今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、塩野谷祐一『経済と倫理 増補新装版』(東京大学出版会)では、一橋大学名誉教授であり経済哲学の専門家である著者が、「福祉国家の哲学」を体現するため、効率・正義・自由・卓越といった価値理念を手がかりに、経済と倫理を統合し福祉国家の制度を再構築することを試みています。吉川洋『日本 - 没落か再生か』(新潮選書)では、バブル経済崩壊後から長らく続く「失われた何十年」かの日本経済を振り返って、「時代精神」あるいは「時代の精神」をキーワードに、格差の拡大、少子化や人口減少、企業のイノベーションの停滞など、日本経済の問題を解明しようと試みています。あをにまる『奈良千夜一夜』(角川書店)は、古典や都市伝説に典拠したパロディ短編集で、奈良への屈折した愛と、卑屈なユーモアが炸裂しています。タイトルの「千夜一夜」=アラビアンナイトとはほとんど関係ないのですが、素晴らしい出来です。奈良について詳しくなくても十分楽しめます。床品美帆『431秒後の殺人』(東京創元社)は、横浜から京都に移り住んできたカメラマンの安見直行と代々法衣店を営む六角聡明の2人の主人公で、陰陽師の血筋の六角聡明が失せ物探しなどの辻占いの力でオカルト的な味付けのされた殺人事件を解決するミステリ短編集です。実は、新刊書ではないのですが、シリーズ第2作に先立って読んでいます。床品美帆『降り止まぬ雨の殺人』(東京創元社)は、京都辻占探偵六角のシリーズ第2作であり、安見直行と六角聡明の2人が森沢レミという女性から、7年前に19歳で自動車事故で亡くなった妹の森沢聖奈の遺品である青い日傘の本当の持ち主を探す依頼を受けますが、連続殺人事件に発展します。凪良ゆうほか『本屋さんのある街で』(文春文庫)は、タイトル通り本屋さんにまつわる短編5話、すなわち、瀬尾まいこ「続きは書店で」、一穂ミチ「歌うように生きて」、坂木司「手に取って見てみろよ」、凪良ゆう「小鳥たち」、三浦しをん「見晴らし書店の一日」が収録されています。
今年2026年の新刊書読書は、1~6月の半年で151冊、7月に入ってから先週までの13冊と今週の6冊を加えて合計169冊となります。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のtwitter)、あるいは、mixi、mixi2などのSNSでシェアしたいと予定しています。

まず、塩野谷祐一『経済と倫理 増補新装版』(東京大学出版会)を読みました。著者は、一橋大学名誉教授であり、ご専門は経済哲学です。すでに、2015年に亡くなっています。本書は、副題としている「福祉国家の哲学」を体現するため、効率・正義・自由・卓越といった価値理念を手がかりに、経済と倫理を統合し福祉国家の制度を再構築することを試みています。その際、福祉国家とは資本主義・民主主義・社会保障の3層の公共的制度であって、経済・政治・社会の全領域における理念と制度の整合化を図ることが現代の社会科学者の実践的な課題である、としています。こういった考察を通じて人間の卓越と良き生の条件を探り、経済は何のためにあるのかという根源的な問いを投げかけています。そして、自由、真の自由とは、市場における自由と社会的な正義と政治的な平等を基礎として成り立つと強調しています。さらに、豊かさと公正さを達成した社会は、さらに、卓越した社会を目指すとし、私自身はこの「卓越」について理解が進まなかったのですが、読み進むうちに、中国的、というか、日本も含めた東洋的な「徳」の世界であると感じています。西洋的な用語でいえば「美徳」となるのかもしれません。ただ、まあ、正しいかどうかはそれほど自信がありません。私の感想としては、まず、経済学が科学であるからには価値判断から自由、価値判断をしない事実判断が重要、という点が緩やかに否定されている点が新鮮でした。