今週の読書は経済書なしで計6冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、藤原辰史『食権力の現代史』(人文書院)では、飢餓を戦争の武器にしている食権力について、20世紀冒頭くらいからの歴史をひも解こうと試みています。日本はエネルギーとともに食料自給率がきわめて低く、飢餓を避けるため戦争をすべきではない、と私は強く感じます。我孫子武丸ほか『●●にいたる病』(講談社)は、我孫子武丸デビュー35周年を記念し6人のミステリ作家・ホラー作家が『殺戮にいたる病』にちなんだタイトルの短編を寄せているアンソロジーです。グロい作品やエモい作品から構成されており、なかなかオススメです。中島美鈴『なぜあの人は時間を守れないのか』(PHP新書)では、時間にルーズな人にイライラする周囲の人や時間管理に悩む当事者に向けて、時間を守れない背後にある問題を突き止め、どのように対処すればいいのか、また、時間にルーズな人の行動を治すことができるのか、などを考えています。M.W. クレイヴン『デスチェアの殺人』上下(ハヤカワ・ミステリ文庫)は、ワシントン・ポーのシリーズ第6作であり、同性愛や避妊を否定するキリスト教右派的なカルト教団のカリスマ指導者が、聖書の刑罰を模した奇妙な殺害方法、木に縛りつけられ石を打ちつけられて殺害されます。藤崎翔『オリエンド鈍行殺人事件』(ハーパーBOOKS+)では、オリエンド鈍行と呼ばれるローカル線で土砂崩れによって緊急停止した際、2両編成最後尾に座っていた男のシャツの胸が真っ赤な血で染まっており、何者かによって殺害されているのが発見される、という表題作などを収録しています。
今年2026年の新刊書読書は、1~3月に合わせて73冊、4月に入ってから今週の6冊を加えて合計79冊となります。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のtwitter)、あるいは、mixi、mixi2などのSNSでシェアしたいと予定しています。
まず、藤原辰史『食権力の現代史』(人文書院)を読みました。著者は、京都大学人文科学研究所の教授であり、ご専門は農と食の現代史だそうです。なお、タイトルにある「食権力」は著者の造語であると、何かで読んだ記憶があります。意味は、何らかに方法により意図的に食料の供給をコントロールし、飢餓を戦争の武器にしている、という意味だと思います。本書における食権力=food powerの正確な定義はp.28で与えられています。「食糧や食料生産に必須のものを一局に集中し、それらを根拠に人間や自然を統治したり、管理したりする諸力の束」ということになります。はい、明らかに、イスラエルがガザで行っている行為であると考えるべきです。そして、本書では、そういった食権力を戦争で行使することは国連決議2417号違反であると指摘しています。ただし、これも本書で指摘されているように、飢餓という状態は意図的に引き起こされたものであるか、それとも、自然現象として発生したものであるかの境界が曖昧ですので、戦争当事国やグループのパワー次第では、国連決議違反であるかどうかの判断も難しくなります。本書はタイトル通りに、その食権力の現代史ですので、大雑把に20世紀以降現在までの歴史をひも解こうと試みています。その中で、いわゆる穀物メジャーの成立、ユダヤ人などに対するナチスの飢餓政策、あるいは、ベトナム戦争における米国の枯葉剤の使用、などが取り上げられています。詳細は読んでいただくしかありませんが、私の方から3点だけ指摘しておきたいと思います。第1に、日本は食料自給率がきわめて低い国だという点は忘れるべきではありません。カロリーベースで40%を下回っています。先進国の中でも突出して食料自給率が低いのは明らかです。ですので、第2に、日本は戦争をしてはならないのは明らかです。食料とともにエネルギーの自給もほぼ出来ないわけですので、戦争をすれば多くの国民が苦しめられ、死ぬ場合も少なくないと考えるべきです。第3に、私は大学の授業なんかで学生諸君などに、個人として解決すべきレベルの問題と政府、地方政府あるいは中央政府のレベルで解決すべき問題を考えるべき、とお話しており、この食料の問題はエネルギーとともに政府で解決すべき問題と私は考えています。このところ、コメの価格が大きく上昇していますが、国民とほぼほぼ一致する消費者のレベルで節約や代替品の探求などの解決には限界があります。食料問題を考える際に政府の役割も同時に考えるべきです。
