヤードを始める最初のショット、という意味もあるとストーリーの中で明らかにされています。有吉佐和子『青い壺』の自動車版と申しましょうか、そういった人の手を渡り歩く自動車ブレイクショットを取り巻く人々の遍歴となります。右ハンドルの国内使用者ですので、基本的に、地理的な舞台は日本国内なのですが、大きく改造されて、「ホワイトハウス」という名でアフリカ紛争地帯に送り込まれたりもしているようです。単行本で600ページ近い大作ですので、いろんな登場人物が多彩なストーリーを紡ぎ出しています。あらすじは難しいながら、1章ではヘッジファンドの副社長としてマネーゲームを演じる若手経営者を中心にヘッジファンド社長のスキャンダルの対処にスポットが当てられます。2章では、板金工として善良な仕事を心がけながらも偽装修理に接してしまう男を描きます。3章では、ヘッジファンド副社長と板金工のそれぞれの息子がサッカーで交流しつつ、板金工が運転中の事故で高度脳障害になり、その息子が稼ぎを得るために始めた投資塾の講師の仕事に着目します。4章では、ブラックな不動産会社に務める営業担当者がその投資塾をカモの猟場にしようと企みつつ、逆に、深みにはまってゆきます。5章以降は読んでみてのお楽しみということで、ラストは、キチンとした読後感のいい終わり方をします。でも、途中では、反社勢力がここまで活動を広げているのか、不動産の営業ってやっぱりこうなのか、と思わせる展開もあります。ボリューム的にいっても、大作、力作ですし、終わり方も「善良」なラストなのですが、私には何か違和感が残りました。70歳近い現在でも、公務員や教師を長く務め、経済社会の闇の部分を知らず、社会の闇の部分がホントにこうなのか、という実感がないせいかもしれません。
次に、野宮有殺し屋の営業術『講談社』(講談社)を読みました。著者は、1993年福岡県生まれで長崎大学経済学部を卒業し、2018年第25回電撃小説大賞で選考委員奨励賞を受賞し作家デビューしています。私が長崎大学経済学部で日本経済論を教えていたのは2008-10年ですので、私が長崎を去った後に大学生になったという年回りかと思います。本作品は今年2025年の第71回江戸川乱歩賞受賞作です。ということで、主人公は鳥井一樹であり、防犯カメラの訪問販売員、営業をしていますが、防犯カメラの前にもさまざまな会社で多彩な商品の営業を担当し、常に営業ノルマを達成してきた凄腕の営業マンです。しかし、その完璧さ故に満たされない虚しさも同時に感じています。そんなある日、夜遅いアポイント先で顧客の死体を発見してしまいます。鳥井は殺人の目撃者ですので口封じに殺されそうになりますが、持ち前の会話術を駆使して、暴力団巣ケ谷傘下の殺人請負会社である極東コンサルティングの営業マンとして、上部組織に上納するノルマ、2週間で2億円という絶望的な金額を達成する営業活動をすると申し出て、命ばかりは助けられます。そして、その言葉通りに抜群の営業能力でノルマ達成に突き進みます。極東コンサルティングは社長で営業や渉外をやっている風間のほか、殺し屋が3人いて、実行役の耳津、さらに、同じく実行役の元暴力団の鉄砲玉で年配の樫尾、そして、引きこもりながらテック関係に詳しい籠原、となります。最後の籠原だけが女性です。ミステリですので詳細は書きませんが、後半ではライバル組織であり、組織力や大きさでは極東コンサルティングの上部組織である巣ケ谷とは比べものにならない日本でも最大級の暴力団である周防商会の殺人請負会社のコンビと対決することになります。殺し屋の営業マンとしてだけではなく、いかにも行動経済学を駆使して顧客に大したこともない商品を売り込む営業の真髄が楽しめます。心理学のジークムント・フロイトの快楽原理、あるいは、ノーベル経済学賞も受賞したダニエル・カーネマンらのプロスペクト理論などが、なかなか正確に言及されていたりします。もちろん、営業活動一般につかえるテクニックですので、違法スレスレのマルチ商法や明確に違法な詐欺にも応用されているのは広く知られている通りです。最後に、私の感想をしょうもなくも2点だけ書いておきたいと思います。まず、終わり方が、これでいいと感じる読者もいれるのでしょうが、周防商会のライバルが盛んに口にする「バカンス」まで広げてもよかったんではないか、と私は感じました。もうひとつ、さらにしょうもない点で、初めに登場した殺し屋のミミズは「耳津」という名だと判ったのですが、情報屋のカラスは最後までカラスのままでした。コチラも漢字の名が欲しいと感じてしまいました。