私も授業で、特に経済学部以外の学部で講義する場合、例を出して説明すると、天文学で満月が好ましく新月は望ましくない、といった良し悪しの価値判断をしないように、経済学も価値判断からは距離を置く、と説明します。すなわち、世間一般の理解のように、高所得が望ましくて低所得は望ましくない、とは考えずに事実として客観的な分析に努める、という意味です。ただ、経済学でも効率性を欠いた非効率は望ましくないと考えるわけですし、それだからこそ市場における資源配分を尊重するわけですので、本当に価値判断が排除されているかは疑わしいと私は考えています。ですので、経済学というのは、いくぶんなりとも、ほかの学問・社会科学と同じで、格差の上の方の人々に奉仕する学問である点は否定できず、経済的に成功した人々、経済的成功を基盤に政治や社会で権力や権勢を持った人々に対して、そういった成功を後付けで合理化するという面があります。ですので、それとは真逆に社会保障で成功しなかった人々に対する支援をしたり、経済社会的に許容しかねる格差を是正したりするための学問的あるいは理論的な基盤を提供しようとするわけです。経済社会は何もせずに放っておくと、弱肉強食の世界になって権力者は法や社会的な秩序を無視して、やりたい放題に振る舞うことになりかねません。望ましいか望ましくないかの価値判断が権力者に委任されることになるわけです。そうならないために、こういった学問的な裏付けが必要になります。本書は確かに難解ではありますが、決して理解が遠く及ばない内容ではありません。多くの方にオススメです。

次に、吉川洋『日本 - 没落か再生か』(新潮選書)を読みました。著者は、東京大学名誉教授であり、政府の経済財政諮問会議の民間人委員や立正大学学長なども歴任しています。まずは、マクロ経済学の大御所ということが出来ます。そのマクロエコノミストが、1990年のバブル経済崩壊後から長らく続く「失われた何十年」の日本経済を振り返って、「時代精神」あるいは「時代の精神」をキーワードに、格差の拡大、少子化や人口減少、企業のイノベーションの停滞などなど、日本経済の問題を解明しようと試みています。とはいいつつ、実は日本経済の停滞に先立って、1980年代から停滞を深めた米国経済について考えています。その原因はズバリ企業活動が営利主義に走ったことであり、フリードマン教授らの新自由主義的な経済観に対する批判を展開しています。その新自由主義的で利益優先的な経営に陥った企業観が米国から10年ほど遅れて日本でも現れた、と見なしています。そのため、家計においては非正規雇用の増加により格差が拡大し、消費が停滞する中で、企業だけが貯蓄超過に陥っています。何度か私のマクロ経済観を明らかにしているように、マクロ経済の景気拡大のためには貯蓄超過のセクターを活性化する必要があります。露骨にいえば、貯蓄超過主体にカネを使ってもらう必要があるわけです。日本では、家計もさることながら企業が貯蓄超過であり、家計の中では勤労世代に比べて引退世代が貯蓄超過になっています。ですから、本書ではそういった表現はしていませんが、日本の経済停滞の大きな要因のひとつは企業部門にあり、ケインズ的なアニマルスピリットが失われて、シュンペーター的な創造的破壊のイノベーションが出来ていない、という点を上げています。真逆の方向で、企業は雇用者の給与削減に走って非正規雇用を増加させることにより利益を上げようとしているわけです。そうすると、ますますアニマルスピリットが失われ、イノベーションが滞ることになります。ただ、私が本書の結論に意義を申し立てたい点が2点あります。まず第1に、本書はそういったアニマルスピリットやイノベーションといった企業部門の問題解決を「時代精神」として個々人の心に求めています。ある意味で数的な合理性に基づくアポロ的な損得勘定ではなく、ディオニュソス的な衝動や情念に基づく企業活動に解決策を求めているように私は読みました。ただ、個々人の心に解決策を求めるのは、私は間違っている可能性が高いと受止めています。いつもの表現をすれば、交通安全を願って譲り合う心だけでは交通事故は減りません。