次に、我孫子武丸ほか『●●にいたる病』(講談社)を読みました。著者が6人いるアンソロジーなのですが、一応、我孫子武丸デビュー35周年記念アンソロジー、という中途半端な周年企画のようです。ですので、我孫子武丸の代表作のひとつ『殺戮にいたる病』にヒントを得たタイトルとなっており、収録されている6短編のうち、最後のものを除いて「xxにいたる病」というタイトルがついています。その収録短編の作者とタイトル、あらすじは以下の通りです。まず、我孫子武丸「切断にいたる病」は、はい、グロテスクな猟奇殺人事件です。殺されたのは、AV俳優からAV制作会社の社長になった男性で、切断された体の部位は、多くの読者の想像通りです。神永学「欲動にいたる病」は、ある意味でエモいです。主人公の中西は現場に駆けつけた警察官なのですが、目の前でたった今行われたであろう殺人現場を見て、美しいと思ってしまいます。血まみれの中学生が同年代の少年を滅多刺しにし、ポニーテールの少女が、その刺された少年を、自身も血まみれになって抱きしめていました。姿背筋「怪談にいたる病」は、当然にホラーです。幽霊が見えるという35歳の女性は、なぜその幽霊が見えるようになったのか、その経緯を語り始めます。彼女は大学の映画研究部に所属して知り合った男性と結婚し、出来た子供の絵がきっかけでした。真梨幸子「コンコルドにいたる病」は、叙述トリックのミステリーをテーマにしています。売れない作家がせっかく書いた原稿を、編集者によって何度もボツにされて書き直しを要求されます。矢樹純「拡散にいたる病」もややホラーです。深夜ラジオ番組の構成作家が主人公で、ラジオで取り上げた投稿に関してのクレームが女性からあり、投稿の怪談話が女性の父親が以前に書いた小説の内容と酷似していて、和解の条件として、女性が父親と住む青森の自宅まで謝罪に来ることを要求されます。歌野晶午「しあわせにいたらぬ病」は、タイトルは外していますが、ミステリというよりホラーとして私は読みました。すなわち、介護施設に勤める女性の主人公が、休みに勤務している施設から介護先に様子見に行くよういわれて赴くと、そこにはには女性2人の遺体がありました。最後に、下敷きにされている我孫子武丸の代表作のひとつ『殺戮にいたる病』は、確かに倒叙ミステリであり、グロテスクでもありますので、その意味では、ご本人である我孫子武丸作品と真梨幸子作品がテーマに沿っているといえます。ただ、神永学作品や歌野晶午作品もミステリというよりホラーとしていい出来に仕上がっており、本家作品を超えるかといわれればビミョーですが、アンソロジーとしてなかなかオススメです。
次に、中島美鈴『なぜあの人は時間を守れないのか』(PHP新書)を読みました。著者は、公認心理師、臨床心理士であり、心理学で博士号を取得しています。本書では、時間にルーズな人にイライラする周囲の人や時間管理に悩む当事者に向けて、時間を守れない背後にある問題を突き止め、どのように対処すればいいのか、また、時間にルーズな人の行動を治すことができるのか、さらに、時間にルーズな人に対してどのように接すればよいのか、を考えようと試みています。ですから、時間にルーズな人を対象にして、いかに時間管理をキチンとできるようにするか、というハウツー本ではありません。まず、冒頭第1章 pp.16-17 において、ADHDのほかに5つの要因を上げています。その上で、性格的なだらしなさに起因するものではなく、また、「しない」だけで「できないわけではない」とする好意的な受止めを否定して、出来ないのだから直さなければならない、あるいは、治さなければならない、と主張します。はい、私も実は時間にルーズですので、かなりの部分同意します。