次に、マーティン・エドワーズ[編]『本好きに捧げる英国ミステリ傑作選』(創元推理文庫)を読みました。編者は、1955年英国生まれのミステリ作家・評論家であり、評論『探偵小説の黄金時代』(国書刊行会)でMWAアメリカ探偵作家クラブ賞、アガサ賞などを受賞しており、英国推理作家協会(CWA)の会長をつとめ、2020年には英国推理作家協会賞ダイヤモンド・ダガー(巨匠賞)を受賞しています。本書の英語の原題は Murder by the Book であり、2021年の出版です。もともとは、大英図書館 British Library の出版部門が手がけるブリティッシュ・ライブラリ・シリーズの中の1冊として出ています。編者の序文を別にしても、タイトル通りに、本や作家に関する英国ミステリを17話収録したアンソロジーです。さすがに、収録作品が多過ぎるので、作品タイトルや作者は出版社のサイトをご覧いただくことで代替したいと思います。作者と日本語タイトルと英語のタイトルが一覧されています。本に関するミステリはビブリオミステリ bibliomystery というそうで、英国ミステリでもなければ、短編でもないところながら、私なんかはウンベルト・エーコの『薔薇の名前』を思い出したりします。本書は三題噺ではないですが、「本」=ミステリ、「英国」、「短編」というカテゴリーで編まれています。各短編には、扉のウラに、詳細な作者の紹介が編者から寄せられています。収録順もよく考えられているように、私は感じました。最初の方では軽めのミステリが多く、徐々に難しげなミステリーになり、5話目には長めのフィリップ・マクドナルド作品が配置されています。全部は無理なので、私の印象に残った短編をいくつか取り上げておきます。第2話のE.C.ベントリー「救いの天使」では、死んだ富豪が残したメッセージを庭園から読み取ります。第4話のS.C.ロバーツ「メガテリウム・クラブの奇妙な盗難事件」はホームズのパスティーシュであり、ディオゲネス・クラブと双璧をなす変わり者のクラブでなくなった本をホームズが探します。第5話のフィリップ・マクドナルド「殺意の家」はこの作者を代表する短編のひとつといえ、お互いに殺意を持っている結婚9年目のボーデン夫妻の犯罪サスペンスで、ラストの終わり方にやや底意地悪いものを感じます。第9話のロイ・ヴィカーズ「ある男とその姑」は2度目の妻の姑を殺す事件をテーマにした倒叙ミステリで、動機から犯人の性格に特異なものを感じます。第12話のヴィクター・カニング「性格の問題」は、作家の妻が作家になって夫より売れるようになったことから、夫が妻を完全殺人で殺すことを考えます。第14話のジョン・クリーシー「名誉の書」では、主人公ががボンベイで友人となったバブラオ・ムーシンという男が絵はがき売りから詳細を発揮して手広く本屋を経営するようになりますが、長男のクリシュナとの関係から悲劇を迎えます。最終話のナイオ・マーシュ「章と節」では、アレン警視の不在中、妻のトロイを訪れた古本屋が警視なら興味を持ちそうな聖書を持ち込み、古本屋とトロイが調査を進めることになります。英語ではなく、翻訳では謎解きを理解するのが難しそうな気がします。私自身は、E.C.ベントリー「救いの天使」が好みなのですが、一般的なミステリ読者であれば、ロイ・ヴィカーズ「ある男とその姑」やナイオ・マーシュ「章と節」が高い評価を受けるような気がします。
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