信号や横断歩道や速度規制という制度や規制が必要です。続いて第2に、家計部門内での移転も必要となる可能性があります。家計部門内では、繰返しになりますが、貯蓄超過なのは引退世代です。私が長らく主張しているように、現在の引退世代は世界でも稀に見る高度成長期という時代を享受してきた世代です。その引退後の生活をバブル崩壊後の低成長しか実感できていない若者に負担を求めるのは、大いに疑問が残ります。米国では、リーマン・ショックまでのサブプライムバブル期に大きく業績を拡大した銀行をバブル崩壊後に救済するのに反対意見が数多く出ています。日本の家計部門内でも同じことを主張する意見があっても私は不思議に思いません。

次に、あをにまる『奈良千夜一夜』(角川書店)を読みました。著者は、小説家なのですが、Xアカウント「卑屈な奈良県民bot」を展開しています。前作『今昔奈良物語集』も本作品と同じように古典や都市伝説に典拠したパロディ短編集で、奈良への屈折した愛と、卑屈なユーモアが炸裂しています。もちろん、私は読んでいます。実は、私は大学を卒業して就職するまで、一貫して京都府民でしたが、中学・高校と奈良市内の私立男子単学の進学校に6年間通っていました。当時は大仏殿の近くにありましたが、今では移転しています。ですので、長らく公務員生活を送ってきた東京とともに、また、生まれ育った京都とともに、中高6年間学んだ奈良には詳しいと自負しています。収録されている短編は5話あります。順に、まず、「金の小野」はイソップ童話の「金の斧」のパロディです。別れ話で口論となり、女子大生の木原霧江は付き合っている小野鉄明を奈良公園近くの猿沢池に突き落としてしまいます。すると池から奈良時代の采女装束の女が現れ、「あなたが先ほど落とした彼氏は、――」と聞いてくるわけです。続いて、「私メリーさん、今から奈良県十津川村へ行くの」は都市伝説の「今、あなたの後ろにいるの...」のパロディです。グラフィックデザイナーをしている主人公は、フリーランスへの転身を機に奈良県十津川村へと移住し、東京のワンルーム暮らしとは別世界で、のんびりとした生活を楽しみ始めています。その矢先、スマホに非通知の着信があり、「私メリーさん。いま、東京駅にいるの」から始まり、徐々に近づいてきます。電話の主は一体誰なのか、謎が深まります。続いて、「シンデラレン」では、冴えないホテルマンの新出礼助は、冷え切った夫婦仲の妻と父親を小馬鹿にして無視しがちな高校生の娘と暮らしています。散歩していた東大寺大仏殿の東側に「猫段」と呼ばれる石段があって、ここで転んだ人間は猫になってしまうという伝説があり、実際に、新出礼助は転んで猫になってしまいます。続いて、「逆杜子春」では、主人公の御子柴俊春は筋金入りのミニマリストでシンプルな生活を望んでいるのですが、親から経営を受け継いだ工務店が彼の経営手腕により中堅ゼネコンまで企業規模を拡大してしまい、ミニマリストの生活を実践できません。社長という立場が彼の理想を妨げるわけです。ある日、藤原宮跡で出会った僧侶のような老人が、理想の暮らしを叶える方法を教え、「今日の午後3時ちょうどに、お前はきっと、お天道様の下に立っとるはずや。そのとき、自分の影の頭に当たる場所を、思いっきり掘れ」と告げます。そうすると、一度は社長を引退する出来事に相成りますが、結局、社長に返り咲くことになってしまいます。最後に、タイトルの「千夜一夜」=アラビアンナイトとはほとんど関係ないような古典や都市伝説に準拠していますが、とても、素晴らしい出来のパロディです。奈良について詳しくなくても、猿沢の池や東大寺大仏殿くらいは見聞きしている人は少なくないと思います。その意味でも、とってもオススメです。