そして、第2章以下で主としてADHDの問題として議論を展開しています。詳細は読んでいただくしかないのですが、第2章では時間心理学の視点から、時間感覚の違いについて考え、第3章では実行機能の視点から「動けない」理由について探り、第4章では時間管理を阻む考え方や行動パターンについて分析し、最後の第5章では上司や管理職が部下に対してどのように時間管理を指導すべきかについて解説しています。繰返しになりますが、私のような時間にルーズな人間に対して時間管理ができるようになるハウツー本ではありません。時間にルーズな人間は時間管理ができない、というか、時間管理を任せてもダメ、期待すべきではない、という結論のようです。私自身について考えると、もともとがバブル期なんかに時間にルーズな生活を送っていたところに、バブルが終わって在チリ大使館に赴任して、時間に鷹揚なラテン世界に飛び込んだところで、時間に対するルーズさに磨きがかかった可能性があります。ただ、私は、時間にルーズとはいえ、大学の授業にそれほど大きく遅れることもありませんし、大きな迷惑はかけていないと自負しています。まあ、本書の著者にいわせれば、それがダメなんだ、ということになるかもしれません。ただ、時間管理を厳格にしすぎるのも私は考えものだと思っています。座席指定のチケットを買ってある新幹線の発車30分前に駅に着くのはやりすぎです。ギリギリ間に合えばいいというのが私の基本的な考えです。ですから、ギリギリ間に合わない場合が生じたりするわけです。まあ、もうすぐ隠居する身ですので、それほど深刻には考えていません。繰返しになりますが、だからダメなんだといわれそうな気はします。
次に、M.W. クレイヴン『デスチェアの殺人』上下(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読みました。著者は、英国カンブリア州在住のミステリ作家であり、本書は2018年に発表し英国推理作家協会賞最優秀長篇賞ゴールド・ダガーを受賞した『ストーンサークルの殺人』から始まるワシントン・ポーのシリーズ第6作です。私は全部発表順で読んでいます。全部読んでいますが、細かな点は忘れているのではないかと思います。それはともかく、本書の英語の原題は The Mercy Chair であり、2024年の出版です。下巻の解説にありますが、新刊が出るたびにシリーズ最高傑作を更新し続けているシリーズだそうです。確かに、シリーズすべてを読んでいるミステリファンとして、どんどん複雑怪奇になって、現実離れした作品になっているのはよく理解できます。同時に、それを最高傑作と呼ぶのも理解できます。エンタメ作品として現実にはありえないような小説を読むのが、私自身も楽しみですから、そのあたりはまさに小説を読む醍醐味です。ということで、前置きが長くなりましたが、本書ではカルト教団<ヨブの子どもたち>が疑惑の中心となります。まず、殺害されるのは、そのカルト教団の創設者であり、カリスマ指導者であった人物なのですが、いかにも、というカンジで、木に縛りつけられて状態で石を打ちつけられて殺害されています。聖書の刑罰を模した奇妙な殺害方法なわけです。そのカルト教団の教義は、キリスト教右派的なもので、同性愛や避妊を否定し、キリストはテニス選手だったボルグのような西欧系の金髪碧眼でありユダヤ人ではない、などなどです。そして、2種類の新たな味付けがなされています。まず、冒頭から、一連の殺人事件に関わってポーがトラウマになり、トラウマ療法士のカウンセリングを受けて、その事件を回顧する形でストーリーが進みます。もうひとつは、会計検査といいつつ、実は、MI5のスパイが捜査に常に同行します。そして、徐々に真相が明らかにされるとともに、最後には驚くべきどんでん返しも待っています。加えて、殺人事件が解決されるだけではなく、ポーにも別れが待っているようです。書店で立ち読みできるレベルのネタバレで、下巻背表紙の最後のセンテンスは「さらば、ワシントン・ポー」で終わっています。はい、後は読んでみてのお楽しみです。