次に、床品美帆『431秒後の殺人』(東京創元社)を読みました。著者は、同志社大学ご卒業のミステリ作家であり、本書が単著デビューということになります。同志社大学ですので有栖川有栖の後輩ということなのかもしれません。本書は、京都辻占探偵六角のシリーズであり、すでに、続編の『降り止まぬ雨の殺人』も出版されています。主人公は2人いて、横浜から京都に移り住んできたカメラマンの安見直行と代々法衣店を営む六角聡明です。2人とも20代半ばです。六角法衣店はたかだか200年の歴史らしいのですが、六角家の祖先は平安時代には宮中の陰陽寮に参内した陰陽師に行き着くともいわれていて、六角聡明は法衣店を営むほかに、失せ物探しなどの辻占いもしています。当然、ホームズとなる探偵役は六角聡明が担います。ですので、すべてではありませんが、短編によってはややオカルト的な味付けのあるミステリも含まれています。本書は5話の短編から編まれています。短編ですが、すべて殺人事件が起こります。まず、表題作の「431秒後の殺人」では、安見直行のカメラの師ともいうべき松原京介が、雨の夜に歩いていた烏丸六角交差点でビルの屋上から落下してきた約12キロのコンクリートブロックに直撃されて死亡します。離婚話が進んでいた松原京介の妻は、死亡時刻にはタクシーに乗っていたというアリバイが成立しています。まだこの時点では京都旅行中だった安見直行が六角法衣店を訪れて、六角聡明に真相解明を依頼します。続いて、「睨み目の穴蔵の殺人」では、すでに安見直行は京都に移り住んでいて、高瀬川沿いのカプセルホテルの広告向けの写真を請け負います。そのホテルでは、襖の武将の目が動く、とか、絵の中からその武将に睨まれた、などのウワサがあります。大学のオカルト研究会のOB/OGの20代半ばの仲間が集まって、このオカルト的な襖絵を見るために一泊しますが、翌朝、1人の男性が死体で発見されます。続いて、「眠れる映画館の殺人」では、主人公2人が映画を見に行ったミニシアターで、その映画の脚本と監督をした浜荻葦人がいっしょに映画を鑑賞していたところ、映画の開始時点では何の問題もなかったのですが、映画が終了したときには浜荻監督が殺害されていました。続いて、「照明されない白刃の殺人」では、呪われた骨壺が出てきて、いくつかの不可解な事故や幽霊が現れる中、京都芸術センターでのイベント中に、目出し帽をかぶった怪しい人物がイベント進行役のDJを包丁で刺して逃走し安見直行らが追うものの、曲がり角の先で忽然と消えてしまいます。最後の「立ち消える死者の殺人」では、六角聡明の過去が部分的なリとも明らかになります。すなわち、六角聡明が中学入学を控えた12歳のころに、母親の頼子が入院中します。その入院中に、母親と同部屋の別の患者が死んで、六角頼子自身は失踪してしまいます。同じ病院に14年後の盲腸で入院した六角聡明自身が謎を解きます。最後に、ミステリとしてはそれほどオススメしません。イヤミスという以上に、どうにもやりきれない人物造形が多すぎますし、ミステリとしての謎解きもそれほど出来はよくありません。特に、第3話の「眠れる映画館の殺人」なんて、頭の回転の鈍い私ですらツッコミどころ満載です。でも、京都に関する教養めいた蘊蓄が豊富です。その点はオススメです。京都本として読むにはいいかもしれません。

次に、床品美帆『降り止まぬ雨の殺人』(東京創元社)を読みました。著者は、同志社大学ご卒業のミステリ作家であり、本書が初長編ということになります。京都辻占探偵六角のシリーズ第2作です。主人公は2人いて、横浜から京都に移り住んできたカメラマンの安見直行と代々法衣店を営む六角聡明です。2人とも20代半ばです。六角家の祖先は平安時代には宮中の陰陽寮に参内した陰陽師に行き着くともいわれていて、六角聡明は法衣店を営むほかに、失せ物探しなどの辻占いもしています。当然、ホームズの探偵役は六角聡明が担います。ですので、ややオカルト的な味付けのあるミステリです。ストーリーは、11月の雨の日に森沢レミという20代半ば後半で、主人公2人と同じ年代の女性が六角法衣店を訪れて、7年前に19歳で自動車事故で亡くなった妹の森沢聖奈の遺品である青い日傘の本当の持ち主を探す依頼を受けるところから始まります。まあ、何と申しましょうかで、六角聡明の本来の失せ物探しの逆を行くわけです。