さらに、最後の解説ではシリーズ第7作 The Final Vow もすでに刊行されている旨が明らかにされています。最後の最後に、私自身のメモ代わりに4点上げておきます。具体的なページはロストしましたが、少なくとも1箇所でカルト教団の名称が<ヨブの子どもたち>でなく、<ユダの子どもたち>とミスっていました。英語の原文のミスか、邦訳のミスか、はたまた、著者による意図的なものか、気になるところです。第2に、私が授業で使ったことのあるラテン語 "post hoc ergo propter hoc" に言及されています。「前後即因果の誤謬」と正しく邦訳されています。何の意味かはweb検索をオススメします。第3に、第7作は The Final Vow なるタイトルだと聞き及びましたが、ドイルのホームズ・シリーズは His Final Vow です。何か関係があるのだろうと、ほのかに感じます。最後の第4に、ポーの相棒のブラッドショー分析官の役割は、かなりの程度にAIで代替できそうな気がします。この先、AIの進歩とともにどのような役割がブラッドショー分析官に付与されるのか、とても気になります。
次に、藤崎翔『オリエンド鈍行殺人事件』(ハーパーBOOKS+)を読みました。著者は、元・芸人にして、現在は人気作家といえます。私は少し前からこの作者は、そのうちに直木賞を受賞するだろうと予想しています。本書は、特につながりのない短編集であり、短編5話とショートショート5話、合わせて10話を収録しています。収録順にタイトルだけ上げておくと、短編「タイムスリップ・リアリティ」、ショートショート「過保護」、短編「勇者たちのオフ」、ショートショート「猫じゃらしとマイクロチップ、短編「君のためなら死ねる」、ショートショート「流れ星」、短編「ファーブル昆虫記を読んで」、ショートショート「こっくりさん」、短編「オリエンド鈍行殺人事件」、ショートショート「崖」、となります。すべてのあらすじはパスすることにして、まず、冒頭の短編「タイムスリップ・リアリティ」では、主人公の男性が30歳の大人に成長した状態で、高校入学時の15歳の過去にタイムスリップするというストーリーです。そうすると、仲が良かったと思っていた友人がひどく嫌なヤツに見え、逆に、根暗で無視していた同級生と仲良くなってしまい、もちろん、主人公も新たに仲良くなった友人も、大いに人生が変わってしまいます。短編「勇者たちのオフ」では、RPGゲームの中の登場キャラが、ゲームがオフにされた瞬間から独自の動きをしはじめ、ゲームの中とまったく違った世界が広がります。この2編の短編は今までになかった世界観だという気がします。まあ、私が知らなかっただけかもしれませんが、たぶん、ありえない設定だと思います。短編「君のためなら死ねる」は超キモかったです。アイドルの推しの最悪のケースではないでしょうか。ショートショート「流れ星」は、本書の中でおそらくもっとも短いながら、私が本書の中でもっとも高く評価する作品です。流れ星に平和の願いを込めたにもかからわず、現実はまったく違った、という結末で、短い、というよりも、わずかに4行3パラで超短いながら、ちゃんとオチもあります。表題作の短編「オリエンド鈍行殺人事件」はもっともボリュームがあります。遠藤駅と折田駅を結ぶローカル線は各駅停車しかないところからオリエンド鈍行と呼ばれており、9月のある日、土砂崩れによって緊急停止した際、2両編成最後尾に座っていた男のシャツの胸が真っ赤な血で染まっており、何者かによって殺害されているのが発見されます。居合わせた乗客は犯人探しを開始するのですが、名探偵の運転手も不在の車内で犯人が見つかるはずもなく、なぜか事件と無関係な問題ばかり解決されてゆき、最後に、別の殺人事件も解決されてしまいます。いや、実に見事な小説でした。相変わらず、この作者の作品は私は高く評価しており、繰返しになりますが、ゆくゆくは直木賞を受賞することと想像しています。この著者の新刊の中では、図書館の予約で『お梅は魔法少女ごと呪いたい』を待っているところです。
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