森沢レミは、妹の聖奈の交通事故死に不審を持ち、警察に再捜査を何度もしつこく申し入れた挙句に、六角聡明の知合いの森郷刑事から紹介されてやって来ています。主人公の2人である安見直行と六角聡明が調査を開始すると、関係すると考えられていた不動産会社の御曹司が京都府北部の漁港で水死体となって発見されます。さらに、森沢聖奈が交通事故を起こした寄田地区の自動車解体業社長が密室殺人で殺されて発見されます。そして、そういった死体発見現場には、安見直行と六角聡明や依頼主の森沢レミが「ゴースト」と呼ぶ白いワンピースを着た女性が目撃されたりします。さらに、同時進行でネット上のジャーナリストを称する「ゴミの仇」と名乗るアカウントから、関連する情報が発信されたりします。さらにさらにで、古びたアパートから女性の腐乱死体も発見されます。こういった一連の殺人事件ないし死亡事故の真相が最後に解明されます。はい、この長編はかなりエグい犯人の意図が感じられますが、とても大規模な事件・事故に対して論理的な推理がなされます。オカルト要素についてもキチンと解決されます。万人にオススメとはいえませんが、京都を舞台にしたミステリとして一定のファンはいそうな気がします。

次に、凪良ゆうほか『本屋さんのある街で』(文春文庫)を読みました。著者の小説家5人によるアンソロジーです。タイトル通りに、本屋さんにまつわる短編5話が収録されています。収録順に、まず、瀬尾まいこ「続きは書店で」の主人公は『強運の持ち主』のルイーズ吉田です。ルイーズのもとに書店でのアルバイトが自分に向いているかどうかの占いを願って、大学1年生の菅原くんが来ます。でも、そのバイト先というのが、ルイーズと同じショッピングセンターの上階にあり、閉店間際の本屋さんだったりします。続いて、一穂ミチ「歌うように生きて」では、主人公の鈴森潤が大学生だったころの2016年に飲み会で劉陸海と出会い、「桜を見に行きませんか」と誘われて皇居の乾通りの一般公開に出かけるところから始まります。2017年には主人公は就職し、作家を担当する編集者となっていますが、2019年には劉陸海はスパイとして逮捕されてしまいます。少し本屋さんとは関係薄いかも、です。続いて、坂木司「手に取って見てみろよ」では、主人公の浅井宏海が職場恋愛で結婚まで考えた恋人に書店の前でふられて、ショックの勢いで会社も辞職して、大学時代の友人の高木とともに高木のルーツのある岡山に向かい、書店の雇われ店長になります。凪良ゆう「小鳥たち」では、40代半ばで子どもが出来ずに離婚した佐々木一葉は都心から電車で1時間半ほどの実家に戻ります。実家は父が経営する書店であり、改装して喫茶部門を併設すると中学生のころの憧れの同級生が訪ねてきたりします。三浦しをん「見晴らし書店の一日」では、主人公の前田花布は会社の同僚のチャラ男と失恋し、曽祖父が東京西部の郊外で始めた「見晴らし書店」に戻り、祖母と両親とともに書店で働いています。頼りになるパートさんと学生バイトに支えられて、個性ゆたかな常連客も多く、家族の間の温かいやり取りや常連をはじめとする地域での交流などが描き出されています。最後に、私は本屋さんが好きです。ひょっとしたら、図書館はもっと好きかもしれませんが、ネット書店ではなく、地域のリアルな書店が好きです。いつも、私は学生諸君にいっているところでは、「ネット書店では必ず欲しい本が見つかる。でも、リアルの書店(あるいは、図書館)では、実際に見るまで欲しいとは思わなかったけど、気にかかる本がいっぱい置いてある」、はい、実は、私が今の立命館大学に赴任した2020年には、大学から最寄りの鉄道駅には書店がありませんでした。ようやく、2-3年前に最寄りのJRの鉄道駅近くに開店しましたが、キャンパスにある生協の書店だけでなく、大学近くには本屋さんが必要です。ホントは、古本屋もあった方がいいのですが、ムリはいいません。
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